ココロネ・リンカーネイション   作:rippsan

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落ちた意識の中、結衣は自身と瓜二つの少女と再会する。


輝浸真価

「メディ....さん?」

「よろしくね。私達....この呼び方もお互い不便かな。私達の事はメディで良いよ」

「ええと、でしたら....よ、よろしくお願いします。メディさん」

「よろしく....突然の事で驚いているかな。ここは何処だろう。自分はどうなったんだろうって」

「え、と....はい。ガードボットと戦って、西園寺さんと拠点に帰っていて.....それから....その、西園寺さんは」

「西園寺紗姫。彼女なら無事だよ。今は貴女を拠点に送り届けて看病をしている」

 

 私の質問に微笑みを返し、心配の必要はないとメディさんが答える。

 

「良かった....無事に帰ることが出来たんですね」

「そうだね。貴女の身体もボロボロだったけれど、特異点の力と休息でほぼ完治している。今の貴女は回復の為に眠っていて、私達はその意識に干渉して貴女と話している」

「それなら、ここは私の夢の中と言うことですか?」

「そうだね。貴女の夢の世界に私達が入り込んで産まれたのがこの空間。貴女が目を覚ますまで、私達が貴女と交流出来る場所」

「交流....私に何か伝えたい事がある、と言うことですか?」

「そうだね。一つは貴女への挨拶。これまで貴女の身体を借りて、これから戦いを共に生きていくパートナーとして」

 

 身体を借りていた。その発言を聞けば、彼女は随分と長く私の事を知っていたようだ。

 

「もう一つは、これからの為に重要な事を伝えに来たの」

「重要な事....何かあるんでしょうか」

「そう。今、貴女に起きている変化について」

「変化....」

 

 前触れも無く毒を仕込まれ、理不尽に抗えず死を待つだけだった私の身体は、たった数時間と言う瞬きのような時間の内に自身を遥かに上回る巨大なロボットや、世界一と言う言葉がバカらしく思えるような力の怪物を倒し得る力を手に入れた。

 

「まず、その力をどう思う?。満足している?」

「いえ、怖いです。突然こんな事になって何も分からないまま、ただ自分に出来る事が増える....どうしたら良いのかも分からなくて」

 

 恐ろしい。迷い無くそう答える。

 使えば苦痛に襲われ、その油断で命を奪われかけた事が幾度となくあった。

 抱くのは満足とは真逆の感情だ。あるべき形から外れると言う通常ではあり得ない感覚は、真っ暗な世界に灯りもなく放り投げられたようで、今も石膏のようにじっとりとした恐怖を乾く暇も無く塗り重ねている。

 唯一幸運だったと思える事も、この力と共に私の前に現れた怪物を倒すことが出来ると言うもの。

 辛うじて危機を脱する事が出来るだけの力以上に、それと共に現れた怪物の存在が私にとって強い印象を残していた。

 超人的な力を持って悪を倒す。誰もが夢に見るようなファンタジーじみた世界は思うほど刺激的で素晴らしい物ではなく、手にした力に振り回されるばかりの未知との戦いだ。

 

「私はどうなるんでしょうか。RMC....私を助けてくれると言った人達は、きっとこの力が鍵になると思っている筈です。ですが、それもこの世界で生きていくぎりぎりの力....いつか死んでしまうんじゃないかと思うと」

「その力についてRMCが伝えたことに嘘は無いよ。特異点は貴女を救う力。人裂症人裂症(やまい)の進行を妨げ、魔物に対抗する。貴女が生きる唯一の手段」

「それは....はい。ただ、それだけなんでしょうか。何か、他にも隠れているような気がするんです」

「....それも正解。私達がこうして貴女と話していられる事も、それが原因だからだよ」

「っ....これから私はどうなるんですか。どうしたら良いんですか!」

 

 食い入るように声を上げてメディさんに詰め寄れば、彼女は驚く様子もなく私を見つめ返す。

 

「それをこれから貴女に伝える。だけど、貴女にとってはとても都合の悪い話になる。耳を塞ぎたくなるかもしれないけれど、私達は貴女に嘘を伝えるつもりはない。初対面の私達を信じるかどうかは任せるけれど、それは理解して欲しい」

「....分かりました。教えてください」

 

 私の言葉に頷いたメディさんが息を吐く。

 

「まず、貴女がどうなるか。このまま生き続ければ、貴は人間ではない別の生物になる」

 

 眉一つ動かさず、氷のようにきんと固まった表情で告げられた言葉は、冷たい槍のように私を突き刺し、繕った平静を凍てつかせる。

 

「それが貴女にとって良い事かは分からないけれど、貴女は人間よりも長い時間を生きられるようになり、怪物達を圧倒する力を手に入れられる」

「....」

 

 衝撃に固まる私の瞳を彼女は静かに見据えている。

 はっきりとしない意識の中でも、その青い瞳の放つ無感情な気が、恐れる私を情けないと蔑むように鋭く揺れている。

 

人裂症(じんれつしょう)。貴女がその病に侵され、RMCによって治療を受けた。その時から貴女の身体は変化を始め、今も変わり続けている」

「そ、それが....私を怪物に....変えるんですか」

「そう。私達が貴女と話すことが出来るようになったのも、貴女の変化が進んだから」

「っ....」

「だけど、その変化は貴女次第で遅らせることが出来るし、止めることも出来る」

「止める....それで私は人間に戻ることが出来るんですか」

「うん。危険な戦いを繰り返す事になるけれど、乗り越えることが出来たなら、貴女はパームミスリルから解放され人間の頃の貴女に戻ることが出来るよ」

「それは....どうすれば」

「貴女の居る世界のバランスを整え。パームミスリルを

管理する私達の同胞に会う必要がある。その同胞は世界を作るエネルギーとして力の殆どを使い果たし、休眠状態にある。それを目覚めさせて、身体からパームミスリルを消滅させることが出来れば、貴女は自由になれる」

「つまり、まずはその『同胞』を回復させることが必要と言うことですか?」

「そう。貴女は今、リッジと言う私達の同胞と協力関係にあって、それも世界の修復の為に動いている。貴女の力になってくれる筈だよ」

「そう、ですね....あの、危険な戦いと言うのは」

 

 彼女の言葉の中で気に掛かった一言について質問を返す。これまでの戦いも十分に危険なものだったと感じているが、それを強調する必要が果たしてあるのだろうか。

 

「変化を止めて、パームミスリルを貴女の身体から取り除く前に、貴女が怪物に変わってしまえば意味がない。その為にまず、貴女は力の使用を抑えて変化の進行を遅らせなければいけない。それがこれからの戦いを危険なものに変えてしまうと言う意味だよ」

「力を抑える...」

「『特異点』の力を使えば、貴女に植え付けられたパームミスリルが新たに消費されたエネルギーを補い活性化する。活性化したパームミスリルは貴女の心身を汚染、浸食し、抵抗せず戦い続ければ貴女の変化は加速し瞬く間に怪物となる。それを遅らせる為に貴女は特異点の力を制御して戦う必要がある。つまり貴女は全力で戦うことが出来なくなるの」

「それが力を抑える....なら、どう敵を倒せば」

「戦い方を考えるんだよ。敵の弱点を探し出して、そこを突いて倒す。知識とイメージで勝つ。そうすればパームミスリルの肥大化と活性化の両方を抑え込んで安全に戦うことが出来る。敵との戦いそのものは苦しいものになるけれど、何より活性化したパームミスリルの浸食に抵抗する手段としても有効なんだよ」

「考えて戦う事が....ですか?」

 

 考える事が抵抗手段になる。力の使用を抑える事の他に、別の意味があると言うのだろうか。

 

「そう。パームミスリルは宿主の精神を浸食し正常な思考力を低下させ、思考パターンを上書きすることで肉体の変化を加速させる」

「思考パターンを上書きする。ですか」

「汚染された精神は混乱状態になり、低下した思考能力は本能的な行動を選ぶようになる」

「そうすると、身体の変化も速まってしまうと」

「だけど、戦いの最中も考える事を続けていれば、思考の上書きを妨げる事が出来る」

「....なるほど。それが考えて戦うと言う事なんですね」

「そう。慌てず敵の弱点を探って戦う方が、生き残る可能性を上げてくれるよ」

「分かりました。ありがとうございます。メディさん」

「どういたしまして」

 

 彼女から聞いた話を整理し始めて直ぐ、それとは別の幾つかの疑問が頭に浮かび上がった。

 一つ。パームミスリルについて異様に詳しい事。

 適当な話で私を言いくるめようとしてるだけかもしれないが、それにしてはRMCの職員やリッジさんから聞いた話とも噛み合う点が多い。何故彼女はそこまでの事を知っているのか。

 もう一つ。初対面の私に対して奇妙なほどに親切な事。

 目的が同じだと限らない相手に自身の持つ秘密を雑談でもするように開かす。

 彼女が協力的なことはありがたいのだが、私が彼女への協力を断った時の交渉材料に使うであろう情報を露程も惜しまず話している。何か考えがあるのだろうか。

 

「し、質問を良いですか」

「どうぞ。私達が分かることなら答えるよ」

「ええと、貴女は誰....ではなくて、その....種族?....生まれ....ご、ごめんなさい。その、上手く言えないんですけど....貴女は、何者なんですか?」

「気を遣ってくれたの?。ありがとう。そうだね。貴女の知っている言葉を使うなら侵略者。そんなようなものだと思ってもらえたら良い」 

「なら、貴女もリッジさんと同じ」

「そうだね。正しくは少し違うけれど、私達とリッジは似た存在だと思ってくれたら良い」

 

 『侵略者のようなもの』という身分の表し方『私達』と、駆け引きの最中のように自称する様子は、リッジさんと似通っており、ぼんやりと重なっていたそれの影と重なる。

 

「も、もう一つ質問を。貴女はどうして私に親切にしてくれるんですか。私達はここで会うのが初めての筈。それなのにどうして」

「理由は二つあるよ。一つは私達には貴女が必要だから。リッジが貴女と協力することを選んだ理由は知っているよね」

「はい。何かに追われていて、その手から逃れる為に私と西園寺さんに協力してほしいと」

「そう。そしてその目的は私達も同じ。魔境は私達が追手から隠れる為には無くてはならない場所。この魔境を守る事は私達が生き残る事に繋がる。だから私達の力を扱える貴女と協力して、この魔境を守る計画に協力しているの。リッジには話をしていないから、私達が自分勝手にしていることなのだけれどね」

「そ、そうなんですか?てっきりリッジさんも貴女の事を知っていたから私を誘ったとばかり」

「ふふふ。私達とリッジは、貴女の言う『種族』こそ同じだけれど、生まれや特徴は全く別の存在なの。あれが私達を理解出来ないとしても無理はないと思う」

「り、リッジさんとは....違う?」

 

 再び新しい情報が飛び出してくる。整理もつかないままに次々と話を詰め込まれては堪らない。

 

「二つ目の理由はそれが関わっている。私達は貴女から産まれ、貴女としか生きていけない存在だから」

「私から産まれた....それは、どういう」

 

 暖かな口調で語られた言葉が、北風のように耳から全身へと吹き抜け、身体を強張らせるていく。私は子供のように化け物を作ったと言うのだろうか。

 

「私達は貴女の身体に植え付けられたパームミスリルから産まれ、貴女を模倣して記憶の一部と身体を引き継いでいる。今は無意識状態の貴女に話し掛ける事しか出来ないけれど、身体の浸食が進めば、私達の力で貴女を助けてあげられる」

「....」

 

 身体を借りていた。身体を浸食される。

 現実味を欠いていた言葉を突拍子もない事実が繋いでいく。信じられない、信じたくもない話だが、これには妙な説得力が有るように思える。

 

「どうしてそれを....私に伝えるんですか?このまま私が特異点の力を使い続けたなら、貴女は難なく私の身体を乗っ取る事が出来た筈です」

「自分の親同然の相手を殺してまで自由になりたいとは思わないし、それより私達にとって魅力的な方法がある。貴女の身体を使って生きていくのはこの世界全体に危険を及ぼす可能性があるの。だからこれは私達の為であり貴女の為。貴女に死なれるのは私達が困る事なの」

「....さっぱり分かりませんでした」

「無理もないと思うよ。何もかも貴女には非現実の世界。いや、人間全てにとってか。得体の知れない病気に、突然現れたフランスの製薬会社。病気を治せると聞いたかと思えば、いつの間にか化け物に化け物退治を任されている。一日二日で理解して適応する方が難しい」

 

 思えばこの世界で目覚めて以来、混乱と与えられる使命感に追われるまま慣れない戦いに身を投じ、僅かな時間で傷と失われた体力を整えるだけのままならい休息の繰り返しだった。

 押し寄せる衝撃に頭を殴られ、漸く前後の入れ替わっていた事の順序を正せたようだ。

 

 

「あの、メディさん。パームミスリルについてなんですが、もう少し詳しく説明を聞いても良いですか?」

「勿論。何が聞きたい?」

「パームミスリルは私の身体を精神から変化させていくんですよね。それがどんなものなのかを知りたくて」

「知りたい....か。変化する事が怖くないの?。ただ事実を知っているだけでも生きていく事は出来るよ?」

「いえ、怖いです。でも....だからこそ知りたいんです。自分がどんな状況にあって、どう生きていくべきなのかを」

「分かった。耳を塞ぎたくなる事もあるけれど、よく聞いていてね」

 

 メディさんの言葉に頷き、静まる空気の緊張に息を飲み込む。

 

「まず、パームミスリルは貴女の身体に植え付けられた結晶型の物質。私達にとっては同化した対象と全く同じ性質のエネルギーを産み出し、活動を支援する増幅装置の役割を持っている」

 

 エネルギー増幅装置。RMCの研究員から聞かされた結晶の肥大化に関係する事だろう。

 消費されなければ結晶化し、やがて身体を突き破って主を殺す。荒津市を襲い、多くの命を奪った病の正体だ。

 

「貴女とサキが『特異点』と呼ぶ力は、使用者の身体を強化し、その肉体が持つ限界を引き上げて行動することが出来るよう補佐する。貴女が持っている「限界点A」をパームミスリルの力で更に上の新しい「限界点B」まで引き上げるんだよ」

「げ、限界を引き上げる?」

「例えば、今の貴女なら、特異点を使えばプロの男子ボクサーを一撃で気絶させられるし、一軒家の家の屋根にだって一飛びで登る事が出来る」

 

 不可能を可能にすると言う能力なのだろうか。

 格闘技経験の無い私がプロボクサーを倒し得る力を持っている筈がなく、家の屋根に飛び乗るなどと言う芸当は、まず人間そのものに不可能な超人技だろう。

 

「力を扱うポイントは「イメージ」で、どんな力をどんな風に発揮したいのか。それが正確なほど「力は強く」「消費される素材は少ない」。貴女の知識と想像の力で、特異点は幾らでも強くなるの」

「ですが、その力に頼りすぎる事は私の身体の変化を速めてしまうと」

「そうだね。便利な力で、この世界で生きる為には必要不可欠だけれど、厄介な問題も付きまとう。この力は『薬』。貴女を救う薬で、同時に貴女を殺す麻薬。一度間違った使い方を知れば、それに呑まれて身を滅ぼす事になる」

「薬....」

 

 彼女の声が冷気を纏い、開け放たれた心に刺々しい北風のように吹き込む。私を救う力と言う事は実感しているが、宿主を殺す病を『薬』と表現する言葉はそれ以上に危険な意味を孕んでいるように聞こえる。

  

「力は物事を解決させ、心に戦いの高揚を与える。力の意味を知れば、貴女もきっとその魅力に呑まれていく」

 

 数々の巨影が揺らぐ様に抱いた安堵。

 魔物を打ち倒した心を満たした達成感。

 ガードボットを前に何の疑問もなく戦う事を望んだ選択。

 メディさんの言葉に甦る記憶。その端々にあった感情は彼女の言う「魅力」に似通い、内心では無関係だと考える事もしなかったそれに蝕まれ始めていた自身が酷く恐ろしい物に思える。

 

「精神が穢れ、本能の向くまま戦いに没頭すれば、それはやがて貴女の常識として戦いを望む意志になり、染み付きやがて『悪意』になる」

「悪意?」

「他人を害し、傷付けようとする心。それが高まれば、特異点を使う事に躊躇いを無くし、ひたすらその力を振り翳して目に付くものを襲う」

「そうなればパームミスリルの浸食は身体にも及ぶ....それがパームミスリルの力の危うさですか」

「パームミスリルはRMCの手を加えられた事で一時的に、そして部分的に貴女にとって価値のある力になっただけ。それが最後に貴女を殺す猛毒だと言う事は何も変わっていない。忘れないでね」

「....はい」

 

 勘違いをしないよう。

 彼女が諭すように放った言葉は哀れむよう柔らかに聞こえるが、胸に届くそれは突き放すように刺々しい。

 正面から受け止めるには痛む

 

「ところで結衣。貴女と紗姫はこれから何をするつもりなの?また稲原区に戻って探索?それとも他の地区に向かう?」

「私だけの判断では決められませんし、西園寺さんとリッジさんと決めたいと思います」

「貴女達が向かっていた自然公園。そこに巨大な反応があるみたい。リッジの果たしたい目的もそこにあるようだから伝えてあげて。あれなら答えを出してくれる」 

 

 自然公園に巨大な反応がある。大きな発見はあったが、稲原区では謎の魔物からの襲撃を受けている。再び訪れたとして対策が無ければ勝算も無い。

 リッジさんがどのような作戦を打ち出してくれるのかに期待して、私達はひとつでも多くの情報を集め、伝えるべきだろう。

 

「分かりました。ありがとうございます。メディさん」

「想定外の敵との衝突はあったけど、今回の戦いは魔境の魔物を知る機会になったと思う。特異点と魔術の力を使いこなして、きっと生き抜いて。私達は貴女と紗姫を信じているから」

 

 メディさんが穏やかな所作で差し出した手を取ると、柔らかく冷たい指に包まれる。ぐにょりと纏わりつくように湿っぽく、人肌の温度と言うにはいやに冷たい感触が這うように全身を伝わっていく。リッジさんよりも人らしい姿をしていながら、それはどこか人間から離れた身体を持っている。

 見惚れてしまう程美しい姿をしていながら、それらが私達人間とは異なる何かなのだと実感し、奇妙な技術に舌を巻く。

 柔らかに表情を綻ばせたメディさんが手を広げ、暗い紅の球を産み出す。

 

「紗姫が言っていた怪物。樹木から現れて、虫のような姿をしていた。それが本当に虫の魔物だとしたら、貴女が手に入れたこれが役に立つ筈だよ」

「それは」

「『火球』のマギアコア。これからの敵を相手にするなら、炎ほど便利な力もないでしょう」

 

 鞄の中を探せば、彼女の持つそれと同じ紅いマギアコアが見付かる。手に取って見つめれば、その奥にも奇妙な文字のような物が透けて見える。

 

「これが火球の....気にしている暇もありませんでした」

「魔物にも弱点があって、その弱点を突いて戦えば戦況は貴女に有利に傾くはずだよ」

「はい。あの、メディさん。またお話しすることは出来ますか」

「その時が来たら出来るよ。でも、それは無い方が良いと思うな。貴女が私達に近付いている証だから」

「そ、そうですか....」

「結衣。貴女の力を信じて。戦いの中で貴女は確かに成長し、その力で紗姫とリッジの命を支えている。心を強く持てば、貴女はもっと強くなれるよ」

「....はい。ありがとうございました。では、また」

「元気でね。生きてこの世界を脱出できる時が来たら、また話そう」

 

 広がる水槽の奥から光が広がり、揺らめく白い物体と真っ黒な海の色を飲み込んでいく。

 

 

 滲むように白一色に染まる世界。その眩しさに目を閉じれば、私を呼ぶ声を感じる。

 背に触れる柔らかな布が身体を支えている。快適とは言えないが、床の上で寝ているよりはマシだろう。

 目を開けば、緑色の天井の中に光を放つ蛍光灯が見える。どうやら拠点のビルに戻る事が出来たようだ。

 

「リッジ。結衣が起きないよ。どうしよう」

「何をそんな半泣きになってるんだ。まだ治療してから十五分も経ってないんだ。あれだけ特異点に魔術に荒っぽく使って、ついでに派手に片手を潰されているんだぞ?。ちょっと寝たくらいで復活なんざとんだ化け物だよ」

 

 視界に続いてはっきりとした耳が鮮明になっていく会話を聞き取る。どうやら私の事を話題にしているようだ。落ち着きの無い様子の声は西園寺さんの。それを溜め息混じりに諭すのはリッジさんの声だろうか。

 

「お前が慌てたって仕方ないだろう。今は結衣が回復するのを待つしかないんだ。ソワソワと動き回ってもお前の身体が休まらない。何よりそれを見せられる俺達が落ち着かないんだよ」

「仕方ないでしょ。アタシだって心配なんだから....」

「分からないとは言わないが、それじゃお前の心臓がいくつあっても足らないぞ。この先結衣が今以上に酷い怪我を負ったらどうするつもりだ」

「そうならないようにアタシが守るんだよ!」

「全く、呑気な物で羨ましいよ」

「あんただってここ最近の外の状況は知らないんでしょう!」

「だからだよ。元ある俺達の記憶は充てにならない。お前達の調査が全てになるんだ。その本人がみすみす自分の命を捨てるようなことを言ってるようじゃ先が思いやられる」

「ぐ....やってみなきゃ分からないじゃない」

「....お前にも生き残ってもらわないと困るんだぞ。どんな戦いがあったか知らないが、そんなデカい口が叩けるなら相応の自信があって、現に結衣を生きてここまで運んでいる。だがな、お前が無事なのも結衣の支援があってこそなんだろう」

「それはそうだけど」

「その勝利が二人の成果なら、片方が欠けるのは致命傷だろう。よく考えろ」

「....」

「う....ううん」

 

 刺々しい空気感に耐え兼ねて身体を起こすと、リッジさんが疑うような呻き声を上げる。

 

「結衣....お前マジかよ」

「結衣!目が覚めたの?怪我は!?」

 

 リッジさんの言葉に西園寺さんが私を振り向く。ねじ切れるのではないかと言う速度で首を回し、獲物に跳びつく獣のように駆け寄りベッド横に置かれた椅子に座る。

 

「わ、私なら大丈夫です。西園寺さんこそお怪我は」

「アタシも大丈夫。帰り道も魔物から隠れて来たから」

「それなら良かったです」

「うん。本当に....」

「え、ええと、ところでリッジさん。私が眠っている間の事なんですが、夢の中でリッジさんと同じ....人?に会って、その人から稲原区について情報を貰ったんです」

「俺達と同じ....情報。神託か何かでも受けたって事か」

「私も信じ切れませんが、稲原区の自然公園に大きな反応があるそうです。それがリッジさんの言っていた魔物の主ではないかと」

「ふむ....なら目的は予定通り自然公園の攻略だな。お前達から受け取った写真についても今調べているところだ。攻略の糸口もじきに見つかる筈だ」

「予定通りって、じゃああの虫みたいな魔物ともまた戦うことにならない?その倒し方も考えないとだよ」

「その事にも、私に考えがあります。稲原区で拾ったマギアコア。すっかり存在を忘れていましたが、これなら役に立つかもしれません」

「そのマギアコアが?確かに結衣が使っているのは見たことがないけど、どんな魔術が使えるの?」

「火球。と聞きました。炎を使える魔術のようです」

「炎か....確かに稲原区で遭遇したのは虫の姿をした魔物。火の魔術ならそれを殺すにも有利になるな」

「あの虫の魔物にも勝てるかも!」

「試してみる価値は十分にある。結衣。次の戦いに備えてそのマギアコアの使い方も覚えておいてくれ」

「分かりました。リッジさんも自然公園攻略の計画をお願いします」

「よし、ならアタシは結衣のトレーニングの相手になるよ。早速行こう!」

「さ、西園寺さん!?」

「怪我人相手だ。死なない程度にやれよ」

 

 いつの間にか私達に背を向けて胡座をかいていたリッジさんは西園寺さんを止めるでもなく、手にした写真をヒラヒラと揺らして見送りのジェスチャーをしている。

 意気揚々と進む西園寺さんに手を引かれるまま、身体はベッドを抜け、足は扉を潜りビルの二階へと階段を登っていく。

 

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