ココロネ・リンカーネイション   作:rippsan

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再び足を踏み入れた稲原区。
植物園へ至る最初の旅の行方は。


幼火産立

「....」

「頑張って。結衣!」

 

 汗に湿ったマギアコアを手の中に握る。のぼせたように熱を持つ脳内。黒く塗られた世界に膨れ上がるようにして炎が現れ、小さな火の華を散らしながら揺れ動く。

 

 力を掌へと集中し、器の形に繋げた量の手の上に脳内の炎のイメージを投影する。

 ライターの擦れる音に重なり、種火のように朱色の小さな炎が産まれる。

 

「やった!成功だよ結衣!」

「な、なんとか出来ました」

「....でも、これだと戦うには火力が足りないね」

「そう....ですね。ごめんなさい」

「ぜ、全然大丈夫だよ!アタシなんかそもそも魔術使えないんだし」

 

 西園寺さんに連れられてやって来たのはビルの二階にある一室。扉を開けて驚かされたのは、そこが光に満ちた真っ白な空間に変わっていたことだ。

 彼女が言うにはリッジさんが空き部屋を改装し、急遽トレーニング用の部屋を用意したとのこと。今後の計画の為、実戦向きの経験を積むことが出来るように改装も考えているそうだ。

 

「魔術も特異点もイメージの力で強くなる。結衣の夢に出た人はそう言ってたなら、火のイメージを詳しく思い浮かべるのがヒントになるかも」

「火のイメージ....ですか」

「熱いとか、色は赤だったり青だったりとか....後はなんだろう」

「火の産まれ方....発生の仕組みが分かれば」

「それなら、マッチとかライターなんてどう?アタシ達もよく見る物だし....そうだ。試しに動きを真似しながらやってみるのはどうかな」

「分かりました。試してみます」

 

 西園寺さんの助言をもとに、ライターをイメージして手を握る。親指を立て着火のスイッチを押し込めば、折り曲げた親指の先に炎が発生する。

 

「おお!成功したよ。それもさっきのより大きい。やったね結衣!」

「....これでもまだ小さい炎です。もう少し火力を」

 

 目の前の火はライターをイメージして産まれた。ならば火を産み出す物のイメージを変えることで、火力を調整出来るかもしれない。

 目を閉じてライターのイメージを払拭し、握った手を開き指先の関節を天井に向けて曲げる。イメージはガスコンロの火。花のように広がる青い火を思い浮かべ、折り曲げた関節を軸に力を広げていく。

 つまみを回し、円形に並ぶ火が現れる光景をイメージすると、ライターのイメージと同じ五つの火が指先を起点にして発生する。

 

「出来た」

「凄いよ結衣。あっという間に火の魔術も使えるようになるなんて!」

「い、いえ....もう一時間は続けていますから。それに、もうくたくたで」

「そ、そうだね。何か飲み物でも買ってくるよ」

「ごめんなさい。お願いします」

 

 部屋を後にする西園寺さんを見送り、地面に腰を下ろして呼吸を整える。正確な時間は分からないが、魔術の練習を始めて一時間と少し。何度繰り返しても産まれる火はちらちらと弱々しい光を散らしては煙と共に消え、それはさながら線香花火の火を絶やさないトレーニングのようで、漸くのことでコツを掴んだ身体は渇きも忘れて消費を続けた心身の回復を求めていた。

 

「力、使いすぎていないかな....」

 

 集中状態から解放された頭は夢に見た会話を思い返し、一抹の不安が石ころのように空の腹の底に落ち、ちくりと痛む。

 

「ただいまー。お疲れ様、結衣。運動の後はやっぱりこれ。ぐぐっといっちゃって!」

 

 扉の音に振り向けば、鞄を肩に掛け、見慣れないスポーツドリンクを手にした西園寺さんが私の元にやってくる。

 

「あの、西園寺さん。これは....」

「新発売のスポーツドリンク。レモン果汁入りで疲労回復にもオススメなんだ。ウィスパーで流行ってたやつなんだけど、アタシも飲んでみて気に入ったんだ」

 

 彼女の手からボトルを受け取り口を付けて中身を流し込めば、さっぱりとした甘味に混ざりレモンの酸味が萎れかけていた私の身体から疲れを取り去っていく。すっきりとした味に、容器を一度に傾けてそれをあおれば、渇いた喉を滑らかに降りていくドリンクの心地が良い。

 

「どうどう?なかなか良いでしょ?」

「はい。凄く美味しいです!」

「良かった。気に入ってくれたなら嬉しいよ....これで結衣と話せる話題が増えたしね」

「え....と。はい」

 

 にっこりと目を細めて笑う表情に胸が跳ねる。彼女の笑顔もまた、私の疲れを押し流していく。

 

「さてと....アタシも一つ試してみるかな」

 

 鉄筋を握った西園寺さんは、鞄から小さな瓶を取り出し、蓋を開けてその表面に垂らすと続けて掌サイズの道具を取り出す。

 

「ちょっと離れててね」

「西園寺さん。それは」

「見て驚かないでね?それっ!」

 

 彼女が鉄筋の上で道具を滑らせると、くすんだ灰色をしていた無骨なそれに走るようにして火が灯る。

 

「ひ、火が....一体何を」

「強化鉄筋。ヘルメスカスタム!だって。あのガードボットから取り出した油と改造した鋸で、火を使った戦い方を出来るようになったんだ」

 

 西園寺さんが鉄筋を振るえば、燃える炎の軌跡が陽炎を残して消えていく。

 

「使い勝手はよし。これでアタシも結衣の助けになれるね!」

「はい....その、無理だけはしないで下さいね」

「大丈夫だよ!今度はこの武器もあるし、敵の攻略方法も考えていくんだから」

「そう、ですよね。きっと....大丈夫」

「休憩が終わったらもう少しトレーニングをして、それから稲原区へ行こう」

「はい。ではもう少し」

「よし、やろう!」

 

 

「到着したみたいだな。では計画を確認するぞ。住宅地の調査は既に終わった。そこに角灯の子機を置いて簡易的な拠点を設置。住宅地を抜けて自然公園へ向かう。到着したら奥部へと進みながら自然公園の調査を。目的の魔物と遭遇した場合、一度その場で撤退。特徴を覚えているだけ教えてくれ」

 

 再び稲原区へたどり着き、リッジさんから指示のあった家に角灯を設置して灯りを点ければ、角灯の影から現れた黒い鉤爪状の手が床に突き刺さり、みるみる巨大化しながらその全貌を地上に這い上がらせる。

 

「ほう?ここが....なかなかに快適そうじゃないか。」 

「リッジ。さっきも確認したかったんだけど、ここに拠点を置くって、自然公園からここまで逃げて来いって事にならない?体力的にキツいと思うんだけど」

「それなら心配には及ばない。自然公園の周辺で安全な場所が見つかれば、そこにも子機を設置して拠点を作ることができる」

「へえ、なら安心」

「心配するな。支援は惜しまないと言っただろう?。さあ、俺達は準備も済ませた事だし、ビルに戻らせてもらう。後は頼んだぜ。実働隊」

「は、はい。頑張ります」

「じゃあ行ってくる」

 

 リッジさんがタールのように液状化し床に滑り落ちていく。その姿を見送り、私と西園寺さんも拠点として拝借した家を後にする。

 

「流石は小金持ちの家。家具も最新型揃いだったね」

「当時の家具でしたから、二十年前の最新型になるんでしょうか。今では格安になった製品もありました」

「だね。ちょっとレトロな雰囲気....いや、貧乏くさかったかな」

「どうでしょう。見た目は綺麗でしたし、新築と言われても気にならないような気もします」

「案外向こうのビルより快適かもね」

「そ、そうですね」

 

 高所得の家族が住まう住宅地と言うこともあり、当然のようにお洒落なデザインの家具や、放棄された当時には最新型の名を冠していた電化製品がきっちりと並べられていた。

 薄暗く湿ったビルの中とは違い緑の香りが漂う明るい家の中は安心感に満ち、ほんの僅かに日常を取り戻したような感覚に気が解れ、このまま拠点を変えて休んで居たいとさえ思う。

 

「無防備な場所では魔物に襲われるのもあるんだろうけど、なんか不便だよね」

「仕方ないですよ。この戦いには私達の命がかかっていますから。生きるために必要な事は受け入れましょう」

「だね」

 

 ロータリー広場を抜けた先、街路樹の並ぶ道の真ん中を、植物を避けて進む。それ自体に危険性が無いとは分かっていても、ここには私を襲った虫の魔物が潜んでいる。それを倒すことが出来ていない以上、いつ襲われてもおかしくはない。

 

「取り敢えずこれで安心だと思うんだけど....って、もう魔物が居る。バレないよう急ごう」

 

 西園寺さんが指を指す方を見れば、痩せこけた魔物がこちらに背を向けて歩いている。

 彼女に続いて歩みを進める。

 緊張に早まる心臓を制し魔物の視界を外れて身を隠す場所を探していると、ギャアギャアと騒がしい魔物の声がする。姿を見られたかと慌てるが、その声はラジオの音声が途切れるようにぶつりと止まる。

 神隠しのように魔物が消えると言う状態に薄気味の悪い空気感が漂う。

 

 鞄の中のマギアコアに手を伸ばし、魔弾のイメージを頭に浮かべる。この距離では火球の魔術は届かない。もっと距離を詰めなければ。

 

「居た!」

 

 鉄筋を構えた西園寺さんが辺りを見回し、声を上げる。

 彼女の視線を追えば、地面に横たわった魔物の姿が見える。今の一瞬のうちに魔物が音も立てず消え、地面に転がることがあるのだろうか。

 突如制止していた魔物が動き考える間も無く状況が一変する。

 

「結衣、下がって!」

 

 西園寺さんが前に立ちはだかり、高速で飛来する魔物の肉体を鉄筋で打ち返す。柔らかなマシュマロでも、速度が加われば凶器になり得る。それは魔物も同じ。鉄筋に弾かれた魔物は数メートルの距離を浮遊して地に落ちる。

 

「なんてパワーなの!?」

 

 驚愕に上擦る西園寺さんの声が、急襲の驚異をものがたる。剃らしていた視線を再び索敵に戻すが、敵の姿を捉えることは敵わない。

 

「どこに....っ!?」

 

ゴリゴリと破砕音が近付く。咄嗟に目を向けば隆起し割れたコンクリートが一直線に続いている。

足下から響く破壊音に咄嗟に腕を突き出し、魔術を展開する。広がる光の壁の向こう、至近距離でコンクリートを吹き飛ばして焦茶色の何かが姿を現す。

 先端から伸びる二本の棒は薄く伸ばされた鎌のように見える。

 

「っづ!?」

 

 後方へ撥ね飛ばされるような衝撃、押し上げられた身体が宙を舞い、受け身もとれないまま地面に落下する。

 身体を起こそうと手を地面に伸ばした時、身体を照らしていた光が遮られる。敵に視線を向ければ、そこには首をもたげた百足のような虫が私を見下ろし牙を開いていた。

 

「離れろッ!」

 

 敵の側頭部を鉄線の巻かれた鉄筋が突き、ぐらりと大きく揺らぐ。すかさず手に力を送り、強化した身体で地面を押して距離を放す。

 逃走だけを目的にした場当たりのイメージでは着地までを想定出来ず、飛び退いた先で身体を引き摺り情けなく倒れる。

 

「やっぱりお前か。あの時結衣を襲ったのも!」

 

 引き戻す鉄筋に小瓶を叩き付けられ、内側から飛び出す油が灰色の凶器をぎっとりと濡らす。トレーニング部屋で目にした着火装置が油に濡れた鉄筋の上を駆け抜け、なぞるように炎が立ち上がる。

 

「姿さえ見えるならなんてこと無い。アタシが相手だ!」

 

 地面に身体を打ち付け痙攣していた魔物が首を起こす。

 平たく長い胴体。頭部からは二本の触角と、目を引く琥珀色の牙が生えている。障壁の壁越しに見た鎌のような物はあの牙だろう。西園寺さんからの攻撃で地面から引き摺り出されたからか、不安定に揺れる身体の全長は、私達よりも少し高い。

 魔物は私達を威嚇するようにガチガチと牙を打ち鳴らすと、穴の中へと潜り込む。

 

「待て卑怯者!」

 

 西園寺さんが詰め寄り鉄筋を振るうもその攻撃は空を切り、炎が虚しく火花を散らす。

 力を指先に流し、魔弾のイメージを浮かべる。

 

「西園寺さん。敵は地面を移動しています!音に気をーー」

 

 盛り上がる地面。私から数メートル離れた地点でコンクリートが盛り上がり、黒い瓦礫と共に光を反射する黄金の牙が姿を見せる。

 

「魔弾!」

 

 姿を現す魔物。視線が交わると同時に魔術を放つ。それは何かの予備動作だろうか。身体を反らした牙に弾丸が直撃し、魔物は鞭のような音を鳴らして地面に衝突する。再び力を腕に流し次の攻撃に備えるが、寸前でメディさんの言葉が脳裏を過る。

 

「っ....」

 

 私が怯むうちに身体を起こした魔物はこちらを見据え、再び地面へと潜り込んでいく。

 

「次は何処から....」

「音を頼りにしよう。特異点で耳を強化すれば聞こえる音が分かるようになるかも」

「わ、分かりました。やってみます」

「結衣は魔術の方を優先して。アイツは動きも早いし近付かないと攻撃出来ないアタシじゃ不利。それにアイツの狙いは結衣みたいだし」

「狙いは私....ですか?」

「うん。初めてアイツに会った時も、今アタシが攻撃した時も、アイツは気にも留めずに結衣を狙ってる。それならアタシが結衣に付いていた方が間違いないしね」

「分かりました。西園寺さん。サポートをお願いします」

「任せといて」

 

 張り詰める緊張感が場の空気を冷やすかのようで、身体を撫でる風は悪寒のように刺々しい。

 

「そこだッ!」

 

 紅い髪が揺らいだと思えば、私の後ろに回った西園寺さんが鉄筋を肩越しに構え、バットのスイングのように地に向けて振り抜く。炎を伴い疾る鉄筋の下、コンクリートがひび割れ、飛び出した魔物の顎をサンドバッグのように打つ。

 滾る炎が魔物の身を焼き、それは激しく悶え地をのたうち回る。

 

「結衣、退いて!」

「はい!」

 

 私が距離を離したのを確かめ、西園寺さんも私の隣へと飛び退く。露出した身体で暴れ回る魔物は日を浴びて苦しむミミズの様で、生々しい動きに不快感を覚える。

 魔物が再び身を起こす。身体を伸ばす動作に西園寺さんが阻止しようと動くが、それは痩せた魔物の死体に胴を巻き付け、突進する西園寺さんの前に向けて投げる。

 

「なっ!?」

 

 咄嗟に足を止めて守りに入る彼女は死体との衝突で動きを封じられ、その隙に魔物は姿を消す。彼女の足下を亀裂が通り過ぎ、私に向けて一直線に進む。

 

「魔弾!」

 

 魔物の到達を予測して打ち出した弾丸はコンクリートを粉砕し、地面を抉ったそれは黒く堅固な盾に隠された土の床を露にするが、そこに魔物の姿は無かった。

 

「そんーー」

 

 失敗に憂うよりも早く新たな破砕音が続き、直後に組み伏せられような引力で身体の力を奪われる。

 

「っ!?」

 

 左腕を覆い、締め上げる凄まじい圧力。血圧計の何十倍にもなる力は水に浸けた雑巾を絞るかのように腕を圧し潰し、内側の骨にまで達する痛みを産む。

 

 恐怖に駆られながらも影を落とす主を見れば、欠けた牙を大きく開いた魔物が視界いっぱいに飛び込み、限界寸前で働いていた判断力を漂白する。

 

「いやああああ!」

「ぐっ....結衣!」

 

 不意打ちの攻撃を上回る危機。迫る濃厚な死の臭気に構えていた右手で力任せに魔物の身体を殴るが、意に介す様子など微塵も見せずそれは巻き付けた身体の力を強める。

 

「結衣を離せこのッ!」

 

 自由を取り戻した西園寺さんの鉄筋が甲殻に叩き付けられ、揺らぐ炎が魔物に引火する。それが身を悶えさせ圧迫が緩んだ隙を逃さず、彼女が後退したかと思えば、瞬く間に身を屈めて魔物の頭部をかち上げる。繰り出される攻撃はさながら一瞬の演舞のようだった。

 魔物から解放された私の身体を引き寄せ、魔物の前に立った彼女は止まる事なく攻撃を叩き込まんと鉄筋を構え直す。

 

「ハア....ァ....ハア....」

 

 破裂寸前の爆弾のように拍動する心臓。身体を凍えるように冷たい汗が流れ、大袈裟なほど速まった呼吸は繰り返す程に息を詰まらせていく。

 

「結衣!」

 

 銅鑼のように張られた力強い声がノイズにまみれた意識に杭を突き立てる。

 

「落ち着いて!アタシがいるから。結衣は絶対死なせない。だから心を強く持って!」

 

 僅かに生まれた隙間から続く言葉が滑り込み、私を呑まんと押し寄せるノイズの壁をこじ開けていく。

 その通りだ。ここで恐怖に押し流されたまま死ぬなどあり得ない。

 口を結び騒がしい呼吸を押し殺し、深く息を吐き出す。灰色に歪んだ世界の形が整えられ、次第に失われた判断力が隠していた姿を表し始める。

 西園寺さんに目を向ければ、彼女は襲い来る魔物の攻撃を捌き、流れるように攻撃へと繋げ地下への退路を封じている。打ち付けられる鉄筋の炎は散り行く火花と共に火力は弱まりつつある。

 攻撃を弾き返した彼女が後退し、新たに小瓶を取り出すと魔物の東部に向けて投擲する。仰け反った魔物の牙に直撃した小瓶は内部の油を撒き散らす。直後に地下へと逃げた魔物の動きが止まる。

 

「....襲って来ない?」

「結衣。腕の手当てを。警戒はアタシに任せて」

「はい。お願いします」

 

 特異点の力で傷を治療し再び立ち上がる。拘束を受けていた影響からバランス感覚が麻痺して体勢を崩しかけ踏みとどまる。

 

「ふぅ....また逃げられた?」

「分かりません。西園寺さんもお怪我は」

「傷は受けたけど深くはないよ。一応回復はーー」

 

 背後から上がる破砕音。振り向いた先には牙を鳴らす魔物の姿があった。

 

「しぶといな。今度こそ倒してやる!」

 

 敵に向けて駆け出す西園寺さん。交戦の体勢に入らずそれを見据える魔物の動きに違和感を覚えるが、忠告の言葉を叫ぶより早く魔物が動く。

 開いた牙の間から黄金色の塊が飛び出す。気付いた西園寺さんが咄嗟に横方向に跳躍して攻撃を躱し、着地と同時に再び前進を始める。一直線に襲い来るそれに対して私も魔術で対抗する。

 硝子の砕ける音と共に地に散らばる無数の黄金の欠片。広がるようにして発射されたそれは私から離れた場所を素通りして行く。威力こそ直接的な攻撃には及ばないものの、直撃を受ければただではすまされない。それはさながら散弾銃のようだ。

 

「西園寺さん!その攻撃は」

「分かってる。初めて見たけど多分飛び道具。なら次を撃たれる前に倒ーー」

 

 魔物が地中へと潜る。跳躍し飛び掛かった西園寺さんの攻撃は空を切り、その身体は無防備に宙を舞う。

 彼女が穴を通りすぎると同時に魔物が全く同じ場所から姿を現す。

 

「なっ!?」

 

 背を向けたままの西園寺さんに向かい牙を鳴らした魔物が琥珀の結晶を放つ。

 

「くっ....させるか!」

 

 振るわれた鉄筋が結晶を砕くが、拡散する全てを打ち落とす事は出来ず、残された幾つかが彼女を襲う。

 

「っぐあ!」

「西園寺さん!」

 

 カーディガンが紅く染まり、琥珀の突き刺さった傷口からは血が流れ出す。

 魔物が地に身を隠す。

 混乱していた意識が弾け、我に返る頃には足が動いていた。頭の中にあったのはただ一つ。彼女に危機が迫っていると言うことだけ。

 バネのように軽く、一足ごとに速度を増す。

 高々と一の字に伸ばされた身体。反り返り、振り下ろさんばかりに構える魔物を睨み付ける。西園寺さんの動きを真似て魔物の側面へと回り込み、地を踏む足先に力を集約する。

 コンクリートを貫く杭のように。

 カラーノイズのように世界が霞み、生温い空気が爽快な涼風に感じられた。

 

「障....壁ッ!」

 

 光の壁が広がると同時に衝撃が走る。投げ出した身体は魔物を突き飛ばして宙を舞う。

 落下の衝撃を光の壁が吸収し、再び身体が跳ね上がる。伸ばした指先に力を広げ、コンクリートを捉えて跳躍の勢いを殺す。

 着地と同時に黒く捩れる世界。エネルギーの枯渇に身体が苦痛を訴えるが、気にしていては命を落としかねない。逆立ちの体勢から身を倒して立ち上がり、西園寺さんに駆け寄る。

 

「西園寺さん!」

「な、ナイス....助かったよ」

「早く傷の手当てを!」

「いや、次で倒す」

「ですが」

「やれるよ。準備なら出来てるから。あとは結衣さえ居てくれたら絶対成功する」

 

 涙の浮かんだ顔で笑う彼女の瞳は真っ直ぐに先を見つめ煌めいていた。

 

「....分かりました。私はどうしたらいいですか」

「肩をやられてさ。流石にこればっかりは特異点でもどうしようもないと思う。だからアタシがあいつをぶっ叩くのを手伝って欲しいんだ」

 

 彼女が私の手を取り、鉄筋を握るその手に重ねる。突然の事に息が止まりかけるが、その緊張も自然に振り払われる。

 

「タイミングと動きはアタシに任せて。結衣はアタシに力を貸して」

「....はい」

「行くよ」

 

 よろける彼女に肩を貸して立ち上がり、重ねた両手を強化する。

 身を起こした魔物にも余裕はないのか、その身体はぐらぐらと不安定に揺れている。

 

「次の攻撃で仕掛ける。アタシが付いてるから安心して」

 

 魔物の身が反れる。重ねた指に力を込めれば、西園寺さんの足が魔物へと踏み込む。

 

「やああああ!」

 

 振り上げられる鉄筋。開かれた黄金の牙と接触したそれが火花を散らす。

 

「破アアアアッ!」

 

 雄叫びを合図に強化した腕を振り下ろせば、視界の上で落ちた影を照らす光が煌々と放たれる。

 

「退いて!」

 

 彼女の声に飛び退いて魔物の姿を追えば、朱々と燃え上がる火だるまになったそれが激しく見悶えていた。

 

「ま、魔物が」

「あいつが逃げる寸前に油の瓶を当てておいたんだ。地下に潜ればそれが身体に伸びる。牙に着いた油を着火させるのが止めになると思ってたけど。成功したみたい」

 

 暴れ回る魔物の姿は不快そのものだが、同時に罪悪感を覚える。

 

「....一度休もうか。手当てを手伝ってくれないかな。この結晶を抜かないと傷を治せないんだ」

 

 西園寺さんが肩に刺さった結晶を引き抜く。抉られた肌は赤黒く変色し、カーディガンが更に赤濡れていく。

 

「っづ....結構、痛いんだね。なんてこと無いと思ってたけど、そんなことないや」

「西園寺さん、足の結晶は....」

「うん。お願い。アタシだと上手く抜けそうにないから」

 

 琥珀の結晶に手を添える。戦いの最中では気付けなかったが、それは彼女の肩に残されたものより大きく、彼女の重りになっているのも当然に感じられた。

 

「行きますね。三、二、一」

 

 力を込めて結晶を抜けば、くぐもったような鈍い音を鳴らして彼女の足を離れて地面に落ちる。

 

「っ....ぃ..」

 

 彼女が傷口を囲うように肌に指を這わせれば、剥き出しの穴に蓋をするように薄紫の光が集まり、シルクのように鮮やかな肉に変化する。

 

「....これで、よし。ありがとう結衣」

「いえ、私が役に立てるのはこれくらいですから」

「にしてもあいつ、なんて強さなの。ガードボットと痩せた魔物だけでも手一杯だったのに」

「魔物の長がいる場所に近付くほど、通常の魔物も力を増していく。と言うことでしょうか」

「そうかも。ここのボスの影響で強い魔物が生まれてるんだとしたら....これからこんなレベルの魔物と戦うことになるの?」

「そうなると思います。森林公園の状態にもよりますが、ここからの道中は出来るだけ魔物との遭遇は避けて行きましょう」

「だね。いくら一度倒せたからって次も同じように行くとは限らないし....それはそうと一休みしようよ。すっかり疲れちゃった」

 

 西園寺さんの提案に頷き、休憩スペースを探して探索再開する。

 彼女が溢したこ自然公園への懸念を考える。目的に近付くほど魔物は力を増していく。

 拠点付近で戦った痩せた魔物に比べて、虫の魔物は素早さも力強さも上回っていた。それなら自然公園で待ち受ける魔物は、何より私達が倒すべきその主はどれだけの力を持っているのだろうか。

 囁かれるように思い起こされるメディさんの言葉が不気味なほど簡単に心に染み込み、冷ややかな怖気に身が震えるのを感じた。

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