情報を得た自然公園に足を踏み入れる二人を待ち受ける者は。
「『稲原自然保護公園』だって。あれじゃない?」
「そうだと思います。ここからそう遠くはないみたいですね」
「その代わり、目的地はバッチリ山の中みたいだけどね。何か不安になるなぁ....神隠しとか遭わないよね?」
道の先に広がるのは一面深緑の山道。
命の失われた筈の世界で青々とその生命力を誇張する木々は得体の知れない力の象徴であり、放たれる気が目を向ける事を躊躇わせる。
「妖怪や神様が居るわけではありませんし、そんなことは無いとは思いますが....」
「あるとしたら魔物に連れ去られるくらいか」
「はい....気を付けましょう」す
「神隠しって言うくらいだから神様が人を連れ去るんだと思ってたけど、妖怪もそんなことするの?」
「はい。天狗や
「生け贄みたいな?」
「どうでしょう。神様とは言っても、全てが私達を助けてくれる存在ではありませんから。中には逆に人を苦しめる神様も居て、そんな存在が気紛れに人を攫うんだと思います」
「あ、あれでしょ。貧乏神とかそういうやつ」
「そうですね。日本ではあらゆる物に神様が宿っていると考えられていますから」
「なるほどね....結衣。随分詳しいね?」
「え?あ....」
「妖怪とかそう言うの好きだったり?」
「っーーー!」
無駄な事を話しすぎたと後悔する。
湯を沸かすやかんのように顔が熱を持つ。
「オカルト繋がりってやつ?」
赤く染まっているであろう顔を伏せるが、彼女はいつかのように弾んだ口調で私に問い掛ける。
「う....そう、です」
「やっぱり!じゃあ神隠しの回避方とかって知ってる?」
「え?」
「神隠しの、回避方だよ。分かれば連れ去られないでしょ?」
困惑する私を他所に、彼女は私の手を取って早く早くと急かす。
「え....神隠しの、回避....そ、気質でしょうか。神隠しに遭いやすい気質が」
「気質?」
「はい。その、若い人だと神経質だったり、忘れっぽいだとか....産後の女性もだそうで」
「つまり、回避する方法はないってことか。おまじないとか、御守りとか。なら、そうだな」
逡巡するように首を傾げ、彼女はすぐにそうだと手を叩く。
「一人で居ると連れて行かれる時に気付けないでしょ。なら手を繋げば安心だよ!」
「手を....手を!?」
「変かな。その方が安全じゃない?」
「あ、安全....って。そう、ですけど」
突然の提案に呆気に取られるが、彼女はさも私の反応の方が不思議だと言いたげに怪訝な顔をしている。
当然だろう。彼女の提案は理にかなっており、それに対して抵抗を覚える私の方がずっとおかしな態度だろう。
「あ、もしかしてアタシ臭う?まあ香水の匂いは取れちゃったよね。まさか血の臭い....とか。ヤダヤダ!さっきシャワー浴びたよ!?いや、確かにずっと昔に放置された所の水道だったけど....って、それじゃあ血じゃなくて下水!?うわああそんなのもっと嫌だよ!」
「い、いえ。違います!違うんです西園寺さん!」
「違う?はぁ....良かったぁ。結衣に変なところ見せたくないもん」
「え、と。その、私の方こそ、西園寺さんと手を繋ぐなんてとても」
「え?いやいや、結衣は全然変なところないけど?」
「そ、そうじゃなくて、私なんかじゃ申し訳」
「ああそう言う事?そう言うのナシナシ。こんな状況なんだから気にするの止めようよ」
「え、あ....?」
「私「なんか」じゃ。じゃないでしょ?アタシ「が」こうしようって言ってるんだから。結衣がどう思ってるかは気にしないでオーケー。結衣が良い作戦だと思うなら、遠慮しなくて良いんだよ?」
「で、ですから....私が」
「んん?なら試しにやってみようか」
ぶらりと垂れていた手を暖かい感触が包む。ぱしりと私の手を握るそれは、お父さんの物には届かないもののがっしりと固く、確かな安心感がある。
「西園寺さん!?」
「どう。悪くないでしょ?」
触れ合う肌から西園寺さんの体温が伝わる。
跳ねる心臓の拍動が呼吸を上書きするほどの音で鳴り響く。
「ぇ....ぅ....あ」
「え、えーと。嫌?」
「いえ、そんな、事は」
「大丈夫?やっぱり止める?」
「い、いえ。行きましょう....このまま」
広げたままの指を握り返し、西園寺さんの手を取る。
「よ、よし。じゃあ行こうか」
調子を整え直した彼女もまた、息を吐いて気合いを満たすと、再び歩き始める。
漂う空気感はぎこちない物だが、それにもじきに慣れるだろうと考え、深緑の領域へと足を進める。
●
深い緑に覆われた道を進む事数十分。舗装された道とは言え、人の足で進むには体力を要する山道。
運動部のエースである西園寺さんは繋いだ手を引いてずんずんと進んで行くが、どの部活にも所属せず休日に廃墟街の探索をするばかりだった私にとっては心臓を破るかのように急な坂であった。
「よし着いた。結衣、お疲れ様」
「は....はい」
つるの絡んだ黒く大きな門に隔てられたそこは背の高い柵の奥に暗い色の太い幹が、見上げても先の見えないほどに高く伸び立ち並んでいた。
「うわぁ、高いなぁ。ひっくり返りそう」
「こんな木、見たこともありません」
「魔物の仕業か....やっぱ桁違いってことだよね」
「そう、ですね。私達が思っている以上に強い力を持っているのかもしれません」
「そうだ。リッジに報告を」
西園寺さんが携帯電話を取り出し、後ろに下がり門と木々の写真を撮影すると、画面を操作しながら私の前に戻って来る。
「ここにも拠点を建てられそうな場所を見付けてみろって」
「ここまで移動するのも大変でしたし、是非そうしましょう」
「じゃあ、まずは拠点探しと探索だね。魔物にも十分気を付けよう」
「はい」
●
「障壁!」
自然公園に足を踏み入れてすぐ、数体の痩せた魔物の襲撃を受けた。
連なり襲い来るうち、真っ先に到達する一体に向けて光の壁を展開する。
火花が敵を照らし出す。
衝突に合わせ敵を押し返すように前進すれば、痩せ細った魔物は腕を振り上げたまま後退する。
私との間に生まれた距離を埋めるように西園寺さんが立ちはだかり、その無防備な顎をかち上げる。
特異点の力で高められた聴力で迫る足音を確かめ、音の方に向けて指を突き出す。
「魔弾!」
メディさんから聞かされた特異点の使い方。
いつか試したように術式にイメージを挿し込み、指先に流れる魔法の弾丸を放てば、薄暗い木々の影に呑まれる赤黒い弾丸が走る魔物の肉を貫く。
「まだ....っ!」
怯んだ魔物へ続く魔弾を撃ち込む。
弾丸が指先を離れると同時に目眩が襲い身体の力が抜けるが、魔物の悲鳴は直撃を知らせる確かな証拠だ。
「セアアアッ!」
地を打ち鳴らす音。風を伴い私の横を跳び抜けていく。
雄叫びと共に響き渡る強烈な打撃音。
湧き出す力を使い体勢を建て直し、敵を探す。
「結衣、来るよ!」
「っ!?」
遅れて到達する三体目の魔物。
咄嗟に傾けた身体の横を通り過ぎる鋭利な爪。
着地した魔物がこちらを振り向く。痩けた顔に煌めく鋭い眼光に怯んだ隙に、魔物が身体を捻りながら爪を振り抜く。
「障壁!」
展開される盾を中頃まで切り裂き、完成したそれを貫くように静止する爪。
魔物はギィギィと驚愕に喚いて腕を振り回すが、おもちゃのように浮き上がる身体に力を込めて抵抗する。
「ッギィア!」
力任せに振り上げられた魔物の爪の先が割れ、双方の体勢が崩れる。
背を反り返らせた魔物が跳ね起き、再び私に向かい飛びかかる。
飛び退いた身体を掠めるように割れた爪がブレザーの裾を切り裂いて散らす。
「結衣、交代!」
先刻相手取っていた魔物を倒した西園寺さんが再び私の前に飛び出し、前のめりのまま動きを止めた私の敵に切迫する。
「ラアアッ!」
振り下ろされる鉄筋が魔物の後頭部を叩き付け、顔面を打ち付けたそれは地に埋まったまま動きを止める。
「ふう....こいつも撃破。結衣、お疲れ様」
「はい。お疲れ様でした。西園寺さん」
「さてと、拠点になりそうな場所を探そうか」
「それなら、あの看板が役に立ちませんか?」
「か、看板....どれ?」
「あの植物に覆われている看板です。殆ど見えていませんが、おそらくこの公園の案内図になっていると思うんです」
「案内図か....それなら拠点になりそうな場所が見つかるかもしれないね」
蔓に覆われた巨大な看板のような物に近付き、垂れ幕のように図面を隠すその一部を手で掻き分けると、土煙に汚れた地図のようなものが見えた。
「やはりこれが自然公園の案内板で良いみたいですね」
「でもこれだけ植物だらけだと地図全体は見えないね」
「どこかにパンフレットは無いでしょうか。それなら持ち運びも出来ますし、植物に邪魔されることもありません」
「だね。こう言う看板ならきっと端の方に....あった。これだね」
「....ここにも蔓が」
「ああもう面倒だな。ナイフでもあればスパッと切って終わりなのに」
「でしたら、私の魔術で何とか」
「なるほど。火で焼いちゃおうってことだね。じゃあ早速試してみようよ」
「はい」
鞄から取り出したマギアコアを手にすれば、頭にイメージが浮き上がる。
魔弾を打ち出すように指で銃の形を作り、力を流すと先端に小さな炎が灯る。
「慎重にね。蓋を開けられるようにすれば良いだけだから」
「....はい」
指先をゆっくりと絡み合う蔓に近付け、暫く待っていると、じりじりと音を鳴らしてそれが煙を上げ、黒く変色した部分が繋ぎ目を絶たれて落下する。
「....よし」
「ナイスプレイ!流石だよ結衣!」
「あ、ありがとうございます」
溌剌とした称賛の言葉にむず痒さを感じながらも、頬が緩んでしまう。
「で、では中の地図を....失礼します」
ゆっくりとケースに手を伸ばし、中に置かれたパンフレットを手に取って開く。
「....」
「どれどれ?アタシにも見せて」
待ちきれないと言った様子で横から地図を覗き込む西園寺さん。首を傾けて譲れば、探偵アニメのように顎に手を添えて頷く。
「ふぅむ....なるほど」
「何か分かりますか?」
「もう少し進むと広場があるみたい。そこをこの公園での拠点にするのはどうかな」
「そうですね。奥に進みすぎては魔物の襲撃を受けてしまうかもしれませんし」
「決まり!じゃあまずは広場に向かおう」
パンフレットとマギアコアを鞄に納め、西園寺さんに続いて森を進む。
目的としていた公園入り口の広場にはほどなくして到着し、角灯を配置すればリッジさんがこちらにやって来る。
「ヒュウ。ここは空気が美味.....くないな。思っていた以上に状態は悪いらしい」
「状態が悪い?どう言うこと?」
黒い穴から這い出したリッジさんが鼻を鳴らし、楽し気な言葉を飲み込み憎々しいと言った様子の反応を示す。
「明らかに人間世界にはあり得ない景色だろう?俺達は荒津市を元にしてこの世界を作った筈だが、それがこの有り様だ」
「それが悪い状態なわけ?」
「ええと、今の状態の世界では追っ手へのカモフラージュには使えない。と言う事ですよね」
「その通り。パームミスリルのエネルギーが蔓延しているのはそうだとして、人間世界に場違いの自然や魔物が存在して良い筈がない....俺達にも追加の仕事が出来たってことだ。最も、あれだけ缶詰めにされていたんだ。嫌な予感はしていたがな」
「追加の仕事....ですか?」
「この自然公園を修復する。元通りの環境に戻し、荒津市に偽装し直すんだ」
開いた手からポンポンと石や薪を産み出しながら、それは私に食材とシールの貼り付けられたビニール袋を手渡す。
「ふうん?で、それをアタシ達に説明してるってことは、何か手伝わなきゃいけないんでしょ?」
「そうしてくれると有り難いな。俺達だけなら魔物共の襲撃から逃げ回りながらの仕事になるからな」
「やっぱりね。今の話からするに、アタシ達に魔物を倒せって?」
「そうだが、今の俺達には何の礼も出来やしない。やるにしてもついでで構わない」
「分かりました。出来る限りの事はやってみます」
「心強いな。お前は素直で協力的で助かる....さて、待たせたな。こんなところで完成だ」
「....何か簡単過ぎない?」
「魔物の影響が強いんでな。敵方の陣地で用意出来るのはこの程度が限界だ」
簡易的なキャンプ設備が並ぶそれを拠点と言うには物足りなさを感じるが、不満そうな声を漏らす西園寺さんに、リッジさんは仕方がない事だと諭している。
「安全なシェルターに隠れさせてやりたいし、中を豪勢に仕上げてやりたいとも思うが、かえって目立っては魔物の餌箱になってしまう。四六時中魔物に狙われては休む気も起きなくなるだろう?」
「むう....それもそうか」
「俺達だってお前達を殺したいわけじゃない。その分サポートでお前達の手助けはする。上手くやってくれ」
「分かった。お願いね、リッジ」
「ああ。さて、俺達も住宅地の修復に向かうとするか。次に戻る時には向こうの拠点も住みやすくなっているだろうさ。働き甲斐にしてもう一頑張り頼むぜ」
薪を積み終えたリッジさんが再び地面へと溶けて行く。
それを見送った後、私と西園寺さんも焚き火を囲んで休息する。
リッジさんから受け取った袋を開けると、串刺しになったフランクフルトやマシュマロ等のキャンプ用品と呼ばれる道具や食品が納められている。
「雰囲気だけでも楽しめってことかな」
「こ、これは」
「それは着火材。で、これがライター....まあ薪はあるし良いか。せっかくだしやってみようよ」
慣れた手付きで焚き火の用意を進めていく西園寺さん。
着火材から広がった炎が薪を燃やし、薄暗い広場の灯りとなる。
「ふう、暖かいなぁ」
「....」
「そう言えばもう秋だったよね。パニックだらけに暴れっぱなしですっかり忘れてたよ」
「そ、そうですね」
「だとやっぱりおかしいな。少しくらい紅葉してても不思議じゃない時期なのに、ここは綺麗に緑づくし。そもそも、稲原区に植物が残ってること自体最初からおかしかったんだけどね」
よし、と弾んだ声で西園寺さんが手にしていた串を持ち上げる。
「うんうん、良い焼き加減じゃない?はい、結衣!」
きらきらと輝くような微笑みを溢したかと思えば、彼女はそれを私に差し出す。
「え?」
「ほら、冷めちゃうよ?」
「それは西園寺さんの焼いた」
「そう言うの関係ないから。サバイバルじゃないんだよ?いや、一応サバイバルか?まあいいや、ほらほら」
くいくいと持ち手を握った手を動かして見せる西園寺さん。
彼女の用意したものを先に私が貰う事には気が引けつつも、湯気の立つ健康的な赤色のフランクフルトを見ていると、身体がそれを寄越せと疼く。
「さ、西園寺さんもお腹は」
「結衣に食べて欲しいの!だから早く早く。腕疲れちゃうよ」
「....ご、ごめんなさい。いただきます」
「もう、謝られたらアタシが悪いみたいじゃん」
彼女から目を剃らさず、おそるおそる一口を口に含めば、柔らかな肉の歯応えとほんのりと甘い肉の旨味が広がる。
「....!美味しい」
「ね?」
「美味しいです!」
「身体が疲れた時には休んで回復するのが一番だけど、ストレスみたいな心の疲れは休んでリフレッシュとはいかない。だから気分を楽にする事が大切。美味しい物を食べればお腹も満たされるし、苦労が報われたみたいに思えて気分もリラックス出来るでしょ?」
一度味わってしまうとそこからは身体が歯止めを利かず、がつがつと食らい付いて瞬く間に一本丸ごとを平らげてしまった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。どう?リラックス出来た?」
「....はい」
二本目のフランクフルトを焚き火で炙りながら、西園寺さんがにこにこと朗らかな笑顔を浮かべる。
「良かった。ずっとガチガチに緊張してたみたいだったから」
「....ごめんなさい」
「仕方ないよ。アタシみたいに部活で慣れてるならともかく、結衣は何の経験もない状態でこんな場所に放り出されてるんだから。あ、もう一本食べる?」
「いえ、それは西園寺さんが」
「じゃあいただきまーす!」
そう言うや豪快に肉にかぶり付いた彼女は、するりと串を引き抜く。
「うーん美味しい!やっぱ肉は食べてるって実感が湧くよ!」
一口で半分までを食べ終えた彼女は続けて残る半分にも口を付け、袋から残りの食材を取り出して炙り始める。
「結衣もやってみてよ。案外楽しいからさ」
「わ、私もですか?」
「大丈夫、大丈夫。やれば出来るよ」
西園寺さんからフランクフルトを受け取り、焚き火に近付けてそれを炙る。
揺らぐ炎とフランクフルトを眺めていると、切り口から浮かぶ油が表面を艶やかにコーティングし、空腹感を刺激する香りを漂わせる。
「せっかくあるんだし、マシュマロも焼いちゃおうか」
二本目のフランクフルトを食べ終えた西園寺さんは続いて袋から長尺の爪楊枝を取り出し、マシュマロを三つ繋げて刺した物を焚き火で炙る。
「クッキーとソースは無し....って楽しみすぎか」
小声で何かを呟きながら黙々とマシュマロを焼き、完成したそれに口を付ける。
「んー....まあ普通かな。はい、これが結衣の分ね」
手渡された袋と爪楊枝で彼女の方法を真似てマシュマロの串を作り、幾らか炙った後、互いに溶け合い繋がったそれを食べる。
口に含むと、クッションのように柔らかな弾力を持っていたそれは次第に溶け出して舌の上に砂糖の甘さを広げていく。
「美味しい」
「これをクッキーで挟んだりトーストに載せるともっと良いんだけどね....そうだ!今度一緒にキャンプに行こうよ」
「....良いんですか?今みたいに何もお手伝い出来ないと思いますよ?」
「初心者なんて皆そうだよ。協力して道具を組み立てるのもキャンプの楽しみなんだから、それならアタシは結衣が良いな」
「で、でしたら....お願い....します」
「決まり!ここから脱出する理由が増えたね。気合い入れないと!」
●
「さあ、探索再開だね。まずは何処に行こうか」
「奥に進めば池があるようです。道も一直線ですし、最初らそこを探索するのはどうでしょう」
「オーケー。それで行こう」
焚き火の炎を消し、自然公園の奥へと進む。
僅かな光の射し込んでいた空間も、ドームのように広がる木々に隠され、道の様子を確かめることは叶わない。
「結局暗い道になるのか....なんかジメジメしてるし嫌だなぁ。髪傷みそう」
木板で舗装された道にも植物は這い出しており、安全に歩くことの出来るスペースは思うより少なく、遊歩道と言うにはあまりに不便な物へと変化している。
川の流れる音に紛れ、時折魔物の呻き声が漏れ聞こえ悪寒に背筋が凍るが、左右を見れば立ち並ぶ木々は竹のようにぎっしりと遠目では隙間が見えないほどに詰められており、その間から魔物が現れたとしても私か西園寺さんのどちらかが気付く事が出来るだろう。
草結びの罠に足を取られないよう足下に気を配り、慎重に道を進む。
中央の池に至る橋を渡る。
影に隠され、黒々とした石油のように流れる川が暗い森の不気味さを煽る。
「池の回りくらいは明るいかと思ってたけど、そんなことないみたいだね。怖いくらい何も見えない」
「ここからは開けた場所になります。敵の奇襲には気を付けましょう」
池を囲んで設置された柵に手を預ければ、そこにはまだ蔦が絡んでおらず艶のある木肌を模した凹凸とした感触がはっきりと確かめられる。
「結衣。ここはまだ植物の影響を受けていないみたいだけど....」
「....おかしくないですか?」
「うん。アタシ達、公園の中央に向かってここに来たんだよね。ならなんで急にこんな綺麗さっぱり」
「っ!?西園寺さん。何か音が」
西園寺さんの音に紛れて聞こえる音。声を潜めて彼女にそれを伝えれば、その手が鉄筋に伸びる。
私もマギアコアに触れ、浮かぶイメージを整理する。
コツコツと鳴るのは確かに靴の発する音だが、当然に思い浮かぶ疑問がいっそうの不安を煽る。
こんな場所に人が居る筈などない。
稲原区はパームミスリルの影響に晒された土地。仮に人が居たとして、私達と同じようにその力を制御出来る人物でなければ一週間も健康な状態で身体が保たない。
「止まれ!それ以上近付けば攻撃するぞ!」
西園寺さんが何者かを牽制して声を張り上げ、鉄筋を身体の前に構える。
私も闇に向けて指を向け、力を流し魔術を発動するばかりの構えを取る。
「あ、あんたら、人間なのか?」
足音が止まり、代わりに闇の中から男性の声が聞こえてくる。
「....え?」
「....そうだけど。あんたは」
「お、俺もーー」
「動かず答えて!こっちに来るならあんたはアタシ達の敵になる!」
「ま、待て待て!何も俺は....ん?あんたの声、どこかで」
「はあ?何言ってんの?アタシはあんたの声なんか」
「も、もしかして....星野台で?」
「その声!あんたもしやカメラの姉ちゃんか!?」
「何、結衣。知り合い?それに星野台って」
「ジャンク通りの店の店主の方ですよ」
「....ごめん覚えてない」
小声でそう言う西園寺さんと代わり、声の主に答える。
「ええと、貴方の事は一先ず分かりました。その....武器を持っているなら捨てて、両手を上げて進んで下さい」
「分かった。そっちも不意打ちなんていうのは止めてくれよ?」
「はい」
暗がりから現れた声の主は、西園寺さんと星野台へ出掛けた日に立ち寄った店の店主で間違いなかった。
「ど、どうしてこんなところに」
「俺にも分からないんだよ。気付いたらこの森に居たんだ。どこも暗くて方向感覚は狂うわ、時間の感覚もおかしくなるわ」
「ずっと一人でここに?」
「そうだよ。変な怪物がウロついてやがるから、下手に動くことだって出来ない。姉ちゃんもずっとここに居るのか?」
「い、いえ。私達はこの公園の外から。ここに、ええと、貴方の言う怪物のボスが居ると聞いたので」
「怪物のボス?何だそのゲームの世界みたいな話は」
「私達もはっきりとは分かっていないのですが、そのボスを倒すことが出来れば、この世界から脱出することが出来るそうで」
「本当か?」
「ええ、私達に協力してくれる人が居て、その人が言うには」
「詳しく聞かせてくれないか。それなら俺にも手伝える事があるかもしれない」
●
「その協力者って奴の手助けで、二人はこの場所に潜む魔物を倒しに来たと」
「はい。中でもより強い力を持つ魔物は、私達がこの世界から脱出する鍵を持っているんだそうで」
「聞いただけじゃにわかには信じられない話だけどね。正直アタシもまだ疑いが無いわけじゃないし」
「....しかし、そんな魔物が居るなら、俺も気付きそうなもんだが」
「池の奥にも森が広がっているようですし、そこに潜んでいるとしたら、捜索はここからが本番になると思います。浅木さん。森の奥の探索をしていたら何か情報はありませんか?」
「生憎と俺は森からこっちに出てきたもんでな。分かるのはここよりも暗かったってことくらいだ」
「....やはり木のある場所はどこも暗がりと言うことでしょうか」
「まああれだけ木も伸びちゃってるしね。池越しの距離でようやく先が見えるくらいだったもん」
「どちらにしても、一度陽平さんの持っている情報を含めてこの自然公園について調べた方が良いと思います」
「だね。入り口に戻ったらアタシからもリッジに連絡を取るよ」
「にしても姉ちゃん達、よくもこんな場所を怖がりもせず通り抜けて来られたな。俺なら一生あの池で震えている所だったぞ」
「それはパームミスリルにやられたままじゃ、いつか死ぬ事になるんだし、身体が万全なうちに出来る事をしないとだから」
「立派な姉ちゃん達だ。俺も見習わ....痛っ」
「浅木さん?何か」
「いや、指に何か刺さったらしい」
「刺さった?こんな道の真ん中で?」
「むう....暗くて何も見えねぇ。虫か何ーーっぐう!?」
男の呻きを妨げるように、ぐしゃりと生々しい音が鳴る。
「浅木さん!?」
「っづぅ!何だこいつは!?」
振り向いた先。男の手があったであろう場所から、うねるものが伸び出していた。
「何そーー」
闇から襲い来る攻撃が西園寺さんを吹き飛ばす。
力任せに振るわれた攻撃に体勢を崩して腕を突いた男の手元が隆起し、土の道を突き破り現れた物が纏わりついていく。
目を凝らして分かるのは池の柵に見られた皺の寄った構造。深い黒に染められたそれは樹木の幹のように見える。
張り付いては硬化することを繰り返し、塗り固めるようにして全身を覆い隠していく奇妙な樹皮に、男の苦悶の叫びが絶え絶えに聞こえる。
両腕を、膝を、瞬く間に自由を奪われた男は四つ足を突いた獣のように地に縛られて動きを止める。
「....止まった?」
全身を樹皮に覆われ、切り株のように固まった男の様子を伺うも、それは微動だにすることはない。
西園寺さんを助けようと足を動かした時、メキメキと音を立てて目の前の木塊が動き出す。
「っ!?」
咄嗟に魔術を放つ構えを取るが、私が身を守るより早くざらざらとした物が首に巻き付く。
身体が浮き上がったかと思えば、殴りつけるような風と共に激痛が全身を襲う。
「うぐぅっ!?」
割れるような痛みに意識までも引き抜かれそうになるのを堪える。
再び浮き上がる身体。魔術での防御は不可能だと特異点の力を全身に広げる。
緩む束縛。直後に風の唸りと共に身体が投げ飛ばされ、状況を理解するより先に激突の衝撃がそれを教える。
「っああ!」
硬化した身体は致命的な痛みを防ぎはするものの、攻撃の全てを凌ぐには至らず確実に傷を蓄積させる。
「....ぐ....うぅ」
痛みに力の入らない身体で敵の待つであろう場所に目を向ければ、そこには男の代わりに歪に角張った怪物の影がぼんやりと浮かび上がっていた。
消えた男と謎の怪物。
未知の脅威は絶えず二人を襲い続ける。