「結依。結依」
「....」
西園寺さんの声に薄く目を開くと、薄橙色のカーディガンの裾が目に入る。
「おはよう結依。目は覚めた?」
「お、おはよう....ございます」
「うん。おはよう。喉渇いてない?水持ってきたよ」
サイドテーブルに置かれたグラスを受け取り中身を口に含めば、ひんやりとした味が喉を突くようにして潤していく。
「っ....冷たい。ですね」
「外の風も冷たかったしね。そうそう、リッジがこっちに来てるんだよ。結依なら分かる話があるんだって。アタシには分からないから結依が起きてから話すって」
「わ、分かりました。すぐに行きます」
「じゃ、まずは立って。はい、ビシッとしててね」
「西園寺さん?」
「制服整えるから。パジャマも無しに寝てたし、シワになってるかもしれないから」
「い、いえ、それは私が」
「遠慮しない。パパッと終わらせちゃうから」
入学式の日に母に同じように世話を焼かれたのを覚えている。
ただでさえ人付き合いの出来ない私が可笑しく見られないようにと心配そうであった母に比べ、西園寺さんはそれを楽しみにしていたかのように意気揚々と、自信ありげに整えていく。
「これでよしと。じゃ、リビングで作戦会議だよ。あの魔物の対策を練らないと」
「はい」
西園寺さんに続いてリビングに足を踏み入れれば、両手をソファの後ろに投げ出してだらけていたリッジさんが私に首を向ける。
「起きたか。さっさと起きろ寝坊助め。なんて言ってやりたいところだが、ここまでの功労者にそりゃ失礼極まるな」
「す、すみません」
「構わないさ。準備は万全に越したことはない。それでお前達のパフォーマンスが良くなるなら急かす方が損な話だしな」
「本当。随分とアタシ達を信頼してるよね。アンタ」
「それは勿論そうだ。俺達の声に答えられてここまでの戦いを切り抜けられるのはお前達二人を除いて他に居ないだろうからな。だらだらとここをRMCの連中に乱されたままじゃ、いつ追手に見つかるかも分からない。確信があるわけじゃないが、あまり余裕が無くてね。今にも溺れそうな時。藁にもすがりたいところにどでかい丸太が二つも流れてきたんだ。離すものかとしがみつくのも当然だろう?」
「わ、分かった。もう大丈夫だから。本題の話をしようよ。持ち上げられ過ぎても恥ずかしいって」
「そうか....そうだな。じゃ、早速俺達の方で進めた調査の話をさせてもらうぜ」
リッジさんはリビングのテーブルに画用紙を広げ、その上に指先から伸びる爪を立てる。
「お前達の作った拠点から公園を探索して分かった事だ。まず、あの森の中で見られた魔物は....なんだった?あのちっこくて痩せた」
「が、餓鬼でしょうか」
「そう、ガキ。それと虫の形をしたのが少しか。これまでのお前達の経験があれば倒す事は出来ると思うぜ」
「まあ、無理じゃないとは思うけど。出来れば避けたいね....他には何かあった?あの木の魔物とか」
「いや、お前達の言っていた魔物の姿は見当たらなかったな。今の俺達が動ける範囲より更に奥に居るのか、或いは俺達からも身を隠しているのか。どちらにしろ、奴は無闇に攻撃を仕掛けようとは思っていないようだ」
「むう。じゃ、アタシ達があの魔物を探し出して倒さないとダメってことか。成長とかされてたら嫌だな....」
「確かにそうですね....リッジさん。何かあの魔物を倒す方法は」
「待て待て、時間が無いとは言ったが、事を急いで死ぬんじゃそれこそ意味がないだろう。魔物が隠れているとしたら、それはお前達にとっても好機になると俺達は思うぜ」
「好機....ですか?」
「向こうのホームグラウンドで好機も何も無いと思うけど....」
「それを逆手に取るんだよ。魔物の力の根源になっているであろう場所を攻撃して、その力を弱めてやるんだ」
「そんなものがあるんですか?」
「ああ、あの魔物が現れた影響か、自然公園に強力な力場が発生したみたいでな。仮にそれが魔物の力を強めているか、或いは維持しているものなら、破壊すればお前達が襲われた力を弱められるかもしれない。どうだ?安全に戦うにはうってつけな策だろう?」
「あんたの考えがピッタリ当たってるならね。実際にその力の場所までは辿り着けていないんでしょ?ならそこに危険な魔物が居るだけって線もあるよ」
「む、言われてみればそうだな」
「適当だなぁ。本当に大丈夫な訳?」
「悪いな。肝心な所は歯抜けまみれだ。結局お前達に任せる事になる」
「いえ、少しでも情報があるだけで違ってくる事もあります。ありがとうございます。リッジさん」
ああ。と頭を掻くそれにパンフレットを見せ、画用紙をなぞる爪痕に重ねる。
「地図ねえ。そんな便利な物があったとは....取り敢えず一つはここだ。入り口からそう遠くない場所に一つ。後はこの池の周辺に幾つか。何が見つかるかは見当もつかないが、試さない事には何も始まらない。気が向くようなら向かってみてくれ。」
「分かりました」
「まあ、折角貰った情報だし。役には立ててみるよ」
「そうしたら、次はこっちからも質問させてもらうぜ。勿論、お前達の遭遇した化物の事だ」
西園寺さんの言葉に頷いたリッジさんは、続けて私達へ質問を始める。
「木の魔物ってのがこの自然公園に潜んでいるのは、俺達にもよく分かった。そこで、実際に戦った経験談を聞かせて欲しい」
「情報、どんな物が役に立つでしょうか」
「何だって構わないぜ。何せ俺達が持っている情報はゼロだ。見た目でも、攻撃の方法でも、それを喰らった感想でも。今はどんな些細な発見でもあるだけで嬉しいからな」
「じゃ、アタシから一つ。まずあの魔物が現れるまで、アタシ達は自然公園でもう一人の男と居たの」
「ふむ?他にも人間がねぇ....連中の生き残りか?」
「いえ、それは無いと思います。浅....その人は自分があの場に居る意味を理解していないようでしたし、研究者とは違って、私達のように普段着のような服を着ていました」
「なるほどな....するとその人間ってのもお前達と同じ迷子な訳....待て、紗姫、なら例の魔物が現れた時にその男はどうなった。死んだのか?」
「分かんない。男が居なくなって、代わりに魔物が現れたから。アタシより先にあの魔物に襲われて吹き飛ばされたのかも知れないけど、結依は男が魔物になったのかもって」
「人間が、魔物にだ?それはまたとんでもない話が出て来たな」
「アタシは真っ先に攻撃されたから、何が起こったのかも殆ど分からないままなんだよね」
「....結依。紗姫の言った話は確かか?お前が見た人間が魔物になったって話は」
「く、暗くてはっきりとではありませんが、その人の腕から枝のような物が伸びていたように見えました」
「なるほどな....木の魔物の特徴にしても、それが枝ならあり得るかも知れない」
「ですが、あり得るんでしょうか。人間が魔物になるなんて」
「さあな。そこは俺達にもさっぱり分からん。人間の事なら同じお前達の方が詳しいんじゃないか?」
「いやいや、化け物になる人間なんて狼男とか吸血鬼くらいだし、だいたいアタシ達そんなの見たこと無いって」
「それも連中の隠し事リストにあるのか....兎に角、お前達にも心当たりが無い以上、直接会って調べる他無い。他にも何か特徴は無かったか?」
「こ、攻撃は腕に枝か幹のようなものを纏わせたものが一つ。槍と鞭の形で攻撃が出来た事を考えれば、おそらく柔軟性と伸縮性は高いと思います」
最初の投げ飛ばしから距離を離された私にまで届く樹木の槍と、本物の鞭の同然に振るわれた樹木の鞭。
「もう一つ。私達が自然公園から逃げ出す時に受けた攻撃がありました。木の槍に似た攻撃でしたが攻撃方法が違っていて、魔物が地面を殴った後、私達の足下から柱が立つようなイメージでした」
「そうそう。でも逃げるだけだったら避けるのは簡単だったよ」
「はい。離れた距離から正確に攻撃を届かせられる手段ですが、攻撃が私達に届くまでに時間があるみたいでした」
「なるほどな....するとその戦い、紗姫が鍵になるんじゃないか?」
「アタシ?確かに逃げ回る事なら自信あるけど、そこに結依の魔術があってこそじゃない?」
「いや、相性からすれば、攻撃の時に動きを止める必要のある結依と常に動きながら攻撃を繰り出せる紗姫とでは明らかに紗姫の方が適任だろう。それに今の話からすれば、敵は離れた場所からでもお前達に届く攻撃が得意そうだ。逆に至近距離での戦いについての情報が無いなら、そこが弱点になるかも知れない」
「なるほど。確かに、動きは他の魔物やchevalierよりも遅かったので、攻撃を避けるだけなら難しくはないと思います」
「そう言うことなら、分かった。結依を守るのもアタシの役目だし、任せといて!」
「さて、基本の情報と動きについては一先ず情報を得られたが、何か決定的な弱点になりそうな物は無かったか?お前達で言う心臓みたいなところだ」
「それなら、結依が言ってた手の光じゃない?」
「そうですね。弱点があるとしたら、攻撃に使った腕とは別に片腕があって、そこが赤く光っていたのがそうじゃないかと思います」
「あれは間違いないでしょ。いかにもボスキャラにありがちな弱点みたいな感じだったし」
「ふむ....ついでに聞くが、その片腕が痩せているというのは?」
「文字通り。片腕はハンマーみたいにでかいけど、もう片方は普通の腕に柔らかくした木を巻き付けたみたいな」
「確かに、それはいかにもな弱点だな」
リッジさんの声のトーンが高くなる。
胸を躍らせるようなそれには、私達が抱いたよりも大きな期待と喜びが宿っているようだ。
「....すると、必要なのは問題の片腕を攻撃する手隙だな。当然、魔物はただ狙った弱点をそのまま攻撃させてくれるなんて事は無いんだろう?確実にダメージを与えられるだけの時間が必要になる。気を逸らすでも、動きを止めるでもな」
「それならアタシがやれるよ」
「ほう?詳しく聞かせてくれよ」
「結依を助ける時にあいつの腕を殴ったんだけど、そうしたらあいつ、肘を折って倒れたんだ。まあ、正確にはその後もう一発顔に叩き込んで漸くだったんだけど」
「全く構わないさ。そいつはいい話を聞いた。とすると、こっちで用意すべきは魔物の体勢を崩しやすくする道具だな」
「何か考えはあるの?」
「それはこれからだ。余裕があったらそれについても使えそうな情報を探してくれると助かる」
「分かった....集まった情報はこれくらいかな。二人とも次の作戦はどうする?」
「こ、このまま自然公園に戻る。でしょうか」
「ここらの住宅地を探索する....にしても魔物が居るんじゃ仕方ないよな」
「そうなると、今度は自然公園の本格調査だね。今度は慎重に調べて回ろう。勿論魔物には気を付けて」
「リッジさん。念のため、何か感じたと言っていた場所にマークを付けて貰っても良いですか?」
「任せな。まず向かうなら入り口付近のここ。万が一の時には拠点へ撤退出来るはずだからな。そして次はここに三つ。池の周りに反応があったが....まあ、遊歩道からは離れた場所にあると思う」
「ちょっと待って。メモするからもう一回」
リッジさんが見付けた場所を西園寺さんがペンでマークする。完成した地図を見れば、私達が浅木さんと出会った池の先にも公園は続いており、反応はそこに存在しているようだ。
「よし。じゃ、次はこの地図を頼りに探索だ。結依も準備は良い?」
「は、はい。いつでも行けます」
「二人とも、頼んだぜ。俺達はここらに残った異常を治して回る。次にお前達が戻る頃には、この住宅街は貸し切りの高級リゾート地になっている事だろうぜ」
「良いね。そっちも頑張ってよ。リッジ」
「ああ。任せな」
西園寺さんが手を握ってリッジさんに向ける。
小首を傾げたそれに彼女が意味を伝えれば、へへ。と言う笑みと共にそれも黒い手を拳の形に握る。
とん。と打ち合わされた拳の音を合図に、リッジさんはリビングの床へと沈んでいった。
時折ひやりとするやり取りもあるが、最後にはリッジさんも西園寺さんも相性が良いのだろう。友人同士のようなそれが羨ましく思える。
「じゃ、アタシ達も出発しようか。あの魔物を倒す手段を探そう!」
●
パチパチと焚き火の炎が弾ける。
再び足を踏み入れた自然公園はより鬱蒼と葉を茂らせ、揺れる木洩れ日の明かりさえ地に届かない朧気なものへと変わっていた。
薄朱色に照らされる辺りの景色に目を向けるが、当然の如く光の届かない世界は深海のように暗く、枝木を寄せ集めて作った焚火の炎では陰の落ちた西園寺さんの顔を見る事が精一杯だった。
「結依。ランタンって持ってきてる?」
「はい。ここに」
角灯を取り出して西園寺さんに見せれば、彼女はそれを手に取って観察する。
「やっぱ何か変だよね。中にロウが入ってるんだっけ」
「はい」
「で、青い炎が点く」
「はい」
「ね、結依。これ使って探索してみない?携帯のライトじゃこの焚き火よりも弱い光だし、折角あるんだし使ってみようよ」
「だ、大丈夫でしょうか」
「リッジの力をサポートするアイテムだって言うなら、アタシ達の特異点の力もサポートしてくれるかもしれないよ?」
「....なるほど」
試しにやってみようと促す彼女から角灯を受け取り、開いた蓋に燃える枝を近付ければ、ぼう。と音を鳴らして硝子の籠の中に青い炎が姿を表す。
「これでよし!休憩も終わったし出発しよう!」
西園寺さんの隣に並び、青い光に照らされる森の道に目を凝らす。
暗く狭められた視界に以前より更に密度を増して立ち並ぶ木々が敷き詰められるように伸び、さながら壁のように目に映るその光景に閉塞感を覚る。
警戒心が精神を擦り下ろし、握る拳に汗が浮かび力が籠る。
「魔物....でしょうか。何かの唸り声がします。気を付けて行きましょう。西園寺さん」
「うん。姿も見えないから近付きすぎないようにしないとね」
舗装された木板の道には、円形に穿たれた穴や、歯抜け状に剥ぎ取られ剥き出しになった地面など、魔物によって作られた破壊痕が幾つも残され、とても満足に歩けるような形を成していない。
音を頼りに魔物の声を避けて歩き、あるところで地図に目を落とし違和感に気付く。
「....こんなに明るかったかな」
「ん?どうしたの結依」
「い、いえ。入り口で見た時よりも地図がはっきりと見えるような気がして....気のせいでしょうか」
「どれどれ、アタシも見たい。結依。ランタン持って貰って良いかな」
西園寺さんと持ち物を取り替え、私が地図を照らし出すと、彼女もまた同じ変化を感じたのか目を丸くする。
「本当だ。何か明るいような気がする....火が強まったのかな」
「そう....なんでしょうか」
「何でだろう。接触の問題とかあるのかな。懐中電灯みたいに」
「と、取り敢えず進みましょう。これを調べるのも、どこか落ち着ける場所で」
「そ、そうだね。ごめんごめん。何か気になっちゃって」
地図を鞄に納め、目的地に向かって足を進める。
「....ね、結依。何かまた明るくなってない?」
「は、はい。火も大きくなっているような」
「え、何それ。壊れたりしないよね?てかもう壊れてたりしないよね?」
「わ、分かりません。こ、これがランタンの特徴なんでしょうか」
「い、急ごう!魔物にバレる前に地図の場所まで行かないと」
魔物に感付かれないよう足を早めて前に進む。
進む程に大きく明るく変化していく青い炎につられて焦りが増していき、気付く頃には地図を見る余裕も無くなっていた。
「....あれ、ここどこだっけ」
「ええと、今地図を」
「待って結依。ランタンの火。小さくなってるよ」
西園寺さんの言葉にランタンの方を見れば、籠の中に揺らぐ炎は小さく萎み、地図の上に翳しても紙面を照らす範囲は狭まっていた。
「へ、変なランタンだな。今度は燃料が少なくなったのかな?」
「重さは変わりませんし、そんな筈は....」
「うーん....今は....この辺り?」
周囲には壊れた木板の破片が散らばり、順路から外れた場所まで戻って来てしまったようだ。
「どうしようか。一旦入り口まで戻る?それでランタンを調べた方が」
「....グ....ィ」
「駄目です。姿は見せませんが帰り道の方に魔物が」
「嘘でしょ。こんな時に」
「火が消える前に目的を終わらせましょう。何も出来ずに迷ってしまうのが一番危険です」
魔物に阻まれた道に背を向けて歩き出す。
奇妙な変化を続ける角灯の炎に目を向け、観察を続けていると、硝子の中の炎が僅かに力を得たように見えだ。
「....」
「結依。前見ないと危ないよ?」
「すみません。もう少しだけ」
「....結依?」
不思議そうに首を傾げる西園寺さん。
その炎は目的地に近付くほど明るく強くなっているように感じられ、注視する目を凝らす。
「西園寺さん。このランタンのことですけど」
「何か分かったの?」
「リッジさんの言っていた目的地に近付くと炎が強くなるんじゃないでしょうか」
「え?ならそれ、不良品じゃないってこと?」
「ま、まだ分かりませんが。そんな気がして」
「だとしたら、このまま進めば炎は大きくなるのかな」
引き続き炎を見つめながら道を外れて歩けば、風もない籠の中、身震いをするように大きく揺らめいた炎が勢いを増して輝く。
「やっぱり....西園寺さん。また炎が大きくなりました。このランタンは何かの探知機の役割があるのかもしれません」
「ほ、本当だったんだ。何か変なランタンだと思ってたけど、思ってた以上に不気味だな」
「ですが、探索には有効な道具ですし、活用させてもらいましょう。きっと役に立つので」
「う、うん。まともな灯りもそれしかないしね」
●
「結依の推測は当たりみたいだね。どんどん火が大きくなってる」
「少し怖いですけど、頼りになりますね」
「大丈夫?やっぱりアタシが持とうか?」
「いえ、西園寺さんは周囲の警戒をお願いします。魔物の声が多くなったような気がして....正確な居場所を探る為には、西園寺さんの特異点の力が必要なので」
「そ、そう?なら頑張るけど」
確かに熱を持つ青い炎だが、それは硝子を越えて私に届く事はないようで、仕組みの分かった今、それに不気味ながらも不思議な安心感を覚える。
「ええと、地図ではこの辺りのようですが」
「みたいだね。気を引き締めて行こう」
「はい。でーー」
踏み出した足が空を掻き、重力に引かれるまま視界が崩れるように沈み始める。
声を上げる暇もなく木の幹に衝突し、突き上げられた身体から吸い込んだ息が吐き出される。
落ちる先は木の密度が薄く、続け様に無数の木々に身体を打ち付け、地上へ落下する頃には全身が脈打つような痛みを訴え、立ち上がろうと動かす腕も満足に動かせなくなる。
「結衣!?結衣!」
相当な距離を落下したのか、遠くからの西園寺さんの声が酷く弱々しいく聞こえる。
声の出ない身体で周囲を確かめれば、私から少し離れた場所に角灯が転がっているのが目に付く。
籠を埋め尽くさんばかりに燃え上がる炎は、この場所がリッジさんの言っていた目的地であることを示しているのだろうか。
眩むような青い光に照らされたそこに広がるのは木々の無い地面。
まっさらに禿げ上がった土の床は、ここに落ちる前の森の景色とは一転して殺風景に映り、何かの変化が起きた事をひしひしと伝えてくる。
身体の痛みが治まるのを待ち、特異点の力で手足に治療を施す。
身体を起こしたところで、後ろから土を擦る音が聞こえる。
「結依!」
「西園寺さん」
「身体は!」
「ひとまず手足は治療しました。痛みも引いてきたので、このまま打った場所も回復しますね」
「心配したよ!急に居なくなったと思ったら下で人の転がる音がして....慌てて降りてきて良かった....」
「す、すみません。私の不注意で」
「謝らなくて良いから少し休んで。アタシがここらの様子を見てくるから」
「そ、それなら私も」
「....分かった。でも絶対に離れないでね。また何かあっても助けてあげられないかもしれないから」
「はい」
角灯を目にして驚きの声を上げた彼女が、それを慎重な手付きで取り上げる。
「凄い勢い。ここが正解って事で良いのかな」
「おそらくそうかと」
「じゃ、探してみようか。何があるのかはさっぱり分からないけど」
私達が辿り着いた場所は巨大な円形の穴になっているようで、四方を勾配の激しい土壁のような坂が囲んでいる。さながら森に作られたミステリーサークルだ。
「あ、あれかな....何かの果物みたいだ」
「林檎....のように見えますが....これは」
「これが魔物の力の源なのかな....これを壊せば」
「ま、待ってください!少し観察をしてからでもーー」
鉄筋を構えた西園寺さんを制止すると同時に、私と彼女の間を黒い影が横切る。
「っ!?」
影を追ってその姿を見れば、そこには光沢のある外皮で炎の光を反射して鈍く輝く存在がこちらを向いてカチカチと音を立てていた。
「また魔物!?」
「虫の....魔物」
耳障りな羽音が鳴り、影に隠れた不明瞭な物体が浮き上がる。
「結依!下がっーー」
甲高い摩擦音が響き、西園寺さんが身を反らしながら後退する。
大きく持ち上げられた腕に握られた鉄筋からは溶接された鉄線が剥ぎ取られ、敵の攻撃の苛烈さを物語っている。
「ぐうっ!何今の!」
再び羽音が鳴る。
鉄筋を構え直した西園寺さんが後ろに向けてそれを振るえば、今度は鐘を突くような金属同士の衝突音が脳を震わせる。
「ううっ!」
「うるさ....うわっ!?」
力の緩んだ隙を突かれ、再び黒い影は西園寺さんの横をすり抜けて闇の中へと消えていく。
「くそ。出鱈目なスピードで....腕が痺れるっての」
「西園寺さん。大丈夫ですか!?」
「なんとかね。怪我はなし。でも二回目の攻撃を受けられたのは奇跡かも。特異点の力を使ってもギリギリで音の方向に気付けたくらい。反撃にも力を使ったけど....多分効いてないよね」
「....はい」
「カブトムシみたいなヤツかな。パワーもスピードも段違いだったよ」
「....そう、ですか」
「アタシが捕まえて倒す。結依は特異点で身を守って」
「....はい」
再び現れる新たな魔物。
その勝敗の行方は。