ココロネ・リンカーネイション   作:rippsan

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襲い来る虫の魔物。
その力は二人を如何に追い詰めるのか。


黒弾降襲

 手伝わせて欲しい。

 その言葉は胸の内で湧き、泡のように瞬く間に消えた。

 彼女で漸く追う事が出来る速度。それに私がどうして敵うだろうか。

 

 角灯を地面に下ろし、彼女に答える。

 

「西園寺さん。傷の治療は任せて下さい。『障壁』の力があれば一度に一撃は耐えられる筈です」

「うん。お願いね。じゃ、行ってくる」

 

 鉄筋を握る白い手に筋が浮く。

 羽音に続いて影の中に瞬く光。

 風の裂ける音と共に迫るそれは本当に虫だっただろうか。

 石の矢じりか、或いは何かの弾丸か。その速さは虫と言うには度を越している。触れれば肉を貫き、骨など粉に変えてしまうだろう。

 

「らあああっ!」

 

 雄叫びと共に振り上げられた鉄筋がそれに迫る。

 重い衝突音が響き、魔物はその軌道を逸らされ彼女の横をすり抜けていく。

 攻撃を弾かれた彼女は大きく体勢を崩され、三歩、四歩と後退する。

 僅かに停止した魔物の姿が強化された瞳に映る。

 メスのカブトムシに似た丸型の虫。炎を反射する流線形の甲殻は西園寺さんの鉄筋を滑らせ、ニアミスする戦闘機のように彼女を掠める魔物。

 地を滑り再び影に消えた魔物は耳障りな羽音を鳴らし続ける。

 特異点の力で強化された聴力を集中し、次の攻撃を待つ。

 霞むよう、僅かに静まる羽音。

 三度強襲する漆黒の弾丸。

 

「ッ!?」

 

 目を向けた先。魔物の消えた闇からその姿が再び現れる事は無く、唸るような羽音は真っ向から刺すかのように鼓膜に撃ち込まれる。

 移動した。

 羽音の変化は構えではなく、突撃の始点を移すものだった。

 

「っこの!?」

 

 身を捩り振り向く西園寺さんの横を飛翔する魔物。

 不意を打たれた彼女は独楽のように身体を回され再び大きく身を後方へと押しやられる。

 

「あ.....づ!」

 

 絵筆から散った絵の具のように、真紅の血が土を汚す。

 呆気に取られていた意識を引き戻すには十分な衝撃。

 西園寺さんに視線を向ければ、膝を折って崩れた彼女のカーディガンに黒い染みが広がっていくのが見える。

 

「西園寺さん!」

「....っこ....の」

 

 魔物の飛び抜けた軌道に続く殴り描かれたようなそれと、暖かな橙色のカーディガンを汚す泥のような染み。

 確かな色が分からなくとも、それが血だと想像するのは簡単だ。

 私達の気など知らないように、寧ろそれを嘲るかのように激しく鳴る羽音。

 止まっていた足に力を走らせ、一心に西園寺さんの下へ走る。

 

「障....」

 

 風を呑む羽音。羽音を呑む静寂。視界が黒く狭まり、小さくなった彼女に絞られていく。

 跳べ。壊れる程遠く。西園寺さんを守れ。

 

「壁ッ!」

 

 腕を振り抜き、着地を待たず術式を結ぶ。

 

「いっ....ぐ....ああああ!」

 

 瞬きの間より速く駆け抜ける痛みは、硝子に走るヒビのように突き抜け広がる。

 激痛に崩れそうになる腕に力を込める。

 ビキビキと上書くよう、更に広がる痛みに歯を食い縛り腕を振るえば、削ぎ切るような痛みと共に衝撃が流れ去る。

 鉄を裂く鋸のように、甲高い摩擦音が耳の横を駆ける。

 

「結....依」

「....ぃ....園寺さ....」

 

 歪み吊り上げた瞳は黒く影を落としている。

 足下には赤い海が広がり、白い肌に黒いスカート、気味の悪い光沢を放つ血に汚されたそれらは、彼女の生気の抜け落ちた生気の理由を物語る。

 

「西....園寺さん。今、傷を」

「逃げ....ないと。アタシなんか守らーー」

「駄目....です。西園寺さんは、私が」

 

 

 尚も羽音は止まらない。

 

「逃げて」

「嫌です。傷を見せて下さい」

 

 ブレザーに押し込んでいた水晶玉に触れる。

 傷の治療を出来る余裕は無い。まずは魔物を撃退する事が先決だ。

 

「来ないで!」

 

 精一杯に叫んで威嚇するが、相手は魔物だ。人間の言葉が通じる筈もない。

 弱まる羽音。それが意味する事は知っている。

 力を耳に集中させ、魔物の羽音を探る。

 

『火球!』

 

 朱い光が影を産み出す。

 イメージでは炎を投げる魔術だが、今の私はそれを完成させられていない。

 魔物の羽音が強まる。燃える炎の浮かぶ手を突き出せば、障壁越しとは比べ物にならない痛みが腕を貫く。

 

「ーーーッ!」

 

 特異点の力で強化した腕は、真正面から衝突する魔物を受け止めるには藁束のように脆く、魔物の攻撃は防御を突き抜けて私の腕に突き刺さる。

 稲妻の駆けるような痛みが走り、肉を内側から炙るような灼熱がその軌跡を追っていく。

 全身に流した特異点の力がその場からの離脱を防ぐが、その代償に突き出した右腕が激しく後方へと折れ曲がる。

 声も出ない程の痛みに身体が地に崩れる。

 自由の失われた腕はあるべき形を成さず肩との継ぎ目を外れ、僅かに表面を伝う滑らかな感触だけをとらえている。

 

「ぃ....あ、ふ....ふぅ.....ふ」

 

 歯を食い縛り、今にも切れそうな意識の糸を繋ぎ止める。

 痛みから逸らした意識は、騒がしく繰り返す呼吸だけを取り込む。

 魔物の羽音が消えた事を考えれば、一先ずの危機は凌いだのだと分かる。

 痛みに震える右腕に残された左手を近付け、傷を治療する。ズタズタに壊された腕は一度の治療では完治まで至らず、外れた継ぎ目を繋ぎ、ひしゃげた肉を元に戻したところで力が尽きる。

 

「まだ足り....ぅ」

 

 半端に継ぎ直された身体が痛みを訴え、視界を阻む涙は拭った傍から新たに湧き出してくる。

 

「結依。立てる?」

 

 腕に冷たい指の感触が触れ、痛みが引いていく。

 

「....西園寺、さん」

「ありがとう。魔物の動きは止まったみたい。お陰で回復の時間が出来た」

「いえ、こちらこそ」

「取り敢えず立て直さないと。やっぱり火には弱いみたい。結依のお陰でそれが分かったよ」

「西園寺さん。ガードボットの機械油はまだ残っていますか?」

「あるけど、何かに使うの?」

「灯りにしてここに散らばらせてみるのはどうでしょう。炎を灯りにして戦えば、魔物への攻撃のチャンスも増やせると思うんです」

「そうか。言われるまで忘れてたよ。じゃ、灯りを点けて回ろう」

 

 西園寺さんは自身のカーディガンを脱ぎ、魔物の攻撃で切れかけになった布の一部を破り、瓶入りの機械油を垂らして鉄筋に巻き付ける。

 

「次は結依のーー」

 

 再び鳴り始める魔物の羽音。耳障りなそれに顔をしかめた西園寺さんが鉄筋を私の前に差し出す。

 

「ごめん結依。先に火をお願い」

「はい」

 

 赤濡れたカーディガンの切れ端に魔術の炎を近付ければ、そのグロテスクな汚れを隠すように激しく炎が燃え上がる。

 

「やるだけやってみよう。反撃開ーー」

 

 急降下する魔物が闇から姿を表す。

 

「うるさいな!」

 

 燃え上がる炎の軌跡が闇を走り、それに近付いた魔物の速度が落ちる。

 鉄筋の攻撃が魔物を捉えることは無いが、それは魔物が彼女の鉄筋の炎を恐れている証拠と言える。

 

「西園寺さん。瓶の油の事ですが」

「え、な、何かに使うの?」

「はい。魔物の動きを狭めるのに使えないか試してみたいんです」

「何か考えがあるって事だね。分かった。お願い」

「頑張ります」

 

 西園寺さんから瓶を受け取り、広場を囲む木々の壁に向かって走る。

 鉄筋の炎を携える西園寺さんに動きを止めていた魔物の羽音が小さくなる。

 私に狙いを変えたのだろうか。緊張感に全身がヒリヒリと痺れるが、これも勝機を探るには試さずにおけない策だ。

 拳を握り、覚悟を決めて足に特異点の力を集中させる。

 壁までの距離が近付いた所で魔物の羽音が迫る。

 真横に跳ねて攻撃を避ければ、魔物は消えた私の姿をを追って壁に衝突する。

 葉の擦れ合う音が遥か上空から降り注ぐ。通り雨の中に居るような激しい喧騒に気分が萎縮しそうだ。

 暗闇の中に消えた魔物を探せば、黒い甲殻の反射光が闇に瞬く。

 折り返しに私に向かい突進する魔物。

 

「障壁!」

  

 分厚い盾を円形に広げ身を固めれば、衝突した魔物は軌道を逸らして上空へと抜けていく。

 盾の向こうに見える樹木の壁には小さなクレーターが作られている。

 それを確かめ、魔物再びこちらを振り向くより早く次の目的地へとはしる。

 

「西園寺さん。魔物のぶつかった場所に火を点けて下さい!それが灯りになるはずです!」

「なるほど。任せて!」

 

 振り下ろされるような羽音の強襲。幅跳びのように前方に跳躍すれば、再び魔物は眼前の壁に衝突する。

 

「結依!点いたよ!」

 

 声を振り返れば、炎に照らされる西園寺さんが手を振っているのが見える。近くで燃えるクレーター内の炎は想定していたよりも勢いこそ小さいが、全くの無意味ではない。

 

「よし....次はーーッ!障壁!」

 

 残る力を絞り出し光の壁で魔物の攻撃を防ぐが、それを最後に目眩で動きが途切れる。

 空中で私に狙いを定めた魔物が羽音を鳴らす。

 

「ハアアアアッ!」

 

 暗がりを照らす熱を帯びた光。

 激しい羽音と共に魔物の攻撃が止まり、その距離が離れていく。

 

「ごめんなさい。西園寺さん」

「大丈夫。この様子だとあと二つ?」

「はい」

「分かった。じゃ、そこの穴に火を点けたらサポートする。また倒れてもアタシがいるから、遠慮なく死なない程度に特異点を使って」

「はい」

「よし?じゃ、ゴー!」

  

 急速に回復していく意識。差し出される手を取って立ち上がり、軽く背を叩く西園寺さんの合図に再び前方へと走る。

 降下を始めた魔物は当然私へと狙いを定めて軌道を変えるが、再び跳躍して攻撃を避ければ真後ろで木々を震わせる強烈な衝撃が巻き起こる。鼓膜を震わせる空気の振動に身が縮み上がる。

 

「結依。そのまま次の場所まで走って!」

 

 西園寺さんの声に従って走り続ければ、後方で摩擦を伴う重い鬩ぎ合いの音が起こる。

 全身に通す特異点を緩め力の回復を図る。

 羽音が途切れ、再びけたたましく鳴る。

 打ち上げられた魔物の速度は再び阻まれまいと凄まじい勢いで背に迫る。

 身を屈めて攻撃を避ければ、予定していた最後の壁面に魔物が突っ込み、クレーターが作られる。

 

「西園寺さん。炎を!」

「了ーーチッ。結依、魔物が来るよ!」

「障壁!」

 

 広がる光の壁で突進を防ぎ魔物の動きを止めれば、その背を踏み台に西園寺さんがクレーターの前へと着地する。

 

「これでよし!」

「ありがとうございます!これで視界も確保出来た筈です」

「だね。これで反撃のチャンスも見えてくるはず」

 

 壁を支える腕を逸らせば、魔物は勢いのままに黒い軌跡を残し弧を描いて別の壁面へと衝突する。

 私達の対抗策を打ち破るため、速度を速めて攻撃しているようだが、その代償に操作性は著しく低下している。

 

「見通しは良くなったけど、今度はあいつとのスピード勝負か....アタシの攻撃は受けたくないみたいだし、結依の障壁をぶち破ろうともしてる。プラマイゼロかな」

「衝突を続けるうちに消耗しているはずです。攻撃を避ける事に集中すれば、魔物の勢いも弱まると思います」

「....それまでアタシ達が保つかな」

「難しいかもしれません」

「どうにかしてあいつに火を浴びせられたら」

 

 炎を浴びせる。特異点で強化した身体で追い付くのがやっとの魔物を相手に、意図した通りにこちらの攻撃を当てる事はほぼ不可能。

 それ以外の方法で魔物に炎をぶつける方法を考えるうち、一つの案が思い浮かぶ。

  

「....西園寺さん。まだ油は残っていますか?」

「あるけど、それが?」

「一つ、方法があるかもしれません」

「本当!?」

「はい。魔術の力を使えば可能性があります」

「教えてよ!アタシも手伝うから」

「障壁です」

「障壁って、あの盾の魔術だよね。それでどうするの?」

「魔物の突進を受け止めて、そのまま地面に圧し付ける事が出来れば、直接の攻撃に繋げられませんか?」

「それじゃ結依が危険だよ」

「速さで勝ち目が無い以上、それを封じなければ何も始まりません。今のところは魔物の攻撃も防ぎ切れていますから、試させて下さい」

「う、うーん」

「魔物が来ます。応戦しましょう」

「り、了解。やろうか」

 

 羽音と共に降下してくる魔物。炎の光に照らされて尚、遠距離では影に溶けるそれを追う手段は甲殻の反射光と言う僅かな要素だけだ。

 

『障壁!』

 

 光の壁に伝わる衝撃は今までの中で最も重く、射貫かんばかりの勢いで私の身体を引き摺っていく。

 

「くぅっ....」

「セアアアアッ!」

 

 側面に回り込む西園寺さんの攻撃を距離を離して回避した魔物は、影の中へと身を潜める。

 

「本当に出鱈目なスピード。追い掛けるのも難しくなってきた」

 

 障壁に突っ込んだままの筈だった魔物は西園寺さんの攻撃をも容易く回避して見せる。

 攻撃が通らなければ戦いは消耗戦になるばかり。

 あの魔物を相手に『攻撃』という討伐手段は、ほぼ不可能な試みだ。

  

「....」

 

 攻撃を防御する事は出来る。そう考え、一つの策に辿り着く。

 真正面から魔物の攻撃を受け止められる機会があれば、こちらから魔物を押さえつけられる。

 

「西園寺さん。灯りを振り回して戦ってもらえますか。視界が良くなれば魔物を見つけやすくなりますし、速さに関係なく倒す方法があるので」

「でも、アタシのスピードじゃあいつに追い付けないよ。特異点も強めに使っても避けられたし」

「はい。ですから次は私がやります」

「ゆ、結依が?でもどうやって」

「見ていて下さい。きっと成功させます」

「それしか無い....って感じだね」

「すみません。役に立つ魔術がこれしか」

「分かった。でも無理したら絶対ダメだからね。油も渡しとくけど、怪我なんかしたら後で怒るから」

「お願いします」

 

 溜め息を吐いた西園寺さんが鉄筋を暗闇に掲げる。

 

「アタシはここだ!殺せるもんなら殺してみろ!」

 

 西園寺さんの声に反応する様子もなく、響く羽音は私に向かって迫る。

 西園寺さんが派手に暴れて炎を見せ付けるほど魔物は彼女を煙たがり、その行動範囲が狭まる。壁を背にして戦えば襲撃の方向を察知することも容易になり、策を実行するうえで有利になるだろう。

 狙う方法は一つ。

 魔物を壁のクレーターに灯した炎へ突撃させることだ。

 魔物が炎を避けるのは、それが通常の虫と同じように炎を弱点とする証拠。威力は弱くとも、弱みとする炎をまともに受けて無事で済むはずがない。

 一度でも傷を与えられたなら、魔物の力も弱まるだろう。

 

「....」

 

 特異点の力で聴力を高め、指先で触れたマギアコアから伝わるイメージを反復する。

 羽音。上空から雨音のように繰り返される不快な騒音。

 脳内のイメージを一つにまとめあげ、敵に向け腕を突き出す。

 

『障壁!』

 

 厚く。然し滑らかに丸く。

 狙うは魔物を吹く風のように受け流す事。

 

 力を耳から目へと流す。暗がりの中、生ける黒い弾丸を見据える。

 恐怖。嫌悪。混乱。脳を焼くような集中の対価。或いは特異点の枯渇かも知れない。

 吐き気がする。頭痛がする。閉じ掛ける瞳が魔物を納めた瞬間、ぴたりと羽音が切れる。

 加速していた魔物の姿が目で追う事の出来る緩慢な動きで近付いて来る。

 延べられた光の壁を構え、魔物の甲殻へとぶつける。

 

 直後に爆発のような羽音が耳に飛び込み、それを押し込まんと衝撃音が響く。

 魔物を確かめるべくクレーターに目を向ければ、暴風に掻き消された灯りと二つ目のクレーターが開けられた壁が見える。

 失敗だ。

 

「くっ....次」

 

 再び訪れた暗闇に背を向け、残る三つの炎の一つへと走る。

 魔術を解き、炎を背にした所で再び羽音が耳に入り込む。

 特異点を使わず逃げたせいか、魔物との距離は私が防御の体勢を取るにはあまりに近すぎる。

 魔術の代わりに特異点の力で攻撃を回避する。

 魔物も攻撃の軌道を変えようと動き、またもクレーターからは離れた地点に衝突する。

 二つ。消えた炎の光が闇を引き戻し、その闇が覆い込むような不安となって視界の端から迫る。

 残る炎は二つ。

 恐怖に気圧され僅かに遅れた反応を補うべく強化した足で次の目標に向かう。

 

「障壁!」

 

 振り向き様に光の壁を展開して突進を受け流す。力任せに振り回した壁は見当違いの方向へと魔物の軌道を変える。壁際を這うように飛ぶ魔物はまた一つの炎を吹き消し、広がる闇の中で再び私へと狙いを定める。

 一瞬にして後がない状況まで追い込まれた。残る保険も失われ、私が使えるのは背にした炎一つ。

 特異点で強化した瞳で魔物を見据え、西園寺さんから受け取った油の瓶を握る。

 吐き気のするような殺意に湧き出した唾液を飲み下し。

 手にした瓶を魔物に向けて放る。

 

「障壁!」

 

 解除していた魔術を再び広げれば、宙を舞う瓶を魔物と光の壁が挟む形が出来上がる。

 無防備な私を仕留めようと全速力で突撃する魔物が瓶を粉砕し、肉体が油に塗れる。

 ゆっくりと動く世界で魔物の肉体に光の壁を這わせ振り抜く。

 電動鋸のような音を響かせて魔物が私の隣を過ぎ去った後、濁った光が背後で立ち上がった。

 

「ッ!?」

 

 反射的に振り返れば、巻き起こる煙は炎の灯されたクレーターを中心として広がり、その中でもうもうと阻まれながらも確かにそれと分かる炎が煌めいていた。

 

「....倒....した?」

 

 羽音は無く、再び砂煙が荒々しく舞うことも無い。

 

「結依!」

 

 火の消えた鉄筋を手に西園寺さんが駆け寄ってくる。

 私の隣に着いた彼女もまた煙の立ち込めるクレーターの炎を見詰める。

 砂塵が治まり、ちらちらと炎がその姿を店始める頃、炎に巻かれ仰向けに倒れた魔物が目に入る。

 

「ちょっと待ってね。アタシが見て来る」

 

 西園寺さんが魔物に近付き、鉄筋の先で燃え上がる魔物に接触する。

 

「動かない!やったよ結依!勝ったよ!」

「....そう、ですか。それなら良かったです」 

「凄い凄い!お手柄だよ!まさか魔物の攻撃そのものを弱点に変えちゃうなんて....でも、なんであいつあんなに勢い良く燃えたの?」

 

 跳ねながら再び私の前に戻り、がっしりと手を掴んで上下に振り回す彼女に笑みを返し、策の説明を始める。

 

「え、ええと。西園寺さんからいただいたガードボットの油をぶつけてそのまま炎へ誘導したんです」

「なるほど。それであんなに強い炎が」

「炎の勢いも小さかったので、本当は何度か衝突を繰り返して弱らせるつもりだったんですが、炎が最後の一つになった時に思い付いた作戦で....上手く行ってほっとしました」

「危ない所を何とか切り抜けた感じだったね。カッコ良かったよ、結依!」

「あ、ありがとうございます」

「でも、だーいぶ無茶したよね。そう言うの良くないよ?」

「あたっ。す、すみません」

「まあ、今回は結依に助けてもらったし、するべきなのはお礼だね」

「い、いえ。そんな」

「あれ、結依。それ何だろう」

 

 ふと視線を落とした西園寺さんが私の足下を指差す。

 その先を目で追えば、地面にきらりと光る物を見つける。

 

「待って。アタシが確かめる」

 

 身を屈めた彼女が光るそれを手に取って私に見せると、それは琥珀色をした薄い羽のようだ。

 

「羽....でしょうか」

「かな。うえ、あんましっかり見るもんじゃないね。気持ち悪い」

 

 羽は風鈴に括り付けられた短冊のようにひらひらと揺れ、床に置かれた角灯の光を妖しく跳ね返している。

 

「....何かの役に立つでしょうか。一先ず持ち帰ってリッジさんにーー」

 

 この森では幾度となく経験した地鳴り。

 強さを測る感覚こそ麻痺すれど、存在を意識せずとも認知出来る程には繰り返されたそれに私も西園寺さんも振り返る。

 

「樹の....魔物?」

「分かんないけど、何か来てるなら先にあれを壊さないと!」

 

 西園寺さんの指す方向には魔物に襲われる前に調べていた奇妙な植物のような物が様子を変える事もなく鎮座していた。

 

「結依は先に。アタシが壊してーー」

「いえ、魔弾があります!」

 

 指先を向けて伸ばし術式を唱えれば、黒い弾丸がそれを貫いて影に消えていく。

 

「行きましょう!」

「お、オーケー!崖登りは任せて!」

 

 差し出された西園寺さんの手を取れば、彼女は私を担ぎ上げて木々の群れに向かい跳躍する。

 

「えっ、西園寺さん!?」

「走ってたらすれ違いに殺される。順路に出るまでは跳んで逃げた方が速いから」

 

 軽々と木の間を抜けていく西園寺さん。

 針の糸を通すような技を容易くこなす姿は、さながらマンガのヒーローの様だ。

 

 ゴロゴロと土の崩れる音に目をやれば、暗がりに蠢く無数の影が視界に飛び込んでくる。

 

「うっ....」

 

 鞭や蔓のように柔らかく生々しい動きをするそれらから目を反らし、西園寺さんに身を任せる。

 肝を冷やす空中散歩の後、遊歩道に出た彼女は私を地面に下ろす。

 

「さっきの音、なんだったんだろう」

「....初めてここに来た道で戦った芋虫の魔物かと」

「え....もしかして、群れ?」

「....」

「気持ち悪」

 

 無言の私の反応から察したのだろう。西園寺さんも顔を歪めて不快感を示す。

 

「取り敢えずここを出よう。何かまた危険な状態に逆戻りしてそうだし、特異点の力も使ったから人裂症の問題もなくなったと思うから」

「そ、そうですね。この羽についてもリッジさんに相談したいですし」

 

 

「リッジー。戻ったよ」

「おう、こっちだ。こっちも仕上げをしているから一休みしてから話そう」 

 

 提案に従いシャワーと飲食を済ませてリビングに戻れば、それは小さく困惑の呻き声を漏らす。

 

「派手にやられたな。ご自慢の制服がボロボロだ」

「まあね。成果はあったけど、その代わりアタシも結依も死に掛けた」

「むう....一先ず替えの制服を作ってやるよ。そんな格好じゃ気持ち悪いだろう」

「で、出来るんですか?」

「武器から何から、モノ作りは俺達の得意分野だ....同胞に比べちゃ誇れるもんでもないがな」

 

 そう言いながらリッジさんはテーブルの上に黒い穴を作り、その中からセルを取り出して容易く私と西園寺さんの着ていたものとそっくりの制服と上着を仕立てる。

 

「ほらよ。セル製の品だ。耐久性に自信あり。軽々動ける便利仕様だぜ」

「本当だ。アタシの持ってたのより軽い」

「ありがとうございます。リッジさん」

「これくらいならいつでもやってやるよ。また駄目になったら言いな」

「そ、そう言えば。リッジさん。教えていただいた場所で魔物に襲われるたんですが、その魔物からこれを見付けたんです」

 

 どこか得意げそうなリッジさんに魔物が落とした羽を見せると、それは小さな羽を手に取り観察する。

 

「ふむ?何やら刺激的な臭いがするが....これはフェロモンみたいな物か?」

「臭い?そんなのアタシ達は感じなかったけど」

「こんな小さい羽一枚じゃ人間には分からないかも知れないが、何か臭うんだよな」

「そう言えば、その羽を拾ってすぐに魔物の群れが集まって来ました」

「あ、そうそう!すっごい地鳴りがしてさ、すぐに逃げちゃったからいろいろ分かんないことばっかだけど、その臭いがフェロモンだとしたら関係あるかも」

 

 つんと突き出した鼻先に羽を近付けるリッジさんに答えれば、それは何かを思い付いた様子で顔の形を変える。

 

「なるほどな。ならこいつを使えば面白い事が出来るかも知れないぜ」

「面白い事ですか?」

「そう。これまた樹の魔物を弱体化させるチャンスになるかもな。早速計画について話そうじゃないか」

 

 乗ってきたぜ。そう楽し気に笑うリッジさんは、受け取った羽をひらひらと輝かせながら私達に見せる。




魔物から手に入れた奇妙な羽。
リッジの閃いた新たな策とは。
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