次の目的地に待ち受ける試練は何か。
「力の発生源はこっちで合ってるかな」
「はい。ランタンの火は大きくなっていますので、間違い無いと思います」
「....にしても、これが餌ね....。ぶっちゃけ上手く行く気はしないんだけど」
「正直私もそんな気がします。ですがリッジさんの計画が当たれば、自然公園は今よりずっと安全になるはずです。価値は十分にあるかと」
「まあ、結依がそのつもりならアタシは力になるから安心して。必ず成功させよう!」
「はい」
リッジさんが提案した計画。
それは魔物の羽が持つフェロモンを利用した誘導計画だった。
●
「誘導って、そんな小さい羽の欠片一つであの樹の魔物が動かせるわけ?流石にあり得ないでしょ」
「いやいや、狙うのはお前達が帰りに襲われた奴らだよ」
「別の魔物....でしょうか」
「詳しい姿を見ていない以上何とも言えないだろうが、仮にそれが本当にワーム型の魔物だったのなら、こいつが使えるかも知れないって話なんだよ」
テーブルをコツコツと爪先で叩くリッジさん。そこから黒い穴が広がり、二枚の紙が産み出される。
「即興で調べた物だ。あまり宛にしてもらってもアレだが、このデータが確かならお前達が倒し、そして今回襲われた二種類の魔物ってのは同じ虫の幼虫と成虫って可能性があるんだ」
紙面に視線を向ければ、そこには複数のグラフが記されている。
「お前達が殺した魔物から素材を拝借して調べたんだが、この二体を構成する要素ってのがどうも似通っていてな。憶測になるが、ワーム型の魔物が成長することで産まれるのが、この羽の持ち主の魔物なんじゃないかとな」
「成長ね....あり得ない話じゃないかも」
「あの魔物もカブトムシのメスのような外見をしていました。もしそれに似た存在なら」
「そう。ならこの臭いがフェロモンだと仮定する話にも説得力が出てくるだろう?詳しい理由については分からないが、重要なのはこのフェロモンが魔物の幼虫を集めているかもしれない事だ。それを利用すれば、魔物の群れを一ヵ所に誘導して閉め出す事が出来るかも知れない」
「それで、次はその魔物を誘き出すって作戦ね」
「なら、もっと大きな羽が必要では無いですか?これだけの大きさで魔物の群れを動かす事が出来るか」
「確かに。あの場には魔物の死体があったから幼虫の群れが集まっただけかも」
「ふむ....とすると、もう一体その羽の持ち主を殺して貰う必要がーー」
「絶対無理!」
「....」
「冗談だ。材料さえ用意してくれたら俺達が道具を作ろう。そんな怖い顔をするなよ」
「今度は生きて帰れる保証ないからね!」
「だから冗談だって」
「で、ではその材料と言うのはーーー」
○
「で、依頼の品は果物と魔物の体液....体液って、そんなの女の子に頼むかな普通」
「一番簡単なのは魔物の血、でしょうか」
「はぁ、嫌だなぁ」
「ええと、抵抗があるなら血は私が集めますので」
「いいや、アタシがやる。結依は戦う時に手伝ってくれればいいよ。だいたい魔物一体くらいリッジにも倒せるでしょ」
溜め息を溢す西園寺さんへの提案は即座に却下される。
「それと果物....探そうにもこれだけ木がビッシリ生えてるとなぁ」
「そうですね....ランタンを使えば、あの植物のような物を見付けられるでしょうか」
「それは良いかも....だけど、また魔物に襲われたりしないかな。あの羽の生えた奴ね」
「無いとは言えませんが、確実な手段はあの植物しかないと思います。探し物をして迷ってしまうくらいなら。それに、先に何か対策を考えておけば、見つからずに目的を達成出来るかもしれませんし、仮に襲われても反撃はしやすくなると思います」
「むう....」
「ど、どうでしょうか」
「....公園中を魔物に追い回される方が危険かもだし。迷子になったら二度と帰れそうにないし....うん。それ良いアイデアだよ、結依」
「で、では」
「ランタンを頼りにあの変なフルーツを探そう。道中で魔物を倒して血を取っておけば、両方持って帰るだけで解決だしね」
鞄から角灯を取り出し火を灯せば、籠の中に青い炎が姿を現す。
「さて、探索開始だね。地図によると池の周りに二つ反応があったんだっけ」
「そうですね。まずは中心の池に向かいましょう」
自然公園中心の池。探索の中で男性と出会い引き返したそこから先に反応の一つがあるようで、今回の探索は未知の領域へと踏み込む事となる。
三度樹木に破壊された道を歩く。
虫の魔物との戦いの影響か活発に聞こえていた唸り声も幾らか治まり、差し迫る針のような緊張感に漂う不安感が混ざったじめつくような空気は、傷にはならずとも確かな痛みをもたらす気味の悪い不快感となって公園内の雰囲気を変えている。
「あの....何か見えますか?」
「分かんない。でも何も居ないって訳でもないと思う。ずっと嫌な感じがするんだ」
きょろきょろと周囲を見回しながら西園寺さんの姿に問い掛ければ、彼女はその横顔をしかめさせて答える。
「ま、魔術の準備はしておきますから、何かあったら教えて下さい」
「うん。結依も自分の身を守るのが優先で良いからね」
ほんの一度、少しの風が吹くだけでも鳥の群れが騒ぐかのように木の葉が鳴る。
闇の中から幽霊が現れるのではないかと、そんなホラー映画のワンシーンを想像すれば、びりびりと鳥肌が立つ。
「結依、ランタンの反応はどう?」
「近付いているようですが....やはり遊歩道からは離れた場所にあるんでしょうか。大きく変化はしていないみたいです」
「....どこか森の中に入り込めそうな場所を探さないとだね」
西園寺さんは歩きながら周りに目を向け、魔物に警戒し両脇の森の様子を探る。
「ギィイ!!」
「西園寺さん。魔物です!」
「OK。任せといて!」
異変を察知していたのだろう、西園寺さんは警告より早く鉄筋を構えて飛び掛かる魔物を避ける。
魔物が飛び掛かって来た方向に目を向ければ、木々の間に人間より少し小さな穴が出来ているのが見え、それは周囲から押し戻され再び閉じようとしている。
「っ!西園寺さん!こっちに!」
「待ってて。すぐ行くから!」
魔物の背に鉄筋を振り下ろし、私を振り返った彼女が指先を追う。
「あの穴へ!」
「了解!」
跳躍で魔物の間合いから離脱した西園寺さんが縮まっていく木々の空間へと飛び込む。
遅れて私もその隙間へと駆け寄れば、先に待ち構えていた西園寺さんの手が私の腕を掴み、そのまま内側へと引き込む。
背後から魔物が奇声をあげながら飛び掛かる音がするが、それは閉じられた木に阻まれ間の抜けた呻き声となり消えていく。
「ふぅ....危機一髪。まさかのタイミングだった」
「はい。ありがとうございます。西園寺さん」
「どういたしまして。にしても思わぬ幸運だったね。まさか魔物の飛び出してきた場所が道になるなんて思いもしなかったよ」
「はい。突然の事で驚きましたが、無事に森の中に入ることが出来たようで良かったです」
「結依もよく気付いてくれたよ。本当に助かった」
「い、いえ、私に出来る事を探していたら偶然見付けただけで」
「まあまあ、そう謙遜しないでよ。とにかくありがとね」
「は、はい....」
並んだ木々の壁の内側は、第一の目的地とは異なり不思議な光景が広がっていた。
ばっさりと開かれた道の左右を塞ぐよう高木が規則正しく並び、一見するとどこか奇妙な安心感のようなものを得る。
「き、急に開けた....ってワケでもないか。ここはなんだろう」
「一先ず進んでみませんか?後ろも塞がれてしまいましたし。この道が目的地に続いているかもしれません」
「....だね。これなら道に迷う心配も無さそうだし」
角灯を掲げて足を進めれば、入り口から犇めくように大量の木々の根が這い出す先の見えない真っ暗な洞窟が大口を開けて私達を待ち構えていた。
「うわ、洞窟って....冗談でしょ?」
「周りの道は....だめです。どこも木に塞がれています」
「はぁ。じゃ、手がかりはここだけってことか....入ろう。不満を言ってもしょうがないし」
「....」
洞窟に足を踏み入れれば、中はトンネルのように奥へと一直線に続いており、露出した樹木の根が不気味さを演出している。
「気持ち悪....」
「ね、根は硬いみたいです。怪我をしないように気を付けてください」
「さっさと抜けちゃおうよ。見た目も不気味だし、いつ崩れるかも分からない」
半ば土に埋もれた物。刺のように突き出した物。不自然に残されたそれらは、この場所が元より存在していた空間ではないのだろうと想像させる。
入り口から這い出した蛸の足のような根の存在も加わり、不審感はより激しく私を逸らせる。
「足下は悪いし、壁から根も突き出してる。まるで木のトンネルだよ」
凹凸の激しい地面に角灯の光を当て、足場を確かめながら洞窟を進む。
魔物の気配は無いものの、洞窟の放つ異様な存在感がプレッシャーとなってのし掛かるようだ。
「土をそのままくりぬいたのでしょうか。道も一直線ですし、自然の洞窟と言うより掘られたトンネルのような気がします」
「掘られたって....そんな滅茶苦茶な....いや、あり得ないって言う方が可笑しいか。あんな魔物が居る場所だし」
「ランタンの火も強くなっていますし、何か意味があって作られた場所なんでしょうか」
「一つ目の反応と同じなら、あの気持ち悪いフルーツみたいなのがあるかもね」
洞窟を進むにつれて手元は明るく熱を帯び、闇に閉ざされていた道の全貌もはっきりと浮かび上がってくる。
左右の土壁から伸び出た槍のような根を避けて進んでいくと、あるところで根に塞がれた行き止まりに突き当たる。
「何この根。ガッツリ塞がれてるじゃん」
「魔術の力で何とか出来るでしょうか....」
「さっきの『火球』ってやつ?」
「はい。試してみます」
マギアコアに手を触れ、脳にイメージを浮かべ指先に魔力を集中させる。
『火球』
掌に浮かび上がった炎を根の壁に向けると、それはじりじりと音を立てて表面に露出した根の先端を焼くが、壁に穴を開けるよりも速く根が再生を始める。
倍速映像のような再生速度に私の弱々しい炎が勝る筈もなく、魔術の力は瞬く間に押し返されてしまった。
「うーん。駄目か」
「すみません。西園寺さん」
「謝ることないよ。根が再生するなんて聞いてないし、スピードも信じられないほど速かった。いくら火の力を使っても追い付けないよ。他の方法を探してみよう。何かヒントがあるかも」
「は、はい」
土壁に近寄り、その表面を観察する西園寺さん。その姿を見て、とある違和感を覚える。
「あの、西園寺さん」
「ん、どうしたの?」
「その壁、根が突き出ていないような....」
「そうかな....あ、そうだね」
外の様子を考えれば、この洞窟の上には無数の木々が広がっている筈だ。道中で嫌になるほど見てきたその根が、一面にだけ伸びていないと言うのはおかしく思える。
「この壁に何かの手掛かりが」
「力任せにだとここが崩れそうだけど....ん?ね、結依。ちょっとここ触ってみて」
「え、えと。はい」
何かを感じたように動きを止めた西園寺さんは、私を手招きしながら壁に触れるよう促す。
それに従って壁を指でなぞると、指先を追うようにさらさらと表面が剥がれ落ちる。
「これは....砂、でしょうか。どうしてここだけ」
「もしかして」
私に後ろに下がるよう指示し、西園寺さんは鉄筋で土壁を軽く突く。
薄茶色の塵を上げて壁の表面が崩れ、壁には拳程度の穴が開く。
「当たり!これ、土を固めて作った偽物の壁だよ」
「偽物の壁....と言うことは、この向こうに別の道が?」
「あるかもね。崩して進んでみようよ」
穴が空いたことで脆くなった壁は触れるだけで容易に崩れ落ち、阻まれていた奥には暗い道が続いていた。
「こっちにヒントがあると良いね」
「そ、そうですね」
「よし、探索再開!」
鉄筋を携え再び洞窟を歩き出す西園寺さんに続いて脇に逸れた道を進めば、開けた場所に出る。
「また行き止まり。でもあっちに何かあるみたいだね」
「本当だ。明かりが見えます」
「....行こうか。大丈夫。アタシが先に行くから」
人一人が通れる程度の通路の奥からは薄く明かりが漏れている。
息を飲んだ彼女は、鉄筋を握る手に力を込めて明かりの方へ踏み出す。
強引に掘り抜かれた壁から露出した根を押し退けながら進めば、窮屈な通路から左右に別れて広がった場所に出る。
「んーと、ここは?」
「テーブルに椅子。それにあれは....白衣でしょうか」
殺風景と言う言葉の似合う生活感の無いそこには、テーブルとその上に置かれた科学実験の道具が雑に置かれている。
隅に落ちている汚れた布切れは、その白一色の特徴から白衣であると推測出来る。
「誰かここに居たみたいだけど....」
「RMCの研究員の方でしょうか」
「分かるの?」
「はい。研究施設で会った方も白衣を着ていたので、おそらくそうかと」
「なるほど。ならそのテーブルにあるのは何かの研究道具かも。見てみる?」
「はい。そうしましょう」
テーブルの上に置かれているのは奇怪な色をした丸いフラスコと、土の詰められたポッド。それらの下に敷かれた複数枚の資料だ。
重し代わりにされていたであろう道具をずらし、下に敷かれた資料に目を通せば、鮮やかな色で表された広告紙と、私には分からない化学式のような図の描かれた土けた用紙だ。
「除草剤の広告に....これは何かの化学式でしょうか」
「除草剤でも作ろうとしてたのかな....あ、もしかしてあの壁を壊そうとしてたとか?」
「確かに」
「だよね。だとしたらアタシ達ツイてるよ。このヒントの意味が分かれば、壁の向こうに向かう方法が見つかるんだから!」
「そうですね。ですが、この研究をどう進めたら良いのか」
「そこだよね。うーん....じ、じゃ、そこの切れ端の近くに何か無いかな」
「調べてみましょうか」
破れた白衣の断片とおぼしき布に近付き持ち上げて見れば、その下にはくすんだ色の水晶玉が落ちている。
一見したサイズから見て、それは私の持つマギアコアに似ているように感じられた。
「水晶?それが材料になるのかな」
「どうでしょうか。私はこれがマギアコアに似ているような気もするんです」
「マギアコアに?何かの魔術が使えるってこと?」
「く、詳しくは分かりませんが」
水晶玉に手を触れれば、脳内に無数の文字のイメージが浮かび上がる。この水晶はマギアコアで正しかったようだが、そのイメージは『魔弾』や『火球』のように攻撃的な物ではなく、何かを紐解こうとする静かなイメージだ。
「....西園寺さん。やはりこれはマギアコアのようです。ですが、戦いの為に使う物ではないような気がします」
「なるほど。それもマギアコアね。じゃ、それは結依にお任せだね。アタシじゃ上手く使えないし」
「は、はい。分かりました」
『解析』
マギアコアのイメージから術式を組み、魔力を通して魔術を発動させる。
「....」
「何も起こらないね」
「そんなことは....」
「目には見えない変化ってことなのかな。取り敢えずそのマギアコアは貰って行こうよ。このまま置きっぱなしは勿体無いし」
マギアコアを鞄に納め、立ち上がり辺りを見回す。
再び資料の上に目を向ければ、そこに記された図の意味が、まるで予め知っていたことのように頭に流れ込んでくる。
「これは」
「結依?何かあったの?」
「こ、このメモの意味が分かるようになったんです」
「本当!?何て書いてあるの!?」
「除草剤の製法を研究していたみたいです。素材は....足りているみたいですね」
「そうなの?ならこの除草剤は完成してるってこと?」
「いえ、まだ完成はしていないようですが」
「完成してない?何で?」
「わ、分かりませんが....何か理由があるんでしょうか」
ここに居たのは破れた白衣の主のようだが、その人物の存在を物語る白衣から最期を想像するのは難しくない。
この場に何者かが現れ白衣の主を襲撃し、実験途中の機材を置いて逃げたしたか、或いは殺害されたのだろう
「でも、素材が揃っているなら後は作るだけだよ。その紙にレシピが書いてあるんだよね」
「はい」
「早速試してみようよ」
○
「完成。ですね」
「出来たのは三本分か。一つはあの壁に使うとして、他は何か使い道あるかな」
「一先ず持ち帰って、リッジさんと相談してみましょう」
「そうだね。じゃ、先にあの壁を壊しに行こう」
広い部屋から再び通路へと戻る。道が狭まり壁が近くなったせいか、空気が薄くなり息が詰まるように感じられる。
突き出した根を避けて行き止まりまで戻り岩のような壁と向き合う。
「試してみようか。結依。瓶を貰っても良い?」
「はい。お願いします」
「開け....ゴマ!」
根の壁から離れた西園寺さんは聞き慣れた呪文に合わせて液体入りの瓶を壁に向けて投げる。
音を立てて砕けた瓶から除草剤が飛び出し壁に付着すると、それは乾いた粘土玉が壊れるようにポロポロと崩れ落ちていく。
「おお。本当に壊れた!」
「こ、これで進めますね」
「だね!結依がマギアコアでレシピを解読してくれたおかげだよ!ありがとう!」
「い、いえ....それより、行きましょうか。目的地まで急ぎましょう」
「了解。じゃ、改めて出発!」
壊れた壁の奥へ進めば、角灯の炎はゆっくりと勢いを増し始め、目標への接近を知らせる。
突き出す槍のような根の数が減り、入り口がそうであったように壁面をこじ開けるような太い根が這い出し始める。
起伏の激しい根の道を進めば、ドームのように開けた空間へと出る。
入り口付近の反応地点と同様に、視線の先には不気味な果実が地面から這い出している。
「到着だね。さて、これの欠片を取って持ち帰ればここでの目的は達成かな」
「そうですね。リッジさんは壊さないようにと言っていましたが....」
「壊さないって....壊さなきゃあの魔物は弱らないんじゃなかったの?」
「な、何か考えがあるんだと思いますが」
「ふーん。まあいいや。じゃ、切り取っちゃうよ」
「き、気を付けて下さいね....あの、やっぱり私が」
「大丈夫。心配しないで」
稲原区の拠点から持ち出したナイフを果実の表面に当てれば、それはスルリと肉の中れ滑り込んでいく。
「これで....取れた!」
西園寺さんは果実の欠片を白衣の切れ端で包むと、来た道を戻り始める。
最初の目的地とは異なり、魔物に襲われる事もなく過ぎた探索に胸を撫で下ろす。
洞窟を出て順路への道を進めば、私達をこの場所へと導いた木々壁が再び姿を現す。
「うーん....これも除草剤を使えば壊せるかな」
「出る方法があるとしたら、それだけですね」
「結依。下がってて。アタシがやるよ」
西園寺さんが除草剤の瓶を壁にぶつければ、それは分厚い木々の群れにも風穴を空けるようにバラバラと崩壊させていく。しかし、木々もまた急速に幹を修復を始め、傷口にからは絶えず腐った樹皮が零れ続けている。
壁を抜けて順路に戻り、魔物を探しながら帰路を辿るが、入り口へ向かうにつれてその気配は息を潜めていき、自然公園を出た後にもその姿を見ることはなかった。
○
「結局魔物は見付からなかったね。行きは気も抜けないくらい声もしてたのに」
「不思議ですね。何かあったんでしょうか」
「よう、無事なようで何よりだぜ、二人とも」
「リッジさん」
「何?その箱。ってかその肩。あんたやっぱり魔物殺せたんじゃない!」
「それはこの辺りだけだ。お前達の働きのおかげで修復が進んでな。この住宅街の中では一部だが力を取り戻すことが出来た。こいつは修復中に襲って来たのを返り討ちにしたって所だ」
「なら、魔物の血が必要って話は」
「運良く俺達が用意出来たって事だ。向こうで魔物やりあっていたなら悪いな」
「いや、アタシ達も運良く魔物には殆ど会わなかったし、助かったよ」
「ほう?役に立ったなら何よりだ。早速拠点に戻ってもう一仕事と行くか」
「はい。お願いしますリッジさん」
親指を立てる動作をして見せたそれは、軽々とした足取りで拠点に変えた家へと向かって歩き出す。
「力を取り戻したって事は、もうあんたも戦えるの?」
「今のところはここ限定だがな。魔物相手にも役に立つと思うぜ。最も、そうならないためにここの修復を進めていたわけだが」
「ここだけって、他に何か無いの?」
「世界の構成を弄ってお前達を魔物から隠してやることくらいならできるが」
「そ、それはどの程度」
「んー。この住宅街の範囲だな」
「それじゃ駄目じゃん」
「分かりやすくお前達の役に立てるとすれば作ってやれる道具の品揃えが増えるくらいか?」
「ふーん?ならアタシの武器もまた強化してもらえるって事?」
「素材次第じゃ新しい武器も作ってやれるかもな」
「ふむふむ。武器交換なんていよいよゲームみたいじゃん....悪くないんじゃない?」
「お気に召したなら何よりだ」
「り、リッジさん。その箱には」
「これか?そこらの家から回収した物資だよ。食料品から家具に道具。後々使わなくなるとは言え、お前達のコンディションを整えるために必要な物はあるだけ得だろう?」
「す、すみません。何だか私達ばかりお世話をしてもらっているみたいで」
「お前達に死なれちゃ困るのは勿論。ストレスで内側をやられるのも問題だ。イカれた場所で正気を保つなら、休む間くらいは気の休まる場所にいなくちゃな」
家に戻ったリッジさんは西園寺さんから果実の切れ端を受け取り、リビングへと歩いていく。
私達が部屋に戻れば、ベッドの上には着替え用と思われる衣服が置かれている。
「おお!着替えなんて気が利くじゃん!あ、結依。先にシャワー浴びてきてよ。アタシは少し休んでるから」
「は、はい」
○
新しい服に着替えてリビングに戻れば、テーブルの上に道具を広げたリッジさんが私達を見て手を振る。
「よしよし。サイズはバッチリ。着心地も問題なさそうだな。俺達の方も準備は終わったし、お前達が向かった場所にこいつを仕掛けて来るから、それまで休んでいてくれ」
「良いんですか?リッジさんも魔物とは戦えないのでは」
「大丈夫だ。俺達はこんなナリだ。影に紛れるにはもってこい。それに木の壁を破るのは俺達の力を使った方が簡単だからな」
布に包まれた塊を手にしたそれは溶けるように床に沈んで消える。
「行ってしまいました」
「じゃ、リッジに任せてアタシ達も休もうか。リッジが次の計画を用意してるかもしれないし」
第二の計画をリッジに託し、魔物の産み出した力を順調に破壊していく二人。
魔物を追い詰める戦いに光明が射し始める。