ココロネ・リンカーネイション   作:rippsan

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リッジが見つけ出した最後の反応。そこに待ち受ける門番とは。


卑鬼装樹

「らあああ!」

「っ!障壁!」

 

 リッジさんの発見した最後の反応。

 自然公園の高台に位置するその場所は、荒津市を見渡す展望広場になっていた。

 紫色の影の落ちた不気味ながらも神秘的な雰囲気を感じる絶景に感動したのも束の間、次々と魔物が姿を現し、私と西園寺さんに襲い掛かってきたのだ。

 餓鬼の姿をした魔物には、今まで戦ってきた相手とは異なるモノも紛れている。

 真正面から飛び掛かる魔物の攻撃を魔術で受け止め、宙に向けて押し返せば、別の魔物が動き出す。

 

「させるか!」

 

 空気を裂いて唸る鉄筋が魔物を押し潰す。

 

「結依。大丈夫!?」

「はい、大丈夫でーーっ!?障壁!」

 

西園寺さんに向けて魔物の爪が迫る。

光の壁を手甲のように延べ、強化した腕をそれに向けて突き出せば、細い魔物の腕は容易く軌道を変える。

 

「うわっ!....ナイス結依!」

「西園寺さん。逃げ道を探しましょう。このまま囲まれるのは危険です!」

「分かった。じゃ、まずは」

 

 叩き付けた鉄筋を振り上げ、体勢を崩した魔物を殴り飛ばした西園寺さんは、後ろに居た魔物の顔面を蹴飛ばして跳躍する。

 

「結衣。後ろおねがい!」

「はい!『魔弾』」

 

 衝撃で魔物が地面に張り倒され怯む、残り二体の魔物の片方を狙い魔術を放てば、無防備な肉体に直撃した至近距離からの一撃にそれは呆気なく吹き飛ばされる。

 

「ギァアアッッ!」

「っ!まだまだ!」

 

 使いきらず残した魔力を球状に変化させ、振りかぶられた魔物の腕に向けて発射する。

 咄嗟の反撃に狙いは逸れるが、長く伸びた爪を粉砕された魔物の腕もまた私を捉えることなく空を切る。

 動きの止まった魔物の隙を突いて間合いから抜ければ、先行していた西園寺さんが魔物の群れを切り開く。

 

「行くよ。結依!」

「邪魔はさせません『障壁』!」

 

 全面に光の壁を広げ、包囲の薄くなった一点に突撃する。

 跳躍の勢いを残したままの突進は、痩せた魔物の身体を軽々と撥ね飛ばし、魔物の群れと正面から対峙できる位置にまで離脱することが出来る。

 

「反応は合ってるみたいだけど....」

「新しい魔術を試してみます。あの魔術なら分かるかも」

「分かった。お願い」

 

 西園寺さんが前進し、唸り声を上げる魔物の群れと向き合う。

 

「結依に手は出させない。やりたきゃ先にアタシを倒しに来い!」

 

 挑発するように声を張り上げ、鉄筋で地面を打ち鳴らす彼女に目を向けた魔物が奇声を発して威嚇する。

 魔術を発動して周囲を観察すれば、目の前に群れる魔物から円形に広がるノイズのような反応が目に入る。

 

「これは....違う。それよりも」

 

 魔物から発されるそれはきっと魔力の反応だ。

 休息スペース。柵の向こう側。果実もまた同じ反応を持つ筈だと慌ただしく視線を動かせば、地面の底に魔物の群れのそれよりも強い反応が見える。

 

「西園寺さん。下です!地面の下に反応が!」

「また!?勘弁してよ!」

 

 特徴的な長い爪を持つ魔物が動く。西園寺さんはそれを鉄筋で弾き返すが、その隙を狙ったように別の魔物が彼女に突進を始める。

 

「西園寺さん!」

「見えてるっての!」

 

 体勢を崩した魔物の顔を鷲掴みにし、それと入れ替わるようにして彼女は向かって来るもう一体魔物の前に引きずり出す。

 衝突した二体の魔物に向けて鉄筋を叩き付ければ、魔物は群れの一部を巻き込んで広場の外へ投げ出される。

 

「さ、流石です西園寺さん!」

「へへっ、どんなもんよ!」

「ギィイイッ!!」

 

 動揺に動きを止めていた魔物が再び奇声と共に走り出す。

 西園寺さんと戦う事は不利だと感じたか、それは私に向かい一直線に突進してくる。発動していた魔術を解き、光の壁のイメージを思い浮かべる。

 

「私も....『障壁』!」

 

 大盾をイメージして産み出した光の壁で魔物に体当たりし、攻撃を封じ込める。短い悲鳴と共に壁に衝突した魔物を腕を振り押し退ければ、それまで好戦的に吼えていた魔物の攻勢が治まる。

 

「結構侮られてたみたいじゃん。でも残念。あんた達のお仲間とは何度も戦ってるんだ。数も減ったみたいだけど、逃げた方が良いんじゃない?」

「わ、私達は戦う為にここに来たわけではありません。ここから離れて下さい」

 

 西園寺さんは手の中で鉄筋を回し、魔物を挑発する。

 私も魔物に警告するが、魔物は依然として攻撃的な体勢を崩そうとはしないが。

 しかしそこには明らかな動揺が滲んでいるようだ。

 

「はあ、大人しく退くつもりは無いって事ね。やっぱ倒さないとダメか....仕方ない。なら、掛かってこい!」

「ギァアアッッ!」

 

 西園寺さんの声に魔物の一体が動く。身構える様子もなく攻撃に移行するその動きは、彼女に気圧されての咄嗟の行動だろうか。

 

「それは、見飽きた!」

 

 西園寺さんは魔物の攻撃を容易く避け、背中に鉄筋を叩き付ける。

 鉄線の巻かれた鉄筋の先端を使う精密な攻撃が、彼女の戦闘の上達を物語る。

 バキリと音を立て派手に背を折り曲げる魔物。動きを止めたその姿に魔物の数体が騒がしく鳴き声を上げ、びり、と痺れる殺気が肌を刺す。

 群れの後列でひときわ大きく叫んでいた魔物が前列の数体を踏み台に跳び上がる。

 

「『魔弾!』」

 

 魔物に向けて指を突き出し、力の道に堰を挿し込めば、行き場を塞がれたそれは指の先に向けて勢い良く流れ込む。

 脈動を感じるような身の内からの衝撃は、形を成すと同時に魔物の眼前へ到達し、胴を貫いて彼方へと消える。

 しつこく光の壁に飛び掛かる魔物を西園寺さんの鉄筋が弾き飛ばす。

 光の壁を納め、回り込む魔物に向けて弾丸を放てば、至近距離からの一撃はそれを地に張り倒す。痩せた肉体の輪郭の変形した様は、魔物の骨をも砕く強烈な弾丸の威力を感じさせる。

 

 

 一体。また一体と数を減らし、魔物の群れの奇襲攻撃は私達の勝利で幕を下ろす。

 

「ふう、やっと終わったよ」

「....危なかったです」

「やっぱり数で襲われるのは危険だ。遭遇は上手く避けないとだね」

「で、では、もう一度反応をさがして....」

 

鞄の中のマギアコアに手を触れた直後、雲のように浮かび掛けたイメージが蒸発し、爆ぜるような怖気が瞬く間に身体を強張らせる。

 後方から餓鬼の魔物とは比べ物にならない殺気が沸き上がり、みるみるうちにその迫力が膨れ上がる。

 魔術を使わずとも伝わる気を失いそうな威圧感に警告の声をあげるべき喉さえ締め上げられるようだ。

 顔の横を突き抜ける黒い影。音もなく頬を張られたような痛みが起こり、その上をなぞるように細く脂ぎった物が伝う。

 西園寺さんの悲鳴に我に返る。瞬きをした世界に映ったのは地に突き立てられた太い樹木の幹。

 這い出した根のように滑らかに曲がったそれは、内側に別の命が蠢いているかのように生々しく形を変え、やがて地を鳴らしながらその先端を現す。

 

「あ!」

「あれは....!」

 

 先の割れた蛸足のような樹木に絡め取られていたそれは、爛々と輝きを放つ不気味な果実であった。

 太陽のように光を放つそれから、樹木の幹に向けて輝きが流れ出す。

 煌々と光るそれは血液のように幹の内を通り、私達を通り過ぎていく。

 自由を取り戻した身体で主を振り返れば、闇の中に二つの光が燃えている。ハロウィーンの南瓜飾りのように揺らぐそれが、姿を潜めていた樹木の魔物であると想像する事は、少ない証拠からでも容易だ。

 

「あいつ。何でここに!」

「に、逃げーー」

「正面塞がれてるし無理だよ!取り敢えず何とかして追い払わないと」

 

 マギアコアに手を伸ばし、掌に力を集める。

 

「く....『火球』!」

 

 浮かび上がった術式をそのままに宣言すれば、手の中に炎の球が生まれる。

 

「これで....退いて!」

 

 ぎらつく眼光に向けて炎の球を投げつける。

 特異点の力を乗せない生身の力では確かな姿の見えない魔物に届く筈もなく、闇の中に松明が落ちたように炎の明かりが灯るだけだが、それを前にした魔物の眼がぶるりと震えるように蠢く。

 

「っ!もう一度....今度は」

 

 私達が見えて居なかったか。或いは私達が立ち尽くしたままでいると思っていたのか。

 どう考えていたとして、魔物は私達からの予想外の反撃に動揺を見せている。

 これを逃せば、魔物の次の行動は読めなくなる。

 再び火球を生じさせ、腕に特異点の力を込めて魔物に投げる。

 野球選手の剛速球を上回る事は出来ても、それは弾丸として打ち出す魔術では無い。

 速度は私の腕力と強化するに掛かっており、火球の到達と魔物の再起の競争は敵に軍配が上がった。

 長く、そして速い軋音がメキメキと続き、炎を遮るように樹木が伸び出す。

 火球が炸裂し、役目を果たした樹木が引き戻される最中、僅かに静止したその先端に捕らえられていた物が私達の前に投げ落とされる。

 丸々ようにして地に伏せたそれは、餓鬼の魔物だ。

 

「餓鬼の....」

 

 西園寺さんがそう呟いた声がスイッチになったか、瘤のように転がっていた魔物が起き上がる。

 屍鬼のようにふらつくその皮膚からは無数の枝と幹が飛び出し、身体に巻き付いていく。

 鎧。武器。盾。痩せ細った肉体のどこにそれが隠されていたのか、全身を覆って余る量の樹に包まれた魔物。

 両の腕は不釣り合いな程に巨大な盾と剣に変貌し、その姿はさながら重装の騎士のようだ。

 

「な、何あれ」

「気を付けて....下さい。ただの餓鬼とは」

 

 くぐもった奇声を上げた魔物が変形した腕を叩き付けて此方を威嚇する。

 灰の水晶の魔術を発動すれば、目の前の餓鬼から強い反応が現れる。

 

「ィィイイ!」

 

 野太い唸り声を上げる魔物の後ろ、樹木の魔物は伸びた腕を引き戻し、果実と共に闇の中へ沈んでいく。

 

「あ、待て!」

「西園寺さん!」

 

 西園寺さんの声に餓鬼が彼女を向く。

 身を後ろに引いたそれは、スリングショットのように一直線に疾走し、西園寺さんに切迫する。

 

「いっ!?」

 

 彼女も咄嗟に鉄筋で防御するが、盾を突き出した魔物の攻撃は防御を容易く貫きその身体を吹き飛ばす。

 広場の柵に衝突し、倒れた西園寺さんに盾を突き付け、魔物は彼女の動きを封じる。

 

「西園寺さーー」

 

 魔弾の魔術を放とうと構えるより速く剣に変形した腕の先端が蠢き、糸が解けるように無数に先を割って伸び出し私の首に巻き付く。

 

「うっ....か!?」

 

 注射針のように鋭い痛みが喉元に食い込む。

 突如沸き起こる危機感に鞄の中のマギアコアを探る。

 

「『火....球』」

 

 燃える炎のイメージを確かめ、首に絡んだ樹木を掴んで魔術を発動すれば、指先の触れた部分が白煙を上げながら黒ずみ、朱い花のように炎が芽吹く。

 炎に触れた先割れた樹木は逃げるように私から離れ、主である魔物の剣へと戻る。

 

「ぐ....退けっての!」

 

 魔物の隙を突いた西園寺さんが盾を蹴飛ばし、靴の爪先を柵に絡ませて後転しその上へと登る。

 力任せに蹴飛ばされた盾の重心に押され体勢を崩した魔物を踏みつけ、彼女は手放した鉄筋を拾いそれの背に向き直る。

 

「....鎧を着たってだけじゃないみたいだよ!」

「は、はい!剣も変形するようです!気を付けてください!」

「了解!なら動く前に!」

 

 西園寺さんが鉄筋を振り上げて魔物に切迫する。動きを止めたそれのうなじに目掛けて鉄筋が叩き付けられる。

 

「ぐっ。硬い....なっ!?」

 

 魔物が地に突いていた盾を凪ぎ払うように振るう。

 後ろに飛び退いていた西園寺さんを盾の先が掠める。

 

  盾の勢いに乗り彼女に向き直った魔物は着地の隙に間合いへ踏み込み、その剣を突き出す。

 西園寺さんも咄嗟に身を捻って躱すが、剣の峰の瘤が膨れ上がり、破裂するように飛び出した枝が彼女目掛けて広がる。

 予想を上回る攻撃に西園寺さんの目が見開かれる。

 彼女を取り囲むようドーム状に伸びた枝が制服に突き刺さる。

 

「うっ!」

 

 カーディガンが赤く汚れ、動きが鈍くなる。

 

「痛いなこの!」

 

 引き下げた鉄筋で魔物の胴を突き、怯み後退した剣から伸びる枝を叩き割れば、彼女に向けて生えた枝はぼろぼろと崩れていく。

 距離を離そうと後退する彼女に向けて魔物は剣を向けて枝を伸ばす。

 

「『魔弾』!」

 

 剣先を狙い魔術を放つ。

 弾丸が枝の起点を貫き、西園寺さんに向けて続いていた凶器の道は砂のように消える。

 

「西園寺さん。こっちに!」

「ナイス結依。ありがとう!」

 

 西園寺さんと合流し、再び魔物に向き合えば、それも盾を身体の前に構え攻撃に備えているようだった。

 

「案外慎重派な奴みたい」

「他の魔物よりもずっと賢いのかも知れません。強化されているのは力だけではないのかも」

「やりづらいなぁ....さっきまでの奴らは暴れるばかりだから倒す方法は多かったけど、あいつは防御も万全。殴るだけじゃ鎧は壊せないし」

「枝に捕まった時に火球の魔術で追い払う事は出来ましたが、直接炎を当てての事だったので....動きも素早いですし、火球の魔術も投げるだけでは魔物に当てられないと思います」

「直接攻撃なら....か。でも、発火用の油は虫の魔物と戦った時に使い切っちゃったし....むぅ」

「さ、西園寺さんが火球の魔術を使ってみるのはどうでしょう」

「多分無理かな。魔弾の魔術も上手く使えなかったし、それより難しい魔術でしょ?」

「それは....はい」

「なら結依に任せるしかないと思う。でも、アタシも魔術を使うってのは良い考えじゃないかな。結依程の威力は出せないけど、あいつの気を引くだけなら出来るから」

 

 魔物に視線を向け、西園寺さんが鉄筋を構える。

 苦笑混じりの柔らかな雰囲気がびしりと引き締まり、声の調子もそれに倣い固く変化する。

 

「兎に角、結依にあの鎧を壊してもらうのが優先だね。とは言え、あいつがそこまで隙を見せてくるかも分かんないけど」

「な、何か作戦は....」

「先ずあいつと打ち合ってみる。それで隙を探るところからかな」

「そ、そんな無茶な」

「大丈夫。chevalierも虫の魔物も倒したんだし、今更怖がっても仕方ないよ。じゃ、行ってくる」

「西園寺さん。待っーー」

 

 制止の声が届くより先に駆け出した彼女にも驚く様子はなく、魔物は頑として盾を突き出した体勢を崩さない。

 彼女は腰だめに構えた鉄筋を盾に向けて叩き付けるが、それの半身を覆うであろう盾には当然に通用しない。彼女もそれを想定していたのか、勢いを止める事無く鉄筋を握る手に一層力を込める。

 

「破ッアアアアア!」

「ィイ!?」

 

 鉄筋を軸として魔物の背後へと回り込んだ彼女に、魔物は再び盾による凪き払いで応戦するが、防御の構えに持ち替えられていた鉄筋に逆に押し留められる形になる。

 

「結依!今!」

「ぇ....あっ!『火球』」

 

 あまりの早業に呆気に取られ、彼女の声に呆けていた意識を叩き起こされる。

 火球の魔術を発動し、右手に生じた炎を魔物に投げ付けるが、私と目を合わせた魔物は剣を胴の前に構え攻撃を防ぐ。

 直撃した魔術は魔物の剣を燃やすが、それが乱暴に腕を振り回せば瞬く間に消火される。

 

「くっ....」

 

 忌々しげに唸った魔物が西園寺さんを突き放し、私に向かい走り出す。

 鎧の重みに振り回される不恰好な動きだが、あるところまで接近したそれは、バネのように跳躍し一足で私までの距離を詰める。

 瞬く間に眼前まで迫った魔物。身構えるより先に視界を黒が埋め尽くし、魂諸とも弾き出されるような衝撃に跳ね飛ばされる。

 白と黒を行き来する世界の色を、背を打つ痛みが正す。

 

「いっ....ぁああ!」

 

 堪えようのない激痛に反り返った身体が一切の指令を拒絶する。

 葉の群れと空を眺める不気味な空に身体を引き摺る重い音と共に魔物が姿を現す。包帯のように幾重にも重ねて巻き付けられた樹木の鎧。縛られたかのような様は、それを常人の世界を追われた罪人の姿のように幻視させる。

 剣を私の顔に向けて伸ばす魔物。

 恐怖に支配された脳の命令とは裏腹に、視線はその先端に釘付けになる。

 光も発しない黒。閉じられた瞳のように静かに、しかし確かな命の気配を感じさせる不気味な存在感には、抗い難い何かがある。

 ぼこりと膨れあがる。

 眼が開く。そんな、呑気な想像が頭の中に広がる。

 

「え....」

 

 抜け落ちた危機感が取り戻された時には、噎せかえる程の禍々しい殺意が眼前に渦を巻くように存在していた。

 

「結依ッ!」

 

 吹き飛びそうになる意識を掬い上げる西園寺さんの叫び、守りに入るには手遅れの域さえとうに過ぎている。

 

「目....閉じてて!」

 

 肌にこびり付くようだった空気が真二つに分かれて消え、直後に切り裂くような風が顔の前で吹き荒ぶ。

 鈍い激突音に続き、腕に熱を持った感触が触れる。

 

「防御しといて!」

「え?」

「飛んでけえッ!」

 

 再び激しい速度で身体が移動したかと思えば、視界の下に展望広場が広がっていた。

 

「え....ええ!?」

 

 宙を舞っている。

 直前の西園寺さんの叫びを思い返し、すぐにその意味を理解する。

 投げられたようだ。空高く。

 

「待ってて!すぐそっち....行くから!」

  

剣を構えた魔物の頭上にまで跳び上がった西園寺さん。次の瞬間には背と足を支えられ、不格好だった体勢が正される。

 

「な....何が!?」

「結依、このまま落ちるよ!アタシがアイツを叩き伏せるから、結依はその隙に炎で鎧を焼いて!」

「っ!は、はい!」

「じゃ、先に行く。ごめんね、ちょっと痛いかも」

 

 西園寺さんの提案に火球の術式を浮かべ、右手に力を集める。

 彼女の手が肩を、足が胸を押す。

 その姿が私から離れる。折り曲げた腕を突き抜き、上体をそらせたままの魔物の顔面に拳が直撃すれば、それは仰向けに地に叩き付けられる。

 

「結衣ッ!任せた!」

「....はいっ!」

 

 掌に広がる熱。力を指の先へと向ければ、仄かな温もりだったそれははっきりと温度を感じる熱となる。

 私の姿を確かめた西園寺さんが横へと飛び退けば、動きを止めた魔物の姿が目に映る。

 

「行きます『火球ッッ!』」

 

 魔物を睨み、広げた手で顔を掴む。

 

「ーーふ!」

 

 しゅうしゅうと音を立てて指先から黒煙が上がる。細い枝の時とは違い瞬く間に熱が失われていくが、重なり合う樹木の鎧の底には届かない。

 吹き上がる炎。巨大な火柱が立ち上がる様をイメージに挿し込み、激流のような勢いで力を指先へと押し込んでいく。

 

「っづ....ああああ!」

 

 立ち上る黒煙が激しさを増し、指がずるずると刺々しい鎧の奥へと沈んでいく。

 襲い来る吐き気と眩暈に歯を食い縛り、右手に力を込めて奥へ奥へと押し伸ばしていけば、あるところでしわがれたな感触に突き当たると同時に魔物が激しくもがき出す。

 

息苦しさに揺らぎ掛けた身体を乱暴に押し退けられ、抵抗する力を失い地面を転がる。

 呻き声を溢す魔物。その音には絶対の守りを崩された動揺と、それを成した脅威への怒りが滲んでいるように感じられる。

 

「あ....ぅ」

「結依!」

「だ、大丈夫....です。それより魔物は」

「バッチリ効いてる!成功だよ結依!」

 

 穴の空いた風船のように、力が穴から穴へと一直線に流れていく。地に打ち付けた傷を手当てする余裕も無さそうだ。

 駆け寄って来た西園寺さんに寄りかかり、彼女に引かれ魔物から距離を放す。

 

「これで顔の鎧は剥げたみたいだし....アイツ、光には弱くなってるみたいだよ」

「....え?」

「う、あんまりそう言う気分じゃないよね。アイツ、結依に鎧を剥がされて、光が当たるようになったせいで苦しんでるみたいなんだ。きっと音と鎧で感じる動きからアタシ達を追ってたみたいだけど、目が眩んでそれどころじゃないみたい」

「つ、つまり」

「倒すのが少し楽になったってこと。だから結依は休んでて。後はアタシが何とかするよ」

「な、何とかって....そんな」

「大丈夫。任せといて。すぐ終わらせてくる」

 

 私の背中を優しく撫で、柔らかに微笑む西園寺さん。魔物から庇うように立ちはだかった彼女の手は赤く濡れていた。

 

「さ、西園寺さん!」

 

 思わず歩み出そうとした彼女の手を両手で握り引き留める。

 

「っづ....結依、そこは」

「ごっ、ごめんなさい!」

「....バレちゃったか。アタシもテンパってさ。さっきアイツを殴った時に鉄筋の持ち方間違えた」

「....せめて治療させてください」

「大丈夫だよ。結依の方が」

「お願いします。私にやらせてください」

「....分かった。お願い」

 

 しまった。とでも言うように苦笑して、彼女は私の前に屈む。

 西園寺さんの手に重ねた掌に力を伸ばせば、時間と共に彼女の手の血色が暖かな色を取り戻していく。

 

「よし。これで楽になったかな。ありがとう、結衣」

 

 今度こそと立ち上がった西園寺さんは鉄筋を拾い上げ、魔物へと駆け出す。

 彼女には後できっちりと謝らなければならない。いくら慌てたからと言って、自分の使う武器の持ち手を間違え、それを怪我を承知で持ち直しもせず攻撃する事など信じられない。

 

「西園寺さん....」

 

 動きの自由を奪われた魔物は、盾と剣を振り回して西園寺さんを牽制し、その隙に切り込む攻撃も守りを失った弱点には届かない。

 鉄筋の重みに加え、連戦による疲労は西園寺さんの動きを鈍らせていく。

 やはり無理のある戦いだ。このまま続けば彼女は隙を突かれて殺されてしまうだろう。

 

「わあああ!」

 

 へたり込んでいた身体を起こし精一杯に叫び声を上げれば、魔物の動きが変化する。

 西園寺さんの攻撃を盾で受け止め、残った右腕の剣を私へと向ける。

 枝伸ばしの攻撃を構えているのだろう。

 逃げろ。と煽る本能を無視し、回復した力を指先に流す。

 

「結依。逃げて!」

 

 破裂する剣身。決して逃がさないとばかりに複雑に分かれた枝の群れが身体に突き刺さる。内側へと伸び出す鋭い痛みに全身が痺れる。

 急速に縮み始める枝は、バキュームのような速度で私を魔物に向かって引き寄せる。

 脳内に二つのイメージを浮かべ、魔術を発動する。

 五指の先に火が灯る。マッチ棒のように炎を揺らめかせる手を獣の爪のように折り、迫る魔物に向けて振りかぶる。

 

「はあああっ!」

 

 魔物を目掛けて手を振り下ろせば、肩口に触れた指が黒煙を吹き上げて魔物の鎧を焦がしていく。

 

「結依!」

「任せてください!鎧を....焦がします!」

 

 鉄筋を抑えたままの盾で私を妨害する事は出来ず、なす術の無い魔物の鎧は力を込める程に深く広く焦げ落ちていく。

 腕を振り抜けば、魔物の胴体には薄朱色に燻る黒焦げた傷跡が残りそれはさながら巨大な獣に切り裂かれたように見える。

 魔物が仰け反った隙に間に割って入った西園寺さんが鉄筋を胴体に打ち込む。

 びしびしと亀裂の入った樹の鎧が砕け、痩せ細った魔物の身体が露になる。

 

「喰らえッッ!」

 

 引き戻した鉄筋を再び受けた魔物は、生身の肉体に攻撃を受けて大きく後退する。

 垂らした顔面からは赤黒く渇いた血が溢れ、それまで鉄の像のように不動であった魔物には決定的な一打になったようだ。

 

「しぶとい....でもこれで、終わりだ!」

 

 かち上げるように魔物に突き立てられた鉄筋は、その胸の中心を狙い澄ましていた。

 

「....っあぁ....疲れたぁ」

 

 魔物の動きが止まったのを確かめ、西園寺さんは地面に座り込む。

 吐き出される深い息がその安堵を表している。

 鉄筋の上で項垂れた魔物は、半開きになった口から唾液のように血を垂らしている。

 

「もう....動かないようですね」

「流石にね。心臓突かれて生きてたら流石にお手上げだよ」

「ま、まずは傷の手当てを」

「うん。お願い」

 

 傷の手当てを始めてすぐ、携帯電話が呼び出し音を鳴らす。

 

「ん?リッジから?」

「すみません。すぐに出ます」

「了解。あとの傷はアタシが自分で治すよ」

 

 画面を操作して応答すれば、弾んだ声色のリッジさんの声が聞こえてくる。

 

「よう、少し前に最後の反応が消えたのを確認したぜ。こっちも公園内に工作を仕掛けられたし、これであのデカブツの力も弱まった筈だ」

「そ、そうですか。それは良かったです」

「ふむ。どうやら随分と苦戦させられたみたいだな。息も上がってる」

「それはもう。魔物の群れに襲われて、倒したと思ったら今度は樹の魔物が現れて反応の元だった果実を奪って行っちゃったんだもん。損した気分」

 

 手当てを終えた西園寺さんが愚痴を溢すと、電話越しのリッジさんがけけっと笑う。

 

「いいや、案外そうでもなさそうだぞ。特にお前にはな。紗姫」

「アタシに?」

「リッジさん、それはどう言う」

「まあ、現場で見せるとしようじゃないか」

 

 突然それらの声が二重になって前後から聞こえ始め、驚きに身体が爆発するように震える。

 

「り、リッジさん!?」

「ひいっ!?」

「よう、お前達のおかげで自然公園の修復も進んでな。言っただろう?工作を仕掛けられる程度にはな....紗姫....いや、悪い」

「笑うな!忘れろ!」

 

 胡座をかいたままの体勢で文句を叫ぶ西園寺さんにリッジさんが笑いを堪えている。

 

「ゴホン....で、得って話だが、紗姫、そいつの腕を持っておいてくれるか。ほい、これグローブな」

「ぶっ....う、腕?この剣の事?」

 

 顔にぶつかった作業用の厚手のグローブをはめた西園寺さんが、剣に変化した魔物の腕を持ち上げる。

 それに近付いたリッジさんが剣を指先でつつき、よしよしと頷く。

 

「そのままだぞ。稲原区で俺達の力が回復している。復活まであと一息ってところを見せてやるぜ?」

「じゃ、アタシ達にも手を貸してくーー」

「そい」

 

 リッジさんの腕が魔物の腕と同じ剣の形に変化し、剣になった魔物の腕が切り落とされる。

 数秒のうちに起きた出来事に準備を整えていなかった西園寺さんは剣の重さに身体を引かれて地に膝を突いて崩れる。

 

「うっ!?おっ....もい!?」

「これでよし。どうだ紗姫?証明にはなったか?」

「予告も無しにやらないでよ。怪我するじゃん!」

「む、それは悪かった。だが、この腕があればお前の役に立ってやれるぜ?」

「使えるって....こんな物が?」

「そう、こいつを改良してやれば、お前もその使い勝手の悪い鉄筋から卒業出来る」

「卒業....もしかしてこの剣がアタシの剣になるって事!?」

「正解。一度拠点に戻らないとならないが、そうすれば晴れてお前も勇者御用達の剣を手に入れるって話だ。どうだ?ワクワクするだろう?」

「それは、確かに....」

「魔境全体の復活にも一歩前進。樹木の魔物との戦いも間近。気合いが入るな。完璧な武器で送り出してやるからな。期待しててくれよ」

 

 魔物の死体を担ぎ上げ満足げな様子のリッジさん。上機嫌に護衛を申し出るそれに付いて拠点への道を辿るのだった。




樹木の魔物との衝突は目前。未知の世界。新たな力を手に、二人は稲原区解放へと向かう。
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