ココロネ・リンカーネイション   作:rippsan

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近付く樹木の魔物との決戦。
二人を待つ脅威の全貌とは。


魔樹狂繁

 いつか見た世界。硝子のアーチに守られた深海を思わせる青いトンネル。外側を浮遊する白い物体や気泡が濃紺の世界を光のように彩っている。

 

「ここは....夢の」

「お疲れ様。結依。ついに『魔人』との戦いだね」

「メディさん。お久しぶりです....ええと、魔人と言うのはあの樹木の魔物の事でしょうか」

 

 奇妙な浮遊感に足下の不自由を感じていると、霧が人の形を為すように前方からメディさんが現れる。

 私とそっくりな声に、録画された自分の映像を見せられているようで気恥ずかしく身体が熱くなる。

 それが口にした『魔人』について問いかければ、正解と言う答えが返ってくる。

 

「あの魔物は人間から産まれた存在....人間が魔物になったと言うのが分かりやすいかな。だから魔人。私達はそう呼んでいるの」

「に、人間が魔物に?」

 

 突如として姿を消した男と、同時に姿を現した樹木の魔物。

 否定したかった仮説が事実であるとメディさんにきっぱりと言い切られ、にわかに抱いていた希望が萎み、酷くやるせない気持ちへと変化する。

 

「ど、どうしてメディさんはあの魔物が人間だと?」

「貴女の目で見た事を考えれば自然だと思うけれど?それに、あの変化は貴女にも起こり得る反応。それは私達が一番よく知っている」

「私達にも....起こり得る?」

 

 答えの中に混ぜ込まれた事実に動揺し、本来の質問を忘れてその言葉の意味を問い掛ける。

 メディさんもまた、その反応を予測していたように静かに答える。

 

「そう。あれ以上か、あれ以下かは分からないけれど、貴女にもあんな魔物になる可能性は有る」

「そ、そんな....」

「あれは特異点の力に呑まれた人間の末路。元になった人間にどんな経緯があったのかは分からないけれど、特異点の力を使い続け、身体の汚染が限界に達してパームミスリルに乗っ取られたんだと思う。前に話した事は覚えている?貴女が貴女ではなくなるって話」

「は、はい。特異点の力を使い過ぎる事の代償....でしたよね」

「そう。それが起こったのがあの魔人。想定していた形とは違っていたけれど、怪物の姿になる事も変化の一種だと思う」

「....」

 

 人間から怪物への変貌。物語の世界の出来事だと思っていた非現実を目と鼻の先で目撃したそれは、自身の立たされている危機と警告された事態その物であった。

 色、音、臭気、凄まじい衝撃に刻み込まれた記憶が生々しく再演され、激しい痛みを伴い全身が総毛立つ。

 自分が、或いは西園寺さんが、あの禍々しい変化を遂げ、人間であることを捨てるのかと思えば、途端にそれまで何とも感じていなかった未来が恐ろしく見えてくる。

 

「メディさん....私は、どうなるんでしょうか」

「今はまだ危険な場所には居ない。でも、時々貴女自身が苦痛を感じる程に特異の力を使う事があるみたい。でもそれは良くない事。今以上に続けていけば、貴女の身体は私達に呑まれていく事になる」

「....はい」

「魔人のようになるのが怖いのなら、自分の事だけを考えて戦うべきだよ。貴女は西園寺紗姫を救う為にも度を越した力を使うけれど、それが人間としての寿命を縮める事になる。何もかもを持って生きていける程、この世界は優しくないよ」

「....できません。西園寺さんは私を友達と言ってくれました。それに、私を助けてくれました。私が巻き込んだ事なのに、西園寺さんは自分を後回しにしてでも戦ってくれたんです。あの時もそうです。私を守りながら魔物を引き剥がす為に....そんな人を」

 

 私に突き付けられた魔物の剣を跳ね上げた彼女の手には血の流れた痕が残っていた。

 彼女は持ち手を間違えたと言っていたが、本当にそうだっただろうか。

 鉄線の巻かれた先端を握り、本来の持ち手を使い剣を叩く。計算して動いた事でもなければ、咄嗟の行動でそんなミスは起こり得ないだろう。

  

「....貴女ならそう言うよね。私達も分かっているし、それを否定はしない。でも釘を刺しておかないと、どこかで想像の付かない事をしそうに見えたから。悪く思わないでね」

 

 引き締まった表情を崩し苦笑したメディさん。私の考えを理解はしてくれたようだが、歯に何かが詰まったような複雑な表情はそれの不安を浮かばせていた。

 

「それで、他にも貴女から聞きたいことはある?次に会えるのがいつになるか分からないし、これからの事もアドバイス出来る事なら答えるよ」

「....で、では、その....魔人。について」

「魔人だね。今言ったように、あれは人間がパームミスリルの力に呑み込まれて変貌した怪物。パームミスリルに乗っ取られることで特異の力が強まっている。それにあそこまで変わってしまえば特異を抑える必要もない。力は貴女達の比にならないよ。さっきの魔物との戦いで経験したとは思うけれど、魔人の樹皮はそれよりずっと硬い。変貌したばかりの時には貴女の攻撃が届いているのを途切れ途切れに見ていたけれど、身を隠しているうちに樹皮は固まっていると思うし、魔弾で叩くだけじゃ意味はないと思う」

「そ、それだと私は」

「火球の魔術がある。魔弾よりも力の消費は激しいけれど、樹皮を焼けば確実なダメージを与えられて、お友達にも攻撃の機会を作ることが出来る」

「それは、餓鬼の魔物と戦った時のように鎧を破壊すると言う事でしょうか」

「そんなところかな。貴女の前から逃げ出した後、魔人の体内に強力な反応が現れた。それが魔人の力の源。人間で言う心臓になる部分だと思う。」

「な、なるほど」

「その反応は右の腕にあって、それを壊してしまえば、魔人を倒す事が出来る。魔物との戦いを見れば、貴女の魔術はその鎧を破壊して核を炙り出す為に使う事が出来る筈」

「つまり、倒し方は魔物との戦いと同じ....で良いのでしょうか」

「おそらく。でも相手は魔物じゃない。不完全な状態から成長し、加えて果実の一つを奪って力を得ている。この作戦が通用するかは分からないから、提案の一つとして覚えておく程度にしておいて」

「わ、分かりました」

「....さて、そろそろ貴女が目覚める時間かな。頑張ってね。私達も応援しているから」

「は、はい」

 

 

 話し声と工具のような音に瞳を開ける。

 部屋の中に人の気配は無く、西園寺さんは部屋の外に居るのか、耳を澄ませば声はリビングの方から聞こえてくる。

 

「そう....それを頼む」

「これをここに?て言うか何でアタシが」

「まあまあ、過程を見るのも楽しいだろう?もう少しだ。もう少し」

「むぅ」

「西園寺さん?リッジさん?」

「あ、結依。おはよう。ゆっくり眠れた?」

「は、はい....それは?」

「アタシの新しい武器だよ。魔物から切り取った腕があったでしょ?アレをリッジが改造してくれてるんだ」

「もう少しで完成なんだが....そうだ結依。お前も」

「絶対ダメ!アタシがやるから余計なこと言わないで!」

「おぉ....なんだ随分と気が変わるのが早いじゃないか」

「あ、アタシの武器なんだから当然でしょう!」

「なら、引き続き頼むぜ」

「え、ええと。なら私は飲み物を用意しておきますね」

「良いじゃないか。是非頼む。ああ、発電機は調整しておいたから湯沸かしでも何でも好きに使ってくれ」

「分かりました。西園寺さんも何か飲みたい物は」

「あるなら緑茶が良いな」

「俺達もそれで頼む。人間世界の飲み物はどれも旨そうだ」

 

 冷蔵庫の脇に置かれた袋を覗き、中からパック入りの緑茶の袋を取り出し、お湯を沸かし三人分の容器に注ぐ。

 

「よし、これで完成だ」

「やっとか。ああ、疲れた」

「どうだ紗姫。持ってみるか?」

「み....先に休憩。お茶が冷めちゃうし」

「そうか。まあお楽しみは後に取っておくとしよう。さて、俺達は一足先にお楽しみの時間と行こうじゃないか。結依。緑茶ってのは見つかったか?」

「は、はい。こちらに」

「ふむ。じゃ、早速いただくとするか」

 

 リッジさんは取っ手に指を通し、ぐいと一息に中身を飲み干す。

 

「わっ。熱くないの?」

「熱くはないが....うーん。これが渋いって味か。よく分からん」

「な、なんと言うか....ダイナミック。ですね」

 

 リッジさんに続いて私と西園寺さんもマグカップを口へ運べば、目覚めて間もない身体を緑茶の熱と渋い味わいが潤していく。

 

「ふぅ。やっぱリラックスにはこれが一番だよ」

「そうですね」

 

 万全な環境を敷かれているものの、非現実の中で満足に休まらない身体には『当たり前』と言う事が特効薬のようで、リッジさんの力で再現された二十年前のお茶の一杯でさえ、すり減らされた心に安らぎを与えてくれた。

 

「さて、結依も揃った事だし、自然公園解放の最後の一手について相談しようじゃないか」

「....だね。あの魔物を倒せば、稲原区の解放に繋がるんだよね」

「そうだ。この一帯に根を張っているのはあの魔物で間違いない。あいつが力を完全なモノにしてしまえば、これまでの努力が水の泡にされる可能性もある。状況は最良とは言えないが、尚の事何としてもここで畳み掛けなければならない」

「そ、その事なんですけど、前に話した夢の話が」

「ん、俺達と同じ奴に会ったって話か。今度は何を聞いたんだ?」

「まず、あの魔物の事は『魔人』と、そう呼んでいました。他の魔物より強力な個体だからだと思いますが、私もそう呼ぼうと思います」

「ふむ、魔人ね。確かに、他の魔物と同じじゃ不便だしな。ここはその魔人って名前で統一しようぜ」 

「ありがとうございます。そ、それで魔人の倒し方についてですが、大きくは鎧を着た餓鬼と同じ戦いになるだろうと言われました」

「でも、あの魔人が成長しているなら、魔弾も火球もどれだけ効果があるか分からないよね。現れた時はダメージがあったように見えたけど....」

「はい。それに果実を一つ奪われた事で、そのエネルギーで力を増しているだろうとも....そこでです 」

 

 メディさんの会話と同じように、西園寺さんが魔人との戦いの懸念を挙げる。

 メディさんが言っていたリッジさんが魔人との戦いに向けた準備をしていると言う言葉について聞く為、リッジさんを見る。

 

「リッジさん。自然公園に何か仕掛けをしていると言っていましたが、何か策があるんでしょうか」

「お、良い質問だな。結依の言う通り、自然公園内には魔人を倒すための工作が用意してある。それも説明しておくか」

 

 笑顔を浮かべるように輪郭を歪めたリッジさんが自然公園の地図を広げる。

 

「魔人は姿を現してすぐに中央の湖に向かい、張られていた水を吸い上げ始めた。あの果実の力を取り込むには相当のエネルギーを消費するんだろうな。今頃殆どの水は奴に吸い出された後だろう。そいつが今回の作戦の要。俺達はそれを利用して奴を弱体化させる」

 

 中央の湖を爪先で指しながら説明をした後、リッジさんが声色を高くして輪郭を歪める。

 

「弱体化させるって、水を枯らすにしてもアタシ達が戦う頃にはその水も無いんじゃ」

「そう。だから新しい水を送り込んでやるのさ。たっぷりの『毒水』をな」

「ど、毒水....」

 

 悪戯っ子のように短く笑うリッジさんに、西園寺さんが眉を歪めて質問を投げると、予想通りの反応が返ってきた事に気分を良くしたのか、それはさらに面白そうに笑いながら用意していた策を明らかにする。

 毒を使って攻撃する。想像すればゾッとするような策だが、炎が通用するかも怪しい敵には有効な手段だろう。

 

「そう、外の皮がどれだけ固かろうが、内側から壊してやればひとたまりもないだろう?」

「確かに、火球も無限に使えるわけではありませんし、力の節約が出来るなら私達にも余裕が出来ます」

「だろう?」

「むぅ。取り敢えず作戦は分かったけど、それをどうやって実行するの?自然公園に毒物なんて無かったと思うけど」

「そこは安心しな。お前達が持って帰ってきた除草剤があっただろう。それを複製して湖の底に埋め込んできた。中身が溢れ出せば、たちまち水に混じって毒薬の完成ってワケさ」

「そ、そんな物....よく思い付くね」

「二つ目の果実を破壊しに餌を仕掛けた時にピン!とな。虫の群れが果実に食い付いているのを見たら、餌を毒にしてやれば罠になるんじゃないかと」

「す、すごいです」

「へへん、まあな。と言うわけで、こいつがそのスイッチだ。湖に仕掛けた毒薬のタンクには爆弾が取り付けられている。スイッチを同時に起動するとそいつがドカンと爆発。地面から溢れた毒薬が水と混ざるって計画だ。ああ、スイッチが二つあるのは安全のためだ。誤操作が無いようにな。お互いの安全を確保してから使ってくれよ」

「了解。なんかスパイ映画みたいじゃん」

「さて、次は相談になるが」

 

 リッジさんが地図の上に小さな起爆スイッチを置く。

 西園寺さんと私がその一つずつを受け取ると、それは次の話題に移る。

 

「問題は毒を吸い上げさせる方法だ。その為には魔人を消耗させる必要があるが....」

「まあ、魔物と戦うのとじゃわけが違うよね。あの餓鬼とも比べ物にならないと思う」

「今のまま戦うのは当然無謀な策だ。今渡した爆弾のスイッチもそうだが、他にもお前達に新しい武器を用意している。紗姫にはこの剣を、結依には....このマギアコアだな」

 

 ソファの傍らに立て掛けた剣を叩いたリッジさんが私の前に青い水晶玉を置く。

 

「役に立つかは分からないが、一応見つけたから渡しておく」

「新しいマギアコア。これは....水の魔術でしょうか」

「見るからにな....あまり良い拾い物じゃないな」

「いえ、ありがとうございます」

 

 火球の魔術も、はんだのように魔物の鎧を剥ぐ武器となった。この魔術にも何か可能性があるはずだ。

 

「紗姫の剣は魔物の腕を人間が扱う為に改良した物だ。威力は鉄筋の比べ物にならないが、その分重量も桁違いだ。特異点の力無しに人間の力で振り回すのは無理だろう」

「見た目からしても木の塊だし。丸太を持ち上げるくらいの力は必要ってことだよね」 

「まあそんなところか。試し斬りがしたいなら....と言いたい所だが敵は待ってくれない。お前達の体力が万全なうちに向かうとしよう。入り口まで俺達のトンネルを使って送って行く。そこからは別行動だ」

「分かった。って、リッジもまだ何か用があるの?」

「まあな。兎に角行こうぜ。心の準備は移動中に頼むぜ」

 

 

「さて、健闘を祈るぜ。終わったら生きて会おう」

「あんたも死なないでよ」

「ありがとうございます。リッジさん。また後で」

 

 辺りを見回せば。そこはさながら密林のように四方八方を深緑の植物が埋め尽くしている。洞窟と大差ないほどの暗がりに感覚が呑まれ、トンネルの中の浮遊感が足下を不安定に波打たせているように思える。

 

「じゃ、急ごう、結依。魔人が動く前に先手を打たないと」

「はい」

 

 地面に這う枝や蔓を避けながら早足で自然公園の中央へ進む。

 埋もれかけた破壊痕だけがかつての原型を示す世界は、そこが話に聞くアマゾンのジャングルかのように感じられる。

 

「全然前に進めない....。リッジも湖の手前まで運んでくれたら良いってのに」

「....」

 

 暗い森を抜ければ、そこにはおぞましく変貌した世界があった。

 枯れた水面の代わりに渇いた地表を埋め尽くすのはおびただしい量の根。元をたどれば、絡み合い岩のように肥大化した根上がりの先、巨大な樹木が我が物顔で湖の中央に陣取っている。

 それが自然公園に伝わる神木であったなら良かったが、そんなありがたい存在を目にした記憶はない。

 目の前にあるのは他でもない魔人の肉体だ。

 べりべりと外皮の剥がれる音を鳴らし、それが緩慢な動きで私達を見据える。

 

「っ....」

「流石に先手を打ーー」

 

 歪に伸び上がった冠のような登頂。その僅か下に空いたがらんどうの穴に白い光が灯る。

 声を途切れさせた西園寺さんを見るより先に、その理由を理解した。

 針のような殺気が身体を突き抜け、身体が強張る。

 頭を振って魔人を睨み付けた西園寺さんの手に巨大な剣が現れる。

 

「っ....おっも。結依。アタシが先に行くから、隙を見て火の魔術で支援をお願い」

「....はい」

 

 剣に引かれていた西園寺さんの体勢が整えられたかと思えば、彼女は瞬く間に湖畔の柵に足を掛けて魔人へと跳躍する。

 

「喰らえッ!」

 

 振り抜かれた剣は魔人の外皮を切り開く。

 続いて魔人の身体に張り付いた西園寺さんが外皮に剣を突き立てる。固い音を立てて皮に沈み込む灰混じりの茶色剣。

 取り付いた彼女を嫌った魔人が腕を上げて振り払おうと暴れ始める。

 

「うわっと!?この....大人しく!?」

 

 魔人の抵抗に剣を引き抜いてその身体から離れた西園寺さんが枯れた湖の底に着地する。

 遅れて柵の前に到着すれば、西園寺さんも湖底から跳躍して私に合流する。

 

「結依。湖に降りるのは危険だよ。あそこには樹の槍が隠れてる。着地した途端下から突かれて殺されちゃうよ」

「そ、そんな。それでは攻撃の手段が」

「もどかしいけど、一撃毎にここまで退いて戦わないと」

 

 想定外の問題だ。火球の魔術は手投げ弾のように投げ付ける攻撃手段であり、魔力の力を利用して発射する魔弾の魔術とは異なり私自身の力が大きく影響する。

 枯れた湖に降りて接近して戦う策を考えていたが、西園寺さんの言葉通りならば、この下に降りた途端樹木の槍に追い回される事になる。

 攻撃そのものは魔人と遭遇した際に受けた物と同じだろうが、魔人が力を増した今となっては過去の体験は役に立たないだろう。

 

「魔人が近付いたタイミングで攻撃を仕掛けるのがベストだよね。結依の魔術もそうすれば届く筈だし」

「で、では西園寺さんは」

「いつも通り陽動役。と、言うところだけど、今回はアタシも戦えるから攻撃も任せてよ。アタシの剣も魔人に通じてるみたいだし、これなら結依のサポートも出来る」

「ほ、本来なら私が支援する側なんですが.....すみません」

「ううん。魔術が使えないアタシも助けられてるからお互い様だよ。じゃ、行ってくるよ。魔人も待っててくれないみたいだから」

 

 西園寺さんは横目で魔人を確かめ、剣を構えて柵を乗り越えて行く。

 迎え撃たんと魔人も身構えるが、弾丸のように突進する彼女は鈍重な動きをすり抜け剣を魔人の腹に突き立て、外皮の凹凸に手を掛けて再びその身体に取り付く。

 剣を引き抜き、背後に回った西園寺さんは振り上げた剣を魔人の背に突き立てる。

 大きく身体を振って暴れる魔人の足からめきめきと破壊音が鳴り、地に固定されていた身体が動き出す。

 

「うわっとと。動き出した!?」

「西園寺さん!魔人の足が!」

「くうっ....」

 

 魔人の肩を蹴って跳躍した西園寺さんが私の近くに着地する。

 外皮の軋む音が鳴り、拘束を解かれた魔人が私達に向けて腕を伸ばす。

 

「結依。来るよ!」

「っ。はい!」

 

 魔人の腕が炸裂し、尖塔の如き樹木の塊が伸び出す。

 私と西園寺さんが飛び退いた後を、柵諸とも巨大な槍が貫き、土と木屑の混じった残骸が舞い上がる。

 

「うっ....ぐ....」

「ゲホッ....うぅ」

「....依!」

 

煙幕のように広がった土煙に噎せかえる中、西園寺さんの声が聞こえたかと思えば、激しく割れる樹皮の音を伴い薄茶色の幕を裂いて樹木の槍が現れる。

 

「....え」

 

 樹が首筋を掠めたかと思えば、背後でぴしりと小さな音を鳴らして再び視界に姿を現す。

 ぴしぴしと亀裂音を響かせるそれはやがて鞭のように柔らかに折れ曲がり、突如私の首を締め上げる。

 

「っか!?」

「だから....結衣に、触るな!」

 

 

 枝が真っ二つに断たれ、私に巻き付いていた先がぼろぼろと崩れ落ちる。

 解放された私を西園寺さんが抱き抱え、煙の中から飛び出し、背後では再び亀裂音が鳴り砂を破った樹の槍が私達を追って伸び出す。

 

「それなら....『火球』!」

 

 西園寺さんに抱えられた状態で魔術の炎を投げることは出来ない。ならばと脳内のイメージをコンロから火炎放射器へと切り替える。

 弾けるように産まれていた炎は私の命令を待たず伸ばした掌から一直線に吹き出し、迫る樹を呑み込む。

 

「結依、大丈夫!?」

「ケホッ....はい。西園寺さんも準備を!」

「分かった。行ってくる!」

 根を張るようにして地に刺さった大槍状の樹はがっちりと固定されており、西園寺さんは柵を足掛かりに伸び出た樹に乗って魔人に向かい疾走する。

 太い幹を駆け抜ける西園寺さんの前、ごきごきと音を立てて捲れ上がった外皮がバリケードのように行く手を阻むが、彼女もそれに瞬時に反応して外皮の凹凸に指を滑り込ませ、身長を越える高さの壁をパルクール競技のように軽々と突破する。

 特異点の力をもってすれば、いくら魔人と言えどそれを突破する事は不可能ではないようだ。

 

「すごい....!」

 

 学校生活でも様々な部に助っ人として参加し、決まって入部の勧誘を受ける。体育の評定は決まって最高評価。

 学内でも類い希な身体能力を持ち、それが人気者たる所以の一つである西園寺さんの力に思わず現状を忘れた感嘆の声が漏れる。

 瞬く間に魔人へと接近した西園寺さんが剣を握り、その肩口に向けて振り下ろす。

 無防備な身体に振るわれた剣は魔人の外皮を深く切り開き、それまで声を発することのなかった魔人から地鳴りのような轟音が響く。

 全身が崩壊するような激しい音を立てるそれは、人や獣の声に似ているようにも思える。おそらくその唸り声のようなモノが、魔人の絶叫なのだろう。

 

「や、やった!」

 

 魔人の身体を揺るがす大きな一撃に心に影を落としていた不安が風に煽られたように消えていく。

 私達の攻撃がそれに届くと言う確かな手応えは、それまで見えなかった光明を戦いにもたらした。

 

「結依。そっち向かわせるよ!」

「はい!任せて下さい!」

 

 西園寺さんが魔人の頭部に登り、冠のように刺々しく伸びた外皮を掴めば、それは再び邪魔物を振り落とさんと暴れ始めるが、対する西園寺さんもそのてをがっしりと握ったまま離さない。

 大きく身体を反らした魔人が槌のように勢いよく頭部を振るうと、その身体は石に躓いたように情けなく前方へよろめく。

 

「今!」

「はい『火球』!」

 

 運動の才能がからっきしな私の力では満足に攻撃を届かせる事は叶わないが、魔人との距離が近付いた今なら射程距離から魔術を放つことが出来る。

 手中に生じた炎を構え、強化した腕に全力を込めて投擲すれば、燃え盛る炎の球は魔人の頭部に直撃し、パチパチと音を立てて外皮を焼いていく。

 

「よっし。どうだ!」

「こ、これなら....」

 

 魔人から離れ、誇らしげに声を上げる西園寺さん。

 身体の焼ける苦痛に叫ぶ魔人は乱暴に燃え上がる頭部を叩き、炎が消えたのを確かめると、両の手を重ね私達に向けて伸ばす。

 

「な、何を」

 

 爆発のように膨れ上がる魔力の反応。僅かにしかそれを感じ得ない私にもはっきりと伝わる勢いに、全身が総毛立つ。

 ばり。聞き覚えのある音が耳に届いたかと思えば、瞬く間もなくそれはけたたましい音を連続させ、蠕虫(ぜんちゅう)の魔物が口を開くかのように堅牢な幹が割れ広がる。

 広がる黒が視界を覆い、狭まる世界に不安が湧き上がる。

 

「っ....『障壁』!」

 

 咄嗟に魔術を展開すれば、真二つに割ったような卵の殻のような光の壁が私と西園寺さんを守り広がる。

 魔人の動きに身構え、研ぎ澄まされた聴覚を刺す異質な音。それを確かめる間もなく割れた幹が後方の地面に突き刺さる。

 吸い込まれるような闇の中からぱらぱらと礫が飛来する。攻撃と言うにはあまりに弱く小さなそれに気を引かれ、意識が逸れた直後、礫を追った視界の外が暗く陰った。

 

「ユーー」

 

 掌に触れる感触。一瞬の時も待たず身体が風になったかのように吹き飛ぶ。全身を強く打つ痛みと同時に薄暗がりから飛び出した世界はぐるぐると回転し、やがて数度地を跳ねて止まる。

 打ち付けた頭のせいかガラス窓を拭くように視界が左右に歪み、激しい耳鳴りが残されたあらゆる感覚を阻害している。

 視界の曇りが消える頃には、ドーム状に広がる魔人の殻が新たな無数の枝の槍を伸ばし始めているところであった。

 

「っ....」

 

 振り上げようと意識した右腕はそれが失われたかのようにぴくりとも動かず、呆気に取られる間に枝の槍は私との距離をぐんと詰めていた。

 絶望と疑問の混ざり合った奇妙な感情が脳から滲み出し覆い隠すように支配していく。

 

「....」

「結依ッ!」

 

 地を揺らす衝撃と鼓膜を叩く音。野蛮な目覚ましの音に手を離れていた意識が戻れば、すぐ隣で西園寺さんが私を呼ぶ声がする。

 

「....西園寺さん?」

「結依!?良かった。もうすぐ腕は治るから。アタシに任せてここを離れて!」

「う、腕?....私は何を」

「説明は後。ここはもう穴だらけで戦えないし、魔人もあんな大技使えば暫くは動かないはずだから」

 

 バキバキと連続する炸裂音は突き立てられた剣が枝の槍を砕く物であるらしく、彼女は打ち付けられる枝の重みに顔を歪めている。

 

「兎に角....ダメージは与えたし、一旦建て直すよ」

 

 右腕に彼女の手を感じ、じわじわと取り戻されていく痛みに歯を喰い縛る。

 

「よし、合図したら走って。槍はアタシが引き受けるから、結依は逃げる事に集中して」

「は、はい」

「....今!」

 

 西園寺さんの声に力を足に集中させ、柵に添って岸を走り出す。

 魔人は逃げ出した私の姿を目で追い枝の槍を打ち止めるが、隙を突いた西園寺さんが突き刺さった外皮に斬りかかり、それはたまらず重ねていた腕の構えを解く。

 両手の自由を取り戻した魔人は再び私を狙い丸太のような指先から枝の槍を放つが、同じく防御を解いた西園寺さんが間に割り入って群れを絶ち切る。

 

「お待たせ!」

「西園寺さん。次は何処へ」

「あそこの管理小屋。湖が枯れたままならアイツは水を求めて移動する筈。リッジの用意した毒薬を取り込ませるには、アイツをこの場に留めないといけない」

「管理小屋になら水門を開く何かがあると言うことですか?」

「多分そうじゃないかなって。兎に角急ごう」

「な、なら西園寺さんは中の探索をお願いします」

「え!?駄目だよ。それはアタシの仕事だから結依は中でスイッチを」

「魔人の狙いは私です。敵意が向いている限りは、私への攻撃に集中していてくれるはずですから」

「う....分かった。けど無理しちゃ駄目だからね。治療したとは言っても右手が完全に使える訳じゃないんだから」

「はい。任せて下さい」

 

 湖の内側に向けて張り出た場所にある管理小屋は魔人との距離をより近付けており、それはぎらぎらと滾る眼孔で私を見据える。

 バチバチと弾ける殺気が通り過ぎ、のしかかる全身を押し潰すような刺々しいプレッシャーに身が縮まる。

 震え出す身体に力を流し、垂れ下がりそうになる拳を引き留める。

 魔人が両の腕を持ち上げ、その指先を私に向けて伸ばす。

 外皮の音が連続し、大量の枝がその手から伸び上がる。傷付いた硝子板にヒビが入るようにそれは広がり、翼のような形を作りながら緩やかな軌道を描いて私に迫る。

 

「....」

 

 私の『障壁』の魔術を警戒しての攻撃だ。

 防御までの時間は十分にあるが、広範囲を守る為の技で無い以上、光の壁があったとして、どうしても一度に対処出来る攻撃には限りがある。同時に幾つもの攻撃を受けることは出来ない。

 『火球』の魔術をイメージし、手中に生じた炎を握り潰し、左から迫る枝の群れに向けて投擲する。

 ばらばらに散った小さな火の粉が触れた枝の槍を焼く。焦がされた枝先は瞬く間に崩れ、修復され新たに伸びる枝によって押し出されていく。

 挟み込むように打ち出された枝の槍だが、炎に焼かれた槍との距離は開いており、到達には時間差が生じている。

 迫る枝の槍を見据え、その穂先が私を捉え、加速するのを確かめ、前方へと飛び込みその下を潜り抜ける。

 床を転がり柵に衝突し、背を預ける形で迫る枝に光の壁を展開する。

 厚く延べた壁は枝の槍を次々と砕き、枝の挟撃は失敗に終わる。

 

「よ、よし!」

 

 攻撃を凌いだところで、足下から波打つ水の音が響く。

 

「結依。お待たせ!水門開けたよ!」

「あ、ありがとうございます。西園寺さんも外に!」

 

滑るように飛び出した西園寺さんは剣を握り魔人に向き合う。

 魔人の足下を抜け、根に覆われ渇いた湖底を満たしていく大量の水に西園寺さんは強気な笑みを浮かべる。

 

「さあ、新しいエネルギーの到着だよ。さっさと取り込んで続けないと!」

 

 わざとらしく大声を張り上げて魔人を挑発しつつ、彼女は私にリッジさんから受け取ったスイッチを見せる。

 魔人が挑発に乗って水を吸い上げ始めたら爆薬を起動させる。

 爆発によって溢れ出した毒液は水と混ざり合い魔人に取り込まれ、それを内側から攻撃する。この戦いでは最大の切り札だ。

 水は魔人の両足を浸すまでに広がり、それも視線を下ろして地面を見ているところを見れば、水の存在をはっきりと感じているようだ。

 

「よし、これでアイツが水を吸い上げれば」

「はい、慎重に....」

 

 鞄からスイッチを取り出し、魔人広がる水を見つめる魔人に意識を集中する。

 ここで力を取り戻されてしまえば、再び全快した魔人との戦いが待ち構えている。きりきりと痛む身体の内側に気付かないふりをして、スイッチを握る手に力を込める。

 十秒、二十秒、気の遠くなるような一秒が延々と重なり、結んだ唇の奥で噛み締めた歯の根が痛い。

 視界は黒く霞み、僅かな水音を安らぎにしていた耳にはチリチリと不快な雑音が混じる。魔人との我慢比べは、狩人に狙われる獲物になった気分だ。

 魔人が腕を水に浸せば、周囲の水面が波打ち始める。からりと渇き、色が抜け褪せたような様子であった外皮が再び堅牢さを誇示す瑞々しい色を取り戻していく。

 

「....行くよ!」

「はい!」

 

 彼女の声を合図にスイッチを起動すれば、湖の中央で轟音と共に濁った水が吹き上がる。

 風船が破裂したように丸々と広がった水が湖底に降り注ぎ、水門から流れる水と混ざり合う。

 消費した力を取り戻す事に躍起になる魔人はそれに気付く様子もなく大量の水を体内に取り込み、再び湖の底に水が溜まり始める頃には、その身体に異変が起きていた。活気を取り戻したかに見えた外皮は再び色褪せ始め、ぼろぼろと崩れていく。

 私達が作った薬品と同じ様に、その毒水は魔人の身体を急激に崩し、魔人は地鳴りのような野太い音を上げて暴れ回る。

 

「よし。このまま一気に!」

 

 柵に足を掛けた西園寺さんが湖底に降りる。

 張り巡らされていた根は毒水により枯らされ、魔人に続く道の障害は無くなっている。

 一直線に懐へ飛び込んだ彼女は出鱈目に両手を振り回す魔人の攻撃を潜り抜け、足を浮かせ体勢を崩した足に剣の腹を叩き付ける。

 大きく揺らいだ身体が倒れるのを見るや、その腕に向けて飛び掛かった西園寺さんが外皮に剣を突き立てる。魔人の核が存在する右腕を狙った彼女の一撃は確実な致命傷となる。

 

「....え?」

 

 遠くからでも目を引く光景に思わず呆けた声が溢れた。

 剣の抜けた傷痕からは、煌々と輝く朱い何かが顔を覗かせ、それは滑らかな動きで褪せた外皮から湖底へと流れ落ちる。

 想像と異なる奇妙な状況に私は勿論、西園寺さんも止めを刺す事を躊躇い後退する。

 湖底を淡く照らすように広がっていく液体。

 魔人の絶叫に目を向ければ、その腕を炎に覆われた姿が目に映る。燃え盛る炎は瞬く間に魔人の半身を覆い隠し、加えて湖底に流れた液体もまた、魔人の身体を黒く変色させては炎を纏わせていく。

 ばきばきと破裂音を響かせ魔人は湖底をのたうち回り、やがて動きを止める。

 

「....」

「結依!」

「西園寺さん!魔人は」

「分かんない。でも多分ーー」

 

 ごきり、と音がする。引かれるように目を向ければ燃え上がる魔人の身体がゆっくりと身体を起こし始めていた。

 焼け付いた身体は絶えず爆発を繰り返し、尚も燃え続ける。内側から外皮が再生を続けているのだろう。

 火だるまになった姿で再び立ち上がった魔人が叫ぶ。

 幾つもの感情が入り交じった声が湖を震わせた。




立ち上がる魔人。
想定を越えた破格の力が二人を襲う。
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