「ほう?あの魔人がこんなものを」
『核』と呼ばれた水晶玉を目にしたリッジさんからは開口一番にそれについての質問が飛び出し、私と西園寺さんが経緯を説明すれば、一言も聞き逃すまいと前のめりに聞き入っていた。
「そ、それと、魔人を倒した後に私達以外の人に会ったんです。悠紀希愛と言うそうですが、魔境のことと私達がここに居る理由を知っているようでした」
「それはまたおかしな....RMCの生き残りか?いや、だとしたらあまりに状況を理解しすぎている」
それまでの燃えるような関心からは一転、何かを思案するように考え事を始めるリッジさん。
「まあ細かい事はいいさ。お前達は休んできな。二人ともクタクタだろうし、何よりそんなボロボロの格好じゃ外も歩きたくないだろう」
●
「よう。こいつのことだが、いろいろと調べさせてもらったぜ。序でに良い知らせが一つ」
休息を済ませリビングへ顔を出せば、声を弾ませたリッジさんが私と西園寺さんを見る。
「良い知らせって?」
「ああ、森林公園の魔人が倒れた事で魔境の修復が進んでな。星野台の一部も修復が出来たんだ」
「そ、それが良い知らせなんですか?」
「ん?戦い続きじゃ疲れも溜まるだろう。次の目的地に行く序でに羽を休めていくのも良いと思ったが、不満か?」
「い、いえ。そんな事は」
「行く!行こうよ結衣!」
「ひゃっ!はい!」
隣から上がった西園寺さんの大声に驚き声が上擦る。
彼女を見れば、光を放つ程にその顔を輝かせ、リッジさんに答える姿があった。
「へへ、だよな。次の目的地に行くにも星野台を通る。パームミスリルの事も少し遊び回るくらいなら問題無いから存分に羽を伸ばしてから行きな」
「そうする!楽しみだね。結衣!」
「そ、そうですね」
現状を忘れたようにはしゃぐ西園寺さんと、それを微笑ましそうに見るリッジさん。
それらと西園寺さんも今ではすっかり打ち解けているようで、明るいニュースを前に私だけが取り残されているようだ。
「と、ところで次の目的地と言うのは....」
「ああ、お前達に次に向かって欲しいのは魔境の南にある病院だ」
「それって市民病院の事かな」
「南部の病院と言えば、そうですね」
「名前までは詳しく知らないが、俺達が反応を見付けたのは南にある大きな病院からだ。星野台を満喫したら、まずはそこで活動する為の拠点を用意してくれ。やり方は、ここまでと同じランタンを使って俺達に場所を教えてくれたら良いからな。さて、真剣な話も終わったし、後は存分に楽しんできてくれ」
「分かった!リッジもごゆっくり!」
「で、では、行ってきます」
輪郭を歪めて手を振るリッジさんに見送られ、私と西園寺さんは稲原区を後にする。
○
「星野台。星野台!」
弾んだ調子で星野台の名前を繰り返す西園寺さん。声に連られて今にも跳ね出しそうな足取りで歩く彼女を見ていると、抱いていた不安が吹き飛ぶように感じられる。
「楽しみなんですね。西園寺さん」
「それはもう滅茶苦茶!あの星野台が貸し切り。しかも結衣と二人でだよ!楽しくないわけ無いじゃん!」
「そ、そうですか....」
「いざ遊んでみればきっと楽しいし、リッジも気を張ったままも良くないって言ってたんだから」
西園寺さんは当然のように口にして居るが、彼女に何気なく話題に上げられるだけでも私にとってはまだまだ縮み上がる程に緊張してしまう。
星野台での気分転換と言うのは私も賛成だが、それが西園寺さんと二人きりとなると、必要以上に怯んでしまう。
彼女が心配しているような不安があるわけでは無いのだが、真意を悟られるのも恥ずかしく、答えは曖昧でぎこちないものになってしまう。
「と、ところで、リッジさんは一部だけと言っていましたが、星野台にはどんな場所があるんでしょうか」
「うーん。前に結衣と映画を見に行った時があったでしょ?あそこが星野台の中心で、他にもゲームセンターとかレストラン街があるね。多分リッジが言ってた一部ってのにそこは入ってないと思うけど....」
住宅地から下りる坂を過ぎたところで、前を歩く西園寺さんがふと足を止める。何かあったのかと私も歩みを止めれば、彼女は前を指差して私を見る。
「そう言えばリッジが言ってたよね。セルを使えばこの世界でもアタシ達の世界と同じ物が使えるって」
「そうですね。それが何か?」
「あれ。バス停があるってことは、バスも使えるのかな」
「ど、どうでしょう。もし使えるとしても、相当な量のセルが必要になりそうな気が」
「試してみない?魔人から手に入れたセルもあるし」
再び歩き出す西園寺さんに続いてバス停の前に足を止めれば、彼女は立て看板に手を触れる。
「使いたい物の事をイメージして触れれば良かったんだよね。よし」
西園寺さんの周りが淡く光り始めたかと思うと、どこからともなく光り輝くキューブが姿を現す。
看板の奥へと抜けて行ったそれがコンクリートの上へと転がり、一つ、また一つと集まっていく。
あるところまで大きさを増したキューブが突然ぐいと形を変え、瞬く間に私達を遥かに越える大きさの一台のバスが産まれる。
「出来た!!アタシにも出来たよ。結衣!」
「す、凄い。本当にバスが....」
現れたバスに近付き、私に向けてVサインをする西園寺さん。私の魔術に憧れを見せていた彼女にとって、それは第一歩になったのだろう。
「さあ、行こう結衣!」
上機嫌に笑顔を浮かべ、手招きをする彼女に続いてバスに乗り込めば、当然と言うべきか車内には人一人も居ない静かな空間が物悲しく広がっている。
そこかしこに目をやって中を見回せば、その内装のデザインは現在の荒津市を走る物とは異なっている。
二十年も経てば、リニューアルによる改装もあるのだろうが、過去に使用されていた物に新鮮さを感じると言うのは博物館を巡るような感覚を覚え、知る由もない昔の生活が胸に染みる。
「凄い!中も本物そっくりだよ。早く座ろう!」
「....え!?ま、まっ!」
がしりと腕を捕まれ、抵抗する間もなく西園寺さんに連れられ座席に腰を下ろす。
「よーし....って、これどうしたら動くんだろう。やっぱイメージ?」
「え、ええと、路線図は....」
座席から車内を見渡せば、運転席の後部に取り付けられた掲示スペースに路線図が掲載されているのが見える。
近付いてそれを見れば、上星野台や稲原と言った停留所の表記がされた、私は目にしたこともない路線図が幾つも示されていた。
「こ、これでしょうか」
「オーケ。それね、任せて」
西園寺さんが目を閉じ、難しい顔をして唸ること数秒。うっすらと口角を上げ、ぴんと指を天井に向けて突き上げる。
「いざ、星野台へ出発!」
西園寺さんの声に応えるように車体が震え、ゆっくりと速度を上げながらバスが動き出す。
「おお、凄!本当に動いた!」
掲示板の奥、運転席を覗き込んだ西園寺さんが再び声を上げてはしゃぎ出す。
「運転手がいないよ。自動運転だ自動運転!」
「さ、西園寺さん。危ないですよ」
「大丈夫だよ。気を付けてれば転ばない転ばない!」
新しい物や珍しい物が好きで、常に情報のアンテナを立てている彼女には特別な景色に映るらしく、そんな一面が明るい性格に加えて人を惹き付ける一因であることは誰にも伝わる物だろう。
興奮気味に話す彼女の姿に思わず笑みが溢れる。その姿は私が抱いてきた西園寺紗姫と言う人物のイメージから離れて見え、ずっと遠くに居るように見えていた彼女も、存外私に近い存在だったのかもしれない。
「さて、着くまで何してようかな....っと」
ぼすんと座席が揺れたと思えば、西園寺さんが隣の席に着いていた。
「何かはなそうよ、結衣」
「え、あ....はな.....ぁ、う」
「うーん。やっぱまだ苦手意識ある?」
「す、すみません」
「いやいや、全然良いんだけど....そうだな....あの子の事、どう思った?」
「希愛さんの事ですか?」
「そう。アタシ達の事を知っていたみたいだし....それにめっちゃ可愛かった」
「西園寺さん?」
「フィギュアって言うか、人形みたいでさ。ほら、よく言わない?西洋人形みたいに可愛いみたいな」
「そ、そうですね」
真剣な表情の西園寺さん。その口から出た意外な言葉に困惑するが、彼女は至って真面目と言った様子で、答えに悩む私が可笑しく感じる。
「って、そうじゃなかった。あの子、アタシ達が見て来た以上の何かを知ってたみたいだけど、何者なんだろう」
「私達に興味を持っている協力者が居るとも言っていましたよね」
「敵じゃないって言ってたけど....どうなんだろう」
「あの落ち着いた態度も、ただの迷子と言うよりこの世界の事を知ってやって来ているように見えました。目的を持っているような」
「....味方にしたいね。そうすればこの世界について教えてもらえるかも」
「そうですね。次に会えたらもう一度協力し合えないか誘ってみましょう」
口ではそう言いながらも、自分の言葉に自信を持てない私が居る。
当然、人との関わりが苦手だと言うこともあるだろうが、何より言葉を交わし終え、私達に背を向けた途端、人が変わったように態度が一変した希愛さん。
早着替えのように纏っていた空気ごとその印象を変えた彼女の姿に、言葉では表せない冷たさを感じた。
「あの子の目的ってなんなんだろう。人裂症の治療....じゃないよね。アタシ達の事を知ってるなら目的の事も知ってるだろうし....でも、それ以外にこの魔境で出来る事なんて何かあるのかな」
「その為の調査....ではないでしょうか」
「調査?あの子に?」
「はい。あの場で慌てた様子もありませんでしたし、魔人の水晶....『核』と言っていましたが、触れただけでその性質を察していたようでした。それに、研究所で会った方が言っていましたが、あの研究所に居たRMCの研究員は、魔術の力を使えないと言っていました。そう考えると」
「希愛ちゃんは魔術が使えて、だから魔境の調査をしている?」
「....ではないでしょうか」
「魔術は人裂症の影響で使えるようになるものじゃないって事?」
「....私達の特異の力とは違う形の魔術があるのではないでしょうか。」
「アタシ達とは違う魔術....」
西園寺さんは顎に手を当てて考え込む。
「つまり、あの子はアタシ達よりずっと強いって事?」
「わ、分かりませんが、その可能性はあります」
「ならどうして力を見せてくれなかったんだろう。アタシ達の事を知っているなら、同じ仲間として協力し合える筈なのに」
「私達と希愛さんの目的の違い。でしょうか。私達に知られると都合の悪い事を調査している、とか」
「....兎に角、次はしっかり話をしないとだね」
西園寺さんがそう言ったところで車内にアナウンスが流れる。
星野台への到着を告げるそれに西園寺さんの顔色が明るくなり、シリアスな雰囲気がカメラのフラッシュのようにパッと消える。
「さあ、行こう結衣!目一杯楽しむよ!」
ドアの開扉音を聞くや彼女は私の手を握って歩き出す。
「西園寺さん!?ちょっと待ってーー」
「この辺りなら....『ハイヤーヴォイジャー』があるかな。先ずはそこに行ってみよう!」
「は、ハイヤー....それはなん」
「アスレチックパーク!星野台で身体を動かすならあそこが一番なんだよ!」
「そ、そうな....西園寺さん。手を引っ張ーーうわあっ!」
一人で盛り上がって駆け出す彼女を、半ば引きずられるような形で追い掛ける。
〇
「ようこそ結衣!ここが星野台一のアトラクションだよ!」
「....」
カラフルな照明が点滅を繰り返す景色に目を細める。
『ハイヤーヴォイジャー』
カジュアル層は勿論。ベテランプレイヤーをも唸らせる某スポーツエンターテイメントに迫るとも言われる難易度をウリにした多彩なコースを揃える星野台が誇るアトラクション施設だ。
流されるままに立たされたのは最高難易度のコース。目の前の光景に圧倒される私の横では、準備運動を終えてスタートを待つばかりの西園寺さんが燃えるような闘志を滾らせている。
「よーし、リベンジ行っちゃうよ!付いてきてね、結衣!」
「は、はい!?」
聞き返す間もなくスタートボタンを押して駆け出した西園寺さんは浮島形の足場を水切りのように渡っていく。
「う....ああ」
取り残されその場に立ち尽くしていた私だが、小さくなっていく西園寺さんの背中に遅れてはいけないと深呼吸をする。
「が、頑張らなきゃ....」
西園寺さんのように器用な脚運びで飛び石のアスレチックを越えることは私の身体では不可能だ。
特異の力を脚に流し、一歩一歩を慎重に踏み出し足場を踏み越えていく。
細かな飛び石を渡るこのアスレチック。着地の際に崩れそうになる体勢を特異点の強化で押し殺して進んでいくのは、力を細かに調整しながら身体を動かす事を必要とするため、いざ始めてみると想像以上に難しい。
「う、あっ....とと!?」
実戦とは異なる事ながらも、それにに似た緊張感が気を逸らせる。
「あはは!いつぶりだろう。結衣も頑張れ!」
爽やかな笑顔で鳥のように飛び石のアスレチックを進んでいく。
軽々と足場を跳ねる西園寺さん。流石は学内の運動部を飛び回る彼女。レーンを折り返し、隣のレーンから手を振りながら私を呼んでいる。
「さ、西園寺さん。凄いです」
「じゃ、先行ってるから」
張り切った様子の彼女に水を差すのも申し訳なく、私も特異点を使い必死に追い掛ける。
やっとの事で折り返しの足場に着くころには、西園寺さんは対面の足場で手を振っている。
「さ、西園寺さん。すぐに!」
「良いよ!頑張れ、結衣!」
力の回復を待って、再び飛び石を渡りながら西園寺さんの待つゴールへと進む。
力の動きが身体に馴染み始め、飛び石を越える速度が早くなっていく。
「ふーーは!」
「お疲れ、結衣!」
笑顔で私を迎え、西園寺さんは手を上げて見せる。
それがハイタッチのサインであると察して私も手を上げれば、ぱんと軽い音と共に掌を叩く衝撃が訪れる。
「助けに行こうかと思ったけど、やっぱり結衣は凄いよ。一人でやりきっちゃうんだもん!」
「あ、ありがとうございます」
「さて、じゃ、次のステージ行ってみようか」
「次の....あ」
「じゃーん!ターザンロープステージ!」
西園寺さんの指差す方を見れば、そこには三本の縄が天井から垂れ下がっており、等間隔に配置されたそれを飛びながら渡って行くのが、ステージのルールなようだ。
「これも難しかったんだよね。前にやった時はギリギリだったけど。今回は」
助走を付けて走り出した彼女がスタートラインから跳べば、その身体は軽々と宙を駆けて最初のロープを掴む。
足を使って身体とロープに勢いを付けた彼女はそまま二本、三本と残りのロープを越えていく。
「結衣もおいでよ。ここで待ってるから!」
「え、ええと....どうしたら」
「ロープに捕まったら身体を振ってロープを動かすの」
「....っ!」
遥か向こうにある足場を目にして足が竦むが、意を決して飛び出しがっしりとロープに抱き付く。
「ブランコのイメージだよ!頑張れ結衣!」
ぐらぐらと前後に揺れるロープの動き。初めての感覚に身体が震えるが、西園寺さんのアドバイス通りに身体を振れば、それは激しく前後に揺れる。
「っ....うぅ、っく」
自然とロープを握る手に力が籠るが、それを勇気で塗り替える。
「う、わあああ!」
一つ。飛び越えた先のロープにしがみついた身体は一層固く強張る。
繰り返せば成功すると身体を揺らす。勢いのまま二つ目のロープを越えることにも成功するが、最後に飛び付いたロープを掴んだところで、それががくんと下に沈み込む。
驚き混乱する身体に屈するより早く勢いのままに宙へ身を投げ出す。
「よし。後はアタシが!」
身の縮まるような浮遊感。目を開けば、そこには両手を広げた西園寺さんが立っていた。
「西園寺さーーわぶっ!」
「やった。成功だよ結衣!」
抵抗する術もなく飛び込んだ私の身体は彼女に抱き止められる。
「すごいよ結衣!クリアしちゃった!」
私を抱き締めたままはしゃぐ西園寺さん。
興奮した様子の彼女の腕には力が籠り、次第に強くなっていく。
「さ、西園寺さん。痛いです」
「あっと、ご、ごめん結衣」
「いえ、私の方こそ....ありがとうございます。西園寺さん」
「勢いで結衣も巻き込んじゃったから後で心配になったんだけど、無事にここまでクリア出来て良かったよ」
「そ、そうですね。ギリギリなんとかなった....ような感じでしたけど」
「....よし、ここからは一緒に行こうよ」
「い、いえ。それでは西園寺さんが」
「ううん。結衣と一緒に楽しもうって思ってたのに、いざここに来たらアタシがやりたかったことを優先しちゃってた。だからここからは元々考えてたように結衣と遊ぶんだよ」
「良いんですか?」
「良いの良いの。せっかくここが貸し切りで、しかも結衣と遊べるんだからそれを目一杯楽しまないと損になっちゃう。結衣も普段は誘ってもなかなか来てくれないからね」
「す、すみません」
「さあ、次のステージ行こう!一緒に強くなろう。勿論楽しくね!」
私達の前に待っているのはスケボーパークのような半円状の地形。
ただ一つ違うのは、その底を分けるように中央が割れていると言うことだ。
見ての通り、このステージのルールは割れた道から落下する事。
単純に前に進む事だけを求められるのとは勝手が違う。必要な技術も変わってくるだろう。
「結衣。特異点の使い方のコツって覚えてる?」
「特異点のコツ、ですか?」
「そう。こうしたいってイメージが特異点の力に影響するって話」
「は、はい」
「これはアタシが実際に使ってみた感覚だけど、特異点の力は目的を細かくイメージが出来る程正確な強化を出来ると思うんだ」
「イメージが正確な強化を?」
「そう。例えば、ここまで結衣がやって来たみたいに、足場の間を飛ぶ力を強化するには、前にある足場に向かって飛ぶイメージをしながら強化するでしょ?そうすれば足場の間を飛び越える力は手に入れられるけど、着地した後には勢いを止めきれない。結衣も感じなかった?」
「は、はい。確かに、何度か転びそうになりました」
「そこでイメージの力が必要になるんだ。着地した後に転ばないようなイメージをして特異点を使えば、勢いを殺してピッタリ着地できるようになるんだよ」
「な、なるほど....」
「アタシが先に進むから、結衣はアタシの動きを追うようにイメージしながら付いてきて。大丈夫。結衣に合わせて進むから」
「西園寺を追って?」
「そう、アタシが跳んだ場所を目掛けて追い掛けて跳ぶ。そこに身体のバランスを維持するイメージを加えれば、次に反対の壁に移る時の余裕を持てる。まあ、聞いてるだけじゃさっぱりだろうし、やってみるよ!」
西園寺さんがスタート地点を離れて足場に跳び移り、私を向いて声を掛ける。
「結衣!アタシに向かって跳んで!」
「はい!」
西園寺さんの姿をゴール地点に、彼女と同じ様に跳び移るイメージを浮かべる。
続けて到着後のバランスを保つイメージを付け加え、足場を蹴って宙へ飛び出す。
照明の届かない足場の底がぐにゃりと歪み、瞬きの間に角張った谷のように姿を変える。
「っ!」
恐怖が見せる幻覚だろう。身の竦む思いがするが、特異で強化された身体は構うことなく傾いた足場に向けて進む。
足が弾力のある床を踏む。それまで乱暴な音を立てる衝突のようだった着地も、マットの感触を足に感じる柔らかなものになっている。
「これが、特異点の」
「結衣。次はここだよ!」
西園寺さんの声の方を向けば、対面の足場に手を掛けて私を見る彼女の姿が見える。
「どう、イメージの追加。出来た?」
「は、はい。成功です」
「よし!じゃ、このままゴールまで一気に行くよ。付いてきてね!」
私の答えに満足げに笑い、彼女は谷を跳び渡る鹿のように足場を越えていく。
彼女に付いていくと言うのは、その通り道をなぞって進む事で、進む距離のイメージを測り易くするものだったようだ。
言葉通り彼女を追い、着地を補助するイメージを繰り返しながら前進すれば、その感覚もまた身体に馴染んでいく。
続く壁抜けステージ。落ちる穴のない一直線の道は特異点を持つ私達にとって短距離走と変わらず、開いた道が閉じる様子を横目に見ながら難なく突破した。
残すは最後のステージ。高く聳える壁に取り付けられた無数の足場。
オリンピックの舞台で目にしたスポーツクライムのステージであるそれを前に、西園寺さんは両手を握り、よしと呟く。
「ついにラストステージ。これをクリアしてリベンジだ!」
特異点の力を使ってクリアしたことをリベンジと言うのかは疑問だが、口にするのは野暮だろうと飲み込んで立ちはだかる壁を見る。
「西園寺さん。このステージはどうしたら....」
「正攻法で行くなら、手を使って一つずつだけど、せっかくだから特異点の力で壁を登っちゃおう。自然公園の魔人。あんな大きさの怪物がこれからも現れるとするなら、同じような戦いが続くと思う。その練習にもなる筈だよ」
「なるほど....でも、どうすれば」
「これもヒントは足の強化。とっかかりを使ってジャンプする。手を使わず、足を使って足場を飛んで登るんだ」
そう言った西園寺さんは壁に向けて駆け出し、突起に足を掛けると、それを踏み越え続く突起をスニーカーの爪先で蹴り軽々と壁を登る。
「ほら、結衣もおいでよ。足場に降りるタイミングで足を強化して跳んでみて!」
言われるまま壁に向かって跳び上がり、突起に着くと同時に力を込めた足がそれを弾き、再び身体が浮き上がる。
「いいよ結衣。その調子!」
先に壁に挑戦していた西園寺さんはいつの間にか壁を登り終え、頂上から手を伸ばしている。
「もう少し!頑張れ!」
近くの足場に着地し、再び足場を蹴って手を伸ばす。足場に掛けた指に体重がのしかかり、伸び切った腕がびしりと痛む。
緩みそうになる指で足場を確かめるように強く握り、腕に力を集中させ身体を引き上げる。
「よっし、あとは任せて。行っくよー!」
西園寺さんを見上げ、手を伸ばせばそれを取った彼女が一息に私を持ち上げる。
宙に浮かんだ私と、勢い余って後ろに転ぶ西園寺さん。
「西園寺さー」
「大丈夫!」
身体を反らせて跳ね起きた彼女が手を広げ、私は抱き留められる形でその中に落ちる。
「っててぇ」
「だ、大丈夫ですか!?怪我は....」
「ないない。それよりも楽しかったね。結衣!」
「え、あ....ええと」
「また一緒にやろうよ。今度は魔境じゃなくて本当の星野台でさ!」
「は、はい。私で....よければ」
私の心配など気にも留めず笑顔で西園寺さん。
暖かな体温に触れていると、その存在をはっきりと体が受け取り恥ずかしくなってくる。
「も、もう大丈夫です!ありがとうございます」
「あ....そ、そう?」
名残惜しそうに私を開放し、立ち上がった彼女は誇りを払ったかと思えば再び目を輝かせて私に詰め寄る。
「さあ、次はどこに行こうか!?」
「この辺りならスイーツも食べられるし、どうかな!」
「え....と。す、少しだけ、なら?」
「やった!早速行こうよ!オススメのお菓子があるんだ!」
手を引かれるまま、西園寺さんに付いてアトラクションの出口に向かう。
彼女のようにゆうゆうと全てを駆け抜けることは出来ないものの、この体験も退屈なものでは決してなかった。
この先の戦いがどのように変わっていくのかは分からない。だが、それを乗り越えるための糸口がこの挑戦で得られることを願いながら、何度目かになる西園寺さんのリードに続く。
次なる戦いに向けて備える二人。
待ち受ける新たなる脅威とは。