ココロネ・リンカーネイション   作:rippsan

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星野台の火災。自身の名を知る何者かの声。
穏やかだった休日は突如として不気味な物へと色を変え、結衣は眠れぬ夜を明かした。


蛇囁救手

 眠れない夜を明かした朝。暖房の利いた暖かいリビングに居るにも関わらず、体は薄ら寒く震えている。

 

「うわっ。結衣?何してるのこんな朝から」

「....ごめんなさい。ちょっと眠れなくて」

 

 リビングの扉を開けた母親が声を上げる。ゆっくりと顔を向けて答えると、私の顔を見た母が心配そうに口を開く。

 

「眠れないって、今日学校でしょう?病院に行くなら早く連絡しておかないと」

「ううん。学校の事は大丈夫」

「なら良いけど....食欲はあるの?」

「うん。少し眠いだけ」

 

 分かったと一言を残して、母は台所へと歩いていく。

 遠くから聞こえるコンロの着火音が前日のニュース映像を思い出させ、額から嫌な汗が浮き出し顔を伝う。

 ソファにもたれ、天井を眺めて時間が過ぎるのを待つ。一人の時間が不安を煽り、母の存在が心強い。

 

「結衣。テレビ付けてくれない。静かだと寂しいのよ」

「....」

「結衣?」

「えっ、何?」

「テレビを付けて欲しいの。大丈夫なの、ボーッとして」

「大丈夫....だと思う」

 

 テーブルに置かれたリモコンを取り、テレビの電源を点けてひやりとする。星野台の火災のニュース映像が映され、半端に焼け焦げた中古品店の生々しい光景が目に飛び込んでくる。

 衝撃的な映像に沈み掛けていた私の意識は針に掛かった魚のように凄まじい速さで引き上げられ覚醒する。

 どっと吹き出す汗が額を濡らし、胃がギリリと音を鳴らす。

 

「火元は分からないんだって。放火ではないらしいけど、怖いわよね」

「....」

 

 母がトーストの乗った皿を私の前に置く、顔を覗き込んだその眉間が粘土のようにぐにゃりと歪む。

 

「やっぱりだめね。今日は部屋で休んでなさい」

「だ、大丈夫だから」

「そんな青い顔で何を言われても信用ならないの。一日休んだくらいで酷く怒られるわけでもないんだから、しっかり体を休めなさい」

 

 有無を言わせない勢いの母に押し切られ、朝食を終えると早々に部屋へと送り返されてしまう。ちゃんと休んでいなさいと釘を刺した母は足早にリビングへと戻っていく。

 

「....」

 

 腰掛けた体をベッドに預けて寝転がり携帯電話を取ると、一件の通知が入っていた。画面上部のバーに表示されたアイコンからLINKを起動すると、西園寺さんとのチャット欄に新着のメッセージを示す表示があった。

 

『学校一緒に行かない?中央駅集合で』

 

 突然の誘いに送り先を間違えて居ないかと心配になるが、返事を返す。

 

『ごめんなさい。今日は体調が悪いのでお休みします』

 

返信して数秒。既読が付いて直ぐに入力中の表示が画面に現れる。

 

『大丈夫?先生には言っておくからちゃんと休んでね』

 

 疑う様子も見せない反応に、真っ直ぐに信じてくれる彼女を騙す自分に罪悪感を覚える。

 メッセージを終えて携帯を閉じ、仰向けで天井を眺める。身体は疲労を訴えるが、脳が絶えず映す液晶上のトラウマが肩を揺さぶるように微睡みを阻む。

 瞼を閉じてはフラッシュバックする悪夢に震える。結ぶように瞼を強く閉じ、漂う恐怖を気にしないふりをする。

 

              ●

 

 遠くから鼓膜を揺らす音。ゆるやかに覚醒していく意識に目を開ける。

 ベッドから体を起こす。浮遊感に似た感覚。

それまで感じていた気怠さが薄らいでいる。

 再び耳に届いた音。それがインターホンのベルだと気付き、慌てて玄関まで向かう。

 カメラに接続されたモニタを確認すると、いつしか違和感を感じなくなった存在がそこにあった。

 

「すみません。神代さんのお宅であってますか?」

「え、えと。西園寺さん?」

「ユイ?駄目だよ寝てないと。ご両親は居ないの?」

「いえ、体調は良くなったので....」

「そうなの?なら良いんだけど....っと、そうだった。配布物持ってきたんだけど、ポスト入れておくね?」

「あ、え、その....待ってください!」

「ん?」

 

 学校で配布されたであろうプリントの入ったファイルをカメラに向け、西園寺さんはポストに向かって歩き出す。私がそれを止めると、彼女は不思議そうにカメラを振り返る。

 

「少し上がって行って下さい。わざわざ来てもらったのに何も出来ないのはいけませんから」

「もう。そんなこと気にしなくて良いのに。でも、せっかくだからお言葉に甘えようかな」

 

 鍵を開けると、扉の前で待っていた西園寺さんが明るい笑顔でひらひらと手を振る。

 

「やっほー。元気....ではないよね。折角招待してくれて悪いんだけど、すぐに帰るからしっかり休むんだよ?」 

「はい、お気遣いありがとうございます」

「友達なんだから当然だよ。お礼なんて要らない」

「取り敢えず中に....ど、どうぞ」

「ありがとう。お邪魔します」

 

 西園寺さんをリビングに案内し、キッチンで飲み物を用意していると彼女が話し掛けてくる。

 

「あんまり動くとまた悪くなるよ?アタシも手伝おうか?」

「いえ、お気持ちだけで」

 

 ココアをテーブルに置くと、彼女は感謝を告げてそれを口にする。

 

「本当に大丈夫なの?」

「....少し寝不足で、気分が悪かったんです」

「寝不足。もしかしてアタシと出掛けたから?」

「い、いえ。違うんです!それに、しっかり休んで今は元気なので、気にしにないでください」

「うーん....それなら良いんだけど。あ、そうだ。昨日のニュースだけどさ」

 

 西園寺さんの存在で和らいでいた全身が、鋭い針で出来た束子で撫で回されるように痛む。

 

「....」

「ユイ?」

 

 水に濡れた電極に電流が流れるように、体のそこら中でバチバチと音を立てているかのように痛みが弾ける。

 

「顔色悪いけど....もしかしてこの話まずかった?」

「い、いえ....」

「ごめんね」

「....」

「ユイ。休んだ理由ってそれのこと?」

「ーー!」

「やっぱりか。ショックだったよね。ユイはあの店長とも話していたみたいだし余計に」

「....」

「アタシで良ければ話も聞くからさ。遠慮しないでね」

 

 西園寺さんは苦笑しながら謝罪し、すぐにそう申し出てくれる。

 

「はい。ありがとうございます」

「今からでも....と思ったけど、遅くなったらいけないし、今日は一度帰るよ」

「はい。その、これ、届けてくださって本当にありがとうございました」

「いいよ。ユイの為だし。アタシに任せてよ」

 

 家の前まで西園寺さんを見送る。

 

「ありがとうございました。西園寺さん」

「こっちこそ。会えてうれしかったよ。明日は学校でね」

 

 大きく手を振って私に返した彼女は軽い足取りで神依区の駅方面へと向かっていく。

 

「....緊張した」

 

 胸を撫で下ろし、肺に詰まっていた息を吐き出す。蓋をされ滞っていた空気は鉛のように重く、それの抜けた体は重りが外れ、幾らか軽くなった。

 西園寺さんと関わるようになって一週間。相手の顔色を伺って話す癖は治らず、彼女が相手であっても未だ居心地の悪さを感じずには居られない。

 

「そうだ。片付け」

「すみません」

「っ!...はい」

 

 突如掛けられた声に震え上がる。声の主を見れば、閑静な住宅地には場違いな白衣を身に纏った背の高い男性が立っていた。細めた目は狐のようににこやかで、しかしその間から覗く瞳には言い様の無い違和感を覚えずには居られなかった。

 

「な、何でしょうか」

 

 男性は黒い手提げ鞄から掌サイズのカードを取り出して私に見せる。

 

「神代結衣さんですか?」

「ど、どうしてそれを」

「昨日の夕方にこれを拾いまして」

 

 ゾクリと背が粟立つ。男性の手に乗っているのは私の情報が記載された特殊医療受容者証だ。掻き回された脳の中で一つの記憶が現れる。

 朧気な記憶の中で起こされた話し声。男の声だ。目の前で笑う男性の声だ。

 

「....き」

「気を付けてくださいね。次は落とされないように」

 

 男性は私に受容者証を手渡し、気味の悪い笑顔を浮かべたまま立ち去っていった。

 

「....どうして」

 

 見知らぬ男性の存在に説明し難い不気味さを覚え、その場に立ち止まっている事が堪らなく怖くなり家へと戻る。

 

            ●

 

 夕食と風呂を終え、部屋に戻る。

静かな部屋に一人で居る事が恐ろしく躊躇われ、両親が帰るまでリビングでテレビを見て過ごした。

 リビングで休むわけにもいかず、自室までやって来たは良いのだが、とてもではないが眠るような気分にはなれなかった。

 

「....」

 

 立て続けに起こる不可解な事態に気分は悪くなる一方で、張り付くような緊張感が肌を撫でる人の指先のように思える。

 椅子を引き出し、腰掛ける。机に肘を付き、顔を覆って溜め息を吐く。

 

「どうしちゃったんだろう」

 

 開いた指の隙間から覗いた天板の上、目に止まったそれが私を震え上がらせた。

 

「あ.....え?」

 

 青いカード。印刷された顔写真と記録。

私のモノだ。咄嗟に服のポケットを探ると、滑らかで固い感触が指に触れる。

 毛穴が大口を開けたかの如く溢れだす大粒の脂汗。ぶるぶると落ちつきなく震え出した指を力で必死に制しながら、それを掴み机の上に置く。瓜二つの二枚の受容者証が並ぶ。

 

           『何故』

 

 浮かびあがった一つの言葉は泡のように弾け、瞬く間に新たな疑問を産み出していく。

 

『何が起こっている』『何故あの男はこれを持っていた』『誰がこれを作った』『これから自分はどうなる』

 

 膨れ上がる疑念は不快感に変わり、脳を埋め尽くしては痛みとなる。

 理解の範疇を越えた異常事態に辛うじて繋ぎ止めていた最後の平静の糸を引き千切られ、視界が歪んだかと思うと手の甲が生暖かく濡れる。

 

 

「な....んで.....もう嫌だよ」

 

 

 激しい頭痛と這い上がるような嘔吐感。誰でも構わない。助けを求めようと椅子から立ち上がった時、ふらいつた足を机にぶつけ、受容者証の一枚が床に落ちる。

 

「ごきげんよう神代結衣」

 

 突如呼ばれた名に驚愕して振り向くと、床に落ちた受容者証が人の声を発していた。

 

「突然の事で驚かせたね。私はRodan Medical  Creation代表取締役。名はSだ」

 

 若い女性の声。姿は見えないが、その主は私と同世代の人物だろうか。

 本来であればここで失神するのかも知れないが、不安に押し潰される寸前だった私にとってはその声が唯一の救いに感じられた。

 

「先刻会った男は我が社の従業員。偽物の受容者証で騙した事は最初に謝罪させてもらうよ。しかし、貴女に話を取り付けるにはこれが最善策だと思ったからだ」

 

 偽物。荒津市の発行している受容者証を偽造したと言うことだろうか。声の主は代表取締役を名乗る企業の経営者のようだが、肝心の企業名は聞いたこともない。

 

「早速だが手短に話をしようと思う。私達はそちらの市で発見された新物質について研究を行っている。その物質は新たなエネルギー資源となる可能性がある貴重な物質だが、同時に人間にとって有害な性質をもっているらしい」

 

 淡々とした言葉に呆然と話を聞いていたが、次の言葉に思わず聞き入る事になった。

 

「人裂症。そう呼ばれる病の病原体となるのがその物質。私達はその研究を進めたい」

「人裂症!?」

 

 相手は答えず、言葉が続いて行くのを聞いて再び黙って耳を傾ける。

 

「市の保管している罹患者の記録から貴女を見つけた。今回は特殊な体質を持つ貴女に研究協力を依頼するためにこうしてコンタクトを取らせてもらった」

 

 医者と同じような事を言う。特殊な体質。企業に目を付けられるほどに私は珍しい存在なのだろうか。

 

「勿論私達からも貴女への対価は支払う。私達からは研究成果の共有と病の治療への協力をさせてもらう。同意してくれるのなら明日の夕刻に中央区の駅に来て欲しい」

 

 その言葉を最後に受容者証からの声が止み、自室に静寂が訪れた。

 

「....」

 

 爆弾のように脈打つ心臓。肌にまで伝わるその感触が、身を置いている日常から飛躍した現実を実在の物だと語っているようだった。

 

           ●

 

「....怪しくない?それ」

「はい....」

 

 翌日の昼休み、西園寺さんとの昼食中に話題を出すと彼女はいかにもな疑いの表情を浮かべる。

 

「研究って何?治療の協力?市でも分からない事を企業が解決出来るとは思わないんだけど」

「そうですよね....」

「因みにその会社の名前って分かる?」

「確か、ラドンメディカル....と」

「待って、それってラドンメディカルクリエイションじゃない?」

「は、はい!そうだったと思います」

「....母さんから聞いた話だけど、その会社なら知ってる。上星野台に入ってくる筈だったフランスの製薬会社だよ」

「製薬会社?」

「フランス医療を代表する大企業。日本の医療技術を利用した新薬開発の為に荒津市に進出を考えていたんだって」

「....」

「....ユイはどう思う?さっきの話は撤回する。相手が相手だし、話が本当なら人裂症について何か分かるかもしれないけど....」

 

 疑念が晴れた様子は無いが、不信感に満ちた表情が西園寺さんの顔から薄らぐ。

 

「人裂症の情報....それが手に入るなら....西園寺さんが言うように危険かもしれませんけど、このまま待っていてもいつか人裂症で死ぬだけです。頼ってみたいです。一か八かでも」

「....そっか。分かった。じゃあアタシも一緒に行くよ」

「え?」

「任せて。ユイに何かあったらアタシが守るから」

「い、いえ。そんな!西園寺さんが無茶をする必要は」

「アタシもユイと同じだから興味あるんだよね。それに、ユイがアタシを頼って相談してくれたんだから、力になるよ」

「....」

「いやいやとかじゃないよ。アタシがユイの力になりたいだけ。だからアタシも連れていって」

「....」

 

 断る理由もなく、熱心に説得をする西園寺さんに押し切られて付き添いをお願いする事になった。

 

            ●

 

 放課後に待ち合わせをして中央区の駅前に向かう。改札口に向かう階段の下。昨日と同じ白衣を来た男性が立っていた。

 男性に気付いた西園寺が早足で私の前を先行し、その前に立つ。

 

「....神代さんのお知り合いですか?」

「はい。ユイの友達の西園寺紗姫と言います」

「ご丁寧にありがとうございます。私はRodan Medical Creationの研究員。刈谷と言います。以後お見知りおきを」

 

 私が西園寺さんに追い付くと、男性がこちらを見て微笑する。

 

「お待ちしていました神代結衣さん。お越しくださったと言うことは我が社からの提案を受けていただけるという事でよろしいでしょうか」

「はい。ですが、私からもお願いしたいことがあります。そちらの西園寺さんにも付き添いをしてもらいたいのですが」

「構いませんよ。そちらの方も貴女と同じ特殊な症状をお持ちなのは知っていますので。研究に協力いただける方は1人でも多い方が我々としても有難いので」

 

 想像とは対照的に歓迎するといった様子で答える男性。私だけでなく、西園寺さんが人裂症を患っていることをも当然に知っていると言わんばかりに口にする。底の見えない不気味さと恐ろしさを感じる。

 

「ではお二人とも、此方へ」

 

 男性に案内された先にあった乗用車に乗ると、彼は星野台方面に向けて発進させる。

 排気音だけが響く車内。重い空気に妙な緊張感が湧き出してくる。

 

「これからどこへ行くんですか?」

「上星野台ですよ。旧医療センターと言うのでしょうか」

「は!?」

「何か?」

「何か?じゃないわよ!どうして人裂症の巣窟に向かわなきゃいけないの!」

「我々の研究施設はそこにありますから」

「なっ!?」

「それに、罹患者の方であれば立ち入っても問題はありません。アレはそう言う性質を持っていますから」

 

 上星野台。その言葉に西園寺さんが喰ってかかるが、男性は事も無げに答える。あまりにも平然と答える姿に、西園寺さんは牙を引き抜かれた獣の様に力無く席に座り直す。

 

「そう言う性質....というのは?」

「人裂症の病原体は、一度患者の体に癒着すると別の個体を拒絶して弾くようになるのです。ですから、一度発症した患者の方であれば、病原体の存在する場所に接近した場合でも別個体による新たな症状は現れないのですよ」

 

 私達の反応が面白いのか、ハンドルを握る男性の声は淡々としていながらもどこか得意気に聞こえる。今にもふっと笑い出すのではないだろうか。

 

「さて、ここからは上星野台ですよ。お二人は初めての場所になりますね」

 

 男性が車から降りる。その姿を追って窓の外を見ると、侵入禁止の文字が記された看板を持って道の端に運ぶ男性が見えた。男性は車に戻り、看板の奥に車を進めてから再び車から降りて看板を元の場所に戻す。

 上星野台に入った車は人の消えた街を進む。

白い霧に覆われたように靄がかった街は、29年前から時が止まったままの姿を残している。

廃墟と言うにはあまりに美しい景色は、芸術家の作り上げた巨大な作品のようで、とても死の病が根を張った地獄とは思えなかった。

 

「驚きましたか?無理もないでしょう。稲原の廃墟街とは違いますしね。同じ29年が経った場所ではあり得ない差です」

「どうしてこんなにも綺麗な状態で.....」

「白晶、と呼ぶよでしたか。その影響です。元は植物や動物もいたのですが、全てが今のお二人のように白晶に寄生されて死に絶えました。上星野台では全ての命が生まれてすぐに白晶に巣食われ、死に至らしめられる。ですから、29年前と変わりない景色が残っているんです」

「....」

「美しいものには裏があるものです。文字通り血の滲むような努力の結果がこの景色ですね。もっとも、血飛沫の上に成り立ったのがこの白晶の群れですが」

 

 ひややかな感覚に背筋が伸びる。毒気を抜かれて座り込んでしまった西園寺さんと、得体の知れない恐怖に萎縮する私。ただ一人、ハンドルを握り鼻歌を口ずさむ男性の声がよく耳に届く。

 曲の名前は分からないが、聞き慣れない響きの言葉で紡がれるそれが日本の歌でないことだけは分かる。

 

            ●

 

「さて、到着しましたよ」

 

 男性が車を停車させ、後部の扉を開けて外へと案内する。

 車から降り、辺りを見回してすぐに幅広く伸びた壁のようなビルが視界に飛び込んで来る。

 

「荒津総合医療センター。かつては上星野台を代表する医療施設でしたが....」

 

 言い掛けた男性がビルの先を手で示す。

 指先を追い掛ければ、紫がかった白色の巨大な水晶がビルを突き破るようにしてその姿を誇示している。ガラス張の窓を数えれば、縦にはビルの4階分の高さに。まばらな長さで伸びたそれは凡そその重心を支えられないほどにまで広がっている。

 

「29年前の白晶災害以来、この場所は人裂症の根源として知られています」

 

 振り返った場所には乾いた土に満たされた荒野のような空間があり、異様な雰囲気を放っている。

 

「あ、あの....後ろの」

「ああ、元は公園だったそうです。先程お話したように、生まれた命は白晶に侵され、力を奪われては死んでいく。青々茂っていた草花も、未知の驚異を前に最期は呆気なかったのでしょうね」

 

 他人事のように笑い、男性はビルの階段を登っていく。その笑顔に透ける説明の付かない不気味さに、胸の奥がノイズがかるテレビのように騒がしかった。

 

「ユイ」

「は、はいっ!?」

「....やっぱり怖いなら帰る?」

 

 調子を取り戻したのか、心配そうな顔をした西園寺さんが私の肩を叩く。

 

「い、いえ。行きましょう。ここまで来たんです。帰って後悔はしたくありません。それに、帰り道も分かりません」

「....確かに。悔しいけど、帰りのことを考えると逃げるのは無謀か」

「逃げるつもりだったんですか?」

「素直に帰してくれると思う?」

「....」

「まあ、ユイの覚悟が決まってるなら行こう。アタシが付いてるから大丈夫」

 

 西園寺さんに肩を押され、階段に足を掛ける。

 

                ●

 

「.....」

「うわ、何これ....」

「不気味でしょう」

 

 エレベーターから見る街の景色は、不気味と言う以外に適切な言葉が見つからなかった。

 人の手の入っていない場所とは思えないほどに保たれた世界は、私達の街よりもずっと美しく見える。

 

「人が消え、新たな支配者が現れる。最も、この世界の支配者は白晶であり、あらゆる命を枯らし尽くした。命の死に絶えた世界がこれ程に美しく見えると言うのも、なかなかに不思議なものですね」

 

 言葉にはしないが、男性の言葉には賛同する。

 廃墟街では感じられなかった不可解な神秘。カメラを持っていたのなら、夢中になってこの景色を写真に納めていただろう。

 エレベーターが停止し、扉が開くと同時に冷えた空気が廊下を吹き抜ける。肌に触れたそれは皮を透けて貫き、身の内の肝まで冷やしていくかのように感じられる。

 

「申し訳ありません。白晶の発生源がこの階層なんです。研究対象の近くに拠点を構えた方が便利と言う理由なのですが....」

「い、いえ。お気になさらず」

「早く案内してくれれば良いから。さっきから鳥肌が立ちっぱなしなんだけど」

 

 言い負かされたのが不満だったのか、車内と変わらず機嫌を損ねたままの態度で西園寺さんが答える。男性は気に止めない様子で笑いながら廊下を進んで行く。

 

「さて、ご足労いただきありがとうございました。こちらが私達の研究所になります」

 

 男性に案内されたそこは、かつて存在していた何処かの企業の会議室だった。

 

「わ...」

「すご....」

「急ごしらえですが、あまり予算を掛け過ぎるとCEOに怒られますので」

 

 苦笑混じりの謙遜を口にする男性だが、目の前に広がるのは刑事ドラマで目にするような立派な研究室だ。

 

「皆さん。久々のお客様です。ご挨拶を」

 

 男性の声に応え、白衣を着た4人の男女が現れる。一人一人が私と西園寺さんの前に歩み寄り、柔らかな笑顔で手を差し出す。その手を握り挨拶を交わし終えると、彼らは一人、また一人と静かに各々の席へと戻っていく。

 

「何か怖くない?」

「....はい」

「寡黙なメンバーが多いんですよ。なにぶん厳しい教育を受けていますので。では、約束していた話をしましょうか」

 

 男性が部屋の奥に向かって歩き出す。その後ろを付いて進めば、先の部屋へ続く扉が姿を現す。研究室とはうって変わり、応接室のように改装された部屋には壁一面を埋め尽くすスクリーンが掛けられていた。

 

「どうぞ。お二人とも。飲み物を持って来ますので」

 

 ソファに腰掛けたところで、西園寺さんが口を開く。

 

「不気味な場所だよね。あいつ以外笑ってただけだよ」

「そう....ですね」

 

 足早に済まされた事だった為に意識する時間こそ無かったが、思い出して見れば奇妙な空気が流れていたと自覚する。

 日曜から続く非日常の連続に、それを疑う危機感が麻痺しかけているようだ。

 

「アタシ達。何されるんだろう」

「....何も、怪しいことはされないと思います....けど」

「お待たせしました。お話でしたらどうぞ続けていただいて結構ですよ」

 

 扉が開き、やって来た男性が湯飲みを私と西園寺さんの前に置く。中には湯気を立てる淡い緑色の茶が揺れ、その水面には茶柱が浮いている。

 

「二人分の茶柱が立つとは。何か良いことが起こる前触れかもしれませんね」

 

 男性が白衣からリモコンを取り出し、スクリーンに向けると、その表面にプレゼン資料のようなものが映し出される。

 

「では、我々からの情報提供を」

 

 息を吐いた男性の雰囲気に、背筋が伸びる。

 

「まず、お二人が悩まされる病。人裂症についてですが、荒津市全体で研究が進んでいるようですが、明確な進展は無いようですね」

「....」

「無理も無いでしょう。この病は科学の力では実態に辿り着けませんから」

「辿り着けない?」

 

 男性の言葉に西園寺さんが聞き返す。横目で見たその表情には明らかな疑いが浮かんでいる。

 

「何?じゃああんた達でも解明出来てないってこと?」

「いえ、あくまでこの国の科学者では解明することが不可能と言うことです」

 

 西園寺さんの冷たい視線を受け流し、涼しい顔で男性はリモコンを操作し始める。

 

「白晶の肥大化にはとある条件があるのですが、その仕組みを知ることが出来るのは魔道の技術なのです」

「ま、魔道?....もしかして魔法とかそんなこと言うつもりじゃ」

「ええ、そのまさかですよ」

「魔法....ですか?」

「おや、神代さんはご存知で?」

「皆....知っているとは思います....信じていない人も多いだけで」

 

 私の答えに、男性はやはりと言うように息を吐く。

 

「そうでしょうね。もう何百年も前に存在した物事の話など、今となっては想像もつかない噂話にしかならないでしょうから。ところで、お二人は魔術....いえ、魔法の存在を信じますか?」

「えと....あったら。素敵だとは思います」

「アタシはどっちでもない。歴史ではあったって話だけど、実際に見てみないと分からないし」

「ふむ....では一先ず話を本題に戻しましょうか。この話題は後ほど」

 

 男性がリモコンを操作すると、切り替わった画面にビルの外で目にした巨大な結晶を映した二枚の写真が現れる。

 

「まず、外にある巨大な結晶ですが、あの結晶こそがお二人に巣食う病魔の原点です。29年の間あの場所に鎮座し続け、現在もその肥大化は進行しています」

 

 写真の下に示された年号表記には、結晶が出現したと言われる発生当時の2016年と、直近に撮影された事を示す2045年の2つの日付が表示されている。

 定点カメラで撮影された2枚の写真の中の結晶は、2016年と比較し、今年に撮影されたモノは明らかに大きさを増して見える。

 

「では次の説明を」

 

 画面が切り替わり、ビルの設計図が映される。続いて編集の施されたいくつかの設計図がその上に重なっていく。2016年の出現から現在に至るまでの白晶の成長をスライドショー状に映し経過を表しているようだ。

 

「ご覧の通り、結晶の肥大化の過程は一定ではありません。写真での説明では不十分ですが、結晶は時折破損して姿を変えるのです」

「....それでも結晶は消えず、今でも私達を苦しめている」

「壊れた結晶も数週間あれば元に戻ります。これの研究を進め、得られたのが荒津市内の人々に起こっている人裂症の実態です」

「....」

 

 男性の言葉に息を呑む。それまで感じていた暖房の音と温風が消え、視界が狭まり意識が呑まれていく。

 隣で険しい表情を浮かべる西園寺さんも、それまでの番犬のような目付きから変わり静かに男性を見つめている。

 

「では、お二人に見ていただきたいものがあります。よく見ていて下さいね。これは手品ではありませんので」

 

 私達に見えるように自身の手を見せた男性がその指を打ち鳴らすと、乾いた音に混じり炎の燃える音が聞こえた。

 

「な!?」

「....」

 

 目を疑うような光景がそこにあった。

 立てられた男性の指の上、小さな火球が浮遊している。風に揺れる火球は黄昏に焼ける空の様に朱々と美しく、引き込まれるような魅力を感じさせる。

 

「これが魔術。魔道によってもたらされた力です」

 

 男性が指を折ると、それに合わせるように火が消える。隣の西園寺さんは絶句していたが、その反面私は男性の見せた魔術の力に胸が高鳴るのを感じていた。

 

「この世界には魔道が存在し、この荒津市で起きている災害にはそれが関連している。お二人の想像からは飛躍した話かと思いますが、そのことを理解して聞いてください」

 

 黙ったままの西園寺さんに変わり、私が頷く。

 

「では、荒津市に起きている異常についてお話しします」

「....お願いします」

「荒津市を蝕む病。それは人間の命を使って成長する結晶の肥大化現象です」

「肥大化現象....」

「ええ。ここに根付く大結晶と同じように、人体に癒着した結晶の塵が肥大化し、最後には死亡する」

「そ、それで....命を使う。と言うのは?」

 

 ここまでの男性の説明を聞いているからこそ彼の難解な話も理解出来るが、突然こんな事を聞かされても笑い飛ばすか怪しまれるかだろう。

 命を使う。と言う意味不明な事に質問を投げ掛けると、男性は鋭いですね。と笑う。

 

「命を使う。それはこの結晶の特徴が関わっているのです。神代さんにお渡ししたCEOからのメッセージを覚えていますか?。結晶は新しいエネルギー資源となり得る物質であると」

「は、はい。聞きました」

 

 私の答えに男性は頷くと、スクリーンの画面を切り替える。小さな結晶の図が現れ、映像の様に動き出す。

 

「結晶の特徴は、まず癒着した物質が持つ何かしらのエネルギーに反応し、そのエネルギーの複製を始めます。次に、複製されたエネルギーは癒着した対象の内部に蓄積され、その限界に達すると結晶として固化し、再びエネルギーの複製を開始します」

 

 図の動きが止まった事を確認すると、男性は画面を進める。

 一回り大きくなった結晶の図が現れ、前の画面と同じ動きを繰り返す。動きが止まれば更に大きくなった結晶の図が現れ、再び同じ動きを繰り返す。

 

「この結晶の肥大化はねずみ算式に加速します。例え始まりは埃程度の結晶であったとしても、複製が進む毎にそれは砂から石へと、石から岩へと肥大化を繰り返します」

「....」

「異常な進行速度はこの一連の特徴が影響したものです」

「それで患者の人たちは同じような時期に亡くなるんですか?」

「そうですね。対抗する策の無いこの街の方は一様に1週間程度で死に至る事でしょう」

「で、でも私と西園寺さんは....」

「それについてですが、お二人は特殊な体質を持っているようで、結晶の肥大化の影響を抑えることが出来るのです」

「特殊な....体質?」

 

 男性は医師のような事を口にする。特殊な体質とは何なのか。それまで明確な答えを得られなかった疑問を解く鍵を前に、私は僅かな期待を抱き問いを投げる。

 

「結晶の作り出すエネルギーを消費する事が出来る体質です」

「....え?」

「神代さんと西園寺さん。お二人の身体は、結晶によって複製されたエネルギーを消費し、その結晶化を防ぐ事が出来る。そんな体質です」

「それだけですか?」

「ええ、それだけです」

「....」

 

 男性の言葉に呆気に取られる。29年間もの間私達を苦しめてきた病は、複雑さの欠片もない物だった。

 とても信じられないことだ。私の周りでは多くの人が死んでいくことが当たり前だった。

 1ヶ月の間、病院に通う度に患者が変わり、それまで目にしていた人は二度と現れなくなる。いくら他人より特別な体質であるとは言え、このまま平穏無事に生きていくことは出来ないと怯える日々に暮らしていた。

 

「この結晶を構成するのは人間界に存在する物とは異なる物質であり、外から人間界に渡ってきた物と我々は考えています」

 

 あまりに淡々と、当然の事を話す様な口調で語る男性。非日常的な会話の連続と、嘘にしては作り込まれ過ぎた物語に常識が麻痺してくる。

 

「それと魔術がどう関係しているんですか?」

「消費を続けれられれば良いのですが、複製は止まることはなく、少しの時間でも放置すれば取り返しがつかない段階まで進行します。罹患者の方々の死亡までの時間に個人差があるのは、複製されたエネルギーの消費が影響しているためです。そのため、安定的に複製を上回りエネルギーを消費する為には魔術の力が必要なのです」

「それなら、私達も同じではないんですか?」

「お二人は結晶の罹患者の中で稀に現れる体質を持っているのです。その影響でエネルギーの複製による肥大化を押さえ込むことが出来ているようですね」

「それが特殊な体質....」

 

 抱えてきた疑問が晴らされ、胸の支えが下りる。明らかにされた病の実態も理解したことでそれまでのし掛かっていた不安が一度に消え、久々の解放感に詰まっていた息も幾らか楽になった。

 

「ちょっと待って。その現象だか病気だとかってのは分かった。でもその結晶って何なの。ユイにはエネルギーがどうとかって話してたらしいけど、アタシは聞いてない。それに、重要な情報を患者その特別な患者のアタシ達だけに公開するって言うのは何の意味があるの?」

 

 私と男性の会話が途切れたところで、それまで黙っていた西園寺さんが口を開く。

 

「まだあんた達が怪しい事には変わり無い。何か理由があるなら教えて」

「....ふむ。まあその程度なら」

 

 男性はリモコンを持ってスクリーンを指す。画面が切り替わり、再び結晶の映されたスライドになる。

 

「結晶についてでしたね。あの結晶は永遠のエネルギーを産み出し、高い魔力の伝導性を有する異界の物質です。CEOが新しいエネルギー資源とお話ししたのは、魔術の力を利用すればそれを生活に必要なエネルギーに変換出来るよう研究を進めている為です」

「つまり、あの結晶が電気になるって事なわけ?」

「ええ、この場所がそうですが、この研究室は結晶が生成したエネルギーの変換技術。そのプロトタイプを利用して運営しているのです」

「それは....確かに。本来ならエレベーターも動いていないはずだし」

 

 当然の事で気付かなかったが、放棄された上星野台に電気は通っていない。しかしこの施設は全ての機能が問題無く動いている。

 すっかり異世界に飛ばされたような気分だ。

 

「この街では白晶と呼ばれるそれを、我々は『パームミスリル』と呼んでいます」

「パーム....ミスリル?」

「無限のエネルギーを生成する。言うなれば燃料を必要とせず、電力を備蓄出来る発電機のようなものでしょうか」

「....聞くほどに胡散臭いけど、そう言う物なのね」

「はい」

「じゃあもう一つ。どうしてそのなんとかミスリルとか言う結晶の情報をアタシ達に教えたわけ?重要な情報なら市に報告した方があんた達にも利益があるんじゃないの?」

 

 もっともな意見だ。人裂症の実態とその対策を知っているとして、その情報を共有せず隠蔽することに何か意味があるのだろうか。

 私と西園寺さんの二人だけにそれを伝えたところで、人裂症の治療に役立つとはとても思えない。

 

「それについてはお二人にご協力をお願いしたい事がありましたので、荒津市が人裂症と呼ぶ奇病の正体について知っていただく為にお伝えした次第です。現段階では、荒津市全体にこの情報を公開するつもりはありませんよ」

「....特別扱いってわけ?市民に平等に助かるチャンスを与えようって気はないの?」

「与えたところで何になるのでしょうか。治療の手段は魔術以外に存在しない。誰一人として救われる術の無い場所に、生半可な希望を投下する意味が?」

「ぐ....」 

「それに、我々の研究も完全な解を得た状態ではありません。中途半端な結果をばら撒き、不要な混乱を招いては事は悪化するだけです」

「....」

 

 男性のやり方に不平を唱える西園寺さんだが、またも容易く説き伏せられる。彼の言い分に間違いは無く、ここで半端な情報を市に伝えてもどう転ぶか分からない。

 苦々しい表情で歯噛みをする西園寺さんからは、悔しげな感情が隠れること無く溢れている。

 

「それで、私達に協力して欲しいと言う話は....」

「それです。西園寺さんの指摘にもありましたが、荒津市全体の市民に治療の機会を与える。その研究を進め、我々は人裂症に対抗する為の薬品の開発に成功しました」

「ほ、本当ですか?」

「我が社の罹患者を対象とした治療では成功を納めています。しかし、それはまだ試験段階の物であり、魔術師である我々に対しての有効性は証明されていますが、パームミスリルの被害を受けている荒津市の人々への効果は未知数です。お二人に協力していただきたいのは、魔術師ではない人間に対する投薬治療の受容者としての立候補です」

「....」

「....」

 

 試験段階の薬品。その治験の対象として立候補しろ。それが協力を要請した内容なのだろう。

 

「アタシ達をそれに選んだ理由もあるんでしょ?わざわざこんな場所まで連れてきて、市にも秘密にしてるような事を教えてるんだし」

「お二人の体質です。パームミスリルが作り出したエネルギーを消費する力。お二人は我々魔術師に似た身体を手にしているのです」

「....エネルギーの結晶化を防ぐ為には魔術の力が必要。と言う話の事でしょうか」

「正解です。流石、神代さんは察しが良いですね」

 

 男性は指を輪の形にして微笑む。

 

「投薬によってエネルギーを『消費』する力を、魔術師が有する『変化』する力へと変化させます」

「....変化する力....ですか?」

「どういう意味?」

 

 私達の質問に、男性はスクリーンのスライドを切り替えて答え始める。

 

「複製されたエネルギーと、本来お二人の体で作られるエネルギーとでは僅かな違いがあります。その為、二つのエネルギーは別々の物質として存在しており、そのエネルギーは並行して消費されます。この意味は分かりますか?」

「そのパームなんとかで作られたエネルギーってのを使える量がバラバラになるってこと?」

「そうです。そこで使用するのが今回我々が開発した新薬。これを体内に注入することで、パームミスリルによって複製されたエネルギーを、お二人の体で作られるエネルギーへと変化させる事が出来るように性質を変化させます。これにより、二つのエネルギーは同じエネルギーとして存在するようになり、結晶化のリスクを抑制しつつ、より効率的にエネルギーを消費する事ができるようになるのです」

「なら、魔術の力との関係はどうなるんでしょうか。今の話では全く関係が無いように感じるのですが」

「勿論無関係ではありません」

 

 拍手をしながら男性は感嘆の声を漏らす。

 

「リスクを抑制するとは言え、エネルギーの結晶化が完全になくなるわけではありません。2つのエネルギーは似た性質を持つ物になりますが、それだけで複製は止まることはなく、治療を施すだけではただの延命治療です」

 

 スクリーンにエネルギーの複製過程を描いた図が現れる。

 投薬治療後の複製は治療前に比較して量が減少しているが、最後には宿主が死亡する結果が出ている。

 

「変化させたエネルギーを更に魔力へと変化させる。パームミスリルによって複製されたエネルギーを全く別のエネルギーへと変えることで、ようやくエネルギーの結晶化を阻むことが出来るのです」

「何かややこしい手順だけど。そこまで回りくどくする必要があるわけ?」

「魔術の才能が無いお二人の体では、完全なエネルギーの変換をすることは難しいのです」 

「....」

 

 顔を歪める西園寺さん。理解が追い付いていない様子だ。

 

「我々からお伝え出来る情報はこの辺りでしょうか。危険と考えられる事も多いと思いますが、お二人への利益も大いにあるかと。このまま何もせずに死を待つより、意味のある選択になるはずです」

「一理ある。だけど、突拍子の無い話をされて、それを鵜呑みにして訳のわからない薬を試せってのはアタシ達を甘く見すぎじゃないの?」

「勿論無理にとは言いませんが、成功した暁には貴女を悩ませる病魔との因縁を終わらせる鍵が手に入るかも知れません。仮に失敗したとしてもその場で命を落とす事はありません。決して後悔はさせませんよ」

「....」

 

 西園寺さんの言葉ももっともとだと思う。

 目先に浮かぶ淡い光に引かれ、暗闇の中に足を踏み入れるのは自殺行為ともとれる。しかし、私が今置かれているのは最悪の状況だ。立ち止まっていては迫り来る死神に命を刈り取られるだろう。

 消えかけた光だとしても、そんな光に縋らなければ解決の糸口は見つからないのだ。

 仮にその先で光が消えてしまうのだとしても、その先に暗闇を抜け出せる可能性があるのなら、いっそ手を伸ばした方が後悔はない。

 

「....私は、やってみたいです」

「そう言ってくれると信じていましたよ。神代さん」

「本気?こんなの絶対怪しいって」

「でも、これ以外に助かる方法もありません。西園寺さんが慎重になる気持ちも分かります。でも私は、出鱈目な話だとしても信じたいんです」

「....ユイ」

 

 微笑む男性と、不安そうな顔で私を見る西園寺さん。またとない機会を逃すわけにはいかないと私の意思を語れば、彼女の顔も何かを思案するように引き締まる。

 

「何より、まずこの人裂症そのものがでたらめな病気ですから」

「....確かに。ならアタシも受けるよ。目には目を歯には歯をだ。馬鹿みたいな病気には、馬鹿みたいな薬をぶつけてやろうじゃん」

「お二人共ご協力していただけると言う事でよろしいでしょうか」

「はい。お願いします」

「その代わり、やるからには成功させてよね。中途半端な治療だったら承知しないから」

「ええ。良い結果をお約束しましょう」

 

               ○

 

 話を終えた男性は、屋敷町で西園寺さんを降ろし、更に離れた神依区まで車を走らせた。

 上星野台から神依区。荒津市を縦断する大移動だが、車内の男性は疲れた様子も見せず、油でも塗ったかのようにペラペラと口を回して話続けていた。

 屋敷町で車を降りていった西園寺さんの苦笑には明らかな疲労と呆れの色が見えていた。学校ではどんな相手の話にも明るく答える彼女も、オカルトじみた非現実的な話を機関銃のように語られる事には慣れていなかったのだろう。

 

「それでは神代さん、本日はありがとうございました。治療の予定は可能な限り早く連絡させていただきます」

 

車から降りた男性は私に深々と一礼をする。

 

「西園寺紗姫。想定はしていましたが、やはり一筋縄では行かない相手でした。彼女を我々の政策に勧誘することが出来たことも、貴女が魔道への理解があったからこそです。彼女を我々に紹介していただいたこと。本当に感謝しています」

「い、いえ....私はそんなつもりは」

「ご謙遜なさらず。貴女の行動があればこその結果です」

 

 男性が微笑む。裏に何かを隠したような貼り付けた面を思わせる笑顔を前に、やはり素直に喜ぶ気分になれない。

 

「では、私はこれにて失礼します。神代さん。どうぞお大事になさってください」

「はい。ありがとうございました」

 

 扉を閉め、中央区へと向かい発車した男性の車を見送り、家へと足を向ける。

 携帯の時計を見れば、時刻は21時を示していた。昨日までであれば、眠る事に抵抗を覚え沈むような感覚に支配されていたその時間も、長く広がっていた雲の切れ間から光が覗いたように僅かな期待と希望に胸の中を暖められ、前を向く力が蘇っていくのを感じた。

 

「....上手く行くよね」

 

              ○

 

「S様。神代結衣。西園寺紗姫へのコンタクトに成功しました」

「....ああ、そう。で、結果は?」

「両名とも志望の意思を表明しました」

「分かった。それじゃあこっちも仕上げを始めるわ。折角見付けた獲物に死なれても困る。3日後には始めるから、そう伝えておきなさい」

「了解しました」

「誘導までしっかりこなしなさいよ。本命は治療じゃない。あくまでその後なんだから」

「勿論です。必ず成功させます」

「....大層な自信ね。結構な時間掛けたんだからね。この計画。あ、あと金も。ヘマでもして失敗したら、損失取り戻すまでは当分お前らの給料はカットだ」

「....はい」

「成功させれば良いのよ。返事したからには、ちゃんとこなすことね」

「....」

「せいぜい上手くこなしなさい」




パームミスリル
パーマネント×ミスリル
永久的エネルギーを産み出す鉱石。
「荒津総合医療センター」に存在する大結晶から剥離した小型の結晶が生物により取り込まれることでその体内に癒着。
 宿主が有する「エネルギー」を元としてそれらに類似した特性のエネルギーを複製する。
 エネルギーの消費がされず、宿主の肉体のエネルギー保管の許容限界に達した際に結晶となり、肥大化を起こす。
 複製と肥大化を繰り返すことで、そのサイクルの規模はねずみ算式に増加し、最終的にはエネルギーの結晶によって肉体を引き裂かれて死亡する。
荒津市で確認される「人裂症」とは、このパームミスリルの肥大化現象により起こされる死亡事件である。
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