ココロネ・リンカーネイション   作:rippsan

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製薬企業「Rodan Medical Creation」の手により人裂症の治療を受けた二人。
恐ろしい病の魔の手から解放されるという希望を抱く結衣を待ち受けていたのは、暗く見慣れない空間であった。


零章 機潜鋼篭
反機死動


くぐもった音が鼓膜を揺さぶる。絶え間なく響く無機質で一様な音。

 意識が覚醒していくにつれて次第に感覚が取り戻され、体に触れる冷えた感触に研ぎ澄まされていく。

 

「....ぅ」

 

 眠りに落ちる前の落下するような浮遊感。

指先で床の感覚を確かめ、体を起こす。

 弱々しいLED照明の照らす薄暗い部屋は私が元居た医療センターとは似ても似つかない。

 

「ーーーろ!」

「どーーーてーーな」

 

 静寂に支配された室内に、途切れ途切れの言葉が響く。

 

「....何だろう」

 

 力の抜けた体をゆっくりと起き上がらせ、周りを見回す。重苦しい空気が漂い、その匂いにはどこか違和感を覚える。

 目についた扉に向かい、手を触れようと近付いた時、突然それが衝撃と音を立てて揺れる。

 

「クソッ!何で開かないんだ!」

 

 男性の声がする。かなり切羽詰まった様子の声だ。

 明らかに冷静さの欠けたそれに怯み後ずさる。再び扉が叩かれ、声が続く。

 

「おい!誰か居るのか!?居るなら開けてくれ!」

「....あ、開ける?どうやったら....」

 

 声に急かされ、言われるままに扉を見るが、取っ手があるわけでもなく、センサーで開く自動ドアでもないようだ。

 

「助けてくれ!奴がーーー」

 

 叫び続ける声の切れ間、ガシャン。と重々しい音がした。

 ほんの一瞬の静寂。僅かな絶叫の後、鼓膜を突き破る程の爆音が扉越しに放たれる。

 連続する破裂音。ガンガンと爆弾のような衝撃で扉を打つ物体。扉の隙間から漏れる閃光。それには思い当たる物がある。

 振り返った視線の先、横倒しになったテーブルの後ろに身を潜める。

 破裂音が止む。再び重く規則的な音が始まったかと思うと、後方で扉が激しい音を立てる。

 

「な、なに!?」

 

 天板に預けた背を動かし、テーブルの影から扉を覗き震え上がる。

 扉の中央が、つままれた紙のようにひしゃげていた。

 息を殺し、意識を耳に集中させる。ミシミシと軋む音が、次第に大きく激しく変わっていく。

扉の周囲の壁までもが音を立てて曲がっていく。部屋の外側へと引かれていく壁。

 恐怖に固まった体を奮い立たせ再びテーブルに身を隠すと同時に爆発音にも似た金属の破壊音。少し遅れてバンバンと扉が地を転がる妙に間延びをした衝突音が続く。

 視界が広くなったように感じ、おそるおそる目を横にやると、暗かった部屋に光が射し、それを遮るように人の形をした巨大な影が微動だにせず立ち尽くしている。

 

「....」

 

 震える体を抱き、残った手で必死に口を覆う。

 影の正体は分からないが、それが叫び声を止め、扉を破壊した主犯であることは誰でも分かる。加えてそれに見つかったとすれば、次は自分の番が回ってくることもだ。

 酸素を求めて暴れる体を抑え、息を止める。

 

「サーマルスキャン開始....」

 

 幾重かに重なった声。自然に聞こえる言い回しのそれは、無数の音が重なった音声によって発されている。

 機械だ。何かの機械がそこにいる。絶対に見つかるまいと身を縮めると、部屋に赤い直線状の光が映される。

 

「熱源反応検知」

 

 無機質な声に身体が奥底から凍り付く。

 気付かれたと理解するに時間は掛からなかったが、それが分かったところで何が出来るわけでもない。

 今にも破裂しそうな勢いで脈を打つ心臓。耳元でそれを聞いているかのように拍動が全身を震わせる。

 胸に爆弾を埋め込まれたような感覚だ。非常な現実に絶望する他なかったのなら、分からないでいた方が幸せだったろう。

 重い振動の乗った駆動音。ヴヴヴ。と数秒間鳴り続けた音は、あるところで先ほど耳にしたガシャンという音を立てて止まる。

 

「制圧射撃開始」

 

 無慈悲に発された氷のような言葉。

 ゾワゾワと肌が粟立ち、心臓を鷲掴みにされたような痛みが荒波の如く全身に広がる。

 研ぎ澄まされた五感で感じる無限にも思える時間。全てが鮮明に、そしてゆっくりと進んでいく。

 一瞬の間の後、室内を照らす目映い光と遅れて訪れる地鳴りのような破裂音。縛られた時間が動き出し、袋小路となった狭い部屋が瞬く間に凶器の飛び交う地獄へと変貌していく。

 絶えず鳴り響く爆音。瞼を焼く白い閃光の明滅。

 顔を潰すほどに強く耳を塞ぎ、丸めていた体をいっそう小さく縮め、一刻も早く終わって欲しいと祈る。

 あまりにも理不尽だ。ただ人裂症の治療を受けたというだけで、どうして私がこんな目に遭わなければならないのか。

 天井の電灯が破裂したのか、部屋の灯りが完全に失われる。煌々と室内を照らす明滅が瞼の裏にまで届く。

 飛躍した非日常の恐怖に支配され、声を上げる事すら叶わない状況にただ戦慄するしかない。

 ふと、足下にひんやりとした感触を覚え、薄く瞼を持ち上げると、絶えず明滅する部屋の中、床に白煙に似た物が充満しているのが見える。

 白煙の放つ冷気に堪える内、部屋を照らす明滅と破裂音に異常が起き始めた。

 光と破裂音が断続的な物へ変化し、やがて沈黙する。

 

『サーマルセンサー異常....再起動失敗....内部スキャン....』

 

 塞いでいた手を離し、自由になった耳に届いたのはそんな音声だった。

 

『異常低温検知。サーマルセンサーの故障を確認。視覚カメラによる索敵に移行します』

 

 暫しの静寂。機能の故障を報告したそれは、重々しい駆動音を響かせる。断続的に繰り返される音が離れていく事から、扉の前にいた何者かが立ち去ったのだと思わせる。

 

「終わった....のかな」

 

 部屋の隅に隠れていた為なのか、祈りが届いたからなのかは分からないが、あれだけの弾丸の雨を撃ち込まれても、酷い怪我もなく動くことが出来る。

 奇跡としか言い様のない現状に感謝しつつ、再び机に背を預け深呼吸をする。二度。三度。恐怖で乱れきった脈を整え、体の震えが収まる頃にゆっくりと立ち上がる。

 

「まずはここがどこなのか調べないと」

 

 目が覚めてすぐに理解し難い惨状に見舞われたが、冷静になって考えれば私はこの部屋から一歩も動いていない。

 この不気味な場所は当然恐ろしく感じるが、それを理由に立ち止まっていても始まらない。 

 あの襲撃者からも今回は逃げ延びる事が出来たが、次に遭遇した時には同じように生き延びられるとは思えない。出口があるのなら真っ先にここを脱出するべきだ。

 改めて部屋を見回すも、ここには目立った道具はないらしい。

 部屋の入り口を振り返ると扉の付近には無数の弾丸に貫かれ、蜂の巣になり煙を吹くタンクが横たわっている。弾丸に撥ね飛ばされて室内を飛び回っていたのだろうか、その形は内側に向けて凹み潰れている。足下に広がる白煙の正体も、このタンクから漏れ出した物だろう。

 携帯のライトで表面を照らすと、そこには液体窒素を示すラベルが貼り付けられている。

 小さな救世主の横を通り過ぎ、引き剥がされ歪んだ扉を潜る。

 元いた部屋よりも広い空間を見回すより早く、噎せ返るような激しい血の臭いが鼻腔を生暖かく撫でる。湿気たねばつく臭気は泥のように喉の奥を伝い、不快感を残していく。

 

「う....」

 

 手で鼻を覆いながら周囲を見回すと、今居る場所が何かの研究室であることが分かる。

 脱出に使える道具はないかと注意深く観察を続けるも、テーブルの上に置かれた器具は粉々に砕け、残されていたであろう薬瓶とその中身が縁を伝って滴り落ちているばかりだ。

 棚に目を向けても、そこかしこにヒビと弾痕が刻まれているばかり。ネジが壊れて使い物にならなくなった蝶番が吊り下がった扉を軋ませて音を鳴らす。

 

「....うっ....っぶ!?」

 

 ある壁に目を向けた瞬間、目に飛び込んできた光景にえづく。

 一面に散ったおびただしい量の血糊が飛沫となって壁面を赤や黒に彩っていた。

 床に広がるであろう惨状の一部が視界の端に映る。今すぐにでも背を向けて逃げ出したい。願う心とは裏腹に体は混凝土のように動きを封じられている。

 

「に....げっ!?」

 

 力を振り絞り、振り返り足を踏み出してすぐ、何かに足を取られて転倒する。

 

「ッッ!?」

 

 強烈な血の臭いと、粘り気のある生温い液体。

 痛みに閉じていた瞳を開け、それを目にした。

 人がいた。私と向き合うようにして倒れた人が。

 顔面の半分が破裂し、眼孔から零れた目玉が神経の糸を引いて転がっている。

 半開きの口から垂れた舌は唾液混じりの血液を舐める。

 立ち上がろうと手を付くが、血に濡れたそれは床に広がる血の海と絡みぬらぬらと滑る。動く程に血に汚れる事も構わず、駄々をこねる子供のように暴れ、やっとのことで体を起こす。

 

「ッ!!ゲホッ....ゴッ....ェォ」

 

 湿気た制服が放つ臭いとベタつく両手。強烈な不快感に噎せると、腹の底が脈を打つように動く。

 突き上げられるように何かが喉をせり上がり、口に広がる塩気と酸味の混じった味が咳と共に吐き出され、地面を濡らす。

 

「ゴボッ....ォ....ゲエェッ」

 

 ベチャベチャと音を立てて床を汚す嘔吐物。緊張で何も食べられず居たことが幸いしただろうか。幾度となくえづき、胃の中が空になる頃には酷い吐き気は弱まる。

 視界は涙に埋められぐちゃぐちゃに歪み、荒い息は封じられていた呼吸を必死に求める。

 

「助けて....こんな事....聞いてない」

 

 直前に受けた襲撃者の攻撃。極度の緊張から解放されて間も無くの新たな衝撃。

 死が迫る襲撃の感覚も血の凍るような恐ろしさがあったが、攻撃の凄惨さを明確に物語るこの地獄はそれ以上に私の心を叩き潰していく。

 割れた頭蓋に溜まった血液の中。元は脳であっただろう無数の欠片が虫の幼虫のように漂っている。

 再びの嘔吐感に目を背ければ、そこにも別の被害者が居た。

 蜘蛛の巣に似た放射状の亀裂。その中心から磔にされたように垂れ下がった死体は、その衣服が白衣だと分からないほど血に汚れている。あらぬ方向を向いた頭部は首の中間辺りでぱっくりと割れ、乱暴に裂かれた皮膚や肉の断片とそこから滴り落ちる唾液のような血液が合わさり、まるでそこにもう一つの口があるかのように映る。

 

「ウブッ....」

 

 踞り咳き込む。喉は腫れ上がったように痛み、胃液も空になるまで吐き出した口からは、唾液が糸を引いて落ちるばかりだ。

 もう何も見たくない。酷く痛む腹を押さえ、残された片手でテーブルを掴む。

 ようやく立ち上がった体でテーブルの感覚を確め、よろめきながら歩く。部屋を隔てる扉は既に壊されているらしく、廊下に出た後は壁を頼りにして進む。

 血の臭いが充満する暗い道。壁面に添えた手だけを頼りに、目を閉じて歩く。

 

「見つかったぞ逃げろ!」

「嘘!どーーー」

 

 人の叫びが聞こえたかと思えば、けたたましい発砲音に飲まれ消えていく。瞼の裏で再生されるイメージを振り払い、長かった廊下を抜ける。

 扉に手を突き、深く呼吸をする。絶やすことを許されない緊張感と、消えることの無い不快感。

 誰でも良い。あの襲撃者でないのなら誰でも構わない。生きた人の姿を見て安堵したかった。

 

「....止まっていたら駄目」

 

 スイッチに手を近付けるとパネルが点灯し、緩やかに扉が動き出す。

 開かれた扉を潜り室内を見回すと、そこに酷い破壊の痕跡はなく襲撃者による攻撃を受けていないようだった。

 給湯室であろうその部屋。襲撃者の攻撃を凌ぐ手段こそ見つけられないだろうが、先ほどの襲撃で受けた傷を治療出来る道具程度は見つかるだろう。

 いくつかの戸棚を調べ、見つけたものの中からエナジーバーと医療キットを鞄に納める。荷物は重くなってしまったが、どの程度この場所で隠れている事になるか分からない。必要な物は手に入る時に持っておきたい。

 盗みをはたらくことに気は引けるが、今は非常事態だ。生きる為なら、神様も少しは許してくれるだろう。

 

「....これでよし」

「....誰かいるのか?」

 

 重くなった鞄を持ち立ち上がった時、私を呼び止める声がした。

 弱々しい人の声。襲撃者ではないようだ。

 

「....」

「手を....貸してくれ....ガードボットの野郎にやられた」

「ガード.....ボット?」

 

 相手には敵意が無いように感じられ、僅かな安堵感からか、言葉を返す。

 

「なんだ....新入りか?あのクソロボット共だよ.....悪い。声が遠いんだが、もう少し俺の方に来てくれないか。なに、攻撃なんてしないし出来もしないさ」

 

 声に促されその主の元に向かうと、戸棚に背を預けた男性が座り込んでいた。手で覆った下腹部には赤い染みが広がっている。

 床には地に濡れた拳銃が落ちていたが、言葉通り彼にそれを扱えるだけの力は残っていないのだろう。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫では無いな」

「え、えと....そうです....よね。あの」

「手当てを....頼めないか。血が止まらないんだ」

「え!?あ....分かりました。少し待っていて下さい」

 

 鞄を開き、拾った医療キットの一つを取り出す。

 手に入れて早々に貴重な道具を他人の為に使う。危機感が無いと言われるかもしれないが、苦しんでいる人を見過ごしたくはない。それに、再び襲撃者に見つからないように動けば残りの医療キットを使うこともない。

 医療キットと呼ぶにはやけに小さなそれのチャックを開くと、中には錠剤と薬液で満たされた注射器、包帯が入っている。

 

「こ、これだけ....」

「ああ....心配は要らない。そいつはRMC製品だからな。人間の作る物より遥かに高性能だ」

「で、でもどうすれば....」

「注射を....してくれ。どこでも構わない。あんたのやり易い場所に」

 

 箱から注射器を取り出し、針の先端に取り付けられたカバーを外す。

 

「失礼しますね」

 

 男性の白衣を捲り上げ、腕に針を射す。

 

「....」

「痛くは無いですか?」

「気にしなくても....大丈夫だ。ここでの暮らしに比べたらなんて事無い」

 

 かすれかけていた声に生気が戻っていく。

 

「....幾らかマシになった。あんた、ありがとうな」

「....もう怪我は大丈夫なんですか?」

「ああ、少しばかり痛むが....今はそうも言ってられないからな....全く、本部もとんだ万能薬を産み出してくれたもんだよ。これじゃ休む口実も作れやしない」

 

 俺達は馬車を引く馬かと毒づき、男性は苦々しい笑みを浮かべながら立ち上がる。白衣越しの傷の程度は分からなかったが、およそ広がった血の痕を残す程の傷を受けていたであろうとは思えないように男性は動く。

 

「こんな狭い部屋で奴に見つかったら終わりだ。一先ず他に安全な部屋に行こう」

「無闇に動いて気付かれないでしょうか」

「どう隠れたっていつかは出くわす。考えるのはその時にどうするかだ」

 

 男性は私の不安に対して否定的な言葉を返し、その先の事態について答える。

 

「この先にロッカールームがある。そこなら道具も見つかるだろう。あんたの役に立てる物もあるはずだ。お互い話すこともあるだろうが、詳しいことはそこでしよう」

「....はい」

 

 男性が部屋の扉を開け、暗い廊下へと踏み出す。泥のように張り付く血の臭いは変わらず、忘れられていた嫌悪の感情が再び沸き上がる。

 

「....う」

「なんだ、あんた血の臭いには慣れてないのか。魔術師なら修羅場の一つも潜り抜けてるだろう?」

「私は魔術師では....ないんです」

「魔術師じゃない?なら何かの手違いで....待てよ。もしやあんたが例の」

「....その、あまり話していると....うぅ」

 

 息を殺して歩いてきたここまでの道中とは違い、会話をしながらではまともに空気を吸い込むことになる。

 返事をする度に血の臭いにえづき、話に集中出来ない。

 

「....急ぐか。あまり話し込んで気付かれでもしたらまずいからな」

 

 男性が身を低くし、こっちだと進行方向を指で示す。対面の廊下との間に設けられた巨大なガラスの下を進み、廊下を渡る。

 水気のある足音で足下の地獄を想像しないよう、目先の目的に意識を集中させる。

 

                ●

 

「何とか見付からずに済んだな」

「....はい」

 

 薄暗いロッカールーム。施設全体の電力が足りていないのか、どの部屋の電灯も点滅を繰り返しており目がチカチカと痛む。

 

「にしてもあんた、随分とタフだな。ここまで来るにしても普通の人間が見るには悪夢と変わらないような場所だっただろうに....まともな奴なら死体でも見ようものなら泣きわめいてリタイアするぞ」

「....確かに怖かったですけど、何故でしょう....突然こんな場所で目を覚まして、誰か....いえ、何かに襲われて、死体の山を見て、きっと怖いと思う感覚がおかしくなったのかも知れません」

「....なるほど。よく分からないが無事ならそれで良いか」

「はい。折角手に入れたチャンスを無駄にしたくはないですから」

 

 本来なら襲撃者に襲われた時点で動けなくなっていてもおかしくない状態だった体は、今もここで男性と言葉を交わしている。

 恐怖心のタガが外れた事もあるのかもしれないが、それと同時に今の私が唯一助かる方法である治療を前に止まる訳にはいかないという覚悟のようなものが、この体を前へと突き動かす原動力なのだろう。

 

「良いな。そうやって前を見て生きて行けるのは。ここの人間は殆ど忘れた心だ」

「忘れた....ですか?」

「ああ、ここは魔術師の失敗作が送られる場所だからな」

 

 朗らかに話していた男性の声が沈む。俯いた顔に落ちた影が、その疲労を顕にしている。

 

「魔術師ってのにも良し悪しがある。生まれついた才能だが、そんな事で人生が左右される」

「生まれつきの才能....」

「成功作は手塩にかけて育てられるが、そうでなければ真逆の扱いを受ける。スパルタ式で魔術の腕を教え込まれるなんて話だが、そんなことでもまだマシな方だ」

「....」

「金持ちの家で産まれた能無しは体を弄られてまで魔術の才能を植え付けられもする。だが、そんな大層な事をしても親の望むような魔術師が出来上がるのは一握り。そこでもふるい落とされた失敗作は捨てられる」

 

 捨てられる。さも当然のように飛び出した言葉に身体が震える。

 

「そんな簡単に....自分の家族じゃないですか」

「家族ねえ....そんな風には思われないんじゃないかね」

「どうして、おかしいですよ....そんな」

「『魔術師』は人間じゃない。『魔術師』になってやっと人として最低限の扱いを受けられる。それまでは真っ当な命としてすら扱われない」

「人間じゃ....ない」

「魔術師は『家』に帰属する繁栄のための道具だ。長く続く名家となる為に、より優れた魔術師を選び出し、次の世代に繋がないといけない。競争に負けた道具は適当に改造されて、それでも見込みがなければゴミ箱行き。尤も、殺されずここに追放されただけでも有情だがな」

 

 諦め切った声音。私にとっては異常な事も、男性にとっては疑う必要もない秩序なのだろうか。

 

「ここで魔術師の力が目覚めて、運が良ければどこかの家に拾われる可能性がある。暮らしこそ地獄そのものだが、死ぬよりマシだ」

「....一緒に逃げましょう」

「は?」

「私もお手伝いします。ですから、一緒にここから逃げましょう。そうしたら、人間として生きられる場所を探すんです。魔術師になんてならなくたって良いじゃないですか」

 

 思わずそう口にしていた。他人の人生に口出しをするなどらしくもない事だ。普段の私が聞いたなら顔を青くして止めにかかるはずだ。

 

「いやいや、そうはいかない。俺は魔術ーー」

「捨てられた。そう言いましたよね。それならもう良いじゃないですか。辛い思いをしなくたって、自由に生きたって誰も怒ったりしませんよ。捨てられて、死ぬ思いをして、また同じ苦労を重ねて....魔術師のルールに囚われる必要なんてありませんよ」

 

 目の前にいるのは私と同じ人間だ。体も心も私と何ら変わらない。その彼が聞くに堪えない過去を背負ってまで、不条理なルールに従う必要など無いはずだ。

 

「....あんた」

 

 訝しむような顔をしていた男性が吹き出す。

 

「まあ、確かにそうかもな。仮に魔術師として認められても、拾われた家の道具として使い潰されるだけだ....そうか、人間の生活か。考えたことも無かった。良さそうだな、そんな生活も」

「そうですよ。一緒に探しましょう。あなたの生活を」

「そうだな。悪い話じゃーー」

 

 鈍い金属音に男性の声が掻き消される。穏やかに動いていた時間が一瞬で凍り付き、忘れていた恐怖が雪崩のようにそれを押し流して心を冷やしていく。

 

「ひっ!」

「しまった。聞かれたか」

 

 振り向けば、目覚めた部屋で見た光景と同じひしゃげた金属の扉がそこにあった。

 

「っ!あのロボットです!早く逃げないと」

「出口を塞がれてる。下手に突っ込めば捕まるだけだ」

 

 男性の言葉に、死体の山の中で目にした一つを思い出す。

 人のそれとは似つかない形で潰された奇形の頭。吐き気が込み上げるが、それを押し殺す。

 

「隠れられたら....上手く行けば!」

「野郎は温感センサーを積んでる。どこに隠れても蜂の巣にされる」

「....なら、どうしたら」

「死にたくないなら戦うしかない....」

 

 耳を疑った。男性の言葉は凡そ信じられないものだ。あの地獄を作り出した存在とどう戦えと言うのか。

 

「戦うなんて無謀ですよ。そんなことをした方が危険です!」

「逃げ回って蜂の巣になるよりか死際は楽だぞ」

「死際って....そんな覚悟」

「なら尚の事戦う以外に選択肢もないだろう。負ける事ばっかり考えてないで、勝つための秘策を編み出すんだ」

「勝つ秘策なんて言っても....」

 

 過去と現在。差し迫った二つの恐怖心が判断力を鈍らせる。ここまでの記憶を一つ一つ辿るが、どれを思い出しても身が凍るような感覚に襲われるばかりだ。

 重い音を鳴らして形を歪める扉が、瞬く間に小さく潰れていく。

 

「温感....温度....あ!」

「なんだ。何か思い付いたのか!?」

「は、はい!ここに来るまでに、あのロボットに襲われたんです。その時にロボットのセンサーが故障して生き延びられたんです」

「なるほど。それでどうやって生き延びた!?」

「ええと、確か....液体窒素です!ロボットがサーマルセンサーのエラーと言いながら立ち去って行って、部屋に液体窒素のタンクが落ちていたんです」

「そうか!センサー異常でメンテナンスに」

 

 男性が嬉しそうに手を叩く。

 

「あんた、お手柄だ!それなら俺に考えがある」

「本当ですか!?」

「ああ。良いか、聞いてくれ」

 

              ●

 

 激しい音をあげて扉が真二つに折れ曲がる。暗い影の奥で赤い単眼が瞬き、無機質な音声が聞こえる。

 

「敵対存在を検知。制圧射撃開始」

 

 閃く灰色の光。前の襲撃時と変わらない無機質な人の声。相手が死神だったとしても、もっと感情の籠った言葉で死を告げただろう。

 照明の下に晒された銃口が輝く。

 暗い奥底から放たれる色の無い殺気は、敵がこちらに一切の興味を抱かず、ただ淡々と殺しを遂行しようとする意図をありありと伝えてくる。

 爆弾の如く鼓膜を鳴らすその音は銃声か。或いは私の心臓か。

 体そのものを震わす程の緊張感に、歯を喰い縛り堪える。

 

「今だ!」

 

 男性の叫び声。全てを上書きして鮮明に届いた言葉を合図に床を蹴る。

 私を追い抜き宙を舞う赤色のタンク。直後に乾いた銃声が響き、周囲に白煙が撒き散らされる。

 闇の中で爛々と光る敵の眼光が白にまみれ、次第に薄く弱く埋もれて消えていく。

 

「視覚センサー障害発生。サーマルセンサー異常継続。聴覚センサー探知に移行」

 

 眼前に迫った敵。影が掛りいっそう黒みを増した鈍灰の装甲。遥か上でギラギラと輝く赤い眼光は、叩き潰さんばかりの圧を降り注がせている。

 混ぜ合わさりながら膨れ上がる感情に気付かないふりをして敵の真横を走り抜ける。

 重い摩擦音を鳴らして機体を捻る巨影。それが私の足音を捉えて狙いを定めている事は考えずとも分かる。

 気に止めるな。男性の言葉を信じて走り続ける。地面を黒く染め上げる角張った影は、箱が開かれる様に広がる。逃れることの叶わない脅威だと心は泣き叫ぶが、ここで諦めれば全てが終わる。

 転げるように飛び出した廊下。曲がり角の先からアラーム音が鳴り響き、影の動きが制止する。

 目前の危機は迫ったが、休む暇など無い。男性から聞いた倉庫に向かい全力で駆ける。

 遠ざかるアラームと、それを掻き消して響く地鳴り。離れていく筈の脅威への恐怖のは納まるどころか増していくばかりだ。

 

「っ!ここ!」

 

 壁に取り付けられた看板が示す倉庫の文字。パネルに手を叩き付け、危機感を欠片も感じさせない速度でゆったりと開いていく扉を待つ。

 

「早く....!」

 

 人が一人通れる隙間が出来たのを確認し、身を横にして間を潜り抜ける。普段は周りの視線が痛い細身の体型も、この時ばかりは誇りに思えた。

 

「スイッチは」

 

 朧気な部屋の壁を隅々まで調べ、それらしいパネルに触れると、他と変わりのないぼんやりとした電気が点灯する。

 期待はしていなかったが、案の定の結果に溜め息が溢れそうになる。

 

「....急がないと」

 

 並んだ棚の間を早足に歩き、記憶を頼りに板上に敷き詰められた中から目的の品を探す。

 強烈な破壊音が近付き、次第に地を揺らし始める。

 額にはみるみるうちに汗が浮かび、棚を追う目的もその内容を確かめるより、それらしい物を見付けるだけの事に意識を奪われていく。

 

「大丈夫....集中して」

 

 倉庫の奥へと進むにつれ、明かりは弱々しくなる。電灯が故障しているのか、見上げれば光の消えたLEDライトが寂しげに置かれているばかりだ。

 暗い倉庫内に目を細め、棚の隅々まで睨むように見つめる。

 

「あっーーー」

 

 間近で鳴り響く爆音。振り向いた先には手にした銃器で扉をこじ開け、上体を下げて狭い入り口から顔を覗かせる巨影の姿があった。

 

「っ!」

 

 足が動く。目が再び前を見据えるより先に動いた景色に驚愕するが、瞬く間に冴えた意識がそれに追い付く。

 棚の柱を掴み、その後ろに回り込んで影から巨影を見る。巨大な頭部に一点の赤い光が灯り、目玉がそうであるようにギョロギョロと倉庫内に向けて忙しなく動く。

 

「....気付かれて....ない?」

 

 巨影から視線を外し、棚越しに後ろを見ればずらりと並んだ小型のガスタンクの中に見覚えのあるラベルを見付け、突如訪れた敵の襲来に消されかけた記憶が呼び起こされる。

 

壁に伸びた赤い光。銃器の照準器を思わせる針のように鋭利なそれが目にした幾つもの光景を想起させ、本能が逃げろと悲鳴を上げるが動き出しそうになる身体を寸前で引き留める。

 

「....」

「敵対反応検知不可....捜索範囲を変ーー」

「あんた!目的の物は見付けたか!」

 

 叫び声に振り向けば、巨影の陰から男性が倉庫に駆け込んで来る。

 

「野郎の相手は任せろ。あんたはそいつを寄越してここから出るんだ!」

 

 男性の事が気掛かりだが、無駄な問答をしていては二人まとめてここで終わりだ。

 言葉に従い、タンクを取り出し棚の傍を離れて走る。巨影が私を見るより早く、男性が手にした拳銃で巨影に発砲する。反応が止まった隙に倉庫内を走り、男性の元へ辿り着く。

 

「これです。まだ倉庫の奥にいくつか置いてあります!」

「感謝するぞ、あんた。後は俺に任せてくれ」

「....お気を付けて」

「あんたもな。出るまでに死なないでくれよ」

 

 男性はタンクを受け取ると、巨影の正面に向かって走り出す。

 

「ウチの同僚達が世話になったなクソ野郎。散々殺し回ってくれたみたいだが、それもここで見納めにしてやる」

「敵対存在検知....排除開始します」

 

 巨影が腕を振りかぶったと思えば、凡そその鋼を継いで作られた鈍重な体躯からはあり得ないであろう速度で床を殴り付ける。

 鋼鉄の槌に割かれ、行き場を追われた空気が、嵐の如く吹き荒ぶ。

 唸る風に炸裂音が紛れ、白煙が巨影を取り巻くように立ち込める。

 地に拳を叩き付けたまま静止した機体からの駆動音が止まり、長い静寂が訪れる。

 

「あんた、大丈夫だったか」

 

 薄く散りながら消えていく白煙の中から、口を抑えた男性が咳き込みながら現れる。

 

「怪我は....無さそうだが....悪いな。あんたにばかり面倒を押し付けて」

「い、いえ。私はそんな」

「あんたの経験に救われたよ。これなら他のガードボットを倒すにも役立つかも知れない。ここからの脱出も夢じゃないぞ」

「はい。一緒に頑張りましょうね」

「ああ。ところであんた。魔術師でもないのにここに居るってことは、ここに来る前に何かの治療を受けていないか?」

「人裂症の事でしょうか。ラドンメディカル....そんな名前の会社で治療を」

「やはりな。だとしたら、もう一人ここに送られた人間が居るはずだが」

「....もしかして」

「赤髪の女だったか。確か、あんたと同じ処置をして向かわせるって話だったはずだ」

「西園寺さんもここに居るんですか?」

「西園寺?いや、名前までは聞いていないが、あんたの知り合いか?」

「友....はい、高校のクラスメイトです」

「ならそっちのお客も探さないとだな」

 

 西園寺さんが来ている。それを知って心のざわつきが大きくなる。私の行動で彼女を危険に晒してしまった。彼女も私と同じ目に遭っていないだろうか。

 滲むように湧いた心強さを覆い隠し、何倍にも膨れ上がった罪の意識が立ち止まったままの自分を叱責する。

 

「急ぎましょう。西園寺さんと合流して、早くここを出ないと」

「ああ。他のボットに見付かる前にここを離れよう」

 

              ●

 

「静かですね」

「ああ、この階だけでも2機はボットが残っていたはずだが」

「そんなに....」

「あんたの知り合いがどこにいるかも分からない。一先ず下の階に向かおう。出口に向かいながらの方が効率も良いだろう」

「はい」

 

 倉庫前の廊下を離れ、下階への道を男性の案内に沿って進む。

 数分前の激闘が嘘のように静かになった空間には、尚も息の詰まるような圧迫感がある。

 

「あのロボット。本当にもう動かないんでしょうか」

「当分は止まったままだ。エネルギーの供給を絶たれてるからな」

「エネルギーですか?」

「ああ、あの野郎は変わったジェネレーターを使ってるからな。液体窒素の爆発でそいつを凍らせてやった」

「....な、なるほど」

 

 男性の話には付いていけないが、ロボットを倒す事には成功したのだとわかる。

 

「もうすぐ下に続く階段がある。足下には気を付けろよ」

「はい」

 

 閉じた防火扉を潜り抜けると、踊場の壁に明滅する階層を示す電灯が見えた。

 

「悪い、あんた。野郎を陽動した時に携帯を廊下に置いたままなんだ。代わりにあんたの携帯で足下を照らしてくれないか」

「分かりました。少し待ってくださいね」

 

 ポケットから携帯を取り出し、ライトを点け階段を照らす。

 

「これでよし。さあ、行きまーーー」

「いや、待ってくれ。何か聞こえないか」

 

 辺りを見回す男性に倣って耳を澄ますと、唸り声のような物が聞こえた。

 

「....ここに来てバレたか」

「バレたって、あのロボットにですか?」

「他の機体だろうな....あんた。これを持って先に行ってくれ」

「....これは?」

 

 男性は小さなポーチを取り出し私に差し出す。

 

「あんたに持たせるように上から指示があったモノだ。担当の奴が居たんだが、クソボットの野郎に殺されやがって危うく届かず終いだった」

「そんなに重要な物なんですか?」

「ああ、それはマギアコアと言ってな。魔術の力を刻んだ武器みたいな物だ」

「武器....」

「それさえあればクソボット共を蹴散らすのもずっと楽になる。あんたがここから脱出するには欠かせないモノだ」

「それなら、ここで貴方が使えば」

「俺なら問題無い。それに、あんたを見て思ったよ。あんたならここから逃げ出せる。だから俺は最後まであんたを見送らなきゃならない。あんたは先にここを離れてもう一人の人間を探しておいてくれよ」

 

 貴方を置いては行けない。

 そう私が口を開こうとするのを制して男性が続ける。

 

「良いかいあんた。俺達の仕事はあんたを迎えてここから送り出す事だった。施設が壊滅してそいつも叶わない事かと思って提案に乗った。だがあんたが自分の目的を果たそうとしてるなら、俺も自分の仕事を果たさなきゃならない」

「仕事なんて....今はそんなことを言ってる場合じゃないですよ!」

「俺達の未来はお先真っ暗だが、あんたには幸せになれる未来と、それを叶えられる力がある。より可能性がある者が優先されるべきなのは当然だ」

 

 突然その場に残ると言い出した男性は、私の言葉を意に介していない様子で話を続ける。

 

「何より家族からも捨てられた俺に手を差しのべて、ほんの一時でも自由になる夢を見せてくれた。あんたはいい人だよ。そうだ。あんたのような善人はこんなところで死ぬべきじゃない。生きて未来を掴むべきだ」

 

 私の手にポーチを乗せ、男性はそれを軽く叩く。

 

「あんた。必ず生きて幸せになるんだ。俺はここで俺なりの幸せを見付けるさ」

 

 そこまでを言うと、男性はさあ行けとだけ言い残して防火扉の向こうへと戻っていく。

 ポーチを握ったまま立ち尽くしていたが、防火扉の閉まる音で我に返る。

 

「....」

 

 

 引き留めなければと動かした足はすぐに立ち止まる。ここで追い掛けたとして、邪魔になるだけかもしれない。そう思えば、先に西園寺さんを見つけ出すことの方が優先だろう。

 

「どうか無事で居てください」

 

 後ろ髪を引かれる思いで階段を下りる。この先もあのロボットとと遭遇する可能性は十分にある。まずは共に行動出来る仲間が必要だ。

 男性の口から聞いたもう一人の人間。その人が西園寺さんであることと、その無事を祈りながら階段を降りる。

 

             ●

 

「さあ、どっからでも来いよ。やるべき事は分かったんだ。俺だけでも片付けーーー」

 

 男の声が詰まる。バーナーに似たスラスターの噴射音が止まり、代わりに廊下の影から現れたそれは、彼が少女と共に先刻打ち倒した敵とは異なる存在だった。

 

「敵対存在検知。排除を開始」

 

 それの腕からチリチリと鎖の衝突するような金属の摩擦音が鳴り始める。

 

「何でお前がこんな場所に....全く。格好の1つもつけさせてくれないってワケかよ」

 

 驚愕の色が浮かんだ男の声も、すぐに全てを悟り諦め切った溜め息混じりの物に変わる。

 

「生きてくれよ。あんたなら、例えこいつが相手でも上手くーーー」

 

 呼吸の隙もなく鳴り響く銃声。宙に投げ出された男の肉体はみるみるうちに細切れになり、血を雨の様に散らしながら肉片へと形を変えていく。

 

「生体反応消失。下階に複数の生体反応を確認。探査を続行」

 

赤い飛沫によって彩られた廊下で、黒金の影が再び歩を進め始めた。

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