ココロネ・リンカーネイション   作:rippsan

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正体不明の巨影との激突。男と別れ脱出に向けて建物を進む結衣は、新たな階層へと足を踏み入れる。


異醒迷果

  床を鳴らす高い靴音が人一人居ない階段に響く。その1つ1つが先刻戦ったロボットに届きはしないかと怯え、孤独な空間では何倍にも騒がしく感じられる足音を抑えて歩く。

 暗所に慣れた目を刺す照明の点滅が緩く締め付けるような痛みを頭に響かせる。

 下階の廊下とを隔てる扉を開ければ、いくつもの穴が空けられた防火扉が薄明かりに貫かれ頼り無くそびえている。

 衝撃によって歪められたのか立て付けの悪くなった潜り戸は固く、力任せに引いてようやくゆっくりと動き始める。

 扉を抜け、音を立てないようにそれを閉めて周囲を確認する。

 上階と変わらず薄暗い廊下は心をざわつかせながら、同時に妙な安心感を覚えさせる。

 想像した惨状よりも状況が良い方向にあったからなのだろうが、それは最悪の状況と比較した結果に過ぎない。

 確実に感覚が麻痺している。恐怖心が薄れている事を悪いとは言わないが、かといって中途半端に仕上がった覚悟で見当違いな行動を起こしては間違いなく死ぬ。

 気を抜くな。

 焦りと逸りが混じる心に喝を入れて意識を整える。

 

「まずは西園寺さんを探す。それからここの情報を....ううん、情報も一緒に探そう。目立たなければ襲われる事もない筈」

 

 上階に比べ、この階は比較的被害が少ないようだ。無論血の臭い1つしない安全な環境とはとても言えないが、それでも死体が山のように積み上がっていないだけで幾分かの安心感がある。

 悪臭に手で鼻を覆う。文字の記されたボックスが内側の光を通して各部屋の内部を示しているようだが、番号で振り分けられた表示ばかりのそれらを見るにこの近辺ではめぼしい情報のある部屋を見付ける事は出来そうにない。

 手にしたままのポーチを見れば、それには身に付ける為の装備が何1つ取り付けられていない。手の中で回して全体を見ても、それは変哲の無いポーチのようだ。

 

「どうしたら良いんだろう」

 

 手に持ったまま歩き回るのは荷物もかさばり、万が一の時に逃げるにも不便だ。内容物の確認をするため、手近な部屋中に向かう。

 専門の器具が並ぶ上階の内装とは変わり、部屋の中はコンピュータとデスクが配置された様相であった。

 扉から離れ、部屋の隅に寄ってポーチのチャックを開けると、中には美しい球形をした水晶玉のような物が納められている。

 

「これが....マギアコア」

 

 男性から聞いた『マギアコア』と呼ばれる物。武器になると聞いていただけに、想像していたより随分落ち着いたデザインの道具が出てきたことに拍子抜けしてしまう。

 1つ1つを手に取ってみるが、こちらも一見何の変哲もない色付きの水晶玉といった印象を覚える。こんなものであのロボットを倒せるとはとても思えない。

 

「こんなことしてる場合じゃない。早く西園寺さんを探さないと」

 

 ここに来たのは西園寺さんと合流するためだ。気になる事は山積みのままだが、本来の目的から外れて没頭しては、ふとした拍子に危険な道に踏み込む可能性も十分にある。

 水晶玉をポーチに納め、それを抱えて持った時、奇妙な事が起こった。

 腰に当てたポーチが光を放つ。落とした視界を刺す白い光に目を細める。

 次第に薄らいでいく光に目を開けると、ポーチからはそれまで存在していなかったベルトが伸び、私の腰に固定されていた。

 

「え....あれ?」

 

 呆気に取られていた意識が戻り、ベルトの触感を確かめるが、それもまた違和感の無いごく普通の革製ベルトだ。

 

「....取り敢えず良かった。のかな」

 

 突然の事に驚きはしたが、思わぬ形で眼前にあった悩みが解決された。気を取り直し周囲の確認をすると、天井に赤いライトの点滅が見えた。

 脳裏を過るロボットの視線に縮み上がるが、よく観察してみればそれはただのカメラであった。

 

「監視カメラの....でもどうして動いて居るんだろう」

 

 室内に置かれていたデスクのパソコンに近付き、電源を入れる。うかつな行動だったが、幸いにも目だった起動音も鳴らさず静かに立ち上がった画面は、間も無く真っ青な画面に切り替わる。

 

『緊急電源の作動を確認。一部システムを制限。施設電源の復帰を確認後、メインコンピュータから制限の解除を行って下さい』

 

 画面に映し出された文字列に続き、下部のスペースにメインコンピュータのある部屋へのルートが表示される。

 使用可能な機能のメニューも表示されているが、どれも現状を打破するには使い物にならないものばかりだ。

 

「そんな....」

 

 監視カメラの映像があれば施設内の状況を把握出来るだろうと思ったが、それほど上手く事は運ばないようだ。

 仕方なく画面の地図をメモに記録し、パソコンの電源を切って部屋の探索に戻るが、この部屋は個人のオフィスなのか他に目につく物と言えば書棚の本程度だ。

 小難しい本の中に紛れた『怪奇』や『超常』等と言う文言に目が留まってしまう辺り、この部屋の主が居たなら、その人物とは話も盛り上がっただろう。

 幾つかを手に取って見てみるが、どれも私の心を動かすに十分過ぎる魅力に溢れており、切羽詰まった状況でなければこのまま何時間でも暇を潰すことが出来ただろう。

 

「い、急がないと」

 

 後ろ髪を引かれる思いで本を棚に戻し、部屋を後にする。開かれた扉の陰から廊下を覗き、耳を澄ます。

 静寂。

 不安から安堵。安堵から不安。

 その言葉の意味が忙しく入れ替わっている。

 今はそのどちらだろうか。無音の空間に溶け込むように部屋を出て、記録した地図を眺めてこの先の行動を思案する。

 

「パソコンの制限を解除して....違う。先にこの階を探そう。もしかしたら西園寺さんが居るかもしれない」

 

 携帯をポケットに仕舞い、明滅するボックスを頼りに部屋を探す。

 番号ばかりの記された部屋の並ぶ廊下は無限に続くように思え、どこかで敵に見つかりはしないか。西園寺さんが見つからないのではないかと、不安が歩を進めるごとに腹の底に積もってムカムカと泡の湧くような不快感を作り出す。

 薄明かりが射す廊下の中。あるところで光の失われた暗い1つを見付ける。

 

「....何かあるのかな」

 

 曲がり角から顔を覗かせ、その奥を見つめるが、目を凝らしても闇が続いているばかりだ。

 

「....」

 

 携帯のライトを起動し、床を照らしながら奥へと進む。

 目に見える異常が起きているのはこの廊下だけだ。どのみち全ての道を探して回るのならば、不安の種になりかねない存在は早くに解決しておいた方が気持ちも楽になる。

 怖い等と言っている余裕は無い。何より上階での事を思えば、今さら暗闇程度に怯える弱さはとうに消え去っている。

 目線の少し先だけを僅かに照らす小さな灯り。暗闇の中を探り、ただ食い入る様に前を見つめ、起こり得る自体を想像しようとする思考を無視する。

 壁に添えた右手がその冷たい感触から離れる。携帯を向けて照らし、浮かび上がった物に自分の行動を激しく後悔した。

 鈍い光沢の灰色が背筋を凍り付かせる。微動だにしないそれに刻み込まれた記憶の映像が転写され、影の中に沈んだ全貌が映し出されていく。

 

「あ....っ」

 

 漏れ出た声を息を飲んで咄嗟に殺し、後退る。跳ね上がるように逆立った鳥肌は弾けるような痛みを発し、痺れる身体は震え、私が望むよりずっと遅くブリキの人形が軋むように緩慢な動きを続ける。

 気付かないで。そう必死に祈りながら足を動かす。

 物音の1つも聞き漏らさないと思うほどに耳が冴え、縮み上がり小さくなった心臓の鼓動さえ鮮明に届く。

 暗闇に沈んでいく灰の巨影。水が濾過されるように、脳から降り注ぐ絶え間ない焦燥感が胸に落ち、じわりじわりと薄れていく。

 

「....」

 

 遮られた呼吸と混濁した感情。息苦しさに涙で視界が歪むが、危機を脱する事だけを考え思考の外へと追いやる。

 

              ●

 

「....っは....ぁ」

 

 気付いた時には息を切らせて廊下に座り込んでいた。

 後先も考えず走り続け、この場所に辿り着いた道など分かる筈もない。

 圧し潰すような暗闇が纏わり付く不安と孤独を私の身体に張り付け、刷り込むように迫る。

 帰り道も分からず動き回るのが危険な事は誰に言われなくとも理解しているが、ここに留まっていては死を待つだけだ。期待など出来ない助けを呼ぼうとした時、遠くで聞き覚えのある音が鳴る。

 地鳴りに似たその音は灼熱の如く迷いを焼き払い、埋もれ燃え残った答えを顕にする。

 

「に、逃げないと!」

 

 何処に逃げる。分からない。それでも逃げるしかないと動く身体に逆らう事は考え付かなかった。

 音から離れ、早足で廊下を進む。携帯のライトで道を照らす。

 足下を照らすだけが精一杯の光源。その先の闇は歩を進める足を何度も躊躇わせるが、怯え引き下がったところで待つのは死だ。

 立ち止まっても結果は同じままだっただろう。身を危険に晒す事に変わりはないが、行動する意思を突き動かしてくれた事には、あのロボットであろう音の主敵ながら感謝すべきだろう。

 照明の消えた廊下にも幾つかの扉が見られる。万が一が起きた時には部屋に隠れてやり過ごす事も出来る筈だ。

 もっとも、扉に接続されたパネルの照明が消えているのを見ればそれが機能しているとも考え難く、当てにするには無理のある作戦になりそうだが。

 携帯の画面に目を向ければ、バッテリー残量は半分を切っている。まだ余裕があるとは言え、いざとなってバッテリー切れなど笑い話にもできない。通信の回線もアンテナ一つ立たない状態が続いており、西園寺さんと連絡を取る術もない。

 

「折角交換しても、これじゃあ意味がないよ」

 

 災難続き。不幸中の幸いがあるとすれば、まだ命があることくらいだろう。

 

「いっそあそこで死んでいた方が....」

 

 実際には覚悟も無い癖にそんな言葉が口をつく。必死になって逃げ回り、確証もない作戦に乗って戦った人間の愚痴とは思えない。

 

「弱気になったらだめ。まずは何か考えないと」

 

 視界の先で赤い光が灯る。曲がり角だろうか。それとも交差路か。突如現れた壁に驚く心配が無くなったと僅かに心が軽くなる。

 

「....え?」

 

 目の前で起きた事。それを飲み込んだ瞬間激しい違和感が湧き出す。

 赤い光。消火設備のライトであればそんな光を発するだろう。ここまでの道でも数える程度だが目にした物だ。

 何故それが突然。浮かび上がる思考を整理し1つの答えに辿り着いた時、光がはっきりと動いた。

 無機質な駆動音が傷を抉り出す。瞬く間に凍り付いた身体は一切の指示を受け付けず、恐怖に駆り立てられる心を鎖のように縛る。

 金属が地を踏みしめる足音。続いてピシピシと固い床のひび割れる音が聞こえる。

 他にも何機かのガードボットが居る。

 男性の言葉を思い出し、忘れていた当然の事を改めて理解する。

 ロボットだ。上階でさえ2機のロボットが活動していたのだ。それは下の階にも同じことだと考えるのは普通の事だろう。

 上下に揺れる光が光度を増していく。

 暗闇に降りる鉄槌。

 凄まじい圧を滲ませる頭部が項垂れるように姿を現す。まるでそこに私が居ることを知っていたとでも言うように、顔を向けず地に落ちた深紅の光だけが私を見据える。

 貫くような激痛。完治せずジクジクと痛む胸中の傷口を再び恐怖の槍が突き抜く。

 脅威を目の当たりに、それまで想像の域を出なかった恐怖が形を成す。殴り付けるような衝撃に痺れていた身体の感覚が跳ね起きる。

 踵を返すと同時に、あのおぞましい音が聞こえる。内容など聞きたくもない。何より聞かずとも分かる。

 構わず間近の廊下の陰に逃げ込めば、二度、三度と繰り返した駆動音の後に疾風のような閃光が廊下の壁を焼く。

 引き裂かれた空気が唸り、鉛を叩き込まれた壁が爆ぜる。

 雷の如き轟音が鼓膜を引き裂かんと絶え間なく炸裂する。

 耳を塞いで踞るも、爆音は収まらない。蓋をした手を貫き、直接耳の奥を叩かれているような気分だ。

 目覚めて間も無く感じた最初の襲撃が甦る。

 再燃する記憶が瞬く間に理性の堤防を粉砕し、直後に視界が白に塗りつぶされた。

 

             ●

 

 僅かな光。目蓋の向こうから射し込む淡い光に目を開け、ツンと刺す小さく鋭い痛みに顔を歪める。

 真っ白な空間がそこにあった。空も地面もなく、地平線も見えない膝をついたままの体は足下に広がる確かな感覚を捉えているが、妙な浮遊感が体を支配しているように感じる。

 この身を吹き飛ばさんばかりに騒ぎ立てていた爆音はぱたりと止み、代わりにグジュグジュグジュと水気を帯びた粘性のある音が耳に滑り込んでくる。

 明らかな違和感に辺りを見渡すと、視界の端に奇妙な物が飛び込んだ。

 危険な物には触れなければ良い。そこにある物もそれらと同じで、存在しないと切り捨てれば楽になれる。

 しかし、本能とは憎らしくも一度目にしてしまった物の真相を確かめたがるもので、私の身体もまた煮え切らないままの真実を求めてしまう。

 体を捻り見下ろした視界に飛び込んだ物に激しい動揺と後悔が押し寄せる。

 絶え間なく積もり続けた生々しい記憶が、想像だにしない形でそこに転がっていた。

 忘却しようと腹の底に乱暴に詰め込まれ、出鱈目に折り重なったそれは死に体の胃の中で半生に溶け出した腐肉のようにゲル状の歪な様相を呈している。

 記憶に形など無いというのに、私にはそれが赤黒い血膿に似た生物が蠢いているように思える。

 垣間見える記憶の傷は私が目にした現実をより混沌とさせ、それが孕んでいた恐怖を必要以上に誇張して見せ付ける。

 目を背けようとしたその時、目まぐるしく移り変わっていく記憶の中にはあり得ない物が現れる。

 鍵をかけたように身体の動きが止まる。

 私の姿がそこにあった。再生されてきた記憶は全て、私の目にしてきた惨状の数々だった。

 その中に突如として現れた不可解な映像には、無表情でこちらの目を見つめる私が映っている。

 深く淀んだ緑の瞳、雲を溶かしたかのように白みがかった空色の髪。映像の中の私にはかすかな違和感がある。

 

「....」

「あ....貴女は」

 

 映像の中の私が私の声に気付いている様子はなく、眉1つも動かさず私を見つめている。

 

「....ええと」

 

 再び声を掛けようとした時、映像がノイズがかり、蠢く記憶が弾けて消える。

 

「っ!」

 

 咄嗟に両手で身体を庇うが、衝撃が私を襲うことは無かった。

 おそるおそる腕を下ろして前を見ると、映像の中と寸分変わらない様子の私が立っていた。

 静かに立ち尽くす姿には生気が感じられず、まるでそこに存在していないかのように思える。

 

「....」

「あの!」

 

 意を決して声をあげて呼び掛けるが、彼女は尚も私を見つめるばかりだ。

 映像を介さず目の当たりにする彼女の姿はどことなく恐ろしくも、同時に自分と瓜二つの存在とは思えない程に美しく見える。

 

「....私もなれるかな」

 

 彼女を羨ましく思い何気なく呟いた時、その言葉を待ちわびていたかのように色の無かった表情が小さく動いた。

 

「なれるよ」

 

 微笑と言うには物足りない。僅かに歪めただけの笑顔で微笑む私が答える。

 混ざり、濁った無数の音の全てが私の声で成り立っている。

 幾つもの感情を孕んだ不調和な言葉はロボットの発する空虚な音とは似て非なる物で、生きた人間の声に近い。

 

「私にはその力がある。私が望めば、それはいつでも手に入れられる」

「力....」

「そう。望む物は奪えば良い。力はその為にある」

「....」

「私達の世界では、それがルール」

「....あなたは」

「私は私。いつかの私。私が望めば、私は私になる」

「それは、どういう」

「選ぶのは私。私の未来は私が決める事。楽しみに待ってる」

 

 もう1人私がゆっくりと歩を進める。

 私の前に辿り着いたもう彼女がその手をゆっくりと持ち上げ始める。

 頬に細い指の感触が触れる。氷のように冷え切った肉の感触はそこに血が通っていない事を感じさせるが、それは奇妙にも小さく脈を打っている。

 じわりと肌に触れるモノが溶けだすように広がり、続いて湿った感覚が頬を伝っていく。

 

 「忘れないで『奪い、守る』それが私達のルール」

 

 掌の感触もないまま、全身に広がっていく凍てつくような冷気。竦みあがるような寒気を感じながらも、それに抵抗するだけの力も嫌悪感も湧き出すことはなかった。

 それはごく自然な事のように、割れて失った片翼を受け入れるように、溶けて崩れ行く彼女の笑顔が美しく、そして醜く変貌していく様を惚けたように見ていた。

 

「起きる時間だよ。もう怖がることはない」

 

                              ●

 

 音のない世界。真っ暗な壁が再び視界全体に広がる。

 瞬きの間に入れ替わった世界を確かめるため暗闇に目を凝らした瞬間、眼前が深紅に染まった。

 

「ひっ!?」

 

 爆弾が炸裂するように、私の置かれた状況が記憶と共に脳を内側から叩き付ける。

 遥か上から私を見下ろす巨影がそこにあった。

 一直線に向けられた赤い光に遮られその全貌を知ることは叶わないが、実体の無い光でさえものし掛かる大岩のように思え、それ以上の情報を脳が拒絶する。

 左の手を軸に、ロボットに背を向けて床を蹴る。

 

 逃げろ。

 

 死を間近にして目を醒ましたか。それまでの混乱が嘘のように晴れ、思考のチャンネルがただ一つに絞られる。

 跳ぶように駆け出した足は信じられない程に軽い。

 羽が背に生えたか。或いは身体にバネを埋め込まれたか。

 研ぎ澄まされた五感は遠退くロボットの駆動音を取り込み、肌を撫でる空気の冷たさを感じる。

 

「対象のユニット射程圏内離脱を検知。第二武装ユニットに変更」

 

 突き当りの角に差し掛かる。あと一歩で角を曲がりその先へ逃げ込めるところで、肩口を輝く物体が駆け抜ける。

 目の前に迫った壁が音を立てて崩れ、私に向けて振り注ぐ。

 

「っ!?」

 

 慌てて足を止めれば、瓦礫の山が煙を上げながら床に散乱する。

 

「か、壁が....」

 

 続いて天井が炸裂し、降り注ぐ瓦礫が完全に道を封鎖する。滾る炎の唸る音が急速に迫る。危機感に振り向けば、呑み込まれそうな闇に蠟燭のような灯りが灯り、灰色の巨影が夕焼けのような炎を背面から吹き出しながら姿を現す。

 

「対象の近接戦闘圏内へ到達。排除執行」

 

 槍を構えるようにロボットの腕が引かれる。

 

「まっ!?」

 

 声など届きはしない。すぐに意識を切り替えて横跳びに腕の直線範囲から退避する。

 瓦礫の砕け散る音。後方から爆風を伴い砂塵が襲い来る。

 砂を吸い込み咳き込み、目に入った塵で涙が溢れる。

 

「ゲホッ....うぅ」

 

 地に伸びたままの身体を起こす。地面に落ちた赤い光で、ロボットが私を見下ろしているのが分かる。

 駆動音より早く床を蹴飛ばせば、あっという間にロボットとの距離が離れる。逃げる時にも感じたことだが、身体が異常に軽く、バネのように跳ねるこれが、まるで自身の身体でないかのようだ。

 

 ロボットと相対し、背に冷たい物を感じる。

 その手には巨大な狙撃銃が握られている。壁と天井を破壊したのはあの銃だ。

 万が一にもあの弾丸に直撃していたのなら、人の身体など真二つに分かれているだろう。

 

「....」

「第一ユニット実弾装填完了。再使用準備完了」

 

 逃がすつもりはないようだ。このまま廊下を駆け回っても、あの狙撃で行く先々を破壊されて袋小路になるだろう。

 

「それさえあればクソボット共を蹴散らすのもずっと楽になる。あんたがここから脱出するには欠かせないモノだ」

「そう。望む物は奪えば良い。力はその為にある」

 

 男性と私の声が脳を過った。

 腰に固定されたポーチに手を伸ばす。

 恐怖がないかと言えばそんなことはない。怖くて仕方ない。目の前にいる巨影は私より遥かに大きい。見下ろされているだけで潰れてしまいそうとさえ感じるが、それを理由に逃げたところで答えは悪くなるだけだ。

 それなら可能性のある選択に賭ける方が後悔もない。

 丸い物を手に感じ、しっかりと握りしめてそれを取り出す。

 葡萄酒を思わせる赤紫の水晶を見つめると、頭の内側が淡く熱を持ち、ある記憶が湧き出す。

 不思議な記憶だ。聞いたこともない言葉とイメージが浮かび上がり、私の知る日本の文字へと変換されていく。

 

「....魔弾!」

 

 浮かび上がったイメージを真似、ロボットに向けて指を突き出す。

 指先に艶めく輪郭を持つ赤黒いモノが生み出され、発射される。

 バンと言う重金属のへこむ音と共に、ロボットの頭部が大きく仰け反る。

 

「あ、当たった!」

 

 衝撃で怯んだロボットだが、痛みを訴える様子もなく再び私を見据えて戦闘態勢に入る。

 

「....やらなきゃ」

 

 ロボットに向けて指を構える。勝利できる確証もないが、出来るだけの事をするだけだ。

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