ココロネ・リンカーネイション   作:rippsan

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はぐれた友人を救うため、単身ロボットの前へと飛び込む結衣。
リッジが無謀と笑った計画を果たし、彼女は生還することが出来るのか。


茜燕閃舞

「魔弾!」

 

 立ち止まり後方に弾丸を放つ。迫るロボットが胴に弾丸を受けて動きを緩める。

 リッジは無謀だと言っていたが、何とかなるものだ。

 

「敵性存在からの攻撃を検知。損傷要因に新規情報を追加....新着参照情報。行使者『神代結衣』執行形態再定義」

「わ、私?」

 

 ロボットの発した名に耳を疑う。確かに私の名を発していた。

 

「嘘....」

 

 爆発的に膨れ上がった不安が一瞬にしてそれまでの余裕を崩していく。

 ロボットの存在は一度倒した敵から再び底知れない恐怖を孕んだ未知の怪物へと巻き戻され、相対する自身がそれに追い詰められた小動物のように小さく感じられる。

 

「戦闘記録より対象の戦闘適性を解析....執行形態変更」

「魔弾!」

 

 危機感から放った弾丸がロボットに命中するが、それでロボットが動きを止めることは無かった。

 

 「武装ユニットシャットダウン。エネルギー出力先をブースターへ変更」

 

 ロボットの背部で夕焼けのような炎が上がる。

 

「強襲制圧システム『サプレッションブースト』起動」

 

 爆弾の破裂音にも似た唸るような轟音を伴い、後方で浮かんでいた赤い眼光が瞬く間に近付く。

 暗闇からは鉛色の巨体が後光にも似た揺らぐ朱の炎を吹かせて迫る。

 

「っ!?障壁!」

「射程圏内に到達。執行開始」

 

 振りかぶった拳が叩き付けられる。一足早く展開された光の壁と激突した鋼の硬槌は重力の後押しを得て更なる衝撃を私に叩き込む。

 前の戦いのそれとは比にならない一撃は容易く私の膝を折り、圧されるままに身体は地に沈む。

 

「づっ!」

 

 治療して間もない腕に加え、両足にも激しい痛みが走る。

 引き戻されたロボットの腕が再びバネのように鈍く音を鳴らす。

 

「ハアアッ!」

 

 構えられたロボットの腕の前に雄叫びと共に人影が飛び出す。

 

「アタシの友達に、触るな!」

 

 鈍い衝突音に続き、ロボットが大きく仰け反る。

 

「結衣。立てる!?」

「西園寺....さん?」

「動けなかったらそこに居て。アタシが守るから!」

「で、ですが....っうぅ」

「心配しないで。よく分かんないけど、ここだと身体が嘘みたいに軽いんだよ。絶対負けないから任せて」

 

 何時間ぶりかの聞き慣れた声はヘラのように心に溜まっていたタールをこそぎ取る。

 暖かで明るい太陽のような声に、蓋をされていた奥底から湧き出した感情が意識を満たす。目の前が歪み、目元が薄く水気に濡れるのを感じた。

 

「逃げるのは止めだ。後悔するなよ。かかって来い!」

 

 覇気の込められた声でロボットを威圧する西園寺さんを見上げれば、その手には歪んだ鉄パイプが握られていた。

 その姿が一瞬にして眼前から消え、激しい風が私を襲う。

 目を開けて姿を追えば、体勢を崩したロボットの胴体を駆け上がった彼女が手にした武器を振り上げていた。

 

「そのまま倒れろ!」

 

 振り下ろされた武器は無防備に伸びた腕の関節を捉える。

 破裂音を伴い火花が散り、あり得ない勢いで折れ曲がったロボットの腕は肘から床にめり込む。

 

「す、凄い」

「ったく。タフさだけは桁違いだ」

 

 パイプは持ち手であった場所からL字に曲がっており、武器として使うには役に立たないほどに傷んでいる。

 

「さてと、結衣。立てる?」

「は、はい。ありがとうございます」

「やっぱり結衣もアタシと同じような症状なんだね」

「お、同じ....ですか?」

「そ、アタシもアイツに一回腕を折られたんだけど、逃げ回ってるうちに何とか動かせるレベルに治ってたんだ」

「腕が折れた!?大変ですよ!早く治療しないと」

「大丈夫大丈夫。今もアイツを殴ったけどそんなに痛まなかったし。多分殆ど治ったんじゃないかなって」

「でも....」

「そんなことより結衣も怪我したんじゃないの?どこか落ち着ける場所に移動しないと」

「アタシなら大丈夫。これでも結構頑丈に出来てるからさ」

 

 西園寺さんは身を屈めて私に手を差し出す。

 私が手を伸ばそうとした時、彼女の後ろの天井が赤く照らされた。

 

「っ!?西園寺さん!」

「え、なに?」

「ロボットが!」

「はぁ!?まだ動けるわけ。何回殴ったと思ってんの!?」

 

 苛立たしそうにロボットに向き直る彼女だが、その手にある武器はそう呼ぶにはあまりにも不相応で頼りのないものだ。

 

「しまった。パイプ折れたんだった」

「右腕パーツ損傷。簡易機能修復を実行」

 

 左腕を軸に起き上がったロボットはよろけながらも体勢を整える。

 

「西園寺さん!」

「こ....のっ!」

 

 西園寺さんは再びロボットに向けて突進し、脚部目掛けて突きを打ち込む。

 いくら彼女だとしても、まともな武器もなく攻撃をすることは無謀だろう。

 とっさに目を瞑るが、想像とは裏腹にロボットの身体が激しい衝撃に揺らぐ音が響く。

 おるおそる目を開けば、そこには膝を突いたロボットと折れ曲がったパイプを構えた西園寺さんが対峙している。

 

「....え?」

「結衣。サポートお願い!」

 

 困惑する私の手をいつの間にか駆け寄ってきた西園寺さんが掴む。

 

「立って。行くよ!」

「っ....はい!」

 

 叱咤するような張りのある声に手を離れかけていた意識が引き戻され、西園寺さんの後方から響いたロボットの声に縄を掛けられたように引き締められる。

 赤く光る眼光と灰色の銃口が無機質にこちらを見据えていた。

 

 「魔弾!」

 

 動かせるようになった身体で再びロボットに向き直り、銃身を狙い弾丸を放つ。

 飛翔する弾丸は小さく弱々しい物だが、損傷したロボットには有効打になる。

 銃を掠めた弾丸は狙い澄まされた銃口の標的を剃らし、欠けた残余が肩の装甲に直撃する。

 

「ナイスショット!」

「西園寺さん。武器もないのに突っ込んだら....」

「大丈夫だよ。むしろ今はこれで良いの」

 

 L字に折れ曲がったパイプを握る彼女の表情はきりと引き締まり、自信と喜びの滲んだ明るい物に感じられた。

 

「一か八かだったけどやってみるもんだね。警防の練習も習っておいて良かったよ。こんなところで役に立つとは思わなかったけど」

「....凄いです」

「あはは。そんな照れるよ」

 

 西園寺さんはむず痒そうに笑って頬を掻く。

  死と隣り合わせの最悪な状況でも持ち前の快活さを失わない姿につられ、暖かな感覚が心に湧き出すのを感じる。

 

「私も負けていられません」

「うん。頑張ろう!」

 

 力強く答えた彼女がふっと含み笑いをする。

 

「勇者と魔法使いみたいだね。何か楽しくなってきた」

「そ、そうですか?」

「んー....今の笑うとこだよ?」

「....ごめんなさい」

「まあいいや。じゃあ気を取り直して行こう」

「はい」

「サポートは任せた。お願いね」

 

 調子が抜けたように苦笑した西園寺さんは、そう一言を残して折れたパイプを握り直す。

 スイッチが切り替わるように引き締まった表情で敵を睨む横顔に気圧される。

 どんな状況でも彼女なら上手くやってくれる。私に出来るのはただ信じ、精一杯の手助けをする事だ。

 

            ●

 

 身を屈めた西園寺さんが走る。またも信じられない速度でロボットに詰め寄った彼女はパイプの折れ曲がった箇所を握り、歪んだ直線部をその装甲に打ち込む。

 当たり処はいまいちだったのかその攻撃でロボットの巨体が動く事はなく、間合いに入った彼女を狙い自由なままの腕が振るわれる。

 迫る分厚い鋼の塊に払い除けられた身体がボールのように吹き飛び、壁に衝突し落下する。

 一瞬。そしてあまりに呆気ない。理解が追い付く頃には衝撃により舞い上がった砂煙の中、異様に変形した腕が軋んだ音を立てながらその構造を取り戻していた。

 

「脅威増大。執行対象を変更」

 

 カチリと音を立て、持ち上がったままの左腕が再び動き始める。

 曇った赤い眼光が視界を焼き、機能を取り戻した鋼鉄の拳が晴れていく煙の中、光を浴びながら姿を現す。

 西園寺さんの存在に掻き消されていたそれの脅威が形を成し、心地よさを感じていた僅かな照明の光さえ一転して憎く思えてくる。

 

「っ!魔ーー」

「よそ見....すんなっ!」

 

 怒気の籠った叫びと共にロボットの頭部が大きく傾き、直後に風に煽られた煙によって隠される。

 薄灰色の人の形をしたシルエットが煙の中で陽炎のように揺らぐ。

 

「反応....健在。スキャンを開ーー」

「一々煩い!」

 

 再び鈍い衝撃音が鳴り、ロボットの発する音声にノイズが混じる。

 

「西園寺さん!」

「大丈夫!生きてるから心配しないで。すぐそっち行く!」

 

 人影が煙の中で跳ね、炎のように赤いその主が私の隣に着地する。

 

「西園寺さん!け、怪我は」

「特に無し。殴った時に手応えがなかったから守る方に意識を変えたらなんとかなった。腕をやられた時も同じような感じだった気もするけど、やっぱ知ってると知らないとじゃ効果も段違いだよ。結衣のアドバイスのおかげ。ありがとね」

「い、いえ....それほどのことは」

「....にしても嫌だな。この気持ち悪い感覚は。力の使い過ぎって奴?」

「恐らくそうだと思います。私も何度か経験しただけですが....」

「だとしたら、上手く遣り繰りしろって事か....。もっと簡単にカッコよくドカーンとやれると思ってたんだけどな」

 

 不満そうに軽く舌打ちをした西園寺さんが再び鉄パイプを握る。使い物にならないの域を通り越したそれは半ばで折れてどう工夫しても武器にはならないだろう。

 

「西園寺さん....私に任せてください。もうその武器では戦えませんよ」

「んー、大丈夫。一緒に勝つって約束したんだしアタシも戦うよ」

「無茶を言わないでください。私一人でも大丈夫ですから」

「じゃあ予定通り援護をお願い。もう一回アイツに突っ込むから、それを防ごうとしたら結衣はアイツを止めて。アタシが合わせるから結衣のやり易い方法でお願い。行ってくる!」

「西園寺さーー!」

 

 すっぱりと私の言葉を断ち切る彼女は奇妙なほど全く動じる様子を見せない。

 呼び止める間も無く駆け出した西園寺さんは廊下の壁に向けて一直線に走り、短く跳ねて壁に足を掛け、勢いのままに蹴飛ばしてロボットの眼前へと迫る。

 

「執行ーー」

「っ!魔弾!」

 

 咄嗟にロボットに弾丸を叩き込む。

 代償を覚悟で放った一撃は振るわれんばかりに構えられていた腕に直撃し、そのままの形でバチバチと痙攣する。

 急激な脱力感と共にフィルターを掛けられたように視界が黒く陰る。へたりそうになる身体を踏ん張って敵を見据える。

 

「セアアッ!」

 

 横凪ぎに叩き付けられるパイプ。鈍い音と共にへし折れ、宙を舞ったその欠片に彼女が手を伸ばし、逆手に掴み取る。

 

「こいつも喰らえ!」

 

 勢いのまま振るわれた欠片はバイザー部に衝突してギリギリと不快な音を立てる。

 揺らいだ巨体に手を掛け、鳥のように軽々と乗り越えて背後へと消えていく。

 

「視覚センサーエラー....損害軽微。内部スキャンを開始」

 

 電子音を鳴らすロボットの関節はガタガタと震え、ヘッドカメラの赤い電灯が不規則に周期を変えながら点滅する。

 

「させません....魔弾!」

 

 修復の前兆を逃すまいと魔術を放つ。

 回復の間に合っていない身体での行使は当然のように対価を求め、不足した力を補い命を吸い上げては治まらない不快感を強める。

 激化してぶり返す目眩に両膝を突いて這いつくばる。

 前触れもなく肺が締め上げられたように息が詰まり、胃の底を突き上げ、ねばついた液体が蛇のようにせり上がる。

 

「づっ....ぅ」

 

 喉元にまで達したそれを飲み下し、一心に息を吸い上げて空になった肺に空気を押し込む。

 泣きたくなるほどの暗黒に目を凝らし、溶け込むように立ち塞がるロボットを探す。

 

「生命反応低下。執行段階を移行」

「させるか!」 

 

 闇の中に巨大なシルエットが傾き、重々しい粉砕音と共に膝を突いたロボットの姿が見える。

 

「全く。油断も隙もないな....中途半端に頭が良いのも考えものだよ」

 

 呆れた様子で悪態をつく声がする。音の主を探せば、真新しい鉄筋を携えた西園寺さんの姿が映る。

 

「さて、そのタフさがいつまで保つのか知らないけど。そろそろ限界なんじゃないの?」

「執行対象....情報更新。西園寺紗姫。脅威レベルを引き上げ」

「『執行』だとか『対象』だとか、よく飽きないもんだよね....なんて言ってもロボットなんだし仕方ないのか」

 

 からん、と床を打つ軽い金属。

 繰り返し、小さく消えていく反響音が、激化する死闘に熱された廊下を静かに律する。

 

「ありがとね。また復活されたら厄介だったから助かったよ」

「いえ、私も何かしたく....うぅっ」

「無理しないで休んでも大丈夫だよ」

「お手伝い....させて下さい。私にも出来る事がある筈です」

「オッケー。一緒に勝つって約束だからね。相手もビビッてる。あと一息頑張ろう!」

「はい!」

 

 快活に笑って差し伸べられた西園寺さんの手を取って立ち上がる。

  

「さて、そっちはアタシ達をここから出したくないんだろうけど、アタシ達にも目的があるんだ。何度追い掛けて来ても倒すだけだし、それもここで終わりだ。いい加減観念するんだね」

 

 小さく息を吐き、西園寺さんが肩に担いでいた鉄筋を構える。

 

「バッチリ作戦を固めておきたいけど、そんな余裕も無さそうだし手早く行くよ。アタシがあいつを撹乱して、結衣はまず体力を回復。準備が出来たらデカいのを一発あいつにお見舞いしてやって」

「そんなことをしたら」

「はーい反論は無し。詳しくは後にするけど、多分この作戦が思い付く限り一番有効だと思う。アタシの事は心配いらないから、あいつを倒すことだけ考えて戦って」

 

 その反応は分かっていると言わんばかりに軽々とした口調で私の反論は遮られる。

 

「この武器もいつ壊れるか分からないし、正直な所アタシが戦う方がリスクが大きい気がする。確実に決着を付ける為にも結衣の力が必要なんだよ」

「わ、私の....」

 

 申し訳なさそうにはにかむ西園寺さんの表情に顔が熱くなる。

 私の力が必要。助けられたままではいけないと考えていた矢先の言葉に身が引き締まる。

 

「心配してくれるのは嬉しいけど、この作戦はアタシの為にもなるから....結衣に責任を押し付けるみたいになって悪いんだけど、お願い!」

「....分かりました。私で役に立てるなら」 

「指定執行対象。西園寺紗姫。中距離執行形態へ移行。出力調整....」

「まずは回復。アタシは大丈夫だから焦らないように。じゃあよろしくね」

 

 機構の変形音が嵐の前のように冷ややかな緊張感を高める。

 

「第二ユニット再起動。執行開始」

 

 肩のハンガーから銃器を装備したロボット。数秒早く動き、既に間合いに飛び込んでいた西園寺さんを追い払わんと銃身で前方を凪ぎ払うが、機体の真下にまで潜り込んでいた彼女を捉える事はない。 

 

「ハアアッ!」

 

 突き上げられた鉄筋がロボットの胸部の装甲に激突する。火花を散らす程の威力で突き抜かれた装甲は依然その堅牢な鉄板の形を変える事はない。

 鉄筋を引き戻した西園寺さんがロボットの側面へと駆け出す。

 それを追い掛けてロボットも身を動かすが、鋼鉄で作られたその巨体が人間の速度に追い付かず、羽ばたく燕のように狭い廊下を駆け回る西園寺さんはロボットの全身の装甲を次々と攻撃していく。

 

「っ。私も!」

 

 かぶりを振って見惚れていた意識を振り払い、ロボットに向けて指を上げる。尽き果てていた力を取り戻したからか不快感は取り払われ、狭く黒く霞んだ視界も明確に見えるようになっている。

 

「西園寺さん。私も行けます!」

「分かった。畳み掛けるよ!」

 

 闇の中を火花を伴って跳び回る西園寺さんに叫べば、すぐに威勢の良い返事か帰ってくる。

 滑るようにロボットの足の裏に回った西園寺さんは、膝裏の関節部分に鉄筋を叩き付ける。

 

「ビンゴ!結衣。頭を狙って!」

 

 膝を折られて床に跪くロボット。その後ろから西園寺さんが叫ぶ。指示された頭部に指先を向け狙いを定める

 

「ぅぶ....ぐううっ!」

 

 吸い寄せられるエネルギーに景色がぐにゃりと歪む。削られた体力が疲労を誘い頭痛と耳鳴り、吐き気が訪れるが、それも初めての苦痛ではない。ひび割れた硝子の向こうで明滅する生気のない赤い視線を睨み、ザリザリと鳴るノイズに呑まれそうな意識を繋ぎ留める。

   

「....これで!魔弾!」

 

 風を裂いて弾丸が疾る。打ち出した腕は反動で激しく持ち上がり、後ろ倒しになりかけた身体を足を踏み締めて支える。

 黒い弾丸を無防備な頭部に受けたロボットはノイズ混じりの激しいビープ音を鳴らし全身の関節から火花を吹き上げながらも、私の攻撃で反り返ったままの姿勢で拳を握り締める。

 

「機体損傷限界値....対象を射程内部に検知。対象。神代結衣緊急執行形態に移行」

「そんな!?」

「ッ!!」

 

 半身を持ち上げようと動くロボット。その頭上に朱の影が昇る。光などない深い影の中でも爛々と燃えるそれには凄まじい気迫が宿っていた。

 

「いい加減くたばれこの野郎!」

 

 幾度となく目の当たりにした鋼の槌。ただその時私の前に映ったのは、ほんの数分前まで圧倒的恐怖の具現であった巨影をも叩き潰さんとする紅い星だった。限界まで捻じ巻かれたゴムのように浮き上がった身体を捻り、握った鉄筋をロボットの首元目掛けて振り抜く。

 燃え上がる焔の様に揺れる髪の間から覗く輝星の如き眼光。

 

 

「ッ....ァアアア!!」

 

 『流星』

 

 一条の星が鋼鉄の怪物に振り落ちた。 

 

 装甲の間を狙い澄まして叩き込まれた一撃。唸り、しなる鉄筋はのそのそと持ち上げられていたロボットを押し潰す。

 ブツブツとワイヤの千切れる音と共に、ロボットの首が地に向けて折れ曲がっていく。

 

「ハッアアア!!」

 

 身の詰まった鉄の重箱が音を立てる。高く跳ねるそれは叩き折られたロボットの頭部であった。

 バリバリと電流を漏らし、遂にロボットはその動きを完全に止めた。

 

「....」

「西園寺さん!」

 

 足を止めて地に降りた西園寺さんに駆け寄る。私の声に振り向いた彼女には明らかな違和感が見られた。

 

「西園寺....さん?」

「ハァ、ハァ、ハ....」

 

 柳のように揺れた身体は落ちるように崩れ、歪んだ鉄筋を杖に膝を突く。

 

「西園寺さん!」

「....結衣....怪我は無い?」

「私は大丈夫です。それより西園寺さんは」

「アタシ?見ての通りバッチリ。さあ、早く行こ...ゲホッゴホッ」

「西園寺さん!?」

 

 持ち上がらない首で荒い息を繰り返し咳き込む彼女の顔は青く色彩も褪せ、普段からはとても信じられないほどに異質な様子が浮かんで見える。

 

「大丈夫じゃないですよ!」

「....ぅ」

「終わったか。結衣」

「っ。リッジさん!?西園寺さんが!」

「何でも良いが急げ。新手が来る」

「あ、新手?」

「お前と言いその鳥女と言い、派手にやり過ぎたらしいな。またまた増援が向かってるってこったよ」

「で、でも西園寺さんが!」

「捨てろっつっても連れて来んだろ。取り敢えず戻って来い。話はその後付ける」

「....ありがとうございます!」

「生きて戻ってから言え。一言だって無駄に出来ない。さっさと準備しろ」

 

 リッジさんの声が消えると同時に後ろの扉に取り付けられたパネルが点灯する。

 

「西園寺さん。肩を」

「ごめん....ねカッコ悪くて」

「そんなことないです。行きましょう」

 

 俯いたままの西園寺さんの肩を組み、パネルを操作して扉の奥へ進む。

 

「よう、随分派手にやったようだがーー」

 

 リッジさんの声が聞こえなくなる。踏み損ねた足で体勢をくずし、西園寺を抱えたまま倒れる。

 

「....ったく。寝るのは勝手だがまだ死ぬなよ」

 

 僅かに変わった声色に続き、ヒタヒタと歩く足音が近付いてくる。

 

「まあ、よくやったよ。おかげで俺達の計画も成功させられそうだ」

 

 ふわりと身体が床から離れ、人の歩く緩やかな速度で揺らされる。リッジさんが私を抱えているのだろうか。

 

「悪かったな。鳥女の奴はアタリだ。お前と同じ価値ある人材だったよ。目が覚めたら話させてもらう」

「西園寺さんは....」

「お前と同じだ。力が枯れて意識がイカれ掛けてるだけ。変に焦らず休んでおけば何ともない」

 

「....」

「話すのも辛いだろう。こっちの得た情報も目が覚めて万全になったら教えてやるさ。ここには誰も来やしない。落ち着いて休め」

 

 柔らかな布の上に下ろされ、その心地よさに意識は沈んでいった。

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