病院を出て、最初の公園に戻ってきた。
俺たちは二度目の情報交換をする。ただし、一度目とは違い、今度は俺の方が答える側だ。
昨日の戦い。一部始終とはいかないが、要点を絞って何があったかを端的に語っていく。
同級生達との戦闘。副担任との相対。迷宮での室久戦。その後のアインソフ戦。ノギス工業との戦闘。
記憶が曖昧ではあるが、その後アンセスタと戦ったことも話していった。
最後まで聞いたアンセスタは頷き、「とりあえず」と前置きして、言う。
「――なんで一日に六連戦もしてるんですか?」
それは俺が聞きたい。
ともあれ、本題は別のようだ。無表情の中にどこか呆れの色を見せつつも、アンセスタは静かに語り出す。
「
アインソフ・ヨルムンガンド――あの、凄まじい力と不死性を持ち、一連の事件の黒幕を名乗った男。
一撃でぶっ飛ばされていたのでイマイチ脅威度の位置づけがしづらいのだが、アンセスタの声は真剣だった。
「真不死。死殺し。無限の竜。ウロボロス。ネフシュタン・ゼロ。
その生年は
西暦、六〇〇年。
驚きはしたが、俺はその言葉を事実として受け止める。ニコラテスラ云々の話を聞いていなければ、きっと何かの聞き間違いだと思っただろう。
しかし――それにしたって桁が違った。
ニコラテスラが二十世紀の人物であるのに対し、こちらは七世紀。日本史で言えば大化の改新、世界史で言えばイスラム教が始まった頃だ。あまりにも時代が遠すぎる。
「アインソフは、元々ある遊牧国家の
「遊牧国家って言うと……チンギス・ハンとか、フン族みたいな?」
「
勢力としてはかなりマイナーらしい。アンセスタは話を続ける。
「アインソフがいつどのように迷宮を拓いたのかは不明です。しかし、そのきっかけが、当時敵対していた国の王にあることは間違いありません。
凱旋王。輝かしき英雄。最も難き地のあるじ。黄金歴程最初の担い手――王の中の王、ゼーイール。
かの主と出会った後に、アインソフは不死の力に目覚めます」
……黄金歴程の最初の担い手。
あの『主任』が言っていた、『昔の英雄的な王様』、か。
「遊牧国家は衰退し滅んでいきましたが、アインソフだけは不滅でした。
自身の迷宮を拓いてからの千と四百年。自分を殺す力が生まれたと知れば行って滅ぼし、死なせる道具が出来れば解明し耐性を付け、延々と力を蓄えながら無数の邪悪を振りまいてきた、最古最強の
疑うわけではないが、彼女の言葉を信じきれない俺がいた。
何せ、千と四百年だ。それほどまでの長きに渡って無法を許すほど人類は甘くないだろう。
実際、目の前にいる少女は確かに奇襲を入れてみせたのだ。隙がある以上は突くことだって出来たはずと、そう考えた俺にアンセスタが頷く。
「無論、アインソフを滅ぼそうとする試みは数多くありました。
個人的な復讐から、国家的な報復まで。無謀なものも多くありましたが、それでもあの男を抹殺可能なだけの意思は確かにあったのです。
当時のアインソフの性能では離脱不可能な深海への封印。火山への投入。宇宙への追放に始まり、近代兵器による断続爆撃及び核攻撃。それら物理的手段から、
アンセスタの結びの言葉に、俺は思わず瞠目する。
「せ、成功した? 失敗じゃなくて?」
「
隙を突ける突けないなんて問題ではなかった。
「アインソフを殺せるのは黄金歴程だけ、と本人が自称してはいますが、それもどれだけ信用出来るか――ですが、可能性がある以上は弊機を狙ってくるでしょう。効かないと慢心して不死殺しを放置するような性格では絶対にありません」
「そっか、ヤバいな……」
「早ければ数日中に……いえ、ノギスの干渉が及ぶまでの一週間内に始末をつけに来るのは確定です。どう対処するにせよ、戦闘になるのは避けられません」
思ったより余裕が無い。果たしてどれだけ対策と準備が出来るか。
「弊機としては逃げに徹するつもりです。黄金歴程は使えませんが、それでも威嚇手段にはなるでしょう」
「まあ、倒せないなら現状それしかないか……。分かった、その方針で準備しよう――あ、そういやどこに逃げるかって決まってるのか? いきなり海外まで高飛びとかだとキツいな、英語そこまで得意じゃないし」
そう言った俺に、アンセスタは答えなかった。
まばたきのない、鳥みたいにギョロッとした視線。少し不気味の谷っている瞳で、俺の方を注視している。
「アンセスタ?」
「着いてくるつもりですか、クウマ」
「え? うん」
「家族にはどう説明するのですか。二度と会えなくなる可能性もありますが」
「まあ仕方ないだろ。姉さんもアレで結構強い人だし、大丈夫だよ」
「アインソフの手を躱して終わりではありません。弊機はもうノギスに戻るつもりは無いのです。世界的組織と敵対し続けることになりますよ」
「ああ、戻るつもり無いのか、良かった。分かってる、安心してくれ。自分から手を出しといて放っておくほど無責任じゃない」
「…………」
アンセスタが黙り込む。そして、その無表情を崩した。
呆れた顔だ。これ見よがしに「はぁ」とため息をついて、俺に向けて鋼鉄の右手を伸ばす。
「……地獄ですよ。逃げ場も出口も無い。そんな世界に、これからずっと囚われます。本当に、良いんですか?」
「いいよ。覚悟は出来てる」
どうしてこう何度も問いかけてくるのか、本気で理解できなかった。
俺は右手を伸ばし、彼女の義手を握り返す。
「では、ここでお別れです」
そしてアンセスタは、俺の中指をへし折った。
何が起こったのか分からなかった。
「い゛ッ――ぎ、っォあああ!?!?」
「どうやら弊機の文章作成機能に問題があったようなので、余計な処理を挟まずに言いましょう。――『来るな』。以上です」
何の警戒もしていなかったところに来た激痛に思わずうずくまる。
そんな俺を軽く一瞥し、彼女はそのままどこかへ歩き去ろうとした。
「ま……待てッ、アンセスタ……! 俺はッ、」
「嫌です。あなたに覚悟なんて出来ていません」
「あ……?」
自分の中で何かがブチ切れたのを自覚する。我ながら短気極まりないが、それだけはあまりにも心外過ぎた。
「覚悟が出来ていない――俺が? 俺がか?! 俺が何の覚悟も無しにああ言ったと、そう思ったのかッ、君は!?」
「うるさいです」
返答は回し蹴りだった。
景色が吹っ飛ぶ。腹の上で爆発が起きたかのような凄まじい衝撃。軽く一秒は滞空して、着弾。地面を勢いよく転がった。
「がッ、あ、ァ……! げ、ゲホッ、おま、え……!」
「申し訳ありませんが、同級生の治療はクウマ一人で行ってください。難しくはあるでしょうが、弊機が無くとも可能なはずです」
蹴り抜かれた彼女の足からは、金色の光がスラスターのように噴き出している。その噴射力で、俺の体を吹っ飛ばす威力を得たのだと理解した。
「そして――最後には、その白亜回廊を自分の頭に叩きつければいい。それで、あなたは日常に戻れます」
「待っ、」
気合で立ち上がったが、もう間に合わない。
アンセスタはそのままスラスターを吹かし、とんとんと非現実的な軽やかさで公園の遊具から電柱、家の屋根へと飛び移っていく。十秒経った頃には、もう俺の視界から彼女の姿はなくなっていた。
「〜〜ッ!」
失敗した。何を失敗したのかは分からないが、間違いなく何か間違えた。そう思った。
だが、考えるのは後回しだ。立ち上がって、アンセスタが去っていた方を見る。今追いかけなければもう二度と会えなくなるという直感があった。
内臓が歪みそうな激痛に耐えながら、俺は公園の外へ歩き出す……いや、歩くだけじゃ追いつけない。走るのでも多分足りない。
俺は右手を地面にかざし、虚空から自転車を『取り出し』た。
サドルに跨りながら、その非日常的な現象を起こした右手を見る。
……白亜を自分に叩きつけて、日常に戻ればいい? 何もかも忘れて? 出来るわけが無い。例え忘れたとしても絶対に永遠に後悔する。その自信がある。
自転車を漕ぎ出した。
アンセスタは、あまり長時間一般人から認識不能になれるわけでは無いと言っていた。なら、あの高速移動もいつまでも続けられるわけではないだろう。
ここら近辺であまり人目につかない場所をいくつか思い浮かべ、そこに先回りしようと全力で通りを走り抜ける。
明らかに俺が不利な鬼ごっこだが、それでも土地勘はこちらの方が上のはずだ。上手くやれば追いつける。そう信じて、壁に挟まれた狭い路地に入っていく。
小さな工場と工場に挟まれたこの道はそう長くない。急いで通り抜ければ、彼女を追いかけるのに有利になる。全力でペダルを漕いでいく。
「…………」
……だが、追いついて、その後は? 結局、このままではまた逃げられるだけじゃあないのか。両脇に壁が続く中、冷静な部分が問いかけてくる。
「…………」
しかし、今さら彼女を放って日常に帰ることは出来ない。壁が続く路地を、俺は走り続ける。
「…………」
だって責任がある。最悪な場所から引き上げておいて、その後にまた同じ場所に戻ろうが知らない、なんて言えるはずがない。そんな偽善は悪にも劣る。俺は自転車を必死に前へ進める。
「…………」
覚悟ならある。あったのだ。昨日、ノギスの奴らを殴り飛ばそうとした時から既にあった。地獄だろうがどこだろうが、絶対に一人では行かせない。俺はひたすら路地を駆ける。
「…………」
だから、壁の続く道を走って、
「…………」
走って、
「…………」
走り続け、て――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
異常が発生していた。
明らかにおかしい。こんな路地、二百メートルもない。だが、
出口は見えている。道の終わりは見えている。なのに、近づいている認識はあるのに、どれだけ走っても終端に到達しない――いや、違う。
そうだ、止まればわかる。
道の『奥行きが増して』いる。
傍の道路標識に、『十センチ近い厚み』がある。
それを支える柱が、『前後に引き伸ばした』楕円形に。
壁に立てかけられた看板の、『横幅が広がって』いく!
「マズい――!」
何がどうなっているのか分からないがとにかくマズい!
「『
響いた。
「『沈むは木の葉、』」
声が。
「『天理そこ
背後から。
「基底現実、伐界開始。
迷宮、開廷――
振り返った瞬間、引き伸ばされた世界がついに引き裂かれた。
死に絶える現実感。顕現する千本鳥居。
雲の一つも無いのに空は灰黒に染まっていた。通常空間が川のように道を流れ去っていく。元の世界の痕跡はもはや両隣の壁と、遠くに見える色の無い建物の群れだけ。
異世界と化した長い長い小道の果て、一人の女が立っていた。
「もう先生からは逃げられませんよ、村雨くん?
レディーススーツに日本刀。
清楚系美人の副担任が、淑やかな笑みを浮かべてゆっくりとこちらに歩いてくる。
「……ッ!」
「安心してください、殺しませんよ。擬似迷宮を開廷した以上、あの人形もすぐにやってくるでしょうし。黄金歴程の無い探索兵器なんてどうとでもなりますが、それでも万が一がありますから。君を人質にするだけで話が非常にスムーズになると思うんです」
コツコツコツと、緩やかに迫る足音。だが、おかしい。
「しかしどうしましょう。先生、捕縛だとかには向いてないんですよね。――『
副担任が立ち止まり、足元にあった石を蹴り飛ばす。
蹴られた石はそのままこちらへと飛んできた。そう、『そのまま』。
落下しないのだ。速度も落ちない。完全なる等速直線運動。
「――!」
この狭い道では逃げ場が無い。『取り出し』た鉄板を構え、盾にしながら飛び退く――が、石は鉄板を『そのまま』引き裂いて、俺の足元へと飛んでくる。
「っ、ォ、がぁッ!?」
躱しきれなかった。石が左脚に掠り、まだ治りきっていない肉が更に刻まれる。
否応なく倒れ伏す俺を見て、副担任はくすくすと笑い、懐から何かを取り出した。
「ふ、ふふっ。ああ、そういえば村雨くん、昨日先生に小麦粉投げつけてきましたよねぇ?」
白い粉がぶちまけられる。
速度は遅い。だが
回避は出来ない。倒れたまま、苦し紛れに適当な鉄パイプを投げつけた。が、何の意味も無い。鉄パイプが小麦粉の群れに接触した瞬間、粉砕機にかけられたが如く弾け飛ぶ。
マズい。『収納』出来るか? 分からない。このまま踏み込むのは危険過ぎる。
立ち上がって後退する。幸い、粉の動きは鈍い。アンセスタがここに来るというのなら、それまではこうやって耐えしのぐしかない……!
「そう、そうですよ、それでいい……! そうやって怯えて逃げて引き下がって大人しくしてればいいんです。私の邪魔さえしなければッ、こんな目に合うこともなかったんですから!」
周囲の空気を『収納』し、風として叩きつける。が、何の抵抗にもならなかった。粉の動きを止められない。
「自己満足なんですよ、所詮! 何か出来ると思いましたか? 何か出来たと思いましたか!?
「――――」
そこまで聞いて、ようやく分かった。
「分かったなら、さっさと――」
「ああ、
背中に爆風を発生させて突進した。背骨の軋む痛みを無視して、ぶっ飛ばされるように飛翔する。
〝あなたは、小麦粉を拾った〟
小麦粉の弾幕を突き破った。『収納』出来ない可能性などもはや考慮しない。
『取り出し』た鉄パイプを振り上げ、副担任の頭に向けて全力で振り下ろす。
「ッ、」
副担任の顔に迷いが見えた。進むか下がるか、戸惑うように脚が動く。
舌打ちと共に副担任が飛び退いた。鉄パイプが袖に掠り、カフスボタンが千切れて飛ぶ。
「あぁ、そうだ、そうだった……! なんでこっちが情けなくもただ黙って唯唯諾諾と大人しく引き下がる必要がある!? 逆だろうが! 引き下がるのはお前だ、地獄に落ちるのもお前らの方だッ! それが道理ってもんだろうがァ!」
アンセスタが怒るのも当然だ。出来そうにないと犠牲を容認し、理想を目指さず妥協を覚悟し、高いハードルを跳ばずに潜ろうとした。何が*勝利*だ。それが嫌だからあの昨日はあったのに。
加速しつつ後退していく副担任に、鉄パイプを突きつける。
「まず今ここでテメェを殺す……! 次にアインソフを殺す……ッ! おかしくなった
「ハァ……? 何をバカな、そんな思い上がり甚だしい間違いをよくもまあ堂々と――」
「『間違い』とは『誇るべき意思を貶めること』ッ! あんな格の低い三下丸出しのカスにへつらい従って結果素人一人捕まえられずに焦り散らす程度の間抜けがさも訳知り面で無駄に大物染みた態度を取っているんじゃあないッ! 自分で自分を無様だとは思わねえのかこの恥知らずがッ!」
戦力差がどうとかそういう話は俺の中でもう過ぎた。こんな輩の言葉を聞く耳はもはや無い。
相手を「強い」「弱い」なんて意味の無い指標で測るのは止めだ。正しく目を開き、見極める必要がある。
恐らく、相手の能力は「等速」……いや、「減速しない」だ。副担任が追加で加速をかけられる以上、常に速度が一定というわけではない。
そして、それが攻略の糸口になる。すなわち、向かい風に対しては強いが、追い風に対しては弱いのではないかという仮説だ。要は背後から殴る。
飛び退く副担任のカフスボタンを弾き飛ばせたという実例もあるのだ。状況証拠としては弱いが、試す価値はあるだろう。
「問題は――」
この、道の狭さ。
自転車一台通るのがやっとの道幅。副担任があの刀を横溜めに構えて突っ込んでくれば、それだけで回避がほとんど不可能になる。背後を取るのはほぼ無理だ。仮に副担任の背後まで飛び越えるようなジャンプ力があったとしても、上は鳥居で塞がれている。
「……あぁ、もう、何……? なんで私の方がイラつかさせられてるわけ……? 本ッ当にウザったい……邪魔……邪魔、邪魔、『邪魔』……!」
後退していた副担任が静止し、こちらに向けて駆け出してくる。
いつの間にかかなり距離を取られていた。助走時間が長いほど速度が増すからだろう。
人間の脚伸展力が
到達まで残り三秒と無い。それまでに何としてでも捻り出す必要がある。敵の後方に回り、無防備な背中に攻撃を叩き込むための、その手段を――!
「『本当に』、『邪魔』」
そして、副担任が姿を消した。
「――な」
虚空に、琥珀色の亀裂が開いて閉じる。
あまりの速度で見失った、わけではない。
「
背後だった。
背中合わせになるように、副担任が俺の後ろに立っている。
瞬間移動。そう言うしかなかった。
刀は既に振られている。もはや間に合わない。望んでいた背中を相手が自ずと晒しているのに、攻撃する時間はおろか、躱す時間さえない――死ぬ。
「――もう。『来るな』って言ったじゃないですか」
確信した次の瞬間、身体が後ろに引っ張られた。
目の前で刀の切っ先が空を斬る。破けそうなほどに服が強く引かれ、首が締まった。一気に数メートルほど距離が離れる。
「っぐ――アン、セスタ!」
「状況説明は結構です。クウマの義肢を介して情報は取得していますので」
だぼついたパーカーとジーンズを纏った銀髪少女が、俺の服を掴む手を放す。
「お前、いつの間にどうやって、」
「こちらとしても言及したいことは多々ありますが、戦闘に関わらない事柄は後に回しましょう。ひとまずはこの迷宮主への所感を」
「っ……自分や、自分の触れた物が減速しなくなる能力だ。進行方向への直進を妨げる抵抗力を消す。確証は無いけど、後方からなら攻撃が通るかもしれない」
「なるほど。後方からなら、というのは盲点ですね」
向き直ろうとするアンセスタに、俺は慌てて「だけど」と付け足す。
「相手の背後に瞬間移動する力もある、多分、アイツの力は一つじゃ――」
「いえ、単一でしょう。恐らくは『距離そのもの』を消し飛ばしたのだと予想します」
瞠目する俺。銀髪少女は周囲の鳥居を軽く見上げつつ、淡々と語る。
「鳥居。
「……つ、つまり?」
「『減速しない』のではなく、『邪魔なモノを除く』と捉えてください。
アンセスタが話す中、副担任がいくつかのピンポン玉をポケットから取り出し、投げ放った。
当然ながら、それもまた等速直線運動だった。全く減速せずにこちらへ突き進んでくる。
「限定展開につき申請省略――第三段階・
アンセスタが右手をかざす。虚空に描かれる蒼い
「ビーム、発射」
言葉通りだった。
銃口から迸る黄金の柱。直径五十センチはある太いビームが、飛んでくるピンポン玉をまとめて呑み込んだ。
「いやお前、黄金歴程は使えないって――」
「使ってません。代わりに、朝食べたカレーぱん一個分消費しました」
光の柱が過ぎ去り、その終端からピンポン玉が無傷で顔を出す。
やはり、進行方向に対しては無敵だった。依然として攻撃は迫ってきている。
「なるほど。では」
再度アンセスタが手を振るう。飛んでくるピンポン玉の後方に、複数の
ライフルの引き金が引かれ、間断する銃撃音。しかし、銃口からは何も発射されない。代わりに展開された
「――確かに。後方からならば通用するようです」
「いける、今の
「それはちょっと無理かもです。疑似迷宮の展開強度で負けてるので」
「擬似迷宮の展開――え?」
「多くの主は、自身の
副担任が助走距離を稼ぐために後退する中、アンセスタが機械的な早口で解説しながら俺の目の前に
「どうにか押し返したり出来ないのか? それか、近づいてアンセスタの
「そもそも弊機の簡易迷宮は、通常迷宮に比べると総合的な出力で劣ります。一般的な主相手ならばそれでもある程度押し合いは出来るのですが、今回の相手は自分を有利にする
また、展開強度は彼我の距離が近いほどその効力差が顕著になります。アレと接近戦の間合に入れば、弊機はほぼ迷宮を展開出来なくなるでしょう」
対策がされている。当然だ。そうそう都合良く解決手段が手元に転がってはいない。
だが、今、俺の傍には例外が存在する。
してしまう。
「…………。――黄金歴程ヴェルヘレグァ、発動シークエンス実行」
無数の蒼い長方形が周囲に浮かびあがった。
溢れる黄金の光。見る限りでは先ほどのモノと何も区別がつかない。だが、その内に秘めるエネルギーはきっとあらゆる意味で桁が違う。
光を握るアンセスタの右義手が、ビシリと歪な音を立てた。部品の隙間から、黄金の輝きが僅かに漏れる。
「っ、待て!」
「黄金歴程は、一種の聖遺物です。そう簡単に魔的な属性を付与することは、出来ません。出来たとしても、アーティファクトとしての、格の差で、強引に押し勝てます」
「そうじゃない……! 使ったら泣くほど痛いって自分で言ってただろ!? いいからやめてくれ、そんな平気そうにしないでくれ……!」
「別に……表情を、作る余裕が、無いだけです。感情と表情筋が、連動しているわけでは、ないので」
致命的な輝きを零していく腕を掴んだ。溢れるエネルギー自体は『収納』で無効化できるが、加熱された義手が掌を焦がす。しかし今はどうでもいい。
「こんなもん使わなくてもッ、二人で工夫して勝てばいいだけの話だろうが! なんでアンセスタがこんな奴らのために身を削る必要がある!?」
「……彼らのためでは、ありません。あなたのためです。こちらの方が、確実です」
「俺の言ったこと聞いてたんだろ!? ただ勝ったり生き延びるだけじゃ意味ねえんだよ! 俺のためにって言ってくれる君が、そうやって涙を飲んでいい理由なんて何処にもない――! 本当は『勝ちたい』はずだ! 完全に、完璧に、理想的に、誰も呪わず悲しませずにッ! 喜びを以て正義を成したいはずだッ!」
昨日言われたことをそのまま本人に言っているなと思った。これを言うのは恐らく二度目なのだろう、とも。
「大体ムカつくだろうが! なんッで
アンセスタの目を見て本気で言った。いや、本心であっても、本気ではなかったかもしれない。それでも、俺を助けてくれる彼女を助けたい思いだけは、全てが全て本気だった。
光が静かになっていく。逡巡を感じさせる動きで、少女が静かに腕を下ろした。
「……対案はあるのですか」
「ああ! 挟み討ちにしてボコるッ!」
「ざっくり」
ですが、とアンセスタが言い、恐らくは意識して作っているのだろう、小さな微笑みを、見せた。
「それでいきましょう。援護はよろしくお願いします」
頷き、前を見る。道の先の敵を睨む。
もう後退はしない。アンセスタに作戦の具体的な内容を告げながら、俺たちは前へ駆け出した。