アフタースクール・ラビュリントス   作:潮井イタチ

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お待たせしました(前話ぶり2回目)

今回も挿絵あるけど色々悩んだ結果勢いに全てを託したので後で描き直したり直さなかったりします


第10層「One way cowardlys」

 状況を整理する。

 場所は敵の迷宮内。地形は千本鳥居が並ぶ狭い一本道。

 

 敵の能力は『邪魔なモノを(はら)う』。

 進行方向に対しては無敵であり、触れただけで引き裂かれる。

 減速の要因さえ『邪魔』として祓われるため、相手は決して減速しない。また、そこから追加で加速をかけることも可能。自分だけでなく、自分が触れた物にもこの効果を付与することが出来る。

 

 位置関係は、まず一本道を前進する俺。俺の前を行くアンセスタ。アンセスタより更に前に、凄まじい速度でこちらへと向かってくる副担任。

 

「作戦名、『挟み討ちにしてボコる』。開始します」

 

 アンセスタが予備動作無し(ノーモーション)で自分の目の前に表示枠(ウィンドウ)を展開する。

 そして、そこから放たれる光線(ビーム)――ではなく、閃光(フラッシュ)

 

「っ!?」

「〝工学妖精アンセスタは、派生術(テクニック)『ホワイトアウト・ドリーマー』を繰り出した〟」

 

 (コウ)、と。光による目潰し。あらかじめ決めていた手はずであるため、俺は目を塞いでそれに耐える。

 しかし、副担任には効いただろう。昨日の時点で目潰しが有効であることは確認している。

 

 目を眩ませた隙を突き、アンセスタが跳んだ。高く。小柄な身体を活かして、副担任の頭上スレスレへ。

 上方を塞ぐ鳥居の貫。その底面を蹴って更に跳躍。突き刺さるように地面へ着地。副担任の背後を取った。

 

 俺は少女の跳躍と同時に鉄パイプを投擲している。アンセスタも右手から光の剣を伸ばし――

 

「〝第二形態、支持(かまえ)〟――、っ」

 

 ――既に背後へと振るわれていた刀を躱すために、攻撃の中断を余儀なくされた。

 反応したにしては早すぎる。目潰しをされた時点で、背後を取られることは分かっていたのだろう。

 

 しかも、そこからの太刀筋の繋ぎがあまりにも巧みだ。明らかに『背後に回った敵を斬る』ことに特化した剣技。アンセスタが否応なしに間合いを開ける。

 

「〝第三形態、照準〟ッ!」

 

 展開される光の長銃(ライフル)。しかし、俺の投擲した鉄パイプは既に着弾し無力化、引き裂かれている。これでは挟み撃ちにはならない。

 

「第一撃、発射――」

 

 一拍遅れて放たれるビーム。当然、副担任はアンセスタに向けて踵を返す。真後ろへと切り替わる進行方向。

 

「――――っあ?」

 

 が、その瞬間に気づいたのだろう。

 光に眩んだ目では見えない細い糸が、鳥居の貫を介して、俺とアンセスタを繋いでいることに。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 『収納』されていた毛布を(ほぐ)して作った糸だ。作戦開始前からあらかじめ片端をアンセスタに持たせておいた。

 

 そしてここで、俺の『収納』能力の条件。

 一つ。『収納』には、対象に接触している必要がある。

 二つ。『収納』能力を持つのは、俺と、俺の身につけている物である。

 

 三つ。『収納』に必要な時間は、対象の重量に応じて変化する。一瞬で『収納』出来るのは、百グラム以下の物質のみである――が、例外として。

 

 アンセスタだけは、重量制限を無視して一瞬で『収納』出来る。

 

〝あなたは、工学妖精アンセスタを拾った〟

 

 そして、身につけた糸越しに『収納』したアンセスタを、手元に『取り出す』。

 俺の胸元から生えるように飛び出した少女が、副担任に向けて光の長銃(ライフル)を突きつけた。

 

「――第二撃、発射」

 

 挟み『撃ち』だ。

 最初に発射したビームと、たった今ここから発射したビーム。二条の光線が向かい合って副担任に迫る。

 

 普通ならこれで詰み、だがしかし。

 

「――『邪魔』ァ!」

 

 進行方向がこちらに切り替わる。(バツ)と布を裂くように破ける世界。敵の姿が消失した。虚空に琥珀色の亀裂が開いて閉じる。背中へ感じるおぞましい(プレッシャー)

 

 読めていたことだ。先んじて間合を放しつつ、『取り出し』た鉄パイプを背後に叩きつけている。

 そして、俺の振るった鉄パイプが、副担任の刀に防御され()()()()

 

 そう、引き裂かれるのではなく普通に弾かれた。

 予想はしていたが、やはり。先ほどの瞬間移動の時からなぜ立ち止まって刀で攻撃してくるのか疑問だった。だってコイツの能力ならそのまま突進して触れる方が明らかに賢い。

 

 恐らく、瞬間移動の後には何らかの負荷がかかる。能力の一時的な使用不可か、そこまで行かなくても進行方向の切り替え不可か。

 どちらにせよ、この瞬間移動の直後が最も無防備。それを確信する。

 

「お、ごぁッ!」

 

 がしかし、それで俺がこの女を仕留められるかと言えば話は別だ。

 単純に接近戦の技量が違った。土手っ腹にぶち込まれる強烈な蹴り。鉄板ガードは間に合ったが、それを貫いてなお染みる、肋骨にヒビが入りそうな重威力。

 

 元々こちらが距離を取るつもりだったことも相まって、否応なしに吹っ飛ばされた。

 が、どうにか倒れることは堪える。

 かろうじて着地し、地面に足を擦って吹っ飛ばされた勢いを止めて――

 止め――

 止――

 ――()()()()()。ダメだ、()()()()()()()ッ!

 

「『■■■■(降魔属性付与)』」

 

 マズいッ! ()()()()()()()()()()()()()()()ッ!!

 

〝あなたは、工学妖精アンセスタを拾った〟

 

 触れた瞬間に『収納』し、即座に副担任の方へ『取り出し』た。アンセスタが光の長銃(ライフル)を突きつける。

 

「――〝第三形態、照じゅ〟、っ!」

 

 が、長銃(ライフル)を持つ義手が、日本刀に狩られかけた。

 回避し、再度副担任を狙おうとするが、やはり斬撃がそれを阻害する。

 近接戦において刃は銃に勝る。どれだけ真に迫った言なのか知らないが、この瞬間は明らかにアンセスタの方が不利だった。

 

「〝第二形態っ、支持〟!」

 

 光の銃が光の剣に切り替わる。日本刀と黄金剣が打ち合い、白光の火花が弾けて散った。

 まるで漫画かアニメのような鮮烈的剣戟群の嵐。数瞬後には既にそれぞれの斬閃数が数え切れなくなっている。激突の軌跡を目で追うことなど出来ようはずもない。

 

 しかし、それでも分かることはあった。

 まだ、アンセスタの方が、不利だ。

 

「っ、く、ぅ」

 

 光の剣はもう光の剣ではない。いや、瞬きの後にその姿を変えている。剣から槍、槍から双剣、双剣から鞭、鞭からまた剣。次々と変形する自在武装は、敵対者にとって脅威そのものだろう。――しかしそれでも、副担任の方がまだ強い。

 

 単純に相手の技量が高いというのもあるが、それに加えて、いつ瞬間移動後のクールタイムが終わって否減速の突進が来るか分からないのが大きい。既にクールタイムが終わっている可能性もある以上、迂闊に肉体が接触するような攻撃が出来ない。一定以上に間合いを詰めることも出来ない。距離を取って光の銃撃に切り替えようにも、副担任の猛攻がそれを許していない。先ほど使った糸も、ここまでの攻防で既に切り裂かれている。

 

 いい歳して高校生相手にイキり散らすカスの分際で。内心で悪態をつきつつ、どうにか停止に成功する。

 否減速の付与も、意識していればある程度抵抗出来るらしい。逆に、意識して抵抗しなければどこまでも飛んでいってしまうということでもあるが。

 

 しかし止まったはいいものの、二人の攻防に割り込む隙が無い。俺では完全に足を引っ張る。

 歯噛みする中、アンセスタが勝負に出た。

 

「〝第二形態・支持:旋回〟」

 

 アンセスタが光の剣を光のブーメランに変形させ、投じた。

 背後から襲いかかってくるブーメランを、副担任がバックステップし、背中で触れて破壊する。

 武器を投擲し無手になった彼女に、反転した副担任の斬撃が襲いかかった。

 

「ッ!」

 

 脇腹が裂かれる。何かの黒い液とともに舞い散る血。

 能力を使用しての攻撃ではなかった。傷は浅い。だが――

 

「――――」

 

 声を上げかける俺に、アンセスタがほんの一瞬、目線をやった。

 

「〝第二形態・支持〟」

 

 光の剣が再生成された。何もなかったかのように、戦闘が続けられる。

 

 ――情報を再分析する。

 攻略の糸口になるとすればやはりあの瞬間移動だ。いや、むしろそれ以外に糸口が無い。

 まともな飛び道具を持っているのはアンセスタだけ。相手は進行方向に対して無敵。後方から攻めても近接では敵わない。地形は狭い一本道。そして、いざとなれば瞬間移動で脱出出来る。最後を塞がなければ流石にどうにもならない。

 

 二回の瞬間移動で、ヤツは二回ともこちらの背後を取っていた。

 瞬間移動後のクールタイムで封じられるのは、能力そのものではなく進行方向の切り替えだとアンセスタがたった今証明した。ならば、ヤツが『こちらの背後にしか瞬間移動できない』ことは確定だ。

 

 恐らく、『邪魔なモノを祓う』という能力による都合だろう。

 『邪魔なモノ』を邪魔では無くす。それ故に、『邪魔なモノ』を()()()()形でしか瞬間移動が出来ないのだ。

 

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

 

 

 だいぶ、わかってきた。

 あと少し。あと少し情報が揃えば、この迷宮(のうりょく)を攻略出来る。

 

「っ――」

 

 先の瞬間移動から四秒。ついに進行方向が『切り替わる』。

 アンセスタに襲いかかる等速直線運動。副担任の体に触れた瞬間、砕け散る光剣。金色が塵になって宙を舞う。

 

 だが、間合い自体は常に取っていた。

 後退には間に合う。アンセスタは既に光の形態を切り替えている。

 

「〝第一形態・所持〟!」

 

 掌から噴射される黄金。光のスラスターにより、アンセスタが一気に間合いを離す。

 

 相手は無限に加速できるが、初速自体は大したことがない。人並みだ。いつか追いつかれるにしても、アンセスタならば一時的に距離を取ることは出来る。

 

 まだ余裕はある。策がある。

 だから、あと少し。あと少しでいい。――確信が欲しい。

 負けられない。勝たねばならない。あるいは蚩尤に挑んだ時より増して、必勝を切望する俺がいる。

 

 迫ってくる副担任に、俺は用意していた物を『取り出』そうとし――

 

「――『ああ』、」

 

 それより早く、副担任が、ピンポン玉を一つ、アンセスタに投じた。

 

 大した速度ではない。ただの投擲だ。彼女の身体性能ならば躱すに易い。そもそもそのピンポン玉自体に攻撃力がなかった。軌道は水平を保たず、放物線を描いてアンセスタの足元に向かって落ちていき――等速直線運動ではない? 何故?

 

 いや、まさか――()()なのか、『それ』が!?

 

「『邪、魔』、だ、なァ!」

「尻尾伸ばせ、アンセスタァ――ッ!」

 

 副担任が、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

【挿絵表示】

 

 

 ()()()()()()()()()()()()見做みな(・・)()()()()()()ッ! こいつ、『人間の背後』だけじゃない! 『無生物の背後』も移動先に出来るッ! いや、恐らくは自分が認識さえ出来ればなんでもいいッ!

 

〝あなたは、工学妖精アンセスタを拾った〟

 

 アンセスタの腰から伸びる尻尾のようなコードを掴み、『収納』。俺の傍に引き寄せる。

 わずかに距離は取れたが一時凌ぎだ。もう間に合わない。

 

 読みきれなかった。今、間合いを詰められたことで、用意していた策が完全に潰された。

 

 後退は出来る。まだ後退は出来る。余命を稼ぐことは出来る。

 だが、それで? 思いつくか、その後を凌ぐ策が?

 

 無理だ。仮に凌げたとしても、その瞬間に意志が後退する。

 アンセスタは黄金歴程を取り出す。俺たちは望まぬ勝利を得る。それは、確信出来る絶望だ。

 

 しかしだからと言って進めるのか。進んでいいのか。挑んで良いのか? 希望なんて不確定要素に身を任せられるのか――

 

「〝クウマ〟」

 

 ――答えは既に決まっていた。

 さっき、アンセスタが傷ついても声を上げなかったのは何故だ。自分を犠牲に勝利を得ようとする。それだけなら、黄金歴程を使うのと何も変わらない。

 

 だが違う。そうではない。

 苦痛を受容し、逃走を受容し、後退を受容し何になる。根底する物は一つだ。例え同じ結果に辿り着くのだとしても、その過程を受け入れれば、この誇るべき意思が貶められるッ!

 

「プランBだッ! やるぞッ、アンセスタ――!!」

「〝第三形態・照準〟――!!」

 

 アンセスタが黄金銃を構え、俺が『取り出し』たソレをぶちまける。

 

 ――白い物が、弾けて舞った。

 

 


 

 

 女は、退魔師の家系だった。

 世に仇なす魔を祓い、人々を護る降魔の一族。先祖より代々受け継いできた霊山に潜り、修験し、法力を身につける。

 

 迷宮に潜って(けいけんち)を得られるのは、迷宮主以外に、迷宮主と相似した人間も含まれる。血縁などはその最たる者だ。

 

 迷宮主である先祖の拓いた霊山(めいきゅう)は、一族に超常の力を与えてきた。

 しかし、その力を私心のままに用いてはならない。

 ただ他者のため、魔を祓うためのみに遣うべし。

 

 それが、一族の掟である――馬鹿馬鹿しい。女はそう思った。

 

 一族が言うところの『魔』など、既に絶滅危惧種であったからだ。

 

 原因は、ノギスである。

 科学の興隆と共に発達したノギス工業。世界に散らばる多くの異常は、『隔離』の名目にて根絶されていった。当然、一族が祓ってきた『魔』も例外ではない。科学に基づく圧倒的な物量で、一族が二百年かけても祓えなかった魔は、ただの十数年で絶滅しかけていた。

 

 裏の世界において、一族は密猟犯の扱いにまで零落していた。

 一族はあり方を変えられなかった。それでもまだ、魔を祓えと。力を私欲に振るうなと。それが掟であるのだと。

 

『――邪魔』

 

 女にとって『魔』が在るならば、それはもはや己が一族に他ならなかった。

 拓かれるは自身にとって邪魔なモノを魔と定義する破戒求道。一族の宝にして神器であった神刀は簒奪され、一族は女の代で滅び去った。

 

 女は自由だった。自身を囚えるものなどない。この刀と破戒求道がある限り、自分を邪魔するモノはない。

 

 前に進む限り、全ては斬り祓える。

 伐り拓ける。

 切り抜けられる――はず、なのに。

 

「ガッ、はッ……!?」

 

 ――()()()()()()。いや、()()()()()

 

 少年と少女の前、女は血まみれになって膝をつく。

 

「ハァー、はぁ、はぁ……ッ!」

 

 相手も無傷ではない。特に、少年の被害は甚大だった。

 一瞬で止まったわけではなかった。完全な停止にかかった僅かな距離。探索兵器を庇ってわずかなりとも女の突進に触れたことにより、右腕と胴体が料理下手の作った魚の開きめいてズタズタになっている。

 

 だが、そんなことは女にとって何の慰めにもならない。

 

「と、止められた……? 私が? この私が? この私が止められたァアアア゛ア゛ア゛?!?!?」

 

 自我の礎を崩すにも等しい衝撃だった。

 あの瞬間。探索兵器の黄金光に飲まれた瞬間に受けた、全身をすり潰すようなダメージ。押し返された体。

 女の力の根幹は、手に持つ神刀に由来する。彼女の力を破れるとすれば、この神刀と同等以上の聖遺物(アーティファクト)のみである。つまり――

 

「お、黄金歴程は……! 黄金歴程は、使えない、はず、じゃあ――ッ!」

 

 よろめきながら立ち上がる。

 失神しても何もおかしくないダメージを受けながら、村雨空間は依然としてこちらを睨み続ける。

 その傍の探索兵器(アンセスタ)も、無表情で女を見て――

 

「あ、ぎ」

 

 ――否。

 

「ぃッ、やッぁ、あ、あぁああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――ッ!!」

 

 爆ぜるような苦悶の声を上げて、少女の右手が弾け飛ぶ。

 金色の光とともにパーカーの袖が引き裂けた。ジャンクとなったネジや基盤が吐瀉物のように路面に落ちる。

 勢い良く倒れる体。断続的な苦鳴とともに、ビクビクと芋虫のごとく痙攣する少女。

 

 黄金歴程――英雄を見出すもの。しかし、その本質はほとんど人柱だ。

 炎は黄金を証明する。苦難こそが勇者を示す。故に、黄金歴程はまず何よりも先に使()()()()()()()()()()()

 人間には絶対に耐えきれない精神的ダメージを与え、耐えきれなければ次は物理的なダメージが発生する。()()()()()()()()()()()()()()ことを前提とした、設計段階からして何もかもが終わっている超兵器――それが黄金歴程だった。

 しかし、だからといって無痛者に黄金歴程を持たせても意味がないのだ。そんな者は黄金歴程に選ばれない。

 だからこそ、工学妖精アンセスタには苦しみを感じる心は無論、痛覚も人並みに――いいや、むしろ人間以上に存在している。

 

 そのことは女も知っていた。知っていなくとも見れば分かる。()()()()()()()()()()()()――それだけで、再起不能を確信するには十分な証拠だった。

 

「はァ、ハ、ハハ……! 必ず殺す……伐り殺す……!」

 

 全速で後方に退く。当然、撤退のためではない。助走距離だ。

 重力も摩擦力も空気抵抗も何もかも振り祓って、銃弾めいた疾走が少女と少年に襲いかかる。仮に躱したとしても、散り散りに裂かれた空気の余波だけで相手をミンチに出来る超速度。

 

 最初から、厄介なのはあの探索兵器だけだった。村雨空間の能力はこちらを何手か遅らせたが、しかしそれだけ。所詮は、無意味な痛罵を吐き散らすことしか出来ない凡人に過ぎない。

 

「最高速度だッ! 加減抜きで塵にしてやる、最ッ悪に邪魔臭いクソガキ共ォオオオオオ――!」

()()()()()?」

 

 ドップラー効果にひずむ声が、女の足を止めかけた。

 

「何を、」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ァ!」

 

 女が反論するより先に。

 

「〝第、三……、形、態〟――」

 

 探索兵器が立ち上がり、光の銃を携えていた。

 

「ッ――!」

 

 震える足。死に喘ぐ顔。今にも崩れ落ちそうな体を少年に支えられながら、苦しみ悶える少女はされど、迫り来る敵を凝視している。

 

「どうした来いよさっさと進めよ邪魔なんだろう、なぁ!? 伐り拓いてみせろ切り抜けてみせろよッあ゛ぁ゛!? その魂を誇れるのなら、他ならぬ己に確信を持てるのならッ! そのまま突き進んで死にに来いクソ野郎がァ!! この子の決死に応えてみせろォオオオオオオ!!!」

「こ、このガキィイイイイ!! 女の後ろから偉ッそうに吠えてんじゃねェえええ――――ッ!!!」

 

 発射される黄金光。横倒しになった光の柱は、人間の身長ほどの直径を持っていた。

 逡巡、する余裕は無い。

 前進か後退か。決める余裕は、その一瞬は、もう既に過ぎ去っている。

 

 だから――

 

「――――」

 

 ――足を退いていたのは、ほとんど無意識だった。

 一度決めた方向は変えられない。全速全力の後退。走りながらまず考えたのは、何よりも自身への弁明だった。

 

「(逃げじゃない……! これは断じて逃走なんかじゃあないッ! そうだ、そうよ、勝つためだッ! 前進にせよ後退にせよ最終的に私が勝つことに変わりは無いんだ絶対にッ――!)」

 

 迫り来る光線との距離は縮まっていく。加速していく女の速度でも、いつかは追いつかれる。引き離すことはもはや不可能だ。

 

 回避するために『次元祓い』を使って相手の背後に転移したとしても、この状況では絶対に読まれる。背後に転移することを読まれる。こちらが弱点を晒すことが分かりきった状況で、このレベルの相手が罠を張っていないはずがない。

 

「(だから――()()()()()()()()()。この『邪魔な光線』の『背後』に飛ぶッ!)」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 あの状態の探索兵器が、いつまでも光を放射し続けられるはずがない。いつかは途切れる。絶対に途切れる。その瞬間に光線と探索兵器の間の空間(くうかん)に飛び、そのままの勢いで()()()()

 

 破壊の黄金は迫ってきている。今にも背中が焦げそうな熱量。致死的な密度の赤外線が、針のように皮膚へ刺さる。

 

 人と光の速度勝負は、果たして何秒続いたか。

 女にとっては永遠にも近い経過の後――ついに。

 

 光の勢いが、弱まった。

 

「勝ったァッ!」

 

【挿絵表示】

 

 即座に光線を飛び越え、探索兵器の眼前へと飛んだ。

 

「死ねェッ探索兵器ィ! ズッタズタのスクラップに落ちぶれろォ――ッ!」

 

【挿絵表示】

 

 

 


 

 

「ごッ、ぶゥ――ッ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「かかったなマぁ・ヌぅ・ケぇがァあああアアアアアッ!! 退き下がったテメェの負けだァアアアアア!!!」

「ッヅ、ぁ?! び――光線ビーム(・・・)()()()()ッ?!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 俺は、百グラム以下の物体ならゼロ秒で『収納』できる。故に、重さの無い攻撃――アンセスタの光線は効かない。これは昨日の時点で既に確かめている。

 

 確かに、副担任は背後からの攻撃の対処に慣れている。だが、背中に目がついているわけではない。全く無警戒の状態でかわせる道理はなかった。

 

「だッ……だが、だがッ! ただのガキの一人程度ォ――!」

 

 普通に考えて、無防備な人間の後頭部を鉄パイプでフルスイングすれば普通に死ぬ。が、何らかの技能か、あるいは超常によるものか。副担任は頭部から噴水のように血を流し、フラつきながらもまだ生きていた。

 

 しかし、襲い来る女の背後から、苦痛などまるでない機械的な声が響く。

 

「〝工学妖精アンセスタは、派生術(テクニック)『アナログハック・ロマンサー』を繰り出した(十五秒前)〟」

 

 アンセスタが、ガラクタをパーカーの袖の中に詰めるために外していた、自分の義手を懐から取り出し、つけ直す。

 

「な――」

「というわけで弊機の七色表情筋劇場でした。すいませんね完全随意制御で」

 

 意識しなければ表情が作れない――それはつまり逆説、()()()()()()()()()()()()()()()()ということでもある。

 そもそも本当に苦痛を感じているなら、むしろ表情を作る余裕がなくなるというのが本人の弁だ。不気味の谷を易々と踏破した完全な表情制御は、場慣れした副担任を見事に化かしきった。先の一撃が()()()()()()()()ことを悟らせなかった。

 

「何故ッ、どうやって黄金歴程以外で私を、」

「決まってんだろ()()()()()()だよ調子乗り腐ったボケがァ!」

(ええ)。効くかどうかは賭けでしたが」

 

 レディーススーツに付着していた白い粉を見て、副担任が目を見開く。

 つまり、目には目を、等速直線運動には等速直線運動をだ。最初に『収納』した小麦粉は、俺の迷宮内(なか)でまだ等速直線運動を続けていた。そもそもが絶対に直進を続ける攻撃、驚愕の面を見るに、跳ね返されたことなどなかったのだろう。

 

 再度アンセスタから発射される光線。四秒のクールタイムが終わるまで、進行方向は切り替えられない。女が冷や汗混じりのバックステップで後ろに進み、『邪魔』な光線(それ)を祓い防ぐ――結果、俺への対処が一手遅れた。

 更に一撃、鉄パイプの追撃を入れることに成功する。顔面だった。歯の一本が勢い良く弾け飛ぶ。

 

「ぶッ――」

 

 しかしまだ倒れない。放出され続ける光線に対処すべく、副担任がさらに背後へと後退する。

 

「しぶッ、といッ! さっさと死ねッ!」

「う……運が、良かっただけの、ガキ、がァ――ッ!」

「ああ確かに運は良かった! だが先に折れたのはテメェだッ!! テメェの信念が貧弱なのが悪いッッ!!!」

 

 鉄パイプと刀が打ち合う。アンセスタと凌ぎあった太刀筋は見る影もなく、防御をすり抜けて俺の打撃が何度も女を殴打する。しかし、それでも致命傷は避けられていた。仕留めるには至らない。

 後退を続けることで、副後退が加速していく。俺には追い切れない速度まで上がっていく。

 

「逃、が、す、かァアアアア!!」

 

〝あなたは、派生術(テクニック)『インヴィジブルブースト』を繰り出した〟

 

 背中から圧縮空気を噴いて加速し、視界端の表示枠(ウィンドウ)でアンセスタがそれを勝手に命名する。

 振り抜いた一撃がこめかみを捉えた。人体から出たとは思えない、硬質球のホームランみたいな音が響く――が、女はまだ倒れない。加速する。

 ここまで三秒。あと一秒以内に仕留めきれなければ終わりだ。逃げるにせよ向かってくるにせよ、ヤツはまた距離を飛び越える。

 

「こ……ここまで、だ……! つ、次は絶対に――!」

「今死ねオラッ!」

 

 鉄パイプを投擲した。クルクルと回転して飛んでいくそれを、副担任は辛うじて首を振り回避する。パイプが光線に飲み込まれ、黄金の中に霞んでいく。

 

 歪んだ顔面で、副担任が冷や汗混じりの笑みを浮かべかけ――即座に引きつる。

 鉄パイプに結び付けられた、細い糸を見たことで。

 

〝あなたは、工学妖精アンセスタを拾った〟

 

 光線の先、鉄パイプに結んだ糸を掴んだアンセスタを『収納』し、手元に『取り出す』。

 

「あ、ア、ァアアアアアアッ?!?!?!?!」

「ブッ殺せアンセスタァ――ッ!!」

「うみゃあ」

 

 黄金の炸裂。爆ぜるような光の波。

 消えゆく副担任の影とともに、鳥居道の迷宮が弾けて溶けた。

 

 


 

 

 ぐしゃり。

 遠く離れた路地裏で、人の倒れる音がした。

 

「ぜぇ……ぜぇ、ハァ……ッ!」

 

 全身を焦げたひき肉のようにした女だった。

 先ほどの道からここまで一キロ。今までにこれほどの距離を祓ったことはない。光に呑まれながら行った瞬間移動が、ギリギリで女の命を繋いでいた。

 

「く、クソ、クソ……ッ!! あのクソガキ共がァアアア――!!」

「おい、君。大丈夫か?」

「うるッさいのよクソモブゥ!」

 

 声をかけようとした通りがかりの男がバラバラになった。

 焦げ付いた刀身を振り抜いて、息を切らしながら女は自身の頭を掻きむしる。

 

「許さない……許してたまるか……次は殺す、絶対に殺すッ! 今度はあの四人を使って、一人ずつ、確実に――」

「なあ、おい。本当に大丈夫か?」

「だからッ、うるさいと言っ――は?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 立体パズルのように合わさる肉体。

 何事もなかったかのように、黒髪赤眼の男――アインソフ・ヨルムンガンドが、副担任を見据えていた。

 

「なんッ……(なん)、で、あなた、が……!?」

「何で? 疑似迷宮の開廷を感知したから気になって見に来ただけだが? それとも何か? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ろくに動けもしない瀕死の状態で、全身をさらに損傷させながら女が背後に跳ぶ。咄嗟にそうせざるを得ないだけの脅威がそこにあった。

 

「おいおいおいおいそう怖がってくれるな。確かに私はたった今お前にバラッバラにされ、お前が既にノギス工業に嗅ぎつけられていることを報告しなかったことが災いしてあの探索兵器にブッ飛ばされ、二週間前のお前の不始末を片付けた際にまたトラブルに遭う羽目に陥ったが……。そんな程度で部下をブチ殺すと思われてはそれこそ心外だ……」

 

 言葉選びこそ女をいびるようなものだったが、アインソフ当人は本当に怒りを感じていないように見えた。いや、あるいは、女のことなどどうでもいいのか。とにかく、その感情に揺らぎは無い。

 

「それに、あの自殺産道に関してはお前の責とするのも流石に酷だ。フッ……また一体、私の手に負えぬ怪物を生み出してしまった、とでも言ったところか……」

 

 静かに笑いながら、アインソフが女に近づいていく。

 

「故に、私が訊きたいことは一つ――()()()()()()()()()()()()()()、ということだけだ」

「は……?」

 

 思考が止まる。意図が、掴めなかった。

 

「人間は意志で生きる。私を見ていれば分かるだろう? 善だの悪だのはどうでも良い。重要なのは己が意志を誇り、祝福すること……()()()()()()()()()()()()()

 

 本気で言っている。この化け物が、まともな人間みたいな価値観を本気で信奉している。それが分かってしまったのが、女を何より混乱させた。

 

「君にもあるだろう? 長きに渡って続いた退魔の一族を自分の身勝手で滅ぼし、何にも囚われず邪魔なもの全て滅ぼしてきた、()()()()()()()()が……。私が君を評価しているのは、まさしく()()だ。失態、不敬……そんなものはどうでもいい」

 

 まるで、立ちふさがるように。

 女を邪魔するように、アインソフが彼女の前に立つ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。曲がること、折れることは許されない。故に、ここで示すが良い。今の私は邪魔だろう? そら、来い。()()()()()()()()()()()()()()()。それでお前の『合否』を決めよう」

「な、何を……」

「退くなよ? 退けば殺す」

 

 女の足が震えた。斬り抜ける? これを?

 今のアインソフが弱っていることは知っている。アインソフでは相性的に自分の破戒求道を止められないことも知っている。

 だが、それ以上に自分は瀕死だ。この状態の自分が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、この超越主(オーバーロード)に――?

 

「う――」

「退くな」

「う、あ――」

「退くなッ!」

「う、ぁああアアアアア――!」

 

 ――()()()()()()()()()()

 

 


 

 

「ここからが本番だ」

 

 カラン、と焦げた刀が地面に落ちた。

 

「次の自殺産道――『()()()()()()()』を見つけない限り、超越七主(オーバーローズ)であろうと逃れることは叶わない……黄金歴程、そして、白亜回廊。貴様らがあの冥界を前に滅びずにいられるのか……今はただ、それを待とう」

 

 ヒト一人を体内に取り込み終えながら、不死者はここには居ない彼らへ静かに語りかけていた。




迷宮名-「破戒求道・逆賊門忠臣悲落」
迷宮主-副担任(本名不明)
ステータス
 展開強度-A/補助効果-E/地形変更-D/迷宮範囲-C/持続力-C
能力
 迷宮内の障害に[魔]特性を付与する。

神刀(特別)[鋼鉄製]
・退魔の一族に伝わる古い刀だ
・それは貴重な品だ
・それは[魔]に対して強力な威力を発揮する[*****+]

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