アフタースクール・ラビュリントス   作:潮井イタチ

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第17層「*ぐだぐだ?*」

 目覚める時はいつも、ここがどこで、自分が誰なのか。

 少しばかり、分からなくなる――

 

 ――という設定なわけだが。

 

 最近のところはその辺明瞭だ。

 白黒はっきりと付いてきている。

 

 ただ、それが白なのか黒なのか。

 勝ちなのか負けなのか、正なのか負なのか、生なのか死なのか――

 

 …………。

 

 いや。

 あるいは逆に中間なのか。

 灰色であり不戦であり零であり――不生。

 

 もしくは、不死。

 

《呼んだか?》

 

 呼んでねえよ。誰だよ。

 

《おいおい。随分と欠陥だな白亜回廊。私の顔を忘れてどうする、ラスボスだぞ?》

 

 ラスボスだぞ、じゃねえよ。

 

 何で居んだよ。

 というか居るなよ。

 こっちは生死の境で真剣にポエム詠んでんだよ。

 あと俺の中じゃ出てきてすぐにブッ飛ばされたチョイ役だからなお前。

 

《ま、私も君と似たようなものだ。つまりは生死の境というわけだな》

 

 ドヤ顔で何言ってんだ。こっちの知らないとこで死にかけてんじゃねえよラスボス。

 

《安心しろ、三日後には復活する。私の疑似迷宮はそうだな、分かりやすく言うなら死後発動型だからな――死後発動、という言い方は不死身の自負をいささか身削ぐが、実際にして()られたことに違いは無い。久方ぶりの完殺にして完全消滅。長きに渡る我が生涯でもこれが四度目だ、全く》

 

 そう言ってアインソフは肩をすくめる。

 いや、実際肩をすくめたのかどうかは見えてないし分からないのだが。

 そもそも何故俺の思考にこのクソボケが介入してきているのかも分からないわけだが。

 

《はん。嘘臭いな。まあ本当に分からないなら適当に地獄で会ったとでも思っておけよ。天国と言った方があるいは近しいかもしれんがな》

 

 ペラペラうるせえなあこのジジイ。

 というか何だ? アンセスタから聞いた、『黄金歴程は史上唯一純粋な物理攻撃だけでアインソフ・ヨルムンガンドを殺しうる』って話は嘘なのか。

 

 完全消滅しても死なないなんてそんなの、物理攻撃じゃもう殺しようが無いだろう。

 

《嘘ではないな。私が最初に喰らった黄金歴程の最終形態にして最大解放は、迷宮そのものを物理破壊出来る。蚩尤の迷宮でも、『槍』は迷宮を外郭ごとブチ抜いていただろう? アレ自体、尋常の手段では不可能な所業だ。故に、私が疑似迷宮を死後発動したとしても瞬時にそれごと砕かれる。迷宮もまた、迷宮主の一部だからな》

 

 へえ。

 じゃあその、お前を殺した真の黒幕だか何だか知らないが、そいつは黄金歴程ほどの攻撃力は持っていないのか。

 

《黒幕は私だと最初に言ったろうに。ヤツもまた、自殺産道と同じだよ。ただの被害者にして被術者。村雨空間の同級生であり――私が作り出した、新たな刺客だ》

 

 自分で作った刺客に自分で殺されてんのかよお前。馬鹿かよ。死ねよ。金輪際二度と黒幕ぶるんじゃねえよ。

 

《ふん、何とでも言え。だがこれだけは忘れるな白亜回廊。全てを万全に揃えたとしても、そこに完全だけは無い。最強の戦力と最高の戦略と最上の戦術と最良の戦況と最大の戦気を以てしても敗北する時は敗北する――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ》

 

 いや負けてるじゃん。

 

《それに、どうであろうとお前たちは挑まざるを得ないのだからな。超越七主(オーバーローズ)をも殺しうる究極ならぬ終極の迷宮主――道無き道の君臨者、王道無道(ロードレスロード)に》

 

 馬鹿言ってんじゃねえよ馬鹿が。大人しく死んだふりしときゃ良いのにノコノコと顔出してきやがって。その王道だか何だかと組んで真っ先にテメエ殺すに決まってんだろボケ。

 

《それは無理だな。お前たちは絶対にアレと相容れない。いいや、本当の意味で相容れる者など本質的に存在しえないのだよ。あの迷宮主に限ってはな》

 

 ……何?

 と、俺は疑念を発した。

 それの何が面白かったのか、アインソフは小さな笑みを漏らしながら、長広舌を語りだす。

 

《そうだな。では一つ問おう、白亜回廊。お前は――『自分が本の中の登場人物である』という、そういう意識を持ったことはあるか? ――いや無いな。無さそうだな。そういうセンシティブな人間らしい感情は確実に無いなお前》

 

 マジで黙れ。

 

《世界の全てが本だとするなら、王道無道はその読み手だ。ヤツはこの世界という物語を好きなだけ読み進めることが出来るし、読み終わることが出来る――そしてその結末を、恐らくは全てが全て、めでたしめでたし(ハッピーエンド)に出来る。シンデレラは王子に見初められ、おじいさんはおばあさんと末永く暮らし、私という悪の魔王は死ぬ。そういう『完結』を、王道無道は強制的に与えることが出来るのだ》

 

 意味分かんねーよ具体的に言えよ。解説が曖昧過ぎるし寓意過ぎるし哲学過ぎるだろうが。衒学気取んな口下手が。

 

《私も詳細は知らん。本質は掴んだがな。あと言っておくがわざわざ言う義理も無いからなお前。黒幕が次なる刺客の解説してどうするよ》

 

 テメーが正論言うなよ。殺すぞ。

 

 だが実際問題、詳細にベラベラ解説されたところでそれはそれで逆に怪しい。仮にそれで本当のことを言っていたって信用するはずがない。なら、まあ、この戯言を適当に聞き流しておいた方がまだマシだ。

 

 一つの諦めとともに俺は返答する。

 返答を思考する。

 

 ――というか、聞く限りには良いことづくめじゃないか、それは。

 誰も彼もを幸せにする力。全てをハッピーエンドへと導く力。そんな物が、そんな者が誰とも相容れないなんて、それこそ受け容れがたい話じゃないのか。

 

《ハッ、そうか? 本当にそうか? ならばお前――『こうしてみんなが幸せになりました。めでたしめでたし。おしまい』、と――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?》

 

 ……それは。

 思考が止まる。いや、止めざるを得ない。

 論理的に考えれば、そこには何の『悪』も無い。

 だがしかし、それを肯定できてしまえば、それを肯定できてしまうような存在(モノ)は、きっと――

 

《そう。たった今思い浮かんだそれこそが、王道無道が本質的に相容れず、受け容れられない理由そのものだ》

 

 不死者は語る。

 終わり無き者は語る。

 

《よく言うだろう? 『例え夢を叶えてもそこでゴールじゃない、そこから先も人生は続くのだから』、と。全くもってその通り――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。故に、架空の幸福はいつか絶対に現実の幸福と相反する――相反せざるを、得ない》

 

 アインソフがどういう表情で、どういう感情でそれを話しているのかは分からない。

 俺に伝わってくるのは、あくまでヤツの思考のみだ。

 

《最初はある程度で満足するだろう。

 

 悪い人を改心させました。めでたしめでたし。おしまい。

 困ってる女の子を助けました。めでたしめでたし。おしまい。

 貧乏人のおじいさんを裕福にしました。めでたしめでたし。おしまい。

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 悪人はまたいつか、死ぬまでに悪事を働くかもしれない。

 困ってる女の子はまたいつか、死ぬまでに困難を見舞うかもしれない。

 貧乏人のおじいさんはまたいつか、死ぬまでに財を失ってしまうのかもしれない。

 

 だからこそ、故に必ず、何処かの時点でアレは絶対に死神になる。

 

 悪人は死ぬ。

 困っている女の子は死ぬ。

 貧乏人のおじいさんは死ぬ。

 

 一瞬で、幸せに、死ぬ。

 

 たった今生まれた赤子は次の瞬間には百年生きて人生に満足した老人の遺体になるだろうし、そんなことになっては子を産んだ両親が不幸になるから彼らごとまとめて死なせてやる。

 そんなことになっては今度はその両親を大切に想う人々が不幸になるから――と、そういう要領でアレは全て殺す。死なせる。終わらせる》

 

 気がつけば、呑まれていた。

 毒のような蛇のような侵すような絡め取るようなその語り口に、呑まれていた――否、呑まれかけていた。

 

 まだ、圧倒されてはいない。

 俺は気を取り直す。自らの思考を取り戻す。

 

 ――それが、お前の言うことが真実だって保証がどこにある。

 

《無い。だが分かるとも。会えば分かる。全てが嘘だったなら先ほど言っていた通り、王道無道と結託して私を殺しに来るが良いさ》

 

 相手の気配が霞んでいく。その存在が離れていく。

 生死の境が終わる最後に、琥珀色の中で超越主(オーバーロード)は語っていた。

 

《だが、全てが真実だったならば――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 勝つだけなら終わらぬ私にも出来る。殺すだけなら全ての始まりである第一位(万色の蛇)がそうする。

 しかし、真の意味でアレに対抗し、対応し、対処できるのはお前のみだ、白亜回廊。

 何故ならば――お、前――こそ――は――――》

 

 ――――――――――。

 

 


 

 

 ――そこで、目が覚めた。

 

 ……夢見が悪過ぎる。

 まあ忘れていいだろう。多分本当のことも言っているのだろうが欺瞞もほざいているのだろうし、だったら完全に忘れた方が無意味になって有意義だ。

 

 そのまま起き上がろうとしたが、一切動くこともせずに身動きを止めた。全身が激烈に痛んだからだ。

 

 視線だけで周囲を見渡す。

 どうやらまだ、病院に居るらしい――いや病院、なのか? 病院だが何か違う。病室ではない。掃除は行き届いていないし、洗面台もついていないのに簡素な流し台やレンジはある。まるで宿直室だ。

 が、それにしては今寝ているのは病室用ベットのようだし、一部の内装なども病室のそれだった。しかし、部屋の隅はまるで手術室で、医療器具ならぬ治療器具が目につくところに晒されている。

 

 何というか寄せ集め(ブリコラージュ)だ。病院の色んな所から、一部だけ拝借して出来た部屋というか。

 

 反対側はどうなっているのかと、痛む体に鞭打って寝返りを試みる。

 

「うみゃ」

 

 と。

 それより早く、銀髪少女の蒼眼が、俺を覗き込んでいた。

 近い。寄ってくる気配は感じなかった。なんか知らんが、俺が目覚める前からその距離に居たらしい。

 

 遅れて、彼女の背後に再街左希が回り込む。

 特に混乱しているというわけではなさそうだが、おどおどとしていて所在無さげ。

 

 それでも――まあ、普通だ。

 

 今の再街は、どこにでもいる女子高生だ。

 底知れない不気味さも、天井知らずの不安定も、もはや残滓さえ残ってはいない。

 否、自殺産道(アレ)が再街左希の至る『可能性』である以上、それをもたらす因子自体はまだ再街の中にあるのだろう。

 

 だが、もうあんな風には成らない――成らせない。

 

 何を言うか悩んだが、それでもひとまずアンセスタに声をかけた。

 

「……おはよう」

「……(はい)。おはようございます」

「…………」

「…………」

 

 ぐい、とアンセスタが再街の襟元を引っ張って俺の前に出した。

 

「え、あ、あの……? え? わ、私が説明するの……??」

 

 再街の背中に隠れるように引っ込むアンセスタ。

 振りほどくように再街が極めて些細な抵抗を行うが、流石に腕力が違う。文字通りの豪腕だ。

 

「……よう。二週間ぶり」

「う、うん……あ、で、でも、無理に喋らなくて大丈夫だから、大丈夫です、その、話すだけでも苦しいと思うし……」

「……あー」

 

 確かに、まあ、苦しくて当然だろう。肺を動かすだけでも傷が痛むし、あれだけ失血したのだから呼吸だって苦しくなるに決まってる。

 だが、そう言われて黙るというのもどこか今更だ。

 

「で、どこまで聞いた?」

「え、えっと、なんかクラスのみんながおかしくなって、(なお)すためにバトルしてるって……」

「おおむね正しい」

「その、む、村雨君の怪我も、わた、私が……ごめ、」

「あ? 二週間ぶりっつったろうがボケ。人の話を微塵も聞かねえゴミが。テメーの耳は鼓膜の代わりにシャボン膜でも張ってんのか」

「そこまで言われる……?」

「俺がブッ飛ばしたのはお前によく似た別人だよ。俺がお前らに平服されたりチヤホヤされるためにバトルしてるとでも思ったか。分かったらもう二度と謝るなクソが――っと」

 

 そうして血圧を上げた瞬間、目眩がした。

 特になにということも無いが、再街がこちらに近寄ろうとする。しかしその際に俺の視界の外にあった何かに彼女の手がぶつかり、棚から落ちかけたそれを再街が慌てて受け止める。

 

 落ちかけた物。

 赤い華――彼岸花だ。

 

「ご、ごめんなさい、病室に置く花じゃないよね……あの、でもこれ、最初から置いてあって……」

「……彼岸花の花言葉ってなんだっけ?」

「え? ええと……ネガティブな感じのやつだったと思うけど……」

 

 再街が携帯を取り出し、検索する。

 

「『悲しき思い出』『諦め』……あ、でも、『独立』とか、ポジティブな意味もあるみたいだけど……」

「じゃあそれ、お前用の奴だな。後で持って帰れよ」

「? う、うん……」

 

 しかし、そうなると。

 

「この部屋、()()()が作ったのか?」

「……(はい)。公立病院は(いびつ)な増改築の多い施設ですから――迷宮崩壊の際に起こる空間歪曲で、箸にも棒にもかからないような病院中のデッドスペースを一つに()()()()、簡易的な病室を作ってくれました」

 

 アンセスタが、再街の背中からひょいと出てきて解説する。

 

「病院関係者がここに入ってきたりは――?」

(いえ)。そもそも入ってこれるドアがありませんし、弊機の方でも念のために不注意領域(スコトーマスポット)――人払いの結界のようなものを作っておいたので」

「何でも出来るな、お前の迷宮……」

「こちらはただの技術で、心理科学です。ミスディレクションと認知バイアスの複合とでも思ってくれれば」

 

 そう言って、再度、再街の背中へと引っ込む彼女。……さっきからどうした一体。

 ともあれ、ひとまずの拠点としては申し分なさそうだ。

 

「でも、なんで再街まで連れてきたんだ? 話は終わったんだからもう帰らせ……いや」

 

 あんな状態の母親が居る家に、そのまま送り出すのも酷、か。

 

「それもありますが――単純にクウマを治療するために人手が必要でした。あんな致命傷――というか致死傷を治すためには自殺産道の超科学ならぬ超医学が必要でしたが、それに一般の医療関係者を関わらせるわけにもいきませんでしたので」

「へえ、冷静だな。俺が瀕死の時もちゃんとその辺考えて動いてたわけだ」

「というのは建前で、猫の手も借りたい時になんか近くに居たので手伝わせました」

「えっ」

 

 転する言葉にキョドる再街。そして、別に皮肉のつもりはなかったのだが、慌てたようにうな、と猫の手を作るアンセスタ。後ろめたい時に取るポーズが独特過ぎる。

 

「というかそもそも、クウマはあの時点で死んでいたはずなのですが」

「死んでたなあ」

「HP0になっていたはずなのですが」

「なってたなあ」

「謎の人型ヴィジョンも出ていたはずなのですが」

「そうなのか。そんな感じになってたのは知らんかった」

「白亜回廊に何かそういう能力が?」

「いや、別に。不死身ってわけでもないんだし、死ぬ時は死ぬし、負ける時は負ける。だがある奴に言わせれば、そういう理屈に屈さぬ限りは決して負けることはないのだと」

「なんですかそのIQ低い言い分は。小学生通り越して幼稚園児の理屈じゃないですか」

 

 言いも言ったり言われたりな言い分だった。もっと言ってやれ。

 

「その話は置いといて、ひとまず現状を確認させてくれ――あれから何時間経った?」

「二十九時間三十二分と十八秒です。昨日の朝に意識を失って、今日の昼ですね」

「マジかよ。完全に丸一日以上寝てるじゃん。道理で腹減ってるわけだ」

「点滴は打っているので栄養的には問題ありませんが」

「え、えっと……良かったら何か作るよ……? まだ病み上がりっていうか立ち上がりって状態だから軽い物になるけど、」

「良かったら何か作りましょうか? まだ病み上がりというか立ち上がりという具合なので軽い食事になりますが」

「いや、あの。え、なんで復唱したの?」

「こちらの許可もなくクウマに心配りをしないでください。あなたとのギャップで弊機が自分本位な性格だと勘違いされるでしょう」

「いや勘違いじゃないよ! 自分本位だよ!」

「それで、クウマは何が食べたいですか?」

「カレー」

「軽い物って言ったじゃん! 重いよ! ガッツリだよ! 臓器にも傷あるのに!」

「がっくり来たか? ガッツリだけに」

「な……何も上手くないよ! がっくりって言うかがっかりだよ!」

「でも男子高校生はみんなカレーが大好きなんじゃあないのか?」

「私に尋ねられても困るよ……! この状態でカレーを食べようとするのは病み上がりでも立ち上がりでもなく思い上がりだよ……!」

「上手いこと言うなあ。こりゃ確かに思い上がりだ、全く商売上がったりだぜ」

「だから何も上手くないよ! というか今、小声で『一丁上がり』って呟いたよね?!」

 

 とまあ、そんな感じで盛り上がりを興しつつ。

 

「この人、通常時の方が面白いですね、クウマ」

「ああ」

 

 アンセスタに頷き、「私が面白いんじゃなくて君たちが面白がってるんだよ……!」という再街の言葉を聞き流す。

 

「迷宮主はその人間が持つ可能性を極めた存在、なんて言われたけど……結局、方向性を一極化させてるだけだろ。臆病さも優しさも面白さも全部削って芯だけ残して――そんなの、つまらなくなって当たり前だ」

 

 ――しかし、それはそれとして二十九時間か。

 

「もともと一週間しか時間無いのに、一日潰したってのは……痛いな。二日かけて元に戻せたのが再街一人ってんじゃあ――」

(いえ)、それなのですが……」

 

 そう言って語られたアンセスタの報告に、俺は目を見開く。

 

「……屋上に転がってた? 迷宮主になった奴らが、五人も?」

(はい)。現在は拘束し、くすねてきた麻酔を打ち込んでありますが」

「そうか。じゃあ、そいつらも(なお)さなきゃだな」

 

 そして俺は――ベッドから立ち上がる。

 

「……え?」

「どうした再街」

「いや、その……た、立てるの?」

「立ち上がりの状態って言ったのお前だろ」

 

 置かれていた制服を手に取り、シャツの上からばさりと羽織った。

 

「顔、洗ってくる。ちょっと待っててくれ」

 

 


 

 

 廊下で待とうと室外に出たアンセスタに、再街左希は慌てて追いすがる。

 

「ちょ……ちょっと待って、アンセスタさん……!」

「? どうしました?」

 

 その様子に、アンセスタは首を傾げる。何を焦っているのか、よく分からなかった。

 

「なんで……なんで村雨君、アレで立てるの……? それも、あんな状態で、平気な顔で――」

(はあ)。特に、不思議なことでもないと思いますが。医学理論的にも特に不自然ではありませんし――」

()()()()()なんて、()()()()()()の言い換えでしょう?!」

 

 真剣な声音で言う再街に、アンセスタの動きが一瞬止まる。

 

()()()()()()なんだよ……?! 危険と隣合わせの軍人でも、怪我に慣れたスタントマンでも、ハイリスクスポーツのアスリートでも何でもない普通の高校生が、あの状態で、丸一日意識失うような大怪我の直後の状態で、平気な顔で歩いてるんだよ?」

「それは――」

 

 そんなこと、アンセスタには思いも至らなかった――思い至るはずもなかった。

 だって、()()()()()()、なんて人種と関わるのは、これが初めてなのだから。

 

「迷宮主は、一つの可能性を極めて、方向性を一極化した存在って言ってたけど……」

「……(はい)

()()()()()()()()()()()()()?」

「――――」

 

 不可解なコンティニューには、理由がある。

 

 ぐだぐだとした日常のベールで覆い隠し切れない違和が、少しずつ膨張を始めていた。

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