勝つための算段など無かった。毎度の如く。
がむしゃらに全力で振り下ろした鉄パイプを、村雲零時が軽々回避する。
鉄パイプ五つを『取り出し』ながら腕を振るい、ワンモーションでの鉄パイプ投擲五連。最小限の身の捩りで躱される。
「っ、この……!」
圧縮空気解放。回避不能の局所爆撃。
至近距離で開放した奔流を、村雲零時は五指で
否、裂いたのではない。気流の操作だ。荒れ狂う空気の中に方向性を作って散り散りになるよう統御された。
空圧を薄紙のように貫いた手が、俺の握る鉄パイプを掴む。
「――こんな不良の玩具で、この俺を止める気か? お前」
「離せこのイカレ……!」
「もう少し
次瞬、衝撃。
どこから飛んできたのか分からない蹴りだった。肩に入った一撃が、俺を一足間吹き飛ばす。
衝撃に腕がビリビリ痺れる。間合を再度詰めながら、奴に向かって俺は叫んだ。
「後、悔――」
「するかよ」
『取り出す』。大振りのサバイバルナイフを一つ。
「――すんなよクソがァアアアア!!!」
〝あなたは、
短剣忍刀海賊刀包丁刀長剣大剣三叉槍長槍鉾槍長棒杖手斧大斧戦斧鎌大鎌棍棒大槌。一瞬ごとに切り替わる武器種。
リーチも形状も重量も威力も万種万容。
振り下ろす一撃の姿は、もはや無数の残像が混ざりあったモザイク状の影でしかない。
そして、インパクトの瞬間。
「だから言っただろう――真面目にやれよ」
俺が最後に『取り出し』た木刀を、村雲零時は素手で受け止めていた。
「ッ……!」
「この俺とお前が対等の条件で戦っていると思うな。殺さないから殺す気で来い」
「舐、めやがって……!」
木刀を『収納』する。本物の刀を『取り出す』。
そして一閃――迷いなく手刀で峰を叩かれ、弾き飛ばされる。
長剣を『取り出す』。短剣を『取り出す』。包丁を『取り出す』。ナイフを『取り出す』。小太刀を『取り出す』。野太刀を『取り出す』。曲刀を『取り出す』。直刀を『取り出す』。
だが、届かない――俺の繰り出す真剣の刀剣の数々を、村雲零時は素手の手刀一本で迎撃する。
……正気か、こいつ! 『刃物が怖い』って気持ちが微塵もねえのか!
「怖かったから何だ? 恐怖を乗り越えていくのが人間じゃあないのか?」
まるで人間味の無い声と、表情と、態度で、こいつは、こいつは――ああ、ああ、ああ、クソ!!!!!
もはや言われるまでもなく手加減などするものか。
『取り出』される拳銃二丁。
そして銃撃、より、早く。
「――!」
握った凶器が視界から消える。蹴り飛ばされるピストル二つ。
宙に舞ったマガジンを村雲が掴み、
中から出てくるのは――非殺傷用のゴム弾が十数発。
「……手加減が何だって?」
「ッ~~~~!!」
『取り出す』。
俺は拳銃の銃口を、自分のこめかみに押し当てる。連射。
〝あなたは、1個の非殺傷弾を拾った〟〝あなたは、2個の非殺傷弾を拾った〟〝あなたは、3個の非殺傷弾を拾った〟〝あなたは、4個の非殺傷弾を拾った〟〝あなたは、5個の非殺傷弾を拾った〟〝あなたは、6個の非殺傷弾を拾った〟
自身の内に『収納』した弾丸六発。
それらの弾速が死ぬ前に、俺は村雲に向かって突進した。
拳を振り回す。勢いだけのテレフォンパンチ。
当然のように回避されるであろうそれは、当然ただの牽制だ。
迫り来る拳に、意識を集中している奴に向けて。
俺は、
〝あなたは、
眼球の表面から『取り出』された射撃。予想外の座標から放たれた銃弾。
拳撃に気を取られているコイツには、ただ黙ってこれを受ける以外に無く――
「――はっきり言わなければ分からないか?」
「…………!!」
……だ、から……!
何で避けれんだよ、これが……!!
射線も! 射撃の起こりも! 読めるわけないはずだろうがこんなの!
「
鉄パイプを薙ぎながら左の爪先から発射。
長剣を振り下ろしながら剣先から発射。
蹴り払いながら左手から発射。右肩から発射。口内から発射――全て躱される。
〝あなたは
なら――速度だ。
どう攻撃しても読まれるというのなら読まれようが反応出来ないレベルのスピードで潰す他無い。
背中から圧縮空気を噴いて加速。自らを吹っ飛ばすような勢いの衝撃波を多方向に連続発生させ、攻撃軌道は稲妻のようなジグザク状。俺自身でも制御しきれないほどの速度と手数。
「当然のことをしているだけだ」
足りない。俺の全速力を、村雲零時は無駄口さえ叩きながら悠々と躱していく。
「隣人を守り、日常を維持する。そのために全力を出す。せめて手の届く範囲にあるものを守ろうと必死になる。どこにでもある常人の足掻きと全く変わらない。何が悪い?」
更に加速する。全身に青痣を作るほどに自分に圧縮空気を叩きつけ、限界速を超えた連撃を試みる。
「何が『せめて手の届く範囲を守る』だ……! その範囲の外を全部ぶっ潰す覚悟のお前が! 一般人ヅラすんじゃねえよ気味の悪いッッ!!!」
「殴ってくる相手を殴り返さないわけにいくか。誰もがそうしている。皆が皆、自分の日常を守っている。出来なければ負ける。失う。奪われる。死ぬ。シンプルだ」
「極論だ! お前は物事を焦り過ぎる!」
「だからどうした」
超速での突撃、交錯――吹っ飛ばされたのは俺の方だった。
地面に叩きつけられる。衝撃に肺が空気を全て吐き出す。吐血する。開きかける傷口。
与えることが出来たのは、僅かなかすり傷一筋だけ。
「この俺は本気でやっている。平凡な日々を守ることに命を賭ける。正しい人生を渾身で生き抜こう。理不尽な暴力に屈さなくて何が悪い。不条理な圧政に膝をつかなくて何が悪い。極論だと? 極端だと? お前らがそうなれないだけだろうが。この俺は違う」
もう格付けは済んだ。そう言わんばかりに、奴が攻撃に転じる。
抉るような蹴りが俺の脇腹に突き刺さった。鉄板ガードは間に合ったが、衝撃は殺しきれない。肋骨が軋むような鈍い痛み。
反撃の鉄パイプが空を切る。まぐれでも良いと振り回す。当たらない。
霧を薙ぐような手応えの無い攻撃を繰り返す俺に、襲い来る驟雨のような蹴りの乱打。
鉄板を『取り出し』ての防御は間に合った。間に合ったが――間に合うだけだ。
防御越しに響くダメージ。耐えられはするが、耐えきれない。
息もつかせぬ連撃によって蓄積する損害。外面を取り繕っただけのズタボロの内部から感じる、内出血の気配。確信する。もはや三撃と保たない。
「っ……!」
「この距離でか?」
苦し紛れに『取り出し』たスタングレネードが、出現した瞬間に蹴り飛ばされる。頭上で起こる閃光の炸裂。渡り廊下の屋根に遮られる。返す刀で入れられるローキック。視界に映る自分の
退くしか、なかった。バックステップと共に、噴射するように『取り出す』圧縮空気の奔流。
「『ブラック・オーダー』」
直後、
そして俺の鳩尾に突き刺さる、貫くようなミドルキック。
「ぎ……!」
「最後だ、村雨空間」
手も足も、出なかった。
これまでの敵とは訳が違う。超常も武装も何も無し。素手。ほぼほぼただの素手だけで、俺の全ては完封された。
真っ直ぐに伸び上がるハイキック。せめて直撃を避けようと首を振った先に、まるで
避けも逸らしも出来ず、確実に俺の意識を奪い去るだけの蹴りが俺の顎を打ち上、
〝あなたは意識を失っ〟――まだだ。
見える。この俺には「俺」が見えている。
まるでゲームのような三人称肩越し視点。よろけた「俺」が倒れる瞬間も待たずに、村雲零時は踵を返して、アンセスタ達を追おうとしている。こちらは向いていない。注意すらしていない。
手を伸ばす。蠢く白亜。操り人形の糸を
有り得るはずがない踏み止まり。跳ね返るような踏み込みの勢いを右拳に乗せて、今まさに振り返ろうとした奴の顔面を――撃ち抜く。
「――ッが」
見開いた目に宿る困惑の視線。
この戦闘開始以来初めてのクリーンヒット。
同時に、
視界隅に表示された村雲零時の
……見間違いか?
今、殴るより前に生命質量が減少していたような――
「待、て……! なんッで動ける村雨空間……! 確実に刈ったはずだろうが意識を! それに、今の白いヒトガタは、」
「なあ村雲零時。――お前、本当は他にやること無いだけなんじゃねえのか?」
気合・根性・意志力。否だ。そんなものでは説明がつかないし、そんな高尚なものであるはずもない。
根本的に俺は『そういうもの』ではないのだ。むしろ逆。ただ、それを認めるわけにはいかないだけ。
意味不明に食いしばった俺に、奴が動揺を隠しきれない目でこちらを見る。
そして、零秒。既にその瞳の中に混乱や狼狽は無くなっていた。
「舐めていた」
「だろうな」
来る。
迷宮主・村雲零時の有する
強力無比にして一撃必殺の、避けることは決して出来ない
何としてでも打ち破る。
観察しろ。白亜回廊に貯蔵した
どんな
両者停止。一瞬の静寂。世界が凪いだ。
そして。
「
「迷宮、開廷――
開廷いた。
いいや、恐らくは既に開いていた。
風景に変化は無い。村雲零時に変化は無い。俺の五感で感じる範囲、変わったことは何も無い。
何も、起こらない?
奴が向かってくる。今までの底の見えない洗練された動きとは違う。まるで技巧の見られない、考えなしの正面突撃。
これならば躱せる。
薙ぎ払うような大振りの蹴り。予想外に攻撃範囲は広いが、それでも掠るだけだ。
左肩に走るわずかな衝撃。バカみたいな大振りで隙を晒した村雲零時の顔面に、俺は右ストレートを叩き込んだ。苦鳴を漏らし、鼻血を噴きながら村雲の体が吹っ飛んで、
「――
両者停止。一瞬の静寂。世界が凪いだ。
そして、
「っ……!?」
なんだ?
今、何をされた?
あいつはまだ、迷宮を開いてさえいないのに。
何故か左肩に衝撃が走って――
不可視の弾丸か何かを飛ばしたのか。分からない。
奴が向かってくる。今までの底の見えない洗練された動きとは違う。まるで技巧の見られない、考えなしの正面突撃。
これならば躱せる。
斬り上げるような大振りの蹴り。予想外に攻撃範囲は広いが、それでも掠るだけだ。
脇腹に響くわずかな衝撃。バカみたいな大振りで隙を晒した村雲零時の顔面に、俺は右ストレートを叩き込んだ。苦鳴を漏らし、鼻血を噴きながら村雲の体が吹っ飛んで、
「――
両者停止。一瞬の静寂。世界が凪いだ。
そして、
「っ……!?」
なんだ?
今、何をされた?
あいつはまだ、迷宮を開いてさえいないのに、何故か左肩と脇腹に衝撃が響いて――
不可視の弾丸か何かを飛ばしたのか。分からない。
奴が向かってくる。今までの底の見えない洗練された動きとは違う。まるで技巧の見られない、考えなしの正面突撃。
これならば躱せる。
そう思った俺に、フェイントをかけての回し蹴り。しまった、当たる。だが、それ以上に奴の晒す隙の方が大きい!
鉄板で防御するが、肋骨に響く大きなダメージ。しかし、バカみたいな大振りで隙を晒した村雲零時の顔面に、俺は右ストレートを叩き込んだ。苦鳴を漏らし、鼻血を噴きながら村雲の体が吹っ飛んで、
「――
両者停止。一瞬の静寂。世界が凪いだ。
そして、
「が、ァッ……!?」
なんだ?
今、何をされた?
あいつはまだ、迷宮を開いてさえいないのに、何故か左肩と脇腹と肋骨に衝撃が響いて――
「――
両者停止。一瞬の静寂。世界が凪いだ。
そして、
「っぎ、バ、ぁアアアアアアアアアアアア!?!?」
見えない
なんだ?
今、何を、され、た!?
奴が向かってくる。今までの底の見えない洗練された動きとは違う。まるで技巧の見られない、考えなしの正面突撃。
これならば躱せる。
「……ッ!」
「
だが、直後。俺は跳んだ。咄嗟の勢いで跳び退いた。
圧縮空気を噴いて、ただの高校生の脚力ではあり得ない距離のバックステップ。
移動してきた村雲零時が、脚を振りかぶる。既に俺はそこには居ない。タイミングの遅れた渾身の蹴りは、ただ虚空を薙ぐばかりであり、
「――
見えなかった。俺が後方に跳び退こうとする一瞬前。
奴は俺のすぐそばに瞬間移動して、渾身の蹴りを俺の胴体に叩き込んだ。
「ゴッ、が!?」
「
どうにか踏み止まるものの、横合いに吹っ飛びそうになる身体。それを尻目に、村雲零時は腰溜めに拳を構え、
「――
まるでコマ落としのように、零秒で放たれた右の拳。
振り切っていたはずの脚は既に地面を踏みしめている。見えざる一閃が、俺が踏み止まるより早く俺の身体を打ち据える。
「か、ハ……ッ!」
マ、ズい!!
蹴りと拳で吹っ飛ばされた俺は、それでもどうにか中庭に着地。
同時、内部に貯蔵した全てを吐き出す勢いで、足裏から圧縮空気を『取り出し』た。
爆散する中庭。一日中校舎の陰になって、光の差さない砂っぽい地面が爆ぜ、茶色い粉塵が宙に舞う。
一瞬で良い。相手の視界を奪い、間合いを取る。
「
直前に奴が学ランを脱いで砂を散らすように振り回すのが見えたが、その程度では何も、
「――
村雲零時が振り回した学ランが、爆風を伴って粉塵の全てを吹き飛ばす。
「……!?!?!?!?!?」
なんだ――。
なんなんだ、コイツッ!!!
俺は、圧縮空気の炸裂によって、高く宙を舞う。
流石にこの高さに追いすがってくることは出来ない。そういう確信があった。
しかし。しかし、この優位を活かせねば、
間違いなく負けるという、
本能的な、
直感――
「ッ、ぁああああああああああああああああ!!!!」
サブマシンガンを『取り出す』。
もう、もう本当に手加減などしている場合ではない。
大丈夫だ、直接当てはしない。弾幕を張れ。相手の動きを制限しろ。牽制になればもはや何だって構わない。
太陽を遮っていた校舎の影より高く飛び上がる俺。
差し込む夕陽が、背後から俺の背中を赤く照らしだす。
「
そして。
村雲零時は、校舎に逃げ込んだ。
「は……?」
虚を突かれた。引き金を引くことも出来ず、中庭に落下。
どうにか受け身は取れたものの、ダメージを受けた身体がギシギシと痛む。
追うか? いや、作戦なのか。少なくとも、このまま無準備に追って迂闊に奴との距離を詰めていいはずがない。
ノギスによってこの校舎は人払いがされているという話だし、そもそもあの性格上、他の生徒を巻き込むことは絶対に無いだろうが……。
慎重に、俺は校舎の中へと奴の影を追う。カンカンカンカン、と階段を駆け上る音が響いてきた。それも、凄まじいペースだ。上階へと向かう村雲零時の存在。こんなに急いで一体どこへ、
「――
太陽を遮っていた校舎の影より高く飛び上がる俺。
差し込む夕陽が、背後から俺の背中を赤く照らしだす――
「
今の今まで、中庭の地面に立っていたはずの村雲零時が。
屋上を蹴って、俺の頭上へと、跳び出していた。
「な、」
「
そのまま、中空にいる俺へと、落下の勢いをつけて飛び蹴りを放っ、
「
そのまま、中空にいる俺へと、落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて飛び蹴りを放っ、
「
そのまま、中空にいる俺へと、落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて飛び蹴りを放っ、
「
そのまま、中空にいる俺へと、落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて飛び蹴りを放っ、
「
そのまま、中空にいる俺へと、落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて飛び蹴りを放っ、
「
そのまま、中空にいる俺へと、落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて飛び蹴りを放っ、
「Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re.Re――――Relentless、Reloaded」
落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて落下の勢いをつけて――
「――必殺・無限蹴り」
終端速度290km/h。
反応することもままならない超速の一撃が、俺の土手っ腹に墜落した。
ソウルゲーでめっちゃ時間かけてボスをギリギリまで追い詰めたのに死んだらまた最初からというつらみの中思いついた能力です