アフタースクール・ラビュリントス   作:潮井イタチ

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5話分ぐらい圧縮しました。


第5層「*The heroine appears.(後)」

 現在、上空一〇〇〇〇メートル。

 一連の事件の黒幕であるアインソフ=ヨルムンガンドは、何の抵抗も出来ず光の槍にされるがままに夜空を貫き飛ばされていた。

 

「――ァアアアアア!! 死ぬッ、このままでは間違いなく死んでしまうぞォオオオオオオアアアアア――!!!」

 

 成層圏に突入しそうな高度まで飛翔してもまだ、光の槍は勢いを止めない。

 

(い、いいや……これが本当にかの王の『槍』ならば、私を殺すまでは絶対に止まらない……。これだけは唯一、史上唯一、この私を純粋な物理攻撃だけで殺しうるアーティファクト! 『命中した物を確実に(こわ)すだけの攻撃力を無限に出力出来る』、世界最強の穂先! 最も難き地の英雄、王の中の王(バシレウス)ゼーイールのみが扱えるはずの、万象穿つ星轟断禍――!)

 

 銘を黄金歴程ヴェルヘレグァ。

 この槍の『投擲』に、破壊出来ぬ物体は存在しない。「無限の攻撃力」という謳い文句は、比喩でも何でもない、現実として否定の余地がない完全無欠の絶対的事実だ。

 

 伝説に曰く、岩に命中すれば岩を砕くだけの攻撃力を発揮し。

 伝説に曰く、山に命中すれば山を砕くだけの攻撃力を発揮し。

 伝説に曰く、星に命中すれば星を砕くだけの攻撃力を発揮する。

 

 当然、命中してしまった時点で詰みだ。

 本来なら、不死身のアインソフであってもとっくに死んでいる。数多の『死』への耐性などゴリ押しで貫かれている。今は気合で耐えてはいるが、このままでは余命三秒とないだろう。

 

 それでも、どうにかして穂先から脱出しようと、アインソフは自身の肉体再生・肉体操作能力を応用して無数に分裂する。

 

「ぴ――、」

 

 が、その直前に槍が光量を爆発的に増し、シンプルな大火力で分裂体を焼き尽くされた。

 

(だ、ダメだ……、こんな小手先でどうにかなる程度のモノなら、元より伝説に語られはしない……。やはりどうにもならん、もう無理だ――)

 

「――な・ど・と、潔く諦めると思ったか、こォの私がァアアアアアアアア!!!」

 

 男が吠える。既に竜の身体を失い、人としての本体を焼かれ、二秒後に死ぬことが確定していても、その茹で卵のようになりつつある白濁した眼球には一握の諦観とて浮かんではいない。

 

「諦めてたまるものか、諦めてなどたまるものかよォ!! 山に命中すれば山を砕き、星に命中すれば星を砕くだと!? 抜かせ、そもそも山とて地球の一部であろうが! 山と地球の区切りはどうやって付けている?! 『槍』が自動で判断しているのか!? 違うだろう、そんなモノまともに運用出来るワケがあるかァ! 対象に取っているのは『槍に命中したモノ』ではない――『使()()()()()()()()槍に命中したモノ』だ!」

 

 ならば、その定義を外れれば良い。

 あの探索兵器にアインソフ・ヨルムンガンドと定義された存在は確実絶対に崩壊する。ここから逃れる方法はただ一つ――

 

「発射時点での認識の外に出るッ! そうだ、私が私で無くなれば良い――!」

 

 アインソフの身体が変形する。否、変身する。

 膨らんだ胸部、豊満な肢体、縦に裂けた緋眼。

 その姿は、妙齢の美女だった。

 

 光の槍は止まらない。このままでは「アインソフでないモノ」とは認識されない。ただの「変化したアインソフ」でしかない。それは彼/彼女も承知している。

 故に、これはただの下準備。

 

「逝くぞッ――転生だァアアアア!」

 

 アインソフの腹がボコリと膨れる。

 そして、裂けるような音を立て、尾てい骨から伸びる()()()

 

 母体が焼き尽くされると同時に、産卵管から一体の胎児が地表に向けて射出された。

 言うまでもなく、親と子は別の人間である。よって、この赤子はもはやアインソフではない。結果として、そうなった。

 

 ひと気の無い路地の一角に墜落する胎児。

 そばを通りすがっていた男性が、何事かと落下地点を伺う。わずかにしゃがみ込み、落ちているものを観察しようとする。

 

「――あァ、本当に危ないところだった」

 

 そんな通りすがりの男性の腕に、ピンク色の胎児が融合した。

 

「運良く通りすがってくれて有難う青年。脱出したは良いが、その後に行動する手段が無かった」

「――!?」

 

 男性が持っていた鞄を落とす。グロテスクな肉がボコボコと男性の腕を侵食しながら変形し、黒髪赤眼の男へと姿を変えていく。

 通りすがりの男性が、アインソフへと呑み込まれていく。アインソフを構成する材料へと変えられていく。

 

「有難う、本当に有難う。感謝の念に堪えんぞどうか礼をさせてくれ! これでも超越主などと呼ばれる身だ、大抵の願いは叶えられると思っている――うん? 『助けて』? ハハ、それは無理だ。人は他者に助けられるものではない、自分で勝手に助かるものだろう? 己が命を大切に思うなら諦めずに自分でどうにかしろ」

「――! ――! ――、…………」

 

 呑み込まれていく男性が、自分の物ではなくなっていく身体に抗いながら、必死になって声を上げる。しかし声は徐々に弱まり、すすり泣くような小さな声へと変わっていった。

 

「どうした、何でも言えよ。うん、何? ふむ、ふむふむ。おぉ、そうか! 故郷の両親が心残りか! 良いだろうとも、今の時代、末期(まつご)に父母を心配する若者というのも珍しい! ああ、一生かけても使えきれぬほどの財産を遺してやるとも、君のような素晴らしい息子を失った悲しみがその程度で晴れるとは思えんが、少なくとも苦労はするまい! 喜べ、大した孝行だ! ハ、ハハ、ハハハハハ――!」

 

 もはや声は無い。

 体を取り戻したアインソフが鞄を拾う。

 

竜胆(りんどう)(はじめ)か。一人暮らしとなれば一時的な偽装として申し分ない」

 

 アインソフの顔が変形し、犠牲になった男性――竜胆始の顔へと変わっていった。

 

 さて、と整形し終わった顎に手を当てる。

 あの『槍』がある以上、この街に滞在し続けるのは不味い。不死殺しを用意された不死者ほど強みが死んだモノはない。普通に考えれば、すぐに永地市を離れるのが正解だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 不死の怪物はことごとく滅んできた。人狼ならば銀の弾丸で。吸血鬼ならば太陽の光で。

 彼に言わせれば、そんなものは不死ではない。弱点を突かれたからしょうがない? 甘えだ。何故そこで諦める。何故銀に耐える努力をしない。何故太陽を破壊しようとしない? そんな「諦めの良さ」で滅んだのだろうが貴様らは。

 

 故に殺す。『槍』の担い手を殺し、担い手を再現した者を殺し、担い手を発生させうる要因を全て殺す。それこそが、真の不死者として最も正しい振る舞いだ。

 

 元々、この地には担い手を完成前に潰すために来たのだ。既に出来ていたからと言って逃げ出すなど本末転倒だろう。それではいずれ詰む。臆するものか、この程度の窮地、陥った回数は千を超える。乗り越えた数もまた同じ。諦めるなどあり得ない。

 

「とは言え、この六〇キロ程度の生命質量で挑むのも流石に無謀ではあるか」

 

 まずは肉の補充からだ。

 目安とする期限は一週間。それまでに準備は全て済ませる。何しろ敵は『科学文明』だ。もたついていては最悪『槍』を量産される可能性さえある。

 

 情報面で遅れを取っている状態だが、構わない。ぶつけるための手駒ならば十数ほど心辺りがある。――今は不完全な、迷宮主の雛たちが。

 

 中途なままに終わった少年少女の迷宮を完全に拓かんがため、邪竜は夜の街へと消えていった。

 

 


 

 

 迷宮はすっかり静まり返っている。

 しかし、もう何が何だかわからない。今しがた飛んでいったあの男も、俺の右腕から溢れた白色も、突如現れたこの少女も。

 

「…………」

 

 唯一説明ができそうな彼女は、口を開く気配を見せてくれない。ただ静かに、冷くて綺麗な無表情を浮かべているだけ。

 仕方なく、俺の方から問いかけた。

 

「えっと……やった、のか?」

(いいえ)。黄金歴程は世界で唯一、無限の攻撃力を有するアーティファクトです。この穂先に穿たれれば理論上確実に死亡します。が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。生命質量のほぼ全てを削ったことによる行動不能レベルの被害だと推測します」

 

 その機械的な口調と整い切ったリズムは、頭の中に響いていた『声』と完全に一致する。

 

 ということはやはり、あの『声』の正体はこの少女だったのか。

 考える俺に対し、少女はずい、とその端正な顔を寄せてきた。氷みたいな透き通った青い瞳に覗き込まれ、思わず一歩退きそうになる。

 

 なんというかその、正体不明さに威圧されたというのもあるが、それより何より、美人過ぎた。今まで見てきた誰とも比べ物にならない。可憐さに息が詰まる。

 

「何故ですか」

「な、なぜって……?」

「何故、自身の死を許容したのですか?」

「――――。いや、それは」

 

 最初から変わらず、人形のような無表情。なのに、酷く怒っているような気がしてならなかった。

 

「それは間違っていると言ったはずです。あなたは何故、自身が犠牲になる手段を実行したのですか?」

 

 あるいはそれは怒った顔ではなく、泣きそうな顔だったかもしれない。

 言葉が返せない俺に、少女が義手ではない方の手を伸ばそうとして、そして――

 

 

「教えてくれるって、言ったのに」

 

 

 ――普通の女の子みたいな声とともに、彼女の左手にヒビが入った。

 

 

「……?!」

 

 俺の驚愕の声を余所に。生身のはずの左手がバキバキと音を立てて、指先から伝播するように亀裂が走っていく。

 

「……。え、あれ……。何故。どうして(ERROR) おかしいです(ERROR) だって今まで(ERROR)こんなに(ERROR)

 

 亀裂の内側から漏れているのは、さっきの槍と同じ黄金の光だ。輝きとともにジュウと血の蒸発する音がして、肉の焦げる匂いがする。壊れかけの炉心みたいに、高熱が内側から溢れ出していた。

 

「い、た、いたい(ERROR)。 痛い? なんで(ERROR)いまさら(ERROR)これ(ERROR)やだ(ERROR)こわい(ERROR)(ERROR)ああ(ERROR)あああああ(ERROR)たすけ(ERR)――、ぁ」

 

 致命的な響きを上げて、左腕が砕け散る。

 黄金の光と一緒に飛び散ったのは、鮮やかな血肉。そして、金属部品と何かの黒い液だった。弾けるように、無数のヒビが胴体にまで伝播する。飛び散る火花と放電は、生身ではあり得ない損壊だ。

 

 だが、その破損で人形のような無表情が崩れた。

 片目がぎゅっと瞑られて、喉の奥から生まれて初めてするかのような困惑混じりの叫びが溢れる。

 

「う、あ、ああああああ――〝エラーが発生しました。問題が発生したため、一部ユニットが正常に動作しなくなりました。この問題の解決策を確認しています〟」

 

 どさり。

 彼女の体勢が崩れ落ちた。悲鳴の途中で急に機械的なメッセージを読み上げた後、正しくスイッチを切ったかのように。

 横向きに倒れた少女は光の無い目を半分開いて、小さな口をわずかに開けたまま、動かない。ぐったりと、糸の切れた人形のようという表現がこれ以上なく相応しい。

 

「――――」

 

 声も無く立ち尽くす俺の脛に、蹴りがごすりと叩き込まれた。

 

空間(くうま)さん、びょういん! 119ばんかと!」

 

 みとらちゃんが言う。状況にそぐわない常識的判断。否定の言葉を返そうかとも思ったが、対案が無い。

 半ば呆然と、倒れた少女の身体を抱えあげようとする。

 そこで、自分も腕が片方取れたままだったことを思い出した。外れていた右腕を嵌め直す。

 

〝デバイスが接続されました。検索中...同期できませんでした。工学妖精(アレノバルシア)の設定を確認してください〟

 

「っ……」

 

 女の子に対して失礼な言い分であることは重々承知だが、少女の身体は重かった。低い身長と華奢な体格から考えれば異様なほど。

 黒いインナーに見えた場所は、金属質でありつつ柔らかな未知の素材。彼女の肌にぴったりと張り付いて……いや、違う。むしろこれが『地肌』だ。通常の肌に見える部分の方が、黒い肌を覆う被膜だった。

 体温はあるが、心拍のようなものは感じられない。か細い呼吸らしきものと、かすかな機械の駆動音は聞こえてくるものの、それが何の証明になるとも思えなかった。

 

「そうだ、室久は……?」

「……こっちだ、空間」

 

 振り返ると、足の折れた男性を抱える室久の姿があった。

 曲がりなりにも窮地を切り抜けたとは思えない苦々しい表情。きっと、俺も似たような顔をしている。

 

「……とにかく、出よう。もう、迷宮(ここ)に居たってしょうがない」

 

 


 

 

 みとらちゃんに携帯を返したが、通話は不可能だった。どうやら、迷宮の中では電波が通じないらしい。

 

 みとらちゃんに先導されつつ外に出た。

 帰りの道中は、行きほど苦労しなかった。破損体(エラー)たちがあの巨竜と光の槍によって被害を受けたのもあるだろうが、何より室久の参加が大きい。鉄パイプやナイフを持った程度の破損体(エラー)なら片手で撃退してくれる。

 

「っ……」

「室久?」

「いや、何でもない……」

 

 破損体たちを倒す度に室久が妙な挙動をしていたのが気になったが、それ以上のことは起こらなかった。

 

 プレハブ小屋の扉を開ける。夜は一層深くなって闇が濃い。謎に明るかった迷宮とのギャップで、周囲が見渡せなくなってしまう。

 

「119ばんの人で――あっ、えっと、かじじゃなくて、きゅうきゅう……?」

 

 わたわたと電話をかけているみとらちゃんから携帯を借り、後を引き継ぐ。

 

『了解しました。患者の容だ……■■……■……、』

 

 場所と時間を伝えた瞬間、何かノイズが入った気がした。

 

『――ァア、ハイ。間もなく現場に救急車が到着します』

 

 ぶつり、通話が終了する。身元も詳細も聞かれていない。

 

 嫌な予感がした。

 

「……室久は、離れててくれ」

「? なんで、」

「いいから。何かあったら、頼む」

「……。……わかった」

 

 何も聞かずに、足の折れた男性を置いて、室久が近くの木の陰へと引っ込む。

 

 その後すぐに、救急車がやってきた。

 そう、すぐに。二分かそこら。あまりにも早すぎる。

 

「……空間(くうま)さん、夜のきゅうきゅうしゃって、サイレンしないの……?」

 

 みとらちゃんが聞く。そんなわけがない。

 降りてくる救急隊員が三人。足の折れた男性の方には目もくれない。申し訳程度に俺に話しかけ、背負った少女を担架に乗せるよう促してくる。――その傷口の異様さに、一切言及せず。

 

「……ノギス工業、か?」

 

 その言葉で確定した。

 

「――主任」

「はーい、オッケー。確保」

 

 若い女の声が返った瞬間、俺は地面に組み伏せられた。

 

「っ!」

「狼狽えなくても大丈夫よ、わたしたち一般人には危害加えないし。っていうか加えられないし?」

 

 救急車の陰から現れたのは、小柄な美少女だった。

 背はみとらちゃんより拳一つか二つ大きい程度。茶髪のツーサイドアップに、外国の血を感じさせる青い瞳。身につけている服は黒と白のいわゆるゴスロリだ。が、妙に装飾が少なく、布地が硬い。作業服との間の子とでもいうような、奇妙な作りのドレス。

 

 俺と同様に、きょとんとした顔のまま、みとらちゃんも組み伏せられ――というほど乱暴ではないが、拘束される。俺とともに、プラスチック製の拘束具で手足を縛り付けられていく。

 

 木の陰で動き出そうとする気配があったがまだ早い。室久を押し留めるための合図をした。

 大丈夫、銃なんかを持っている様子はない。相手は救急隊員の姿をした大の男が三人。これぐらいの人数なら、室久がいればどうとでもなる。

 

「やーっぱ普段してない業務はダメねー。やっててぎこちないなーって思ったもん。とりあえず、すぐにセスティ持ってきて。修理するから」

 

 だが、この『主任』と呼ばれた少女が異質だ。あの副担任や、アインソフという男と同じ種類の圧力がある。

 

 手の空いている男により、背負っていた少女が車内に連れて行かれる。

 どう動くか悩んだが、まだダメだ。あの子を治せるというなら、下手に敵対や逃走は出来ない。

 

「探索兵器の状態は」

「ん。皮下装甲(ダーマルプレート)がイッただけね。一応補修しておくけど、放っておいても自己修復が効く範囲かな。左腕が無いのはまあいつものことだし。せっかく生体複合義肢(ハイブリッドリム)用意してもこの子はすーぐ壊しちゃうんだから。右腕の方もどこに落としてきたんだか」

 

 背面の扉から覗く内装は救急車に似ているが、明らかにどこか違っていた。機械の色が強すぎる。工具にしか見えない大量の道具に、工作機械としか思えない無数の機材。一つの工場か研究所のよう。

 そしてさらに、それより何より、()()()()。明らかに外観より内部の方が大きい。

 規模は小さいが、まるであのプレハブ小屋と同じだ。

 

「このまま本社まで?」

「ううん、今直すわ。替えの義肢取ってきて。カワイクないけど、バトル用の汎用性高いヤツ。いつアイツが襲ってくるかわかんないしね」

「いえ、ですが、第四位は黄金歴程の直撃を受けたことが確定して――」

「あのド根性クソトカゲがそう簡単に死ぬわけないでしょ、忌々しい。土壇場の判断力と立て直しの早さと生き汚さと気合だけで一四〇〇年生き延びてきた怪物よ? ま、死んでたら死んでたで困るんだけどね。超越七主(オーバーローズ)の単独討伐なんて偉業成し遂げられちゃったら、一つの勢力がこの子を独占するのも難しくなっちゃうでしょうし」

 

 平然とした口調で話しながらも、『主任』の手際は凄まじい。既に、少女のひび割れた黒い肌はいつの間にか元に戻り、部下が用意した義肢を取り付け終えている。それは、いい。

 

生体被膜(オルソスキン)は会社に帰ってからかな。ま、()()()()()()()分には別に関係無いし、十分でしょ」

 

 どうしても、聞き逃せなかった。

 

「待、ってくれ、今、」

「んー? ああ、そう言えばお礼言ってなかったっけ。ありがとね、連れてきてくれて。わたし達、攻略用の装備とか持ってなかったし。あ、勿論アンセスタのことよ? ってかそこのモブ被害者Bも連れてくるとかご苦労様よね。ほっとけばよかったのに」

「主任、一般人への情報漏洩は、」

「いいじゃない。どうせ『ソレ』()つんだもん」

 

 俺を取り押さえている男が、何か、四角い棒……注射器のようなものを腕に押し当ててくる。直後に走るチクリとした針の痛み。

 何の薬か知らないが絶対にマズい。注入されていく薬液を即座に『収納』した。

 

〝あなたは、記憶処理剤(8時間)を拾った〟

 

 何とかなった。記憶処理剤(8時間)。字面通りの意味なら、八時間分の記憶を消す薬だろう。

 みとらちゃんや足の折れた男性にも同じ薬が射たれていく。木陰から剣呑な気配がしたが、手の動きでまだ室久をステイさせた。

 

「さっき調べてたトコの近くに落ちてたんだけど、見る? テンプレ過ぎて逆に笑えるわよ、もう本当に『あーあ』って感じ」

 

 『主任』が車内に置かれていた、ひび割れの携帯をこちらに見せつける。

 映っているのは、足が折れる前の足が折れた男性の姿だ。プレハブ小屋の扉から覗く黒い異空間を前に、興奮した様子で撮影者に話しかけている。

 

『いやこれすごくね!? やべーって、もう絶対ダンジョンだって!』

『えー! 我々永地大学オカルト研究会、略してエイオカ研はぁ! 数日前から囁かれ出した牛男のウワサの調査の末、このような謎の空間を――、』

 

 シークバーが移動させられる。男性と撮影者が迷宮の中で、破損体(エラー)の一体を倒していた。

 

『……なあここ、何かもう、ヤバいだろ。完全にモンスターじゃん。流石にこれ以上……』

『いや待てって。このモンスター金落とすし、もう何匹か狩ったらワンチャンレベルアップまであんじゃね? つーか日和んなって、これまでもホラースポットとか色々勝手にさぁ、』

『お前いい加減にしろよ、もうホラースポットとかそんなレベルじゃねえだろ!? 勝手にやってろ、俺は――』

 

 撮影者の怒鳴り声の直後、牛に似た怪物の唸り声が響いた。

 再度、シークバーが移動させられる。

 

『ハァ、ハァ、ハァ……! クソ、なんだよ、何なんだよアレ!? どうしようもねえだろ、オレのせいじゃねえよな!? 最初に入ろうって言い出したのはアイツの方で、ッ!?』

 

 迷宮の外、山を走っていた撮影者が人影にぶつかった。

 人影がくるりと振り返り――零れ落ちる、タールのような黒い涙。

 

『おま、何』

 

 風景が吹っ飛んで、画面の端で爆炎が噴き上がった。

 

 映像が終了し、電源が切られる。

 あの四人の足元に転がっていた、焼死体のことを思い出した。

 

「と、まぁこんな流れよ。うーん、危機感あった方が死ぬ世の無情。この炎使いもできれば見つけて駆除したかったんだけど、先にアインソフ側が回収しちゃったっぽいのよね。ねえ、あなた何か知らない?」

「……それより、」

「へえ、ヒトが殺されてるのに『それより』? なるほどなるほど。いいわよ続けて?」

 

 笑みの滲む、皮肉げな声だった。

 言語化出来ない歯痒さを感じながら、俺は『主任』に対して問いかける。

 

「……その子を戦わせるって、言ったのか」

「? そうよ? だってあのクソトカゲ、絶対死んでないんだもん。この子に黄金歴程がある以上は確実に追ってくるわ。わたしの迷宮車両(ムーバブルラビリス)にアレを迎え撃つ備えなんて無いし、本社に戻るまではセスティに戦ってもらうしかないじゃない」

「待て、待ってくれ……アンタたちのことは何も分からないけど、多分その子、正常な状態じゃない。何もしてないのにいきなり腕が吹っ飛んで――きっとその、黄金歴程? が暴走か何かしてるんだ。すごく痛がってて、だから、」

 

 それに対し、女はああ、と頷いて、

 

「気にしなくていいわよ。ソレ、そういう仕様だから」

 

 少女の仙骨から伸びていたコードを機材に繋いだ。

 途端、気を失っていた少女が目を見開き――表情に満ちる苦痛の色。

 

「――あ。ぃや、待っ〝炉心再稼働。制御率は基準を82%下回って、〟ぎッ――ぃ、やめ、ぇ……!」

「んー? いつもならこれぐらい全然我慢するのに、今日は随分痛がるじゃない。制御率もやたら低いし、回路が壊れてる……っていうかブレてるのかしら。何にせよバグだけど。一旦リセットした方がいいかな」

 

 その苦しみ様を見ても、『主任』は顔色一つ変えない。

 まるで、患者の歯をドリルで削ることに何の躊躇いも覚えない歯医者のよう。あまりにも自然に受け入れ過ぎていて、一瞬、その光景をどう感じればいいのか分からなくなった。

 

「何、を……?」

「ああ、この子には痛覚も自我も感情もちゃんとあるって話? あ、それはまだだったか」

 

 女は機材を操作しながら、まるでこちらの理解を期待していない一方的な講釈を始める。

 

「迷宮ってのは基本的に迷宮主専用なのよね。

 例えば『踏破すれば怪物になれる迷宮』があったとしても、その迷宮の主か、主と似通った怪物の因子を持っている人間でなければ、踏破したところで経験値はほとんど入らない。

 

 特に、黄金歴程を手にするための大迷宮『最も難き地(ミクラガルズ)』は条件が厳しくってね。昔の英雄的な王様が主として拓いた迷宮なものだから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃないとそもそも現れてさえくれないの。

 

 ヒーローなんてフィクションなら珍しくもないけど、実際問題そんなの居ないじゃない? いえ、仮に運良く実在して、超兵器たる黄金歴程を手にしたところで、超兵器をそんな高潔な正義の味方サマに持たせてちゃ、いつこっちに牙を剥いてくるかわかったものじゃないでしょ?

 

 ()()()()()()。勇者に相応しい高潔な意思を持ち、人の痛みや苦しみに共感出来る正義の心を持ち、精神を試す迷宮の試練を乗り越え、手にした力の代償に耐えることができ、かつわたしたちが自在に制御出来る英雄個体(ヒーローユニット)を。――それがこの子」

「な……」

 

 ――いや、待て。じゃあおかしい。だったら、何で。

 

「まあわたしはほとんどハード専門だから、どうやってこんな滅茶苦茶なソフトを開発したかは知らないんだけどね。定期的にリセットしないとワケわかんないエラー起きるし。

 とにかくそういうわけだから、ちゃんと痛みに苦しみ、力の反動を甘んじて受けるのが仕様なの。そうじゃないと黄金歴程はこの子を担い手と認めてくれない。願いの代償を踏み倒すようじゃ勇者とは言えないって理屈。お分かり?」

 

 だったら何で、あの子は、自分を含む誰もが何も失わない、本当の*勝利*が見たいなどと言ったのだ。

 

「ふざ、けんな……ふざけんなよ。何したり顔で語ってんだテメェ。そんな報われない心の使い方があっていいはずが――!」

「――あ、もしかしてあなた、二週間前の火事の時の男子?」

 

 俺の言葉を遮り、記憶から抜け落ちている出来事を『主任』が口にした。

 

「あー思い出した思い出した。居たわね居た居た。なんだっけ、『人助けに苦痛を覚えるのは間違ってるー』とか、『真の正道に涙は不要だーっ』とか『自分を犠牲にするのはどうのこうのーっ』とか、寒イボ立つクッサイこと言ってたヤツ」

「――――」

 

 それは、彼女に言われたはずの言葉だった。

 

 だが、違うのか。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「は、バカバカしい。放っといてよ。わたしたちはね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』でやってんの。この子だってそれに満足出来るように日々調整してるんだから、変なバグ起こさないでくれる? 幼稚な理想を身勝手に振りかざすのやめてよ、迷惑なの」

「そんな幼稚な理想に縋っちまうような女の子を造ってんじゃねえよこんッのド悪党共がァアアアアアアアア!!!」

 

 拘束具を『収納』して、立ち上がると同時に俺を組み伏せていた男を跳ね飛ばした。

 迷宮で拾った武器は蚩尤との戦いでほとんど吐き出して、ろくに回収出来ていない。かろうじて残っている鉄パイプを虚空から『取り出し』た。

 

 無から武器を出現させる俺に、女が訝しげな視線をやった。

 

「――? おかしいな、あなたからは主の反応出てないのに。まさか、迷宮に由来しない天然の超常使い? そりゃ有り得なくはないけど」

「主任、アーティファクトの使用許可を――!」

「ダメ。主じゃない以上は一般人よ。()()()()()だけでどうにかしなさい。殺すのも後遺症を負わせるのも禁止」

 

 どうやら、あちらは本当に俺たちに危害を加えられないらしい。

 動揺の色を浮かべつつも、男たちが三人同時に俺を拘束しにかかる。

 

 一対三。過剰な武器も異能も無い単純な喧嘩の土俵。

 鉄パイプがあるとは言え、さして喧嘩が得意なわけでもない俺ではまず無理だ。だが。

 

「先走るなって――! 合わせなきゃ意味ねえだろこういうのは!」

 

 木陰から飛び出す室久。

 俺の身勝手に巻き込みたくはなかったが、これならいける。こいつの力量なら、大の男三人程度、同時に相手取っても充分に、

 

「あぁ、やっと来た? 〝未登録迷宮主の敵対確認。社内規定に基づき、七大迷宮『科学文明(サイバープレーン)』西暦2100年代相当階層出土技術、使用許可発令〟。――仕事よ。駆除なさい」

「了解」

 

 ヴン、と音を立ててヤツらの周囲に浮かび上がる、青色の表示枠(ウィンドウ)

 

「――!?」

 

 室久が動揺しつつも、拳を一人の鳩尾に叩き込もうとする。

 

 だが――その拳が、途中で止まった。

 寸止めではない。理由が無い。見えない壁にぶつかった、という感じでもない。

 

 男が腕を振るい、室久が弾き飛ばされた。

 異常な現象に直面した室久が、困惑混じりに声を漏らす。

 

「……速度が、()()()()……!?」

「どうにもなんないわよ。あなたみたいな破損体(エラー)数体程度の経験値しか啜ってない、ほとんど無能力の第一階梯(レベル1)じゃ」

 

 男たちが懐から何かを取り出す。白いプラスチック製で、手のひらサイズの小さな、ボタンのついた玩具の銃のような――いやまさか。

 

「撃て」

「お、ォオアアアッ!!」

 

 男の一人が呟く。銃声なんてものは全くなかった。マズルフラッシュも無い。アクション映画で見たサイレンサーというのともまた違う、周囲へ影響を悟らせない完全な無音の射撃。

 寸前、闘牛士のマントのように、『取り出し』た毛布を射線に割り込ませて、室久をガードすることに成功した。

 

〝あなたは、銃弾を拾った〟

〝あなたは、派生術(テクニック)『ミサイルリフレクト』を繰り出した〟

 

 毛布に撃ち込まれた銃弾を『収納』し、そのまま跳ね返す。が、それも途中で減速し、男たちに触れる寸前で地に落ちた。

 

 ……分からない、どういう理屈だ、俺や蚩尤の無効化とはまた違う……!

 

 銃撃は効かないと諦めたか、男の一人がこちらに向けて腕を伸ばしてくる。

 鉄パイプで迎撃しようとしたが、やはり、効かない。()()()()()()()。確かに、速度を吸われるという説明が相応しい手応え。

 

 男が手に握った何か珍妙な機械を押し付けようとしてくる。まずい、躱せな、

 

「――そっちからは触れられるなら、カウンターは出来るだろが!」

「なッ」

 

 室久が、動かず()()()()()形で男の腕を掴み取った。

 そのまま、息継ぎなしでの一本背負い。男が地面に叩きつけられ動かなくなる。

 なんと研ぎ澄まされた空手の技前であろうか。驚くべきはこの土壇場でそんなカウンターを成立させた技量と対応力。

 

「こいつらの前で良いトコ無しのままじゃ、終われないんだよ――!」

 

 二人目の男に向けて室久が接近する。蚩尤の時に見せたものより遥かに流麗な間合いの詰め。

 男の足元で震脚。振動にバランスを崩し、倒れそうになる男をやはり()()()()()形で掴み、投げた。地面に叩きつけられる男。

 

 が、三人目の男が室久に銃を向けようとする。危うい。

 目眩ましにしかならないが、『収納』していたアインソフの血を男に向けてぶちまけ――赤色が、男の顔を汚す。

 

「!? 固体のみが対象……いや、一定重量()()か!?」

 

 相手の瞠目する顔が見えた。

 重い物を無効化できない俺と逆だ。軽い物は無効化できない。

 ならば、出来るかどうか分からないがやるしかない。

 

〝あなたは、空気を拾った〟

 

 男に駆け寄りながら、全身で一気に大量の空気を『収納』する。俺の周囲に巻き起こる風。

 ズタボロの右腕を強引に振り回し、男の顔面へ。当たる寸前に減速するが、しかし。

 

「弾けろォッ!」

 

 膨、と拳の先、一点集中で解放される()()()()

 思った以上に凄まじい威力が出た。反動で俺も吹っ飛んだが、顔の前でかまされた男の衝撃はそれ以上だろう。不可視の爆弾が炸裂したかのようにかっ飛び、生えていた木へ強かに打ち付けられる。

 

「ッ、ぐ……!」

 

 流石に、限界が近い。

 とはいえ、あちら側もかなりのダメージを受けたはずだ。無傷なのは『主任』だけ。

 あの女は見るからに研究職(ホワイトカラー)だ。今も、ただブツブツと何かを一人唱えているのみ。残っていたところで何が出来るとも思えない――

 

「……かくて神話は濫造される(ADDRESSJ=WRAP)銀世界剥落(world_matrix)聖数を括れ(HermiteLerp)歯車の雪(perticle/1024)鋼が宙を満たすように(TexSampler,texCoord)。 ――基底現実(Base texture)伐界開始(Overwrite)

「……っ!?」

 

 違う。そうじゃない。最初に感じたはずだ、あの女から、副担任やアインソフと同じ気配を――!

 

「止めるぞ室久! そいつ、何か狙って、ッ!」

 

 だが、男たちがよろめきながらこちらを妨害する。

 室久が撃破を試みるが、それでは遅すぎる。鉄パイプを女に投げつけたが、それもダメだ。男たちと同じように、減速して地に落ちた。

 

「ク、ッソ、がぁあああアアアアア!!」

 

 否応が無い。右腕を引きちぎり、溢れ出る白亜で男たちを薙ぎ払う。

 

〝あなたは、、荳牙?九?邨碁ィ灘?、繧堤?エ螢翫@縺――〟

 

 四度目使用。反動が凄まじい。目の前が真っ赤になった。溢れる鼻血に、溢れる血涙。

 

「おい、空間!?」

「いいから行け、早――」

 

 

 

迷宮、開廷(unlocked)――『銀肢工房(アガートラム)幾白神腕星産界(メタストラクチャ)』」

 

 

 

 間に合わない。

 俺が白亜回廊を暴走させた時と同じように――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 土は基盤と螺子と銅線に。木は釦と鉄骨と歯車に。夜空に瞬く星光は有機ELのそれだ。否、天球自体が巨大な液晶であることに今気づく。

 まるで地から這い出る死者のように、大地の部品が組み上がって無数の義手が作られていく。伸びてきた無数の腕に、既に足を掴まれていた。

 

「っぶなー……。やめてよね、なに素人高校生二人に負けてんのよノギス社員。わたしの迷宮、別にバトル用ってワケじゃないんですけどー」

 

 そう言いながら、女は腕を掲げる。地面から寄り集まって沸き立ち、形成される巨人の腕。倒木のような一撃が、室久に向けて振り下ろされる。

 

「じゃあさっさと潰れなさい。後にクソトカゲがつかえてるんだから、こんなところでムダに体力使ってられな――ッぎ」

 

 直前。

 室久が指で弾き飛ばした螺子が、『主任』の片目を潰した。

 

 ほんの数グラムに満たないであろう小さな螺子だった。ヤツらは、一定重量以上でなければ無力化出来ない。

 

 軌道を逸らす腕。ほんのわずか隣で爆散する地面。室久が直撃を避ける。

 

「テ、メェ……! やってくれたわね雑魚が――!」

「おおおおおおおおッ!!!」

 

 弾け散る瓦礫に紛れて、傷まみれの室久が機械部品の大地を疾駆する。幻妖の歩法は、容易にアイツを捕捉させない。伸び上がる手を躱しながら、女の前で室久が跳び上がる。大地から伸びる腕は、高く跳んだ室久に届かない。

 

「これでッ」

「空中なら安全地帯だとでも思ったかよ、ド素人!!」

 

 虚空に展開された表示枠(ウィンドウ)から、義手が出現した。

 女に届く寸前で室久の身体が縫い留められる。さらに空中から湧き出した三本の義手が、室久の両手を絡め取った。

 女が丸っきり素人な構えを取った。しかしその拳にまとわりつくおぞましい量の機械部品。

 造られた巨人の掌を携えて、女が室久の方へ寄った。

 

「潰れなさいよこのままァ! 野良共が、ワケわかんない理屈で歯向かってきやがってッ! 誰がアンタたちの世界を回してるのか、分かってもないクセに――!」

「知るかよ、クソボケ――!」

 

 室久が、まるで蚩尤のように義手の鉄指を()()()()()()。口から溢れる大量の血。

 強引に拘束から抜け、自由になった片手で油断し近づいた女の首を掴み絞める。

 

「ッが……!? こ、の……!」

「やれ、空間! 早く!」

 

 足を掴む義手を『収納』する。

 全力で『主任』の下に向けて駆け出した。白く点滅する視界の中、必死に右腕の白亜を維持し続ける。

 

「舐、め、るなァ!!」

 

 ゾンビのように、生え伸びる無数の義手。

 俺の速度では確実に捕獲される。

 だが。

 

〝あなたは、空気を拾った〟

 

「ッらぁアアアアア!!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()。爆発的な衝撃。足首に入る致命的なダメージ。その代償に、爆速の反作用で腕の包囲を突破する。

 ブースターなんて格好良いものじゃなかった。ただ吹っ飛んでいるのとほとんど何も変わらない。

 それでも、腕は届く。あの女を確実に白亜へ呑み込むことが出来る。

 

「……!」

 

 しかし、この角度では室久ごと――

 

「――許せッ!!」

 

 勢いのまま、親友ごと白亜が『主任』を呑み込んだ。

 

「がッ……! こ、の……」

 

 一瞬では足りない。恐らくはアインソフの言っていた生命質量の関係だ。首を絞めただけでは弱りきっていない。女が抱く怒りが、白亜回廊を通して流れ込んでくる。

 しかし、元々の生命質量(最大HP)自体がそれほど多くない。もう数瞬で、この女の記憶を消し飛ばして――

 

「起、きなさい、アンセスタぁ! コイツら全員まとめて吹っ飛ばし――」

 

〝あなたは、莠悟?九?邨碁ィ灘?、繧堤?エ螢翫@縺――〟

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

〝あなたは、ビームを拾った〟

 

 妙な声がして、意識を取り戻した。

 目覚める時はいつも、ここがどこで、自分が誰なのか。少しばかり分からなくなる。

 

 気がつけば、そこはプレハブ小屋の前でも、機械部品の迷宮でも、丘ヶ山の山中でもなくなっていた。

 静かで寂れた夜の町並み。永地市のどこか、きっと俺の家の近所だと思う。

 

 整理しようにも、記憶が乱れて繋がらない。時系列が順序立たない。脳が全く役に立たない。

 

 だが、目の前で。

 

弊機(へいき)工学妖精(アレノバルシア)E79TOR-アンセスタ。ビーム系の攻撃は、対象[名称不明]に対して有効でないと判断。最終段階・投擲(なげうつ)の展開を考慮……〝不明な原因により、炉心が正常に機能していません〟『投擲』の展開は困難と判断。近接戦闘による撃破を試みます」

「…………」

 

 白銀の少女が、俺に光の剣を向けていた。

 

「……ダメ、だったのか?」

「発言意図不明。あなたの名称、所属、目的等のパーソナルが開示される場合、質疑への応答は考慮されます。()()()()()()()()?」

 

 つまりは――そういうことらしい。

 どうにもならなかった。ダメだった。散々こんなのは嫌だと喚き散らして、友人を巻き込んで、最後に結局、こうなった。

 

 終わった。

 何もかもが*勝利*からほど遠い。

 無様で、無意味で、無価値な、どうしようもない。

 

 敗北。

 

 ……。

 

 …………。

 

 …………いいや。

 

「……まだだ」

 

 まだ、終わらせない。

 

 右腕を引きちぎった。溢れる白亜が視界を染める。

 今度こそ致命的に死に切っていく意識と記憶。壊れ逝く自分の欠片を見送りながら、俺は少女に言い放つ。

 

()()()()()()()。君の記憶を何度殺してでも――俺は、勝ちたい」

「……」

 

 光の剣が出力を上げる。

 

「……発言意図不明。応答の意義は無しと判断します」

 

 出力は上がり続ける。体内で暴する黄金に、少女が痛みの呻きを漏らした。

 

「……。……いた、い(ERROR)。だけど、守る、助ける、救う――勝利する。弊機(わたし)は、そのために生きると決めたのだから」

「なら何度でも言うさ――そんなものは、*勝利*じゃない」

 

 白亜と黄金が膨れ上がる。高まり続ける。極まっていく。

 どうしようもなく臨界しながら、俺たちはこの夜の最後に激突した。


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