「覚悟!!」
そんな、女の声。詳しく話せば、IS学園の生徒会長、更識楯無が相川香を襲った時に言った言葉だ。
バキッ!
そんな、打撃音。詳しく話せば、更識楯無が相川香を襲った際に、返り討ちあったときの音だ。
「いや、なに?」
驚くほど冷たい口調で、香は襲撃者を見下していた。ISを使われているはずであるのに、少し変な人に話しかけられたくらいの不信感しか持って居なかった。
だが、それだけで十二分に更識楯無の舐めきっていた認識を、氷を混ぜた冷や水をぶっ掛けるように改めさせてしまった。それ故に。
「いえ!何でもありません。」
「まったくもう!私とMちゃんの時間を大切にしてもらわないとね。」
一瞥もくれずに、Mに話しかけていた。プライドを完全に踏み潰されるが如き所業。
「……………一旦撤退ね。」
そこから、生徒会長は逃げ出した。
◆ ◆ ◆
「やはりな」
「やっぱりね。」
撤退した更識楯無を見て、ラウラと簪は同じことを言った。二人とも人格は違えど被害者であり被救済者である。
ラウラは、力と破壊によって。簪は、知略と心理によって。
それは置いといて。少女たちはこれによって真剣に頭を悩ませる事になる。
「完全に殺し方が暗殺向きね。」
「毒殺…………爆殺…………狙撃……………不意打ち……………寝首をかく。」
ブツブツと言っている箒と楯無が、だんだんと黒いものを帯びてくる。
「いや、なに物騒なこと言ってるんだよ!!人なんだから話し合いで何とか出来ないのか?」
「しかし、話が通じるような相手とも考えらませんわね。話し合いの場を設ける方がよろしいのでしょうか?」
と、悲鳴のように一夏が言った案を、セシリアが冷静に分析した。
「…………その方法を取るにしても誰が行くかだが。」
「消去法で俺しかないだろ。」
一夏は、すでに何かを諦めたような顔をしていたが、その行動は早かった。
◆ ◆ ◆
「ということなんだ。早くそいつをこっちに引き渡してくれ。」
「ああ、だからさっき変な人が襲ってきたんだね。」
前回の状況を包み隠さず話した。それによって、特に進展も見られないように見えるが、違う。こうして香が交渉のテーブルに付いたこと事態が、驚くべき所だ。
「そうだ、Mちゃん。これ食べる?」
「貰う。」
前回発作……………というか前回、康一と香の人格が交代した時とは対照的に、Mは大人しい。なんというか戦時中の捕虜のような扱いをされていると考えたのだろう。
「前に康一がおかしくなった時には、こんなに穏やかだったか?」
「Mちゃんが良い子だからだよ。あ、ラウちゃんが悪い子ってわけじゃないよ?ラウちゃんも可愛くて良い子だったさ。」
「聞いてない。」
香は一夏の質問にのらりくらりと、要領を得ない回答をする。香は狙ってやっている訳ではない、ただそうなっているだけなのだ。
「…………で、なんでダメなんだ?」
「ああ、それは。康一君のストレス解消かな?」
「は?」
一夏が予想していた理由とは、三百光年離れていた答えだった。一夏のなかでは相澤康一という人間は、器用貧乏になる歳不相応に世渡り上手な気の置ける同姓。ストレスなど、感じる前に逃げるか押し付けるか、上手く甘い汁のみを啜るような人間と思っているからだ。
「康一、そこまでストレスを溜め込んで居るなら俺に相談しろって。」
「いやいや、違う違う。学校生活の中では康一君はストレスなんて微塵も感じては居ない。」
「じゃあ、ストレスって。」
「地雷さ。」
どこに行くのかと聞かれ買い物と答えるくらいに軽い口調で、不釣合いな言葉が出てきた。
「Mちゃんは、康一君の弱い所をふんじゃったんだよ。」
「…………私は何もしていないぞ?」
「なぁに、いきなり出てきた野良猫に引っかかれたようなものと考えれば大丈夫だよ。」
憮然たる顔で香を睨みつけた。そんな理由で私を拘束するなと声を大きくして喚き散らしたいのだが、さらに野良猫に引っかかれてしまっては適わないと判断した。
「それで、本題に戻るけど。私は、康一君のストレスを請け負っているんだよね。ストレスが完全に解消されたら自然に切り替わる。まあ、それまでの辛抱さ」
「二重人格って奴か?」
「うん。それであっているよ。」
一夏の確認を肯定する。
「ま、諦めておくれよ私も引くに引かれない理由って物があるのさ。」
「…………障害持ちってことか?」
「障害を盾に見逃してくれとは言わないけど。それでも、もとより邪魔する人には容赦しないから、そこの所よろしく。」
香は一夏に向けて宣戦布告した。香にそのような意図はないのだが、それでも一夏がそう受け取ってしまったのだからしょうがない。
「本当にこっちに侵入者を引き渡せないんだな?」
「できなくはないけど、やりたく無い。それが答え、そして義務みたいなものだよ。
それに私が表に出ている間は康一君に記憶は、ある条件を満たさない限り共有はされないから、私としてはそこのアフターケアはしっかりしておきたいんだよね。」
「こっちにその侵入者を引き渡して、さっさと戻ればいいだろ?」
「本当に出来るの?君が居るのに?」
挑発するような香の言葉に、一夏の顔が怒りに歪む。常人では分からない程度だったが、少しの怒りを腹の中に溶け込ませたように香に接した。まずは疑問を口にし、怒りを理性で押さえ込む。
「どういう意味だ?」
「康一君は聡いよ。君なんかよりも圧倒的に嘘に敏感さ。少しでも態度に表してもみろ、一つの疑念から君たちを犬のようにかぎまわるだろね。」
なぜか自嘲気味に話した。まあ、実際には康一なら全容を大体把握した上で放っておいて、危害が加えられるようになったら手を打つだろうが。それまでは、あまり動かないだろう。
「やってみなきゃわからないだろ。」
「完全な隠匿をさせるのは案外難しいよ。それに、隠しても康一君は何処かで情報は掴むだろうね」
片側の頬だけを吊り上げながら不敵に笑う。まるで、イタズラに引っかかる人を待ち望んでいる子供のような顔だった。
「……………」
「ま、放っておけば良いからさ。遊びたいときは顔出してよ。」
黙っている一夏に、香はこういっている。私のやりたいようにやらせろと。一夏達の肝心な勝利条件と食い違っていることが一夏自身が分かっている。それがために、一夏がはいと言えなかった。
「出来る訳ないだろ。」
「それも分かってる。君が、なぜだか知らないけどMを目の敵にしていることぐらいは。」
一夏の性格上、人をお前などと呼んだりはしない。どれだけむかつく相手だろうと名前呼びを敢行するし、絶対に名前を聞くはずだ。
「本当に似ているから。俺も真実を知りたい、あの時言った言葉の意味を含めて。」
「香。行くぞ。」
沈黙を破り、Mがそういった。その話を無視したくてこの場を逃亡しようとしていた。
「分かった。」
全てを察してそれを尊重していた。奴隷か嫁だったら最高の人間だろうが、こいつは男だ。
「それじゃ」
ばいばーい。ふざけたような仕草で別れを告げた。一夏の目の前には食べ散らかした学食のデザートが大量に乗っかっているだけだった。
「あ、そうそう。挑戦はいつでも受けるから待ってるよ~。」
思い出したかのように突然現れてそんなことをのたまわった。
◆ ◆ ◆
「ダメだった。」
「あの状態は私も良く分からなかったしね」
「アレは、そのMとやらの言葉しか聞かないぞ?時間がたつにつれて少しずつ凶暴性は減っていくようだが。」
簪と、ラウラが口々にそういった。実体験からの怪物への適応法だった。
「はぁ、分かったわ一日置いて全員での連携を図りましょう。押しつぶすしか方法はない。これだけ人数が居るんだしいけるでしょう。」
生徒会長が、そういった。そうして遅過ぎる動き出しを見せた。
◆ ◆ ◆
「私を…………逃がしてくれ。」
「悲しいけど、しょうがないね。」