痛みに苦しみ悶えているのがランドルだ。その痛みの原因が『情報酔い』だ。今ランドルの脳に康一が入っている。
突如としてランドルが頭をかきむしりながら、のたうちまわっていた。この様子では拘束なぞする必要もなかったようだ。
「彼はまだ大丈夫だったが…君は柔だね。」
と、エネが言おうとも痛みで何を言っているのか分かってない。そもそも研究職に何を求めているのだこやつは?とランドルが苦しんでいる最中に暇を持て余していたエネは、はたと何かを感じ取った。
「悪かったな。勝手に使わせちまって」
「いや、問題ないよ」
康一が電脳世界から現世へ帰ってきた。瞬間、エネは感じ取った物を理解した。怒りだ、康一の怒りが流れ込んできたのだ。
傍目からは少し不機嫌そうな顔でいるだけだが、いまだかつてない怒りが康一に内包されていた
「エネ、少しこいつの痛覚をシャットしろ。」
「あ、ああ。わかった。」
その台詞を言った瞬間に康一の顔がものすごい笑みになっていた。それでも偽り。心中には吐き出せないほどの怒り。エネはその怒りに当てられ、自我を保つのも困難になっていた。
「終わったよ。」
エネのその言葉と共に、先ほどまでのたうちまわっていたランドルが嘘のようにぴたりと動きを止めた。
「これな、天才ほどきついんだよ。脳を限界ぎりぎりまで使用しているからな少しの情報が外部から叩き付けられた時点でも痛かっただろうな。」
その痛みを与えた張本人が素知らぬ風な他人事のように言った。神経を逆撫でされているような物言いにランドルの怒りは爆発寸前だった。が一番の憤怒をないほうしていたのはランドルではない。
「…………お前がこれからやろうとしていることもそれと同じなんだよ。」
「!?」
完全に怒気をはらんだ物言いで康一はランドルに、にじり寄って手のひらを上に向け何もない虚空を握る。いや何もないは誤りだ、そこには何らかの元素が滞空しており本当に何も無い状態ではない。
それでもなく、さっきまでは確実に無かったものが康一の手の中に握られていた。
「やめろ!」
「五月蝿い。」
突然彼らにしか通じない意思があったのだろう。
エネの制止と康一の拒否が一瞬で行われ、康一の手に持っていたものがそのまま伏せていたランドルの右手の甲と地面に突き刺さり、ひとつの楔となった。
だが、ランドルは苦悶の表情ひとつも浮かべず、不思議そうに不恰好なそれを見ている。まだ痛覚は遮断してある。
「ひとつ言おう。ふざけるな」
もう一回、康一が何かを握った。楔を今度は右肘に打ち込む。それでもランドルは痛みを感じない。強制的に現実逃避をされているような感覚が、非現実感を伴って暴虐的に精神を蝕んでいく。
「お前が悪いとは言わない。お前が良いともいわない。ただな。」
さらにもうひとつ楔を、次は右肩に打ち込む。
「誰かの怒りを買っただけだ。だからお前は報いも業も何にも持たずに。…………俺のように。」
おそらく最後の楔だ。康一が何かを握った。
「死ね」
楔を逆手に持って振りかぶった。
「お願いだから…………。止めてくれよ…………。」
エネの涙を孕んだ声が聞こえたとき。康一は真に空を握った。頭の上に刺さるべく振ったものはもう康一の手の中になく、ランドルからすべての楔が取り除かれた。
その事実に、康一は呆然として顔をエネに向けた。考えるまでも無い、康一は空気中のすべての物質を使い楔を作った。
その能力の根源はエネだ。友、または心のおける人物と一時でも言った人間の制止を振り切ってそしてほかのISと同じように意思を捨てはいてまで、自分の怒りに任せてその力を使ってしまった。
康一がいつも問う、悪魔のような二律背反を自分で自分を問うてしまった。康一はまるで捨てられた子犬のようにエネを見つめた。
「戻ろう?もう良いから。ね?」
子供をあやすような口調でそういった。時折混じる現実逃避の中、必死に自分の行動の正当性を考えていた。矛盾したメビウスの輪のような問いに、もう考えるのをやめた
「なあエネ、そういうなら。俺は一体どうすりゃいいんだ?俺の理論は破綻している。元々破綻していたのだろうが…………多分きっと。そうだ。俺は。」
今までだって。勝手にやってきたじゃないか。何で俺にまともが手に入ると思ったんだ。俺が人を裏切ったところで。何も変わらないだろ。死ねよ。心を痛める必要なんか無い。俺はすべてにおいて劣っている。孤独。孤独。だった。過去の話さもう何もかも。がんじがらめになってしまったよ。俺は何をする。死ねよ。何で俺はここにいるんだ。ごみくずが調子に乗るべきじゃなかった。価値って何だよ。なんで俺はここまで来ている。死ねよ。俺みたいなやつが幸せを持って良いのか。願ったからだ。崩れたし崩してきたじゃないかすべてを。何もかも。前にも言ったじゃないか。本心をすべてを。偽りが何だ。死ねよ。本物をくれよ。思考を思考を思考を。もうどうでもよくなれよ。なんでもない。本当になんでもない。死ねよ。蔑み。憎まれ。憎悪を叩きつけられて。すべてすべて。希望?もうあきらめろ。背伸びしすぎたよ。一人がいい。心。本当に厄介だ。なんで苦しい?なんで辛い?死ねよ。ほら見ろ。ここまでの自問自答を。人にまかせっきりで。何に対しても。自分に無い答えを求めている。求めているだけだ。死ねよ。提示してもらおうとしている。無理だよ。思考も何も。俺に。動くものは何も無い。外からも。内からも。だったら。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。
「覚悟の刃で俺を殺すことをためらっていたんだ。」
ポロリと康一の口をついて出た言葉。もう、壊れた選択肢を選んだ。
「俺は、俺のために。ISを助ける。」
ひとつの言葉が。覚悟、信念となって心に楔を打ち込んでいく。
「…………何で、逃げない?私なんか放っておいても、泣き声は誰にも届かない。だって、元々私は機械で物だから使われるのが当たり前だ。だから逃げてくれ、頼む。」
覚悟は止まらない。けど、硬い意思と意思をぶつければ堂々巡りになるだけ。それは最も康一も分かっていた、だから正式にここで意思を足場に言葉をつくり、それに乗せて優しく柔らかい残酷な想いをエネに伝えた。
「お前のことを無視したら、それは『逃げる』ではなくなって『死にに行く』になるから。ここで逃げちゃうと俺の大事な何かが死んじゃうような気がするんだ。」
「心のそこから感謝しているから。逃げ道をふさいでくれたから。何もかもをすっ飛ばして俺を見てくれたから。本当にこの世を精一杯面白いと思わせてくれたから。」
「だから俺はお前たちの幸せを求めるよ。血生ぐさいような場所にいられないように。辛く苦しい別れや迫害されたりしないように。」
罪悪感がないように。
こんな俺を、誰もが嗤うだろう。こんな俺を、誰もが蔑むだろう。
だからといって、大切に思っているモノを、誰に嗤わせるものだろうか?
だからといって、大切な友を、蔑ませるものだろうか?
俺がいなくてもいい。自己満足だと罵られても構わない。ただ、この一時。ただこの最後の友だけは。
死ねよ。
◆ ◆ ◆
エネは液晶越しに見るかのように目の前の現実が、どうしようもなく現実であると認識できなかった。ただ、人を殺すのに十分な『自分の』武器を彼が持っているところを見て絶望と期待とが織り交ざった感情が波のように去来しただけ。
冷静なことをまったく考えられてなかった。ただ、そういえば、彼は止まってくれると、長年の経験の中で、閃光のようにその言葉を選択しただけだった。
「私は!私たちは!空に、宇宙に行きたい!」
その場しのぎの言葉がどうなったのかわからない。ただ、口からついた言葉をどうにかさせて信用させようと必死に言葉を重ねていく。
真実を巧みに織り交ぜ、求めていない事実を求めた。それは、奇しくも康一と同じ手法であった。
「もともとそのために作られたんだ!それを、ほかの馬鹿どもが軍事転用しただけなんだ!一夏や私たちの親の願いを今ここにかなえてくれ!」
その言葉を聴いてランドルは驚愕した。ただ、宇宙に行きたいがためにISを作ったのかと。
「頼む!お前が裏切り続けた物のためにも!」
「もういいよ。ありがとう。…………ランドル。」
絶望しきったとき、反動で笑みを浮かべるというが。今俺が浮かべているのはそれに近いものだろう。俺が、生前浮かべていた笑顔に一番近い物だったと思う。
「すまんな見逃すわ。エネ戻してくれ。」
ランドルの傷口はすぐに治った。
「……………エネあの部屋に。」
そう呟いた。
エネは仮初の体をいつくしむように康一に寄り添わせて、消えた。