SIREN VS. BIOHAZARD(サイレンVSバイオハザード) 作:ドラ麦茶
美浜奈保子 大字波羅宿/耶辺集落 初日/十一時三十八分三十二秒
「――さあ始まりました世紀の対決『屍人 VS. スーパータイラント』実況はわたくし、世界的アクション女優の
「お願いします」
あたしと安野さんは、お互いペコリと頭を下げあった。
「…………」
「…………」
「……え?」
「……え?」
我に返ったあたしは周囲を見回す。目の前には海が広がり、反対側には家屋がまばらに建つ集落が見えた。海辺の小さな村、という雰囲気だが、海は血のように真っ赤で、家屋は今にも崩れ落ちそうな廃屋だ。空は厚い雲に覆われ、やや強めの雨が降っている。その雨も、海と同じく血のような赤だ。どう見ても、ここは異界である。赤い雨に打たれるのは危険だが、幸いタープテント(たぶん小学校の運動会用テントだろう)が張られているので、とりあえず安心ではある。
あたしは、隣でニコニコ笑うお団子頭に黒縁メガネの女を見た。
「……安野さん」
「はい」
「お久しぶりです」
「はい。お久しぶりです」
「なぜ、あたしが異界にいるのでしょうか? 一度、安野さんのお力を借りて脱出したはずですが?」
数年前の二〇〇三年八月三日、テレビ番組の撮影で、東京から遠く離れた山間の村・
「それは、さっきなぽりんさんがご自身でおっしゃったとおりです」と、安野さん。「『屍人 VS. スーパータイラント』の実況をするためです」
「自分でもなぜあんな血迷ったことを言ってしまったのか判らないんです。なんですかそれは? 最初からちゃんと説明してください」
「はい。実はですね、この前ネットを見ていたら、某Q&Aサイトで『SIRENの屍人とバイオハザードのクリーチャーが戦ったらどちらが生き残りますか?』という質問を見かけたんですよ」
「どちらが生き残るもなにも、屍人はもう死んでるでしょう?」
「それを言っちゃあおしまいです。で、それについて三日ほど考えたんです。いろいろな結末が考えられるんですが、これだという結論は出ませんでした。だから、思い切って実際に戦わせてみようと思いまして、バイオハザードの世界からクリーチャーをお取り寄せしたんです。あちらです」
安野さんが手のひらを向けた先には、二メートルを超える長身とムキムキマッチョな
「よくお取り寄せできましたね」感心2割あきれ8割の声で言うあたし。「例の、うつぼ船というヤツですか?」
「そうです。まさか、別のゲームの世界にも移動できるとは思いませんでした」
「まあ異界に閉じ込められた安野さんがヒマでしょうがないのは重々承知してますから何をしようと勝手ですが、なぜあたしを巻き込むんですか」
「格闘技好きのなぽりんさんなら興味があるかと思いまして、実況および見届け人としてお呼びしたんです」
「確かに格闘技は好きですが、異界に来てまで見たくはありません。誰が屍人になる危険を冒してまで見たがるんですか。それに、あたしはもうあの頃の落ちぶれた元アイドルではないんです。ありがたいことにスケジュールがぎっしり詰まってて、安野さんの遊びに付き合ってるヒマは無いんですよ」
「もちろん心得ています。あたしもプロの方にお仕事を依頼するので、それなりのギャラは用意しました」
「ほほう」と、あたしは挑発するようにあごを上げた。「どれくらい頂けるのでしょうか? いまのあたし、かなり稼いでますよ?」
安野さんは顔を近づけて来て、ごにょごにょと耳打ちする。
「…………」
「…………」
「……結構な額ですね」
「結構な額でしょう?」
ドヤ顔の安野さんだが、あたしは疑惑の眼差しを向けた。「本当にその額なら魅力的なお話ですが、残念ながら信用できません。安野さんがそんなにお金を持っているとは思えませんから」
「そんなことはありませんよ。この異界はお金が唸りまくってます。一三〇〇年の間に異界に飲み込まれた家は数知れませんからね。中には、銀行とか郵便局とかも飲み込まれてます。神代家の金庫にも、かなりの額がありました。それらからちょいと拝借すれば、それくらいの額は簡単に用意できます」
「……それは、ひょっとして泥棒じゃないでしょうか?」
「ひょっとしなくても泥棒です。でも、この異界ではお金なんて紙くず同然ですから、誰も怒りゃしません。異界の肥やしにしておくよりは、現世に持って帰って経済を回した方が有意義ってもんです」
「…………」
「…………」
あたしは、コホンと咳ばらいをした。「まあ、あたしも忙しい身ですが、大恩人である安野さんの頼みなら断るわけにもいきません。お引き受けしましょう」
「そう言ってくれると思いました。ありがとうございます。ただ、何年か後にこういった芸能人の闇営業が大問題になりますので、注意してくださいね」
「はい?」
「いえ、こちらの話です。では、ルールを説明します。ここは、二〇〇三年八月三日の異界、
「あたしの方はそれで構いません」
「では、さっそく第1試合を行いましょう。両チーム、先鋒は前へ」
というわけで選手入場。バイオハザード側からは、例のムキムキマッチョの化物が一体前に出た。
安野さんが解説をする。「実はあたし、バイオハザードの方はあんまり詳しくないので、どのクリーチャーが強いのかは全然わかりません。なので、今回は初代バイオハザードより、ラスボスのスーパータイラントを連れてきました。開発ナンバーT-002、生命の危機に瀕したことで身体能力を抑えるリミッターを解除した状態だそうです」
対する屍人側は、草刈り用の鎌を持った人型の屍人だ。いわゆる半屍人というヤツで、数段階進化する屍人の第一段階である。
「見るからに勝負ありって感じがしますけど」と、あたしは素直に感想を漏らす。対峙した二体のあまりの体格の違いを見て、そう思わずにはいられない。
「とりあえずやってみましょう。実況の方はよろしくお願いします。まあ、実況とは言っても観客も視聴者もいませんので、いつものとおり心の中でぶつぶつ言ってるだけでOKです」
「判りました。では、しっかりと見届けさせていただきます」
あたしは備え付けのネイルハンマーでゴングを鳴らした。
ほぼ同時に、タイラントはものすごい跳躍力で屍人との間合いを詰め、巨大な左手で地獄突きを繰り出した。動きの鈍い屍人にかわせるわけもなく、地獄突きは屍人のボディに見事ヒット。腹から背中まで貫通した。タイラントは屍人の身体を持ち上げると、思いっきり振りかぶって投げ捨てた。地面に叩きつけられた屍人は、そのまま動かなくなる。
安野さんが解説する。「半屍人さんは、力は生前と同じですが、知能が低く動きもやや鈍くなってます。なぽりんさんや宮田先生が屍人化したならともかく、普通の村人の屍人では、リミッターを解除したタイラントの攻撃をかわせるはずもありませんね」
「まあ、予想通りですけどね。では、第1試合はタイラントの勝利ということで」
あたしは試合終了のゴングを鳴らそうとしたが、安野さんが「待ってください」と止めた。
「なんでしょうか?」
「この試合はデスマッチ。どちらかが死ぬまで続きます。屍人さんはもともと死んでいますがまだ死んでいませんので、戦いは終わっていません」
「言葉は矛盾していますが、おっしゃりたいことは判ります」
あたしは叩きかけたネイルハンマーを置き、屍人を見た。うつ伏せにうずくまった状態でじっとしている。そのまま一分ほど過ぎると、むくりと起き上がった。
「シェル化からの復活ですね」と、安野さん。「屍人の身体は完全に不死です。たとえ心臓を撃ち抜こうが首を切り落とそうがバラバラの細切れにしようが、肉片の一片でもあればよみがえります」
「そうですね。あたしも、以前は散々苦しめられましたから。しかし、そうなるとタイラント側に勝ち目はないのでは?」
「どうでしょうか? 屍人さんの攻撃に注目ですね」
よみがえった屍人は鎌を振り上げてタイラントに襲い掛かった。しかし、振り下ろした鎌はタイラントの強靭な肉体に弾き返される。タイラントは手刀で反撃する。屍人は一撃で首をはねられ、バタリと倒れたが、うつ伏せにうずくまってシェル化すると、一分ほどで首がくっついてよみがえった。今度は拳銃を取り出し、ぱん、ぱん、と、ゆっくりとした動作で撃つ。弾は全てタイラントに命中するが、それでもタイラントには傷ひとつつかない。
「リミッターを解除したタイラントの肉体は装甲車のように頑丈です。ショットガンやマグナムですら傷ひとつつけることはできませんから、この村にある拳銃や猟銃なんかじゃ到底倒せないでしょうね。九九式手榴弾なら通用するかもしれませんが、あれはダムの破壊にしか使えませんから」
「変な縛りがありますね」
「それが異界のルールです。とはいえ、そのルールを取っ払ったとしても、やはりタイラントを倒すのは難しいでしょう。動きの素早いタイラントを手榴弾の爆発に巻き込むのは至難の業です。多少離れた位置から爆風を浴びたくらいじゃビクともしないでしょうから」
「しかし安野さん。タイラントは屍人を倒せないし、屍人もタイラントを倒せない。これじゃあ、永遠に決着はつかないんじゃないでしょうか?」
「永遠ってことはないでしょうね。屍人さんは不死ですが、タイラントは不死ではありません。いずれ寿命が尽きるでしょうから、そうなると屍人さんの勝ちです」
「ここでタイラントが自然死するまで待てとおっしゃる」
「なにせ、時間無制限のデスマッチですから」
「…………」
「…………」
「……では、あたしはこれで失礼します。いえ、お見送りは結構。帰り方は判ってますので」
「そうはいきません。因果律を使った帰還方法ならダメですよ? 確かにあの方法なら現世に戻ることはできますが、ここは二〇〇三年の異界だということをお忘れなく。現世に戻っても、またあの頃の落ちぶれた芸能人生を繰り返すことになります。なぽりんさんが売れっ子になった元の世界に戻るには、うつぼ船を使うしかありません。つまり、あたしの力が必要なんです」
「くっ……何と卑劣な手段を……」
「なんとでも言ってください。一度引き受けた仕事は、最後までやってもらいます」
「あたしもプロですからそれくらいの心得はありますが、それも限度があります。タイラントって、どれくらいの寿命があるんですか?」
「さあ?」
「さあって、あなた、解説者でしょう」
「あたしはバイオハザードは1と4しかやったことないので、さっきも言った通りあんまり詳しくないんです。なので、確かなことは言えませんが、人間と同じであれば平均八十年。まあ、どう見てもあれはヤバイ薬で細胞に無理をさせていますので、たぶんもっと早いでしょう。うまくいけば半年から一年くらいで死ぬんじゃないんですか?」
「……あたしはここで年を越すつもりはないんですよ。次の仕事が控えているので、なんとかしてください」
「大丈夫です。実際は、もっと早く決着がつくと思います」
「どういうことですか?」
安野さんは腕時計を見た。「そろそろ時間ですね」
あたしも腕時計を見る。ちょうど、正午になるところだった。ウウゥゥ、と、海の向こうからサイレンが鳴りはじめた。異界では、〇時、六時、十二時、十八時の四回、このサイレンが鳴っている。
サイレンを聞いた屍人はタイラントに背を向け、海の方へ歩きはじめた。そのまま赤い海に身を沈め、姿が見えなくなる。
「…………」
「…………」
「……彼は何をしてるんでしょうか?」
「海送りですね。不死の呪いを受けた屍人さんが、常世へ向かうために現世の穢れを祓う儀式です。今は二〇〇三年の八月三日ですから、村の神様はまだ存在します。なので、サイレンが鳴れば、準備ができた屍人さんは海送りに向かいます」
「それは知ってますが、いま戦闘中ですよ?」
「そんなのは屍人さんには関係ありません。戦闘中だろうが食事中だろうがトイレ中だろうが、時間が来れば屍人さんは海送りを優先します。まあ、中には強い意思を持って海送りに抗う屍人さんもいますけど、このバカげた試合にそこまでの情熱は無いでしょうね」
「自分で始めといてバカげたとか言わないでください。それで、この場合はどうなるんですか?」
「戦闘フィールドは無制限ですからリングアウトはありません。このまま海還りまで待ちましょう」
海還りとは、海送りで海に入った屍人が、次のサイレンが鳴ると同時に岸へ上がる行為である。次のサイレンは六時間後だ。ほんと、時間無制限は厄介だな。
で、六時間後。
再びサイレンが鳴りはじめた。
…………。
が、海に入った屍人は、戻って来なかった。
「帰って来ませんね」と、あたし。
「そうですね。どうやら、常世へ旅立ってしまったようです」
「海送り海還りって、何回も行うんじゃなかったでしょうか?」
「通常はそうです。繰り返すことで少しずつ穢れを祓い、より常世へ近づいた姿になります。犬屍人や頭脳屍人など、屍人の第二段階ですね。そして、全ての穢れを祓い終えたとき、常世へと旅立つんです。一回で終えたということは、それだけ現世の穢れが少なかったんでしょう。よほどの善人だったに違いありません」
「この場合はどうなるんでしょうか?」
「屍人さんは常世へ旅立った、つまり、死んだわけですから、デスマッチのルールにのっとり、タイラントの勝ちとなります」
安野さんがタイラントの勝利を告げたので、あたしはゴングを乱打した。ようやく第1試合終了か。これは祭が思いやられるな。