キン肉マン世界古代転生   作:ウボァー

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始祖編
count1.最古(サイコ)に生きた一人


 遥か昔。蛇に唆され、神の禁を破り、知恵の実を食したアダムとイブは楽園を追放されたと神話では語られる。木の実を食べたぐらいならば隠し通せるだろうに、神になぜそれを看破されたのか。その原因は葉である。知恵は恥じらいという感情を持たせ、葉に衣服としての役割を持たせた。

 そう、衣服は人の文化的生活にとってなくてはならないものである。

 過酷な気候に適応するための衣服。見目を整えるための衣服。気分を切り替えるための衣服。

 

 素材を糸へ、糸を布へ、布を服へ。刺繍を施し、装飾を付け、強度を確かめる。多くの手間と時間をかけた分、素晴らしい仕上がりへと繋がっていく――数多の工程を終え完成するこの瞬間、解放感で満たされる。

 

 岩肌をくり抜いて作られた空間を、取ってつけたような木製の扉で区切ってできた部屋。あちらこちらに素材が散らばっているようで移動はできる程度に整頓されているちぐはぐな店。高さ、横幅、衣装、一つとして同じものがないマネキンが壁のように陳列される――そんな空間の真ん中で仕事に精を出す人影が一人。

 その姿は爬虫類の頭と人間の首から下をくっつけた人外のもの。頭に生えるは枯れ木のような色合いの髪が絡み合ってできた2本の角。熟れたリンゴのように赤い目。筋肉質な身体は緑で彩られ、あらゆる要素が彼がまともな人ではないことを示している。

 マネキン達の凝った衣装とは違い、彼自身は大きな白い布を貫頭衣とし腰回りを紐で括り固定する程度の素朴なものだがこれは仕事の邪魔にならないようにうんぬんかんぬん。

 先ほど出来上がった衣服をシワにならないよう丁寧に、かつ手慣れた様子でマネキンへと着せる。そろそろ時間か、と顔を上げたその時ぴったりにノックの音が響く。

 

「ニャガニャガ、受け取りに来ましたよ」

 

 それは身の丈2メートルはあろうかという大男。鍛え上げられた体に白塗りの顔、道化を思わせるような化粧と普通ならばチグハグな組み合わせになるが、不思議とその姿が自然であるかのような、有無を言わせぬ迫力があった。

 

「注文のコスチュームですね、こちらです」

 

 白をメインに金糸をふんだんに使い豪華に仕上げた一着。カラーを合わせた手袋、帽子、ベルトにリングシューズもセットになっている。

 服の丈は足首に届くほど長いが、動きを阻害しないよう細心の注意をはらい、かつ使用した材料の影響か本当に布なのか疑わしいほどの強度を実現。フェイバリットの一つに回転による摩擦で炎を起こしそれを纏いながら攻撃するものがある、と教えられていたためもちろん耐火性も完備。

 男は縫い目や布を引っ張るなど綻びがないかを確認し……満足げだ。

 

「いやはやいつ見てもお見事な仕上がりで。細部にまで拘りを見せるその技術(テクニック)、1ヶ月ほど手解きすれば関節技(サブミッション)に長けた優秀なレスラーになりそうなんですがねぇ……本当にプロレスしないんですか? サマルさん」

 

「いやプロレスとかマジ勘弁」

 

「そうですか」

 

 言葉とは裏腹に、そこまで残念とは思っていなさそうな空気のサイコマン。

 

「なあサイコマン、毎回このやり取りするのもうやめないか? 何と言われようと俺はプロレスはしないと決めているんだ」

 

 客と応対する店主として、ではなく顔馴染みへ対する言葉遣いに変える。

 顔を合わせるたびにプロレスの押し売りをしてくるサイコマンだが、お得意様であるが故に出会う機会が多く、今では週一で勧誘がやってくるのだ。鬱陶しいと思うがそれを直接伝えるのもアレなのでオブラートに頑張って隠そうとしているのだが……いつもの通りニャガニャガ笑って水に流され、やっぱ話聞いてないなあコイツ、と苦笑いを浮かべるサマル。

 

 ――サイコマン。そう、ここにいるのは完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)の一人……ではなくザ・マンに選ばれる前の一般超人。このことからわかるように、まだこの世界にはカピラリア大災害は起きていない。

 ここは地球。……なお人類が誕生するまであと何億年かはかかる模様。

 

 

 

 どうしてこうなったのか、の記憶は無かった。ある日突然令和の世を生きる人間の知識を持つ超人が古代の地球に発生した、としか自分には理解できなかった。転生だとしても赤ん坊からスタートではなく成熟した姿での出現。超人としての過去がないにも関わらず周囲の超人はそれを気にすることなく接してきた。

 でもまあ化身超人は人類の技術の進歩で作られたものがモチーフのものもあれば億単位の年齢である始祖の緩衝材とか時代が既にぐっちゃぐちゃだしそういう産まれ方をする超人もいるのかもしれない。だってゆでだもの。

 

 名前は頭の中にふわっと浮かんできたサマル、という名を名乗っているが、他人から呼ばれる時に毎回どことなく本当の名前とは違うような、と頭の片隅でいつも思っている。じゃあ本当の名前は? と聞かれても思い当たるものが無いためこれは永遠の謎としてサマルの中に葬られることだろう。

 また、この見た目から自分は木の超人とドラゴンの超人のハーフかもしれない、とは予想が出来るが同系列の超人とは出会ったことがなく具体的にはわからずじまい。

 謎だらけの生となったが、今を生きるには問題がないものであった。

 

 超人強度――強さの指標としても使われることのあるそれは、古代の超人としては驚きの1万パワーという貧弱さ。故にプロレスなんかするかばーか! と超人の本能を全否定する言動をしていても皆特に何も思わなかったし、力の差がありすぎて弱いものいじめに見えてしまうのでプロレスから身を引いてくれるのはむしろ周囲は感謝している。

 それでもサマルの根っこは超人であるからか、ふと他の超人がしている鍛錬を目で追うことが多く……だんだんと怒りが湧いてきた。

 

 あいつら! 消耗品の替えとかなしで使い潰してんのか!?

 

 リングシューズはすり減る。グローブは破れる。リングロープは千切れるしリングにだって穴は空く。レスパンなんてもってのほか。道具は永遠に保つなんてことはないのだ。

 簡易的なメンテナンスは大体の超人はするが、作る、ということにまで才能を割くものは少ない。ロビン一族のように鎧を身に纏う超人は自らの手で金属加工をするが……それも超人全体から見れば少数派だ。

 燃えたぎる怒りのままに手を動かして完成し設置したリングセット一式は定期的にメンテナンスを行い、消耗した部分は一部張り替えたりしつつ今も現役で使用されている。

 リングを手作りする、という謎すぎるDIY知識と手先の器用さは超人の神から与えられたギフトなのだろうと深くは考えずにやめておいた。

 ……思えばあれが、今後の生き方を決める分水嶺だったのかもしれない。

 

 目についた部分を片っ端から作って配ってして満足して、何かまだ足りないような? と頭を捻って何日。リングコスチュームが普及していないのだ、と答えを導くのはそう難しくなかった。

 リングコスチュームにはその超人らしさをより強める意味合いもあるし、戦いに臨む自分への激励にもなる。超人しかいない今の世では存在しないが、コスチュームの色を合わせたファングッズなんてものも作りやすくなる。

 今現在の超人世界のトレンドは令和のファッションから程遠い素材そのまんまをぐるぐる巻いた雑オブ雑な服! 以上である。ちなみに服はそれしか無いから実は流行もクソもなかったりする。

 超人は肌を見せることに抵抗がない。恵まれた身体を隠す必要は無く、恥ずかしい部分を必要最低限隠せたらいいや、な感じなので種族によっては真っ裸で試合をする者もいる。

 自作リングを使用している超人へちょっと聞き込みをした所、リングコスチュームあるなら欲しいかな、と思うものもちらほら存在していた。つまり無いならないでまあ別にいっか、と放置されていた問題となる。これは由々しき事態である。主に俺の創作欲的な意味で。

 嫌がる野郎どもに無理やり着せる趣味は無いし、かといって需要があるのに供給が無いのは放っておくわけにもいかないし。

 

 プロレス方面ではなく物作り方面へ才能を開花させてしまったこの時代では超少数派の超人、中身令和人間は今日も服をメインに作っている。

 

 

 

 今では常連となったサイコマンだが、サマルと出会った時――正しくはサマルの作成した衣服を見た時なのだが――脳天を稲妻で貫かれたような衝撃が走った。

 これこそが自分が身に纏うべきものであり今まで自分が作ったボロ切れは焚き火にくべて燃料として使ってしまえ、など目をギラつかせて力説し始めた時はサマルは非常に引いた。ドン引きである。え、お前漫画とキャラ違くない? と本人の前で言わなかったのをヨシヨシと褒められて然るべきである。

 要約するとお眼鏡にかなう出来のものがなかったから仕方なく自作していた、とかなんとか。そりゃまあ手先が器用な素人よりはプロの方が作りはいいよね。

 

「材料費は全てこちらで持ちますから、どうか、どうか、作っていただけませんか?」

 

「んー……どんな見た目で、とかの案は決まってたりします?」

 

 準備万端というか満足できるものに飢えていたというか。こちらになります、と懐から取り出した紙束はざっくりと要望をまとめた(サイコマン談)簡単なデザイン書だが、これ本当にざっくりなの? というレベルで情報が詰まっていた。いや胴回りとか腕の太さとかもきっちり計測済みなのはありがたいんだけど。

 サイコマン自身でもちょっとしたほつれとかの手入れとか出来る様にもろもろ揃えたらすっごい喜ばれた。ありがとうございます、ギュッッッッとされた感激の握手にはとんでもなく力が篭っていて手がもげるかと思った。巨握の掌、コワイ。

 

 ――正義超人の開祖、シルバーマンに正義超人になれたかもしれない、と言われた完璧超人。それがサイコマン。友情を認めようとしなかった彼が、今こうして共にある日々をどう思っているのかは分からない。それでも少なくとも好ましい時間だとは覚えていて欲しいなあ、記憶の中に残ってくれるかなあ、と先を悲観する……にはまだ早すぎる。だってまだまだ彼からの依頼があるのだから。

 

「この間依頼した時の端切れが余っていたらそれを使った人形が欲しいのですけれど、あとプロレス」

 

「依頼はわかったけどプロレスはしないったらしないからな」

 

 手を動かしている間は、いつか来る終わりの事を忘れられる。この日々がずっと続けばいいのに、と願いながら。それが叶わぬ願いであると知りながら。

 カウントは進む。


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