さらば、最高の友よ……!! の巻
あの人が蘇った。病院でテレビ中継を見ていたその超人は、いてもたってもいられず病室から抜け出した。同室にいた超人による静止を呼びかける声は聞こえたが、それに従うわけにはいかなかった。
走る。完治していない体は痛みを訴える。構うものか。
言いたいことがあるんだ。伝えたい思いがあるんだ。
だから、どうか――間に合ってくれ。
彼らの戦いをただ、何もせずに見届ける。水を差すほど馬鹿ではない。誰も殺さないでくれなんて甘いことも言わない。
行われているのは一対一の死合。誰もが命を落とすことを覚悟している。それを一個人の感情で踏み躙ることはできない。
だって、ここで勝手なことをしたら……俺が封印されている間に逝ってしまったあいつらに、顔見せできない。
ガンマンはバッファローマンの名前を覚えて逝った。ジャスティスマンはテリーマンの見せた新たな可能性を認めてダンベルを託した。
――多くの命が散った戦いが、ようやく終わりを迎えようとしている。だが、これが本当の終わりではない事を俺は知っている。
将軍様バンザイ。そう叫び、また泣きながら、サンシャインは最後のダンベルを嵌め込んだ。視界が白に包まれる。これでこの世から超人閻魔も含めた
光が収まった。……何の変化もない。消滅の兆しもない。明らかな異変に始祖達は戸惑いを隠せないでいた。
「嘘でしょう!?」
そんな中、悲鳴にも近い叫びが上がる。その声の出どころはサイコマンだった。
いつの間に移動していたのか、シルバーマンとサイコマンが戦っていたリングの上にサマルがいた。
立ち上がるほどの力はないのかリングロープに腕を引っ掛けて体を起こそうとしていたサイコマン。サマルはその体に手を当て、何かを行なっている。その両足は透けている。
――
「どうして貴方が……っ!?」
「どうして、か。それをお前が聞くか?」
揶揄うように笑って言い返す。
サイコマンは祭壇に仕掛けを施し、一人だけが消滅するようにした。超人閻魔に無断で、かつ
シルバーマンも指摘したように、サイコマンは自身が始祖達へ友情を抱いている、と心の底では分かっていて目を背けている。
否が応でも認めなければならない現実を見せつける時。その好機が今だった。
「皆が消えるなら俺は何もしなかったさ。でも先に細工したのはそっちだ。だから文句は言わせない。……シルバーマンに救われた命をここで捨てる、なんて俺は許さない」
「ですが!」
彼が封印されてからサイコマンは仕掛けを施した。かの祭壇に対して遠隔操作は不可能。まずサイコマンのしたことを彼が知ることはできないはずなのに。彼が消滅するなんてありえない。……その筈なのに。
始祖を消滅させる力の流れは、サマルを終着点としている。矛先はサイコマンに向いているが、さらに流れを生み出している。
認めざるを得ない。彼は自分から消滅のエネルギーを奪っている。だが彼にはエネルギーを吸収できる器官も能力もなかったはずなのに何故?
……彼の体を作るために使用した植物の中でも異様な力を秘めていた
「今すぐにやめなさい、消えるのは私一人で十分なんです!」
「元から無いはずの生命だ、ここで使わずにいつ使う? ついでに前の俺の体を作ったアイツも始末しようとしたんだが……無理みたいだ。この体だとアイツとの繋がりが全くない。……あー……くっそぉどうしてそんな所を完璧にするかなあ!」
それは億の時を生きた男らしからぬ、子供のような半ばやけくそが混じった
「……ニャガニャガ、ええ、それは私が天才だからですよ。貴方が封印された後に残されたものの大部分を引き継いだのは私ですからね」
あの頃みたいに軽口を叩き合い、くすりと笑う。
「ハハ、その話、もっと早めに聞きたかったな……っぐ……!」
始祖全てを消すほどの力は、個人で制御するには大きすぎる。話をするだけで抵抗力が落ちる。自分の全てを持っていかれそうになる。
ああくそ……立てない。既に足は消えている。透けてはいるがまだ消えていない膝でなんとか体を支える。
もう少しだけ、時間が欲しい――!
その願いに呼応するようにサマルの体が発光し、消滅の進行が遅くなる。
「あれ、は」
正義超人も悪魔超人も完璧超人も、あの光には見覚えがあった。キン肉マンが発し、友情と共に周囲に伝播したその力の名前は。
「火事場のクソ力……!」
悪魔にだって友情はある。なら、完璧にだって友情があってもおかしくない。
完璧なものがこの世にあるとするならば、それは正義超人の友情だ、とネプチューンマンは言った。なら、正義超人になれたかもしれない二人の友情もまた、完璧なのだろう。だから火事場のクソ力を発揮するに至った。
「…………まさか貴方、それは……」
「……みたい、だな? いやまさかこれがそうだとは一度も思わなかったんだが」
今サマルが発生させている現象は、始祖らが墓守鬼から聞いた大魔王サタンの顕現とその顛末の報告の中に確かにあった現象と一致する。
体が発光する。サタンの支配に抵抗している。
もしやあの発光とは、火事場のクソ力のことだった? ……嗚呼、友情から目を背けてマグネット・パワーの研究に逃げる必要はなかったのだ。友情を抱いているのは自分だけではなく、彼もいた。あの感情は恥ずべきことではなかった――。
「もういい、やめてくれ! 俺を身代わりにしてくれ!」
「ピークア・ブー! 貴様っ」
スタジアムへと乱入してきたその超人にネメシスが怒るのも当然だろう。裏切り者が今更どの面を下げて完璧超人の役に立ちます、などふざけた事を言っている。
いや……そうではないのか。
「俺はあんたにどれほど世話になったのか伝えきれてないんだ、だからせめて俺のできる恩返しで――」
「
「そうじゃない! 本当はまだしたい事があるのでしょう!? ここで貴方が消えたらっ」
見せたことのない技を会得できる程の学習能力を持つピークア・ブーは、サマルに面倒を見てもらう過程の中で急成長するほどではないが確かに学習していた。
彼の内側に秘められていたのは、ピークア・ブーでは処理しきれない感情、情報、慈しみ。超人という種に向けられた彼の優しさ。その発露として作りたいものがある、したい事がある。
――とめどなく溢れ出るそれらを一番知るのがサマルなら、二番目に知っているのはそれらを学習したピークア・ブーだ。だからこそ、彼は男の『これから』を守ろうとここまで来たのだ。
「『完恐』ピークア・ブー。お前達超人は支配者から全てを与えられなければ生きられないと。何もできない弱い生き物である、と。そう言いたいのか?」
静かな怒り。彼のためを思った怒り。正面からぶつけられた感情に言い詰まる。
だが……それでも、とピークア・ブーが一歩踏み出そうとしているのを見てさらに言葉を続ける。
「何億年とかけて可能性の芽は出た。俺たちがこれ以上手を加えるとその成長を邪魔してしまう。――だからこそ、俺の内を知った
あの人から期待されている。その言葉の重みは完璧超人の足を止めさせるには十分だった。
「未来は今を生きる者達のためにある。……励めよ、若人」
この世から消えるべきはどちらなのか。その答えは既に彼の中では決まりきっている。……覚悟を受け止めたピークア・ブーは自然と片膝をついて頭を下げていた。
正義超人の開祖シルバーマンはその様子を見て自分のなすべきことは終わった、と安堵する。
どう足掻こうと完璧超人にしかなれなかった自分と違い、彼ら二人の絆なら――自分では辿り着けなかったあの境地へと、いつか到達する。超人墓場が下等へと落ちることはない。心配は杞憂に終わる。
「試合を一度するだけの力しか元より持っていなかったこの身で、たとえ短い時間だとしても、こうしてまた貴方と会えてよかった。……始祖の手から離れて育つその未来を、私はキン肉大神殿にて見守るとしましょう。――あとは頼みましたよ、兄さん」
ゴールドマンはゆっくりと頷く。それを見届けたシルバーマンの身体はマスクのみを残して消え……そして銀のマスクも消える。
裁定者であるジャスティスマンは目の前で起きた事象をただそのままに受け入れ、答えを見出すための判断材料として記憶している最中だ。余計な口出しをする必要はないだろう。
……この場にはあと一人、言葉を伝えなければならない人が残っている。
「……ザ・マン」
「グロロロ……サイコマンもそうだが、勝手に行動を起こした貴様も許してはおけぬ」
血走った目で睨みつけ、竹刀の先端をサマルへ向ける。
「だが」
明確に言葉を区切り、竹刀の高さを段々と低くしていく。
「
超人閻魔は復活を許した。だからサマルは今この地に立っている。それは――紛れもなく『慈悲』だ。
「――大儀であった」
とうの昔にいなくなってしまったあの人の面影を見る。心の底から功績を認めている。それを改めて確認できてよかった。今の心残りはもう無い。
……じわじわと発光が弱まってきている。別れが、終わりが近付いている。
「ありがとう。こんな俺とずっと一緒にいてくれて」
優しく微笑む。別れを惜しむ空気が満ちる。
「……しまった、言葉間違えた……これじゃ今生の別れみたいになるな。スマンさっきの台無しにするけどちょっと耳貸してくれ」
ぼそぼそと二言三言耳打ちする。何を言われたのかは分からないがサイコマンはぐわっ、と目を見開いた。彼の言葉はそれほどの衝撃を与えたらしい。
「その未来を一体どこで知ったのかはこの際置いておきましょう。確かにそれなら可能性はあります……ですが、このまま貴方の魂も消えてしまえばそれは無意味に!」
「なんとかできるさ。コレがうまくいけばまた会える。少しの間だけ、サヨナラだ。……今度起きたらさ、その時はプロレス、教えてくれよ」
ずっと拒まれていた誘いを男はようやく受けた。こんな時でなければ両手を上げて喜べたのに。……どうしてだろう。サイコマンは感情を吹き出さないようにするので精一杯で、返事が出来るほどの余裕はなかった。
「頼むぜ。俺の最初で最高の友達」
とん、とサイコマンの胸を軽く叩く。それを最後にサマルは消えた。
……ごとん、と何かが落ちる音がした。それはゆっくりと転がり、サイコマンへ寄り添うようにして動きを止めた。
それは、火事場のクソ力のような輝きを湛えるダンベル。
始祖が持つ十のダンベルは全て祭壇に嵌め込まれている。そしてサマルはダンベルを与えられていない。なら、これは彼が新たに作り出したものだ。
側面に友の字が刻まれた――言うなれば『友情のダンベル』。
絶対の神器であるダンベルは破壊も消滅もしない完璧なる物体。自らの魂をそれに変貌させるだけで消滅から逃れられるのか? その本当の答えは分からないが、彼は友のために奇跡を成し遂げたのだ。
シルバーマンの奥義、アロガント・スパークを受けた痛みは少しも引いていないが、ロープから腕を外して拾いに動く。体は痛みを訴えるが関係ない。
だって、これはサマルの――友達の形見に近いものだ。
掴み、持ち上げる。その重さは鍛え上げられた自分にとってはなんの障害にも負担にもならないはず。そのはずなのに、この世の全てと比べ物にならないほど重い。そう感じられた。
胸に抱き寄せ、俯く。荘厳なる儀式が執り行われているかのように音がしない世界。ただ、動くのはサイコマンだけ。
その頬には――一筋の涙が流れていた。
虚数、イマジナリーナンバー。それは我々に必要な存在。日々の生活は虚数に支えられていると言っても過言ではない。
虚式、サマルの手により未来は少しだけ変わった。本来ならば消えていたはずの男は目を背けていた感情を……友情を、受け入れつつある。
彼の残した言葉を、約束を果たすため超人墓場にて研究をする。その胸には、かつて雷のダンベルであった赤のブローチと似た見た目の――友情のダンベルを変化させた煌めくブローチがあった。
そして――邪魔者がいなくなったことで、巨悪が動きだす。
……という訳で始祖編はこれにてお終いとなります。
こちらは化歌様に依頼して描いていただきました、本小説の主人公サマルの立ち絵になります。素晴らしい絵をありがとうございます!
……これで超人強度1万……?
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