キン肉マン世界古代転生   作:ウボァー

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依り代なき共犯者(アコンプリス)! の巻

 リングの中央でぶつかり合う両者はまず打撃で様子を見る。

 ――先に仕掛けたのはサイコマンだった。ロックアップをする必要もないと力量差を見切った彼は、あえてガードを緩くする。

 

「バゴァァアーーッ」

 

 あからさまな隙に飛び込む恐怖の将。サイコマンの顔を狙って魔のショーグン・クローが迫る。一度ショーグン・クローに掴まれれば何をしようと決して離すことはできない。

 

「私の顔に触れようなど百年、いえ千年早いですよ」

 

 あと10cmでクローが届く。……その筈なのに恐怖の将の動きが止まる。サイコマンが左手で恐怖の将の腕を掴んでいた。体全体を使いあと10cmを無理やり押し込もうとしてもびくともしない。むしろパキパキと硬質な物体が割れる音がし始めた。

 

「ニャガッ!!」

 

 勝負は巨握の掌に軍配が上がった。そのまま力を込めていけばヒビが入り、ヒビはどんどん伸びていき……与えられた力に耐えきれず、恐怖の将の腕は砕けた。

 

「バギャゴアーッ!?」

 

「……」

 

 硬度10、ダイヤモンドの硬さを誇る相手を破壊したというのに嬉しそうには見えない。むしろ顔は険しくなっている。

 ……始祖の中には真なるダイヤモンドパワーを会得、またはそれに匹敵するほどの硬度を得た者がいる。彼らとの試合経験から悟る。これはダイヤモンドパワーの模倣品でしかない。ゴールドマンの足元にも及ばない欠陥品だ。

 

「グ……ゴゴゴ……」

 

 失った右腕を名残り惜しむかのように、肩を押さえるそぶりを見せる恐怖の将。対戦相手に恐怖を与えるどころか逆に怯えている。

 

「もう終わりを装いますか。しぶとく世界にちょっかいをかけ続けてきたシミが作ったお人形がこの程度で終わる? そんなはずないでしょうに」

 

 それは直接戦っている者にしか感じ取れない違和感。

 手応えが途中からおかしくなっていた。壊したのではなく勝手に崩れた。力に負けたのではなく逃げたのだ――それは気付いていた。

 

「まあいいでしょう。早い幕切れを望むならこのまま終わらせ――ニャガ?」

 

 気をつけろ、そう忠告するかのようにブローチが熱を帯びた。

 

 悪魔が作り上げたダイヤモンドは砕け散った。綺麗な結晶片が空を彩って。

 それらが、ひとりでに動き出し始める。

 

「バゴアーーッ」

 

 マットを這うようにして現れた腕がサイコマンの足首を掴んで――いやジャンプで回避している。引き摺り倒し、寝技へ持ち込むつもりだったのだろう。恐怖の将の表情は変わらないが、悔しがっているように見える。

 宙に浮いたサイコマンの目にはその正体がよく見えた。

 

「なるほど、そういうカラクリでしたか」

 

 小さなダイヤモンドの結晶が集まり、カチカチと音を立てパズルを組み上げるように腕が作られていく。いや、それだけではない。よくよく見れば恐怖の将本体にも細かく規則正しい線が見える。

 

 ここまでヒントを貰えれば正解は簡単に導き出せる。恐怖の将を形作るのは巨大なダイヤモンド塊ではなく、結晶の集合体である、と。

 砕いただけでは致命傷にはならない。痛みを感じない人形相手ではギブアップは狙えない。それに、ダイヤモンドの塊にマグネット・パワーは通じない。

 ……相性だけで見れば悪い部類に入る。だけ、でしかないが。

 

「タネも仕掛けもバレた後の奇術ほどつまらないものはありません。こういった手合いは核を壊してしまえば何もできなくなるのは知っているんですよ」

 

 そう言うやいなや、飛び膝蹴りを恐怖の将の胸めがけて見舞う。

 重い一撃を受け怯んだ恐怖の将。その隙を逃さずサイコマンは敵の左腕を捕らえ脇固めに持ち込む。……べキリ、と鈍い音がするのにさほど時間はかからなかった。

 

「ここではない、と」

 

 たかが腕一つ脚一つ……もぎ取られようと分解、再構築すれば元に戻る。だから恐ることはない。はず、だが……。繊細にかつ大胆に、こちらの思考と行動を上回る速度でサイコマンは試合を支配している。対応しようとすれば、相手はすでに次の行動に取り掛かっている。恐怖の将はずっと後手に回っている。

 

 これ以上解体されてはならぬ――! 相手の予想を越えなければ状況は好転はしない。選んだのは全身をダイヤモンドの欠片として飛び散らせることだった。

 こうしてしまえばもう技に掛けられることはない。相手もこの欠片を一つ一つ潰すのは骨が折れるはずだ。

 

「またバラバラになってしまいましたか。壊れやすいのもいい加減にしてもらいたいですねぇ」

 

「この恐怖の将を壊すだとォ? 逆に貴様を破壊してやるわ〜っ!」

 

 そうと決まれば体を組み上げ背後から羽交い締めに、首の後ろで手を合わせる。両膝をサイコマンの両脚に絡めてしまえばその場から逃げることは不可。

 地獄の九所封じ――悪魔将軍が誇る必殺技のフルコースの一つ。ダミーではあるがラストワンを飾った必殺技。

 

「超人圧搾機――!」

 

 極まった。手応えを感じた恐怖の将の顔に気味の悪い笑みが浮かぶ。あとは折り畳むようにサイコマンの全身を破壊するだけ。

 

「ニャガニャガ……この程度で始祖の動きを封じられる、などと思われては片腹痛いですよーっ!!」

 

 恐怖の将に極められ、不自由なはずのその足で――飛んだ。組み合ったまま両者浮く。背中から落ちれば、先にマットへ衝突するのは当然恐怖の将。がっしりと極まっているが故に咄嗟に逃げることもできない。

 

「バゴハァ〜ッ」

 

 予想外の抵抗で緩んだロックを振り払い、サイコマンは何事もなかったかのようにリングに立つ。対する恐怖の将はマットに倒れたままだ。

 

「練度が低い。意表を突けば試合の流れを支配できると思い込んでいる。あえて技を掛けさせたとも理解できていない。ニャガニャガ……試合を開始して十数分、こんな短時間でまさかここまでボロが出てくるとは思いもしませんでした。こんな体たらくで大魔王を名乗るとは……貴方が見下している超人よりも下等、いや劣等の方がお似合いですよ」

 

「バ、ゴ……ぬかせェ道化風情がっ!」

 

 サタンの怒りが恐怖の将の口を借りて溢れる。

 

「バゴア〜ッ!」

 

 恐怖の将の影がヌムヌムと広がり、何かが這い出てくる。それは今サイコマンと相対する恐怖の将と全く同じ姿をした物体……いや、これもサタンによって作られた人形。

 サタンの力を素材としているため恐怖の将は量産され複数いてもおかしくはない。が……複数いると分かってしまっては恐怖よりチープであるという評価が先に来てしまう。

 

「おや、一対一を望んだそちらが先にルールを破りますか」

 

「「ルールだと!? 今更何を言うか〜っ! ゴングが鳴っていないのに仕掛けたのは貴様らの方ではないか!!」」

 

「どうやら記憶力も足りていないご様子。こちらは何も手は出していなかったのですがねぇ」

 

「ほざけーっ」

 

 もはや生かしてはおけぬ、と二体が魔のダイヤモンドダストへと変貌する。

 何も知らない人間が見ればダイヤモンドダストに光が乱反射する光景を美しいと評するだろう。だが実際は中にいる者を殺すための処刑装置であると隠すための薄幕。

 

 ――ダイヤモンドの嵐。台風の目に位置するサイコマンを追い詰めるかのようにじりじりと安全圏を狭めていく。絶体絶命のピンチ? 否。やれやれとため息を吐く。

 

「おバカな大魔王様へひとつ教えて差し上げましょうか。ダイヤモンドはですね――()()()のですよ」

 

 それは――まさか、そんなことができると思っているのか。恐怖の将を形作るのは普通のダイヤモンドとは違う。悪魔の宝石、ジェネラル・ストーン。そう簡単に攻略できるはずがない。

 

 大魔王サタンは超人を侮る。下に見る。だから記憶から消し去っていた。

 サイコマンによって与えられた肉体、そこに使われたトロフィーバルブの影響からサマルが『吸収する』という力を得たことを。

 

 悪魔の宝石だと言うならば悪魔たらしめる要素を取り払ってやればいい。大魔王サタンの手によって作られ、その知識の一端を身につけた彼ならただの石ころに戻すこともできる。

 というよりも、ジェネラルストーンに近しいものを作ったことはあるのだ。昔々シングマンにちょっかいをかけていたネバーとモアの注意を引くため、超人パワーを圧縮して作った小さな光る石がそれである。

 

 

 ――手を貸していいのか、と問う。

 ――勝手にタッグマッチに変更したのは相手の方が先だから問題はない、と返答される。

 ――そう友が言うのならば、と力を振るう。

 

 

 その場でくるりと身を逆さに、コマのように回る。遠心力で広がるドレスを炎が彩る。

 

「イグニシォンドレス――ッ!!」

 

 嵐の流れを利用し回転は普段よりも増している。……同じ方向への回転なら、その勢いは恐怖の将も利用できる。悪魔はほくそ笑んだ。――サイコマンの体が発光するまでは。

 

「目眩しかァ? 馬鹿なことを……っ!?」

 

 その肉体を引き裂いてやろうと触れた欠片が、ただのダイヤモンドになっていくのが分かった。

 

「な、あっ……」

 

 あいつの気配だ。こちらが奪われた分、あいつの力が強まっている。不味い、このままだと、このままだと……!

 

「ヒッ、ヒィイイ!」

 

 逃げられない。サイコマンが巻き起こす嵐の中に捕らえられ、悪魔による処刑場は完璧に役目が崩壊した。力を奪われ、風に翻弄され――恐怖の将はどうすることもできなくなっている。

 

「ニャガァーーーーーーッッ!!」

 

 金剛を上回る輝きの、黄金色の炎が渦を巻く。

 

「ギャアアアアァァァァァ――――……」

 

 悲鳴。残響。

 炎が消え、風が止んだ後のリングの上には男が一人。

 

「――ジ・エンドです」

 

 完幻奥義も拾式奥義も使わなかった。友の力を組み合わせた必殺技一つの前に、恐怖の将は敗れ去った。

 

 

 

「チィッ」

 

 そこそこ手間を掛けて作った手駒が跡形もなく消されては舌打ちの一つぐらいは出ても仕方がない。役立たずめ、と心の中で吐き捨てる。

 

 それにしても――仲間が勝ったというのになにも反応を見せないこの男。サイコマンが恐怖の将と戦っている間、一方的にサタンが攻撃を加え続けても血の一つも見せず、防御に専念していた。

 ちらり、と横目でコーナーポストを……正確にはそこにかけられた裁きの天秤を見る。お前の罪を測ってやると作動させたそれはジャスティスマンの側へ大きく傾いたままで、戻る気配は見られない。

 

 もしや、この体へ手が出せないのではないか――そう確信する。

 天秤が傾いているのは罪の意識によるもの。強い負の感情がある超人を大魔王サタンは操れる。この厄介な相手を支配し、打倒ザ・マンの手駒へと変えてしまえば恐怖の将を失った補填に。いや、それ以上の釣りが来る。

 

「バゴアバゴア〜ッそろそろこちらも決着をつけようではないか」

 

 ジャスティスマンの頭を掴み強引に引き倒す。サタニックソウル・ブランディングのセットアップに入るべく、チキンウィングに固めあげようとサタンが動き――。

 

「ハワーッ」

 

 うつ伏せの状態であったはずのジャスティスマンが仰向けになっていた。素早くドロップキックで蹴り上げる。

 

「グォ!」

 

 シンプルなその一撃にどれほどの力が込められていたのだろうか。サタンの体が空高く上昇していく。

 防御姿勢が取れなくなった相手へ追撃として与えたのは意外な必殺技だった。

 

「タービンストーム!」

 

 竜巻地獄に匹敵する強風がより高く、遠くへとサタンの体を浮き上げる。

 

 高所から見下ろすようになって――それが見えてしまった。

 リング側面、試合を終えたサイコマンが身につけていたブローチを外しているのを。ブローチへとマグネット・パワーを与え、友の力を増幅させているのを。

 サタンには、始祖が何を狙っているのかが分かってしまった。

 

「出来損ない風情がっ――!! ザ・マンに拾われただけの下等超人がァア!!」

 

「――それ以上その顔で喚かないでもらえますかね」

 

 サイコマンは道化の化粧が施された上からでもわかる嫌悪を露にする。

 

「あるべきものがあるべき場所に戻るだけ。その手伝いですよ、これは」

 

 誰にも操作されず、自分の意思でブローチが飛翔した。サタンの体と光で繋がる。それは痛みを与えるものではない。だが……サタンは苦しんでいる。

 サタンによって作られたが善の塊であるサマルはサタンとこれ以上ないほど反発する存在。その魂が、奪われた身体に入り込んでいる大魔王を追い出そうとしている。

 

 

 

『――そう遠くない未来、サタンが現れる』

 

 消滅間際のサマルはサイコマンにのみ未来の知識を告げた。サイコマンはその言葉だけで彼が何を望んでいるかを理解し、来たるその時のための準備を整えた。

 サイコマンがジャスティスマンへ頼んだのは『大魔王サタンが抵抗不可能な状態を作る』こと。

 

 

 決着は自身の手で。

 それが、友の願いだった。


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