ゴングを鳴らす係はいない。伸ばした拳同士がぶつかり合う音が試合開始を告げる。
腕のみではなく腰をいれて殴る。鏡写しのように同じ動きをする始祖二人の拳が衝突する。
「ハァッ!」
「ニャガッ!」
サマルとサイコマンの背格好は同じぐらいである。腕の長さも等しい。
故に、シンプルな殴り合いでは当然互いの攻撃は届き合う。完璧超人の手本となるだろう完成されたフォームから、一切の無駄がないパンチの応酬が続く。
早さはサマルが、一撃の重さはサイコマンが勝る。同じように打撃を加えても、サマル側の攻撃は覆しようのない軽さが残るため、総合ダメージはサイコマンが有利だ。
サマルは攻撃全てに被弾しているわけではなく、受け流しやガードなども挟んでいるが、体の芯に響く衝撃を全て消せはしない。
……だとしても、これは本当に1万パワーによる威力なのか? サマルからの拳を弾きつつサイコマンは考える。
発光現象は起きておらず、火事場のクソ力を発揮しているようには見えない。999万という莫大な力の差を埋める何かが、今の彼にはある。
サイコマンの超人強度は1000万パワー。完璧超人に入れる下限として定められたそれと同じ……という意外な数値だが、実は
一番高いガンマンでも3800万。後から入ってきた一般完璧超人の方が数値では上回っている。
しかし、長きにわたる鍛錬により超人強度を十全に使いこなす始祖の前では数値の上下など意味をなさない。さらにサイコマンはそれだけではなく、己にマグネット・パワー――現在は友情の磁気波である――を組み込むことでプラスアルファの強化を行っていた。
そんな相手にサマルが1万パワーで正面から打ち合えている。
何かしらの変化があったのでは。そう考えてしまうのも仕方がない。
以前との変化点は何か。
サイコマンが彼が蘇るための肉体を作り、ダンベルとなって完全な消滅から逃れ、サタンから肉体を取り戻した……その間で何かがあった、と仮定する。
肉体の作成時点――全くの同一になるよう作ったので、肉体は関係ない。いや、予想外の力も混じっていたがあの時点で劇的なパワーアップは果たしていない。していたらサイコマンは即座にわかった。
ダンベルとなった時――復活のために研究してはいたが特に変化の兆しはなかった。ブローチに変えて肌身離さず持ち歩き、サタンがいつ出てきても問題ないよう準備はしていた。
サタンによって肉体が強化されて――いや、策でどうにかしようとし続けて鍛えることが脳内になかった大馬鹿は何一つとして関係ないだろう。
――いや、待った。サイコマンはごく最近彼へ多くの力を注いだことがある。
それも、マグネット・パワーを。
彼は化身超人。それも
樹齢はゆうに億を超えるその木は封印としてまた地下に埋められたが、今も元気に生きている。異常な生命力の理由は不明だが、地球の持つマグネット・パワーの影響を受けて生命力が活性化している可能性は高い。
あの癌細胞の擬人化がサマルを作るにあたり奇跡の大樹をベースに選んだ理由は「驚くほどの生命力を秘めた樹」、言い換えれば「なんかすごいから」。
……威厳が地の底へ突き抜けそうな翻訳だが間違ってはいないと思う。
神が大樹の力を知らなかったのだ。当然、大魔王サタンも気付けなかった。
だからこそ強い超人強度を受け入れられる肉体を作ることはできたが、肝心の超人強度を高めることができなかったのではないか――いや、そうに違いない。
彼は大魔王サタンと戦うにあたり大量のマグネット・パワーを浴びた。そこで目覚めた……これなら一番納得がいく。
ならば遠慮はもういらない。
「ウォーミングアップはそろそろ終わりにしましょうか!」
片一方へと有利を傾けるべく、作られた拮抗を崩す。
殴る、のではなく掴みにかかる。戦いに慣れていないサマルに合わせた基礎も基礎なパンチの応酬から、己の強みである握力を活かした戦法へ切り替えた。
一度捕まってしまったならば脱出は困難になるため避けるしかない。しかし、逃げられるのは想定済み――その体を追うようにサイコマンのハイキックが頭部へと襲いかかる。
「グゥッ」
とっさに腕で防ぐも、ぐらりとよろめいた。
その隙にサイコマンはロープへと飛び移り倒立。ドレスがバサバサとひとりでに動き足を覆う。
「完幻殺法スピア・ドレスーーッ!」
グリムリパーを名乗っていた時にも使っていた必殺技だ。サイコマンの肉体は一本の鋭い槍となり、真っ直ぐにサマルの体を裂くべく狙う。逆側のロープまで到達したら方向転換し、また狙う。
間髪入れずに襲いくる必殺技により、サマルはリング中央から動けないでいた。
一定範囲に留めておくことを狙って速度が増していく。大きく動いての回避ができないため、できることは限られている。
……観察する。直線の動きであり読みやすい。完璧に避けきれず切り傷が少しずつ増えているも、決定打にはなっていない。
「ここだっ!」
だから、横ではなく前に。クリーンヒットしないよう狙いをずらす回避と、カウンターの攻撃を共にした行動である。
サマルはサイコマンの無防備な上半身を叩き落とすのではなく、左脇に抱えるように装束に包まれたサイコマンの両足を腕で捕らえた。
「カウンターですか! しかしそれは悪手で……」
スピードがついたものを受け止めて、すぐに停止できるか? 否である。よほど性能がいいブレーキであっても速度は一瞬でゼロにはならず、減速という過程が存在する。
スピア・ドレスは超人に手傷を負わせられるほどに硬質化した布。必殺技を受け止めた抵抗で摩擦が発生し、サマルの腕と脇は裂傷によってボロボロになる――はずだった。
「ニャガッ!?」
確認したサイコマンは驚愕した。
はらり、と重力にしたがってドレスの裾が広がっている。刃物のような鋭さはどこにもない。ただの布になってしまっている!
超人によっては変身能力の応用で衣服を変化させ、武器のように扱うことができる者もいる。それらに対応可能なリングコスチュームを、オーバーボディを最も長く扱ってきたのは誰か――愚問である。
「強制解除とは……!」
彼の手は衣服の絡んだ必殺技をキャンセルできる。初のお披露目となった予想外の反撃でリズムが崩れた。
「お、らぁッ!」
「ニャゴァ〜ッ」
変形のジャイアントスイングにより平衡感覚を失ったサイコマンの体から力が抜ける。緩んだ足と腕を掴みサマルは関節技へと移行。
グキグキと音がするも技を仕掛けることにためらいはなく、また力を緩めることもない。
これが正義超人によるものであればギブアップを勧告するのだろうが、完璧超人にギブアップは存在しない。
「それでこそ、ですが――これはどうでしょうか!」
億を超える年月を鍛錬に捧げてきた始祖にとって苦痛は行動の妨げにならない。サイコマンは腕だけで体を持ち上げて極まった技から抜け出た。彼は腕の力のみで凍結から脱出したこともある実力者。この程度ならば簡単にできる。
技の受け手がいなくなった関節技は無防備の塊へ変化した。サイコマンはサマルを片手で持ち上げ、脳天をリングに向けて真っ直ぐに落とす。
「ワンハンドブレーンバスターッ!」
ダウンはせず、すぐに両足で立ち上がったがそれはリングにぐらつきながらであり、呼吸は荒れている。
――力任せ。サタンとの戦いでも経験していたが、いくら強化をしていてもパワーファイターとはやりにくい。いくら強化していようと、やはり大元である1万パワーが足を引っ張ってしまう。
サマルはテクニックを軸にしたレスラーだ。じわじわと痛めつけていく手段は多く持つが、それのみで試合を進めると相手に反撃の一撃を許すだけの体力を残してしまう。
ギブアップしない相手との戦いのため脱出困難かつ一撃の威力が高いフィニッシャーが必要に……いや、すでに奥義はある。
ある、が……時間超人の能力である
この時代にないグラビティや首抜けを許さないアルティメットなどのキン肉バスターの進化系は下手に使うと基準を変化させてしまう危険がある。仕掛ける体勢によるが、足が空いているならとりあえずで付け足し、完成度と威力の向上を同時にできてしまうのが危ない。
なお、キン肉バスターを発展させた形の必殺技のペルフェクシオンバスターをネメシスは使っているが、あれは自身の両足で相手の両腕をフリーにさせないのが目的であり、威力は使用者に依存している。
今できる全力、火事場のクソ力で――!
…………うん。張り切りすぎてしまった。
「いてて」
薬が傷口に染みる。
互いに友情パワーを発揮した結果、千日手に近くなり……これ以上続けると次の日に響く、と時間の都合で試合中断というなんとも締まらないものになってしまった。
しかし、友情による、高めあうための戦い。……とても楽しかった。正義超人達が何故したがるのかの気持ちを理解できたようですこし嬉しい。
「神々が動くとするなら、塔を開くあの時だけか」
胸の傷跡をなでる。超神……この身に秘めた時間超人の力を使わねばならない強敵。火事場のクソ力の判断材料としてはキン肉マンだけでなく、俺も選ばれるだろう。
「――責任重大だな」
つかの間の静養を終えた翌日、
開かれた
「…………来たか」
空からやってくる何かの影。
いかなる電波でも察知できぬこの島へと偶然迷ってきたわけではなく、確固たる意志を持ってまっすぐに飛んでいる。
「クエエェ〜ッ!」
大昔に空を飛んでいた翼竜のような巨体を有し、特徴的な鳴き声を上げるのは怪鳥ラプラス。
「神の使いであろうとも、この神聖なる地への侵入は許さん!」
門を開き飛び出すのは守護として残った
大魔王サタンによる超人墓場侵攻の話は完璧超人みなに知られている。ネメシスはもう二度とあのような犠牲を出すまいと息巻く。
「クエエェッ!!」
他者が近寄ろうとすると歯を剥き出しにして威嚇することから、呼ばれているのは一人だけなのは明らかだ。
「手を出す必要はない」
「ですが!」
「大丈夫だ」
「……わかり、ました」
サマルの言葉を受けネメシスは下がる。安全になったことを理解したのかラプラスは着陸し、くるりとこちらに背中を向ける。……迎えに来た、ということだろう。誰の指示で、は問うまでもない。
「皆には『心配いらない』と伝えておいてくれ」
「それ、は……」
その言い方をするならばつまり、心配がいるようなことが起きるのでは。ネメシスは不安になるが始祖の決意に満ちた顔を見てその考えを改める。
――このお方はいかなる障害があろうと、必ず吉報を持って帰ってくる。
「はっ、了解しました!」
こちらの事情など関係しないラプラスは唸り、早く乗れと急かす。
「じゃあ、行ってくる」
ネメシスに別れを告げて騎乗すると同時に、怪鳥は強く羽ばたき浮遊する。ぐんぐんと高度を上げ加速し――案内されるのは天辺の見えない塔。雲に紛れるようにして潜み、中継のヘリの映像に映らないよう配慮はされている。
「ラプラスを寄越したってことは、俺の相手をしたがっているのは、やはり」
その先は口にしなかったが、答えはすでに出ている。
――今を生きる超人達への試練ではなく、古代より残る超人に対し審判を下すためのエキシビジョンマッチはもうすぐそこに。