シルバーマン――かつて
かつて虐殺を行った過去は消えない。正義超人としての志を定めたとて、自分の根源が完璧超人である事実は変えられない。それでも、平和を願ってはならないという法は無い。
誰も触れることが許されない静寂の中、自らの興した正義超人達へ直接関与することなく、ただシルバーマンは地上を見守っていた。
キン肉スグル――キン肉マンと皆から呼ばれ親しまれている男はよく派手な仮装をし、観客を楽しませていた。
キン肉王族の世継ぎは『試合前の入場で観客の笑いを取らなければならない』という、他者からすれば珍妙な宿命を自身に課している。
……その原点ははるか昔、まだシルバーマンが
試合を行わないがため勝利か敗北、その二つに縛られない存在であるサマル。そんな彼だが、試合に無関心な訳ではなかった。
他の始祖が試合する姿を見て、そして……笑うのだ。嘲笑ではない。興奮と楽しさが混じった、完璧超人には馴染みのない笑顔。それを見せた後に健闘を讃え、素晴らしい試合だった、と褒める。
だから聞いた。何故そんなことをするのか? と。自尊心の向上が目的ならそれは無駄で無意味だと。
「……? 勝ち負けで恨み合わず、笑顔でいられる方がずっといいだろう?」
あの時は何を言っているのか分からなかった。向こうも何を聞かれたのか分かっていないようだった。
でも、兄の説得をしようとし、逆に影響されてからの自分ならば分かる。
――彼はきっと、カピラリア大災害で彼の周囲の善なる超人達が死に絶える前の世界をこそ望んでいたのだと。
だからといって時計の針を巻き戻して固定するかのように過去に縛られているわけではない。未来への願い、希望、夢……ポジティブなベクトルのみで構成された、期待。
だからシルバーマンは正義超人となる者達へ言葉を残した。……長い時の中でいつしか言葉が曲がってしまったようだけども、それを不快に思ったことはない。彼らが自分で考えて動いている。それが最も評価するべきところだから。
それにだ。ああいった複雑な仮装は作成に技術者の力を必要とする。需要があれば供給するための場所が生まれる。腕に自信が無い者でも貢献ができるようになる。それはきっとサマルの喜ぶところだろう。
『……まただ』
地上に始祖の気配がする。心の目を凝らせばその姿を捉えることができる。
サイコマン。マグネット・パワーの発見者にして管理者。……彼を除けば最も正義超人に近い
ふと地上に現れては、何かを探してまた消える。何を企んでいるのかは不明。マグネット・パワーの噴出口であるアポロンウィンドウの捜索が目的ではないようだ。とにかく他者に見られたくないのか、人気の無い山や森の中だというのにその姿はぼんやりと透き通っている。それは
そうして秘匿性を完璧に仕上げた彼だが、手を動かしている。採取している。何かの材料か? 情報が足りない。超人達へ直接関与する様子が見られないのだけが救いだが……。
……サマル。サイコマンの友よ。君ならきっと分かったのだろうか。
互いに死した存在であるというのに、あまりにも居場所は遠すぎる。言葉は交わせない。会うこともできない。
ザ・マンの――超人閻魔の行く末を一番早くに察していたのはきっと彼だった。地上の超人らに無限の可能性があると信じていたのも。死者となっていなければゴールドマンと共に地上へ降り、超人達の発展に一役買っていたことだろう。そうであれば、自分は兄と首を斬りあうことなくいられたのだろうか? ……たら、ればを今考えても仕方がない。
サマルが今何をしているのか。流石のシルバーマンとはいえ、超人墓場の様子を伺うことはできない。……何も起きないことを、平和であってほしいと、それをただ望んでいた。
黄金のマスクこと、兄のゴールドマンが大魔王サタンと契約して巻き起こした黄金のマスク争奪戦。それは宇宙から悪魔超人以外の超人が全て死に絶えるか否かを決める危機であった。
自分の気付かぬ間にサタンと会話を交わしていた……よりも、
それは下手をすれば
大魔王サタンがどんな存在かは嫌と言うほど知っている。太古の昔から存在する邪悪の化身。光を忌み嫌い、闇を好み、
外道の気配に気付き、追い払うべく力を使おうとして……ゴールドマンの力が膨らむ。シルバーマンは後手に回っていた。遅かった。
中空に浮かぶのは見慣れた黒い大魔王の顔。サマルの体を乗っ取った状態の姿ではなかった。
ゴールドマンとの契約を果たした直後、不意打ちのようにサタンが召喚した悪魔六騎士。銀のマスクにそれを妨害することはできず、黄金のマスクは悪魔の手に渡った。
地上に生きる超人が、悪魔を除き超人パワーを吸われていく。
兄は力を奪い、自分は力を与える。共に首だけの状態であるなら力は拮抗しただろう。だが、兄は肉体を取り戻した。超人パワーを与えようと、減少を抑えるバリアを作ろうと、それは死の先延ばしにしかならない。
……だが、純粋なゴールドマンではなく、サタンの影響を受けた存在となっている。
自らが顕現し悪魔将軍を倒す? 否。シルバーマンは今を生きる超人達に託すことを選んだ。
キン肉スグル。火事場のクソ力を使う彼ならば、きっと――。
当然、超人墓場は荒れに荒れていた。
「身も心も悪魔に堕ちたかゴールドマン!」
水鏡に映し出されているのは悪魔将軍と名乗り見目を変えたゴールドマン。
だが、最後の相手はあのゴールドマンなのだ。
この争いでキン肉マンが負けたのならば地上は悪魔超人のみになってしまう。ゴールドマンも粛清の対象になる。その前に裏から介入しキン肉マンを勝たせなければ――そう考えるものもいる中で一人だけが、キン肉マンのことを信じていた。
「大丈夫」
大魔王サタン一番の被害者である彼――サマルはそう言い切った。
「キン肉マンは負けない」
大魔王サタンがあのゴールドマンを侵食している。混ざっている。顔に出してはいないが、サマルは非常にイラッときていた。……その感情を上回るほど、キン肉マンの戦う姿に心が動かされていた。
普段なら完璧超人達の手前、気にして口に出さない言葉もつい出てきてしまう。彼は今、
「何故あの下等にそこまで肩入れする? いくらシルバーがいるとはいえ、勝利は確実ではないのだぞ」
「勝つ。必ず」
どうしてなのかの過程をすっ飛ばして結果だけを答えとしても、誰も納得できない。
「カラララ……何がお前をそこまで惹きつけている」
キン肉マンの一挙手一投足から目を離さない。見逃してたまるかといった様相のサマル。こんな姿の彼は初めて見る。気の迷いなどではなく、彼は本気で
「キン肉マンはドジで、自信過剰で、ビビリで、強そうな相手からすぐ逃げようとする」
けど、と繋ぐ。
「――心に愛がある、スーパーヒーローなんだよ」
豚と間違えられ捨てられ、地球で一人迫害されながら過ごし……それでも彼は腐らなかった。地球を守ろうと、失敗を重ねながらも真っ直ぐに育った。かけがえのない仲間を、友情を得た。
多くの仲間達が戦う中で犠牲となり、託し、繋げた。かつて敵であったバッファローマンは改心し、悪魔超人時代に上司であった悪魔将軍と敵対。キン肉ドライバー開発の時間を稼いだ。
リングに立つのは一人だが、キン肉マンは一人で戦っているわけじゃない。繋いだ思いがある。ゴールドマンはただ一人で戦っている。後悔と怨念が渦巻いている。サタンが憑いていても、それはプラスにはならない。
――だから、キン肉マンはゴールドマンと戦ったとて負けない。
「百歩譲ってシルバーマンの子孫であるとはいえ、あのような下劣なモノを認める、と? 貴方らしくない冗談ですねぇ」
サイコマンからのキン肉マンの評価は下から数えた方が早い。他の始祖も同様だろう。何故ここまで信頼できるのかが理解できない。
「見ていれば分かるさ」
「グロロ……我らの介入が不要だと断言しているが、それによりキン肉マンが負ければそれはお前の責任となる。良いのか?
「ああ、構わない」
何一つとして言葉を撤回せず、さらにはあっさりと超人閻魔の言葉を受け入れた。その様子に超人閻魔は眉をひそめる。サマルは間違いなく下等超人を信頼していた。
――地獄の断頭台。ゴールドマンの得意とする必殺技を受けたキン肉マンはマットに倒れ伏す。……ぐ、と手に力がこもる。声には出ずとも、確かに口が動いていた。
負けるな、頑張れ、キン肉マン――!
「…………ッ!?」
それは聞こえるはずの無い声。しかも自分ではなく相対するキン肉マンへの応援。悪魔将軍の動きがほんの一瞬だけ固まる。
それは誰が発したのかわからない声援。しかし込められた思いはしっかりと心に届いた。キン肉マンの動きがほんの少しキレを増す。
銀のマスクは驚いていた。今しがた聞こえたもの、それは確かに彼の声だった。
しかしどうやって? サタンの化身であることを利用した共鳴? ……いや、そんな説明はいらない。
――これはきっと、奇跡と呼ぶのが相応しいものだから。
金銀合体マスクとしてこの世に生きる超人達を見守る。そんな日が来るとは夢にも思わなかった。
二人の間のみで聞こえる声で、距離の離れた台座の上ではなく、対等の存在として会話を交わす。
『兄さん、貴方はサタンと契約するほどまでにあの決着に納得がいっていなかった。でも、契約した理由はそれだけではないでしょう』
返答はない。シルバーマンは構わず話を続ける。
『彼の体を取り戻すため――だったのではないですか?』
『…………何を根拠に』
サタンの化身として作られた、サタンが活動するために使いやすい器。彼の体の価値はそのぐらいだ。もっと魅力的な別のものがあれば、サマルの体は要らないものになる。
あとは契約に盛り込めばいい。地上を征服したらお前が持っているあの体は不要になるだろう。万が一の保険として残す? 気に食わん、このゴールドマンの力では足りないというのか。私が地上を制圧した後にその体はサマルへと返せ。
……頑固な兄のことだ、それを含めなければお前の力にはならん、と絶対に押し通す。
『あれほどまでにサタンの侵食を許していればそう考えもしますよ、兄さん』
キン肉マンとの戦いの中、ゴールドマンらしからぬ行動は多かった。ゴールドマンがパイプ椅子での凶器攻撃なんて
『…………フン』
『それに悪魔超人は貴方が始祖を討つために育てた超人達でしょう。貴方が勝ち、世界を悪魔超人が支配した後に粛清に現れるだろう始祖を悪魔超人の手で返り討ちにして彼を自由にしてやる、なんてところまでは考えていたのではないですか?』
悪魔超人。歴史を振り返れば、少し名前が不思議だと思わないだろうか?
正義と相対するから悪魔と名付けた? それは違う。地上に作った勢力としては正義超人よりも悪魔超人の方が先だ。なぜなら始祖の中で初めに下野したのはゴールドマン、シルバーマンは彼の後を追う形で地上へ赴いた。
天使を討つ存在としての『悪魔』を、ゴールドマンは求めたのではないだろうか。
この説に反論はなんとでもできる。
ゴールドマンが作った勢力が悪魔超人の大元になっただけで、偶然悪魔超人と名付けられたのでは。大魔王サタンと関係があるから悪魔超人ではないのか。
男は寡黙だ。何も語らない。もしかしたら、程度に留めておくのが良い。そんな話だ。
『もしもは起きなかった。それでその話は終わりだ』
『……ええ、そうですね』
ifの話をどれだけ重ねてもそこに価値は無い。でも、考えずにはいられなかった。
『嗚呼――あいつも、下野するべきだった』
シルバーマンの話につられて口が緩んだのか、ゴールドマンの本音が溢れる。
下野してからではなく、まだ超人墓場にいる時のシルバーマンに超人達の可能性を認めさせ、協力を取り付ければ。二人の力を合わせ、金銀合体マスクと同様の力を使い体を与えてやれば。そうすれば、サマルは地上へと出れただろう。
だが現実は非情だ。彼は完璧超人のいる超人墓場から出ることはできず、今もずっと選択肢を奪われている。
『あいつは完璧なんて柄ではない。悪魔超人として生きるのが相応しいに決まっている』
『何を言っているんですか兄さん。サタンへの敵対心に皆への献身、どこからどう見ても正義超人では?』
『ほう?』
『おや?』
どうしてか新たな兄弟喧嘩の火種が見つかってしまったが、黄金のマスク争奪戦以上の規模で二つの勢力による争いはしない筈である。……多分。