私がターフで転ぶまで   作:RKC

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十話 模擬レース

 不味いマズイマズいまずい……っ!

 

 模擬レースで出遅れてしまった私は、まだ200mも走っていないのに大量の汗をかいていました。

 内枠で出遅れるという事は外枠の娘達に覆いかぶさられるという事です。

 

 私の場合も例に漏れず、外枠から覆いかぶさられ一気に最後尾へ。自分がビリにいることを自覚すると、顔から血の気が引いていきました。

 

 頭の中は真っ白。出遅れたのならそれを挽回するため、いつも以上に位置取りやペース配分に気を配らなければいけないのですが……

 

 出遅れたから……出遅れたから……ど、どうすれば…………?

 

 そこから一向に思考が進みません。今はペースも考えず、ただ前を走るウマ娘についていくだけ。

 

「はっ……はっ……」

 

 一回吸って、二回吐く。自分の呼吸法すら忘れて、無駄に体力を消耗するばかり。

 その事がさらに私を焦らせ、ますますパニックに陥る……今の私は負のループに嵌ってしまっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

(sideトレーナー)

「ぐっ……!」

「出遅れよった!」

 

 ゲートが開き、皆一斉にスタートを切った。

 が、横一線の中で明らかに一人へこんでいる姿が。

 それを見た瞬間、俺とスーパーチャージャーは椅子から立ち上がり、叫んでいた。

 

「……内枠で遅れたとなると厳しそうですね」

 

 俺達とは対照的に、ナイトグライダーは冷静にそう評価する。

 

「あ~……ヤバい! 今頃ノールはパニックやで! ここからでもペースがぐちゃぐちゃになってんのが良く分かるぐらいにな!」

「ああなると何か強いショックでもない限り、正気に戻るのは難しい……」

「……」

 

 今、あそこで走っているノールは孤独だ。

 レースが始まってしまえば、終了するまで誰からも助言を受けることはできない。

 いくら俺がノールの担当でもレース中にノールに干渉することはできない。

 当然、焦りから抜け出すのもノール自身が行わなければいけないのだ。

 

「思い出せよ……俺のアドバイス」

 

 成り行きを見守る事しかできないのを歯がゆく思いながら、手を強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(焦った時はペースを落とせ)

 

「!」

 

 第一コーナーに差し掛かる直前、トレーナーさんの言葉がフラッシュバックしました。

 なぜ、それを急に思い出したのかは分かりませんでしたが、今の私は反射的にその言葉に従います。

 

 ペースを落とすと、前との差はますます開き、胸の奥が騒ぎましたが、それと引き換えにある感覚が。

 

 後ろからだと前を走る集団の全体が良く見える……。

 

 レースの全容を一目で理解できる位置につくと、まるで神様になったような気持ちになり、次第に余裕を取り戻してきました。

 焦りが静まると、頭も回転し始めます。

 

 遅れてしまった以上はしょうがない……このまま後ろで体力を温存してラストスパートに賭ける……!

 

 最後尾から行くとなると、スパートをかけるタイミングは難しくなりますが、位置取りは簡単です。

 

 外からまくって、ぶち抜く。

 

 ただそれだけですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(sideトレーナー)

「お……! 大分余裕を取り戻してきたんやないか?」

「自分のペースを取り戻してますね」

「良し……!」

 

 小さくガッツポーズをする。

 

「……にしてもハイペースな展開やな……先頭につられて全体的にペースが速うなっとる」

「本番になると周りのペースに影響されやすいですからね」

「だがノールだけは自分のペースで走れてる……この分なら」

 

 ノールが有利だ、そう言おうとした瞬間、スーパーチャージャーに遮られる。

 

「いや、自分のペースで走れてるのはノールだけやないで。

 今、先頭を走っとる六番もや」

「そうですね……今のレースの流れはあの六番が作っているように見えます。

 行き過ぎたハイペースも彼女の作戦の内かと」

 

「自分のペースで走るのと人のペースに乗せられて走るのやったら、後者の方が断然消耗する……それに六番はあのペースでも後半垂れん自信があるんやろうな」

 

「補足するならこのレースのメンバーは逃げ、先行の脚質がほとんどですからね……それもペースが速い原因でしょう」

 

 ウマ娘である二人はそんなことを話し合っている。

 ここら辺の考察は新人トレーナーである俺より、一線で活躍している彼女たちの方が得意なのだろう。

 俺自身は実際にレースで走ったことは無いから、ここまで深い洞察は出来ない。

 

「……とにかく、このレースはノールと六番の勝負になりそうって事か?」

「まぁ、そう言っても差しつかえはないんやないか?」

「それにあの中だとその二人が頭一つ抜けているように見えますし」

 

 六番……か。

 

 その番号のゼッケンを付けているウマ娘は、前に見たことがある。

 ノールと因縁があり、併走練習を盾に勝負を挑んで来たウマ娘。

 確か名前はジェミニだったか。

 

「……ノール」

 

 あの時は負けたが、今度は勝てよ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残り1000m地点。私は体を少し前傾させ、ペースを上げます。

 フォームが変われば使う筋肉も変わる……疲労で鈍った脚が余裕を取り戻す感覚を覚えました。それと同時にある違和感も。

 

 ―――全体的にペースが速い?

 

 後ろの方からレースを俯瞰していると、そんなことに気づきました。

 

 もしかして私が遅い?

 ……いや、そんなことは無い。今の私はいつものペースで走ってる……。

 

 歩幅、脚の回転、呼吸、全てにおいていつも通りです。

 何度も何度も走りこんできたから冷静になった今、間違えるはずは無い。

 その考えを元に、現在ビリである不安を押し込めました。

 

 最初は脳死で前に付いて行ってたから気づかなかったけど、あれはかなりハイペースだったんだ……。

 そこから一段階ペースを落とした今、やっと通常ペースだし……。

 

 つまり今は全体的にハイペース……そしてこれだけペースが速ければ前を走る者は後半必ずバテる。

 

 問題は私が後ろから差し切れるか……。

 

 私は基本的に先行脚質。今回のように後ろからまくる展開は初めてです。

 スパートのタイミングが早ければゴール前でバテてしまう……かといって遅ければ先頭に届かないかもしれない。

 

 いつスパートを掛ける……? いや、変に考えるのはよそう。

 

 レース前にトレーナーさんと話した通りに走るんだ。

 残り400mでスパートを掛けて、200mでジェット走法に切り替える。

 それが今の私に出来る一番速い走り、それで勝負しよう……。

 

 そう心に決めました。

 

 

 

 レースは進み、残り500m。

 

 ここまで来ると先頭集団は少しペースダウンしていました。やはり前半のハイペースが祟っているのでしょう。しかしそんな中でも先頭のウマ娘だけはペースを保っています。ゼッケンは六番。

 

 ジェミニ……

 

 あれだけのハイペースでここまで走ってきたのです。

 疲れていないわけではないでしょうが、その中でもペースを落とさず、フォームを崩さずに走れているのは素直にすごいと思いました。

 きっと、私に勝った後も血のにじむような練習を重ねたから出来る芸当です。

 

 けど私だって……!

 

 何もしていなかったわけではありません。

 ジェミニに負けて以来、最終直線で抜かされるシーンを夢に見ない日はありませんでした。

 その悔しさをバネに今日まで頑張ってきたのです。

 

 残り400m。私は脚に力を込め、一気にペースを上げました。一段階目のスパート。前との差がぐんぐん詰まっていきます。

 しかし、今の距離の詰まり具合だと、先頭のジェミニを抜かすまではいきそうにありません。

 

 それでも私は焦りませんでした。だって私にはまだ今日までの努力の結晶、先輩から教えてもらったジェット走法が残っていますから。

 

 

 

 

 

 

(sideジェミニシード)

「はぁっ……はぁっ……!」

 

 ちらりと後ろを見ても、苦しそうな顔をした奴らが目に入ってくるだけ。

 

 あいつはいねぇのか……。

 

 それもそのはず。ノールはスタートで出遅れるなんて間抜けた事をしてやがった。

 そんな野郎が見えないのは当然。今頃後ろの方で四苦八苦しているはず。

 

 ……だったら何なんだこの嫌なプレッシャーは……。

 

 先頭を走る事、それ自体にはプレッシャーが伴う。

 なにしろ競争相手の姿が見えないのだ、いつ後ろから抜かれるか分かったもんじゃない。

 だからプレッシャーを感じている事、それ自体はおかしい事じゃない。

 

 問題なのはプレッシャー源だ。

 俺の後ろを走る奴ら、あいつらはもう俺の敵じゃない。

 俺のペースに惑わされ、勝手にスタミナを消耗しやがった。

 もう俺に追いつく事は無い。だから後ろの奴らはこのプレッシャー源にはなりえない。

 

 嫌な感じがするのはもっと後ろだ。それも外側。

 

 もう一度後ろの様子を窺う。やはりあいつは見えない。

 正確には少し振り向いたぐらいではどこにいるかを掴めなかった。

 

 いや、もう振り向くのはよせ。悪戯に体勢を崩すだけだ。

 ゴールまで後少し……ここからは前だけを見て走る……!

 

 そう心に決める。だが俺の意識は後ろに向けられたまま。

 

 くそっ……! あの野郎が出遅れたせいでマークできずに、大逃げかましたが……こんな事になるなら後ろにつけば良かったか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ、はっ……」

 

 地面を凹ませる感触を足裏に感じながら疾駆します。

 スパートを掛けた時は大外を回らなければいけないかと思いましたが、前の群集がいい感じにバラけそうです。

 

 これなら隙間を縫って突破できる……!

 あの娘とあの娘、それとあの娘は垂れる……その後ろは駄目。

 あっちとあっちはもう少し粘りそう……。

 

 垂れるウマ娘ともうしばらく粘りそうなウマ娘を見分け、自分が前に出るためのルートを瞬時に予測します。

 

 ここ……っ!

 

 頭で描いたルート通りに群集を抜けると、残りは200m。ちょうど良いタイミング。

 

 スパさん……借ります!

 

 心の内でそう宣言しながら、一気に体を倒しました。

 今まで上体で受けていた空気抵抗が一気に減り、もう一段階の加速。

 最高速度の壁を超えるこの感覚が何度味わっても快感です。

 

 しかし今はレース中。すぐに正気に戻り、私の前を走る六番のゼッケンを捉えます。

 差は5バ身(約10m)ほど。射程圏内。

 

 ……この距離なら……差せるっ!

 

 殊更(ことさら)つま先に力を入れ、大地を蹴り、芝を爆発させました。

 

 

 

 

 

 

(sideジェミニシード)

「はぁっ…はぁっ…!」

 

 肺が痛い。心臓がうるさい。脚が重い。逃げはこれがきつい。

 最初の方に速いペースで走るせいで、疲れた状態で長い距離を走らないといけない。

 だが、この苦しみもあと少しだ。

 

 ゴールはもう目の前。このまま駆け抜けて俺の勝ちだ……!

 

 勝利を原動力にだるい体を何とか稼働させていると、後ろから一陣の風が。

 

 風? 後ろから? 走ってるのに?

 

 その疑問はすぐに解消される。視界の端に一番のゼッケンが映った。

 

 ノール……!?

 

 バカみたいな低姿勢でノールは私の横をすり抜けていく。

 

 なんだよあれ……っ!?

 

 後ろから抜かれ、反射的にペースを上げようとするが、もう私の脚は限界だった。

 動けと命令するのに、言う事を聞きやしない。

 

 併走の時はあんな走り……隠してた? それとも一か月で習得したのか?

 

 そんなどうでも良い考えが頭をよぎっていく。

 それはノールに負けた事実を脳が認識したくなかったがための現実逃避だったのかもしれない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴール……ッ!

 

 ゴール板を通過。徐々に体を起こしつつ、速度を落とします。

 速度を落とした途端、自分の肌を撫でる風の勢いが弱まりました。体感温度が一気に上がります。

 

 前を見ても誰もいません。それも当然です。

 だって私は先頭でゴールしたのですから。

 先頭、一着、一位、トップ。

 

「はーっ…はーっ…はーっ…!」

 

 燃えそうなぐらい熱い体、酸欠気味でぼーっとする頭、張り裂けそうな心臓。

 平常時なら疎ましいはずのそれらも、勝利を収めた今、全てが快感に感じられました。

 ドーパミンやらアドレナリンやら脳内ホルモンやら何やらがドバドバ出てるせいでしょうか。

 

 これだ、この感じ……。久しぶりの勝利の感覚……。

 

 きっと今ならどんな感覚もプラスに感じられます。

 首筋を伝う汗や、酷使してパンパンのふくらはぎと太もも、汗でべっとりと体に張り付いた服の感覚。

 それらを堪能しながら、流しで走り続けます。

 

 そういえばみんなは……?

 

 レース前にみんなと話していた場所に目をやると、そこに三人が座っているのを発見できました。

 そちらに向けて軽く手を振ると、スパさんが大きく手を振って返してくれました。トレーナーさんとナイトも手を振り返してくれます。

 

 良かった……ちゃんと練習の成果を出せて……。

 

 安堵しながら、もうしばしのウイニングランを楽しみました。

 




 へへ……キメてんだろ? 俺にもくれよ……(勝利)

 という事で無事、主人公が一着を飾りました。
 良かったね(小学生並みの感想)。

 まぁ模擬レースはともかく、本番は……ね? (あらすじを見ながら)
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