私がターフで転ぶまで   作:RKC

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十一話 勝者と敗者

「みなさん見てましたか! 私勝ちましたよ! わぷ……」

「でかしたぁ! 流石はウチの一番弟子やな!」

 

 レースが終わり、三人の元に戻ると、まずはスパさんから熱烈な歓迎を受けました。

 タオルで顔をもみくちゃに拭かれたのです。

 そのままタオルを受け取り、自分でも汗を拭きとります。

 

「ありがとうございます……スパさんのジェット走法があったから出遅れた分を何とか取り返せました」

 

「せやろせやろ……と言いたい所やが、ノールが勝てたのはジェット走法だけのおかげやないで」

 

「え、でも……」

 

「そいつの言う通りだぞ、ノール」

 

 そこにトレーナーさんが割り込んできます。

 

「出遅れたが、それに慌てず冷静に立て直したの良かったぞ。

 俺たちが出会った頃にあった悪癖もきちんと改善されていた。

 それに最後のほうで群を抜け出したあの動き、実にスムーズだった。

 併走トレーニングの成果が出たな」

 

「そ、そうですか……? 

 あ、でも出遅れてパニックになった状態から立ち直れたのはトレーナーさんのアドバイスのおかげです! ありがとうございました! 

 言われたとおりにペースを落としたら、レースの全容を把握できて次第に落ち着いたんです……もしかしてあの展開を予想してたんですか?」

 

「そういうわけじゃねぇが……とにかく、練習の成果が実った良いレースだった。

 今までの努力が報われたな」

 

 トレーナーさんはそう言いながら水筒を手渡してくれます。

 

「……ありがとうございます」

 

 私はそれを受け取り、口を付けて水を飲みます。

 カラカラに乾いた体に、冷たすぎず、ぬるすぎない水がしみ込んできました。

 味のしないただの水ですが、今の私にとってはごちそうです。

 

 ごくごくと水を飲み、火照った体を冷ましていると、さっきのトレーナーさんの言葉が頭の中でリフレインします。

 

(今までの努力が報われたな)

 

「……」

 

 そういえば今までは何となく勝ってたなぁ……。

 いや、努力してなかったわけじゃないんだけど……今回みたいに目的意識を持って、トレーナーさんやスパさんの力を借りて、努力を重ねて、その結果勝ったのは初めてだな……。

 

 勝利による高揚感とは別種の達成感を感じていました。それに指導してくれたトレーナーさんやスパさんも一緒に喜んでくれたことで、不思議な温かさが胸を満たしています。

 

「そう、ですね……」

 

「ん? 何がだ?」

 

「あ、いえ。大したことじゃないんです」

 

「? ……ま、とはいえこれは模擬レースだ。

 本番ってわけじゃない。今回の結果に満足せず、直せる所は直して、伸ばせるところは伸ばすんだぞ」

 

「はい! とりあえず模擬レースが終わったら、ゲート練習ですね!

 今日みたいに出遅れる事がないようにしっかり練習しないと……それに今日はひどく緊張もしたので、メンタル面の補強もしないといけませんね」

 

 トレーナーさんの居室か図書館にそういう本あったかな……?

 

 そんなことを考えていると、トレーナーさんに止められます。

 

「改善点を見つけられているのは良いことだが今日は休め。模擬レースでかなり疲れてるだろ?」

 

「確かに疲れてますが……2000m走っただけですよ? 練習じゃもっと走ってますし、休憩すれば問題ないのではないですか?」

 

「肉体的にはそうかもしれないが、精神的にはどうだ?

 模擬レースとはいえ真剣勝負、結構消耗してるはずだと思うが……」

 

「そ、そうなんですかね……」

 

 勝利後で興奮しているせいか疲れは全く感じません。

 しかし言われてみれば、レース前は緊張でガチガチ、出遅れた時はパニックになり、すぐに正気を取り戻しました。

 そしてゴール後は大はしゃぎ……これだけ感情が乱高下したのです。

 今の興奮が冷めた途端、ガクッと来てもおかしくはありません。

 

「そうですね……トレーナーさんの言う通り、今日はお休みします。この後は模擬レースの見学をしてますね」

 

「それを休みと言うのかどうかは怪しいが……まぁいい。俺はやる事があるからそれじゃあな」

 

「はい。お疲れ様でした」

 

「お疲れ様」

 

 そう言ったっきり、トレーナーさんはこの場を離れていきました。その背中を見送っていると、にんまりとした笑みを浮かべたスパさんが

 

「あのトレーナーな、ちっとカッコつけて「トレーニングの成果が出たな」とか言ってたけど、ノールがゴールした時はそれはもう、えらい喜びようやったで」

 

「本当ですか?」

 

「せやせや。椅子から立ち上がって両手でガッツポーズ決め取ったわ」

 

 口は乱暴だけど態度は落ち着いているトレーナーさんがそんな事をしてたんだ……。

 

 少し面食らってしまいましたが、すぐに嬉しい気持ちが湧いてきました。

 トレーナーさんが私の勝利を自分の事のように喜んでくれた事がとても嬉しかったのです。

 

 ふわふわとした気持ちでいると、

 

「……話に割り込むタイミングが無くて遅れたけど、今日のレース、一位おめでとう」

 

 ナイトからも祝福の言葉を貰いました。

 

「ありがとう、ナイト」

 

「すごかったね、ゴール前のスパート。スパさんと同じ走りを習得したって聞いてたけど、あれだけ速く走れるんだ」

 

「うん。とはいってもまだまだ未完成だから、練習すればもっと速く走れると思うよ」

 

「あそこから更に……もしかしてスパさんぐらい速くなれる?」

 

「どうだろう……?」

 

 ナイトの問いに答えられないでいると、スパさんが助け舟を出してくれます。

 

「それは脚質にもよるかな……でも練習すれば今より速くなれるのはそのとおりやで。どや? ナイトもウチから習ってみる気は無いか?」

 

「ありがたい申し出ですが遠慮しておきます。私には私の走りがありますから」

 

「ま、それもそうか。無理強いする気は無いからな」

 

 スパさんは肩をすくめます。そのまま次の話題に。

 

「そんでこの後はナイトが走るんやっけ?」

 

「はい。正確には三つ後のレースです」

 

「実践的なレースはこれが復帰後初やったな……勝つ自信はあるんか?」

 

「無ければここには来ていません」

 

「ノールと違って自信満々やな!

 そういう事ならナイトの勝利に期待しながら見学させてもらおか。な、ノール」

 

「ナイトも頑張ってね! ここで応援してるから!」

 

「ありがと……そろそろアップしたいからトレーナーの元に行ってくる」

 

「うん、一旦バイバイだね」

 

「気張れよー!」

 

 ナイトは私たちに背を向け、ナイトのトレーナーさんの元へ走って行ってしまいます。この場には私とスパさんだけが取り残されました。

 

「四人おったのに、一気に寂しくなってもうたなぁ」

 

「そうですね……ナイトはともかく、トレーナーさんの用事ってなんなんでしょうか?」

 

「ん? そりゃ、あいつもトレーナーやし、模擬レース運営で何か担当の係でもあるんやないの?」

 

「それもそうですね……あ」

 

 そんなことを話していると、急に尿意が襲ってきました。走って汗をかいたとはいえ、水を飲みすぎてしまったのでしょうか……。

 

「すみません……ちょっとトイレ行ってきます……」

 

 スパさんにそう断り、席を立ちました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コースの一番近くにあるトイレに急行し、中に入ります。

 すると入り口近くにある洗面台の前にはレースで一緒に走ったジェミニの姿がありました。

 洗面台に手をついてうつむいています。

 

「……? っ!」

 

気配に反応したのか顔を上げるジェミニ。

 鏡越しに私に気づき、勢いよく振り向きます。

 

「……なんだ? 俺のことを笑いに来たのか?」

「い、いや、普通にトイレしに来ただけだけど……」

「……そうかよ」

 

 そう言ったっきり、ジェミニは再び下を向いて動かなくなります。

 

 ……気まずい。別のトイレに行こうかな……

 

 そうは思ったものの、わざわざ遠くのトイレに移動するのも面倒だし時間もかかるので、素直にここのトイレで用を足すことにしました。

 

 

 

 

 

 

 用を済ませ、個室から出ました。手を洗うために洗面台へ向かうと、そこにはジェミニの姿が。

 

 まだいる……。

 

 3つある洗面台の中央にジェミニは陣取っているため、間を空けることもできません。

 かなりの居心地の悪さを感じることになりますが、しょうがなく洗面台を利用します。

 

 ジャー……

 

 センサー式の水栓に手をかざし、手を濡らします。

 

「……なぁ」

「な、何?」

 

 いきなりジェミニから話しかけられ、驚きながらも返事をします。

 

「どうしてそんなに速くなれた?」

「えっ?」

「お前は俺と同じく教官に指導してもらってた時は、あんなに速くなかっただろ。

 少なくとも俺よりは遅かった。けど今日のレースはお前の方が速かった……」

 

 そこでジェミニは私の方に顔を向けてきます。

 

「お前が速くなったのはトレーナーに指導してもらい始めてからだ。

 ……なぁ、お前はトレーナーに何を教えてもらったんだ? 何をすればあんなに速くなれるんだ?」

 

 ジェミニは虚勢を張るでもなく、負け惜しみを言うでもなく、私にそう聞いてきました。

 その顔は出来るだけ無表情を装っていますが、悔しさを噛み殺しているのが分かります。

 

「私がトレーナーさんに教えてもらった事……色々あるけど、一番は自分で練習メニューを考える事、かな」

 

 気づけばそう口にしていました。

 ジェミニには睨まれたり、突っかかってこられたりしたので、問いかけに答える義理は無いのですが、さっきの悔しさを押し殺した表情を見ると、不思議と口が緩んだのです。

 

 レースで負けた相手、それもレース前に挑発までした相手にアドバイスを貰う……それがどれだけ抵抗を伴う行為か。

 少し想像すれば私にも分かりました。

 

 それでもジェミニは私に助言を求めてきた……。

 

 きっとそれだけジェミニは速くなりたいのです。速くなるために出来る事はすべてやる……そんな熱を勝手に感じ取った私は、彼女の力になりたいと思いました。

 

「……自分で練習メニューを?」

 

「うん。自分が今出来ていない所はどこか、どこを改善すればもっと速くなれるか、見つかった改善点や新しい技術を身に着ける為に何をするべきなのか……そういう事を考えて、自分で練習メニューを立てるんだ。

 その過程でトレーナーさんに助けてもらう事はあったけど、基本は一人で」

 

 そう話しながら、目線を手に落としました。

 蛇口の横にある備え付けのハンドソープディスペンサーに手をかざします。

 

「それで、その練習メニューをこなすの。そうしたら私は速くなれた」

 

「……それだけか?」

 

「細かい事を言えば他にもあると思うけど……私はそれが一番大切だと思う。

 ある程度の所まではがむしゃらに練習するだけでも速くなれる。

 でも、そこからはフィードバックが無いと難しいんだ。

 今の自分の走りを見返して、それを出来てないところを改善する……それが終わったらまた課題を見つけて、それを改善して……って。そういう風に振り返りを挟まないと、躓いたまま前に進めなくなっちゃうんだと思う」

 

 出てきたハンドソープを手で揉み、泡立てました。

 

「……トレーナーってのは特別な何かを知ってるわけじゃないんだな。

 担当してもらった奴はどいつもこいつも速くなってたから、裏ワザみたいなのがあると思ってた」

 

「人によっては秘伝の技みたいなのを知ってるかもしれないけど……。トレーナーがいると、第三者、それも専門家の目線で自分の走りを見てくれるから、フィードバックが上手くいく。

 だから担当してもらった娘は伸びるんじゃないかな?」

 

「なるほど……」

 

「具体的にはトレーナーさんに自分の走りを録画してもらって、それを見返して、どこを直せば良いのか、どんな練習をしてそれを直すのかを考える……っていうのをずっとやってたんだ。

 録画は客観的な視点だから改善点を発見しやすいんだよね」

 

 手首まで洗い終え、再びセンサー式水栓に手をかざします。

 

「もちろんトレーナーさんから指導してもらった部分もあったよ。

 筋トレの内容はトレーナーさんが考えてくれたし、新しいフォームの習得もトレーナーさんの提案してくれた。

 でも、自分でのフィードバックが大部分。

 だからそこを意識すればジェミニも飛躍的に成長できるんじゃないかな……。

 行き詰(づま)った時は教官に質問すれば良いし。忙しい教官でもそれぐらいなら付き合ってくれると思う」

 

 手についた泡を水で流し、ペーパーホルダーから紙を引き出して、手を拭きます。

 

「こ、これで答えになったかな? うまく説明できなかったかもしれないけど……」

「いや、十分だ……」

 

 ジェミニは私の回答を聞き、ようやくトイレから出ていこうとします。

 

「……」

 

 しかし途中で足を止め、

 

「……わざわざ教えてくれてありがとな……それと次のレースでは負けねぇ。俺が勝つ。覚えとけ、ノール」

 

 その言葉と首を掻き切る仕草を残して、ジェミニはトイレから出ていきました。

 

「……次も私だよ、ジェミニ」

 

 ジェミニの捨て台詞に対して、いらない負けん気を発揮してしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(sideジェミニシード)

「……ここか」

 

 ノールとトイレで別れた後、俺はレース場のそばにある会議室のような所に足を運んだ。扉を開いて中に入ると、

 

「ん? ああ、来てくれたのか」

 

 ノールのトレーナーが出迎えてくれた。

 

「ここにくればアドバイスが貰えるって話を教官がレース前に伝えてくれ……ましたから」

 

 そう言いながらトレーナーの対面の椅子に座る。

 

「確か名前は……ジェミニ、で良かったよな?

 ……敬語は使わなくても良いぞ。

 俺は育ちが悪いもんで、タメ口の方がやりやすい」

「んじゃ、遠慮なく」

 

 俺もあまり敬語が得意ではないので、タメ口で話して良いのは助かる。トレーナーはそのまま話を続けようとする。

 

「それじゃあ本題に入るが……」

「その前に一つ良いか?」

 

 しかし、気になる事があったので一旦話を遮った。

 

「ん、なんだ?」

「お前はノールのトレーナーだろ? こんな所で浮気してて良いのかよ?」

 

 ノールのトレーナーならノールに対してアドバイスするべきじゃないのか?

 わざわざこうして他のウマ娘に助言する必要はない。やるならトレーナーじゃなくて教官の仕事だろう。

 

「その事か……俺はノールのトレーナーであいつを指導するのも目的だが、他にも目的があるんだよ」

 

「他の目的?」

 

「ああ、つっても詳しい内容を説明するのはこっ恥ずかしいから割愛するが……とにかく俺は担当のいないウマ娘の手伝いをしたくてな。これもその一環さ」

 

「だったら教官になればよかったんじゃねぇのか?」

 

「それは……色々あったんだよ。流れでノールのトレーナーになっちまった」

 

「ふーん……」

 

 その経緯の内容が気になったが、追及すると話が脱線しすぎるので相槌を打って終わりにした。

 

「話が逸れたな、本題に戻ろう。さっきのレースを他の教官に録画してもらった映像がある。

 今からそれを見て、お前の走りの短所や長所を見つけて、それをどう改善するかを話し合う……っていう流れで進めていくぞ」

「分かった」

 

 トレーナーが説明した内容はノールから聞いてた通りだった。

 

 ……それで速くなれるならいくらでもやってやるさ。

 




 ジェミニシード。
 最初は模擬レースでの噛ませ役として投げやりなキャラ設定にしてたんですけど、この後の話の展開的に登場回数が増えそうで、結構主要な登場人物になりました。

 というかキャラの数が少なすぎて主要じゃないキャラがいないだけなんですけどね……。
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