私がターフで転ぶまで   作:RKC

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十七話 必要な隔たり

「はぁ~~~……」

 

 雨のターフを意気揚々と走り回っていたのはさっきまでの事。練習を終えた私は自分の部屋の前で大きなため息をついています。

 

 ナイト、もう帰ってきてるよなぁ……どんな顔して部屋に入っていけば良いんだろ……

 

 今日の練習前、感情に任せてナイトに詰め寄った件を引きずったまま扉の前をうろうろと歩き回ります。

 

 扉を開けて即、頭を下げようか……それともどれぐらいご立腹か様子を見た方が良いのか……

 

 下手な考えを巡らせながら扉の前を20往復する頃、

 

「……何やってんだ、お前?」

 

 廊下でジェミニと鉢合わせました。

 彼女は私の奇行を目の当たりにし、目を丸くしています。

 

「いや、ちょっと、ナイトに宣戦布告しちゃって部屋に入るのが気まずくて……」

「…………俺がそそのかしたとはいえ、マジで啖呵切ったのか?」

「うん」

「それは……まぁ、何か、悪かったな……」

 

 ジェミニには珍しく、目線を逸らしてバツが悪そうにしています。

 

「いや、結局は私のせいだからさ。別にジェミニそそのかされたせいとかじゃ無いよ」

「……ま、なんにせよずっと廊下でうろちょろするわけにも行かないだろ。早いとこなんとかしねぇと」

「それはそうなんだけど……」

 

 やっぱり気が進まない。そう言おうとした時、

 

 コンコン

 

 ジェミニが私の部屋をノックしました。

 

「ちょ! 何して……っ!?」

「ほら、すぐ出てくるぞ」

ガチャ

「……ノール?」

 

 ジェミニに何かを言う暇もなく部屋の扉が開きました。

 すると中からナイトが顔を出します。

 

「あー……えっと、その……きょ、今日はごめん!

 いきなり滅茶苦茶な事言いながら掴みかかっちゃって……何かもうホントにごめん!」

 

 どもりながらですが、ナイトに謝ります。

 

「大丈夫、私は気にしてないから。それより私の方こそごめん。

 私の勝手な都合でノールを避けて、怒らせちゃって……。でももう顔はそむけない。次のレース、私が勝つから」

 

 ナイトは私の目を射抜かんばかりに強く見つめながらそう宣言しました。

 放課後の時とは大違いです。GIを取ったこともあるウマ娘の眼光に気圧された私は、自然と背筋が伸び、気が張り詰めました。

 

「……」「……」

 

 十数秒ほどの膠着状態。

 

 バサッ!

 

 それを打ち破ったのは部屋の奥から聞こえてきた大きな音でした。

 

「あ……教科書が落ちたのかな……。机の端の方に伏せておいたから……」

 

「そ、そうなんだ。今日の復習?」

 

「うん。理解が曖昧な所があったから」

 

「もしかして数学の公式の所?」

 

「そう。丸暗記のままだと問題に応用できなくて困ってたんだ……」

 

「あ~確かに。例題1,2はともかく例題3はちょっと捻くれてたっけ……」

 

 落下した教科書を切っ掛けに話を広げます。しかし何とも言えない違和感が。

 いつも通りたわいない会話をしているだけなのに、気が抜けていくというか、変な脱力感がするのです。

 緊張の糸が緩んでいくとでも言えば良いのでしょうか。

 

「……」「……」

 

 ナイトの方も同じように感じているのか、お互いに困惑したような顔を浮かべて黙ってしまいました。

 

「えっと……」

「ちょっと待った」

 

 それでも会話を続けようと口を開きかけたその時、今まで後ろで待機していたジェミニが急に声を掛けてきます。そして私の肩に手を掛け、

 

「こいつ、しばらく借りてくから」

 

 そう言いました。

 

「え?」

「それは……どういう意味?」

 

 私もナイトもジェミニの突飛な発言に戸惑います。

 

「文字通りの意味だ。ノールを借りて、しばらく俺の部屋に泊める。そんじゃな」

「え、え、え!?」

「あ……い、行ってらっしゃい……?」

 

 そして話の流れも理解できないまま、私はジェミニに引きずられていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……質問よろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「どうして私はあなたの部屋に泊まる事になったのでしょうか?」

 

 ジェミニに連れられるまま彼女の部屋に連行された私は、つい敬語になりながらそう聞きます。

 

「あのままあいつと普段通りに接するのが良くないから」

「良くないって?」

「二人で世間話してる時、どっちからも闘志が抜けていく感じがした。お前も気づいてるだろ?」

 

 はたから見ても分かるほどだったのでしょうか。あの時感じていたことをズバリと言われてしまいました。

 

「……うん。何となくだけど変な感じはした。自分の中で何かが小さくなっていくような感じ。

 でもどうしてなのかな? いつも通り話してただけなのに……」

 

「いつも通り話してんのが問題なんだよ。バチバチ火花散らせてライバル視してたのに、毒にも薬にもならない世間話なんかしたら、その気持ちも薄まるってもんだ」

 

「う~ん……」

 

 言われてみればそうかもしれません。

 

「二人とも普段は仲良し面してレース当日だけ真剣勝負……ってほど器用じゃねぇんだろ。

 だから今は少し離れた方が良い。万全の状態でレースに臨みたいならな」

 

 そういえば顔なじみと一緒のレースに出場する時も、レース前はどちらから口に出すでもなく自然と距離を置いていました。

 しかし今回の場合は相手が同室にいるので、こうして宿泊する部屋を変えるでもしなければ距離をおけない状態と言うわけです。

 

「……うん、そうだね。でも良かったの?

 私がジェミニの部屋に泊まるって事になっちゃったけど……」

「別に。前にも言ったけど俺は二人部屋を一人で使ってるしな。本来あるべき姿に戻るだけだ。

 お前はそっちのベッドを使え」

 

 ジェミニは私が座っているベッドを指します。

 

「一人で暮らしてた分、少し散らかってるのは勘弁してくれな」

 

 そうは言いますが……、

 

「そんなに散らかってるとは思わないけど……」

 

 本心です。共用の棚がごちゃついているだけで、床に物を置いているとかではないですから。

 

「そうか。なら良い。他に気になる事があったら言えよ。気を付けるからな」

「う、うん」

 

 ジェミニはそう言った後、ベッドの上に寝転がりました。

 

「……ねぇ、ジェミニ」

 

「なんだ?」

 

「ありがとね」

 

「……なんだよ急に」

 

「色々気を使ってくれたから」

 

「……どういたしまして」

 

 ……あれっ?

 

 私がお礼を言うと、ジェミニはそっけなく返事します。

 お昼に私がお礼を言ったときはもう少し照れた反応を見せたのですが。

 

 別にそういう反応を期待してお礼を言ったわけじゃないんだけどね……。

 

 とはいえ多少の違和感を覚える私。そこに今度はジェミニから話を切り出してきます。

 

「……なぁ」

 

「何?」

 

「俺の想像だが、普通同室相手とは何か話をするもんだろ?」

 

「まぁそうだね」

 

「どういう話をしてるんだ?」

 

「どういう、って……それこそさっきナイトと玄関で話してたみたいな事を、かな」

 

「ふーん…………」

 

 そう言うとジェミニは目線を私からずらして口を閉じます。

 そんな彼女が気になって観察すると、耳はせわしなく動き、尻尾も時たま跳ねていました。

 

 いつも自分のペースを崩さない彼女がそわそわしているのは珍しく、何事だろうと思っていると、彼女は再度話しかけてきます。

 

「……なぁ」

 

「今度は何?」

 

「今日の練習、何したんだ?」

 

「今日は……雨が降ってたから重バ場の練習をしてた。

 今まで雨の日に走ったことはあんまりなかったけど、いざ走ってみると難しかったかな。

 土が柔らかくなってるから足が取られて走りにくいし、芝が濡れてるから滑りそうになるし……」

 

「重バ場の練習か……珍しいな。コースの整備が進んだ今だと、そうそうバ場が悪くなることは無いだろ?」

 

「ヤマを張ったの。今の私……いや、一か月後の私じゃ場が荒れないとナイトには勝てそうもないから」

 

「……二着を狙ったりはしないのか? 下手にヤマを張るより、普通の練習を重ねて着順を少しでも上げる手はあるだろ」

 

「二着か……考えた事も無かったな」

 

 確かに一着とはいかなくとも、重賞のレースで3着以内に入ればすごい実績です。

 

 けど……

 

「……やっぱり一番じゃないとダメかな。二着を取った場面を想像したけど全然嬉しくなかった。だからナイトに勝つためにも賭けに出ないと」

 

「お前はレースで結果を残したいというよりは勝ちたがりなんだな」

 

「そんなこと無いと思うけど……いや、そうなのかな……?」

 

 ジェミニの言葉につい否定から入ってしまいましたが、冷静に考えるとその通りかもしれません。

 皆が皆、一着だけを狙っているのであれば二着、三着に価値などありません。

 しかし実際には二着も三着も実績として残るくらいなので、私のように一番以外ダメだと考える人の方が少数派なのかも……。

 

「ジェミニはどうなの? 結果を残したい派? それとも一番になりたい派?」

 

「俺か? 俺は……敵と決めた奴に勝てれば良い派」

 

「何それ?」

 

「レースに出る誰かを勝手にライバル視して、そいつより着順が上だったら満足するかな。

 極論そいつが最下位だったら、俺は下から二番目でも良い」

 

「それはまた……ジェミニらしいね」

 

「誉められてんだか、けなされてんだか……」

 

 敵愾心の強いジェミニにはぴったりだと思います。

 しかし彼女に一方的にライバル視された娘は少しかわいそうです。レース前に睨まれたりしてるのでしょうか……?

 

 それからもジェミニととりとめもない事を話して過ごしたり、私物を部屋に取りにいってナイトと鉢合わせ、微妙に気まずい雰囲気を感じたりしていると、寝る時間が近づいてきました。

 

 使って良いと言われたベッドに潜り込みます。

 

「もう寝るのか?」

 

「うん。朝練があるから早く起きないと。ジェミニはもっと遅いの?」

 

「俺は結構夜型だ……とはいえこれを機に早寝早起きしてみるのも良いかもな。遅刻しなくて済む」

 

「一人だと寝過ごしても相方が起こしてくれなくて大変そうだね」

 

「俺の相方はうるさいだけで体をゆすってはくれねぇからな」

 

 ジェミニは目覚まし時計をセットし、ベッドに横になります。

 

「電気消すぞ」

「あ、その前に」

「何だ?」

 

「明日、私と一緒にトレーナーさんから足のマッサージの仕方を習わない?

 練習後にお互いマッサージし合えば、翌日に疲労を残さなくて効率も上がると思うんだけど……」

 

 ジェミニの部屋に泊まる事になったのも何かの縁。この際マッサージの件もジェミニに頼ってしまいましょう。

 

「そういう事なら分かった。俺も習うとするか」

「本当? 良かった。これで明日から練習始められるや」

「じゃあ消すぞ?」

「うん」

 

 今度こそジェミニは灯りを消し、部屋が真っ暗になりました。そのまま目を閉じて眠ろうとします。

 

「……もう寝たか?」

 

 しかし3分ほど経つと、ジェミニが声を掛けてきました。

 

「まだだけど」

「そうか……」

 

 なぜそんなことを聞いてくるのだろうと思い、ジェミニの方に目を向けます。

 すると暗所に慣れた目は、彼女の耳がせわしなく動いているのを捉えました。

 

「…………もしかして、こういうお泊り会みたいな状況に興奮してる?」

 

 ジェミニはトレセン学園に入学した時から一人暮らしをしていたそうなので、誰かと同じ部屋で夜を過ごすのに憧れていたとか……?

 

「そ、そんなわけねぇだろ! ガキじゃあるまいし!」

 

 慌てた声音で反論するジェミニ。何気ない疑問でしたが、どうやら図星だったようです。

 

 私がお礼を言っても照れなかったのは純粋な善意だけじゃなくて、そういう期待もあったからなんだろうなぁ……。

 

「別に恥ずかしい事でもないと思うけど。私も初めて相部屋になった時は夜寝付けなかったからさ」

 

「か、勝手にお前と一緒にすんな! 俺は否定してんだろ!」

 

「ごめん。じゃあそういう事にしとくね」

 

「そういう事にしとくってなんだ!? ぜんぜん悪いと思ってねぇだろ!」

 

「おやすみ」

 

「おい! おい!! 話を聞けぇ!!」

 

 その日は隣のベッドがやかましくて眠るのに少し時間がかかりました。

 




初めの方はトレーナー居室に主人公を寝泊まりさせる予定でしたが、流石に寮に帰らないのは不自然すぎると言う事で、ジェミニに気に入った相手にはおせっかい属性と一人部屋属性を追加した限りです。


それと来週の土曜日にクライマックスを持ってきたい関係で、今週は(木)(金)は投稿お休み。休日、祝日も一話投稿とさせていただきます。
シリアスな場面は心に余裕のある休日に投稿した方が良いかな、と思ったので……。
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