確認してると、何でこんなに見逃してるんだろ……ってぐらい誤字してました。
見当→検討とかはまだ分かるけど、ひらがなで良い部分を漢字にしてたのはマジでヤバい…… さ→指
ハーメルン校閲部の方には助けられてばかりです。
なんやかんやでジェミニの部屋に泊めてもらう事になった日の翌日。
マッサージの件も解決しましたし、トレーナーさんが言っていた底力を鍛えるトレーニングが開始できます。
いったいどんな練習を……?
期待半分、怖さ半分くらいでその日の練習に臨みました。
とはいえそのトレーニングは最後に行うとの事なので、それまでは淡々と練習メニューをこなしていきます。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「良し。坂路ダッシュ10本、よく頑張ったな」
「いえ……これぐらいは……やって当然ですから……次のレースが行われる……中山競技場は勾配のきつい坂がありますし……それに坂が最終直線あるから……坂でのジェット走法も練習しないといけませんし……」
「それもおいおいだな。5分休憩だ。今は休め」
「はい……」
コースの横に座り込み、荒れた息を整えます。
「さて……次はいよいよ底力を鍛える練習だ。休憩中に説明するぞ」
ついに来ました。
「具体的に何をするんですか?」
「あれを使う」
そう言ってトレーナーさんが指差したのは巨大タイヤ。どんな車に使われているのか疑問に思う程、巨大なタイヤです。
タイヤからはワイヤーが伸びており、先端には体に取り付けるためのハーネスが。
トレセン学園ではウマ娘がこのタイヤを引き、パワーを鍛えるトレーニングが良く行われています。
しかしそれを底力の練習に転用するとなるとどういった使い方をするのか……
「ダートの上でこれを400m引いてもらう。目標タイムは……とりあえず8分にするか」
「……それだけですか?」
「ひとまずはな。とにかく最低でも目標タイムを切るぐらいの速度でタイヤを引いてくれ。時間はこいつで確認しろ」
トレーナーさんは私にストップウォッチを渡してきます。
「……はい、分かりました」
制限時間があるものの、いたって普通の練習内容に疑問を持ちましたが、とりあえずは言われたようにやってみようと思いました。
休憩を終え、巨大タイヤに繋がれているハーネスを体に取り付けます。
「良し、それじゃあスタートだ」
「はいっ!」
トレーナーさんの音頭でスタートを切ります。
「ぐ……」
かなり重い……っ
重い巨大タイヤに加えて、砂に足を取られるせいで全然前に進みません。
400mを8分と言われると、かなり余裕がありそうに思えましたが、このペースだとまったく間に合いそうにありません。
「ぐ……っ!」
必死に地面を踏みしめながらペースアップします。
そのまま200m地点まで進み、残りは半分です。そこで時間を確認すると、残り時間は4分弱でした。
げ……もっとペース上げないとダメなのか……
「こなくそ……っ!」
今までの練習と200m分の疲労が溜まった足を無理やり動かし、更にペースを上げます。
「はっ、はっ……はっ、はっ……!」
ペースを上げればそれだけスタミナも消耗するわけで、後ろのタイヤがどんどん重くなっていく感覚を覚えます。
誰かが追加でタイヤを括り付けているのではないかと、つい後ろを振り向いてしまう程でした。
「ラスト……っ!」
「ゴールだ。よく頑張ったな」
「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ」
それでも何とか400mを歩き切り、その場にへたり込みました。動きを止めると疲労が一気に襲いかかってきます。
これは確かにキツイ……
全身が倦怠感に包まれ、下半身にも上半身にも力が入りません。持てる力を全部使い切ったようなそんな感じです。
でもこれを続けてたら確かに底力はつきそう……それにパワーも。
そんな事を考えながら達成感に浸っていると、トレーナーさんが声を掛けてきます。
「7分51秒。目標タイム内だ」
「それは……はぁ、良かったです……はぁ」
「返事はしなくて良いぞ。とにかく今は息を整えろ、5分後にもう一本だからな」
「はい…………えっ?」
もう一本?
「えっと、その……もう一本ですか?」
「ああ。さっきは時間制限付きでタイヤ引きをしてもらった。
そのおかげで今は出来るだけの力を振り絞った……そう自分では思ってるだろ?」
「は、はい」
「底力を鍛える練習はここからがスタートだ。
疲れ果てた状態でもう一度タイヤ引きをして本当の限界ギリギリまでスタミナを使い切る。
そうして無意識にセーブしてしまう限界と、本当の限界を近づけるわけだな」
「そ、そうなんですね……」
ここからもう一本かぁ……マジ?
つい心の中で口が悪くなってしまいました。
正直、これで練習は終わりだと思っていたので、そのギャップも相まって疲労が倍化した気がします。
それでも重たい足を持ち上げ、さっき来た道を引き返す準備をしました。
「次の目標タイムは疲労も考慮して10分にするか。目標タイムを切れなかったらもう一本追加だからな」
「……え“っ”!? さ、更に追加ですか……?」
「こういう設定にすると嫌でも全力を出さないといけなくなるだろ?」
「それはそうですけど……」
一本だけでも相当キツイのに遅れたらもう一本……
これは否が応でも10分を切らないといけません。
「それとストップウォッチは没収だ」
「あ、はい」
こちらに伸びてきたトレーナーさんの手にストップウォッチを返します。
「でもどうしてですか?」
「時間を確認して10分が切れないと思うとその時点で手を抜く可能性があるからだ。
ま、お前はそんなことしねぇだろうが……本人にそのつもりが無くても無意識に集中力が切れてしまうこともある。
初回はどれくらいのペースで走れるか知りたかったから、適当に目標を決めて時計を持たせたがな」
「なるほど……」
つまり自分の時間感覚だけを頼りに10分を切るようペース配分をする必要があるという事です。
……あれ?
でも目安が無い状態でペース配分は出来ません。
いつも走っている距離ならともかく、今日が初めての400mタイヤ引きなら尚更です。
……って事はペースなんか考えず、全力でタイヤ引くしかないって事? 練習が追加されるのに怯えながら……。
想像しただけでも少し血の気が引きました。
「しゃ、しゃかりきに頑張ります……」
「おう。体のエネルギーを全部絞り出してこい」
そして捨て鉢の二本目が始まりました。
「ぐぅおおおぉぉぉ……っ!」
年頃の女の子が出してはいけない唸り声を上げながら、懸命に巨大タイヤを引きます。
全っ然前に進まない……っ!
気持ちとは裏腹に体は思うように動いてくれません。
一本目の疲労が残っているので、タイヤの重さが倍ほどにも感じられます。
それでも頑張って前に進もうと足を踏み込んでいるのに、足元の砂がずぶずぶと靴を絡めとり、まったく推進力が得られないのです。
前に進む手ごたえが少ないのは一本目もそうだったのですが、二本目は特にえげつなく感じられます。
ぬかに釘、のれんに腕押し、豆腐にかすがい……
さらに言うとふくらはぎの筋肉がやばいです。
ダートではつま先で砂を力強く蹴るのが有効的なのですが、つま先を使いすぎてそこに繋がっているふくらはぎの筋肉が悲鳴を上げています。
ジェット走法で使うため、つま先とふくらはぎは鍛えていたはずなのですが、予想以上の負荷に限界を迎えそうになっています。
「ぐるぅぅぅぁぁぁ……っ!」
それでも何とか足を進め、残り200m地点に到達しました。しかし……
い、今何分経ってる……?
タイヤを引くことに夢中で、時間についてはほとんど頭にありませんでした。
そんな状態でふと思い出しても、残り時間が推測できるわけもなく……結局は残りも全力で行うしかありません。
10分切れなかったら……も、もう一本……
「ぐぅぅぅぅ……っ!!」
歯を食いしばり、必死にタイヤを引き続けました。
「はぁっ……! はぁっ……! はぁっ……!」
「10分16秒。もう一本だな」
ダートの上に倒れこみ、全身を砂だらけにしている私に絶望の宣告が降ってきました。
「…………はい……」
非常に重たい気持ちで返事を返します。
練習がこれほどキツイと思った事は今までありませんでした。トレーナーさんと会う前にオーバーワークをしていた時もありましたが、あれとは質が全く違います。
何ていえば良いのか……効率的に限界まで追い込まれてる感じが……。
スパルタはスパルタでも根性的なスパルタではなく理論的なスパルタ。
人はどうしたらキツイと感じるのか、それを突き詰めて私に実施しているのではと思う程です。
「休憩は10分取る。流石に次のノルマは無しだ。400mタイヤを引くだけで良い」
「分かりました……」
あと一本……
そう思うだけで、鉛……いえ、白銀のように重い体が更に重たく感じられます。
動きたくない……
そのまま砂の中にでも埋まってじっとしていたかったのですが、10分の休憩の後、何とか立ち上がり、ゾンビのようにタイヤを引き始めました。
「う“ぉ”ぁ“ぁ…………」
「お疲れ様」
「………………」
「返事をする気力もないか」
瀕死の私の代わりにトレーナーさんがハーネスを外してくれます。
「死んだままでいいから聞いてくれ。練習はこれで終わりだ。ストレッチをサボらず、しっかり体を休めろ。
激しいトレーニングの後で体は相当疲弊しているはずだ。今日の夕飯はよく噛んでから飲み込め。下手すると戻すぞ。
それと今日の朝教えたマッサージも忘れるなよ。してもらうだけでなく、するのもな」
「…………ハイ……」
じゃり
蚊の鳴くような声で何とか返事をすると、口の中に砂が入ってきました。
うつぶせのまま喋るものではありませんね。
「一人で立てるか?」
「……ナントカ」
じゃり
口の中で砂を鳴らしながら、電池の切れた体を無理やり動かして立ち上がりました。
「砂だらけだな……」
トレーナーさんはタオルで私の身体についた砂を払ってくれます。タオルがばさばさと当たるだけでも私の身体は倒れそうに。
「本当に大丈夫か?」
「一人でも寮に帰れるぐらいは、何とか……」
じゃり、じゃり
「……ま、とにかく口をゆすいで寮に帰ったらしっかり休んでくれ。タイヤは俺が片づけておく」
「はい……」
トレーナーさんと別れた私は、
「……って感じの練習があった」
「そんなにキツかったのか?」
「それはもう」
「具体的には?」
「今日の夕飯で吐くぐらいには」
「……マジか?」
「マジ」
やっとの思いで寮に帰り、一通りの身支度を済ませた私は、部屋でジェミニに足をマッサージしてもらいながらそんな会話を交わしていました。
「胃が私に反逆してた……いつものペースで食べ進めてたら次の瞬間にはトイレで吐いてた……」
疲れ果てていた私は、ついトレーナーさんの言いつけを忘れてしまい、普通に食事を食べ進めてしまいました。
その結果はリバース。人生で初めての嘔吐。料理を作ってくれた人と農家さんには悪いことをしてしまいました。
「あんな練習が続くと私、ウマ娘じゃなくてゲロ娘になっちゃう……」
「何言ってんだお前は」
戻したとはいえ、夕食を抜くわけにもいきません。結局は無理やり食べ物を詰め込みました。
拒否反応を起こす私の胃でしたが、三桁も咀嚼すれば何とか食べ物を受け入れていただきました。
「ほら、終わったぞ」
「ありがと……」
筋肉が完全にくたびれていた私でしたが、マッサージを受けると多少は回復しました。
今度は私がジェミニにする番です。
しかしうつぶせの状態から起き上がろうとすると、だるい感じがします。練習からかなり時間が経っているのに、未だに疲労感が抜けません。
いえ、疲労感と言うよりはエネルギータンクが空っぽで何をするにもしんどい感じ、と言えばよいのでしょうか……。
でもこれがトレーナーさんの言ってた底力を鍛えている、って事だよね。
自分のスタミナを全て使い切るこの感覚、これを覚えていけば走りでも限界ギリギリまで自分を追い込めるはずです。
未来に思いを馳せると、少しだけ軽くなった体を動かしてジェミニにマッサージを施します。
「戻したとは言ったが……お前はレース前で減量しないといけねぇし、ちょうどいいんじゃねぇか?」
「嫌だよそんな減量……それに私は減量苦手じゃないし」
「そういえばお前、あんまり食わねぇもんな。
甘いもん食ってるところもみたことねぇし……」
ウマ娘は大食いなのと甘味が好きなせいで減量するのが苦手な娘が多いです。
しかし私はウマ娘にしては珍しく小食で甘味も好きではないので、減量には困っていません。
逆に筋肉を付けようと励んでいた時期は、結構無理して食べる量を増やしていました。
「あんまり食べない奴は他にも知ってるから分かるが……甘いもん食わねぇウマ娘はお前が初めてだ。何か理由とかあるのか?」
「ん~……実家がニンジン農家だからかな?
物心ついた時ぐらいに親が脱サラして始めたんだけど、そのせいで朝も昼も夜もニンジンばっかり食卓に並んでたんだ。
そのせいでニンジンはちょっとうんざり……。んで、家が育ててるニンジンは糖度が高いやつだから甘い物もちょっと……。
味覚が出来上がる前だったら逆に大好きになってたんだろうけど」
ニンジンは根菜の中では糖が多分に含まれています。
そのため糖分が好きなウマ娘はニンジンを好んで食べるのですが、私は幼少期に嫌と言う程ニンジンを食べた関係で、ニンジンも甘い物も敬遠しがちになってしまいました。
「農家の子は育ててる作物の事あんまり好きじゃないって噂は聞いたことがあるが、お前がそうだとは……」
「皆が皆、そういうわけじゃないと思うけど……」
「甘味が苦手なら間食はどうしてるんだ?」
「さきイカとかスルメかな」
「……感性がおっさんだぞ」
「そんなこと言っても甘いのダメなんだからそっち系にいくしかないじゃん」
おやつについてはお父さんから影響を受けているところが大きいと思います。お酒のおつまみをよく拝借していたので。
「ジェミニも食べてみなよ。ケーキとかより絶対美味しいから」
「そう感じるウマ娘はお前だけだよ……」
そんなことを話しながらお互いへのマッサージを終え、二人ともベッドに寝転がります。
ハードトレーニングで疲れていた私は、横になるなりすぐに眠る事が出来ました。