「それじゃあさっそく始めるか」
「はい!」
トレセン学園での授業が終わり、今は放課後。私は、昨日出会ったトレーナーさんと一緒にトレーナー居室にいます。
昨日の今日で指導してもらえるとの事ですが、いったいどんな指導をしてくれるのでしょうか?
「とりあえず、ノールが2000m走った様子を録画させてもらった。今からそれを見て今のノールに何が足りないのかを分析するぞ」
昨日アドバイスを貰った通り、まずは私の欠点をはっきりさせるところから行うようです。
「分析する訳だが……その前に敬語は止めてくれねぇか? なんか堅っ苦しくて面倒なんだよ。それに俺だけ砕けた話し方ってのもなんか気持ち悪いしな」
「で、ですけど、その、年長の人にタメ口というのは……」
「年長っつっても俺なんかそんな褒められたもんじゃねえよ。だから適当に呼び捨てにしてくれ」
「え、えーと……」
「駄目か?」
「は、はい……すみません」
やはり自分より歳が上の人にタメ口を使うのは気が引けました。
「ま、そう言うなら強制はしねぇさ。けど俺の言葉使いは勘弁してくれよ。育ちが悪いもんでな」
「あ、それは大丈夫です」
「そうか、なら本題に戻すぞ。今からノールが走っている映像を見て改善点を探すわけだが……まずはノール自身に考えてもらう」
「わ、私が、ですか?」
思ってもいない発言に少し驚いてしまいました。
「あぁ。映像を見て俺がとやかく言うのは簡単だ。しかしそれじゃあ意味が無い」
「で、でもトレーナーさんにアドバイスしてもらって、そこを改善してもらう事に意味が無いなんて……」
「確かにそうすればある程度の改善は見込めるかもな。けど、いくら俺がトレーナーで専門的な知識があるといえど、実際に走るのはノールだ。
お前にしか分からない走りのニュアンスまで俺がアドバイスすることは出来ない。それに人間とウマ娘。認識の違いもあるだろ? だからノールにも考えてもらう必要があるのさ」
「なるほど……」
いかにもな話に納得です。
「それに俺がアドバイスするだけでなく、ノールが自分自身にアドバイスできれば効率も倍加する。まぁ、とりあえずやってみろ」
「はい。……け、けど大丈夫ですかね? 私に自分の改善点を見つけられるかどうか……。それに見つけても的外れな可能性も……」
昨日は自分の改善点を見つけよう、と意気込んでいたのですが、実際にいざやってみる段階になると、どうにも不安が募ってきます。
「大丈夫だって。一人きりなら自分の仮説が間違っていることに気づけないかもしれねぇが、今は俺がいる。明らかに間違っている時は口出しするから心配しなくて良い」
「そ、そうですね。分かりました、やってみます」
そこまでフォローしてもらえるなら、不安に思う必要はありません。私の了承を得て、トレーナーさんはビデオカメラをモニターに繋ぎ、大画面で私の走る姿を映し出しました。
ちょっと、恥ずかしいな……///
自分の姿がモニターに映っているというのは、どことなく落ち着かない気持ちになります。
悶々としながら画面の中の自分を観察していると、すぐに気づくことがありました。
「なにか気づいたか?」
「……コーナーで体勢が崩れてます。ここで無駄な体力を消耗してたんだ……」
「その通り。体幹筋に加えて外側の足の強化が課題だな」
「それに……後半になるにつれて、疲れからか足が上がらなくなってます。最後の方でスピードが出ないのはこのせいですかね……」
「ああ、それに腕の振りも小さくなっている。疲れたときこそ普段通りのフォームを維持するのが大切だ。その練習も取り入れるか」
「後は……あ、巻き戻してくれますか? ……そこです、第四コーナー
第二コーナーでもそうでしたけど、コーナーから再びコーナーに侵入するときの進路が変ですね。無駄に外を回っているというか……」
「これは多分無意識の癖だろ。これからは意識して走ってみろ」
3つほど意見を述べた所で、ちょうど映像が終わりました。
「他に気づいた事はあるか?」
「今のところはこれぐらいしか……」
「いや、十分だ。なかなか良い着眼点だったぞ」
「い、いえ……///」
褒められると悪い気はしません。トレーナーさんの口の悪さに加え、直接指導と言うからには厳しい指摘をされるものとばかり思っていましたが、意外と優しく指導してもらえています。
このトレーナーさんは褒めて伸ばすタイプなのかな……。
でもこの調子がこのまま続くと思い上がっちゃいそう……。
私には足りない所があるからレースに勝ててない訳で。
現に私の視点からでも欠点が3つは見つかりました。そんな私が褒められるというのはどこか違和感を感じてしまいます。
「トレーナーさんは他に気づいたことはありますか?」
「ペース配分やスパートの位置、細かい点を挙げれば多々あるが……今はノールが挙げた三つの点を改善することに注力するぞ」
「はい。それにしても……」
「どうした?」
「あ、いえ、今初めて自分の走りを客観視したんですけど……こんなにはっきりと改善点が分かるものなんですね」
「そうだな。走りの悪い所は走りの中からしか見つけられない。
その中には自分の感覚も含まれるが、自分の走りを客観視するのも大切だ」
トレーナーさんがしたことはビデオカメラで私の走りを撮影しただけ。簡単なことですが、効果は抜群です。私の目からでも自分の欠点を自覚できるようになったのですから。
やっぱりトレーナーから指導を受けるのは速くなるための一番の近道なんだなぁ……。
トレーナーさんの凄さを肌で感じていた私でしたが、彼は続きを話すので、そっちに集中します。
「それと基礎能力の底上げもする。筋トレメニューだが……これは俺が考えておく。
筋トレは効率を考えるとやはり知識が必要になってくるからな。
ノールの年齢でこの時期だとまだ習ってないだろう?」
「そうですね」
トレセン学園では午前に一般教養を、午後にレースやウイニングライブについての授業があります。その中にはスポーツ栄養学やレースについての座学も含まれますが、筋トレについてはまだ習っていなかったはずです。
「……本来なら早めに教えるべきだろうが……いや、教官やトレーナーから指導を受ける事を想定しているから、先に他のことを教えているのか……?」
「えっ、と?」
トレーナーさんが何事か呟きます。けれどその声は小さく、内容までは聞き取れませんでした。
「あ、いや、こっちの話だ。何でもねぇよ……」
「はぁ……」
トレーナーさんはバツが悪そうに帽子の位置を直し、咳ばらいをしてから続きを話します。
「後話しておくことは……おっと、大事なことを忘れてた! 目標の設定をしてなかったな」
「目標というと……どのレースに出るか、ですか?」
「そう。それを決めておかなきゃ、いつまでにどれだけ速くなる必要があるか分からないままだ。
期日と目標がないと、毎日のトレーニング量なんかも決められない」
「するとどのレースを目指すかが問題になりますね」
一応私が次に出るレースとして考えていたのは、一か月後のオープンクラスのレースです。
GIIIでは歯が立たなかったので、ここはひとつ下のオープンクラスに出走しようと。そう思っていたのですが……
「今日は6月9日か……なら紫苑Sはどうだ?」
「えっ! し、紫苑Sですか!?」
トレーナーさんの口から出てきたレース名は想像を上回る物でした。
「し、紫苑Sって確か……中山レース場で開かれる芝2000m、GIIIの!?」
「く、詳しいな……そうだ。出場資格はあるんだろ?」
「そ、それはありますけど……でも私、GIIIの下のオープンクラスでもまともに勝ててないんですよ!? 流石に難しいんじゃ……」
「そんな事ねぇよ。紫苑Sまで3カ月程あるし、しっかり練習すれば勝負の土俵には必ず立てる」
GIII……私にとってそれがどれだけ厳しいものかは一昨日のレースで良く知っています。
トップと大差をつけられたことは記憶に新しいです。
「ほ、本当に私でもGIIIで戦えるようになりますか?」
「ああ、嘘は言わねぇ」
本音を言えば怖いです。また大差をつけられて自分の無力さを思い知らされるのではないかと考えてしまいます。
けど……三カ月あれば。トレーナーさんがいれば。なんとかなるかもしれません。
「……分かりました。紫苑Sに出ます!」
それに何より自分を信じてみたかったのです。私はGIIIで戦える……いえ勝てるはずだ、と。
「良し。俺もそのつもりでトレーニングを組む。厳しいものになるが覚悟しておけ」
「もちろんです!」
「……とはいっても、バカみたいな量のトレーニングをこなしていたノールなら大丈夫だと思うがな」
「あ、あはは……」
バカみたいな。そんな形容詞が付くほど、私の練習量は多かったようです。
気まずくなって頬を描いていると、トレーナーさんは更に続けます。
「それと後一つ。俺の方から提案したいトレーニングがある」
「トレーニング、ですか」
「そう。上手くいけばタイムの大幅短縮も出来るかもしれないトレーニングだな」
トレーナーさんはニヤリと口角を上げながらそう言います。
目標も決まり、後は練習するだけかと思っていた中、突然トレーナーさんの口から出てきた衝撃発言。
タイムの大幅短縮。とても魅力的な響きです。
「えっ! そんな方法が!」
いったいどんな内容!?
やや身を乗り出してしまう程、興奮してしまった私ですが、続くトレーナーさんの言葉が私をクールダウンさせます。
「けど当然上手くいくかどうかは分からない。この練習は走行フォームに関するものだ。
下手すりゃ逆に遅くなってしまう恐れもある」
「ぎゃ、逆に遅く……」
ハイリスクハイリターン、と言ったところでしょうか。
大幅なタイム短縮をノーリスクで出来る……なんて上手い話ではありませんでした。
「一応、説明だけはさせてもらうぞ?」
「あ、はい」
とりあえず話だけは聞いてみて、そのうえで判断してみようと思います。
「簡単に言うとフォームの追加だな」
「フォームの追加、ですか」
「さっきのビデオを見ても分かるように、ノールは上体を起こしたストライド走法で走っているだろ?」
「そうですね」
ウマ娘の走法には大きく分けると二つあります。身長に対して歩幅を大きくとる「ストライド走法」。身長に対して歩幅を小さくとり、足の回転を速くする「ピッチ走法」。
「そしてラストスパート。やや前傾姿勢にはなるが、これもストライド走法で走っているな。
細かく分けると、体を起こしたストライド走法と前傾姿勢でのストライド走法、この二つがノールのフォームになるわけだが……ここに3つ目のフォームを追加する」
「それにどういった狙いが?」
「その狙いは使う筋肉の分散にある。走るフォームによって使う脚の筋肉は違ってくるのは知ってるか?」
「少しなら聞いたことがあります」
「ストライド走法とピッチ走法ではかなり違ってくるし、体の倒し具合によっても少しずつ違ってくるな。
ラストスパートで前傾姿勢になるのは空気抵抗を減らす狙いもあるが、それ以上に使う筋肉を変化させる効果が高い。
レースの序盤中盤で使って疲れた筋肉とは別の筋肉を稼働させて、最後のスパートをかけるわけだな」
「なるほど、それで……いつものフォーム、ラストスパートのフォーム、それに加えて第三のフォームを習得することで使う筋肉を更に分散させられる。
その結果、スタミナの補強が見込める……ってことですよね?」
「その通り。呑み込みが早くて助かる」
今までの話だけを聞くと、フォームの追加はメリットしかない様に思えます。
しかし事前に説明された通り、当然デメリットもあるわけで。
「だが、新しいフォームの習得は難しい。その上、既存のフォームに影響を与える可能性もある。
最悪の場合は新しいフォームも習得できず、変な癖がついて現在のフォームは悪化……なんてことも起こりうるわけだな」
「……」
「リスクのある練習方法だから、最後に説明させてもらったが……どうする? やるか?」
トレーナーさんの話はひと段落付き、私は選択を迫られました。リスクのある練習をするかしないか。
「……やります」
「いいのか?」
「リスクがあったとしても、出来ることはやっておきたいです」
私が目指すのはGIIIでの勝利。そのためには多少のリスクは背負うべきです。というかそれぐらいしないと勝てないと思います。
「そうか……ならフォームの追加も通常の練習と並行して行うぞ」
「はい」
「色々話し合ったが、まとめるとこうだな。
ノールは三か月後の紫苑Sで勝つことを目指す。
そのために確認できたお前の欠点、コーナーと後半でのフォームの乱れ、それと無意識の癖を直す事を第一にまずは練習する。
それと新規フォームの追加もだな。
ここまでで抜けてる点とか分からない事はないか?」
「ありません」
「良し。目指すレースもやるべきことも決まった。ならば後は実践あるのみだ。早速コースに出るぞ!」
「はい!」
そうして私は紫苑Sに向けて練習を開始しました。
練習計画編。
実際に練習するところはテンポよく行きたいですね。
あと、作中には作者の適当な理論が多々含まれているので、真には受けないようにしてください。
二重の極みとか、1200万パワー理論とかそんな感じです。
それとウマ娘って力がありすぎるせいで、腕立て伏せとか腹筋とか自重トレーニングだと全く効果がなさそうですよね。
アプリだと200kgのベンチプレスをしたり、あばれ牛の突進を正面から受け止めたり、溝に落ちたトラックを引き上げる描写もありましたし。
とはいえウマ娘の体重は増減あり、なし、という表記で、詳しい数値が表記されていないので見た目より重いのかもしれません。
もしそうだとすると、原作アニメでマックイーンが沖野トレーナーの背中に乗ってパロスペシャルを掛けていましたが、下の沖野トレーナーがとんでもない力持ちと言う事に……
まぁ、彼はウマ娘の蹴りを食らっても鼻血を出すだけで済んでいるので、あの世界の人間はこっちの世界の人間より頑丈で力持ちなんでしょうね、きっと。(アプリの理子ちゃんから目を逸らしながら)