私がターフで転ぶまで   作:RKC

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二十一話 ミサンガ

「あ、ノールミサンガさん。荷物届いてますよ」

 

 私が転倒しそうになった日から数日。

 坂路ダッシュ、タイヤ引きに水泳等のトレーニングを終えて寮に戻ると、玄関口を超えた先で寮を管理する人にそう声を掛けられました。

 

「段ボール1箱に封筒が一通。はいどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 レース前に段ボールと手紙……きっとお母さんとお父さんからだ。

 

 トレセン学園は全寮制なので、両親と会う機会は長期休みの時ぐらいです。なので親からの荷物や手紙には少し心が躍ってしまいます。

 

 荷物を抱えて、部屋に戻ろうとしたその時、

 

「「あ……」」

 

 今帰ってきたであろうナイトとばったり会ってしまいました。

 ジェミニの部屋に泊まる事になって以来、ほとんど顔を合わせておらず、5日後にはレースも控えているので結構気まずい雰囲気が漂います。

 

「先に行かんといてやナイト……って、ノールやん。何の荷物や、それ?」

 

 遅れてスパさんが駆けつけてきます。ナイトと二人きりの状態から解放され、多少は雰囲気が弛緩しました。

 

「親からの荷物です」

 

「そういえばレース前に送ってくるんやっけ?

 ええなぁ、ウチの親は連絡は頻繁によこすけど、荷物はあんまり送ってこんからなぁ……」

 

「頼めば送ってくれるんじゃないですか?」

 

「ん~……ま、いうてウチ、重賞とか勝ってて稼いどるから、送ってもらうより自分で買った方が速いんやけど」

 

「じゃあ、私の事を羨ましがらなくて良いのでは……?」

 

「いやいや、こういうのは気持ちが大切なんや。せめて手紙やとええんやけどな。

 メッセージだけやと何か軽うてしゃあないわ。ナイトはどうや?」

 

「私は……親に送る方が多いですね。私がモデルとして出た雑誌を送ってほしいと頼まれるので。

 向こうからの荷物は無難に日用品とか。荷物が送られてきたら電話を返したりします」

 

 そんなことを話ながら三人で並んで廊下を歩いていました。陣形としては私とナイトの間にスパさんが挟まっている形。

 

「あー……他の話題は……」

 

 私とナイトが一緒のレースを走る事になり、仲が少し気まずくなっているのはスパさんも周知しています。

 そのため私たちの間に入って会話を取り持ってくれようとしているみたいです。

 

「ナイトは天気予報、見た?」

 

 そんなスパさんの気遣いを無に帰すかのごとく、私はナイトに直接話しかけます。

 

「……見た。雨、降りそうだった……」

 

 そう。そうなのです。

 神様が私に味方してくれたのか、日ごろの行いが良かったのか、それともこっそり作った降れ降れ坊主(テルテル坊主を逆さにしたもの)が功を奏したのか。

 とにかくレース前に雨が降りそうなのです。念願の雨が。

 

「もし重バ場になれば、当日は荒れそうだね」

 

 一番人気のナイトじゃなくて私が勝つ、言外にそんな意味を込めて牽制しました。

 彼女とまともに話をするのは久しぶりなのに、結構な喧嘩腰が出てしまって自分自身少し驚きます。

 

「荒れないよ。勝つのは私だから」

 

 しかし、ナイトは確固たる自信をにじませながらそう返してきました。

 

「「…………」」

 

 お互いに目線は合わせません。しかしその場に居合わせた者は二人の間に火花が散るのを錯覚したことでしょう。

 間にいるスパさんが非常に居たたまれない顔をしています。

 

「……あっ、ほら! もう二人の部屋に付いたで! それじゃあウチはこの辺で! また今度な!」

 

 スパさんは私たちの部屋の前に来るなり、すぐにその場を離れていってしまいました。

 それを傍目で見送っていると、ナイトは自分の部屋の扉を開けています。

 

「……次はパドックで」

「……うん」

 

 最後にそんなやり取りを残し、ナイトは部屋に入っていきました。私も居候させてもらっているジェミニの部屋に戻ります。

 

「ただいま」

「おかえり……ってお前、何怒ってんだ?」

「え? 何の事?」

 

 先に部屋に帰っていたジェミニの急な問いかけ。その意図がつかめず、つい聞き返してしまいます。

 すると彼女は自分の耳を指で指しました。

 

 耳……?

 

 荷物を床において自分の耳を触ると、いつの間にか耳が引き絞られていました。毛も少し逆立っています。

 ウマ娘は眉や目、口元だけでなく耳や尻尾にも感情が出ます。耳が引き絞られているというのは、不快や怒りなどといった攻撃的な感情を表すものです。

 

「あ、ごめん。つい無意識で。

 別に怒ってるとかじゃなくて、さっきナイトと廊下で合っちゃったから闘争心がね……」

 

 自分の耳を手で普通の状態に戻しながら謝ります。

 

「レース、五日後だったか? そりゃ仕方ねぇよ。……それより、その荷物は何だ?」

「親から送られてきた」

 

 床に降ろしていた段ボールを再度持ち上げ、机の上に置きます。そして段ボールの上に乗っけていた封筒を手に取りました。

 

「段ボールの中はニンジンか? お前ん家、ニンジン農家だし」

「いや、違うよ。多分スルメ」

「……スルメ?」

「スルメ。あたりめとも言う」

「……開けて見ても良いか?」

「良いよ」

 

 ジェミニはハサミを持ち出し、段ボールの封を切っています。その間に私は封筒の封を切り、中身を取り出しました。

 

 封筒の中には手紙が三通、そしてミサンガとルーペが同封されています。

 その内の一つの手紙を手に取り、開きました。中にはお母さんからのメッセージが書かれています。

 

(畑仕事で感じる風も心地よくなってきたとはいえ、まだまだ暑い日が続く今日この頃。ノールは元気でやっていますか?)

 

 そんな書き出しから始まり、近況報告や次のレースについて触れられていました。

 お母さんは書き言葉においては誰が相手であろうと敬語になるタイプです。

 

(今度のレース、例によってご近所さんの収穫の手伝いなんかがあるので、現地に応援には行けません。

 ですので父さん共々テレビの前で応援してます)

 

 大変そうだなぁ……

 

(それとあなたの好きなスルメも送っておきました。近所の駄菓子屋から出来るだけ買い占めて)

 

「うわっ! スルメが入ったボトルがびっしりと……マジかよ」

 

 ちょうど良いタイミングで段ボールを開封したらしく、横から驚愕の声が聞こえてきました。

 

(いつものようにお守りとしてミサンガも同封してます。レースの時は是非つけるように)

 

 横に避けておいたミサンガを手に取ります。赤と白が交互に編み込まれたミサンガ。試しに腕に着けてみると、やはりと言うべきかぴったりフィットしました。

 

「ん……そのミサンガは?」

 

 しばらく段ボールいっぱいのスルメを眺めて呆然としていたジェミニですが、正気を取り戻したのか、私にそう聞いてきます。

 

「手紙に同封されてた。お守り替わり、ってレース前にいつも送ってくるんだ」

「いつもって……ミサンガって切れた時に願いが叶うもんだろ?

 レース毎に新しいのに変えてたら意味がねぇんじゃ……」

「う~ん……そこらへんはお母さん、ルーズだから」

 

 今も切れずに溜まったミサンガが1ダースほど手元にあります。とはいえお守り替わりなので、切れた時に云々(うんぬん)はあまり気にしてません。

 

「けど色は完璧だぞ。赤は勝負事、白は健康を意味するからレースにはぴったりだ。

 ……そこは合わせてんのにどうして……」

 

「あ~、多分色は偶然だよ。前のレースの時は黄色と黒だったし」

 

「金運と魔除けだなそりゃ……。

 レースの賞金を得られるように、それと怪我をしないための魔除け。そう考えればギリギリ意味が通らないわけでも……」

 

「さらにその前は灰色と茶色だった」

 

「仕事と家庭……だったらレースには関係無いか。

 ってことはお前の母さんマジでミサンガに対しての知識無いんだな。なんで良く知らない物をお守り替わりに……それも子供に対して……」

 

 得心がいかない様子のジェミニ。彼女は少しの間頭を悩ませていましたが、考えてもしょうがないと思ったのか、話題を切り替えてきます。

 

「……なぁ、さっきから気になってんだが……」

 

「何?」

 

「その……もう一通の手紙は何なんだ? 全体的に黒いんだが……」

 

ジェミニは恐る恐るといった様子で黒い手紙を指します。

 

「これ? お父さんからの手紙だよ。黒いのはペンのインク。お父さん小さい文字で裏までびっしり書いて送ってくるから」

 

「わざわざ裏まで使って一枚に収めなくても、2枚目3枚目に書けば良くねぇか?」

 

「18枚」

 

「18?」

 

「私が寮に住んでから初めて届いたお父さんの手紙の枚数」

 

「……なるほど。枚数を制限されたわけか」

 

「そ、お母さんにね。代わりに小さい文字でびっしり書いてくるようになったけど……」

 

 封筒に入っていたルーペを手に取り、小さな文字を一つ一つ読んでいきます。

 まぁ手紙の内容は「元気にしてるのか?」「会えなくて寂しい」「次のレース頑張れ、応援してる」「次はいつ実家に帰ってくる?」といった内容を、表現を変えて何度も繰り返し書いているだけですが。

 

「大変じゃねぇか? 小さい文字読むの」

 

「めんどくさいのは確かにそうだけど……お父さんが私の事を思ってくれているのは伝わるから読んでて楽しいよ。

 特に初めと真ん中と最後に「いつ帰省するんだ」って内容の文が無理やり挟まってるんだけど、ここまでされると何かお父さんの事、可愛く思えてきちゃう。

 どれだけ寂しいんだ、って感じ」

 

「父親に対する評価としては間違ってるような気もするが……。というか今時手紙なんだな。メッセージアプリとかじゃなくて」

 

「急な連絡とかはメッセージアプリとか電話で済ませるけど、レース前は手紙だね。風情重視で」

 

「……確かに便箋も凝ってる。父親からのは無地だがこれは……」

 

「模様が入ってたら書ける量が減っちゃうからでしょ」

 

「だな」

 

 二通の手紙とルーペを封筒に戻し、残った何も書かれていない便箋を机に広げました。

 

「で、お前はそいつで返事を書くってわけか」

 

「そうだね。本当なら便箋も選びたいけど、学内の売店だと最低限の品ぞろえしかなくて、でも便箋のためだけに外出許可取るのもね……だから送ってもらってる」

 

 シャーペンを手に取り、下書きを書いていきます。

 ジェミニは私が作業をし始めると、ベッドの上で胡坐をかきながら骨伝導イヤホンで音楽を聴き始めました。

 

 何を書こうかな……。明日の朝、郵便に出したらレースの二日前に向こうに着くだろうから、近況報告にレースの事に……良し、決めた。

 

 

 

 

 

 

(日暮れが日に日に早くなり、トレーニングコースで夜間照明のライトを浴びる時間が長くなってきた今日この頃。

 お父さんとお母さんは元気にしていますか? 私は変わりありません。

 

 今は何やかんやあって新しい友達の部屋に居候させてもらっています。

 寮生活なのに居候とは何事か、と思われそうですが説明すると長くなるのでここでは割愛します。

 新しい友達は見た目が厳つく、最初は一匹狼と言う印象を覚えました。

 しかし接してみると意外と気立てが良く、今では仲良くやっています。

 

 五日後……この手紙が届くころには二日後くらいになっているでしょうか。

 とにかく次のレースは必ず勝ちます……そう言い切れれば良かったんですが、正直な所、あまり自信がありません。

 

 前にも話した通り、幸運にもトレーナーさんに指導してもらう機会に恵まれたので、飛躍的に走りは上達できました。

 しかし同じレースに出る娘はとても速く、彼女が最高の走りをすればおそらく私は勝てないでしょう。

 

 それでも私は全力で走ります。本番で練習以上の走りが出来れば私が勝つ目も出てきますから。自分の全てを出し切るつもりで頑張ろうと思ってます。

 とはいえ当日は重バ場になってくれるとレースが荒れて勝ちやすくなるでしょうから、雨ごいでもして祈っていてください。

 

 次に帰省できるのは正月になりそうです。二人とも季節の変わり目で体調を崩さないように気を付けてください)

 

 

 

 

 

 

 

 

 この手紙が実家に届いた後、お父さんの部屋が降れ降れ坊主で埋め尽くされた画像が送られてきたのはもう少し後のお話。

 




ナイトグライダーのヒミツ①
 実は自分が出てる誌を見て、出来が良い写真に対して満足そうに笑っている。
 
【挿絵表示】

 出すのがかなり遅れたナイトのポンコツ要素。
 二話に一回ぐらい挿絵を出そうかな、と思っていたらここぐらいにしか挟めなかった。
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