私がターフで転ぶまで   作:RKC

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二十四話 逃げけん制

(sideトレーナー)

 

 ガコン!

 ワアァァー!!!

「ゲートが開いて各ウマ娘、良いスタートを切りました。ステイオーシャン、やや遅れたか、最後方からのスタート」

 

 ついに始まった。ゲートが開いた途端、さっきまでの静寂が嘘のように騒々しくなる。

 

 よし! スタートは良いぞ……。

 

 ノールが出遅れなかった事に、胸をなでおろす。大丈夫だと信じてはいたが、事なきを得るとやはり安心する。

 

「先頭はブルースクリーン。アウトルック、コンティニュアム、ライゼンインテル、続いてここにいるぞ、一番人気ナイトグライダー。

 逃げ馬の後ろ、追跡者が得意な位置に付いた。以前と同じような走りを見せて欲しい」

 

 実況は一番人気のナイトグライダーを中心に展開されていくが、俺の意識はノールに注がれる。

 あいつは最内からのスタート。午前のレースの影響で内側ほどバ場は荒れているはず。

 心配だったが上手い位置に付けていた。ナイトの斜め後ろ。

 

「軍団は第一コーナーに侵入。ここからは上り、パワーのあるアウトルックが少し前に出てきた」

 

 実況の声に釣られ、先頭の方に目を向ける。そこで俺は違和感を覚えた。

 

「……前が遅い?」

「……確かに」

 

 俺の独り言に隣のスーパーチャージャーも同意する。

 

「第一コーナーを抜けて第二コーナー、先頭から殿まで約9バ身、詰まっている。昇りで速度が出ないか、それとも後ろを気にしているのか。

 序盤から良く逃げるブルースクリーン、アウトルックの二人にしては珍しい展開」

 

「……包囲網やな」

 

 スーパーチャージャーは不意に呟く。

 

「包囲網?」

 

「前の四人、ナイトを覆うように位置取りしとるやろ。逃げの奴らが結託してナイトを塞いどるんや。

 そんで意識的にスピードを抑えてレース全体をスローペースにしとる。ナイトをブロックしつつ、後ろから差し切られんように足を溜めるレース展開やな」

 

「なるほど……」

 

 彼女の解説を聞きながら感心する。実際のレースを経験しているウマ娘の方がレース中の駆け引きについてはやはり詳しい。

 

「とはいえ、このままだとノールもブロックされたままに……」

 

 彼女はナイトの斜め後ろに付けている。包囲網のとばっちりを受けている状態。

 つい手に力が入ってしまう。そんな俺の呟きに、

 

「別に心配せんでも大丈夫やで。向こう正面で崩れるやろうから」

 

 スーパーチャージャーは当然といったようにそう答えた。

 

「どうしてわかるんだ?」

「見とれば分かる」

 

 詳しい説明をする気は無いらしい。焦る心を落ち着けながら、第二コーナー終わりに差し掛かっている軍団を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(sideナイトグライダー)

 

 前が遅い。そして横に広い……ずいぶん警戒されてる。

 

 ブロックされている事を認識したその時、私の前の娘が徐々に速度を落として垂れてくる。否応なしに速度を下げざるを得ない。

 

 外に逃げようにも横は塞がれている。内側はバ場がかなり荒れている。悩んでいる内に、前の娘は加速して前の方に行ってしまった。

 

 ここで私が加速してもまた垂れてくるはず……面倒。

 

 走り以外の事に気を取られたその時、濡れた芝で足が滑りそうになる。

 

「……っ」

 

 何とか体勢を立て直すが、少し位置が下がってしまった。

 

 落ち着け……

 

「すー……はー……」

 

 思ったように走れず、ささくれ立ちそうな心を長い呼吸で落ち着ける。

 レース中は自分の内側に意識を集中させる方だが、ここまで牽制されると流石に無視できない。

 

 ……退()けるか。

 

 自分の走りが出来ないなら、出来るように場を整える。それが私の走り方。

 

 邪魔者の排除を決めた私は再加速し、前の娘の後ろに位置付ける。すると彼女はまた垂れてきた。

 それを予想していた私はさらに加速し、彼女の隣に位置付ける。いきなり横に並ばれ、前の娘は驚いた表情に。

 私に抜かされまいと加速する彼女。そこでささやく。

 

「……遅い、逃げウマの癖に……だからGIII止まり?」

「……っ!」

 

 それだけで彼女は一気に速度を上げ、前の方に上がっていった。

 

 まずは一人……。

 

 次は横の娘。私をブロックする彼女に肩が触れ合いそうなほど近寄る。

 

「きゃ……っ!」

 

 接触を恐れた彼女は私から距離を取る。離れ際に彼女を睨んだ。

 

「ひっ……!」

 

 すると彼女はペースを上げて私から逃げるように前へ飛び出していった。

 

「っ、くそ……!」

「なんで先に……っ!」

 

 四人のうち二人が崩れると、もう包囲網は役に立たない。残された二人も私をブロックするのは諦め、前に出た二人を追いかけ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(sideスーパーチャージャー)

 

「さぁ、第二コーナー終盤に差し掛かってここからは長い下り坂。我慢の時間だ。

 向こう正面に入って……っと、ここでブルースクリーン飛び出した。遅れてコンティニュアムも前に出る。焦ったか。

 下りでこの加速は脚に負担がかかる。最後までもつのか。後ろの二人も釣られて後を追いかける」

 

「な?」

「…………」

 

 向こう正面で包囲網は崩れる。ウチが言う通りの展開になった。ノールのトレーナーは目を丸くしている。

 

「……どうして予想できたんだ?」

 

「ナイトは速いだけやなくて、強いからや。駆け引きが上手いと言い換えてもええな」

 

「包囲網を崩したのはナイト自身だと?」

 

「そうや。ウチらウマ娘はレース中、前後左右に動いたり、他の娘に声を掛けたりして駆け引きをする」

 

「レース中に声を出すのか? 走りながら?」

 

「呼吸が乱れるけど、少しなら大丈夫やで。

 さっきもナイトと前の娘との距離が詰まった時、何かささやいたんやろな。ナイトのささやき、結構えぐいでぇ。相手の心に刺さる言葉を的確に選ぶからなぁ……」

 

 えぐい駆け引きする奴がどの口で「友人と競うのが怖い」なんて言うのか疑問にも思ったけんど……そういう手段を取るナイトやからこそ、仲の良いノールとは戦いたくなかったんやろうな……。

 

 そんな事を考えながらも話を続ける。

 

「その後に横の娘とぶつかるくらい距離を詰めて威嚇。ナイトに牽制(けんせい)された二人は焦って前に飛び出してしもうた、っちゅう事やな」

「わずかな時間でそれだけの事を……ううん……」

 

 まだ得心が言っていない様子のトレーナーに、補足を加える。

 

「元々逃げの娘は気性難が多い。周りを囲まれて走るのが嫌いやったり、誰かに前を走られるのが落ち着かんかったりな。

 衝突を怖がるのも、煽り耐性が低いのもしょうがないんや」

 

「……なるほどな」

 

「それに下りになっとる向こう正面で仕掛けたのも上手いとこやで。言わずもがな下りは脚に負担がかかりやすい。

 そこで相手のペースを崩せば包囲網を破れるだけやなくて、消耗も狙える」

 

「逃げウマに勝ちを許した事が無い「追跡者」……二つ名は伊達じゃ無い、って事か……」

 

「ほんまにおっそろしい後輩やで」

 

 そこで会話を中断し、ウチとノールのトレーナーは再びレースに集中していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(sideナイトグライダー)

 前は片付いた……後ろは……

 

 後方を確認すると、私の斜め後ろにノールが見える。彼女はレースが始まってからずっとその位置にいる。

 

 私から何かを仕掛けるには難しい位置。かといって彼女から私に仕掛けられる位置でもない。

 前は開けた。このままいけば純粋な走力勝負になるだろう。

 

 それなら私は負けない……。

 

 そう考え前を向いた。とはいえ不気味なほど静かな彼女に、一抹の不安を抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(sideトレーナー)

「さぁ、向こう正面抜けて第三コーナーに差し掛かる。序盤とは打って変わって縦長の陣形。

 先頭を逃げるのは変わらずブルースクリーン。二番手と5バ身以上離している。最後方のデルタルーンとは20バ身以上だ。果たして後ろは追いつけるのか」

 

 多くのウマ娘がスパートを掛ける第四コーナーが近づき、バ場だけでなく客席の緊張感も高まっている。

 

 ここまでは良い……!

 

 ノールは理想の位置で自分の走りが出来ている。

 逃げの集団は途中のペースアップが原因で十分なスタミナが残っていないはずだ。

 差し、追い込みの集団も序盤のスローペースを引きずっているのか、かなり後ろに位置している。

 直線が短く、おまけに上り坂まである中山競技場では、あそこからだと恐らく差し切れない。

 

 残るのは先行集団。ここからは小細工無しの力勝負になるだろう。

 

 ノール……!

 

 第三コーナーを睨みつけながら彼女の力走を祈るほか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ、はっ……はっ、はっ……」

 

 第三コーナー中腹、残りは700m。ここまでのレース展開は予想の範疇です。

 他の娘達がナイトをマークするのも、それをナイトが蹴散らすのも予想の範囲内。私はその後ろでぬくぬくと足を溜めていました。

 

 序盤、スローペースだったのも合わせると早めにスパートを掛けれるはず……500から行こう。

 

 いくらスタミナを温存出来ているとはいえ、普通より疲れる重バ場。さらに高低差2m以上もある坂もが待ち受けている状態でスパートタイミングを早めるのは、賭けでもあります。

 しかしギリギリを攻めなければ、恐らくナイトには勝てません。

 

 垂れるのが先か、ゴール板をくぐるのが先か……

 

「ふー……」

 

 大きく息を吐き、スパートを掛けるその時を待ちます、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(sideナイトグライダー)

「フー……フー……フー……」

 

 前の邪魔者を退かしてからは自分の走りが出来ている。ノールが静かなのが少し気になるものの、自分の内側に意識を集中させていると段々と研ぎ澄まされてきた。

 

 すでに観客の姿や歓声は一切見えないし聞こえない。

 

 見えるのは前を走る四人の姿と、少し先の地面だけ。他の部分は何もない白の背景に見える。

 聞こえるのは自分の心音、呼吸音、地面を踏みしめる水っぽい音だけ。

 

 削減された視覚と聴覚の代わりに他の知覚能力が鋭敏になっている。

 湿ったターフを踏むたび、足がどれだけめり込んでいるのかがミリ単位で分かる。

 自分が今時速何kmで走っているのかが小数点の単位まで分かる。

 何枚の濡れた芝が靴の裏に挟まり、どれだけ力を入れるとスリップしてしまうのかが分かる。

 

 慣れない重バ場も、過敏なほどに研ぎ澄まされた五感のおかげで良バ場と変わらないくらいに走れる。

 

 超過集中(ゾーン)、だったっけ……

 

 模擬レース以来感じる事の出来なかったその領域に、足を一歩踏み入れているのを感じた。体の感覚が拡張、発展したとても心地の良い状態。

 

 体が軽い、今まで走ってきた疲労を全く感じない。ここからずっと全力疾走出来そうなぐらいに……

 

 前の四人をぶち抜いて先頭に立った時、きっとゾーンに入る事が出来る。

 妙な確信を持ったまま、私はスパートを掛けようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残り600mを切り、そろそろスパートを掛ける準備をしなければと思ったその時。ナイトが振り向いてこちらの様子を窺ってきました。

 その表情は心ここにあらずといった、虚ろな感じでしたが、そんなことは全く気になりません。

 

 肝心なのは彼女が振り向いたという事。

 

 ナイトは後方確認する時、出来るだけ頭を動かしません。しかしスパートを掛ける時だけは大きく振り向いて後ろを確認します。

 

 彼女と併走した時に見つけた僅かな癖。

 つまりナイトは残り600mからスパートを掛けようとしているという事。

 

 まさかここから? 最後まで持つ? 坂もあるのに? バ場も悪いのに?

 

 一瞬で複数の思考が想起されました。そしてそれらの思考は一つの結論に集約されます。

 

 スパートが早すぎる……ここからだと絶対にスタミナ切れを起こすはず……

 

 ナイトがミスをした。それなら最後の直線、垂れたナイトを差して勝てるはず。ここは我慢の時。

 

 ……けど、ナイトのスパートが最後まで持つとしたら……? 

 

 私も同じタイミングでスパートを掛けないと追いつけません。

 今スパートをかけるのか、それとも自分のペースを守るのか。

 

「……っ!」

 

 逡巡(しゅんじゅん)は一瞬。

 

 ナイトがスパートのタイミングを逃すなんてことはあり得ない……!

 

 そんな妄信を根拠に、分不相応なロングスパートを掛けました。その先に地獄が待っているとも知らずに。

 




明日は三話投稿します。
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