(sideナイトグライダー)
ノールが病院に運び込まれてから、私は彼女の病室の前の椅子にずっと座っていた。
病室の中にはノールのトレーナーとスパさんが居るが、私はとてもじゃないが入っていけなかった。
私には勝者が敗者に掛ける言葉も、見せる顔も分からないから。
ゴール直後に疲労で転倒してしまうほどノールは頑張ったのに、その努力を私が無慈悲に断ち切ってしまったのだから尚更。
それでも彼女の身体が心配なので、病室前で待機するという中途半端な行動をとっている。
そうしていると、
「あ……」
「げっ……」
長い葦毛の髪を後ろで結っているウマ娘が通路から出てきた。彼女は確かノールを連れて行った……ジェミニ、だったか。
彼女は私を見るなり、踵を返してしまう。
「あ……待ってください。ノールの見舞いに来たんじゃないんですか?」
私がそう声を掛けると、彼女は足を止めてこちらに戻ってきた。
「…………もうそろそろ誰もいなくなると思ってたんだがな……あいつはまだ目を覚まさないのか?」
彼女は私の対面の椅子に座る。
「ノールのトレーナーとかスパさんが出てきてないから多分まだ……」
「……お前はあいつの様子、見てないのか?」
「うん……」
「そうか」
「……あなたは入らないんですか? 病室……」
「まだ中に先輩がいるんだろ? 会った事も無いし気まずい。あと俺達同い年だろ。敬語は使わなくても良い」
「分かった……」
「「…………」」
今日がほとんど初対面な彼女との会話はまったく弾まない。特に私は人付き合いをむやみに増やしたくないので、いつもより口数を少なくしている。
「……お前はどうして中に入らないんだ?」
そうして黙っていると、向こうから話しかけてきました。
「私は……ノールが目を覚ました時、どんな顔すれば良いか分からないから……。なんて声を掛ければ良いのかも……」
「そんなの何食わぬ顔で思ったことを話せば良いだろ」
私の台詞に、彼女はあっさりと答えを返してきました。
「でも……」
「病室前でモジモジしてるって事は、あいつが心配なんだろ?」
「それは……うん」
「だったら声を掛けてやれば良い。大丈夫か、ってな」
「けど……」
「大怪我するまで頑張ったノールに対して、結局レースで勝った私が何様のつもりだ、……か?」
「……っ!」
彼女は
「そんなの気にすんな」
そして事もなげにそう言う。
「全力で走ったけど負けた。悔しい。でも次は勝つ。あいつが目を覚ませばこんな単純な思考をするだろうよ。
だからお前は余計な事考えずに堂々と会ってやれば良い」
彼女の発言は断定的で、決めつけとも取れる。実際は違うかもしれない。けれど今の私にとってはとても勇気づけられる発言だった。
「うん……そうかも……」
ガチャ
そこで病室の扉が開いた。中からノールのトレーナーとスパさんが出てくる。
「ナイト、まだ居ったんか。それと……そっちの娘はノールの友達かいな?」
「……どうも」
ジェミニは軽いお辞儀をスパさんに返す。
「ジェミニ……ノールの見舞いに来たのか?」
ノールのトレーナーが彼女に話しかける。二人は面識があるようだ。
「あぁ。……あいつは無事か?」
「骨の異常も酸欠とむち打ちの後遺症もなかった。医者が言うには重バ場で下が柔らかかったのが幸いしたんだと」
「そうか……」
「けどよぉ……っ“! ぐ……っ! すまん……俺はもう帰る……」
「……また今度な。外はマスコミがうるせぇから気を付けろよ。裏口から出てった方が良い」
「あぁ……分かった……」
それきりノールのトレーナーは去ってしまった。
「そんで、ナイトは顔見せるんか?」
「はい……まだ完全に気持ちの整理が付いたわけではありませんが……」
スパさんはそっか、とだけ言ってこの場を去っていった。
ジェミニと二人、取り残される。
「先どうぞ」
ジェミニはそう言って足を組んでしまった。どうやら私と二人で病室に入る選択肢は無いらしい。
私は病室のドアを開け、中に入る。
病院特有の白と橙、二色の部屋。部屋の中にはベッドが一つあり、そこにノールはいた。
首にはギプスが巻かれており、右手首には包帯がぐるぐる巻きで痛々しい。
ベッドの大きさに対して彼女の体躯が小さすぎるのにも、どこか
「あ、ナイト……」
彼女は私に気づき目線だけを合わせてきた。私はベッド横の椅子に座る。
じっと見つめてくる彼女に
「……後遺症は無いって聞いたけど……怪我は大丈夫? 痛くない?」
「大丈夫だよ。動かない分にはあんまり痛くないから。ごめんね、心配かけちゃって……私たちの組はライブも中止になっちゃったみたいだし」
「いや、大丈夫。私もあんまりライブは好きな方じゃないから。ミスしたら取り返し付かないし……」
「「…………」」
しかし後が続かない。言いたいことはある。
けれど、どうしても私がこんな事を言える立場なのかと考えてしまい、口にできない。
「……ねぇ」
私が口を閉ざしていると、彼女の方から話しかけてきた。
「な、何?」
「そこにあるリモコン取ってくれない? それでベッドのリクライニングを調節できるみたいでさ。それが手元に無いと皆が帰った後、横になれないから……」
「あ、うん。分かった」
私はリモコンを手に取り、彼女の方に差し出す。
その途中、突然彼女の左手が伸びてきて、私の手を掴んだ。
「……っ!」
カシャッ、カシャ……
驚いた私はリモコンを床に落としてしまった。軽い落下音が部屋に響き渡る。
「…………今日は負けちゃったけど……次は私が勝つから……。
怪我が治ったら……必ずリベンジするから……!」
そう言う彼女の手にはとても怪我人とは思えない程の力がこもっている。
ボロボロになってベッドに横たわっているのに、気力だけはパドックやレース本番で感じたそれと大差ない。
彼女の力強い瞳に惹かれていると、目の周辺が薄っすら腫れているのに初めて気が付いた。
きっと泣き腫らしたのだろう。それを見た途端、今まで言えなかった言葉が喉から出てくる。
「……うん! 待ってる……っ! ずっと待ってる……っ!
だってノールは凄いウマ娘だから……!
倒れるぐらい必死で走って……!
今までずっと独りで走ってた私の世界に割り込んできて……っ!
私は全力で走ってるのに、どんどん差を詰めてきて……!
最後の100mなんか気が気じゃなかった! ギリギリの競り合いに息が止まりそうなくらい緊張して、でもそれが楽しくて……!
だからまたリベンジして欲しい……! また私と戦ってほしい……!
だってノールは初めて出来た私のライバルだから……!!」
酷い事を言ってしまったかもしれない。彼女にもう一度私と走るのを期待するのは、また彼女に無理をさせるという事でもある。
それでも私は、初めて体験した競り合いでの高揚感や緊張感が私にとってはとても印象に残った事。それをもたらしてくれたノールは凄いという事を伝えたかった。
いつの間にか彼女の手を両手で握りしめていたのに気が付き、慌てて緩める。そして再び彼女の顔を見ると、
「え……あ、そ、そうなんだ……///」
少し照れたような表情をしていた。さっきまでの闘志が鳴りを潜め、可愛い顔をしているのに肩透かしを食らう。
「わ、私、ナイトに
「う、うん……後でレース見返したら分かるけど、ハナ差で本当にギリギリの勝負だった」
「そ、そっか…………。それにライバル、かぁ……じゃあ尚更リベンジしないとね。ライバルが負けっぱなしじゃ、恰好つかないし」
さっきとは打って変わって、普段、同じ部屋でおしゃべりしている時のような雰囲気に包まれる。
「そうだね……でもリベンジ戦でも勝つのは私。その先もずっと。ノールは私のライバルだけど私には全敗する予定だから」
私は冗談でもこういう事を言う方ではなかったが、ノールにだけは言っても大丈夫かな、と思ってしまった。
「そっちも怪我なんかして不戦敗、なんて事にはならないようにしてよ?」
「今のノールがそれを言う?」
「う……わ、私は一応走り切った後の怪我だからノーカウントで!」
何となくだけれど、以前よりノールのとの仲が深まった気がした。
(sideジェミニシード)
ガチャ
病室の扉が開き、黒毛が病室から出てきた。
結構長かったな……やっと俺の番かよ……。
黒毛を見送ってから病室に入ろうとしたが、肝心のそいつは俺の前まで寄ってくる。
「……何だ?」
疑問に思ってそう聞く。
「あ……その……ありがとう」
「……は? いきなりなんだよ……」
いきなりお礼を言われ、戸惑う。
「あなたに勇気づけられなかったら……なぁなぁで済ませて、ノールと微妙な関係になってたかもしれなかったから……」
「……別に。お前がウジウジしてるのが見てられなかっただけだ。気を悪くしてないようで何よりだよ」
感謝されるのはあんまり慣れてない。だから変な受け答えをしてしまう。ほとんど知らない奴にお礼を言われたのなら尚更。
「私はもう帰る。それじゃあ」
「……また機会があれば今度な」
ようやく黒毛は帰っていった。病室のドアを開ける。中に入るとノールがベッドで横になっているのが見える。
「おいノール、大丈夫か……って寝てんのか」
ノールはベッドがせりあがっているのもお構いなしに寝ている。
俺とあいつが話してた少しの間に……まぁ、それだけ疲れてたって事か。
床に落ちてた物に気が付き、それを拾う。どうやらベッドのリモコンのようなので、それを操作しベッドをあるべき姿に戻した。
「……お疲れさん」
リモコンをベッド横の机に置き、聞こえてはないだろうがノールに労いの言葉を掛ける。
その後は椅子に座って、寝ているノールをずっと眺めていた。
その間考えるのはさっきのレースの事。ノールが転倒する瞬間を回想してしまい、思わず肩を抱いて身震いする。
……っ! ……ウマ娘は時速60km以上で走るんだぞ? なのに転倒も恐れずにあそこまで自分を追いつめられるモノなのかよ……?
俺だって一緒に底力を鍛えてはいたが……あんな走りは出来るような気がしねぇ。
端から見ていただけでも、圧倒される走りだった。
速さは置いておいて、すさまじさだけで言えば一着の黒毛のあいつよりもはるかに上。嫌でも印象に残る走り。
……正直、憧れたよ……。お前の走りに………
ぼんやりとそんな事を思った。
書きたい事、全部書けました……
明日はエピローグを投稿します。