キーンコーンカーンコーン……
5時限目の終わりを告げるチャイムが鳴りました。6時限目は走りの練習に当てて良い事になっているので、筆記用具や教科書をカバンにしまい、チーム「プロキオン」の準備室に向かいます。
校舎から出て外廊下を歩いていると、街路樹として植えられている桜の綺麗さに目を奪われます。
桜……もう4月かぁ……。
あ、少し自己紹介が遅れました。どうも、ノールミサンガです。
9月にターフで転んで以降、学年が一つ上がるほど時間が経ちました。
あれ以降、レース中の転倒について連日取材を受けたり、ナイトがセンターのウイニングライブを中止させた元凶としてアンチスレができていたりと、色々ありましたが私は元気です……。
それらのイベントを乗り越えた後は怪我を治すのに注力しました。
怪我を一か月で治した後は、三か月ほどのリハビリ期間を経て、選抜レースに出走しました。その結果は一着。しかも結構な大差で勝利を収めました。
しかし私の担当になりたいというトレーナーはほとんどおらず……。
まぁ、レースで転倒するようなウマ娘をわざわざ担当しようという物好きはあまりいないのでしょう。トレーナーさんも私の件で叩かれてしまいましたし。
レース中の転倒は基本的にレース中での怪我が原因です。
しかし私の場合は疲弊のし過ぎが原因で、外から見てもそれが明確でした。そのせいでトレーナーに問題があるのでは、という方向に話が進んだのです。
「実績欲しさに担当に無理な練習を課したり、精神的に追い詰めた事実はありますか?」
「そのせいで彼女は転倒したのでは?」
「担当に対する管理体制が
とかそんな風に。トレーナーさん自身もそれを否定しませんでしたし、一部は肯定していました。
そのため、一時はトレーナー資格剥奪という所まで話が大きくなろうとしていました。
私のせいでそこまで話が大きくなってしまったので、その尻ぬぐいは私がやりました。
これ見よがしに包帯ぐるぐる巻きで会見を開いて、トレーナーさんは私の望みに全力で付き合ってくれただけです、と話せばトレーナーに対する悪感情が収まったのです。
痛痛しい姿での言葉は影響力が強いですね、やっぱり。
会見中に痛がる素振りを見せながら主張をすれば、私に同意してくれる意見がかなり寄せられていました。
ウマ娘を追い詰めた悪徳トレーナー! から ウマ娘の願いに寄り添ったトレーナー! と言う風に美談風に仕立て上げられたりも……。
……お父さん、お母さん……ごめんなさい……。私は公衆の面前で嘘をつく悪い子になってしまいました……。
ジェミニがトレーナーさんを擁護する署名を集めてくれたのも大きかったと思います。
トレーナーさんは私の担当をしながらも、ジェミニの他に担当のいないウマ娘を目に掛けていたようなので、その娘達からの協力が得られたのは大きかったです。
閑話休題。
私を担当してくれるトレーナーが見つからなかったのは、そうして悪目立ちをしたのも大きいのでしょう。
とはいえ、そんな厄介者の私にも引き取り手がいました。ジェミニのトレーナーです。彼女は私が入院している間に選抜レースで結果を出し、専属のトレーナーを見つけていました。
そこに私も入った事でチームを設立することになりました。それが今、私の所属する「プロキオン」です。
「……ちょわっ!」
桜に見とれていた私はわずかな段差に
「何やってんだお前は……」
後ろからは聞きなれた声が。
「うぇ……ジェミニ。タイミング最悪……」
友人に転んだ所を見られ、気恥ずかしくなります。
急いで立ち上がり、彼女と並んで目的地へ向かいます。その途中で話すのは今日の予定について。
「今日、練習前にちょっといいか? 最高速が思ったように伸びねぇからフォームを変えようと思ってるんだが……途中でフォームを変更したお前の意見が聞きたくてな」
「分かった。でも練習前は無理かも……。今日は新入生の子がチームに入ってくる日だから、自己紹介とかチームの規則の説明とか色々やる事あるかもしれないし。
それにトレーナーの研修生も来るみたいだしね」
「ん? 今日だったか、それ?」
「覚えてないんだ……ジェミニ、予定表作ってなかったっけ?」
「えっと……? ……興味なさ過ぎて予定に書き込んでなかったわ」
「えぇ……。後輩が出来るんだよ!?
今までは私とジェミニの二人だけだったけど新入生が入ってくる事によって私達、先輩になるんだよ!」
「クソどうでも良い」
心底どうでも良いという表情をするジェミニに呆れながらも、チームの準備室にたどり着きました。
扉を開けて中に入ります。
「「こんにちは」」
「こんにちは……」
準備室の中にはチーム「プロキオン」のトレーナーこと、
彼はハイライトの無い死んだような目に加えて間を取る話し方をするので、初めて見た時はとっつきにくそうだなと思いました。
しかし接する内に、彼は見た目と話し方の印象が悪いだけで、中身は非常にまともな人だと分かりました。……いや、やっぱり私の担当を進んでやっているので少し変わっているかもしれません。
「今日は新入生が来る日だから、何かあった時は声を掛けるかもしれない……。その時はよろしくね……」
「はい。分かりました」
「了解。……っつーか、その顔の悪さで良く新入生を勧誘できたな……」
「勧誘は出来てないよ……気になる娘にはかたっぱしからスカウトを掛けてみたけど全員に断られた……。
ウチに来てくれる事になった娘は
「えっ!? 私ですか?」
いきなり会話の矛先が自分に向き、驚きました。
バン!!
「おはようございます!!」
「ギャア!!」
それに加えて元気の良い
「マネキクローバー君……ドアが痛むのでもう少し優しく開けて欲しいな……」
「あっ、それは失礼致しました! 以後、気を付けます!」
突然部屋に入ってきたウマ娘。恐らく新入生でしょう。彼女は敬礼
「それより……はぁぁぁ~~~……! 生っ! 生ですよ、生!」
「えっ、ちょっ、な、何ですか……?」
彼女は生、と言うたびに私の方に距離を詰め寄ってきます。彼女の方が身長が高いので正直怖いです。
年下なのについ敬語が出てしまいました。
「あっと、これまた失礼しました! 憧れの人が目の前にいるのについ興奮してしまいまして!」
「え……? わ、私が憧れ……?」
「はい! 紫苑ステークスで見たあの走り! 素晴らしかったです!
ゴール前の鬼気迫る必死の形相!
ゴール後の糸が切れたかのような転倒!
全身全霊で走った事が痛い程伝わってきました!
私は先輩の真剣さ! ひたむきさ! 勝負に掛ける執念! そこに惚れ込んだので、このチームを選んだのです!」
「えっと……あ~、うん……ありがとう……///」
どうやら私の走りを見て憧れを持ってくれたようです。純粋な好意をぶつけられ、照れくさく思いましたが……
「私も毎レースごとにぶっ倒れる覚悟で走っているのですが、どうしても倒れる所までいきません!
どうすれば先輩の様にありったけの力を使い果たして走れるようになりますか!?」
彼女は突然おかしな事を言いだしました。
ぶっ倒れる覚悟、って……
「あ、いや、倒れるのは普通に駄目だよ……? 怪我して痛いし、後遺症が残る可能性もあるし、周りの人にも心配かけるし……」
心配をかけるといえば、転倒したその日にはお父さんとお母さんが病院に飛んできたっけ……。
畑仕事の手伝いはどうしたよ。こっちが逆に心配したわ。
とはいえ泣きながら無事を喜ばれては、無茶な走りをした事に対しての罪悪感が凄かったです。
なので新入生にも私のような走りはしてほしくないのですが……。
「いえ! 先輩の走りを見て以降、倒れる程走らないのはレースに対して本気ではない! と思うようになってしまいまして!
是非、その奥伝を私に伝授していただきたいのです!」
「え、えぇ……」
ストイックすぎるでしょ、この娘……。
彼女は結構危険な思想を持っており、ドン引きしてしまいました。
コンコン
そこにノックの音が響きます。
「どうぞ……」
「し、失礼します!」
入ってきたのはパリっとしたスーツを着た男性。
「あぁ、研修生の……。とりあえず全員揃ったので始めましょうか……。
マネキクローバーくんもノールから離れて……」
「はい、分かりました!
……先輩! 後でじっくり聞かせてもらいますからね!」
「あ、は、はい……」
ひとまず場が落ち着き、皆で自己紹介を行いました。
新入生はマネキクローバー、研修生の方は
「それじゃあさっそくだけど
「い、いきなりですか?」
「まぁ、事務仕事なんか教えてもあんまり意味無いしね……やっぱりトレーナーらしい事しないと……」
「し、しかし私にはまだ少し荷が重いかと……」
「別に
「分かりました!」
「わ、分かりました」
「あ、ノールとジェミニはいつも通りやってていいから……」
「はい」「了解」
そうして三人は部屋から出て行ってしまいました。
「……変なのに目を付けられたな」
「あはは……」
「ま、しばらくはアイツが引き受けてくれるだろうから、こっちはこっちでやるぞ。フォームの変更についての相談、いいか?」
「うん」
私とジェミニは議論を交わしてからコースへと向かいました。
(side研修生)
「こんな感じで練習メニューを組んでみたんですけど……」
パソコンに打ち込んだ新入生用の練習メニューを先輩に見せる。
「はい、拝見……どういうコンセプトでこの練習メニューを?」
「彼女の走りを見た限りでは逃げが得意だと思いました。そして本人は中長距離の王道路線を進みたいと言っています。
その素質もあるので、特にスタミナ強化に重点を置いたメニューを組んでみました。そしてジュニア期の今は体作りが重要なので、基礎トレーニングを多めにしています」
「なるほど…………」
先輩は画面をじっと見つめて、私の練習メニューを確認する。自信はあるが先輩にこうしてチェックされると、やはり緊張してしまう。
「……うん、基本的にはOK……。良くできてるね……」
「あ、ありがとうございます!」
先輩からお墨付きをいただき、安心する。
「でもここはこうした方が良いね……。実践は初めてだからこの間違いはしょうがないと思うけど…………」
そこからは細かい添削を受け、ひとまずの練習メニューが完成した。
「じゃあこれをマネキクローバー君に伝えようか……。おーい……! マネキクローバー君……」
「はい! 何でしょうか?」
「では
「は、はい。えっと、私と先輩で君の練習メニューを考えてみたんだけど、画面を見てくれるかな?」
「はい! 拝見させていただきます! ……すごく綿密なトレーニングメニューですね! これが私専用のですか!?」
目を輝かせて練習メニューを見ている新入生。先輩に手直ししてもらったとは言え、自分の作ったメニューを見て喜んでくれる事が素直に嬉しかった。
「うん。でも君にはさっき2000mを全力で走ってもらったから、今日は負荷の少ない水泳をしようと思うんだけど……」
「分かりました! 早速練習を行いましょう! 善は急げです!」
新入生は私の手を引いて室内プールの方まで引きずっていこうとする。
「ちょ、ちょっと……あの……! 待って……ち、力強……っ! せ、先輩!」
腰を落として踏ん張るものの、そのままズルズルと引っ張られてしまう。ウマ娘の力が強いのはもはや常識レベルだが、実際に体験すると想像以上のパワーだ。
「マネキクローバー君、ストップ……。まだ話が残ってるから……」
「あ、そうでしたか! これはまたまた失礼を!」
先輩がそう言うと、新入生がようやく止まってくれた。
「あ、ありがとうございます……」
「どういたしまして……。といっても、ただ君を助けただけじゃないよ……。
さっきの新入生とのやり取りについて言いたいことがあるから……」
「れ、練習メニューの伝え方に何か間違いがありましたか?」
思わぬ所でダメ出しされそうになり、少し緊張してしまう。
とはいえさっきのやり取りのどこに問題が……。
「トレーニングメニューを伝えるときは……いや、分かりにくいか……あの二人が居れば……。
あ、丁度いい……おーい……!」
しかしすぐにはダメ出しは飛んでこず、先輩は私の後ろに向かって手を振り始めた。
釣られて後ろを向くと、そこには準備室にいた二人のウマ娘の姿が。
二人は先輩に呼ばれ、こちらに近寄ってくる。
「なんですか?」「なんだ?」
「いきなりだけどこの練習メニューを見て欲しい……」
そう言って先輩は私が最初に作った添削前の練習メニューを二人に見せた。
「これが新入生向けのメニューなんだけど……二人の意見を聞きたい……」
「その前に新入生の走りを見せろ。ビデオ、撮ってんだろ」「あ、私も。後で見せて」
目つきの鋭い葦毛のウマ娘……ジェミニシードは先輩からビデオカメラを受け取り、さっき撮った新入生の走りを見始めた。
もう一人の小さいウマ娘……ノールミサンガはパソコンの画面をじっと見ている。
この二人は新人の私でも名前を知っている。確か少し前にあった騒動で会見に出ていたっけか……。
先輩に見られていた時とはまた別の緊張感を感じていると、
「新入生の適性距離と脚質は何ですか?」
ノールミサンガがそう聞いてきた。先輩は黙ったままなので、私が答える事にする。
「中長距離の逃げだよ」
「……ここ、トレーニングの合間に水泳が挟まってますね。坂路ダッシュの後にあるので脚を休めつつ、心肺機能を高める狙いでこうしてると思うんですけど……。
実際には移動や着替えの時間が無駄になるので、コースでするトレーニングの合間に挟むのは現実的でないと思います。
トレーニングの最後に持ってくるとか、水泳の日を作るとかした方が良いんじゃないでしょうか」
驚いたことに、彼女は先輩が指摘したのと同じ部分を指摘してきた。
「水泳の場所には……代わりにLSDトレーニングを入れるのはどうでしょうか? 全身持久力、筋持久力ともに鍛えられますし、ゆったりと走るので脚への負担も少ないと思います」
しかも代案まで出してきて、それが的確なものだから更に驚きだった。
「待て、LSDじゃなくてぺース走の方が新入生には適してねぇか?」
私からすると彼女の代案は非の打ちどころがないと思っていたが、ジェミニシードはまた別の代案を提案してくる。
「え、どうして? ペース走だとちょっときつすぎない?」
「だから普通のペース走よりはペースを落として走る」
「でもそれじゃトレーニング効果が中途半端にならない? ペース走はエネルギーの……えっと、何だっけ……?」
ノールミサンガが頭を押さえて悩み始める。
「ペース走は長距離を走る時に使うエネルギーである有酸素系の強化に役立つ……。
しかしそれを鍛えるためにはキツ過ぎず、楽過ぎずのペースで走るのが最も効率が良い……。
だからペースを落としてしまうと、ノールの言う通り効率が落ちてしまうね……」
そこに先輩がフォローを入れた。
「あ、そうそう、有酸素系だ。思い出した」
彼女の口調から知ってはいたけど、単語が思い出せなかったのだろう。
……と言う事は、結構専門的な知識を知ってるんだなこの娘は……。
「ジェミニも知らない訳じゃないでしょ?」
「んな事は承知の上だ。それでも新入生はペース走をやるべきだと俺は思う」
そう言うジェミニシードに動揺はない。自信満々だ。
一体どういう理由で……?
つい身を乗り出して彼女の次の言葉を待ってしまう。
「その理由は?」
「私も気になりますね……」
先輩やノールミサンガも同じように気になるようだ。
「結論から言うと、ペース配分の上手さを鍛えた方が良いと思ったからだ。
ビデオを見た限りでは新入生のテン3ハロンと上がり3ハロンには約5秒も差がある。最初はぶっ飛ばして、後半垂れる……逃げ馬の典型例だな。
ペースを乱してスタミナを無駄に消費している事は言うまでもない。ま、こいつの場合は天性のスタミナのおかげで何とかなってるがな」
ビデオを一回見ただけでそこまで分析できたのか……
「あ、だからペース走なんだ。一定のペースで走らせて、体感速度の感度を鍛えれば序盤の飛ばしすぎにすぐ気づけるからね」
「ああ、ペース配分を改善出来たら、疑似的にスタミナが増える。チマチマ基礎練習するよりもよっぽどな」
なるほど……ペース配分の上手さによる疑似的なスタミナ強化は知っていたけど、こういう形で練習に組み込めるのか……。
先輩の訂正にも無かった、ジェミニシードの話に素直に感心してしまう。
「なるほど……それは良いですね……。さっそく取り入れましょうか……」
先輩も感心したのか、トレーニングメニューが更新されていく。
「……つーか俺たちがマッサージしてやりゃあ、もう少しハードなトレーニングでも大丈夫なんじゃねぇか? それこそペース走を普通のペースで走っても良いだろ」
「マッサージで解消できる疲労は筋肉だけでしょ? 骨とか関節が強くないと練習強度を上げるのは危険じゃない?」
「それは……確かにそうだな。つってもどうやって骨とか関節の強さを知るんだ? レントゲンでも取るのか?」
「そこなんだよねぇ……私は入院中、ついでに骨密度とか調べてもらったから分かるんだけど……」
「そんなことやってたのか……で、結果は?」
「カッチカチ。というか全身が異様に頑丈だ、って言われた」
「ま、あの転倒でくたばってねぇんだからそれもそうだろ」
「ひ、ひどい言われよう……」
「はいはい……二人ともそれぐらいにして……。話が少し脱線してるから……」
二人で話し始めた所に先輩がストップをかける。
「とりあえず、二人には貴重な意見を頂けたので練習に戻ってもらって大丈夫だよ……」
「分かりました」「へいへい……」
「あ! 先輩! 練習終わりに先輩の秘訣、教えてくださいね! 忘れないでくださいよ!」
「う、うん。また後でね」
そうして二人はコースの方に歩いていく。その背中を眺めていると、先輩が声を掛けてきた。
「……それで? さっきのをどう思いましたか……?」
「さっきの、ってあの二人の事ですよね?」
「ええ……」
「……正直すごいな、と思いました。個々のトレーニング効果に対しての理解が深いですし、改良策まで考えられるなんて。
中央のトレセン学園って学生に対しても高いレベルでスポーツ科学を教えてるんですね。
……自信無くなってきました」
指導する学生自身のレベルがあれだけ高いと、自分がトレーナーとしてやっていけるのかと不安になってきた。
「まぁ、あの二人は同年代の中でも頭一つ抜けている方だから、あんまり気にしなくても良いと思うけどね……。
とはいえ、ウマ娘側にもある程度の理解があった方が効率的な事は今ので分かったよね……」
「はい」
「それを踏まえて、さっきの練習メニューの伝え方……どこが良くなかったと思う……?」
どこが良くなかったか……
「……ただ練習メニューを伝えるだけだったのが良くなかったと思います。
個々のトレーニングの意味を説明してウマ娘側にも理解してもらい、練習に取り組んでもらう必要がある……そういう事ですか?」
「その通り……。あの二人のレベルまでとはいかなくとも、トレーニングの特性、どの能力を鍛えているのか、どういう原理で鍛えられるのかを知ればそれだけで練習の効率は上がる……。
原理が分かれば、練習中特に気を付ける部分も分かるから……」
「ペース走を例に挙げると、ただトレーナーに「このペースで走れ」と言われるより、有酸素系の強化をするために一定のペースで走る必要があると理解した方が、練習中、より適切なペースで走ろうと思える……。
ウマ娘側のモチベーションにもつながるしね……」
ウマ娘側にも理解を、か……。
今までに習わなかった事を先輩から教わり、この人の元で研修して良かったと心から思えた。
「それにウマ娘側の理解が深まると、あの娘達みたいに自分でメニューを立てれるようになるから、こっちとしても楽なんだよね……。
チェックするだけで良いし……。私の仕事はほとんど雑用になってしまったよ……」
「は、はは……」
笑って良いのだろうか……
先輩の言葉にとりあえず苦笑を返す。
「だから他の事に時間を割ける……
それと彼女たちがさっき言ってたけど、骨密度の測定か……。入学時の身体測定にその項目を追加してもらうよう理事長に掛け合ってみようか……」
冗談で少し気が緩んだが、続く先輩の言葉に気が引き締められた。時間が空けば休むのではなく、その時間を利用して別の仕事に取り組む。
しかも担当ウマ娘の雑談からヒントを得て。
「……っと、ごめんね、少し脱線してしまった……彼女たちの事を言えないな……。とにかく、ウマ娘側にもトレーニングの理解を推し進めるようにね……」
「はい! 分かりました!」
姿勢を正して大きな声で返事をした。
2か月ほどの研修期間だけど、このチームから出来るだけの事を学ぼう……
そのような決意を込めて。
「マネキクローバー君も少しずつで良いから勉強するようにね……。
自学したいなら……確かノールが分かりやすい図書のリストをまとめていたはずだから、彼女に聞いてみると良い……」
「はい! 承知しました! 先輩にはこれから非常にお世話になりそうです!」
「ノールだけじゃなくてジェミニにもお世話になるようにね……。
彼女、目つきは悪いけど面倒見は良い方だから、頼れば良いようにしてくれるはずだ……。
それに独自のレース理論を持っているからそれも参考になると思うよ……」
「はい! 承知しました! どちらの先輩にも後で菓子折りを届けようと思います!」
「そこまではしなくても良いと思うけど……。まぁとにかく、練習メニューの伝達からやり直してみようか……」
「「はい!」」
新入生の指導が終わってからは、先輩と少し話をした。
「……ノールミサンガとジェミニシード。あの二人を育てたトレーナーって今もトレセン学園に居るんですよね?」
「うん、そうだね……今は教官をやってるみたいだけど……」
「報道とかを見る限りは悪人扱いされる場面が多かったですけど……あの二人を育てたのなら本当は凄いトレーナーなんだろうな」
「……指導力だけなら優れていた、そう言えるかな……」
「……どういう意味ですか?」
含みのある言い方に意図を聞く。
「ノール、彼女は昔、オープンクラスのレースですらまともに勝てなかった……。
それが少しの間で、GIを取った事のあるナイトグライダーに迫った……。
そのために彼女は無茶な走りをして怪我を負った……。無論、それを望んだのは彼女自身で、それに答えた彼の指導力は優れた物だと思うよ……。
けどね、彼は彼女には無茶をさせるべきでは無かった……。教育者としては赤点だったと思う……」
「それは……」
「
「え、えっと……ありきたりかもしれないですけど、すごく自立した娘達だなと……」
「そう……彼女たちはとてもよく自立している……。年相応ではないくらいには大人だね……。
それは彼がそういう指導をしていたからだと思うんだけど……彼女たちが大人過ぎてあんな事件を起こしてしまったのかな……」
「……どういうことですか?」
「ごめんね、分かりにくい言い方をして……。
……そうだね……例えば、
「それは……応援しますけど」
「ラーメン屋が一年以内につぶれる確率は90%以上だと知ってもかい……?」
「……それでも応援します。そんな事は友達も承知の上でしょうし。承知の上でやりたい事をやるというのなら、私は喜んで応援します」
「そうか……。なら中学生の子が高校に行かずyoutuberになりたい、といったら君はどうする……?」
「それは……止めますね」
「どうしてかな……? 友達の時は応援してあげてたのに……」
「……上手く言葉にするのは難しいですけど、やっぱり中学生ともなると感情や偏見だけで判断する事が多いので……無茶な事をしようとすれば止めますよ。
それに高校に行かず、youtuberとしても成功できなかったら、その子の将来が良くない物になってしまいますから」
「そうだね……。大人と子供、両者に対しての態度は違うものであるべきだ……。
大人には責任能力が問われるけれど、子供の場合は成育の過程として、責任能力は大人である親に問われる……。
ならノールに対してはどうだろうか……? 大人びていて自立しているから、勝つために怪我を承知の上で走る事を君は応援するのかな……?」
「それは………」
「……ノールの元トレーナーはそこを混同してしまったのかなと、私は勝手に思ってる……。
今担当している私ですら、彼女たちを大人扱いをしてしまいそうな時があるぐらいだ……。
けどね、いくら自立しているように見えても彼女たちはまだ子供なんだ。ましてや、後遺症が残るかもしれないリスクを彼は犯させるべきでは無かった。
……だからマネキクローバー君にはしっかり言い含めておかないとね……。
とはいえ私から言うよりはノールから言ってもらった方が効果がありそうだ……後で頼んでおこう……」
「……」
「……ごめんね、変な話をして……」
「いえ、話を振ったのは私の方ですから……」
その後の研修は少ししんみりしたムードで行われた。
例によって練習メニューの部分については、ネットで調べた知識を元にして適当に書いているので、ご容赦ください。