私がターフで転ぶまで   作:RKC

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エピローグ②

「お、ノール……って、何か疲れた顔しとるけどどうしたんや?」

「あ、スパさん。それとナイトも」

「お疲れ」

 

 練習を終えて食堂に向かうと、二人が先に食事を終えていました。同じ席に着きます。

 

「いえ……今日チームに新入生が入ってきたんですよ。それで練習終わり、その娘に根掘り葉掘り質問攻めにあいまして……」

 

 それはもう、本当に根掘り葉掘り。

 練習やレースの事だけでなく、私の好きな物から趣味、走る理由……挙句の果てには心理テストまで受けさせられました。

 

 その上私のように走るためにはどうすれば良いのかを永遠と聞かれましたし……。とはいえその点に関しては、はっきりと止めるようにと言いました。

 倒れたらこうこう、こうなるよ、というのを実体験を交えながらしっかりじっくりこってりと。

 それでも納得いってなさそうだったので、しばらくは言い含める必要があるかもしれません。

 

 ……紫苑S前の私もあんな風に聞き分けがなかったのかな……。

 

 そう思うと反省です。人の振り見て我が振り直せ……。

 

 一方で研修生の人はジェミニに質問をしに行ってました。

 研修生はトレーナーになるべく様々な勉強をしてきていますが、ウマ娘にきちんと相対した事がある人はあまりいないので、人とウマ娘の違いを良く理解するべくジェミニに話をしに行ったのでしょう。

 

「お、おう……質問だけでそんなんなるとは。ずいぶん熱心なのが入ってきたようやな」

「はい……けど慕われるのは素直に嬉しいですね。菓子折りまでもらいましたし」

 

 手に持った紙袋を机の上に置きます。

 

「それはちょっと過剰な気もするけど……」

 

 ナイトは紙袋を見てあきれ顔です。

 

「スパさんの方はどうでしたか? 新入生、入ってきましたか?」

 

「ウチの方は変わりないなぁ……。抜けてく奴もおらんし、入ってくる奴もおらんかった」

 

「ナイトは?」

 

「私の方は一人抜けて三人入ってきたかな……数が増えたのに合わせてサブトレーナーも入ってきたし」

 

「三人もか!? そんなにおるなら一人ぐらいウチの方に融通してくれや」

 

「でしたら関西から来た新入生を……」

 

「それはあかん。ウチのチーム、ただでさえ関西出身が多いのに。これ以上関西ウマ娘が増えてもうたら、かろうじて標準語のトレーナーが完全に汚染されてまうわ……」

 

 雑談もほどほどに、それからはレースについての話が展開されていきます。

 

「んで、二人はこれからの目標とかあるんか?」

 

「私は……やっぱり秋の天皇賞ですかね。

 そこで勝てば中距離では世代最強を名乗れるでしょうし、それにふさわしいメンバーとも戦えますから」

 

「ま、ナイトならそこが妥当やろな。ノールはどうや?」

 

「私は……オールカマ―か毎日王冠か京都大賞典、ですかね」

 

「ノールも秋天に出たいんか?」

 

 私が上げた三つのレースは、一着を取れば秋の天皇賞への優先出走権を得られます。

 なのでスパさんが秋の天皇賞へ出たいのか、と聞いて来たのは自然な事でしょう。しかし私の目的は少し違いました。

 

「いえ、私はナイトにリベンジしないとなので……ナイトが秋天に出る予定ならこの三つのどれかには出るでしょうから」

 

「なるほどな、そういうわけか……。ほら、目の敵にされとるで。言い返したれやナイト」

 

「…………ノールはどのレースが良い?」

 

「えっ?」

 

「三つとも距離と開催場所が違うから。好きなレース、選んで良いよ。

 それで勝負しよう。勝負の場は挑戦者が決めるべき」

 

 そう言ってナイトは私を横目で見てきます。受け取り方によっては舐められているとも取れますが、私を見る彼女の目には闘志が溢れていました。

 私の事をライバルとして認めてくれているのでしょう。

 

 紫苑S以降、ナイトは交友関係を制限しなくなりました。友人と戦えば必ずしも疎遠になるわけでは無いと分かったからなのだと思います。

 今もこうして私に好戦的な態度を取ってきますし。

 

「そういう事なら遠慮なく。毎日王冠で」

 

 三つの中では一番距離の短い毎日王冠を選びます。

 

 ……距離が伸びると、またスタミナ切れ起こしてコケそうだし……。

 

 それに毎日王冠が開催される東京競馬場では500mにも及ぶ最終直線があります。ゴール手前200mには坂も無く平坦な道が続くので、ジェット走法を最大限生かせるはずです。

 

「分かった。……ふふっ」

 

 それ聞いてナイトは了承した後、怪しく笑いました。

 

「……あ、今の笑いは別にノールを侮ったとか、何か含みがある訳じゃなくて、単純にまたノールと戦えるのが楽しみで、あの時の後ろから追いかけられる緊張感を味わえるんだな、って思うと無意識に笑みがこぼれただけで……と、とにかくそういう事だからあんまり気にしないでください!」

 

「う、うん……。分かってるから大丈夫だよ……」

 

 彼女が交友関係を制限しなくなったとはいえ、神経質な面はまだ残っていますが。

 

「スパさんはどうなんですか? これからの目標。やっぱりスプリンターズSの連覇ですか?」

 

「ん? そうやな……ウチは安田記念が目標やで。行けるかどうかはまだ分からんけどな」

 

「安田記念というと……マイルですよね? 1600の……」

 

「そうやで……何や? そんなにウチがマイルを走るのが不思議か?」

 

「あ、いえ。そういうわけでは無いんですけど……。

 でもスパさん、前に「ウチは短距離以外、能が無いからな! 1400ですらヘロヘロやで」なんて言っていたので……」

 

 一度私の前で1400mを走って見せてくれた事もありました。

 1200mだと鬼のように速いスパさんですが、たった200m伸びるだけで、最終直線での失速がひどかったのを記憶しています。

 

「それは本当やで……でもそれを言ったのは半年以上前やろ?

 ウチかてそれだけ時間があれば少しは進歩するわ。

 スタミナを重点的に強化した結果、もう少し長い距離を走れるようになっとるんやで?」

 

 自慢げな顔をするスパさん。確かにスパさんの最高速にスタミナが備わればマイルのGIを取る事も夢ではないでしょう。

 

「……ちゅうても今は1400mがギリギリやけどな……。正直嫌んなるで。半年練習して200mしか伸びんとは……」

 

 しかし一転、げんなりとした表情を浮かべるスパさん。

 確かに200m分のスタミナをつけるのに半年かかるのは異常なレベルです。スパさんは本当に短距離特化の脚質、体質なのでしょう。

 

「それでも半年で200m伸ばせたんじゃないですか! 安田記念が10月だからあと半年……もう200m伸ばして、挑めますよ!」

 

「えらい単純な計算やけんど……まぁそうやな。時間はまだある。焦らずじっくり行こか……。

 まずは5月の京王杯で1400m走れることを示さんとな。安田記念への優先出走権も貰えるし」

 

「頑張ってくださいね」

 

「無理はしすぎないようにしてください」

 

「おぅ……後輩からエールも貰ったし、ウチはそろそろ寮に戻るわ」

 

「私も先に寮に戻ってる。また部屋で」

 

「うん。スパさんもお疲れさまでした」

 

 そう言って二人はお盆を返却口に返し、食堂を出ていきます。残された私は夕飯のメニューを選びに席を立ちました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食を食べた後、ある目的のために私は一人で食堂に残っていました。今日の授業の復習などで時間を潰します。

 食堂が閑散とする頃、私の目当ての人が食堂に入ってきました。

 

「あ、トレーナーさん」

「ん? ノールか、奇遇だな。少し話すか」

 

 奇遇と言うよりは待ち伏せていたのですが、わざわざ言う事でもありません。……ありませんよね?

 

 トレーナーさんは私の対面に座ります。

 

「それで……最近どうだ?」

「今日は新入生と研修生が入ってきて、色々ありましたが……まぁぼちぼちです。

 それよりトレーナーさんの方はどうなんですか? 新入生が入ってきて教官としての仕事が大変になったのでは?」

 

 トレーナーさんは私の専属を止めてからは教官に立場を変えました。

 そこでトレーナーさんの当初の目的、「ウマ娘が一人でも成長できるようになる指導をする」を果たしているようです。

 

「そうだな、あんな騒動を起こした後でもお前の会見のおかげで指導を求めてくれる娘が結構いてな……一人一人にますます時間を割けなくなった。

 とはいえ書いた本があるから、多少はマシだ。当分はその本と他の図書を参考に自主練習してもらってる。

 分からない所があれば質問しに来てもらうようにしてな」

 

「本、私も読みましたけど……あの本、私を例にして書いてる部分が多々あるので万人向けとはいかないのでは?」

 

「そう、そこが少し問題だな。ここからは例を増やして汎用性を高めていかないといけない。ま、幸いにして例はたくさんいる。

 後は執筆する時間をどれだけ確保できるかなんだよな……」

 

 トレーナーさんは頭を抱えてしまいました。その様子を見る限り、相当忙しいようです。

 

「あ、じゃ、じゃあ、こうして私と話してるのも迷惑ですかね……?」

「そんなことはない。元担当と話をする時間くらいはある」

「そ、そうですか……」

 

 その返事を聞いて内心ホッとします。少しの沈黙が訪れたので、水を飲んで間を持たせました。

 するとトレーナーさんから話を振ってきてくれます。

 

「……着けてくれてるんだな。それ」

「あ、これですか? はい。免許皆伝にトレーナーさんから貰ったものですから」

 

 耳飾りに手を伸ばし、話題に上がった物を触ります。それは動物が刻印された小さなコイン。

 

「……気になったんですけど、このコインに刻印されている動物って何ていう名前なんですか?」

 

 刻印されている動物、パッと見る限りはタヌキに見えます。とはいえ、タヌキとはちょっと違うような……。とにかく知らない動物です。

 

「今更だな……クズリだよ」

「クズリ?」

 

 聞いたことのない名前に首をかしげます。

 

「イタチ科の生物で別名クロアナグマ……っつっても分からないか」

 

「そうですね……どうしてクズリなんてマイナーな生物を? 何か特別な意味があったりするんですか?」

 

「お前に似合ってるからだ。クズリは怪我や死を恐れない好戦的な生き物でな。

 小さい体にも関わらず、自分より大きな捕食者にもひるまず立ち向かう。相手としては怪我をしたくないからクズリとは争いたくない。その結果、クズリには天敵がほとんどいない。

 死ぬことを恐れない事が生存戦略に繋がっている珍しい動物だ」

 

「はぁ……それで私に似合ってるって、どこがですか?」

 

「怪我や死を恐れない好戦的な所と小さい所」

 

 ひどい評価を貰いました。

 

「……小さいのは否定しませんけど、死ぬのは当然怖いですし、怪我ももちろん怖いですよ!」

 

 トレーナーさんは私を何だと思っているのでしょうか。

 

「紫苑Sであんな走りをしておいてどの口が言うんだ」

 

 とはいえ、あのレースの事を引き合いに出されると弱いです。

 

「うぅ……あれはコケたくてコケたわけじゃないのに……。あのレースはああでもしないと勝てそうに無かったから、しょうがなくああ走ったただけで……」

 

「普通の奴は勝つためだけに時速60kmで転倒するリスクを犯そうとはしない」

 

「それは……確かにごもっともで……」

 

 淡々と反論され、ついには認めてしまう私。

 また少しの沈黙が訪れたので、水を飲んで間を持たせます。

 

 

 

「…………私、将来はトレーナーになろうと思ってるんです。

 私みたいに伸び悩んでいた娘を助けられるようなトレーナーに……」

 

 今度は私から沈黙を破りました。

 

「そうか……トレーナー、良いんじゃないか?

 というよりウマ娘の指導を俺らみたいな人がやってるのがそもそも不自然だよな……普通、引退したウマ娘がトレーナーをやるべきだろ……。

 それだけじゃ人手が足りないから次いで人も、ってんならまだ理屈は通るが」

 

「それは確かにそうですけど……昔から言われてるじゃないですか。人とウマ娘の間に生まれる絆がウマ娘の力を最大限に引き出す、って」

 

「絆、か…………。ノールは絆の語源、知ってるか?」

 

 急にそんなことを聞いてくるトレーナーさん。

 

「絆の語源ですか? ……いえ、知りません」

 

「古語に「(ほだ)し」って言葉がある。それが語源だ。

 人情などにひかれて自由に行動出来ない物を指す……。

 絆ってのは、本来マイナスのイメージを持つ言葉だ」

 

「……」

 

「…………俺とお前の絆は良くない物だったんじゃないか、って今でも思う。俺はお前に勝ってほしいばかりに冷静さを失い、あんな参事を招いて……。

 お前の会見後は美談風に仕立て上げられたりもしてたが…そんな訳は無い……そんな訳無いんだ……ただ俺がどうしようもないバカ野郎だったってだけで……」

 

「トレーナーさん」

 

 私はトレーナーさんの言葉を遮りました。

 

「……トレーナーさんと私の縁は良い縁でした。間違いなく。絶対に」

 

「…………そう、だな……。悪い、引きずっちまって……」

 

 そうは言うトレーナーさんですが、表情は暗いです。私が怪我をしたのは自分の責任だと今でも思っているからなのでしょう。

 事実、トレーナー資格剥奪騒ぎが起こった時も、トレーナーさん自身から資格を返納しようとした、という話を後から聞きました。

 それは私を怪我させてしまったという後ろめたさからそうしたのだと思います。

 

 とはいえトレーナーさんは今でもトレーナーを続けている。それもきっと私のせいです。

 私がトレーナーを止めることを望まなかったから。会見で大立ち回りを演じたから。

 私を(ほだ)しとして、トレーナーさんは今もトレセン学園に残っているのだと思います。

 

 その事を考えると、私も暗い気持ちになりました。

 

「「……」」

 

 再び沈黙。コップに口をつけます。

 

 

 

「……それと……ありがとうな」

 

 トレーナーさんから沈黙を破ってきました。

 

「……何の事ですか?」

 

「会見についてだよ」

 

「あれについてはもうお礼して貰ったと思いますけど……」

 

「何回言っても足りねぇよ。お前やジェミニ達のおかげでこうしてトレセン学園に居られるんだからな……」

 

「それは……」

 

 トレーナーさんはトレセン学園から去ろうとしていたのに、引き留めてしまったという後ろめたさが私の言葉を詰まらせます。

 

「……指導した娘が模擬レースや選抜レースで結果を出して喜ぶんだ。それを見るたびにトレセン学園に残れて良かった、って思うよ。

 それにお前の時のような失敗は二度としない。絶対に無茶だけはさせないように気を使ってる。

 だから……ありがとうなノール。そして本当にすまなかった……」

 

「……とんでも、いたしまして……?」

 

「……なんだその返事……?」

 

「「とんでもないです」と「どういたしまして」を同時に言おうとして合体してしまいました……」

 

「欲張りすぎだ……」

 

 私のドジで、重い雰囲気が少し和らぎました。

 

 

 

「…………ま、レースもトレーナーになる勉強も頑張れよ、元担当さん。俺はいつでも応援してるからな」

 

 少し茶化すように言って席を立つトレーナーさん。食事を取りに行くのでしょう。

 

「は、はい! 頑張ります!」

 

 私はその背中に大きく返事をしました。

 




 これにて完結です!
 ここまで付き合っていただいた読者の方々、感想、評価をくれた方々、誤字報告をしてくれた方々、本当にありがとうございました。


【挿絵表示】



 以下自分語り


 以前まではIQの低いオリジナル官能小説を生業としていましたが、流石に飽きてきたので、親に見せても最低限恥ずかしくない小説に手をだそうかなーと思っていました。


 そこでウマ娘のゲームをやってたら良さそうな話が天から下りてきたので、設定を借りて執筆したわけですが、自分でも驚くぐらい筆が乗りましたね。(逆に官能小説の方の筆が遅くなった)


 実力的に劣る人が努力し、格上と良い戦いをする。しかし最後には負けてしまう展開が好きだったのでこのような内容にしました。
(特に初めの一歩の小橋 健太とか……伝わるかは分かりませんが。
 あの試合、素晴らしいですよね。見るたびに泣いちゃうほど好きです。
 天賦のパンチ力を持つ一歩にたいして、小橋には一歩並みのパンチ力も目を見張るような技術もない。
 しかし、何とか一歩の攻撃をしのぎながらポイントを稼ぐ戦法を取った小橋。
 いいようにあしらわれ、経験の少なさから焦る一歩。どんどん体力を消耗してしまい、小橋が有利な展開に。
 そのまま順当に試合を運べば小橋の勝ち……だったのだが、ヘロヘロの一歩に対してKOで勝ちたいという欲を出してしまい、ガードが甘くなった所に一歩のパンチを二発食らっただけで逆転KO負け。
 
 凡才が天才に勝つために、一歩を良く研究し、対策を練り、恐ろしい破壊力のパンチに怯えながらも上手く防御を固める事が出来た……。
 にもかかわらず! 自分自身の欲によって逆転負けを喫したと言うのがまさに凡人……欲に負けず、判定勝ちに持っていければそれも一つの才能だったのに……
 凡人として戦い、凡人として負けた彼が私は好きです)


 プロットの段階ではもっと短い話になる予定だったのですが、執筆途中でどんどん話が膨らんでしまいました。ジェミニとか最初は登場する予定じゃ無かったですね。
 そして話が膨らんだ挙句、「おいおい……こんな展開にして上手く纏められるのか……?」と思いながらも、エピローグで必死に風呂敷をたたみました。


 とはいえ全体的に、「おー……かなり良く書けたな」と自画自賛出来るくらいの出来に。
 しかしネットに投稿する段階で、
「ウマ娘の二次創作なのに、登場人物全員オリジナルだけど需要あるのか?」とか
「こんなニッチな物語、受けるのかな……」とか考えていましたが、たくさんの人が閲覧し、評価してくれました。杞憂に終わって良かったです。

 機会があれば新しいウマ娘二次創作で再び会いましょう。それでは……
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