私がターフで転ぶまで   作:RKC

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四話 ズレる歯車

 スパさんに手ほどきを受けてからまた1週間。

 トレーニング方法を教えてもらい、順調にジェット走法を練習できている……わけではありませんでした。

 

 というのも、最初の方は練習するたびに体の倒し方、歩幅の取り方、腕の振り方、それらを調節し、ジェット走法の完成度を高められました。

 しかし、ある一定のところからどうしても体を倒しきれない、歩幅を小さく出来ないのです。

 

 腕の振り以外にも何かコツがあるのかと思い、ジェット走法の元祖であるスパさんの映像を穴が空くほど見ました。

 そして少しでも気になったことを実際に試してみたのですが、どれも上手くいきません。

 

 いくら考えていくら練習しても上達しない。その状況に私は焦っていました。

 

ドフッ!

 

「フー……」

「どうだった?」

「……いえ、手ごたえありませんでした」

「これもか……」

 

 トレーナーさんが手元の用紙に×をつけます。

 

「どれも駄目だったな」

「そう、ですね……」

 

 用紙には私とトレーナーさんで考えたフォームの改善案を箇条書きしており、実際に試してみて効果ありなら○、駄目なら×を付けているのですが、結果としてはオール×。

 つまり全て的外れという事でした。

 

「これだけやっても駄目か……ってことは原因は他にあるのか? フォーム以外の所か、それとも……」

 

 トレーナーさんは顎に手を当てて考え込み始めました。そこに着信音が。

 

プルルルル……

「ん? 悪いな、ちょっと席を外すぞ」

「あ、はい」

 

 そう言ってトレーナーさんは体育館から出て行ってしまいました。

 私がピットの中でしばらく寝転んでいると、そこに来訪者が。

 

「どや? 練習は順調か?」

 

 この声は……

 

「スパさん?」

 

 体を起こして声のした方に顔を向けると、そこには確かにスパさんの姿が。

 

「なんや二人して難しい顔しとったけど、上手くいってへんようやな」

 

 急いで立ち上がり、ピットの外に出ます。

 

「またトレーナーさんに呼ばれて来てくれたんですか?」

 

「いや、別に呼ばれてないで。ウチが勝手に来たんや、そろそろ次の壁にぶち当たっとる頃やろうと思ってな」

 

「そ、それはその通りなんですけど……どうしてそんなことが分かるんですか?」

 

「いうてもウチはジェット走法の生みの親やで? ノールが躓きそうな所と時期はまるっとお見通しや。

 そんでちょっと失礼」

 

 スパさんは私の方に近づき、体操服をめくってお腹を触ってきました。

 

「……え、ちょ!? な、何するんですか!?」

 

 いきなりの事に驚き、とっさにスパさんの手を払いのけました。

 

「ま、ええやんええやん、減るもんでもないし。先輩に触らせてみいや」

 

 手をワキワキさせながらにじり寄ってくるスパさん。

 

「え、えぇ……」

 

 普段とは違う先輩の様子に思わず後ずさりします。

 

 もしかしてスパさんってそっちの気が……

 

「そんな警戒せんでもええやん、腹筋の様子を見るだけやから。

 ……そんなに触られるのが嫌なら、服めくってお腹見せてくれるだけでもええで」

「わ、分かりました! お腹見せますから! その手の動きは止めてください!」

 

 今のスパさんに触られると碌なことにならなそうだったので、代案を受け入れることにしました。

 体操服の裾を掴んで肋骨のあたりまでめくります。

 

「腹に力入れてみ」

「はい」

 

 言われるままにお腹に力を込めます。

 

「あー……やっぱり腹筋足りてへんなぁ」

 

「? 腹筋とジェット走法に何か関係があるんですか?」

 

「ありまくりやで。ジェット走法はバランス感覚も大切やけど、それ以上に力技で何とかしてる所も大きいからな。

 つま先で踏ん張って、腹筋で身体を起こす感じ……って言って分かるか?」

「えっと……」

 

 あまりピンときません。

 

「そうやなぁ……とりあえず片足立ちしてみい。

 手は体の前でクロスや、使わんようにな」

「はい」

 

 左足を上げ、バランスを取りながら片足立ちします。

 

 手でバランスを取れないから意外と難しい……。

 

「そんで、片足立ちかつ、手が使えん状態で重心が崩れると……」

「わわっ……」

 

 後ろからスパさんに押され、バランスを崩しそうになりましたが、つま先で踏ん張り、何とか体勢を整えます。

 

「どうや? つま先からお腹にかけて力入れたやろ」

 

「あ……この感じで無理矢理体勢を整えるってことですか?」

 

「そうや。もともとジェット走法はアホみたいに前傾姿勢になるから、腕の振り方とか他の小細工じゃバランスが取り切れん。

 最後は力でねじ伏せるんや。んで、その中でも不足しがちなのが腹筋やな」

 

「一応、お腹も鍛えてるんですけど……」

 

 トレーナーさんが考えた筋トレのメニューには、脚を重点的に腕や背中、お腹を鍛えるものも含まれています。

 なのでまったく鍛えていないわけでは無いのですが……。

 

「普通の鍛え方ではとても足りんのや。最低限これぐらいは出来んとな」

 

 スパさんは床に寝そべり、腕立て伏せの体勢に。

 そこから肩を前の方にスライドさせ、腕だけを支柱に足を浮かせました。

 そしてバランスを取りながら徐々に足を上げ、ついには反動をいっさいつけずに倒立を果たしたのです。

 

 今度は倒立の体勢からさっきの逆再生。ゆっくりと腕立て伏せの体勢にまで戻りました。

 

「ま、ざっとこんなもんやな」

 

「すごいです! 体操選手みたいでした!」

 

「ん~、褒められると悪い気はせんな。でも感心しとる場合か? 

 ノールもこれぐらい出来るようにならんとジェット走法は習得できんで」

 

「つまり筋トレをもっと頑張らないとダメってことですか……」

 

「せやなぁ。とくに腹筋と体幹筋を鍛えや。

 あ、腕はそんなに鍛えんでもええで。

 さっきの倒立には腕の力もいるけど、ジェット走法で走る分にはそんなに腕の力はいらんからな」

 

「分かりました。トレーナーさんに相談して筋トレのメニューを変えてもらいます」

 

 スパさんから実演も交えてアドバイスを貰えました。

 

さっきまで全く上達の兆しが見えず、霧の中にいるような感覚でしたが、筋トレという明確な指針が見えたことで幾分か気が楽になりました。

 ジェット走法の習得に一歩近づいた気がします。

 

「今日もありがとうございました。わざわざ私の所に赴いてまで……」

「ええって、ええって。……ちゅうてもなんでウチの所に相談しに来てくれんかったんや?

 行き詰った時にすぐ相談してくれれば、効率的やったろうに」

「……あ!」

 

 スパさんの何気ない質問でしたが、それを聞いたとたん、顔から血の気が引いていきます。

 

「その……トレーナーさんに止められてたんです。

 自分で考えた改善策が正しいかどうか質問しに行くのは良いけど、ただコツを聞くのは駄目だって」

 

 そうなのです。

 スパさんに練習方法を教えてもらった翌日、トレーナーさんから忠告を受けていたのですが、スパさんのいきなりの訪問にすっかり忘れていました。

 

「ふーん……あのトレーナーまだそんなこと言っとったんか?」

 

 忠告を忘れていた申し訳なさから眉をひそめる私とは対照的に、スパさんは眉を吊り上げて、やや怒った様子。

 

「……人にアドバイス求めたらあかんなんて、いつの時代の考えやねん。

 全部自分一人でやれってか? 昭和の職人かいな……。

 トレーナーなんやから担当ウマ娘のことをちゃんと考えて、最速で成長できるように取り計らうべきやろ。ちょっと無責任やで」

 

 普段陽気なスパさんが怒った様子を見せるのは珍しいです。

 

「でもトレーナーさんにも考え合っての事じゃないですか。

 試行錯誤する力をつけるために、と言っていましたし」

 

「試行錯誤ねぇ……今はさっさと上達するのが先やないんか? 

 試行錯誤してる暇があったら聞けることは聞いて、その時間を他の事に費やした方が効率的やん」

「それは……確かにそうですけど」

 

 試行錯誤した結果、的外れなことを頑張ってもそれは無駄になるわけです。

 ここ4、5日ほどはまさにその通りの足踏み状態でした。

 

「あん時はノールに自立したウマ娘になって欲しいなんて言ってたけど、ただ自分が楽したいだけとかやったら承知せんで、あいつ……」

 

 スパさんの口がだいぶ悪くなってきました。かなりヒートアップしてきたご様子。

 

 今はトレーナーさんが一時離席しているので良いですが、本人の目の前でそんなことを言えば、気を悪くしてしまうでしょう。

 それに今のスパさんと反対の意見を持つトレーナーさんが会うのは火に油を注ぐ結果になりそうです。

 

「お、落ち着いてください。そんなに喧嘩腰にならなくても……」

「戻ったぞ。悪かったな、結構時間かかっちまって」

 

 火を宥めようと試みましたが、それより早く油が帰ってきてしまいました。

 

「って、なんでスーパーチャージャーがここにいるんだ?」

 

「ノールにアドバイスしにきたんや、あんたにとっては都合が悪いかもしれんけどな」

 

「アドバイス、ってノールに教えたのか? くそっ、俺が不在の間に勝手なことを……」

 

「ちょいちょいちょい! 勝手はどっちや!? 

 ノールにウチんとこ来て相談するなって釘を刺してたみたいやけど、なんの権限があってそんな事強制してんねん!」

 

「あぁ? 何も相談しに行くなとは言ってねぇぞ。

 何も考えずにどうしたら良いですか、って聞きに行くのを制限しただけだ。

 それに権限ってのは言いすぎだろ。ノールを成長させるために必要だと思ったからそう忠告しただけだ」

 

「成長~? 逆やないんか!? 

 試行錯誤する時間があったら、ばんばんアドバイス貰ってその時間を練習にあてた方がよっぽど成長できるやろ!」

 

「それは目先の事しか考えてなさすぎだ! 

 人から聞ける内はそれでも良いかもしれねぇが、誰も手を付けたことがない事を練習するときはどうする!? 

 貰った助言が間違ってたら? 

 そん時は試行錯誤してやるしかねぇだろ!」

 

「そんくらいウチかて分かっとるわ! けど今はそんな場面やないやろ! 

 ジェット走法の生みの親であるウチが間違いあらんように助言できる! アドバイスの貰い得や!」

 

「本当にそう断言できんのか!? 間違いないって言うが、それはお前にとってはだろ!? 

 ノールに合ってない可能性もある!」

 

「そん時はそん時や! ほいたらウチがまた別の助言をいくらでもしたるわ!」

 

「なんだと!!」

「なんやぁ!!」

 

 二人の言い争いはあっという間に大炎上。今や二人は額を突き合わせるほどの距離で、メンチの切り合いを行っています。

 

「あぁ……」

 

 途切れの無い口論に、私は仲裁する暇すら与えられず、オタオタする他ありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っていう事があったんだ」

「それは……災難だった」

 

 場所は変わって今は自室。同室相手のナイトに今日会った事を話していました。

 

「どっちの意見の方が正しいのかな……ナイトはどう思う?」

 

「どっちが正しいとかは無いと思う。けど、どちらかと聞かれればスパさん、かな。

 コツを聞けるなら聞いて、練習する方が効率的だと思う」

 

「そっかぁ……」

 

「ノールは? どっちが正しいと思ってる?」

 

「私は……本音を言えばスパさん、になるのかな。やっぱり早く上達したいし。

 あ、でも、トレーナーさんの意見も気になるんだ。

 トレーナーさんと出会った時、自分がいかに考えていないのかを思い知らされたから……」

 

「つまり、どっちつかず?」

 

「や、やっぱりそうなっちゃうのかな?」

 

 どっちつかずと言われると、中途半端で悪いように感じてしまいます。

 しかしどちらかの意見を選んでしまうと、スパさんとトレーナーさんのどちらかを選んでしまったような気がするので、ためらってしまうのもしょうがないでしょう。

 

「そ、それよりも! ナイトの膝は大丈夫なの? そろそろ治るって聞いてたけど」

「うん。もう少ししたら練習しても良いって」

 

 露骨な話題反らしでしたが、ナイトは乗ってきてくれました。

 

「ケガしたのがオークスだから……完治まで一か月以上かぁ……。体がなまったりしてない?」

 

「足に負担を掛けないトレーニングはしてたから大丈夫。でも走るとなると怪しい……ちゃんと感覚取り戻さないと」

 

「……ナイトは、トレーニングできない1か月の間どうだった?」

 

「どう、とは?」

 

「その、練習できない焦りと不安で夜も眠れなかったりとか……」

 

「無いわけじゃなかった。療養している間に他の娘達が練習してるって思うといてもたってもいられなかったかな。

 でも、夜も眠れないって程じゃなかった。雑誌の仕事もあったし」

 

「そ、そっか……」

 

 ナイトの返答を聞き、少し俯きます。

 

「……なにか悩み事?」

「えっ?」

「今、明らかに気分が沈んだ様子だったから」

 

 わずかな所作から感情の機微を読み取られたようです。

 しかし怪我が治ってこれからというナイトに心労を掛けるのは嫌だったので、明るく誤魔化します。

 

「き、気のせいだって! 何でもないから、うん」

「……ノールがそういうなら、これ以上は聞かないけど……」

 

 ナイトは不服そうな表情でしたが、一応は引き下がってもらえたようです。

 目線を時計の方に向けると、短針が10時を指しています。

 

「あ、もうこんな時間だし、明日も朝練あるから、そろそろ私は寝るね」

「そうだね。私もそろそろ寝ようかな」

「じゃあお休み」

「お休み」

 

 自分のベッドに寝転び、手元のリモコンで電気を消します。そして目を閉じて眠ろうとしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………

 

 体感時間にして10分ほどでしょうか。眠れる気配はありません。

 仰向けの状態から寝返りを打ち、体勢を変えてみます。

 

…………

 

 そこからまた10分ほど。やっぱり眠れません。

 

 早く寝ないと……明日も早いのに……。

 

 そう思って強く目をつむりますが、効果はありません。ここ数日はいつもこうです。眠れない間考えることは毎夜同じ。

 

 早く……早く走りを上達させないと……

 トレーナーさんに見限られるかもしれない……

 

 トレーナーさんと出会ったあの夜、確かこう言っていました。

 

(俺は早く実績を作りたい。

 そのためには誰かウマ娘を担当して勝たせるのが一番手っ取り早い。

 それも元々強いウマ娘よりはその……無名なウマ娘を勝たせる方が実績としては分かりやすい。だろ?)

 

 つまりトレーナーさんが私の担当をしてくれているのは、私を勝たせて実績を作るためです。

 しかし私が上達できず、レースに勝つ見込みが無かったら? 

 

 きっと……いえ、確実に私の代わりのウマ娘を探し、その人の担当に変わってしまうはずです。

 

 今トレーナーさんに見限られれば、練習方針の決定、効率的な筋トレメニューの計画、トレーニング中の手助けなどの幅広い支援を受けられなくなります。

 それだけは避けなければいけません。でないとまたレースでの勝利が遠のきます。

 

 トレーナーさんに見限られないためには走りを上達させ、レースに勝つ見込みがあることを示す必要があります。

 けれどその猶予期間は?

 

 私を勝てるかどうかを見極めるためある程度の猶予は貰えるでしょうが、かといって長い間猶予を貰えるとも思えません。

 トレーナーさんは速く実績を作りたいので、見込みが無いと思えば、出来るだけ早く私のことを切るでしょう。

 

 結局はその猶予がどれくらいの期間なのか、私には分かりません。

 まさかトレーナーさんに聞くわけにもいかないでしょう。

 

 猶予期間が分からない以上、私は出来るだけ早く勝てる見込みがある事を示す必要があります。

 しかしここ数日のトレーニングではずっと足踏みをするばかりで、前に進んでいる感覚がまったくありませんでした。

 

 早く上達したいのに、練習は上手くいかない。その状況に焦りだけが募り、夜も眠れないほどに。

 

 こうして眠っていていいの……? 

 ただでさえ進歩が無いんだからもっと練習するべきなんじゃない……?

 

 今の私には練習をしていない時間全てが「悪」のように感じられました。体を休めることが大切と分かっていてもなお、です。

 

 明日……明日はもっと頑張らないと……。

 

 今日、スパさんからアドバイスを貰ったので光明は見えました。しかしその課題は筋力不足。

 なので筋トレに励むほかないのですが、筋トレなど一朝一夕で効果が出るものではありません。

 

 そのことを考えると、胸のあたりが重くなってきます。

 

「……ふー……」

 

 嫌なため息をついて、もう一度寝返りを打ちました。




 加湿器オン、湿ってまいりました。
 湿度なんてもん、なんぼ高くても良いですからね。
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