私がターフで転ぶまで   作:RKC

5 / 29
五話 スカウト理由

ジリリリリリ!

 

 アラームに反応し、私の手は最速で目覚まし時計の頭を叩きます。

 

「うー……」

 

 癖で起床は出来たものの、いつもより体の調子は悪いです。

 はい、もちろんここ数日なかなか寝付けなかったことによる寝不足が原因ですね。

 特に昨日はひどく、3時間ほどしか眠れませんでした。

 

ピピピッ! ピピピッ!

 

 部屋の反対側ではナイトの置時計のアラームが鳴っています。

 3度目が鳴るか鳴らないかのあたりでアラームは止められました。

 

「んー……おはよう、ノール」

「おはよう……」

 

 ナイトはベッドの上で大きく伸びをした後、きびきびと朝の支度を始めます。

 一方、まぶたの重い私は、念入りに顔を洗って無理矢理目を覚ましました。

 

 顔を上げて鏡を見ると、目の下にははっきりと隈が出来ています。

 

 どうしよう……トレーナーさんに見られたら体調管理出来ない奴って思われるかも……

 

 そう思い、隈を化粧で無理矢理隠しました。

 パっと見では分からない程度にはなったと思います。

 

「ノール、先に出てるから」

「あっ、うん、行ってらっしゃい……」

 

 早くに準備を終えたナイトはどこかに行くようです。

 私も遅れを取り戻すように、急いで運動着に着替え始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません! 遅れました!」

「寝坊なんて珍しいな。目覚ましでもかけ忘れたか?」

「そ、そんなところです」

「ま、少しぐらいは良いさ。朝練始めるぞ」

「はい」

 

 どうやら隈には気づかれなかったようです。

 心の中で安堵しながら、朝のトレーニングを始めました。しかし……

 

「ノール、体調悪いのか?」

「えっ?」

 

 しばらく練習をしていると、突然トレーナーさんにそう言われます。

 

「いつもより集中力を欠いてるように見える」

「そ、そうですか?」

「俺の気のせいだったらいいんだが……何か不調があるなら言ってくれ。今日は休みにするから」

 

 隈は見破られませんでしたが、寝不足によるパフォーマンスの低下はしっかり見抜かれているようです。

 

「えっと……」

 

 普通なら「すみません、ここ数日上手く寝付けなくて寝不足なんです」と言ってこの話はおしまいです。

 しかし私は、トレーナーさんに体調管理も出来ない奴だ、と思われたくないので素直に話すことは出来ませんでした。

 

 ただでさえ練習が上手くいってないのに、ここで駄目な所をトレーナーさんに見せてしまうと、本当に見限られてしまうのでは……。

 そんな強迫観念にも似た思想に今の私は囚われていました。

 

「その……」

 

 何か良い言い訳を考えていると、トレーナさんから切り出してきます。

 

「……昨日の事で悩んでるのか?」

「え?」

「俺がお前の先輩、スーパーチャージャーと揉めた件だよ」

「あ、あぁ……」

 

 そういえばそんな事もありました。昨日の今日なのに、私の頭からはすっかり抜け落ちていました。

 

「あれは俺もムキになりすぎた……次に会ったらちゃんと謝ろうと思ってる。

 だからその事で悩んでるんなら、要らねぇ苦労を背負わせちまった俺の落ち度だ。悪いな」

「わ、分かりました」

 

 上手い言い訳が思いつきそうになかったので、トレーナーさんの理屈を借りてその場を切り抜けます。

 

「じゃあ続き、やるか」

「はい」

 

 それからの朝練は不調を悟られない様に、一層集中してトレーニングに励みました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 時間は過ぎ、今4限目のチャイムが鳴った所。お昼休憩の時間になりました。

 

「ふわ……」

 

 朝練から始業までのわずかな時間や、各休み時間に仮眠を取ったものの、未だにまぶたは重いです。授業中も船を漕ぐばかりで、全然集中できませんでした。

 

 早いとこ何とかしないと……。

 

 上手く働かない頭を回転させて、どうにか解決策を考えていると、

 

「ノール、ご飯食べに行こう」

「あっ、うん」

 

 別クラスにも関わらず、ナイトがご飯に誘ってきました。

 いくら眠いとはいえ、昼ご飯を抜くのは良くありません。誘われるままにナイトと一緒に食道に向かいます。

 その途中でスパさんに出会いました。

 

「おっ、二人とも今からメシか?」

「はい」

「ならウチも混ぜてもらってええか?」

「大丈夫です……というか大体いつも一緒だからわざわざ聞かなくても……」

「ま、一応な」

 

 食道に着き、三人でそれぞれ料理を選びます。それからいつもの窓際の席に座ります。

 

「あー……というか昨日はすまんかったな、ノール」

 

「トレーナーさんと揉めた件ですか?」

 

「せや。あれはウチも熱くなりすぎたわ。嫌味言うだけのつもりがあれよあれよという間に……な?」

 

「スパさん、そんな事してたんですか?」

 

「お恥ずかしながら……あの後は色々大変やったわぁ……」

 

「体育館中の人がみんな注目してましたからね……」

 

「お互いこってり叱られたわ。ノールのトレーナーの方が指導する立場やからって事で余計に怒られてたけどなぁ……。

 今度会ったら謝っとくか……」

 

「あ、トレーナーさんもそう言ってました。スパさんに会ったら謝らないと、って」

 

「うげ、変なところで気が一致してもうたわ……ちゅうても謝りはするけど」

 

 そんなことを話しながら食事を進めます。

 

 あらかた食べ終わり、一段落したころ。

 

「そういえば、ノールは大丈夫?」

「……っ、な、なに?」

 

 お腹が膨れて寝そうになっていた私はナイトの声にも返事が遅れます。

 

「……今、うとうとしてたから……昨日眠れなかったのかなって思って」

「なんや、夜更かしでもしたんか?」

「い、いえ、そう言うわけでは……」

 

 今、夜更かしを認めてしまうと、トレーナーさんに謝ると言っていたスパさん経由で寝不足がバレてしまうかもしれないので、つい否定してしまいました。

 

「ならどうして眠そうにしてたの?」

「それは……」

 

 不味いです。何か言い訳を考えようとしても、眠気で頭が全く働きません。

 ウイルスに感染したパソコンの様にエラーだけを吐き出しています。

 

「……あ、そ、そういえば私、先生に呼ばれてたからもう行くね?」

 

 上手い言い訳が思いつかなかったのでやや強引ですが、そう言って席を立ちます。お盆を回収口に返して、食堂を後にしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行ってしもたな」

「なんで寝不足を隠すんでしょうか……知られて困るものでもないと思うんですが」

「確かにそうやけど……まぁ、隠す以上はなんか理由があるんやろ」

「心配です」

「せやなぁ……授業はともかく、練習中にこけたりせんとええんやけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂で二人と別れた後、図書室で仮眠をとり昼休みを終えました。

 午後の時間割は、二時限まるまるトレーニングの時間に当てても良いことになっています。

 なので今はトレーナーさんと合流し、ジムで筋トレをしています。

 

「18」

「……っ」

「おい、呼吸が止まってるぞ」

「す、すいません……」

 

「息を止めて歯を食いしばれば確かに瞬間的なパワーは出る。

 だが呼吸を止めれば酸欠になって後が続かなくなるぞ。それに腹に力を入れて呼吸すれば、腹筋も同時に鍛えられる。一石二鳥だ」

 

「は、はい……」

「19」

 

 今はバーベルスクワットの最中です。

 バーベルスクワットとは文字通り方にバーベルを背負ってスクワットをします。

 自分より重いバーベルを持ってスクワットをするだけでももちろんきついのですが、バランスを取るのにも一苦労です。

 

 寝不足の状態で負荷の高いバーベルスクワットをするのは不安でしたが、仮眠の成果もあってか、一セット目を終えることが出来ました。

 

「20。1セット目終わりだ」

「ふー……っ」

 

 今度は呼吸を止めないように気を付けながら、バーベルを地面に降ろしました。ここからはしばし休憩の時間です。

 

「にしても、その華奢な体で良くこんな重い物持ち上げれるな……」

 

「ウマ娘の身体能力は人並外れてるって言われてますからね」

 

「ここまですごいと、補助するこっちの方が大変だぞ……ったく。ほら二セット目やるぞ。準備しろ」

 

「はい」

 

 トレーナーさんに手伝ってもらいながら、バーベルを肩に担ぎます。

 

「安定したか?」

「大丈夫です」

「良し、じゃあ二セット目開始だ」

 

 慎重に膝を曲げ、お尻を突き出すようにしてしゃがみます。これで一回。

そこからゆっくりと立ち上がったその時、頭から血が引いていく感覚が。

 

 あ、これ……立ち眩、み?

 

 視界が白く染まり、力の抜けた体はバーベルごと前に倒れていきます。

 

「おいっ! っ!!」

 

 ガン! ガラン……!

 

 膝を床に着き、何とか踏ん張ります。

 そのまましばらくすると、段々と視界が明瞭になってきました。

 

 ……あ、あれ? バーベルは?

 

 腕と肩に重さを感じません。

 というか本来ならバーベルを抱えてバランスを崩した時点で惨事になるはずなのですが、私は無事です。

 

 振り向くと、そこには床に落ちているバーベル、そして右手首を押さえているトレーナーさんの姿が。

 

「い、ってぇ……!」

 

 まだ立ち眩みの余韻が残っている頭でも、なにか不味い事態になっていることは理解できました。

 堰を切ったように汗がにじみ出てきます。

 

「と、トレーナーさん!? だ……」

「ノール! 大丈夫か!?」

「え……」

「バーベル! 当たってないよな!?」

「は、はい!」

「そうか……なら良かった」

 

 大きく息を吐き、安堵しているトレーナーさん。しかし私は何が起こったのかを把握しきれず、軽いパニック状態です。

 

「そ、その……え、えっと……」

「くそ……、手ぇちぎれてねぇよな……」

「あ、あの……だ、大丈夫ですか?」

「かなり痛むが……多分大丈夫そうだ」

「と、と、とにかく保健室に……」

 

 恐らく私のせいでトレーナーさんに怪我をさせてしまった事は理解できました。

 顔を真っ青にしながら、トレーナーさんを連れて保健室に向かいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただの捻挫ですね。2、3日安静にしていれば治りますよ」

 

 保健の先生の言葉を聞き、ほっと胸をなでおろしました。重症では無いようです。

 トレーナーさんに湿布とテーピングの処置が施された後、私達は保健室を後にしました。

 

「痛みの割には大したことなかったな……にしても慌てたぞ? 

 急にバランス崩しやがって……とっさにバーベルを支えたのは良かったが、流石に片腕じゃ支えきれなかったな」

 

「す、すみませんでした! わ、私のせいでトレーナーさんに、け、怪我を……」

 

「別にトレーナーの俺が怪我すんのは良いだろ。再起不能になった訳でもない。お前に怪我が無かったんだから良かったじゃねぇか」

 

「で、でも……」

 

 さっきのがただの事故ならともかく、完全に私の寝不足が招いた立ち眩みが原因なので、私の感じる罪悪感は相当なものでした。

 顔に浮き出てきた脂汗を袖で拭います。

 

「……! ノール、そいつは……」

「な、なんですか?」

「目の下に隈……道理で」

「あ、えっ!? な、なんで……」

「化粧、取れてるぞ」

 

 袖を見ると、そこにはファンデーションがべっとりと。汗と強く拭きすぎたのが原因で、化粧が取れてしまったようです。

 

「そんだけ寝不足ならバランスも崩すわな」

「あ、そ、その、これは……」

 

 トレーナーさんに怪我をさせただけでなく、目の下の隈もバレてしまい、いよいよパニックに陥った私。

 

「べ、別に寝不足という訳ではなくて、ただ……その……えっと」

 

 吸う息より吐く息の方が多くなり、余計に頭がこんがらがってきます。

 

「つまり……あの、化粧で隠してたのは、別に、その……んぐ!」

「いったん落ち着け」

 

 意味のない言葉を垂れ流す私の口をトレーナーさんが手で塞いできます。ついでに鼻もつままれました。片手なのに器用なものです

 

「俺が手ぇ放したら呼吸に集中しろ。何もしゃべるなよ」

 

 首を縦に振って返事をします。するとトレーナーさんは手を離してくれました。

 

「はぁっ……はっ……はっ……はっ……すー……はぁ」

「落ち着いたか?」

「……なんとか」

 

 呼吸を整え、何度か深呼吸をすると、幾分か気が落ち着きました。

 

「どうして寝不足になったのか、なんでわざわざ隈を隠してたのか……聞きたい事は色々あるが……ま、とにかくどこか座って話が出来る所に移動するか。

 そこで聞かせてもらうぞ。それでいいか?」

「……はい」

 

 もうこうなってしまっては、すべてを話すほかないと思います。トレーナーさんの後に続き、移動しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーナーさんに連れていかれた所はトレーナー居室でした。トレーナーさんが扉の鍵を開け、一緒に中に入ります。

 部屋の中は良く分からない器具や資料、本などで散らかっていますが、机の周りだけは整頓されていました。

 

「ちょっと散らかってるが……ノールはそっちの椅子に座ってくれ」

 

 私はトレーナーさんの反対側に座ります。

 

「ここなら座って話が出来るし他の人の目も無い。……早速だが寝不足の理由を聞いても良いか?」

「……はい」

 

 私は全てを話しました。

早く成果を出さないと、トレーナーさんに見限られるかもしれないと思っていた事。

 それが気がかりでここ数日寝付けなかった事。

 目の下の隈を隠していたのは、トレーナーさんに体調管理も出来ない奴だと思われたくなかったからという事。

 

「私が至らないばっかりに、トレーナーさんに怪我をさせてしまって……本当にすみませんでした」

 

 ここまでやらかしちゃったら見限られてもしょうがないよね……。

 

 他人事の様にそう思いました。

 

「…………」

 

 トレーナーさんは黙ったまま何も言いません。

 室内なので帽子は脱いでいますが、サングラスは掛けたままなので、上手く表情が読み取れません。

 

「はぁー……あいつの言った通りかよ、くそっ……!」

 

 やっと口を開いたかと思うと、頭をガリガリと掻きながらそう吐き捨てます。

 

「え、えっと……」

 

 トレーナーさんは悪態をつきはしたものの、どうやら私に向けたものではない様子。というよりどこか自虐的な印象を受けました。

 

「…………今からちょっと長い話をするが……付き合ってくれるか?」

「は、はい」

「良し。……つってもどう話すべきか……」

 

 トレーナーさんは顎に手を当て、少し考える素振りをしました。

 

「……昔々、ある所に金持ちの両親のもとに生まれた男が居た」

 

 トレーナーさんはサングラスを外し、物語調で話し始めます。トレーナーさんの目をはっきりと見たのはこれが初めてです。その瞳はどこか遠くを見つめています。

 

「その男は両親に甘やかされてぬくぬくと育った。

 勉強を頑張るわけでもなく、かといってスポーツに励むわけでもなく、だらだらと毎日を過ごした。

 まぁ、人様に迷惑を掛けなかったのはまだましかもしれないな」

 

「そいつはそのまま年を重ねて、中学、高校を卒業したが、働くわけでもなく親のすねをかじりながら生活をしていた。いわゆるニートって奴だな」

 

「そいつはそのまま何をするでもなく、親の金を食いつぶして死んでいくかと思われたが……そんな奴にも転機は訪れた。

 そいつはある日、暇つぶしにウマ娘のレースを見に行ったんだ」

 

「そいつはレースを見て、ひどく感動した。自転車でも、自動車でも、ボートでもない生身の体が時速60kmを超える速度で走る鋭さに震えた。

 ウマ娘達の真剣さ、必死さを肌で感じて鳥肌が立った」

 

「ウマ娘達にいたく心を動かされたそいつは、一番近くでウマ娘を見たいという思いからトレーナーになることを目指した。

 今まで夢中になれるものが何一つ見つからなかったその男にも、ようやく人生の目的のようなものが見えたんだな」

 

「だが世間で難関と言われるだけあって、トレーナーになるための試験は簡単じゃない。

 …当然、そいつは何年も試験に落ち続けた。そりゃあもう落ちまくった。

 トレーナーになる奴なんかだいたいエリートだからな。トレーナーの名門家があるくらいだ」

 

「どれだけ勉強しても成果の出ない状況が続き、その男はこう思った。

 「世の中ってのは結局、努力なんかじゃなくて持って生まれた才能なんじゃないか」ってな。

 ……笑っちまうだろ。まずそいつは今までろくすっぽ頑張ってこなかった分を取り返すところから始めなきゃいけないのにな。才能以前の問題だぜ……」

 

「……んで、そんな事を考えたそいつは案の定トレーナーになる事を諦めようとした。

 でもまたレースを見に行くと、もう少し頑張ってみようって気になった。

 自分より年下の奴があれだけ必死になって、勝つために頑張ってるんだ、俺ももう少しやれるはずだ……そう思えた」

 

「その男はそうして勉強し続けた結果、なんとか試験に合格し、晴れてトレーナーになった。

 そして6月にしては少し寒かった夜にあるウマ娘と出会った。

 話してみると、何の因果かそのウマ娘は自分が過去に思った事と同じような事を喋ったんだ、確か……」

 

「結局世の中は才能が全てなんじゃないか……、でしたよね?」

 

「その男」とか、「そいつ」とかの代名詞を使っていますが、さっきトレーナーさんが話した内容は恐らくトレーナーさん自身の話です。

 なら「あるウマ娘」というのは多分私のはず。過去の自分の発言を思い出して、そう言いました。

 

「……そうだったな。ま、つまるところその男は過去にあった、いくら頑張っても成果が出ないが、それでもなお頑張った……そういう所をそのウマ娘に重ねて共感した。

 そんな理由でそいつの担当をすることに決めた。だから……」

 

 今まで遠くを見つめていたトレーナーさんがこちらを向き、目が合いました。

 

「俺はお前を見限るような事はしない」

 

 そしてトレーナーさんまた私から目を反らしました。

 

「……というか俺がノールに見限られるのが先だよな。

 恥ずかしい過去を語りたくないって理由だけで建前を騙り、担当ウマ娘の心労を増やしてたんだ……余計な気苦労をかけて本当にすまなかった」

 

 トレーナーさんは怪我をしていない方の手を机につき、深々と頭を下げました。

 

「あ、頭を上げてください! 別にトレーナーさんは悪くありません。勝手に私が思い悩んでただけで……」

 

「だがその原因を作ったのは俺だ。俺がきちんと本音を話してればこんなことにはならなかったはず……10:0で俺が悪いよ。

 はは、知らないうちに担当ウマ娘の負担を増やしてたってんだからトレーナー失格だぜ……」

 

 トレーナーさんは自嘲するように乾いた笑いを漏らしました。それに対して私は立ち上がり反論します。

 

「そ、そんなことありません! 間違った練習をしていた私を前に進ませてくれたのはトレーナーさんです! 

 どんな理由であろうと私を担当してくれたことはとても感謝してます。だから……だからトレーナー失格なんて言わないでください!」

 

 思ったより大きな声が出てしまいました。

 

「あ、す、すいません……急に大きな声出しちゃって……」

 

 再び椅子に座りなおします。

 

「……とにかく、私はトレーナーさんのことをトレーナー失格とは思いません。だからトレーナーさんがよければ、私の担当を続けてほしいです」

 

「……俺で良いのか?」

 

「はい、トレーナーさんが良いです。怪我を厭わないぐらいには私のことを思ってくれていますから」

 

「…………そうか」

 

 トレーナーさんは照れたように右腕を机の下に隠しました。

 

「……というか、俺の過去は気にしないのか?」

 

「?」

 

「いや、普通引かないか? 年取った男がトレーナーになるために何年も頑張ってたって話。

 何かこう……気持ち悪いというか、頑張るのが遅すぎるというか、頼りない感じっていうか……」

 

「別にどうも思いませんけど……きちんと試験に合格してトレーナーになったんですから、過程は関係ないじゃないですか」

 

「……そうか」

 

 そう言うトレーナーさんの表情は柔和なものになっていました。その様子を見る限り、トレーナーさんは自分の過去をかなり恥ずかしいものと思っていたようです。

 

 それからはしばらく沈黙が流れました。私もトレーナーさんもこの流れから何をどう切り出せば良いのか分からず、無言のままです。

 

「……ついでに話しておきたいことがある」

 

 長い沈黙を破ったのはトレーナーさんの一言。

 

「なんですか?」

 

「俺の目的についてだ。

 もちろんお前を勝たせることも俺の目的だが……最終的には担当トレーナーがいなくてもウマ娘達が自力で成長できるような環境を作りたいと思ってる」

 

「……どうしてそれが最終目的なんですか?」

 

 トレーナーさんがトレーナーがいなくても良い環境を作るというのは、どうにも解せません。

 

「……どう説明したものかな……ウマ娘はトレセン学園に入学したらまず何を目指す?」

 

「えっと……人に依りますけど、多くの人はトレーナーさんに担当してもらうことを目指すと思います。やっぱりトレーナーさんに直接指導してもらうのが勝つ一番の近道ですから」

 

「そうだな……多くのウマ娘はトレーナーに担当してもらうことをまずは目指す。それ自体は別に悪いことじゃないが……このシステムは才能に依る所が大きすぎる」

 

 才能に依る所……

 

「……入学試験の段階でトレーナーに一目置かれるウマ娘は、才能溢れるウマ娘。

 入学後の選抜レースでトレーナーの目に留まるのも、次点で才能のあるウマ娘……ってことですか」

 

「そうだ。入学段階じゃ才能の差がもろに出るからな。そんで才能あるウマ娘はトレーナーに担当してもらい、すくすくと成長できる。

 だが、ふるいにかけられたウマ娘はどうだ?」

 

「……教官から不十分な指導しか受けられない、ですか?」

 

「ああ。後は自主練するしかない……だが入学時点でウマ娘自身が適切なトレーニングに励めると思うか? そのための知識もまだ教わってないのに?」

 

「……無理だと思います」

 

 私は無理でした。

 

「つまり一度ふるいにかけられたウマ娘が実力をつけることは難しく、実力をつけられなければその後トレーナーの目に留まる事はない……それが今の現状だと俺は考えている」

 

 トレーナーさんはあの日の夜、私が思っていたことをほとんどそのまま説明します。

 

「それに今のトレセン学園はトレーナー不足だろ?」

 

「そうですね。確かウマ娘に対するトレーニング理論が発展してきたせいで、近年の試験が難しくなっているのが原因と聞いたことがあります」

 

「ま、大体はその通りだな。何年も試験を受け続けた俺が言うんだ、ソースはばっちりさ」

 

「……」

 

 きっと、おそらく、多分、笑い所だとは思うのですが、一応無表情を貫き通しました。

 

「……トレーナーが少なくなれば、それだけ担当してもらえるウマ娘の数も減る。

 だからなおさらこの格差は広がっている。

 だからこそ俺はウマ娘達にはトレーナーの手を借りずとも自分で成長できるようになって欲しいと考えているし、それを目的にしている」

 

「……あ、もしかして私に試行錯誤させてたのは……」

 

「その一環だな。……お前にとっちゃ不親切に感じたかもしれないが、この考えに基づいた指導だったわけだ」

 

「スパさんの意見に真っ向から反抗したのも……」

 

「……まぁ、そうだな。答えを教えるのは確かに手っ取り早く成長させる方法だが……そいつから考える事を奪ってしまう。

 だから自分の目的を邪魔されたように感じてつい熱くなっちまった。悪い癖だな」

 

 そういう思いがあったのならあれほど熱くなったのも理解できます。しかし、ヒートアップしたのはトレーナーさんだけでなくスパさんもそうでした。

 

 ……じゃあスパさんの方も何か確固たる思いがあったのかな……。

 

 面倒見の良い先輩に想いを馳せましたが、今はトレーナーさんとの話に集中します。

 

「でもどうやってその目的を達成するんですか? トレーナーさんが対象すべてのウマ娘を指導するわけにもいきませんし……」

 

「本だ」

 

「ほ、ほん?」

 

「ああ。どうやって自分の走りを上達させるか、そのためにどんな知識が必要かの要点をまとめた本を出そうと思ってる。まだ執筆中だがな」

 

 本と聞くと、なんというかかなりハードルが高そうに感じます。しかし、多くのウマ娘に向けて情報を届けるなら本という手段は有効的でしょう。

 

「ま、本を出せたとしても読んでもらうためには知名度がいるから「早く実績が欲しい」ってのはまるっきり建前ってわけでもないんだが……。

 あ! 別に今のはプレッシャーをかけたわけじゃないぞ!?」

 

「分かってます……でも、期待はしておいてください。私、勝ちますから……多分」

 

「そこは嘘でも絶対勝ちます、っていう場面じゃないか?」

 

「そ、そこまではちょっと……」

 

 この二週間でメキメキと上達していたのならそこまで断言できたのでしょうが……。

 

「そして前もって言っておくが、来たるべき時になれば俺はお前の担当を降りる」

 

「え……? あ、あれ? や、やっぱり私、見限られる感じですか!?」

 

「いや、そうじゃない。お前が俺無しでもやっていけると判断したら、担当を降りるってことだ」

 

「……ということはこの関係もそれまでなんですね」

 

 トレーナーさんにも目的があるので、私にばかり構えないのはわかりますが、別れの時を思うと少し寂しい気持ちになります。

 

「つっても今生の別れってわけでもないだろ。一緒の学園にいるんだからいつでも会えるさ」

 

「……そうですね」

 

「長くなっちまったが俺の話はこれで終わりだ。……これで、夜は眠れそうか?」

 

「はい。今日からはよく眠れそうです」

 

「そうか、なら良かった。……ふー……精神的に疲れた……。

 人に本音を話すのってこんなにこっぱずかしいもんなのかよ……」

 

 話にひと段落付き、トレーナーさんは椅子の背もたれに背中を預けます。私はトレーナーさんの顔をずっと見つめていました。

 

「……」

 

「……なんだ? 俺の顔になんかついてるか?」

 

「あ、いえ、その……や、やっぱり何でもないです」

 

「なんだ、気になるな……もしかしてまだ何か悩みの種があるのか?」

 

「悩みってわけじゃないんですけど……やっぱり藪蛇になりそうなので……」

 

「本当か? またこじれてこんな事になるのはもうこりごりだ。藪蛇でも何でも良いから話してくれ」

 

 トレーナーさんは体を机の上に乗り出してきて、私を問い詰めてきます。

 

「そ、そこまで言うなら言いますけど…………トレーナーさんって意外と童顔なんですね」

「……」

「…………」

「………………」

 

 私が今思っていたことを素直に言うと、非常に長い沈黙が下りてきました。

 

 トレーナーさんは机に置いていたサングラスをゆっくりと装着します。

 

「……言いふらすなよ?」

「は、はい」

 

 やっぱり藪蛇だったようです。

 

 夜でもサングラスをつけてたのはこのせいかぁ……。

 

 

【挿絵表示】

 

 




 除湿器オン。
 
「加湿する」「除湿もする」、両方やらなくちゃあならないってのが作者のつらいところだな。

 トレーナーの設定絵を下に 
 
【挿絵表示】

 普段女の子ばっかり描いてるからおっさん描くのムズイ……
 
 杖を突いていますが、特に足が悪い設定は無いです。描いてて締まりが悪かったから適当に持たせました。
 
 というか作中の時期は夏なのにコート着てて暑くないんですかね?(描いてから気づいた)
 
 作中ではトレーナーと呼ばれますが、本名は早乙女悠里(さおとめ ゆうり)。女っぽいのをこれまた気にしてます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。