私がターフで転ぶまで   作:RKC

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九話 緊張

 私がジェット走法を習得してから月日は経ち、今日はジェミニとの模擬レース前日の夜です。

 私は自室でナイトと一緒に明日のレースについて話し合っていました。

 

「明日はナイトも走るんだよね?」

「うん。どれくらい調子が戻ったか確かめないといけないから」

 

 明日は私のレースだけでなく、他にいくつかのレースも執り行われます。そのうちの一つにナイトも参加するというわけです。

 

「それにしても意外だね……ナイトの出るレースの出走表」

 

 模擬レースでは実力が同じ程度のウマ娘達が一緒に走ります。

 なのでGIを取ったことのあるナイトがでるレースには当然名だたるメンバーが名前を連ねる……はずなのですが、出走表に書かれている名前は普段のナイトよりは確実に見劣りするメンバーです。

 

「怪我から復帰したばかりだからしょうがないかな……」

 

 ナイトの言った通り、その点を考慮してこのレースが組まれたのでしょう。

 

 ……けど私と併走してから一か月ぐらい経つけど、その間にどれくらい実力を取り戻せているのかな……。

 

 あれからナイトと一緒に併走はしていません。

 たまに練習している所を見かけた事はありますが、鬼気迫るという表現が当てはまるぐらいの熱量を感じました。

 私が練習を終えた時でも、ナイトはコースを走っていたのも記憶に新しいです。

 ともすればオーバーワークなのではないかと心配するほどでした。

 

「それよりノールは大丈夫? 一枠ノール、飛ばして六枠にジェミニシード……最近、というか結構前から彼女に睨まれてたでしょ?

 同じレースに出るみたいだけど……」

「あー……それは大丈夫。

 ちょっと因縁が出来てるけど、それはレースで決着をつけるから」

 

 決着をつける。自然とそう言葉にしていました。

 

 まぁ、決着なら併走の時にもう着いてるんだけど……それはそれ、明日は明日だよね。

 

 あれから一か月弱も経ちます。その間に私は基礎トレーニングに励みましたし、ジェット走法も習得できました。

 しかし、当然ジェミニもただ時間を過ごしていたわけではないでしょう。

 

 どれだけ差が縮まっているのか……いや、縮めるだけではダメだ、覆さないと。でなければ……。

 

 今でも目を閉じれば、僅差で負けたあの時のシーンを鮮明に思い出せます。その時の感情のおまけ付きで。

 

「……ノール?」

「えっ、あ、ご、ごめん」

 

 ナイトの声が私を現実に引き戻してくれました。手のひらが少し痛みます。

 ナイトの呼びかけが無ければ、レース前日だというのにまた手を怪我していたかもしれません。

 

「そ、それで何の話だっけ?」

「特に何も話しては無かったけど……そういえばノールはトレーナーと出会ってからすごく頑張ってるよね」

「い、いきなり何?」

 

 唐突なナイトの台詞に少し戸惑いました。

 

「筋肉も良く付いて来たし、スパさんの走り方も身に着けたって聞いた」

「そうだね……でもそれがどうかしたの?」

「このままだと……」

 

 ナイトは何かを言いかけたまま俯いてしまいました。

 そのまましばらく動きがありません。

 

「ナイト?」

「……っ、ご、ごめん……何でもない」

 

 今度は逆に私が呼びかけると、ナイトが正気に戻ります。

 しかし、その時のナイトの顔はどことなく不安そうに見えました。

 

 明日のレースが不安なのかな……。

 でも呟いていた内容とは関係ないし……私の話だったよね……。

 

「もしかして私、気づかない内に何かした?」

「そ、そんなことは無い」

「でも、私の話をしてたのに急に黙っちゃったから……」

「ほ、本当に何でもない。少し考え事をしてただけだから……」

 

 そう言うナイトですが、今のナイトからは寝不足をトレーナーさんに隠していた時の私のようなイメージを受けました。

 私に知られたくない事を隠しているような感じ。

 

「……本当に大丈夫? 私に何か不満があるなら遠慮なくぶつけてよ。

 それか悩みがあるなら私で良ければ相談に乗るよ。

 一人で抱え込んでもあんまり良いことないし……それに悩みが原因で寝不足になったら明日のレースに支障がでちゃうしさ」

 

 貴重な模擬レースを万全の体調で迎えられないのはもったい無いですし。

 

「……そう、だね」

 

 ナイトは伏し目がちにそう言い、それから私と目線を合わせてくれました。

 

「……ノールは、友人とレースで競わないといけなくなったらどう思う?」

 

「ど、どうと言われても……競う以上は負けたくない、とかそんな感じのことを思う、かな?」

 

「……私は怖いと思う。だってレースで競うという事は勝ち負けを決める事だから。

 勝つという事は他の人を押しのけて、自分だけが勝利という一つしかない席を確保する事。

 友人と二人並んで勝つ事は出来ない。

 仲の良い人を押しのけて勝つのは……とても気まずい事じゃない……?」

 

「……うーん」

 

「私も別にテストとか遊びの中で競う時にはそんなことは思わない。

 でもレースは私たちウマ娘にとっては特別な意味を持つ勝負。

 その重要な場面で仲の良い友人とたった一つしかない勝利の席の奪い合いをするのは……すごく怖い」

 

 怖いというのは恐らく、友情にひびが入ってしまうことを指しているのでしょう。

 確かに一つしかない席の奪い合いをすれば、仲が悪くなってしまう事はあり得る事でしょうが、そこまで神経質になるほどとは思いませんでした。

 

 しかし、ここで大事なのはナイトがどう思うかです。

 

 そういえばナイトってサバサバしてそうだけど、結構人間関係に気を使うタイプだったっけ……。

 

「もしかして明日の模擬レースに友達がいるの?」

「あ、そういうわけじゃない。

 というより友人とレースで競うのは嫌だから、同じ距離を走る人とは距離を置くようにしてるし」

「そうなんだ……」

 

 確かにナイトが仲良くしている人は短距離を走るウマ娘や長距離を走るウマ娘ばかりで、同じ中距離を走る人はいません。

 

「……あれ? でも私は? 私も一応中距離適正だけど」

「ノールは同室相手だし。

 それに……言いにくいけど、ノールと私じゃグレードがかなり違ってたから……」

「なるほど……」

 

 確かに運の良さでGIII出場していた私が、GIでバリバリ活躍していたナイトと同じレースを走る事はまずないでしょう。

 

「……あ、もちろんノールが弱いとかそういう事を言いたいわけではなくて、ただそういう考えの元、同室相手と仲良くしないのは流石に不味いと思っただけで……あ、でもこの言い方だとノールとは同室だから嫌々、打算的に付き合っておこうとかそういう考えに聞こえるかもしれないけどもちろんそんなわけではなくて……とにかくノールは普通に良い人だから単純に友人になりたいと私は思いました!」

 

 ナイトは先の発言で私が気を悪くしたかもしれないと思ったのか、物凄い早口で弁解してきました。

 しかも内容が分かりそうで分かりません。

 ナイトの額には汗も滲み出ていますし、きっとかなり混乱しています。

 

「そ、そんなに必死でフォローしなくて大丈夫だよ。

 ナイトの言ったことは事実だし、気も悪くしてないから」

「本当?」

「ホントホント」

 

 私がそう言うとナイトは胸をなでおろしました。

 少し間を開けてから話を再開します。

 

「脱線したから話を戻すけど……結局何で悩んでたの?」

「最近ノールが速くなってきたから、将来私と同じレースに出るようになるかもしれないと思った。

 そうなったらノールとレースで競わないといけなくなるから……それで不安になったの」

「そういう事かぁ……」

 

 何はともあれ、ナイトの悩みの源泉は分かりました。しかし……

 

「確かに私は最近速くなったとは思うけど、本気のナイトと張り合えるほど成長できるかと言われると……」

 

 正直、自信はありません。レースの実力に限って言えば、ナイトははるか雲の上の存在です。

 そんなナイトに私が追いつけるとは思えませんでした。

 

「そんな事無い。ノールは更に速くなる。だって毎日頑張ってるから」

 

「そ、そう?」

 

「うん。前みたいに無茶なオーバーワークもしてないし、ノールの情熱が正しい方向に向き始めたって言うのかな……?

 とにかくノールは今以上に速くなると思う。だから同じレースにでる機会があるかも……」

 

「うーん……」

 

 そういう事でしたか。

 私としては仮にナイトと同じレースに出て、勝った負けたをしても勝負は勝負、普段の関係は普段の関係と割り切れそうですが(負けて悔しいとは思うだろうけど)……、この場合問題なのはナイトがどう思うかです。

 

 どう安心させるべきか……。

 

「……ナイトは秋華賞に出るんだよね?」

 

「うん。怪我をしてトリプルティアラは逃したけど、秋華賞単体でも勝ちたいから」

 

「その前にどのレースに出るの? 流石に怪我から復帰したすぐ後にGIレースには出ないでしょ?

 何かたたき台のレースがあると思うんだけど……」

 

「それはGIIのローズSにしようかなと思ってる。

 今年は秋華賞と同じ阪神レース場で開催されるし、距離も2000mだから」

 

「私は同時期に紫苑Sに出るんだ。

 ってことはさ、今の段階で私たちが一緒に走る予定はないんだからそんなに悩まなくても良いんじゃないかな?

 まだ起きてもないことを心配するのは疲れるじゃん。

 悩むんなら実際にそういう状況になってからで良い……と私は思うよ」

 

 悩みの解決にはなっていませんが、ひとまずはそう言ってナイトを説得しようとします。

 

 まぁ、過去に杞憂の心配事で寝不足になった私が言うな、という感じではありますけど……。

 

「……それもそうだね。大事なのは目先の事、か」

「そうそう! ナイトにとって明日は怪我から復帰して初めての実践的なレースなんだし、どうせするなら明日の心配の方が良いよ。

 あー……とは言っても心配しすぎたらそれはそれで意味がないのか……」

 

 勢いでまくし立てたものの、良くない方向に話を進めてしまいました。ここからどう舵を取りなおすべきかと考えていると、

 

「ふふ……大丈夫、明日についてはあんまり心配してないから……」

「そ、そう?」

「うん。だって明日のレース、私が勝つから」

 

 そう言うナイトは至って自然体でした。そこからは虚勢や過度な気負いなどは一切感じられません。

 カラスは黒い、1+1は2、地球は丸い、ナイトが勝つ……。

 まるで自分が勝つ事が常識、あるいは世界の真理であるかのように語るのです。

 

 怪我の件を考慮しても、ナイトは明日のメンバーなら必ず勝てると考えているのでしょう。

 傲慢とも取れる発言ですが、少なくとも今の私にはそう感じられませんでした。

 

 ……きっとナイトは自分を信じてるんだ。

 今までの努力とそれによって培われた実力を。だからこれほど自然体で勝ちを宣言できる。

 

 それに比べて私はどうでしょうか?

 ジェミニや他のメンバーに絶対勝てるかと聞かれれば、自信を持って「はい」とは言えません。

 ここら辺が私とナイトの差につながっていたりするのでしょうか……。

 

「今日はありがとう」

「……え?」

「相談、乗ってくれたから」

「あ、その事……一応どういたしまして」

 

 色々考えていたところに急にお礼を言われて、少々困惑しましたが、定型文を返します。

 ふと時計を見ると、時刻はもう11時です。

 

「あ、もうこんな時間。そろそろ明日に備えて寝ない?」

「そうだね……」

 

 二人して、寝る前の準備を整えます。

 

「じゃあ、お休み」

「うん。お休み」

 

 その声を皮切りに照明は落とされ、部屋は真っ暗に。そのまま目を閉じると、2分と立たずに眠りに落ちました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日

 私はトレセン学園のコースにいます。今日はいつもとは違い、コース上にゲートが設置されています。

 それを見ると、これから本当にレースが始まるんだという気持ちになり、少し気がはやりました。

 

 もうすぐ私の出る第一レースだから最後の準備をしないと……。

 

 コースの横で蹄鉄の最終チェックを行います。

 不備がないかを再確認。これで三回目です。それだけ今の私は神経質になっていました。

 器具や装備の不具合で負けたとなっては悔やんでも悔やみきれませんから。

 負けるとしても実力で負ける。そうでなければ納得できません。

 

「よし……」

「ノール」

 

 最後のチェックを終えると、聞きなれた声が上から聞こえてきました。

 顔を上げるとそこにはトレーナーさんが。

 

「トレーナーさん、なんでしょうか?」

「調子はどうだ?」

「万全です」

 

 わずかな肩こりや腰の痛みなど、少しの不調もありません。

 最高の状態と言えるでしょう。

 

「そうか……一応聞いておくが、レースのプランは覚えているよな?」

 

「はい。私は1枠なので、まずスタートに遅れない事。

 そして他の人のペースにつられず自分のペースで走る事。

 ラストスパートは残り400mでかける事。

 ジェット走法に切り替えるのは残り200m地点でする事……です」

 

「良し。それが分かっているなら後は全力で走るだけだ! 頑張ってこい!」

「はい! 死力を尽くして頑張ります!」

 

 私はいつにも増して語気を強くし、そう言い放ちました。

 

「し、死力までは尽くさなくて良いぞ?

 もう少し肩の力を抜け。余計な力みはパフォーマンスを悪くするからな」

「は、はい……」

 

 トレーナーさんは私の肩に手を置き、揉み解してくれます。

 それに逆らわず自然体になると、余分な力が抜けていくのを感じました。

 

「確かに少し緊張していたみたいです。忠告、ありがとうございました」

「お、おう。あんまり気負いすぎずにな」

 

 トレーナーさんの腫れ物に触るような態度に少し違和感を覚えましたが、次の来訪者の方に気を取られます。

 

「ノール、調子はどうや」

 

「ノール、準備できてる?」

 

「スパさんにナイト、来てくれたんですか?」

 

「私はノールの後にレースがあるからついでに」

 

「ウチは今回のレースには出んけど、後輩二人がレースに出るから野次馬に来てやったで。ウチと同じ走り方でノールがどれだけやれるか見せてもらおうやないか」

 

 スパさんは野次馬と言いましたが、恐らくは私たちを心配して身に来てくれたのでしょう。

 休みの日にわざわざ来てくれるほど私のことを心配してくれているのは、素直にうれしく思いました。

 

「はい、ジェット走法できっと勝って見せますから」

 

「おお、言うやんか。でもそこは「必ず」って言ってほしかったな」

 

「そ、そこまでは……ちょっと自信が足りなくて」

 

「そこらへんがノールらしいな……ま、練習通りの走りが出来れば十分勝てる見込みはある、気張りや」

 

「はい」

 

 スパさんからは激励を。

 

「ノールなら勝てる。

 もし緊張してるなら、今日までしてきた練習を思い出すのが良い。

 自分が今まで積み重ねてきた物の量は自分に自信を与えてくれるから」

 

「今までの練習……平日は放課後からみっちり練習した後、夜寝るまでスポーツ科学やレース理論の本を読んでたし、休日は朝から日が沈むまで練習と自分の走りの研究をしてた」

 

「それだけ努力してきたノールなら大丈夫」

 

「そうだね……うん! 自信出てきた!」

 

 ナイトからはメンタルケアをしてもらいました。

 良い高揚感に包まれた状態でレースに臨む事が出来そうです。

 

「二人ともありがとうございました! 私はもうゲートに向かいますね、それじゃあ……」

「あ、少し待て」

 

 自分の枠番に対応した1番のゼッケンをつけ、意気揚々とゲートに向かおうとしたその時、トレーナーさんに呼び止められました。

 

「なんでしょうか?」

 

「最後に一つだけアドバイスだ。予期せぬ事態が起きて焦った時はペースを落とせ」

 

「ペースを落とせ……ですか。分かりました、心に留めておきます」

 

「あぁ、頑張ってこい!」

 

「はい!」

 

 トレーナーさんからはアドバイスを貰い、ゲートへ足を運びました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……珍しいやんか。自主性を重んじるあんたが助言するなんて」

 

「ま、これぐらいは許してくれ……焦って実力を発揮できずに負けるのが一番悪い負け方だ。

 レースを振り返ってどこが悪かったのかを分析もできないし、何より本番でのパニック癖がついてもいけないからな」

 

「なるほど。それに練習量に比例して自信はつくけんど、裏を返せば負けた時の失望も大きくなるからなぁ……。

 必死に練習したのに本番でパニックになって負けたとなったら、あの娘の事や、三日は眠れんようになるで」

 

「ありそうだな……。出来ればノールには勝ってほしいもんだ。

 今までの努力が報われないとなると、そばで見てきたこっちとしてもキツイものがある」

 

「あー、それはウチもやな……。今回は直接指導で関わりすぎたから、ノールが負けるとウチもへこみそうや……」

 

「…………お二人、結構仲良いんですね」

「「別にそんな事無いで?「だろ?」」

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲートのそばまで来ると、先に待機していたウマ娘達がちらほら見えました。

 その中には六番のゼッケンをつけたジェミニもいます。

 

「……おい」

「な、何?」

 

 ジェミニの横を通り過ぎようとすると、いきなり話しかけられました。

 

「お前、蹄鉄はちゃんと試合用のやつか?」

「え……?」

「軽いアルミ合金の蹄鉄か、って聞いてんだよ」

「そ、そうだけど……」

「ふん……なら良い……」

 

 それを聞いたっきり、ジェミニは私に背を向けます。

 

「今度こそ俺が勝つ。完膚なきまでにな」

 

 そしてジェミニは背を向けた状態のまま、首を掻き切る仕草をしました。

 そのまま離れていきます。

 

 な、何だったんだろう……?

 

 勝利宣言はともかく、意図の読み取れない質問に戸惑いました。

 しかし、その戸惑いも長くは続きません。

 ふと緊張感を肌で感じました。周りを見ると、真剣な面持ちで待機しているウマ娘達が。

 

 ……そうだ。模擬とはいえこれはレース。みんな本気で勝ちに来てる。

 

 ジェミニのように分かりやすい圧ではなく、肌を指すようなピリピリとした場の雰囲気に、心のネジが閉まっていくのを感じました。

 

「ふー……」

 

 場の重さに肺が押しつぶされたかのようです。大きく息を吐きました。

 

 ……レース、早く始まらないかな……。

 

 レースが始まる前のこの緊張感。今日はいつもより余計に大きく感じます。

 

 走り出せばこの緊張感は闘争心に変わるんだけど……。

 

 そんなことを考えながら、目を閉じていました。

 

 

 

 

 

 

「第一レースに出場する皆さん、ゲートインしてください!」

 

 その声を聞き、私は一枠のゲートに入ります。ゲートインは通常、内枠から行うので私が一番です。

 

 ゲートの中に立つと、隣にはフェンスが。前は開閉式の扉が首元まで覆っており、かなり窮屈に感じます。骨組みの屋根のせいで少し暗いです。

 

 いつもなら狭くて暗い所にいると胎内回帰願望のせいか、落ち着くのですが、今日はいやに気が張ってしまいます。

 

 落ち着け……今日まで頑張ってきたじゃないか。トレーナーさんと出会ってから二ヵ月間、ずっと頑張ってきた。

 一人で闇雲に練習してたんじゃない。トレーナーさんやスパさんにも色々教えてもらった……だから勝てるはず、勝てるはずなんだ……。

 

 ナイトが教えてくれたように今までの練習を思い出し、緊張を自信で塗り替えようとしますが、何故か緊張は増すばかり。

 

 併走の時はジェミニに負けたけれど、あれから私はジェット走法を習得した。だから彼女に遅れは取らない……最後の直線、私が先頭を走れる、勝てるはず……。

 

「全員、ゲートイン終わりました!」

 

 係の人がそう告げるの聞くと、体は反射的にスタート体勢に入ります。

 しかし、心の方は浮足立ったままです。

 

 ドクン、ドクン、と心臓の音だけが頭の中に響いていました。

 

 ガコン! という音と共にゲートが開きます。

 

「……っ!!」

 

 ジェミニとの因縁、ジェット走法を身につける事ができた期待感、それにより膨張した負けられないという思い、内枠でゲートインしてから長く待たされた事。

 

 これらのどれかが欠けていれば、私が出遅れる事はなかったかもしれません。

 




 トレーナーの前振りから繰り出される華麗な出遅れ。

 私の作品は素直な展開が繰り広げられるので、先が読める人は退屈してしまうかも……。
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