ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

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瞬き

 

「ったく信じらんねー……」

 

 シカマルは火影岩の頂上で悪態づいた。

 

「明日の早朝に国外へ出発するってヤツが、何でこんな所で寝てんだよ……」

 

 草が揺れ、小さな影が起き上った。

 その背に向かって、彼はため息をついた。

 

「新しい家は? カカシ先生に用意してもらったんだろ?」

 

 そして、その隣に腰をおろした。

 

「だって、明日からまた留守にするのに、使っちゃうのももったいないなって」

 

 ナナはケラケラと笑ってみせた。

 その愛想の良い笑いに付き合う気にはなれず、シカマルは深いため息をついた。

 

  『サスケともう一度“出逢う”覚悟がある』

 

 頭の中では、ナナの言葉がグルグルと回り回っていた。

 酔いそうだった。気分が悪かった。

 

「こんなところにどうしたの? シカマル」

 

 それなのに、ナナは髪についた草を払いながら笑う。

 

「お前……」

 

 額がピクリとひきつった。

 

「なんで重役に勾留された?」

 

 責めるような低い声が出た。そんなつもりじゃないのに、ナナの笑みがイライラを加速させていた。

 

「知ってたんだ」

「カカシ先生が火影に就任して釈放の書類を書いたら、オレがお前を迎えに行くよう親父に言われてた」

「ああ……そうだったんだ」

 

 その他人事のような声色も、

 

「ごめんね、シカマル」

 

 申し訳なさそうな“作り笑い”もうんざりだった。

 

「なんでお前が重役と敵対しなくちゃならないんだよっ」

 

 だから彼は声を荒げた。

 

「意識が戻った時、『サスケがダンゾウを“殺してくれた”』って言ったことと関係があるんだろ!?」

 

 憎しみすらこめて、ナナの瞳を見た。

 

「どういう意味なんだ?!」

 

 歯止めの利かない怒りの感情は初めてだった。己の無力さを伴う絶望的な怒りだった。

 

「何があったんだよ!!」

 

 言っちゃいけない……わかっているのに、

 

「ナナ!!」

 

 警報は鳴り響いているのに、

 

「お前っ……」

 

 彼はナナの腕を掴み、叫んだ。

 

「うちはイタチとサスケの戦いで、何があったんだよ!!」

 

 風が流れた。無遠慮にも、穏やかに。

 ナナは、全ての感情を捨てた顔で、目を伏せた。

 

「ナナ……!」

 

 それでも彼は、力を緩めなかった。

 

「お前……サクラに言ったんだろ?」

 

 ただ、声だけは擦り切れて……、

 

「『サスケが来るまで死ねない』って……」

 

 そうつぶやいた。

 

「そんなふうに言うのも全部……イタチとサスケの戦いが原因なんだろ……?」

 

 取り返しのつかないことになろうとも、今この瞬間だけは、あるがままの感情に全てを委ねた。

 ナナは……ゆっくりと空を見上げた。

 その瞳には、無数にある星たちのどれも、映ってなどいなかった。

 星の輝きからも見放された存在。誰も知らない秘密を抱えた孤独な存在。気高い血で、稀有の技を使いながらも、闇に魅入られたかのように深い傷を負い続ける……。

 

「オレに……こんなことを聞く資格なんてねぇのはわかってる」

 

 誰より……愛しい存在がどんどん遠ざかって行く。

 それがわかっていた。

 

「わかってるが……」

 

 だから、わかっていても言わずにいられない。

 

「オレはずっとお前を見てきたんだ」

 

 イタチと再会し、心を乱したナナも……。サスケに去られ、涙したナナも……。姉と戦い、傷ついたナナも……。

 傍に居て、言葉を交わして……触れてきたつもりだった。

 だからこそ、今ある感情は抑えきれるほど簡単な造りはしていない。

 

「お前のことを、ずっと……」

 

 やっと、ナナは目を合わせた。

 遠くの星の瞬きがそこにあった。

 

「前に河原でお前が言ってた“あの人”って……うちはイタチのことなんだろ?」

 

 あの日の懐古で、その光はかすかに揺れた。

 

「今ならオレにもわかる……」

 

 そしてナナは、腕を掴んでいるシカマルの手に自分の手を乗せた。

 ナナの骨を軋ませんばかりに力を込めていた彼の手は、いつしか力を失っていた。

 

「あの時……言っただろ?」

 

 その手で、ナナの手を握り返した。

 

「お前が疲れた時、オレはお前の休憩所になってやる……って」

 

 そのわずかなぬくもりに、全てを込めた。

 

「オレの気持ちは、あの時と少しも変わらねぇ」

 

 ピクリと、ナナの指先がシカマルの手の中で動いた。

 後悔はなかった。たとえナナを傷つけたとしても、この指先が、ナナがまだココに居ることを表したから。

 

「シカマル……」

 

 ナナは、掠れた声で名を呼んだ。

 そして、今度はしっかりと手を握った。

 

「私は……あの時から……ずいぶんと変わったよ」

 

 シカマルは、思わず目を見開いた。

 言葉の意味じゃなく、ナナが幼げな笑みで彼を見つめ返していたから。

 

「私は……」

 

 ナナは歪んだ唇から言葉を零す。

 

「サスケに想いを告げられて……自分の想いに気づいて……イタチの想いを知って……」

 

 心を削るようにして、言った。

 

「あの時よりだいぶオトナになったつもり……」

 

 まつ毛を揺らし、ナナは笑う。

 

「だから、シカマルが言ってくれたことの意味は……シカマルの想いは……もうちゃんとわかった」

 

 抱きしめることすら忘れて、魅入った。

 

「ありがとう……シカマル……」

 

 そしてナナは、あの時のようにそっと身をすり寄せた。

 今度はちゃんと、涙をこぼして。あの時隠したはずの、涙を。

 

「今は……思い出すことも辛くて……苦しくて……」

 

 押しつぶされそうな心を曝け出し、ナナはシカマルにしがみついた。

 

「言葉にするくらいなら死んだ方がましだけど……」

 

 やっと、シカマルはその震える肩を抱いた。

 

「でも……もし、これから話せる時が来たら……」

 

 天で見守る星たちからすらも隠すように、しっかりと抱きしめた。

 

「その時は……一番最初にシカマルに言うから……」

 

 ナナは無理やり笑みを浮かべてシカマルを見上げた。

 

「その時は、今の想いが消えてても……聞いてくれる?」

 

 抱えた痛みの分だけ、美しく光っているかのような雫。

 それを指ですくって、シカマルは息をついた。

 簡単に、うなずくことなどできなかった。

 『想いが消えてても』……そんなことは考えられない。ありえないと思っていた。

 そして、『もし、これから話せる時が来たら』……そんな時も来ないと思った。

 だから、

 

「お前は……」

 

 また、あの言葉を繰り返す。

 

 

「サスケに殺されるつもりか?」

 

 

 否定と諦めとが入り混じった感情で、シカマルは問う。

 もう、苛立ちや無力感はなかった。

 ただ、静かにナナの答えを見守った。

 

 

「それが……私の最後の願い……」

 

 

 ナナは悲しい願いをあっさり吐き出して、疲れたように体重を預けてきた。

 

「もう……お前にはそれしかないのか?」

 

 そして、うなずいた。

 

「そっか……」

 

 ナナの髪を少し撫ぜた。さらりとした感触が、ナナの未来を突きつけるようだった。

 それでも、頭と心は納得していた。

 ただ、ナナが願いを口にしてくれたことが嬉しかった。救いだった。

 

「だったら……」

 

 シカマルはナナを上向かせた。

 やはり、その瞳には天の星がちゃんと映っていた。

 だから……。

 

 

「せめて“その時”までは、生きろ」

 

 

 滑稽な台詞を吐くことができた。

 ナナは表情を変えて彼を見上げた。

 その儚げな輝きにもう一度、

 

「“その時”まで、ちゃんと生きてろよ」

 

 そう言って、小さく笑った。

 ゆっくりと時間をかけて、ナナはその意味を飲み込んだ。

 そして、

 

「ありがとう……シカマル」

 

 受け止めた。

 その笑みは、宙の光も気圧されるほど美しかった。

 

「ヘンなの……」

 

 輝きをまき散らすように、ナナは笑う。

 

「誰にも会いたくなくてここへ来たはずなのに……」

 

 しっかりと、シカマルの身体にしがみ付き、

 

「今は、夜が終わるまでシカマルに一緒に居て欲しい……」

 

 肩には頭を乗せて。

 

「ありがとう、シカマル……」

 

 シカマルがその頭を抱いたとき、ナナは小さな子供のように安心しきった顔で彼を見上げ……そして静かに瞼を下ろした。

 その頬に伝う滴をそっとぬぐい、シカマルもまた、ナナの体温を感じながら目を閉じた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 出発の朝。

 里の門で、サクラはナナを捕まえて強引に巾着袋を手渡していた。

 

「いい? これが増血剤と鉄剤、ビタミン剤。これとこれは1日3回2錠ずつ飲むのよ。こっちは1日2回、朝と寝る前に1錠ずつ。それからこれはブドウ糖を混ぜた私特製の栄養剤だから、毎朝、朝食後に一粒ずつ水と一緒に飲んでね。忘れちゃダメよ」

「ありがとうサクラちゃん」

「本当ならまだ安静が必要なんだから、絶対に無理しないでよ? ちゃんと疲れたらヤマト隊長に言うこと!」

「うん、わかってる」

 

 ナナは素直に全てを受け取って微笑んだ。

 

「それと、ナルトのことよろしくね……って、本当ならナルトに『ナナのことよろしく』って言いたいんだけど、アイツの場合は頼りないからなぁ……」

「大丈夫だよ、サクラちゃん。ナルトはちゃんと護るから」

 

 そして簡単にそう約束した。

 その笑みに、昨日までのような陰りは無いように見えた。

 

「ナルトが無茶しないよう、ちゃんと見張っててネ」

 

 ナルトに檄を入れに行ったサクラに替わり、カカシがそう言うと、

 

「うん。八尾のヒトともうまくやれるように気を付ける」

 

 ナナは自ら言った。

 

「いきなりケンカになっちゃったら困るけど……ナルトならありえるし」

 

 そして、向こうでサクラにどつかれているナルトを向いて笑う。

 やはり……その瞳にはちゃんと“ナルト”が映っていた。

 

「ナナ……」

 

 呼ぶと、ナナはまっすぐに彼を見上げた。

 そこに自分の姿を確認し、問う。

 

「少し吹っ切れたみたいだけど、何かあった?」

 

 ナナはわずかに驚いたように眼を動かした。

 そして幼げにうなずいた。

 

「昨日……シカマルと話した」

 

 カカシは驚くほど単純に納得した。

 

「そうか……」

 

 シカマルが……、離れてどこかに漂っていたナナの“心”を引き寄せた。

 

「よかったね」

 

 ナナは再びうなずいた。

 シカマルがナナに何を言ったのかはわからない。どんな顔をして、どんなふうにナナと話したのか想像もつかなかった。

 まだ若い忍である彼が、ナナを見守りながら歩んできた道の中でみつけた、彼だけにしか言えないことがあったのだろう。

 今のナナにとって、最も安心する言葉が……。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

 カカシは黙ってナナの頭に手を置いた。

 

「先生も、無事でいてね」

 

 ナナの手がその手首をつかんだ。

 

「また死んじゃったりしたら嫌だからね……!」

 

 そしてギュッと握った。

 

「ああ、もうお前にそんな心配はかけないよ」

 

 そこから伝わるナナの肌の冷たさと、心の痛みを感じながら、カカシは笑ってナナの頭を撫でまわした。

 

 

 

 

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