楽園
木ノ葉の一行が雲隠れの里に入ると、すぐに里の忍によって港へと案内され、大型船で孤島に向かうことになった。
甲板の上、ナナはずっと雲の流れを眺めていた。
具合が悪そうでもなく、思いつめているでもなく……ただぼーっと眺めていた。
ナルトはといえば、そんなナナにちょっかいをかけたり、他の忍たちの間を歩き回ったりと、相変わらず落ち着きがなかった。
ヤマトは二人の様子をさりげなく観察し続けた。
カカシの心中を思えば、そうするのが当然だった。
一応、木ノ葉の一団の団長を務めるのはガイだった。が、彼は船に乗り込んで間もない頃から、船酔いのため船室で伏せっていた。
「ナルトのやつ……まだ気づいてないみたいだけど……」
ヤマトはため息をついた。
ナルトから洩れた九尾のチャクラを抑えるのが、木遁使いである自分の使命。同じ立場のナナには、絶対にさせられない……という決意は自分なりにあった。
カカシやナルトに比べれば、ナナとの付き合いは浅い。それでも彼らの想いはあくびのように伝染していた。
これ以上、あのコを傷つけられない。
何のためかはわからないが、彼自身もそう思っていた。
やがて、島が見え始めた。
島は侵入者を拒む様に切り立った断崖を剥き出しにし、空には暗雲が立ち込め、カラスが不気味に旋回していた。
ナルトが蝦蟇仙人の予言に聞いていた「楽園の孤島」とはまるで違うと騒いでいると、突然船が大きく揺れた。横からの波ではなく、下から持ち上げられるような揺れだった。
すると巨大なイカが現れ、十の足で船に襲いかかろうとしていた。
「1、2、3、4、5、6……ナナ、コイツってば足10本だよな?」
「……9、10……うん、10本あるみたい」
「ってことは予言のタコじゃなくてイカか?」
「……タコは8でイカは10だよね?」
吞気な会話の間にも、巨大イカの足は船体に絡みつく。決して小さな船ではなかったが、船体は大いに悲鳴を上げた。
「足数えなくても見りゃわかるでしょ二人とも! ナルト、やるよ!」
「おっしゃ、ナナは下がってろってばよ!!」
ようやくナルトも戦闘態勢に入った時、木ノ葉の大木ほどもある太さの足がナルトに巻き付いて、あっさりと彼をさらって行った。
「ナルト!!」
ヤマトが焦り半分、呆れ半分でそれを見上げた時、
「イカはすっこんでろ、以下省略!!!♪」
別の生き物がまた海から現れ、ラップを唄いながら巨大イカをあっさりと撃退した。
その衝撃派で船全体が宙に浮くほどだったが、
「……7、8……、こっちはタコだー!!」
ナルトはイカの足から解放されるやいなや、楽しげにナナの前に帰って来た。
「ナナー!! 今度こそタコだってばよ!」
「あれ……タコなの……?」
ヤマトも疑問に思ったが、案内役の雲隠れの忍がその正体を明かした。
「キラービー様ァ!!!」
あの巨大な“タコ”は、キラービー……つまり八尾ということだった。
「お前ら遅せーじゃねーか、ばかやろーこのやろー!」
そう言いながら、巨大“タコ”は人の形に姿を変え、甲板に降り立った。
「タコのオッサン、ありがとだってばよー!!」
ナルトはその彼が八尾とも気づかずに、力いっぱい叫んだ。
「……だってばよー……?」
キラービーは手帳を取り出してぶつぶつと何か呟くと、またラップを唄い出した。
ナルトは唖然とし、ヤマトとナナは思わず顔を見合わせた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「休暇」と言われて昔修行したこの島に来たが、木ノ葉から“客人”が来るとも聞いていた。
せっかくの「休暇」だから、とりあえずは演歌ラップのネタづくりに励みたかった。
自分が以前に却下した「だってばよー」のフレーズを口にするガキもいる。ガキは元々好きではないから、客人といえど関わるのは面倒だった。
とりあえず、兄、雷影に言われたとおり島に彼らを招き入れ、さっさと森で「相撲」でもしようか……そう気だるく考えた時。
『おい、ビー……あの“ナナ”と呼ばれてる娘……』
身体の奥から声がした。
『あの木ノ葉の娘には“挨拶”しとけ』
中に住まう八尾だった。
「なんだ? どうした?」
『“あのお方”は和泉の姫だ……』
「ふーむ」
ビーはナナを見た。
ナナもまた、彼をまっすぐに見ていた。
「見透かされるような目……」
『あの姫は“オレたち”を使役するほどの力を持つ』
「ふーむ」
『この世で最も高潔な血族だ』
ビーは八尾に言われたとおり、口を閉じてナナに近づいた。
ナナの側にいた忍が警戒したが、ナナの方からビーの前に進み出た。雲隠れの忍も木ノ葉の忍も、息をのんでその場を見守っていた。
「な、なんだー?!」
「だってばよー」のガキが素っ頓狂な声を上げ、忍たちがざわめいた。
彼らの目には、ナナの前でうやうやしく跪く自分の姿が異様に映っているのだろう。
だが、ビーは何も言わずナナへと手を伸ばした。
ナナは戸惑いながら二回、瞬きをした。そして急に納得したように笑んで、ビーの手に自分の手を乗せた。
その仕草には、“和泉の姫”に相応しい崇高さがあった。
ビーは満足して口の端を上げた。腹の中で、八尾も厳粛に伏せているのがわかった。
「お初にお目にかかる」
ビーはサングラス越しにナナの瞳をまっすぐ見上げながら言った。
「はじめまして」
まだ幼さを残す“和泉の姫”は、多くの戸惑いの視線を集めつつも、物おじせずそう答えた。
「あーーーー! タコのおっさん! なに勝手にナナに触ってんだってばよーー!!!」
そして「だってばよー」のガキがまた騒ぎ出すまで、ナナの小さな手から伝わる不思議なチカラを感じていた。