数々の猛獣に出くわしながら、雲隠れの世話役モトイに案内され、一行は宿舎に到着した。
それぞれが宛がわれた部屋で休んでいたが、ヤマトの部屋にはナナがいた。
「……というわけなんで、この島の『生態調査』ってことでナルトを信じさせているから、疑われないように注意しておいてくれ」
「ただの『生態調査』がSランク任務?」
「……まぁ、少しでも疑われないようにハッタリをかましてるわけだけど……」
「ナルトなら大丈夫でしょう?」
ナナはそう言って笑っていた。作り笑いではないようだった。
「よく、賛成したね。ナナ」
だから、ヤマトは少し突っ込んだことを聞いてみる。
「なにがですか?」
「五代目様と一緒で……ナナもナルトをこうして“監禁”する策には、反対する気もしたんだけど……」
ナナはヤマトの目を探り、意図を察したように口の端を上げた。
「ああ……」
それは先ほどの笑みではなく、もっと、大人びた妖しい笑みだった。
「だって……、どう足掻いても変えられない運命だから」
「何のことだい?」
自然と身構える自身に、ヤマトは気づいていた。
「引き離しても……二人がどこに居ても……」
ナナはゆっくり、氷のような頬で言う。
「ナルトとサスケは絶対に戦うことになる……」
まるで預言者だった。
「その宿命は、誰にも変えられない……」
何の根拠もない言葉。だが、否定する気力を微塵も与えない声。
「だから私は、ナルトと一緒にいるの……。“その時”まで、ずっと……」
ナナはその声のまま、己の意志をさらけ出した。
「ナナ……君は……それを望むのかい?」
ようやく絞り出した言葉も、
「望んでも望まなくても、変えられないの」
悲哀すら滲まない声で返される。
「私はただ、待っているだけ……」
最後の言葉と同時に、ナナは目を伏せた。
ヤマトは大きくため息をついた。
マダラが語った“真実”は、彼も聞いている。それをナナが知っていることも。
正直、彼の中でその“真実”は処理しきれずにいた。
だいたい、それを語ったマダラの存在でさえ確立されているとは言い難い。だからこそ、カカシも極秘事項として釘を刺したのだ。
「大丈夫です、ヤマト隊長」
しかしナナは、彼を励ますように言った。
「ナルトは覚悟を決めています。私も、ナルトに全てを託しました」
「ナナは……それでいいのかい?」
今更、ありきたりな不安を口にした。
「だって……」
ナナは少し影を和らげて答えた。
「私の存在は産まれたときから……じゃなくて、
それは、ヤマトの心に影を落とす事実だった。
「“重い”はずなのに……ナルトは全部、受け止めてくれたから」
目を閉じた。
ナルトの強い光が見えた。
ナナを、闇ごと抱えるナルトの光が……。
「そうか……」
自分が何か言うべきことではない。
そういう結論が出た。
火影から命じられた任務はやり抜く。が、宿命は認める。
「わかったよ、ナナ」
簡潔に答えた。
だが、ナナにはちゃんと伝わった。
「ごめんなさい、ヤマト隊長」
その証拠に、ナナはそう言った。
その時、扉の向こうから大きな声が響いて来た。廊下でナルトが騒いでいるようだった。
「やれやれ、最初の試練だな。モトイさんの部屋の方だ……」
「ほんと、全然じっとしてないんだから、ナルトは」
話は途中である気がしたが、任務遂行のため、どこか楽しげなナナと共にモトイの部屋へ向かうことにする。
ドアを開けながら、さりげなくもう一つの懸念をナナにぶつけた。
「ところでナナ。具合は大丈夫なのかい?」
ナナは後に続きながら笑って答えた。
「具合が悪いのはガイ先生でしょ? アオバさんがまだ看病してるみたい」
その表情は、部屋に入って来た時の笑みに戻っていた。
ひとまず安堵しながら、ヤマトは頭に蠢く「宿命」の文字を、脳の奥に精一杯押しやった。
そうしてナナと共に廊下を曲がると、モトイがナルトを“ビーの修行場”へと案内するところだった。
なんだか嫌な予感が漂いつつも、ヤマトは当然二人に同行する。
ナナの意志を確認する必要は無かった。
ふと横を見ると、ナナがナルトに笑いかけていた。
その瞳はすがるようでも拒絶するようでもなく……、どことなく眩しそうだった。
「ここは『真実の滝』と呼ばれている場所だ」
モトイに連れられて来たのは、荘厳な滝だった。
ここでは尾獣のコントロールではなく、その“前段階”を行うという。
「ここに座って目を閉じろ、ナルト」
モトイは、滝とこちらの岸との間にある小さな陸地を指した。
「そうすれば、お前の真実が見えるはずだ」
そう言った。
ナルトはその場所に行き、滝を向いて座った。
何も起こらなかった。
ただ滝の水音が大音量で鳴り響いているだけで、ナルトの背はピクリとも動かない。
「どうなってるんです?」
しびれをきらして聞くヤマトに、モトイはその場所について説明した。
そこで集中すれば己の精神世界へ入ることができ、滝が己の真の姿を映し出す……と。
「今、ナルトはもう一人の自分と戦っているところだ」
抽象的な表現に素直に納得はできず、ヤマトは隣でナルトを見守るナナを見る。
と、
「ナナ、大丈夫かい?」
ナナはじっとナルトを見据えたまま、肩をかすかに震わしていた。
ヤマトがその肩に触れようとした時、突然ナルトの背が揺れ、咳き込みだした。
「ナルト、何があった?!」
急激に悪い予感がして、ヤマトはナルトに駆け寄る。
ナルトは嫌な汗を浮かべながら、息を切らしていた。
「オレと“同じヤツ”が出てきた……! そいつは……」
「何だ?」
ナルトは一拍置いて言った。
「……闇の部分のオレだった」
モトイは彼に、「それに勝たなければ尾獣の力を操れない」と告げた。が、具体的な策は何も言わなかった。
ナルトはちらりとナナの様子をうかがってから、モトイにビーの話をするよう頼んだ。
ビーがどんな人間かわかれば、ビーが“アレ”に勝てた理由がわかると思って。
モトイはビーの過去、そして自分の過去を語った。
幼い頃はビーと親友のような関係だった。が、自身の父親が前任の人柱力の暴走を止めようとして死んでしまった。そこから八尾への憎しみが産まれ、新たな人柱力となったビーを殺そうとしてしまった。
話しの終わりに、彼は「懺悔」のつもりだと言った。「懺悔」のつもりで、同じ人柱力であるナルトに話したのだと。
「いつかはビーさんにもちゃんと全てを話さなければと思っている。……でなければ懺悔にはならない……」
モトイの声の響きに偽りはなかった。贖罪の想いが表情からにじみ出ていた。
だが突然……ナルトが思いつめたような顔をして、彼らに背を向けた。
「ナルト、どこ行くの?」
「少し一人にしてくれってばよ」
ヤマトの問いかけに暗い声で答えると、ナルトは海の方へ歩き去った。
「ナナ……ナルトがどうしたかわかるかい?」
ヤマトはそれを黙って見送るナナに問う。モトイもナナの答えを待った。
「ナルトの……闇が……」
ナナは寝起きのように、ポツリポツリと言った。
「闇が……深くて……」
「ナナ……?」
「憎しみが……」
そして、ギュッと胸を抑えた。
ナナがナルトと同じものを感じたことが、自然とヤマトには理解できた。
「ナルトがアレに勝てても……」
そしてナナは、誰に告げるともなく……、
「私は、絶対に……勝てない……」
そう、黒い言の葉を零した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ヤマトとモトイはしばらくビーについて話をしたあと、ナルトを探しに行った。
ナナは一緒に行かなかった。ここで待つように言うヤマトに、ただ黙ってうなずいた。
ひとりになり、改めて“真実の滝”を眺めた。
荘厳な滝の音は、ナナにとっては懐かしいものだった。
和泉の里で多くの時間を過ごした場所によく似ていた。あれは動物すら遠慮して寄りつかない、神聖な場所。だいぶ大きくなってから知ったのだが、「地上で最も神聖な場所」とされているらしい。
小さく、ため息をついた。
ナルトの闇……。
正直、これまで意識したことはなかった。
ナルトの光、明るさばかりを追いかけていたから、本人すら気付かない場所に根付いていた闇など見えなかった。見ようともしなかった。
だが少し考えれば、それがどれだけ深く、濃いものか理解できた。
簡単なことだ。ナルトの闇と自分のそれとは同じモノなのだから。
孤独……周りから忌み嫌われ、疎まれ、愛されず、認められず。生きる価値や意味を問わない日はなかった頃。
そこから生まれた闇は、同じだった。
ナルトは今、初めて自分の闇と向き合っただろう。
闇に浸かって溺れそうで溺れない、そんな日々を送って来た自分とは違う。
だから、珍しく暗い声でひとりになりたがった。
だが……。
ナルトはちゃんとそれと向き合い、克服するだろう。
持っている光は、闇をも凌駕する眩しさであることは間違いない。
ナナはそう信じていた。
ナルトなら、答えを見つける。自分自身の光へ導く。
闇に溺れる自分と、闇に染まったサスケが、目を細めるほどの光。
ナナはそれを信じている。
やがて、ナルトがヤマトらとともに戻って来た。ビーも一緒だ。
ナルトはやはり、ふっきれたような顔をしていた。碧い眼が、快晴の空のようだ。
「ナナ、待たせたなっ!」
ナルトは傍まで来て、手を伸ばす。
それにつかまって立ち上がりながら、ナナは問う。
「ナルト、見つけた?」
短い問いかけに、ナルトは満面の笑みを浮かべた。
「ああ、もう迷わねぇってばよ!!」
気圧されるほどのすがすがしさ。
「オレは、オレ自身を信じてみる」
「それが、答え……?」
「ああ」
ナルトの返答もまた、こざっぱりとしたものだった。
だが、ナナは理解した。
そしてナルトは、ビーに促されて再び“真実の滝”へ向かった。
そのまっすぐな背を見て、この光が全ての闇を照らせばいいのに……と、そう思った。