「一体どうなってるんだ?!」
ビーでさえ匙を投げた。
ナルトの身体は、どんどん九尾のおぞましいチャクラに覆われていく。ナルトに触れるナナにまで、そのチャクラは侵食していった。
「くそっ、このままじゃ……!」
ヤマトは当然、ナナをナルトから引き剥がしてナルトのチャクラを抑えこもうとした。
が、ナナに手を伸ばしかけて初めて気がついた。
九尾の赤いチャクラは、ナナの身体を
ヤマトは伸ばした手を押しとどめ、術を躊躇した。
そうする間に、何故かナルトから九尾のチャクラは引いていった。
そして、まるでつられて引き込まれるかのように、ナナは目を閉じたままナルトに強くしがみついた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
クシナのチャクラに抑え込まれた九尾が、ナルトの攻撃を受けて倒れた。
ナナはまだ、檻の中からそれを見ていた。
“母”に会い、ナルトは力を得た。“愛”という名のチカラだった。
それをナルトの意識の中で見ていたナナは、初めて其処から出ようとした。“愛”というチカラが何なのか、知らなかったから、見届けたかった。
が、九尾が尻もちをついても、辺りが揺れても、足は少しも動かなかった。
ただ突っ立ったまま、ナナは憎しみを押し返すナルトのヒカリを見つめていた。
「ナナ」
と、柱の陰からバシャバシャと足元に大きな音を立てて駆け寄る者があった。
ナルトの影分身だった。
「ナナ!!」
ナルトは目の前で立ち止まり、唐突にナナの両手を掴んだ。
碧の瞳は、今までで一番強い光を持っていた。
(ナルト……)
やはり、声は出なかった。
だが、ナルトは手の力を強くして笑った。
「オレがここから出してやる!!」
子供のような、無邪気な顔だった。
ナナはうつむいた。
ナルトが眩しかったのと、向こうで九尾と戦う本体が心配だったのと、足に絡まる呪いの鎖を知らせたかったから……。
ナルトはソレを見ても、何も言わなかった。初めから知っていたかのように、また笑っただけだった。
そして、ぐいっとナナを抱き寄せた。
と……、びくともしなかったどころか、感覚すら持たなかったナナの足が、ふらりとよろめいた。
「ナルト……?」
ナルトの肩で零れたのは、確かに自分の声だった。
「オレが、ここからお前を出してやる……!」
再び自分の声を聞く前に、ナルトは言った。
「その“枷”をお前から“外す”ことができんのは、きっとオレじゃねぇ」
少し身体を離し、またあの力強い視線を落としながら。
「けど、その鎖は今、オレが千切ってやるってばよ!!」
そして、向こうで九尾が再び封印されたと同時に、螺旋丸でナナの鎖を壊した。
「ナルト……!!」
余波でよろめいたナナを、ナルトはしっかり抱きとめた。
まだ足首にはまったままの枷から、千切れた鎖が垂れている。が、ナルトはそのままナナを抱えて、一息で檻から外に出た。
「ナルト……私っ……」
少し走ったところで降ろされたとき、その足もとで初めて鎖が“音”を立てた。
ジャラン……。
とても寂しげで滑稽な音だった。
「私は……」
ナナはソレの重さと冷たさと、そして足首の痛みとを初めて感じた。
「お前はお前だってばよ」
だが、それを全て吹き飛ばすようにナルトは言う。
「お前がどんなふうに産まれて来て、どんな存在かなんて、もうどうでもいい」
少年の笑みを浮かべたまま。
「オレは今ここに居るナナが好きだってばよ!!」
「ナルト……」
襟元を強く握った。
「ナナはオレの大切な仲間だ!!」
ナルトはその手引き剥がして握りしめた。
「ずっと一緒にいるんだろ?」
ナナはうなずくことも忘れ、その瞳に魅入った。
「オレはさっき母ちゃんに教えてもらった」
が、指は自然とナルトの手を握り返していた。
「“愛”ってヤツが、きっとお前のその鎖を外すんだ」
「あい……?」
子供のように、ナナはその言葉を繰り返す。
「お前の鎖が外れるのを、オレはずっと、一生……一番近くで見守るってばよ!!」
ナルトの手は、今度は頬に触れた。そこからじんわりと温もりが広がっていく。
「だから、“九尾”とか“和泉”とかは関係ねぇ」
まるで促されたかのように、許されたかのように、涙が零れた。
「そんな繋がりじゃなくても、オレたちはずっと一緒だってばよ!!」
「ナルト……!」
ナナはナルトの首にしがみついた。ナルトは力いっぱい抱き返してくれた。
やがて、ナルトの影分身は煙と消えた。
と同時に……、ナナの身体もそれに溶け込むように無くなった。
ただ、その足にはまだ、千切れた鎖がぶら下がっているのがわかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ヤマトはビーと顔を見合わせた。
いつしかナナは、ナルトにしがみついて泣いていた。
後から後から流れ出る涙を全て、自分自身に染み込ませるように。
「一体……何が……」
そして、ようやくナルトが目を開けた。しっかりと、ナナを抱きしめて。
「ナナ……」
ナルトは見たこともないほど大人びた顔で、ナナの身体を起こした。
「ナナ、ありがとな」
しゃっくりあげるナナに笑みを向け、時間をかけて涙をぬぐった。
「ナルトっ……」
ナナは言葉にならない嗚咽を漏らしていた。
そして、乱暴に袖で涙をぬぐい取った。何度も、何度も。
そのナナを抱えながら、
「おっしゃー!!!」
ナルトは勢いよく叫んだ。
「ナルト! それで、うまくいったのかい?!」
「とにかくいろいろあって……!」
たまらず問いかけたヤマトに対し、ナルトは充実した顔で答えた。そしてビーが差し出した拳に己の拳を合わせる。
ナルトとビーはそれだけでわかり合っていた。
九尾が一体どうなったのか全く理解できていないヤマトは、焦れる心を押さえ込み、ひとまずもうひとつの懸念をぶつける。
「で……ナナは……?」
ナナは相変わらず、幼い子供のようにしゃっくりあげながら、とめどなく流れる涙を拭いていた。
ナルトは彼女の震える肩をしっかり抱いている。
「ナナは大丈夫だ」
ナルトはその手を少し低いナナの頭に乗せた。
「ナナは今までずっとオレと一緒に居てくれた。これからも、ずっと一緒だってばよ!」
ヤマトはナルトとナナを見比べた。
正直、ナルトの答えの意味はわからない。だが、二人の絆は“九尾の入れ物”だけじゃないことは分かっている。
「そうか」
それだけで、納得できる気がしていた。
心配を安堵に変えて、今頃、里でまだ“心配”しているはずのカカシを思い浮かべた時、ナナはゆっくりとナルトを向いた。
「ナルッ……トッ……」
ひどくしゃっくりあげながら。手の甲でも、手のひらでも、腕でも、涙を拭きながら。
「ありが……とうっ……!」
だが、しっかりとそう言った。
「わたしっ……」
まだ、その背に絶望を背負ってはいた。
「ナルトでよかった……!」
その頬はまだ冷たく冷えていた。
「初めてっ……」
が、それでも何かを見つけたように。
「産まれてきてよかったって……思えた……!」
言いきって、ナナはその想いの強さを主張するように、唇を真一文字に引き結んだ。
「ナナ……」
ナルトでさえ、かすかに目を見開いた。
ナナは慟哭を抑え、ナルトの眼を見つめて、もう一度その言葉を解き放つ。
「産まれてきて、ナルトに出会えて、よかった……」
皮肉にも、これまでナナがいかに己の“生”を憎んでいたかがわかった。
それは“ナナの生”をともに過ごしてきた者にとって、虚無感を誘う。
だが救いなのは、それと同時に、ナナが今、初めてその“生”を受け入れたと知れたこと。
だからこそ、この瞬間は大切だった。
「ナルト……ありがとう……」
ナナは頬を涙に濡らしたまま、笑んだ。
弱く、歪んだ笑みだった。
が、それがナナの全てだった。もう覆うものは何も無い、さらけ出されたナナの心だった。
だから。
「へへへへ」
ナルトは何の言葉も返さず、ただ笑みを返した。
彼らしい、強く、まっすぐな笑みだった。