森の向こうで爆音がした。
木々の上空には蒼い煙が立ち上り、巨大な雲をつくった。
衝撃は、彼らの所まで走っていた。
「うっ、うわぁっ!!!?」
瞬身の術を使った影響で足をひねっていたナルトは、バランスを保てず尻もちをついた。
「なんだ?! 今の光は……!」
ヤマトでさえも、飛んで来る枝や石の勢いに押されて立ち止まり、たまらず顔を覆った。
「ナナだ……!!!」
立ち上がりながら、ナルトが言った。
「あの光はナナの光だってばよ!!」
確信を持ってそう言い切った。
その時、堪えきれずに根元から倒れた大木の向こうに、ガイの姿が見えた。
「ガイさんっ!? ナナは?!」
ヤマトはすぐに声を掛ける。
いの一番に鬼鮫とナナを追ったはずのガイが、未だ戦闘に加わらず、ここに居ることが不自然だった。
ガイは木片を避けながら振り返った。そして、黙って前方に手をかざした。
「なんなんだってばよ?!」
ナルトたちが見守る中、ガイの手はバチッと音を立てて“見えない壁”に弾かれる。
「こ、これは……」
「結界だ♪!」
ビーが言った。
「和泉の姫の結界だ♪!!」
やがて……空に浮かんだ雲が霧になって消えた時、彼らはようやくその先に進むことを許された。
術が解けた……つまり、術者が破れた……。
誰もがその方程式を知っていたから、必死で爆発の中心へ向かった。
森を抜け、水辺に出た彼らは、一様に足を止める。
水面に静かに佇んでいたのはナナだった。その足もとには、鬼鮫の巨体がぷかりぷかりと浮かんでいる。
水面はまだ激しく波打っていたが、二人の周りだけは不思議としんと静まり返っていた。
ナナは片手に巻物を持って、ちゃんと立っていた。
辺り一面を揺るがすほどの衝撃を放つ戦いをしておきながら、ナナの顔には擦り傷ひとつなかった。それどころか、身体は少しも濡れていない。
「ナナ……!!」
ガイは水上を駆け、ナナの元へ向かった。
声をかけても、ナナは静かに鬼鮫を見下ろしたままでいる。
同じように彼も鬼鮫を見下ろすと、鬼鮫は白目を剥き完全に意識を失っていた。
「殺してはいません」
ナナが淡々とそう言った。
「でも少しやりすぎちゃって……これじゃ尋問に答えられないですね……」
言いながら差し出された巻物を受け取って、ガイは言った。
「問題ない。アオバは脳内の記憶を読み取る能力を持っている」
と、ナナは初めてガイを見上げ、薄く笑った。
「……よかった」
眼の奥が妖しく光ったように思えた。
が、ガイは不審な顔を引っ込めて、ナナの肩に手を置く。
「よくやったな、ナナ!!」
その身体は恐ろしく冷たい。
動揺を引っ込めて、ガイが鬼鮫を担いで陸地に上がると、
「ナナ! お前、コイツをひとりでやっつけたのか?!!」
ナルトがナナのもとへ駆けて来た。
「ナルト……」
ナナは息を吐いて、ナルトにもたれかかった。
「ナナ! 怪我してんのか?!!」
慌てて確かめるナルトに、ナナは首を振った。
「少し疲れただけ……」
木遁で鬼鮫を拘束したヤマトも、ナナの様子をうかがう。
「ナナ、大丈夫かい? だいぶ無理したんだろう……?」
ナナはゆっくりと彼を見上げた。
「鬼鮫を外に出さないためだったとしても、援護を待たずにひとりで決着をつけるなんて無茶だったんじゃ……」
誰もが同じ事を思い、ナナの言葉を待つ。
「でも、ちゃんと勝ったでしょう?」
ナナは少し笑った。
「慣れない術の使い方をしたから、ちょっとバテちゃったけど……」
そして肩をすくめ、ナルトを見つめた。
「ね、ナルト。私、ちゃんとお仕事したでしょう?」
「ああ、さすがナナだってばよ!」
納得のいかない表情をしたままの大人たちを横目に、ナルトは大きな声で言った。
「ナナってば、いっつも知らねぇ間に強くなってんだもんな!」
最もナナを気遣うはずのナルトがそう言ったことで、ヤマトらもそれ以上何も言えなかった。
おそらく、ナルトも彼らと同じ言葉をナナにぶつけたいのだろう。
何故ひとりで危険を犯したのか……。
そう追及したいに決まっている。
が、ナルトは何も言わなかった。だから、ヤマトたちもあえて口をつぐんだ。
やるべきことはまだある。
ナナが全力を出し切って倒した鬼鮫から、情報を搾取しなければならなかった。
「では始めます……!」
ここで進み出たのは山城アオバである。
彼の能力は、敵の脳内に入りこみ思考を読み取ることだった。
「イノイチさんほどではありませんが、必ず情報を抜きとってみせます!」
鬼鮫の思考を覗くことができれば、暁の作戦や情報を知ることができるはずだ。
誰もが期待を込めてアオバを見つめる中、彼は片手を鬼鮫の額に、もう一方を己の額に置いて術を発動させる。
しばし沈黙が流れた。
普段からおとなしいとはいえないナルトとビーも、黙ってアオバの背を見つめていた。
が、思わぬ結末が訪れる。
意識を失い、ヤマトの木遁で身動きを失っていたはずの鬼鮫が、突如目を開いたのだ。
それは己の舌を噛み切るという、最後の手段だった。
「こいつっ、情報を取らせまいと自力で舌をっ!!」
鬼鮫は血を吐き出しながら笑い、雄たけびとともに身体を抑えていた木を破壊した。
「ウオオオオ!!!」
ただの木ではない。これはヤマトの術であり、鬼鮫のチャクラを完全に抑え込んでいるはずだった。
が、鬼鮫はそれすら撥ね退けて、勢いのままに破片をまき散らす。
その風圧が、アオバはもちろん見守っていた全員に襲い掛かった。
当然、消耗の激しいナナの身体が吹っ飛んだ。
「ナナっ!!」
受け身をとる力すら残っていそうにないナナを、ヤマトがかろうじて抱き留めた。
「往生際の悪いやつめ!!」
ガイが向かって行った。
だが、一瞬早く鬼鮫が術を繰り出す。彼が得意とする『水牢の術』だった。
水の牢はガイではなく、鬼鮫自身を護るように囲った。さらに鬼鮫は、口寄せで牢内に数匹の鮫を呼び出す。
彼の巨体を上回る大きさの鮫だった。
「いくら暁の忍でも、この状況では何もできない!」
ヤマトが言ったとおり、自身が生んだ水の中で鬼鮫はゴホゴホとせき込んでいた。
「ボクが捕らえます……!!!」
ヤマトが再び木遁を発動させた。
その時、傍らでナナが叫んだ。
「待って……!!!」
ヤマトに……ではなく、『鬼鮫に』だった。
「待って! まだっ……!!!」
ナナの悲痛が再び悲痛に叫んだ瞬間、彼らは信じられない光景を目にした。
水中の鮫が、術師である
「じっ、自分に……?!」
ガイさえもその場に突っ立ったままそれを見届けていた。
鬼鮫の肉体が鮫の牙に食いちぎられる音。骨が噛み砕かれる音。そして、水に滲む血潮……。
やがて鬼鮫が死すと、水牢は解けて赤く濁った水たまりになった。
鮫たちも、ボンっと音を立てて消えた。
「自分の口寄せした鮫に己の身を食わせるとは……」
ガイが低く呟いた。
これが、『霧隠れの怪人』と恐れられた男の最期だった。
ヤマトは傍らで膝をつくナナを見下ろした。
さっき言いかけたのは、どういう意味だったのか……。
『待って! まだっ……!!!』
ただ単に暁の情報を聞き出せていないから……というのにしては、今の苦悩の表情と釣り合わない気がしていた。
「ナナ、大丈夫かい?」
あえて何も言わずにそう尋ねる。
と、ナナは絶望したように、深いため息をついた。