「新たな情報は取り損ねたが……ナナがコレを取り返してくれたおかげで、こちらの情報が暁に漏れないですんだ」
ガイが巻物を手にして言った。
「その情報を確認しておこう。奴らの知りたかった内容がわかれば対処もしやすい」
モトイの言葉で、皆、ガイを取り囲む。
ガイはゆっくりと巻物を解いた。
その瞬間、巻物から大量の水が飛沫を上げた。
「重い水! 『水牢の術』か?!」
それはキサメが巻物に仕掛けておいたトラップだった。
水が彼らに絡みつくように吹き出して、そのままひとりずつ牢の中に捕らわれていく。
「くそっ、ナナ!!」
ヤマトはとっさにナナを引っ張り寄せた。今のナナには、自力で牢を破る力などとても無い。
さらに、牢の中には鮫が現れた。
「うわあっ鮫がァ!! く、食われる!!」
狭い水中でも、自由に動けるのは鮫の方だった。彼らは水圧のせいで、まともに動くことができない。
その上、一匹の鮫が巻物を加えると、もがく彼らを尻目に泳ぎ出す。
「しまった! 海の方へ……!!」
あっという間に、その背びれは波の狭間に消え去った。
術を破り、ビーが巻物を奪った鮫を追いかけたが、その頃にはすでにどの方向へ泳ぎ去ったのかも分からなくなっていた。
モトイはすぐに知らせを放った。
今回の情報漏れの件で、この場所が暁に知られるのは間違いなかった。
ビーとナルトの移送が必然とされたが、この場所は単なる島ではなかった。
島と思われたその地は、巨大亀の背であった。
モトイは、船での移動より島ごと移動するほうが得策ととった。
向かう先は雲隠れの里、本土。
最重要任務は、ナルトとビーに“監禁”の事実を悟られないことだった。
事実を知ったナルトがどういう行動に出るのか……。
その危険を、ヤマトは一番よく知っていた。
ナルトの行動力と“力”なら、この大戦をぐちゃぐちゃにしかねない。
彼には「この島の生態調査」と説明している。それを最後まで信じさせなければならなかった。
「フーッ……実戦より難易度が高いな……」
ヤマトは心からのため息をついた。
そしてもうひとつ、不安なことがある。
「ナナ、身体は大丈夫かい?」
ナルトが傍にいないことを確認すると、ヤマトは木によりかかって休むナナの様子を確かめた。
先ほど、ナナの身体に触れた時にわかった。
自力で立つのも困難なほど、筋に力が入っていない。それどころか、体温が恐ろしく低かった。
「慣れないことをしたから、ちょっとダルい……」
先ほど見せた絶望の表情を完全に隠し、ナナは幼い笑みを返した。
「慣れないことって、一体どんな術を使ったんだい?」
おそらく、ナナの“血”にしかできないことなのだろうが、ヤマトはあえてそう聞いた。
「君の身にかすり傷ひとつないまま、あの忍を倒すなんて……よほど圧倒しないと不可能だよね?」
ナナはわずかに首を傾け、一本ずつ指を折った。
「陰陽術の結界術と風遁と水遁と火遁の忍術と……あと攻撃系の陰陽忍術」
そんな大それたことを言いながら。
「……ナナ……君は……」
ヤマトは思わず言葉を失った。
ナナの“血”のことは知っている。
彼女がどこから何のために木ノ葉に来て、どんな力を持っているのか……。
重要機密ではあったが、彼は立場上、火影やカカシから正式な情報を得ていた。
だが、改めて本人の口から聞かされるのは想定外だった。
「知ってるでしょう?ヤマト隊長。私が“すべての”性質変化を持ってること」
「あ、ああ……聞いてはいたが」
「一応、前から風遁以外も練習してたんだけど……実戦で使ったのは初めてだったし、いきなりあんな大きな術を連発するとは思ってなかったから、チャクラの使い方がめちゃくちゃになっちゃった」
ナナは「ナルトのように常識ハズレなチャクラ量がないから」と笑ってみせる。
「雲隠れの医療班が帯同しているから、一応診てもらおう」
そして念のためそう言うと、笑いながら首を振った。
「私が“何者”かバレちゃいますよ? それって木ノ葉の最重要機密でしょう? ビーさんには初めからバレちゃってますけど」
「それはそうだけど……」
「大丈夫。たぶん、点穴を無理につかったから、ちゃんと働いてないだけだと思いますから」
ヤマトはナナの手をとり、無遠慮に腕をまくった。
白い皮膚の下が小刻みに震えている。
「それより、私がバテたせいで、この島に張った結界まで破られちゃって……」
それを見たヤマトの感情などおかまいなしに、ナナは目を伏せた。
「張り直すにはもう少し回復しないと……」
ヤマトはナナの袖を戻した。
「いいよ、ナナは。休んでいて」
「でも……」
「ナナ」
そしてナナの言葉を遮った。
「もう一度聞くけど……鬼鮫と戦うのに、わざわざ結界を張って一対一になる必要はなかったんじゃないかい?」
「あのヒトを逃がさないためだったとしても?」
ちゃかすようにそう聞き返すナナは、ヤマトが何を言いたいのかとっくに気づいている。
そう確信しながらも、ヤマトは言った。
「無茶な戦いをして、命を無駄にするな……!」
ナナは少し黙ったまま、ヤマトの瞳を見つめていた。
そして、
「違うんです」
全てを諦めた表情をして、
「あのヒトに……どうしても聞きたいことがあったから」
そう答えた。
「聞きたいこと? 暁の情報のことだろう……?」
ヤマトは悪い予感を抑えきれずに、続きを待つ。
それほど待たせず、ナナは呟いた。
「イタチのこと……聞きたかったの」
その顔は、この世の全ての苦悩を知ったような憂いを浮かべていた。
「だから、結界の中で独りで戦ったのは私のわがまま……」
ひとりごとのような呟きは風に消えた。
「そうか」
これ以上間を与えたら、その口からは言わなくても良い謝罪が零れる……。
そう思ったヤマトは、ポンと肩に手を置いた。
「わかった。オレはそれを責めないよ」
忍の世界では「甘い」ととられるかもしれなかった。
が、ヤマトは本心を告げた。
マダラから聞かされた“真実”が本当に“真実”なら……、ナナの傷は消せない。今のナナを、誰が責められよう……。
「ヤマト隊長……」
ナナはしばし彼の目を探るように見つめていた。そしてクスリと笑った。
「なに?」
「カカシ先生にそっくり……!」
その笑みは正真正銘、普通の少女が浮かべる笑みだった。
「何がだい?」
ヤマトは少し安堵して、言葉を返す。
前髪を払いながら、ナナは言った。
「私のことを甘やかすところ……!」
瞬時に、ナナを見守るカカシの視線を思い出した。
急に老けこんだようなその雰囲気は、部下を案じる上司というより、歳の離れた妹を案じる兄だった。
「そうかな」
ヤマトも笑った。
あんなふうに、自分もナナを案じているのだろうか……。
心で問いかけながらも、答えはすでに決まっていた。
「ダメですよ。私なんかを甘やかしちゃ……」
子供のような大人のような眼。そこに明るい光は無かった。
一瞬、言葉に詰まった。
「いいんだよ」
だが、やはり答えは決まっていた。
「君はもっとボクらに頼っていいんだ……」
今度はナナが沈黙した。
そして、
「じゃあ……」
と言って、両手を伸ばす。
「移動先までおんぶしてください!」
見慣れぬ姿のはずなのに、ヤマトは何故か安心感を覚えた。
「ハイハイ……」
呆れたように言って、ナナを背負う。
体重は素直に預けられた。
が、服を通して感じるナナの体温はやはり、まだ生きた人のものとは思えぬくらい冷たかった。