『まずは一人目だ……兄さん……ナナ……』
サスケの声がして、目を開けた。
彼の憎しみに染まった声は、なぜだか心地が良かった。
「ナナ……! おいっ、ナナ!!」
何度か肩を揺さぶって、ナナはようやく“現実”に焦点を合わした。
「シカ……マル……?」
「ナナ、大丈夫か?!」
木ノ葉病院の仮設小屋を訪れたところ、医療忍者が「ナナが目覚めた」と言って慌ただしく走り回っていたところだった。
駆けつけると、ナナは布団の上に起き上がり、死人のような表情の無い顔で宙を見つめていた。
「ナナ?!」
ナナは虚ろな目でシカマルを見て、そして今度は目を伏せた。
「胸……が……イタイ……」
うっ血するような声色に、シカマルは一瞬言葉を失った。
そこに自ら傷をつけ、おびただしい血を流しながら里を護ったナナの姿が、鮮やかに蘇ったから。
「傷が痛むか?」
気休めにもなりはしないと知りつつも、シカマルはナナの背をさすった。
「ナナ……お前のおかげで、里が全滅せずにすんだし……みんな生き返った」
そして、見たこととナルトから聞いたことを踏まえて、ナナに言う。
「ありがとな」
だが、ナナは弱々しく首を振った。まるで、「そうせざるをえなかった」とでも言うように。
「胸が……イタイ……」
そしてか細い声でまた呟いた。
傷口は、サクラたちが処置をしてとっくに塞がっているはずだった。生き返ったシズネも含めて、ナナの治療は特に慎重に行っていたから、傷の具合は心配いらないと聞いていた。
だが、ナナは「イタイ」とつぶやきながら、爪が白くなるほど強く胸を抑えている。
「ナナ……」
痛みの訳を聞くのは躊躇われた。
木ノ葉襲撃のずっと前……、ナナがサスケとイタチを止めるために単独で里を出たことを、シカマルも知っていた。
それが叶わなかったことも。
ナナにとっての“うちはイタチ”の存在も。
だから……。
「ナナ……」
折れそうな細い手首をとり、しわくちゃの寝間着から引き剥がす。
思ったほど力はいらなかった。彼の手の中で、ナナの指先は素直に力を失った。
冷たい皮膚から、ナナの痛みが伝わった。
ナナは……わかっているのかもしれない。
そう思った。
だから、敢えて言う必要ないはずだった。
この、痛みに抗うことすら止めてしまった傷だらけのナナに、言うべきことではなかった。
が、
「ナナ……サスケが……」
彼は告げた。
「サスケが暁の一員として八尾を襲撃し、……犯罪者として国際的な指名手配を受けることになった」
やはり、ナナの顔色は少しも変わらなかった。
「オレたち同期のメンバーは、自分たちでサスケを“処理”すると決めた。サクラも承諾済みだ。今はナルトの説得に向かってる」
七班の説得には自分から名乗り出た。
彼らを大切な仲間だと思っていたからこそ、自分の役目だと思った。すでに時代の真ん中を歩き始めた同期の中、嫌われ役は自分が適任だとわかっていたのだ。
だが、それだけではない心境も働いていた。
「お前は……、こうなると知ってたのか……?」
問いかけて初めて
わざわざ意識が戻ったばかりのナナにサスケのことを告げたのは、ナナが知っていたのかどうかを知るためだったのだと。
「知って……た……」
ナナはため息をつくように、それでもはっきりと答えた。
シカマルは、もう一度考えた。
何故、確かめる必要があったのか。
「お前はもう……」
答えは案外、あっさりとまとまった。
「“覚悟”があるのか?」
“覚悟”……。同期の者たちが、ついこの間持った覚悟。サクラが涙を無理やり止めて、掲げた覚悟。 ナルトもどこかで、持たされているはずの覚悟。
ナナがそれを持って目覚めたのか……。
それが知りたかった。
「サスケは……」
ナナは惜しげもなく、ありのままを見せて来た。
「ダンゾウを殺してくれた……」
それは、どろりと垂れる呪いの言葉だった。
「ダ、ダンゾウって……今は六代目火影だぞっ?! なんでサスケがダンゾウをっ……」
「木ノ葉にも……必ず来る……」
ナナの覚悟のイロは、サクラのそれとは全く違っていた。
「私は……サスケと……もう一度“出逢う”覚悟がある……」
何にも染まらず、何もかも染めてしまうような闇の色。それがあまりに濃く、“覚悟”の真意は見えなかった。
「ちゃんと……サスケと“戦う”から……」
そして、ナナは歪な笑みを浮かべた。
「ナナ……お前は」
その笑みに向かい、何を言おうとしたのかわからない。
ただ何かが口をついて出ようとしたとき、
「シカマルさん、こちらですか?!」
医療忍者が入って来て、緊急の用件を伝えた。
「シカク様から招集がかかっています。カカシさんの忍犬が到着したとかで……」
「わ、わかった……!」
正直、遮られてほっとしたところもあった。
「ナナ……オレは行かなきゃならねぇ。お前はちゃんと休んで、とにかく体調を戻せ。今はオレたちに任せろ」
ナナに何を言うかわからない自分がいた。自分で切り出したくせに、もう何も言いたくなかった。
シカマルはそっと、ナナの手を布団の上に戻した。
「ナナ……オレたちは木ノ葉を護る。敵が誰であろうとだ」
「うん……わかってる……」
意外にもすぐにうなずいたナナに、悲壮感はない。もちろん、吹っ切れた笑みでもない。
何も……何一つ無い青白い顔……。
「けど、オレはお前を……」
「ナナ、目が覚めたって?!」
お前を……。
言いかけて、また言葉は遮られた。
「シカマル君?! ここにいたの? シカクさんの招集がかかってるわ!」
今度はシズネだった。
「ああ……今聞いたんで、すぐ行きます」
てきぱきとナナの身体を看るシズネと、無反応なナナを交互に見て、シカマルはその場を後にした。
『オレはお前を……』
途切れた言葉が、熱いまま喉の奥にぶら下がっていた。