その場でナナは目を閉じた。
自分の中の、“和泉の血”をたぎらす様に、霊力を高める。
間違いなかった。
“この世”にあるはずのない、あっていいはずのない“死者の魂”が、捕らえきれぬほど漂っているのがわかる。
空気の“質”が変わったような感覚。まるで不純物が紛れ込んでいるかのごとき感覚。
和泉の里から木ノ葉へ来たばかりの時、これを感じては密かに鎮魂術を行っていた。
が、そんなものとは比べ物にならない規模に、ナナの肌は鳥肌をたてる。
「いったい……何が……」
ヨミガエリ……。
何故それが起きているのかわからなかった。
今、“敵”は暁。うちはマダラと名乗る男。そしてサスケ……。
その“敵”のうちの誰かが、こんな術を使ったのか……。
ナナはちらりと、ナルトが修行する部屋の扉を見やった。
死者を蘇らせる術として知っているのは、陰陽術の『
そして、砂のチヨバアが使った転生術、『
最後に触れたのは、長門の『
あとは、伝え聞いた『
「大蛇丸……!」
その名を思い出し、ナナは眉をひそめた。
サスケの身体を乗っ取って、呪わしい言葉を垂らした姿が、容易に甦る。
「まさか、その術が……」
そして気づく。
大蛇丸は暁の一員だったという。ならば、あの術が暁に渡っていたとしてもおかしくはない。
もしくは……大蛇丸の手下だった、あのカブトという男が術を会得していたか……。
「……っ……!」
ナナは思わず立ち上がった。
いずれにせよ、こんな術が“忍の戦争”に使われているのを知って、平然としていられるわけがなかった。
人の世の理を犯す蘇生術は、遠い昔に和泉一族が生み出した。今、禁術として伝わるすべての蘇生術の由来は、和泉の陰陽術にある。
だからこそ、忍の戦争にこんな禁術が使われるのが許せなかった。
ただ“理”に背くから……そういうわけではない。それを憎んでいたら、我愛羅やカカシが蘇ったことを喜べるはずもなかった。
今、胸の奥から怒りが込み上げているのは、蘇った者と……彼らに再び出会ってしまった生ける者たちが、どれほど傷つくかわかるから。
「まさ……か……」
呟いて、ナナは拳は強く握った。
「イタチ……も……?」
誰もいないその場所に、ナナの呼吸音が震えた。
無理に心を静めようと、ナナは再び目をつむった。そのまま、死者たちの魂を探る。
もし、イタチが蘇ったのなら……想うことはただひとつ。
喉が締め付けられそうになり、思い切り唇を噛んだ。
冷静に……力を……。
深呼吸して島の外に意識を這わす。
が、やはり数が多すぎるのと、場所が遠いいのとで、“魂”の特定は困難だった。まして、その術者の位置も。
「どうしよう……ナルト……」
ナナは無意識に、本当に意識せずにそう呟いた。その目も、また扉を捕らえていた。
“その時”までナルトと共にいる。“その時”は、ナルトとサスケの闘いの時。
それが、イタチを失い、サスケと道を別ったナナの、最後に残された意思だった。
もう、それ以外はなかった。それしかなかったからこそ、あれほど冷静に、淡々と、ペインから木ノ葉を護るために戦えた。
そんな心に気づいても、カカシは何も言わなかった。シカマルは認めてくれた。
だから、それだけのはずだった。
だが、今思うのは、新たに生まれた“意志”は……。
もう、イタチに傷ついて欲しくない。
誰だか知らないが、あれほど残酷な運命を遂げたイタチを、これ以上操ろうとしているならこの手で止めたかった。
たとえ術で蘇ったイタチに意識はなくとも、誰よりも強く平和を願ったイタチを、こんな戦争で戦わせたくなかった。全てひとりで抱え込んで逝ったのだから、静かに眠らせてあげたかった。
それにもし……サスケがイタチと再会したら……。
悲しいことに、ナナの中に良い想像は少しも生まれなかった。
どちらも、もう悲劇は終わったはずなのに、不要な傷を負うに決まっている。
だから……。
「ねぇ、ホクト」
ナナは助けを求めるように、その名を呼んだ。
音もなく、気配もなく、空気すら揺らさず、ホクトは暗がりから現れた。
「私って……」
瑠璃紺の目を見つめ、ため息のように言った。
「つくづく意志が弱いよね」
自嘲の言葉に、ホクトは何の反応も返さなかった。
「本当にもう、ナルトの側で“待つ”だけって……、ただ“待つ”だけだって、そう決めてたはずなのに」
かわりにナナがしゃがみ込み、ホクトに視線の高さを合わせる。
「それしか……残ってないはずだったのに……」
くすりと笑うと、ホクトは初めて三股の尾を床に打ち付けた。
音はなかった。白銀の尾が、羽のように揺らいだだけだった。
「また、やらなくちゃって思うことができたみたい……」
噛みしめるように言った言葉を聞き終え、ホクトは二度、瞬きをした。
瑠璃色の瞳が美しく光ったとき、そこには“二人のナナ”がいた。
「あの時と一緒……」
「イタチと、サスケを探したとき……」
同じ顔で、同じ声。表情も全く同じ、少し困った笑み。ただ違うのは、身に着けているもの。
「ナルトの側で、“その時”を待つ……」
「この世に蘇った死者を“送る”」
忍装束のナナと、白袴のナナが交互に呟く。
「イタチは……この手で送る……」
「うん。必ず……」
二人のナナは、同じ願いを瞳に浮かべた。