ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

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参戦

 

 歪んだ風を感じながら、ナナは森を駆けていた。

 目指すのは、シカクに教えられた『ダルイ第1部隊』の戦場である。

 そこが最も“空間のねじれ”を感じる地域だった。つまり、“死者の魂”が最も集まっている場所である。

 蘇った者のそれだけならまだよかった。その中には、確かに“今”、魂となったものもある。

 遠い黄泉から返った魂、そして肉体から離れたばかりの魂。目指す戦場は、それらで渾然としている。

 その中に、ナナは“イタチの魂”を探した。

 多数の魂の中から特定の魂を感じ取るなど、集中しなければ難しいことだった。

 が、ナナには自信があった。

 それは、自分の中を流れる色濃い和泉の血のためでなく、深すぎるイタチへの想いのためだった。

 イタチがこの先の戦場にいるとは限らない。蘇っているとは限らない。

 が、胸騒ぎは抑えきれなかった。

 悪い予感は、いつも当ってしまっていたから。

 

「イタチ……イタチ……いるの?」

 

 念じるわけではなく、声に出して呼んでいた。

 焦り、不安、そして願い。乱れる心を落ち着けて、ナナはイタチを探した。

 

 

 

 殺気、轟音、怒声、地鳴、死臭……そして死者の魂。

 イタチの応えがないまま、戦場といわれる場所にナナは辿り着いた。

 神経を集中させてイタチの魂を探す。

 が、感じ取れない。わかるのは、チャクラの強い者たちの魂が多数動き回っていることだった。

 今はもう、迷いはなかった。

 ナナは一番近くの魂が集まる場所へ急ぐ。

 十数名の忍たちが、“死者”や“白いモノ”との戦いを繰り広げていた。

 双方に知っている顔はない。“白いモノ”にも特に興味はなかった。

 ナナは一気に彼らの中央に躍り出ると、短く印を結んだ。

 ナナの出現に気づいた者は、敵と対峙しながらもその整然とした姿を目にする。

 敵の何体かが、絶好の獲物とばかりに飛びかかった。

 

「2……3……4人……」

 

 数と位置を確かめると、ナナは口内で呪文を呟く。九尾の封印術などとは比べ物にならないくらい、た易い術だった。

 飛び付こうとした“死者”の足が、ピタリと止まる。忍に襲いかかっていた“死者”もまた、動きを止めた。

 ナナの足もとから、地面に青白く光る五芒星が浮かび上がる。

 半径50メートルほどのそれに、“死者”は全て収まっていた。

 そして、

 

「さよなら」

 

 ナナが短く別れの言葉を捧げた途端、“死者”は新たな肉体からその魂を引き剥がされ、あるべき場所へと帰って逝った。

 

「な、なんだ?」

「ふ、封印術か……?」

 

 戦っていた忍たちは、突然、肉塊と化した敵を見下ろし、しばし唖然とする。

 

「お前は……木ノ葉の忍か?」

 

 ナナの額当てに気づき、誰かがそう言った。

 彼らがナナの存在に興味を持ちかけた時。

 

「こ、これは! ゆ、遊叉(ゆさ)じゃないか!!」

 

 誰かが悲鳴のような声をあげた。

 

「本当だ……! 遊叉! 遊叉!」

 

 二人の男が魂を抜かれて転がった死体にすがり、名を呼んだ。死者の魂の“入れ物”として利用されたその肉体は、二人の知り合いの女だった。

 

「遊叉……!」

 

 何度呼ぼうとも、もう朽ちた女が目覚めることはない。

 

「くそっ……」

 

 拳を地面に打ち付ける男を見て、ナナも唇を噛んだ。

 

「絶対に……許さない……!」

 

 死体の中に、ナナが知っている者はいなかった。

 が、目の前で起きていることが、先の戦場で何度も何度も繰り返される。そう思うと、胸が潰れるように痛んだ。

 ナナは忍たちの言葉を曖昧にかわし、冷えた指先を握りしめて、再び前線へ向けて走り出した。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 ダルイ第1部隊最前線。

 海辺に位置するその場所で、忍連合軍は無数の白い謎の生命体、そして“穢土転生”で蘇った強敵たちと、壮絶な戦いを繰り広げていた。

 その片隅で、

 

「お前らにはもう言うことがない」

 

 アスマは教え子たちを見下ろし、最期の言葉を贈った。

 

「まさに完璧な亥鹿蝶だった!」

 

 封印班が彼を封じ、イノ、シカマル、チョウジの師は再び眠りについた。

 “穢土転生”は、生者と死者、双方に残酷な傷をつける忌まわしき術だった。

 その手で愛すべき師を葬り、三人は少しの間、立ちすくむ。

 達成感はなかった。かといって、悲壮感もなかった。

 あるのは少しの焦燥感と、怒り……。

 それを噛みしめる三人の後ろに、突如として冷たい風が巻き起こった。

 

「みんな……ゴメン……」

 

 戦場にはいるはずのないナナだった。

 その声は、彼らよりも沈んでいた。

 

「ナナ?!」

 

 振り返ったシカマルは息を呑んだ。

 ナナの目は、ここにいる誰よりも苦悶の影を浮かべていたからだった。

 

「間に合わなくて、ゴメン」

 

 ナナは千切れそうな声で言った。

 

「“こんな想い”をして欲しくないから、私はここに来たはずなのに……!」

 

 周囲は激しい戦闘で騒然としていたが、彼らの周りだけはシンと静まり返っているようだった。

 

「ナナ、何でここにいるの?」

「ナルトと一緒にいたんじゃ……」

 

 いのとチョウジが涙声のまま、まるでナナを慰めるように言う。

 が、ナナの“望み”を知ってしまったシカマルは、困惑のあまり言葉を見つけられずにいた。

 

「大丈夫」

 

 ナナは少し笑った。

 

「本部の許可はもらって来たから」

 

 いつもなら、いのとチョウジが顔を見合わせる場面だった。

 が、チョウジは巨大化していたためそれは叶わず、かわりに二人はシカマルを見た。

 

「ナナ、お前……」

 

 そのシカマルがナナの真意を問おうとした時、

 

「“穢土転生”で蘇った人たちは、私が送り返す」

 

 ナナが先にそれを告げた。

 

「もうこれ以上、誰かがアナタたちみたいな想いをしなくていいように……」

 

 射抜くような鋭い視線には、久しく隠れていたナナの強い意志が確かにあった。

 

「この術は、絶対に許さない……。蘇った人たちを送って、術者を倒す……!」

 

 崖の方から地鳴りがした。

 巨大化したチョウザたちが、数人の“死者”と戦っている。

 

「チョウザさんが戦っている相手も、木ノ葉の忍……?」

 

 ナナは3人から視線を外し、飛んで来る瓦礫に構わずそちらを見据えた。

 いのとチョウジが、ナナからそちらへ注意を逸らす。

 それと同時にそこに向かって歩みを進めたナナの背に、シカマルは初めて言葉を発した。

 

「ナナ、まさかアレを全部片付けるつもりなのか?!」

 

 ナナはゆっくりと彼を振り返り、笑みを浮かべてうなずいた。

 自信の笑みではない、儚い笑みに、シカマルは悪寒を覚える。

 

「お前、まさか!」

 

 だが、ナナは彼の言葉をやんわりと遮った。

 

「大丈夫。命と引きかえになんてこと、しないから」

 

 いのも不安げに歩み寄る。

 

「ほ、本当なの? ナナ……」

 

 自らを犠牲にするようにして里を救ったナナの姿は、まだ記憶に新しかった。

 

「うん。私は、まだ死ねない」

 

 静かに言って、ナナはまた彼らに背を向けた。

 そこに向けて、

 

 

「なんでだ、ナナ!!」

 

 

 シカマルは叫んだ。いや、咎めた。

 彼の中に、サクラから伝え聞いた『サスケに会うまで、まだ死ねない』というナナの言葉が甦っていた。

 そして、あの夜の星の瞬きも……。

 

「お前はもう……」

 

 言い淀んで、それでもなりふり構わず想いをぶつける。

 

 

「“サスケの手で死ぬ”ことだけが、最後の望みじゃなかったのか?!」

 

 

 湧き上がるのは、“心配”じゃなく“怒り”だった。

 

「え?」

「どういうこと?」

 

 困惑するいのとチョウジをよそに、ナナは彼の怒りを受け止めるように静かに言った。

 

「“今の私”は、別にやらなくちゃいけないことがある……」

「別……に……?」

 

 あれほど絶望したナナに残されたのは、「最後の望み」だけだった。

 それはあまりにも悲しすぎる、「サスケに殺されて逝く」こと。

 シカマルが、そのためだけに“生きて”いいと言ったことで、ナナは楽になったはずだった。

 その「最後の望み」すら覆すことが、まだナナにあったのか……。

 シカマルにとって、決して嬉しいことではなかった。

 ナナの中の奈落の深さを感じていたから、むしろそれは邪魔だと思った。誰よりナナの“望み”への“覚悟”を決めていたから、彼は怒った。

 

「さっき言った目的だけじゃないの」

 

 が、

 

「戦争中にこんなこと言うのは、ただの我がままだと思うけど……」

 

 ナナはそれを、この場でちゃんと口にした。

 

 

「イタチの魂がこの戦争に利用されているのなら、私がそれを送らなくちゃならない」

 

 

 暗く沈むような声で。

 

 

「私はもうこれ以上、イタチに傷ついてほしくない」

 

 

 だが……、きっぱりと。

 

「ありがとう、シカマル」

 

 そして笑む。

 

「あの時、シカマルがあの言葉をくれなかったら、私はここにはいなかった」

 

 いのとチョウジは押し黙った。

 

「ナルトの側でただ膝を抱えて……じっと“その時”を待つだけだったと思う」

 

 シカマルもまた、抗えない何かに耐えながらナナの言葉を聞くしかなかった。

 

「こうやって、最後に戦う意志を持てたのは、シカマルのおかげだよ」

 

 地が割れ、石つぶてが降っても、その場はひやりとした静寂に包まれていた。

 

「だから、私は大丈夫」

 

 ナナは再び歩き出す。

 

「“この前”みたいに、情けない意志で戦うんじゃないから」

 

 いのは思わず、ナナの背に手を伸ばしかけた。

 が、はっとして隣で深くうつむくシカマルを見た。

 

「じゃあ、行ってくるね」

「恨むぞっ!!」

 

 去りかけたナナを、そのシカマルのどす黒い声が止めた。

 

「オレは恨むぞ! お前の運命(さだめ)を……!!」

 

 やりきれない苦悶が浮かび、ナナは振り返って彼を見た。

 

「シカマル……」

「お前は許されたはずだった! 全てを諦めることを……。お前はそれほど深く傷つき、絶望したはずだ!!」

 

 シカマルは喉が潰れるほどの勢いで叫ぶ。

 

「もう、戦えないはずだった……それなのにっ……!!」

 

 激怒だった。

 言葉通り、シカマルは見えないナナの運命に、怒り狂っていた。

 

「お前にまた、戦わなきゃならねぇ理由ができるなんてっ……!!」

 

 ナナの表情も変わった。

 

「お前はもう……」

 

 二人の視線が合わさって、

 

「これ以上、傷つかなくていいはずだろ……!」

 

 シカマルは掠れた声を絞り出す。

 

「シカマル……」

 

 ナナはゆっくりと彼に近づいた。

 いのもチョウジも、息を止めて二人を見守っていた。

 

「私は、姉に言われたとおり、もがいて、苦しんで、抗って……醜く生きる運命だったみたい」

 

 ナナは笑っていた。

 

「だから、実際、すごく辛くて、情けない人生だけど……」

 

 その腕は、静かにシカマルに伸び、

 

「優しいことや、あったかいこともあった……って、今、はっきり思える」

 

 しっかりと、彼を抱きしめた。

 

「ナナ……!」

 

 シカマルはナナを抱きすくめ、

 

「行くな……!」

 

 ナナにしか聞こえない声で叫んだ。

 ナナは彼の腕の中でそっと目を閉じて、

 

「ありがとう」

 

 シカマルにしか届かない声で囁いた。

 その声に、確かな意志が滲むのを、シカマルは絶望的な気持ちで聞いた。

 

「ナナ……!」

 

 が、彼らがそれ以上の言葉を交わすことは許されなかった。

 海の方で爆音が起こった。

 そこは、開戦時からダルイが金角・銀角兄弟と、死闘を繰り広げていた方角だった。

 

「危ない!!」

 

 そこから飛んで来る砂の入り混じった岩を、チョウジが止めていなければ、彼らは岩の下敷きになっていただろう。

 

「なんだ!? あれはっ……!!」

 

 その戦場にいた者たちが、全員、同じ方向を向いて動きを止める。

 彼らの眼に映ったのは、九尾の衣をまとって暴れる金角だった。

 

「なによ、アレ!!」

 

 いのが悲鳴に近い声をあげた。

 大気をも震わす強烈なチャクラが、そこから発散されている。

 

「アレじゃあ、完全に九尾じゃねぇか……!」

 

 シカマルはまだナナの腕をつかんだまま、そう言った。

 そして、はっとしてナナを見下ろす。ナナはじっと九尾化したモノを見つめていた。

 その時、

 

『シカマル、チョウジ、イノ、よく聞け!』

 

 彼らの頭に、シカクの声が響く。

 

『猪鹿蝶の連係でお前たちが九尾を封印するんだ!』

 

 シカクの作戦はこうだった。

 まず、チョウジが肉弾戦車で九尾に突っ込む。体勢が崩れたところを、シカマルが影真似の術で拘束する。その瞬間を狙っていのが心転身で九尾の精神に入り込み、あとは本部から転送される『琥珀の浄瓶』という宝具に封印する。

 

『“琥珀の浄瓶”は、持っている者の呼びかけに答えただけで封印される仕組みだ』

「じゃあ、私がアイツの中から返事をすればいいってことね?」

『そうだ。術を解除するタイミングに気をつけろよ』

「わかってるって」

 

 彼らはすでに走り出していた。

 そして、ナナも。

 

『ナナ、お前には三人の援護を頼みたい』

 

 すでに援軍が駆けつけて来ているはずだが、三人の術をよく知っているナナに近くでサポートをして欲しいと、シカクは言った。

 が、彼らが九尾化した金角とダルイが戦う場所を見下ろす位置で立ち止まった時、ナナは言った。

 

「その作戦、変えてください」

 

 シカマル、いの、チョウジがナナを振り返る。

 ナナはシカクが何か言う前に、宣言した。

 

「封印は私がやります。みんなにはそのサポートを」

「ナナ!」

 

 いのがすぐさま反論しようとした。シカクも同様だった。

 だが、

 

「九尾化したヤツの精神になんか入ったら、いのちゃん壊れちゃうよ」

 

 ナナはいのを向いて涼しげに笑う。

 

「だから、絶対にダメ!」

 

 だが、言葉は強かった。

 

「でもナナ! その“琥珀の”なんとかっていうのには、呼びかけに答えさせないと封印できないって……」

 

 チョウジも不安げに言うが、ナナは落ち着いた口調でシカクに問う。

 

「その“琥珀の浄瓶”って、ただの宝具じゃないんですよね?」

『あ、ああ。八尾を封印してきた五つの宝具のうちのひとつだそうだ』

 

 だったら……と言いながら、ナナは左の手袋を外した。

 

「強制的に()()に封印できます」

 

 何のことはない、というように。

 

「でも、ナナ!」

「心配しないで、いのちゃんも、みんなも」

「ナナ……!」

「本物の九尾に比べたら、あのくらい何ともない」

「で、でもっ!」

 

 不安げな仲間の前で、ナナはそっと手を胸に当てた。

 無言で示す、己の存在理由……。

 3人は自然と口をつぐんだ。

 眼下では、荒れ狂う九尾のチャクラの塊に何十人もの忍が倒されていた。

 ナナの意志を覆している暇はない。

 

「その替わり、みんなはサポートをお願い。それだけでもけっこうキツイはず」

 

 彼らにとって、その“お願い”だけが救いだった。

 そしてナナは、左手を顔の横まで持ち上げて、

 

「全部終わったら、アスマ先生は私の手でちゃんと送るから」

 

 細い五指をパキリと鳴らした。

 

 

 

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