八尾と九尾を閉じ込めるために結界班が造り上げた特別強力な多重結界を、ナルトとビーが難なく看破した。
“島”の外に出たその頃には、すでに日は傾いていた。
「ナルト、どこに向かう♪? すでに尾獣モード使う♪?」
ナルトの九尾チャクラにより、暗い森でも行く手は照らされていた。
彼は再後方のナナに尋ねた。
「ナナ、さっき、九尾のチャクラを感じたよな?」
ナナは二人の後を追いながら、淡々と答える。
「アレは、“もう一人の私”が、みんなと封印したから大丈夫だよ」
「“もう一人のナナ”って、さっき仙人モードで感知できたけど……。アレってばナナの分身か?」
「違うよ、私は私なんだけど、別の存在なの」
「ふーん」
ナルトもナルトで、理解が曖昧なまま納得をする。
「“二人目のナナ”ってコトか」
「そう。影分身と違って、チャクラが減ったりしなくて良いでしょ?」
ナナにしか使えない術があることを、ナルトは理解していた。ビーもまた、二人のやり取りには口を挟まない。
ナルトはナナの答えを聞いてこう決断した。
「とりあえず、一番近い戦場に向かうってばよ!!」
その時、ナナがかすかに息を呑んだ。
枝が軋む音で、その気配は前の二人には気取られなかった。
ナナは、ナルトの言葉に何かを思ったのではない。他に、気配を察知したわけでもない。
何故、その顔色を変えたのか……。
それはその頃、ダルイ第一部隊に居る“もう一人のナナ”が、信じがたい光景を目にしていたからであった。
戦場では、ナナが次々と“死者”たちを送り返し、ダンや角都ら手練の“死者”の拘束にも成功していた。
また、無数に襲来した“ゼツ”も、ダルイらによって殲滅された。
暗くなり始めたその場所で、彼らが潮風の中にようやくの安堵を嗅ぎ出した時、最悪の事態が起こる。
静まりかけた戦場の中央に、突如として強大な“魔物”が出現したのである。
それは、マダラが口寄せした『外道魔像』であった。
チョウジやチョウザよりも数倍大きいそれは、九尾化した金角と比べ物にならないほど膨大なチャクラをまき散らし、大音量で吠え、夕空を震わせる。
「アレは……」
ナナは眉をひそめた。
“人”が操って良いものではない……。
漠然とそう感じたのだ。
「鎮めなきゃ……!」
何をどうすれば良いのか明確な策は浮かばない。
だがとっさに、連絡用に準備しておいた式神を出そうした。強大なアレを封じるには、多くの“手”が必要だと思ったのだ。
が、
「アナタは……」
影は無言のままナナを制止する。
いつの間にか、周りにいた忍たちは血を流して倒れていた。
「あの絶望の淵から、よくもまぁ“そんな姿”で再び立ち上がることができたものだ」
両目が開いた面……。
「うちは……マダラ……」
前とは違う面をつけてはいるが、ナナには目の前の人物がマダラだとわかった。
彼は面の下でフっと笑う。
「お前はやはり、オレなどの想像の範疇には収まらなかった」
マダラの口から出たのは、皮肉ではなく素直な賛辞だった。
「イタチの復讐を誓ってサスケと共に行くのでもなく、虚無感の中でサスケに与えられる死を待つでもなく、イタチに教えられた強さを取り戻して戦うでもなく……。“そんな姿”で
マダラはまるで思い出語りでもするように、緩やかに話す。
「わざわざ“そんな姿”を使ってまで参戦しているのは、仲間のためか……? それとも……」
ナナは黙って、次の言葉を待った。
「再びイタチに逢いたいからか?」
マダラの眼が、面の奥で残酷に光っている。
「いずれにせよ、あのどん底から這い上がるとは……」
ナナはじっとそれを見つめた。
「さすがは、イタチとサスケにとって特別な存在だ」
そしてその台詞に、今度はナナがフっと笑った。
「ムダ……。“そういう攻撃”には、姉との闘いで免疫ができてるから」
『外道魔像』が巻き起こす混乱によって、まだ二人に気づく者はない。
二人の方も、忍たちの狂乱をよそに静かに声を発す。
「アレは何? 何のために存在してるの?」
「あれは『外道魔像』という。なに、お前が恐れることはない。あれはただの尾獣のチャクラの入れ物だ」
「アレにさっきの“九尾の切れっ端”を入れるつもり?」
「まぁ、そうだ」
「それで、アレはどうなるの?」
「知りたければ一緒に来るか? 忌まわしい禁術を始めたカブトにも会わせてやるぞ」
まるで仲間にでも言うように、マダラは言う。
「……カブトは自分で探して倒す」
「そうか? オレと共に来ればサスケにも会わせてやれるが……」
ナナは一歩、前に足を進めた。
「さんざん放置しておいて、今更私を連れに来たの?」
「カブトの名にも、サスケの名にも、眉ひとつ動かさぬか……」
マダラも、同じく一歩だけナナに近づいた。
「まぁ、連れて行ってもいいが……正直、“お前の方”には、用がない」
ナナのこめかみがわずかに引きつった
「オレが欲しいのは、絶望に打ちひしがれ、ただ死のみを願う“ナナ”だけだ」
戦場から巻き上がった砂煙が、二人の間を駆け抜けた。
「まるで、私のことを全て知ってるみたい……」
「ああ、この眼が“お前”を見抜いている」
マダラは自身の左目を指さした。
「その眼……。長門って人の眼を奪ったの……?」
「ヤツはオレのコマだった。コマが役目を失えば、打ち手がコマを回収するのは当然のこと。『奪った』とは検討違いの見解だ」
その理屈に、ナナは反論しない。
ただじっと、マダラの左目に収まった輪廻眼を見据えていた。
「“私”に用が無いのなら、どうして今、目の前に現れたの?」
そして再び問う。
マダラはすぐに単調な答えを返した。
「お前がどんな顔をして、
ナナはますます視線を鋭くした。
面で隠れていて表情は見えない。声も淡々として心の動きがわからない。
それでも、わずかな情報を得てマダラの真意を探ろうとした。
が、マダラははぐらかすように軽い口調で言った。
「そういうわけだから、オレは『外道魔像』を連れてそろそろ退散する」
そしてすぐ、ナナの前から消え去った。
「全部、アナタの計画どおりになんかさせない……!!」
ナナはすぐさま彼を追った。
といっても、マダラが走る姿はどこにもない。
ナナが“琥珀の浄瓶”を振り向いた時にはすでに、マダラはそこにいた。
『外道魔像』が暴れ出した戦場では、誰も“琥珀の浄瓶”に注意を払っていなかった。
“琥珀の浄瓶”の周りで警護に当たっていた忍たちも、突然現れたマダラによって声を上げる間もなく倒されていた。
そんな中、『外道魔像』が出現した理由、いち早く察知した者があった。
「その忍具は渡さねー!」
雷のダルイと、
「その九尾チャクラを、あのデカいのに封印するってワケか……?」
木ノ葉のシカマルだった。
「連合にもセンスの良い人間が多少はいるようだな。お前たちは敵にしておくには惜しい」
マダラはすでにシカマルの影真似の術で拘束されていた。
が、それでも余裕のある口調で、二人にそう言った。
「シカマル! ダルイさん!!」
そこへ、ナナが駆けつけた。
「お願い! 少しだけ、その人を抑えてて!」
そして“琥珀の浄瓶”の前で印を結び、陰陽の術を発動した。
「利用される前に 、私かコレを“浄華”する……!」
「じょ、じょうか……?」
「なんだ、それ……」
ダルイとシカマル、そしてマダラまでもがナナの横顔を注視する。
が、ナナは冷たい霊気をくゆらせながら、呟くように答えた。
「完全にこの世から“消す”ってこと。発動まで少し時間がかかるから、何としてもその人を抑えて……」
その意味を素早く理解したシカマルは、反射的にナナを押しとどめる。
「お前、そんなことして大丈夫なのか?!」
ナナは横目でシカマルをちらりと見て、すぐに“琥珀の浄瓶”に視線を戻した。
「私は大丈夫」
言いながら、両手を“琥珀の浄瓶”につけて呪文を唱える。
コトリと中で音がして、ナナの髪がふわりと浮いた。
「ナナ!!」
ナナの言葉など信じられないというように、シカマルは再び躊躇いの声を上げる。
“琥珀の浄瓶”とナナを交互にみやるダルイの顔にも、迷いの色が浮かんだ。
その時、
「なるほど、見たところ、お前がナナの新しい『
「なに?」
マダラが嘲笑しながらシカマルを見る。
続けて、
「なかなかのキレ者のようだが……」
ナナのピクリとひきつったこめかみを見ながら、こう言った。
「イタチやサスケに比べたら役不足だな」
二人は同時に歯を食いしばった。
だが、そんな言葉でナナもシカマルも術を弱めたりはしないはずだった。嘲られたシカマルはじっとマダラを睨み据えて印を結んでいたし、ナナも九尾チャクラに意識を集中させていた。
そのはずだった……が、あまりに術に集中することに神経を注いだために、逆に視界が狭められていた。
突然その場に吹き付けた土交じりの潮風……、その方向に目をやった時にはもう、そこは巨大な影に覆われていた。
「くそっ……!!」
シカマルとナナ、そしてダルイが上を見上げると、『外道魔像』の巨大な足が、頭上から踏み下ろされようとしていた。