ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

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あぶく

 

 ナナ、シカマル、ダルイの三人が頭上を見上げた時、『外道魔像』の片足がそこにあった。

 巨体に似合わぬ速さで、その足は一気にそこへと振り下ろされた。

 最期の瞬間に、『外道魔像』がつくる影の下で、ナナとシカマルは互いに視線を合わせていた。

 

 

 

 

「大丈夫か?!シカマル!!」

 

 ちっぽけな小石のように、粉々に踏み潰されることを想像していたシカマルは、声を掛けられて初めて、無事であったことを知る。

 

「た、助かったぜ、チョウジ」

 

 『外道魔像』の足の下敷きになる寸前で彼を救ったのは、チョウジだった。

 シカマルはすぐに、ナナの姿を確認する。

 すぐ傍に、いのに抱きかかえられるナナがいた。

 

「ありがとう、いのちゃん」

「間一髪よ、危なかったわ……!」

 

 わずかに戸惑いの表情を浮かべていたが、ナナは無事だった。

 シカマルは安堵し、息をつくと同時に痛み出した胃に手をやる。

 そして、ダルイもまた、黄ツチによって救助されていた。

 

「奴は?」

「忍具ごと消えちまった……」

 

 マダラはシカマルの影真似の術が解けた瞬間、あの()()()()()()()()()()()忍術で消え去っていた。

 『外道魔像』が足を踏み下ろした衝撃で、地が抉れ、海の水が跳ね上がり、地震と塩水の雨が彼らを襲っていた。

 

「じき、夜だ。戦局は一気に不利になったな……」

「くっ……」

「本部との連絡を密にして立て直すぞ!」

「分かってるっス」

 

 黄ツチとダルイ、二人の隊長が言葉を交わす中、ナナがシカマルに呟いた。

 

「九尾のチャクラ……持って行かれちゃったね」

「……ああ……」

 

 あの場合は仕方なかった。

 術を続けていたらナナは『外道魔像』に踏み潰されていたし、シカマルもマダラを拘束したままだったのでは、今頃は跡形もなく砕け散っていただろう。

 

「くそっ……」

 

 シカマルは、塩辛い雨の向こうにそびえ立つ『外道魔像』の巨体を見上げて悪態づいた。

 その『外道魔像』も、耳をつんざく咆哮ひとつ残して煙となった。

 

「目的を達成して、とっとと退いたってわけか……」

 

 シカマルが再び舌打ちをした時、その背に……。

 

「目的はもうひとつあった」

 

 そこに居ないはずの声がかかる。

 振り返って確かめるまでもなく、たった今、用事を済ませて去ったはずのマダラだった。

 

「もうひとつの目的だと?!」

「なんだ、それは!?」

 

 シカマル、いの、チョウジ、ダルイ、黄ツチ、そしてナナの六人は、いっせいに身構える。

 他の忍たちは『外道魔像』の“足”から避難していて、まだその場からは離れたところに居た。

 救援は望めなかったが、数は少なくとも忍連合の隊長が二人もいる中で、それほど窮地に立たされているという感覚は誰も持っていなかった。

 

「オレの計画に、ひとつ邪魔なモノができたようだ」

 

 が、マダラは余裕の口ぶりで、傍に落ちていた忍刀を拾った。

 

「動くな!」

 

 黄ツチが土遁の印を結んで威嚇するも、マダラは品定めするように刀を見る。

そして、

 

「“お前”は邪魔だ」

「いのちゃん、離れて!!」

 

 ナナの後ろでマダラの声がしたのと、ナナがいのを突き飛ばしたのは同じタイミングだった。

 

 

「ナナ!?」

 

 

 六人が睨みをきかす中、マダラは一瞬にして消え、瞬きするより早くナナの背後へと移動していた。

 

「ナナを放せ!」

 

 マダラはナナの首を片腕で絞め上げる。

 いや、それだけではなかった。

 

「……っ……!!」

 

 ナナの身体を、光るものが刺さっていた。

 

「…………?!」

 

 それが何を意味するのか、木ノ葉の三人には理解ができなかった。

 ナナの身体を貫いたそれは、切っ先から紅い滴を地に垂らす。それにつられるように、ナナの額当てもほどけて落ちた。

 

「おとなしく、絶望の淵に沈んでいればいいものを……」

 

 マダラはナナの耳元でため息をつくように言った。

 

「たとえ動機は“イタチに逢う”だけとはいえ、お前に()()()()をされては計画が狂いかねない」

 

 いち早く事態を把握したのは、黄ツチとダルイだった。

 二人は、ナナに攻撃が当たらぬ位置に回り込んで、それぞれ土遁、雷遁の印を結ぶ。

 しかし、マダラはつまらなそうにナナから刀を引き抜くと、

 

「また会おう」

 

 倒れゆくナナにそう言い捨てて、彼らの前からまた姿を消した。

 

「ナナ!」

「ナナ……?!」

 

 シカマルがナナを抱きとめた。

 

「……う……」

 

 まだ、ナナに息はあった。

 すぐにいのが治療を開始する。が、彼女の顔がみるまに青ざめる。

 

「いの、ナナは……?!」

 

 チョウジのその問に、いのは答えなかった。ナナの胸にかざしたいのの手は、目に見えるほど震えていた。

 シカマルはただ、ナナの名を呼んだ。チョウジは必死で涙をこらえた。ダルイと黄ツチさえも、茫然と立ち尽くす。

 

「シカ……マ……ル……」

 

 そんな中で、動いたのはナナだった。

 

「ナナ?!」

 

 ナナはもう虚ろな目でシカマルを探し、切れ切れに言った。

 

「わたし……は……だいじょう……ぶ……」

「ナナ、しゃべるな!」

「わた……し……もう……ひと……り……い……から……」

 

 そして、何を思ったかいのの手を払いのけ、自分で服を引き裂いて、胸をさらけ出した。

 

「ナナ、何を?!」

 

 治療を再開しようとするいのを拒み、ナナはシカマルに言う。

 

「わた……し……もう……ひとり……い……る……」

「『もうひとり』……? な、何言って……」

 

 色を失いかけた手は、シカマルのベストを強く握った。

 

「おね……がい……シ……シカ……マル……」

「ナナ?!」

 

 唇ももう、紫色になっていた。

 

「おねが……い……いま……すぐ……わたし……を……」

 

 ただ、ナナは必死で言葉を残そうとしている。

 

「う……うみ……に」

「ナナ?!」

「う……みに……し……しずめ……て……!!」

 

 誰も、そんな言葉が吐き出されるとは思っていなかった。

 

「な、何言ってんのよ、ナナ!?」

「“海”って……どういうことだよ……」

 

 いのが悲鳴のように言い、チョウジが唖然として呟く。

 黄ツチとダルイも顔を見合すことすら忘れて、ただただ4人を見守っていた。

 

「シカ……マル……!」

 

 ナナだけが、血を吐き出しながら訴える。

 

「おね……がいっ……!」

 

 シカマルのベストの布が軋んだ。

 ナナは瀕死の状態で、強く、シカマルに願っていた。

 

「わたし……しんじ……て」

「ナナ……!」

「きず……み……みて……!」

「き、傷……?!」

 

 シカマルは、見る間に命を失っていくナナを見つめながら、ぐちゃぐちゃの頭の中で、その言葉の意味を考えた。

 一瞬だった。

 が、その一瞬の間に、シカマルの脳内ではこの短時間に起きたことが全て駆け巡っていた。

 

『“お前”は邪魔だ』

 

 マダラはそう言って、ナナを刺した。

 

『なるほど、お前がナナの新しい騎士(ナイト)か?』

 

 いや、違う、コレは関係ねぇ……!

 

『また会おう』

 

 「邪魔」と言って殺そうとしておいて、マダラは確かにナナに向かって「また会おう」と言った。

 

『イタチやサスケに比べたら役不足だな』

 

 コレも関係ねぇだろ! 今思い出すな!

 

『わた……し……もう……ひとり……い……る……』

 

 ナナは自分が「もうひとり」いるって言った。

 「もうひとり」ってどういうことだ?

 分身か?

 

『う……みに……し……しずめ……て……!!』

 

 分身だったらやられた時点で消えるはずだ。

 だとしたらこっちが本体か?

 いや、それはマズイだろ……!

 

『わたし……は……だいじょう……ぶ……もう……ひと……り……い……から……』

 

 ナナはさっき「大丈夫」って言ったんだよな?

 くそっ……どういうことだ……?

 

『きず……み……みて……!』

 

 だから急所を刺されて、お前は……!

 

 

「…………?!」

 

 

 シカマルは改めて、さらけ出されたナナの傷を見た。

 溢れる血。医療忍者じゃなくともわかる。その場所は心臓……間違いなく急所だった。

 

「シカ……マル……!」

 

 もう、ナナの声は声にならなかった。

 呼吸も止まろうとしていた。

 とうとうイノとチョウジが顔を覆った。黄ツチとダルイもうなだれた。

 だが、彼だけは逆に、勢いよく立ちあがる。

 

「ちょ、ちょっと?!」

「シ、シカマルっ!?」

 

 死に際のナナを抱きかかえて。

 

「何するのよ、シカマル!!」

 

 いのの制止を振り払い、シカマルは一目散に海へ走った。

 瓦礫をとび越え、池のような水たまりもものともせず、波間に着くまで誰も追い付けない速さで走った。

 そして、揺れる波間にゆっくりナナを横たえる。

 

「シカ……マ……ル……」

 

 ナナはようやく、安心したようにかすかに口元を緩めた。

 

「ナナ……信じていいんだよな……!」

 

 シカマルは涙をこらえるように、少し怒った口調で言った。

 

「お前を信じるからな!」

 

 ナナは確かに笑った。

 

「また、逢えるんだよな?!」

 

 うなずく力も失くしたナナは、

 

「あり……がと……」

 

 最期にその言葉を残して、逝った。

 

「ナナ……!!」

 

 ナナを呼ぶシカマルの声も、もう“声”ではなくなっていた。

 

 

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